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審決分類 審判    F1
管理番号 1285472 
審判番号 無効2012-880009
総通号数 172 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2014-04-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-07-11 
確定日 2014-02-10 
意匠に係る物品 人体構造学習用ティーシャツ 
事件の表示 上記当事者間の登録第1406964号「人体構造学習用ティーシャツ」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 登録第1406964号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。
理由 第1 手続の経緯
平成22年 5月19日 意匠登録出願(意願2010-12312号)
平成23年 1月 7日 設定の登録(意匠登録第1406964号)
平成24年 7月11日 本件審判請求(請求人,甲第1?甲第10号証添付)
平成24年 9月10日 答弁書提出(被請求人,乙第1の1?乙第20号証添付)
平成24年 9月10日 証拠調申立書提出(被請求人)
平成24年 9月25日 手続補正書提出(被請求人)
平成25年 7月 2日 審理事項通知書
平成25年 8月13日 口頭審理陳述要領書(請求人,甲第11の1?甲第36号証添付)
平成25年 8月27日 口頭審理陳述要領書(被請求人,参考図1-(1)?参考図2-(5)添付)
平成25年 9月10日 口頭審理(無効理由の言渡し)
平成25年 9月30日 上申書提出(請求人,甲第37?甲第41号証添付)
平成25年10月 1日 意見書提出(被請求人,乙第21の(1)?乙第22号証添付)

第2 請求人の申立及び理由,並びに,新たな無効理由に対する上申
請求人は,登録第1406964号の意匠(以下,「本件登録意匠」という。)の登録を無効とする,との審決を求める,と申し立て,その理由として,要旨以下のとおり主張し,証拠として甲第1号証ないし甲第10号証を提出し,口頭審理陳述の際に甲第11-1号証ないし甲第36号証を提出し,審判合議体が言い渡した新たな無効理由に対する上申の際に甲第37号証ないし甲第41号証を提出した。

1.本件意匠登録の無効理由の要点
本件意匠登録第1406964号の登録は,意匠の創作をした者でない者であって意匠登録を受ける権利を承継しないものの意匠登録出願に対してなされたものであるから,意匠法第48条第1項第3号に該当し,無効とすべきである。

2.本件意匠登録を無効とすべき理由
(1)本件筋肉シャツは,被請求人側から「シャツに筋肉を描いた商品は出来ないか」との問い合わせが発端であり,その意味では,着想そのものは被請求人がなしたものといえるかもしれない。しかしながら,上記のような抽象的な着想だけでは,意匠の創作を行ったことにはならないのは無論のこと,そもそも「シャツに筋肉を描く」という着想そのものも特に新規なものではない。

(2)筋肉が描かれたシャツを患者に着させてマッサージ等の施術を行う,という発想は容易になしえるものといえる。したがって,被請求人の「シャツに筋肉を描く」という抽象的着想のみでは,意匠の創作行為を行ったことにはならない。

(3)シャツに筋肉等が描かれた従来の商品は,医学的に正確ではなく,学習用に耐えられるものではなかったが,高品質な商品は制作が極めて困難だったことによる。請求人の緻密な作業と創意工夫,試行錯誤を経て,漸く完成に至った。

(4)一部の修正が全体に波及して,その位置関係がずれるなど,修正の連続でもある。また,本件筋肉シャツは,左半分に筋肉の深層部の構造を,右半分に浅層部の構造をそれぞれ表現しているが,解剖学的正確性を担保しつつ,適宜,簡略化や省略化を行い,また,深層部の構造の表わし方や表現方法にも工夫を凝らしたものとなっているのである。
すなわち,本件筋肉シャツは,被請求人の「シャツに筋肉を描く」という抽象的着想に基づいて,容易に制作できるようなものではないのである。

3.被請求人の主張に対する反駁の内容
(1)Tシャツの左右で身体の浅層部と深層部に分けた理由について
まず骨格筋は,左右対称である。そして,大きく分けて浅層筋と深層筋がある。
従って,浅層筋と深層筋から構成されている,左右対称の骨格筋を,Tシャツという平面上で表現するとなると,必然的に,浅層筋と深層筋を左右に分けて表現するということが妥当になる。
この点については,甲第11号証の1乃至甲第11号証の4からも明らかで,かなり以前に発行されたこれらの資料に,「左右で,身体の浅層部と深層部に分ける」という表現方法は既に開示されており,特に新規なアイディアではない。

(2)筋肉の取捨選択方法とその理由について
本件Tシャツの使用目的上,理解しなければならない筋は,各教本でほぼ取捨選択できるものである。
本件Tシャツで採り上げるべき筋は,「主だった骨格筋の全て」ということになる。言い換えれば,「看護師,あん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師,柔道整復師などの医療系国家試験で要求される骨格筋名称の中で,デザイン上表現可能な筋」ということになり,必然的に確定されるものである。

(3)表現方法について
(ア)また,本件Tシャツには,赤い色の筋肉の他に白い色の部分が描かれているが,これは,腱に移行する部分や腱,または筋鞘を表現したものである。筋には,赤筋と白筋があるが,腱に移行して骨膜に付着している白筋については,赤筋から白筋への移行を繊維の方向を意識しつつ徐々に変化していくように,調子を加えて描き込んでいる。手順としては,下地となる白面を描いた後に,繊維の走行線をグレーで描いている。
以上の表現方法や表現技法は,全て,請求人の彩考が,これまでに培った技術と経験に基づき,創意工夫のうえで独自に行った形態処理である。
本件Tシャツのようなメディカルイラストレーションの分野は,自然物としての人間の身体構造を表現するため,省略や強調はあっても,イラストレーター側で勝手に創り出すことはできない。すなわち,デザイン創作の自由度は低いといえる。ここで行われるクリエイティブな創作部分とは,微妙なデザインや配色,タッチ,構造の見せ方等になる。
例えば,「構造の見せ方」についていえば,本件Tシャツでは,起立筋群が脊柱に対して重層的に付着している様子を,微妙なフェイドアウトなどを駆使して表現している。このような表現方法は,被請求人より提供されたラフ案には,全く表現されていないものである。
(イ)09/11/16 齊藤氏より問合せがあった。内容は,1)菱形筋起始位置,2)僧帽筋停止位置,3)腸骨稜位置,4)文字の大きさ,の4点である。
これに対して,佐藤が,以下のように対応する旨を回答する。まず1)に関しては,上方の起始部のみのずれを修正,2)に関しては,透明化しているため分かりにくかったことに起因するので,透明度を若干落とすことで対応,3)に関しては,実際に試着して,もう一度位置を確認したうえで調整,4)に関しては,さらに具体的な指示を要請する。なお,4)に関しては,その後,に「12P?14Pぐらいの大きさがよいかとおもいます。」というメールが送られて来たため,結局,13Pの大きさに変更する。
09/12/25 テストプリント5(文字色変更)
齊藤氏が,不完全なプリント状態に関して,リサイアの小田氏に確認したところ,文字の大きさと色が問題との指摘を受ける。よって,文字の色を黒に変更する修正を行う。

4.新たな無効理由に対する上申の内容
(1)甲第37号証のいう,意匠の創作者の認定について
(ア)資料の提供や,デザインの仕様の指示,依頼者側の希望するデザインイメージなどをデザイナーに伝えることは,依頼する側として当然のことであって,これらの行為を行ったからといって,意匠の創作に実質的に関与したとはいえないと明確に述べられています。さらに,意匠の創作というのは,「これら様々の情報を前提として適宜選択し,統合して物品の形態として具体化することである」と,はっきりと明示されています。
(イ)デザインの創作過程において,請求人と被請求人のデザイン担当社員とが,「言葉を交わしながら作業を行って」,デザインに何らかの影響を与えた可能性があるとしても,それは,実質的な関与があったとは認めることはできない,と判断されているのです。
(ウ)さらにまた,被請求人の指示による修正や変更についても,同審決では,「この種のデザイン過程,とりわけ最終段階において,製作したデザインを委託者やクライアントに見せ,意向,要望を再度確認して,デザインに修正を加えることは,それ自体がデザイン上の必須の課程として,創作上当然に行われることであり,これにより創作者としての地位が失われるとすることはできない。」と明示しています。
デザインの修正や変更に関しては,被請求人からの要望を吸収したうえで,デザイナーとしての責任下において,引き続きその意匠を完成させたならば,当然,そのデザイナーが創作者となるのであって,修正の指示や要望を出した依頼者が創作者となるものではない,ということを,この審決では,はっきりと明示しています。

(2)新たな無効理由に関する意見
(ア)被請求人からの提供物について
甲第37号証の審決で明示されているように,デザインの依頼時に,依頼者側が資料を提供したり,デザインの仕様の指示や依頼者側の希望するデザインイメージなどを制作者側に伝えたりすることは,依頼する側として,ごく普通で,当然のことであり,これらの行為を行ったからといって,意匠の創作に「実質的に」関与したとは到底いえません。
意匠の創作とは,これら様々の情報を前提として,適宜選択し,統合して物品の形態として具体化することにあります。この点,被請求人の陳述要領書15頁の「(4)答弁書第4頁[1]のオ.について」で,「齊藤の指示によって具体的な形状を選択し纏めたのは彩考の佐藤氏であった」と,被請求人自らこのことを認めています。
(イ)Tシャツの左右で筋肉の浅層部と深層部に分けて表現した点
浅層筋と深層筋から構成されている,左右対称の骨格筋を,Tシャツという平面上で表現するとなれば,必然的に,浅層筋と深層筋を左右に分けて表現するということになります。甲第11号証の1乃至甲第11号証の4からも明らかであり,従来からごく一般的に行われている極めてありふれた手法であることが分かります。
筋肉をTシャツに表現するというアイディア自体も,甲第8号証の1乃至甲第8号証の3に示した他にも,甲第38号証のように,リアルな筋肉を,筋肉の名称を付したうえで,Tシャツに表現するということは,既に知られているところです。
以上のように,浅層筋と深層筋を左右に分けて表現するということは,この分野では通常行われている極めて一般的な手法であり,また,Tシャツやボディスーツ等にリアルな筋肉を表現する,ということもまた既に広く知られたものであることが分かります。よって,これらを単に組み合わせて,筋肉の浅層部と深層部を左右に分けて,それをTシャツに表現するというアイディアそれ自体はありふれたものであって,何ら新規なものではないことが分かります。
(ウ)筋肉の数を約90に絞り込んだ点について
対象となる骨格筋のうち,Tシャツで覆われる部分で,片側骨格筋のみ,と絞り込んでいけば,「主だった骨格筋のほぼ全て」ということになり,必然的に確定されうるものです。
「(B)内腹斜筋」及び「(a)腹横筋」に関し,内腹斜筋と腹横筋は側腹部の3層に重なった筋ですが,全てを分かり易く表現するのは困難であるため,この教本では内腹斜筋を,Tシャツでは腹横筋を優先して語っているにすぎません。なお,「(B)内腹斜筋」の省略については,表現上の観点から佐藤の判断で省略したものです。
次に,「(C)脊柱起立筋」,「(b)多裂筋」及び「(c)回旋筋」に関して,Tシャツでは横突棘筋の多裂筋・回旋筋を表現しています。いずれも,脊柱周辺に重層して存在する,脊柱を支えたり動かしたりする筋ですが,全てを平面状に現すことは極めて困難な部位であるため,各種教本においても選択的に表現せざるを得ない筋群といえます。
また,「(d)方形回内筋」については,被請求人より提供された「筋肉リスト」又は「筋肉等のラフ案」には無いものであり,佐藤の判断により追加したものです。
このように一つ一つを検討してみれば明らかな通り,この甲第40号証のたった一冊の教本と比較しただけでも,ほとんど一致していることが分かります。つまり,本件Tシャツに表されている筋は,各種教本でほぼ取捨選択できるものなのです。仮に請求人が,この書籍の図版に記載されている筋と全く同じ筋を選択してTシャツを制作したとしても,本件意匠と実質上同一の意匠が完成することになります。
被請求人の口頭審理陳述要領書でも,「齊藤が10年間施術をやってきた経験から筋肉の数を80に凝縮した」,とあるだけです。つまり,例えば,何々筋はTシャツ上に表現するが,何々筋は取り上げない,その理由はこうした理由からである,といった積極的な理由があるわけではありません。すなわち,明確な理由によって被請求人が独自の判断で選択した筋でないことは明らかです。
以上のように,筋肉の数を約90に絞り込んだということに関しては,Tシャツで隠れる範囲の筋肉を,単に事実事項として列挙したに過ぎず,それは,依頼者側がデザイナーにデザインを依頼する際に提供する「様々な情報」のうちの一つということになります。意匠の創作とは,それら情報を基に,具体的な形状を選択し纏め,物品の形態として具体化することにあります。本件の場合でいえば,一つ一つの筋肉をどのように描くか,それらをどのように配置するか,重層的な立体構造をどのように表現するか,微妙なタッチや色味を含めた全体のイメージの工夫,使用目的等を考慮した強調や省略等の表現,といった具体的なデザイン処理を行いながら,一つのまとまりあるデザインを創り出すことにあります。この行為こそが,甲第28号証の判決でいうところの,「形態の創造,作出の過程にその意思を直接的に反映」するということであり,これらに直接関与していなければ,意匠の創作に,「実質的に関与したとはいえない」(甲第37号証)ということになるのです。

第3 被請求人の答弁及び理由,並びに,新たな無効理由に対する意見
1.答弁の理由の要点
(1)はじめに
(ア)被請求人株式会社KANOUSEI(以下,K社という。)の代表者である齊藤弘治(以下,齊藤という。)は,本件登録意匠に係る「人体構造学習用ティーシャツ」の意匠を創作した唯一の創作者である。
(イ)齊藤は,大型な人体骨格構造模型に代えて,小型で実用性に富んだ人体骨格筋肉構造はないかと考え,人間自体が既存の人体模型に代わることに着目し,着衣に人体の筋肉,骨,臓器,筋肉筋など,治療に必要な人体内の構造を正確に表示すれば,何人もその衣服を着用することで,人体模型に代用できるのではないかと着想して企画書(乙第2号証)及びラフなスケッチ(乙第3号証)を作成した。
(ウ)しかし乍ら,創作者である齊藤自身は,イラストデザインを作成する技能も,衣服を作成する能力もないので,専門メーカーに依頼せざるを得なかった。
彩考の代表者 佐藤良孝氏(以下,佐藤という。)は,齊藤が着想しスケッチ的に創作した本件シャツの依頼趣旨を十分に理解し,了解したので,K社は齊藤を通じて,平成20(2008)年夏頃,人体筋肉の正確な図柄を表わした本件登録意匠に係る物品「人体構造学習用ティーシャツ」(以下,本件シャツという。)のシャツデザインのメディカルイラストの作成を有償で依頼した。

(2)全部で600と謂われる人間の筋肉の数を,重要な90の数に絞り込んでデザイン形成上の第1のポイントとし,かつ,第2のポイントは,人間の右半分に深い筋肉を,左半分には浅い筋肉を表わし,背面中央脊柱の連結できる骨に番号を付すことを指示して,学習教材用であることを明示した。

(3)ティーシャツ自体のデザイン表示が人間の着用によって筋肉,骨格,筋肉筋等が人間の表面に正確に表われ,しかも,具体的な名称も表われて,学習に寄与できる図案でなければ,初心の治療者や学習者に活用されないとの観点に立脚して創作するものである。

(4)彩考は,この種の人体構造のデザインイラストの作成に対して,齊藤の意志,意向を受け入れ,かつ,指導に順応してくれて,全体のデザインイラストは,基本的に齊藤に帰因するものとの印象を以って完成したものと理解している。

(5)筋肉図案入りメディカルイラストのCDを入手したK社の齊藤は,彩考の佐藤の紹介を受け,シャツメーカーである株式会社リサイアに取り敢えず試作用の筋肉入りティーシャツの見本の生産を依頼した。

(6)イラストデータによる生地の印刷と裁断,縫製には印刷漏れや不一致箇所が生じ,齊藤の指示によってリサイアと彩考とが話し合いによる修正調整が数回行われ試作品が完成した。

2.請求人の弁駁に対する答弁の内容
(1)Tシャツの左右で,身体の浅層部と深層部に分けた理由
当初は,浅層筋Tシャツ,深層筋Tシャツ,全身スーツ,筋肉タイツ,筋肉手袋,骨Tシャツバージョンを作る予定でおり,順番に新作を発売していくことを考えていたが,コストや時間が莫大にかかるため断念した。
つまり,いくつものバージョンを作ることが現実的に不可能になり,1枚のTシャツで表現するためにはどのようにしたらよいのかと熟考を重ねた結果,左右に分ける方法がもっとも相応しいという結論が出たのである。

(2)筋肉の取捨選択方法とその理由
(ア)一般的な男性の身体はおよそ640の筋(筋肉)。
(イ)筋肉は,骨格筋,平滑筋,心筋の3つに分けられる。
(ウ)平滑筋(内臓筋)や心筋は,医師ではない齊藤にとって扱わない部分であり,知識として蓄えておくだけで十分なので除外した。
(エ)齊藤が10年間施術をやってきた経験から筋肉の数を80に凝縮し,表現したもので,最低限,この筋肉を勉強していくことで,腰痛,肩こり,背部痛,テニス肘,ゴルフ肘,骨盤のゆがみ等の主訴に挑んでいくことができる。
(オ)本件登録意匠の人体構造学習用ティーシャツは,91の番号を符し,人体構造を表示しているが,実際には筋肉80種類に,総腸骨動脈,肩甲棘を表現している。
(カ)Tシャツに記載している番号は学習の手引きとなっており,解剖学書にあるような区分けではなく,神経の走行方向である上から下をベースに,前面,背面,左右側面へと流れるように示してある。
(キ)実際の身体にあわせて着用することで筋肉の収縮や位置関係を理解できるため,セミナー1回分で購入できる価格帯で,より多くの人に筋肉の運動や触診に関するイメージをつかんでもらうことを意図して制作した。

(3)筋肉の選択と,名称並びに整理番号の配列法の選定
そして,特に参考図1-(1)の正面図及び背面図で表されるTシャツは,一般のものと異なり,腿を形成する筋肉を明示するため,シャツの下側が腰から腿に至る長さまで長尺に形成してあり,本件登録意匠特有の形状を備えている。
この長尺なTシャツは,齊藤独自の発想に基づく意匠であって,従来にはない,齊藤特有の発想のものである。
Tシャツの背面図の中心位置の上部より下方に向けて順次椎骨について各種骨毎に頭文字を組み合わせて明示してある。
即ち,頸椎は,頭文字をCとして,C6,C7と明示し,これに続く胸椎は頭文字をTとして,T1?T12を図形と共に表示し,さらにこれに続く腰椎は,頭文字をLとして,L1?L5を表示したものである。
背椎骨は,骨や筋肉の正確な位置関係を調べる際に必要な骨指標を確認する上で,重要な項目となっている。
齊藤が終始,Tシャツに対するデザインは,既存の人体の筋肉のうち,限られた約90に限定しており,この限定された筋肉の模様形状は既存の周知のものを選択するだけであり,新たに模様,形状を創作する必要はないと考慮していた。
要は,本件意匠は選択された筋肉の配列形状に特徴があり,この選択された筋肉に符した名称並びに整理したシリアルナンバーを並記した点に意匠として審美性が得られたもので,この筋肉選択と筋肉名の並記という発想はあくまでも齊藤独自のものであり,佐藤氏は何等関係していないことは明らかである。
いずれにしろ,佐藤氏が完成したTシャツの模様は,すべて齊藤の指示,アドバイスによって行われたもので,面倒な作業であったことは認めるが,その作業に対しては,齊藤は乙8号証に示すように高額な手数料を支払っている。

(4)生地の選択,サイズ調整,プリント
(ア)私たち人間の骨格は人種によって大きく異なる。実際の施術をしていく対象は日本人にもかかわらず,世の中で販売されている解剖図や模型は西洋人をモデルにしたものばかりであるため,日本人の骨や筋肉に近いイラストやサイズ調整が必要であった。
よって,KANOUSEIの齊藤の体型169cm57kgを標準モデルにし,フリーサイズ1本にすることが妥当だった。色々な生地見本をリサイアの小田氏から提供され,選択した。
(イ)齊藤は,生地のつなぎ目がうまく重なるように指示を出した。彩考の佐藤氏にも,つなげるポイントを書くように指示を出した。
伸縮素材なので,微妙な加減で伸縮具合が変わってしまった。どのくらいの伸縮性が必要かを伝え修正をリサイアに依頼し,手直しをしてもらった。
結果として,150cmから180cmの体型まで対応できるようになった。
(ウ)KANOUSEIは,イラスト印刷はシルクスクリーンかインクジェットにするかを検討。シルクスクリーンは,安価でできるが洗濯を繰り返してしまうと剥がれ落ちてしまうので高価だがインクジェットに決定した。

(5)筋肉のイラスト,表現方法や色
イラストの修正は,彩考の佐藤氏,櫻井氏に依頼。色はKANOUSEIが,女性でも好まれるようなオレンジ系に色を選択し彩考が修正。
腰部や腹部にかけての細かい表現,脊柱起立筋の深層筋,腰椎,胸椎,仙骨,坐骨神経等のイラストを依頼したが,技量の限界とのことで仕方なく,ぼかしでごまかした表現を依頼し修正してもらう。

(6)筋肉の番号や名称のサイズ,筋肉の位置関係
筋肉の触診は表層筋では,筋腹を触診する事ができるが,深層筋に対しては筋腹を触れることはできない。よって筋腹ではなく腱を触診する事になり,腱が付着している骨突出部を骨指標として利用する。脊柱の骨指標は,[L4]腰椎4番,[T3]胸椎3番,[T12]胸椎12番,[T7]胸椎7番,[T1]胸椎1番,[C7]頸椎7番が基準となる。齊藤のスタッフがTシャツを着用しモデルになってもらい細かく修正。
総腸骨動脈の循環障害は,殿筋群と腹部の腸骨筋を緊張させ痛みがでること,触診により,動脈瘤の疑いを知らずに強く圧迫し事故が起きる可能性も考えられるので[15]総腸骨動脈のイラストも追加依頼した。
肩甲骨周辺の深層筋,肩甲棘や肩鎖関節のイラストを,彩考の佐藤氏に依頼。イラストを描いてもらってから試作品をプリントし,何度も実際に肩を外転,内転,外旋,内施,屈曲,伸展,拳上,下制を行ない,位置関係のズレがないかを確認したところ,肩鎖関節の位置,肩甲骨周辺の深層筋の位置,胸椎の位置にズレが生じたので修正依頼した。
齊藤たちは,触診によって,身体の不具合をみつけて矯正するプロフェッショナルであるが,彩考はあくまでイラストレーション製作会社であって,動作が加わると骨や筋肉がどのように動くかは素人であったため,齊藤が中心となって骨や筋肉の位置関係を修正した。

(7)株式会社リサイアとの契約
株式会社リサイアとの契約は,生地の発注・縫製・裁断を依頼。
プリントの会社は,株式会社リサイアから株式会社ロンリバイスの紹介をしてもらう。
品質表示,ネームタグは株式会社ヤマキに依頼。彩考に依頼したイラストデータをKANOUSEIがメールにてイラストデータを確認後,電子データを彩考より直接リサイアに送る流れとなっていた。

3.新たな無効理由に対する意見の内容
Tシャツに人体筋肉模様を具体的に表現した発想を,KANOUSEIの齊藤が,彩考に対し下絵を依頼し,Tシャツ製作については,リサイアに,生地への印刷,裁断,縫製を依頼した。
すべての作業は,KANOUSEIの齊藤が行い,齊藤の指示,アドバイスを得て意匠としての対象のTシャツを完成したのである。

齊藤が,両者に支払った報酬は,単に物品の購入とは異なり,意匠の構成の一部に対して譲渡を包含しているものと理解していた。同様に,彩考の佐藤氏も,当然に自分の持ち分は齊藤へ譲渡しているという認識があったと思われる。
創作者の問題は作業手数料の支払いで両者合意しているので,佐藤氏も全く話題にしていなかったものと理解している。

彩考はKANOUSEIから高額なデザイン料を受け取ると同時に,意匠創作者に名を連ねて共同出願人として権利取得にも加わることとなり,齊藤にとっては洵に理に合わないビジネスとなり,正当な商売とはなり得ない,極めて不平等なものと考えられる。

齊藤自身は,人体筋肉構造についての知識,教養があっても,具体的な人体筋肉図形をデザインすることは不得意であった。
それに反し,佐藤氏は人体筋肉構造の図案化の専門家であるので,既存の人体筋肉構造から,齊藤が指示する筋肉と名称を選別することは格別問題なく行えるものと理解できる。
齊藤が選んだ筋肉と,その配列の方法に特徴があり,意匠としての審美性が生まれたのである。
この審美性の発生は,齊藤の発想によって生まれたものであり,佐藤氏の発想は全く欠除しているものである。

審判合議体では,本件登録意匠の創作について,権利者KANOUSEIの齊藤弘治に加えて,彩考の代表者佐藤良孝及び櫻井晃辰,遠山美香の四名の共同創作であると認定しているが,単に浄書作業としか認められない。

意匠の創作者を始め,特許発明の発明者,実用新案の考案者も,同様に,無償で協力した者には相当の創作性が生まれて,共同発明者,共同考案者として認めることは当然であるが,協力によって手数料報酬が支払われていたら,手数料を支払った側に創作能力は移転されることとなり,共同性は無くなり,単独での創作者となり得るものと考えられる。
仍って,KANOUSEIが乙第8号証の見積請求金を支払った時点で,佐藤氏を始め,彩考の社員等への本件登録意匠の創作権は消失したものと認められる。

既に,人体解剖図については,骨格,筋肉,内臓など神経を含めて具本的な構成は公然と知られており,何人も比較的簡単に習得できる。
また,骨格構造に対する筋肉と骨格との結合も亦,既に解剖図で克明に図示されており,同様に何人も知ることができる,
要は,どの筋肉を選択するのか,どの名称の筋肉を図面として採用するのかさえ分かれば,基本的に本件登録意匠は完成できるものであることは明らかである。
即ち,全部で約600といわれる人間の筋肉の数を,重要な約90の数に絞り込み,特定するまでに多く時間と手間を掛けたものである。
齊藤自身がスケッチ等のデザイン作業が不可能であったので,その作業を専門家であるプロの佐藤氏に有償で依頼したものであり,佐藤氏は彩考社員と共にデザインの基本を整理,浄書しただけであり,しかも,実際のTシャツに作成した企業は,有償によって作業したリサイアであるので,リサイア同様に彩考の社員も亦,何等本件登録意匠の創作性に関与したとは到底認められない。

第4 当審の判断
1.本件登録意匠
本件登録意匠は,平成22年5月19日の意匠登録出願に係り,平成23年1月7日に意匠権の設定の登録がなされた意匠登録第1406964号の意匠であり,願書の記載によれば,出願人を株式会社KANOUSEIとし,創作者を齊藤弘治とし,意匠に係る物品を「人体構造学習用ティーシャツ」とし,その形態を願書及び添付図面に記載のとおりとするものである(別紙参照)。

2.請求人が求めた無効理由について
(1)無効理由の主旨
本件意匠登録第1406964号の登録は,意匠の創作をした者でない者であって意匠登録を受ける権利を承継しないものの意匠登録出願に対してなされたものであるから,意匠法第48条第1項第3号に該当し,無効とすべきである。
本件筋肉シャツは,被請求人側から「シャツに筋肉を描いた商品は出来ないか」との問い合わせが発端であり,その意味では,着想そのものは被請求人がなしたものといえるかもしれない。しかしながら,そもそも「シャツに筋肉を描く」という着想そのものは特に新規なものではなく,筋肉が描かれたシャツを患者に着させてマッサージ等の施術を行う,という発想は容易になしえるものといえるのだから,被請求人の「シャツに筋肉を描く」という抽象的着想のみでは,意匠の創作行為を行ったことにはならない。

(2)証拠より認められる事実
請求人及び被請求人の主張及び提出された成立に争いのない証拠より,以下を認めることができる。
(ア)平成20年(2008年)夏頃,被請求人は請求人に対し,表現すべき筋肉をリストアップした「筋肉リスト」(甲第4号証の1)及び筋肉リストに挙げた筋肉を図に反映させた「筋肉シャツに表現する筋肉等のラフ案」(甲第4号証の2)を準備した上でティーシャツに施す筋肉のメディカルイラストの作成を依頼した。
(イ)請求人は,まず,製品用シャツに布地用マーカーで描画して,シャツのラフを制作した(甲第6号証の1)。
次に,製品用シャツの型紙をデジタル化するためにスキャニングし,その型紙を基にベクトルデータ化し(甲第6号証の2及び甲第6号証の3),デジタル化したラフから型を起こし,各筋肉の形を決めたものをベクトルデータ化した(甲第6号証の6)。
各パーツを半透明にして,重層しているイメージを出力した(甲第6号証の7)り,一部のパーツにリアルな調子を加え,テスト出力した(甲第6号証の9)。
実際のシャツでテスト制作し,試着した(甲第6号証の10)上で,改良部分を確認した(甲第6号証の11)。
筋肉等のパーツを一つ一つリアルに描画し(甲第6号証の12),各筋肉に調子を加えて貼り合せ(甲第6号証の13),各筋肉をさらに描き込み(甲第6号証の14),また陰影の追加調整をして(甲第6号証の15),テスト製造して試着し(甲第6号証の16),さらに調整を行い,文字を追加してテスト出力した(甲第6号証の17)。
被請求人の要請により筋肉に番号を付加した(甲第6号証の18)。

(3)請求人の創作への関与について
極めて精巧な筋肉のイラストを用いて制作された本件筋肉シャツは,緻密な作業を経て試作品を創り上げ,さらにその試作品の問題点の修正を繰り返しながら完成に至っていると認められる。本件筋肉シャツは,左半分に筋肉の深層部の構造を,右半分に浅層部の構造をそれぞれ表現し,解剖学的正確性を担保しつつ,適宜,簡略化や省略化を行い,また,深層部の構造の表わし方や表現方法にも工夫を凝らし,請求人社員の緻密な作業と創意工夫,試行錯誤を経て,制作期間1年半をかけて完成に至った。本件筋肉シャツは,従来のシャツに筋肉等が描かれた商品と違って,医学的に正確にし,学習用に耐えられるまでのものとしたと認められる。そして,被請求人から提出された前記ラフ案から本件登録意匠まで昇華させた部分の意匠の創作は,被請求人社員である齋藤には不可能であって,請求人である有限会社彩考に依頼した(答弁書第2頁下から1行目?第3頁11行目)のであるから,この部分の意匠の創作は,請求人社員佐藤良孝,櫻井晃辰,及び遠山美香と認められる。

(4)被請求人の創作への関与について
筋肉が描かれたシャツはごく普通に販売されており(甲第8号証の1),また,筋肉が描かれたTシャツや,人体解剖図風のTシャツなども普通に見られるところであって(甲第8号証の2及び甲第8号証の3),「シャツに筋肉を描く」という着想そのものが特に新規なものではなく,なおかつ,「生体モデル写真に内部構造のイラストを埋め込むことで,マッサージする筋肉の位置や筋肉の付着部などを手で探し出す方法を正しく示」すことを目的の一つとした書籍(テキスト)(甲第9号証)の存在が認められるとしても,ティーシャツにマッサージする筋肉の位置や筋肉の付着部などを正しく示して,筋肉,神経,及び骨などを立体的に表示し,それらの名前,位置,または構造を学習したり,そのティーシャツを患者に着させてマッサージ等の施術を行ったりすることを可能とする「人体構造学習用ティーシャツ」という物品は今までに無かったところ,本件登録意匠に係る物品である「人体構造学習用ティーシャツ」という,今までに無い物品を発案し,その形態を概念図的に表したラフ案までを創作したのは,齊藤弘治であって,ここまでの創作が無ければ,本件登録意匠は創作できなかったものと認められるため,被請求人社員である齊藤は,本件登録意匠の創作者の一人と考えられる。しかし,そのラフ案の内容は,意匠に係る物品が,人体構造学習用ティーシャツと認められるが,その形態は,甲第4号証の2の程度であって,本件登録意匠と同一とはいえないものである。
また,本件登録意匠の創作に当たって,途中段階での修正においては,「シャツのファイルを確認していますが修正箇所がいくつかあります。」(甲第16号証の2)と,齊藤の積極的な修正依頼,言うなれば,本件登録意匠完成に及ぶ,意匠の創作の一助を行い,それに対して,佐藤が「確かに……ずれているようです。修正します。」「確かに平面で見るとずれているようです。(中略)一度位置を確認してみます。」「文字は(中略)ご指示ください。」などと,修正作業においては,終始齊藤の指摘を受け,指示を仰いでいるのであるから,修正作業においては,請求人の具体的な描画という作業,並びに,被請求人の指摘または指示があったと認められるから,修正作業においても,請求人及び被請求人双方の関与が認められるところである。

(5)小括
上記のとおり,本件登録意匠の創作に当たっては,請求人の創作への関与が認められると共に,被請求人の創作への関与も認められる以上,本件意匠登録が,その意匠について意匠登録を受ける権利を有しない者の意匠登録出願に対してされた,とは言えない。
よって,請求人が求めた無効理由には,理由がない。

3.当審が通知した無効理由について
(1)無効理由の主旨
前記,「2.請求人が求めた無効理由について」の項で述べたように,請求人の創作への関与と共に,被請求人の創作への関与も認められるところであり,本件Tシャツの創作は,請求人及び被請求人の共同創作と認められる。
しかし,本件は,被請求人のみを創作者として出願され,意匠登録を受けたものであり,かつ,請求人からの意匠登録を受ける権利の譲渡があった事実も認められない。
したがって,本件登録意匠は,意匠法第15条第1項において準用する特許法第38条の規定に違反して意匠登録出願され,意匠登録を受けたものであり,その意匠登録は,意匠法第48条第1項第1号の規定によって,無効とされるべきである。

(2)新たな無効理由に対する請求人の主張の要約
デザインの依頼時に,依頼者側が資料を提供したり,デザインの仕様の指示や依頼者側の希望するデザインイメージなどを制作者側に伝えたりすることは,ごく普通で,当然のことであり,これらの行為を行ったからといって,意匠の創作に「実質的に」関与したとは到底いえない。
意匠の創作とは,これら様々の情報を前提として,適宜選択し,統合して物品の形態として具体化することにある。
浅層筋と深層筋から構成されている,左右対称の骨格筋を,平面上で表現するとなれば,浅層筋と深層筋を左右に分けて表現するということになる。これは,従来からごく一般的に行われている極めてありふれた手法である。
筋肉をTシャツに表現するというアイディア自体も,既に知られているところであって,これらを単に組み合わせて,筋肉の浅層部と深層部を左右に分けて,それをTシャツに表現するというアイディア自体はありふれたものであって,何ら新規なものではない。
対象となる骨格筋のうち,Tシャツで覆われる部分で,片側骨格筋のみ,と絞り込んでいけば,「主だった骨格筋のほぼ全て」ということになり,必然的に確定されうるものである。
意匠の創作とは,それら情報を基に,具体的な形状を選択し纏め,物品の形態として具体化することにあり,この行為こそが,甲第28号証の判決でいうところの,「形態の創造,作出の過程にその意思を直接的に反映」するということであり,これらに直接関与していなければ,意匠の創作に,「実質的に関与したとはいえない」(甲第37号証)ということになる。

(3)新たな無効理由に対する被請求人の主張の要約
すべての作業は,KANOUSEIの齊藤が行い,齊藤の指示,アドバイスを得て意匠としての対象のTシャツを完成したのである。
齊藤が,両者に支払った報酬は,単に物品の購入とは異なり,意匠の構成の一部に対して譲渡を包含しているものと理解していた。同様に,彩考の佐藤氏も,当然に自分の持ち分は齊藤へ譲渡しているという認識があったと思われる。
創作者の問題は作業手数料の支払いで両者合意しているので,佐藤氏も全く話題にしていなかったものと理解している。
齊藤自身は,人体筋肉構造についての知識,教養があっても,具体的な人体筋肉図形をデザインすることは不得意であった。
齊藤が選んだ筋肉と,その配列の方法に特徴があり,意匠としての審美性が生まれたのである。
この審美性の発生は,齊藤の発想によって生まれたものであり,佐藤氏の発想は全く欠除しているものである。
意匠の創作者を始め,特許発明の発明者,実用新案の考案者も,同様に,無償で協力した者には相当の創作性が生まれて,共同発明者,共同考案者として認めることは当然であるが,協力によって手数料報酬が支払われていたら,手数料を支払った側に創作能力は移転されることとなり,共同性は無くなり,単独での創作者となり得るものと考えられる。
よって,KANOUSEIが見積請求金を支払った時点で,佐藤氏を始め,彩考の社員等への本件登録意匠の創作権は消失したものと認められる。
齊藤自身がスケッチ等のデザイン作業が不可能であったので,その作業を専門家であるプロの佐藤氏に有償で依頼したものであり,佐藤氏は彩考社員と共にデザインの基本を整理,浄書しただけであり,何等本件登録意匠の創作性に関与したとは到底認められない。

(4)小括
(ア)被請求人が,意見書第3頁5行目?6行目で「齊藤が,両者に支払った報酬は,単に物品の購入とは異なり,意匠の構成の一部に対して譲渡を包含しているものと理解していた。」との主張から,齊藤では不可能であったデザイン作業を有償で依頼したのは事実であって,その部分のデザイン作業,要するに意匠の創作行為の一部は,自然人である請求人社員の知的作業であり,請求人社員3名は意匠の創作者と認められる。
被請求人は,「請求人社員の行った行為は,単なる浄書作業としか認められない」などと主張するが,各筋肉の赤筋から白筋へ移行する変化の度合いや,複数層になっている部分を一平面に表す場合などの半透明から透明へとフェイドアウトさせる度合いなど,その各筋肉を表現する手法においては,イラストレーターとしての素養のない齊藤の指示のみでは行えず,メディカルイラストレーションという専門職の,職業人としての一定程度の独自の創作が認められる。
(イ-1)そして,意見書の上記「意匠の構成の一部」が,正しくは何を指しているか不明であるが,自然人である意匠の創作者が行った意匠の創作という事実を譲渡することは,そもそも不可能であり,
(イ-2)また,仮に,「意匠の構成の一部」が,「意匠登録を受ける権利」を指しており,かつ,意匠登録を受ける権利の譲渡が成立していたとしても,出願時(平成22年5月19日)の願書面においては,意匠法第6条第2項の規定に基づいて,「意匠の創作をした者」の欄には,共同創作者である請求人及び被請求人による4名分の記載をし,かつ,意匠法第6条第1項の規定に基づいて,「意匠登録出願人」の欄に,被請求人の記載をすべきであったと考えられる。
(ウ-1)次に,被請求人は,意見書にて「齊藤は,作業に協力した彩考からの請求に対して,金1,260,000円也(乙第13号証)の報酬を支払った。支払った報酬は,単に物品の購入とは異なり,意匠の構成の一部に対して譲渡を包含しているものと理解していた。」(意見書第2頁下から2行目?第3頁6行目)と主張するので,この支払われた対価(報酬)に,本件登録意匠を被請求人が独自に意匠登録出願して意匠登録を受ける行為が含まれているか否かについて検討する。
請求人は,被請求人からラフ案などの資料を受け取った上で,デザイン作業の依頼を受けたが,請求人と被請求人との間で,特に契約書の書面は取り交わしてはいない(審判請求書第3頁7行目?8行目)。
通常,契約書を取り交わせずにデザイン作業の依頼をした場合,それに対する請求額というものは,デザイン作業に対する対価のみであって,その結果物に対する意匠登録を受ける権利の帰属の問題に関しては,意匠制度利用上の費用対効果の見極めなどもろもろの検討項目が発生するため,通常は別途話合いによって決めるものである。
(ウ-2)最終的な支払日が平成22年(2010年)6月30日であった対価の請求書(乙第8号証(見積書))が,被請求人に送られたのは,平成21年(2009年)6月4日であった。
疑いのない事実として,請求人と被請求人の間でメールのやり取りにおいて,初めて「意匠登録」に関する単語が出てきたのは,平成22年(2010年)4月26日(甲第26号証の2)であり,また一方で,被請求人提出の平成25年8月27日付け口頭審理陳述要領書によると,平成22年(2010年)5月13日に,佐藤と齊藤は面談し,意匠登録出願に関する話を含んだ話合いを行ったと認められる。
そうすると,被請求人からもたらされた本件登録意匠に関する意匠出願の話題の最先は,恐らく平成22年(2010年)4月下旬頃であったと言えるところ,請求人から発行された上記のデザインに対する対価の請求書は,それより10か月以上前の平成21年(2009年)6月4日であるから,「請求人が,意匠登録を受ける権利の譲渡まで含まれる」と認識していないのは明らかである。
(ウ-3)以上のように,特段の契約書の書面を取り交わしていない作業依頼であって,別途の意匠登録を受ける権利の帰属の問題に関する話合いがもたれる前に発行された請求書であるから,それに対する対価を支払ったところで,意匠登録を受ける権利の譲渡まで含まれるとは認められない。
(エ)一方で,上申書に言うとおり,「ロング丈Tシャツやチュニック」(以下,「チュニック」という。)は,日常,ごく普通に見られる極めてありふれたもので,本件登録意匠においても,この丈に定めたからと言って,それが齊藤の独自の発想とは言えない。ただし,「人体構造学習用ティーシャツ」を作るに際して,上半身のみを表現するシャツ,しかも,そのシャツを半そでとするのか長そでとするのかの決定,下半身のみを表現するスパッツ,このシャツとスパッツを同時に着用して全身の筋肉を表現するのか,1ピースで全身を表すことができるボディスーツのようにした物品にするのか,または,商品の設定価格や使い勝手の良さを考慮して脚部の筋肉を割愛し,チュニックとするのか,など着衣全体の形状を選択し,決定したのは齊藤であると認められる。
そして,左右共に浅層部のみの肌着を用意し施術または学習(以下,「施術等」という。)に供しても良く,また,浅層部のみの肌着と深層部のみの肌着の二種類を用意して施術等に供しても良いところ,左右で筋肉の浅層部と深層部に分けて表現しようと考えた案は,齊藤から出たものと認められる。
請求人は,上申書において「対象となる骨格筋のうち,Tシャツで覆われる部分で,片側骨格筋のみ,と絞り込んでいけば,『主だった骨格筋のほぼ全て』ということになり,必然的に確定されうるものです。」と主張するが,主張どおり,約9割の筋肉は,必然的に選択されるものであっても,残りの細々としたところでは,取捨選択に余地があり,選出し決定するという知的作業は,本件登録意匠を創作する際の作業の一部と認められる。
そうすると,解剖学的正確性を担保しつつ,見やすいよう,理解し易いように適宜,簡略化や省略化を行った上で,精巧な筋肉のイラストを描いたのが佐藤,櫻井,及び遠山だとしても,基本的な意匠の創作は齊藤によるものであるから,やはり,本件登録意匠は,被請求人社員の齊藤,並びに請求人社員の佐藤,櫻井,及び遠山の共同創作に当たるものと認められる。

第5 結び
以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,本件登録意匠の意匠登録は,意匠の創作をした者ではない者で,かつ,意匠登録を受ける権利を承継しない者の意匠登録出願に対してなされたものとは言えず,本件登録意匠を無効とすることはできないが,本件登録意匠の創作に当たっては,請求人及び被請求人双方の関与が認められるところであるにもかかわらず,本件登録意匠は,被請求人のみを創作者として出願され,意匠登録を受けたものであり,意匠法第15条第1項において準用する特許法第38条の規定に違反して意匠登録出願され,意匠登録を受けたものであり,その意匠登録は,意匠法第48条第1項第1号の規定によって,無効とすべきものである。
審判に関する費用については,意匠法第52条の規定で準用する特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,被請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
別掲

審理終結日 2013-12-12 
結審通知日 2013-12-16 
審決日 2013-12-27 
出願番号 意願2010-12312(D2010-12312) 
審決分類 D 1 113・ 15- Z (F1)
最終処分 成立  
前審関与審査官 佐々木 朝康 
特許庁審判長 原田 雅美
特許庁審判官 橘 崇生
中田 博康
登録日 2011-01-07 
登録番号 意匠登録第1406964号(D1406964) 
代理人 西尾 美良 
代理人 中村 英子 
代理人 丹羽 宏之 
代理人 特許業務法人 谷・阿部特許事務所 

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