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審判番号(事件番号) データベース 権利
判定2013600050 審決 意匠

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審決分類 審判 判定  同一・類似 属さない(申立不成立) D2
管理番号 1302958 
判定請求番号 判定2014-600010
総通号数 188 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠判定公報 
発行日 2015-08-28 
種別 判定 
判定請求日 2014-04-02 
確定日 2015-06-16 
意匠に係る物品 いす 
事件の表示 上記当事者間の登録第1199085号の判定請求事件について,次のとおり判定する。 
結論 イ号意匠は,登録第1199085号意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属しない。
理由 第1 請求の趣旨
イ号意匠は,登録第1199085号意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属する,との判定を求める。


第2 当事者の主張
1.請求人の主張
[1]請求の理由
(1)判定請求の必要性
本件判定請求人(愛知株式会社)は,本件判定請求に係る登録意匠「いす」(以下「本件登録意匠」という。)の意匠権者である。本件判定被請求人(アイリスチトセ株式会社)が販売していたイ号意匠のいす(添付書類 2,2013年12月にアイリスチトセ株式会社が発行した「アイリスチトセ2014総合カタログ」96-97頁に掲載の「MC-M series」のいす【形式:MC-MM01及びMC-MT01】)は,本件登録意匠の意匠権を侵害するものであるので,本件判定請求人は,平成25年11月20日付けでその旨の通知書を本件判定被請求人に送付した。
これに対して,本件判定被請求人は,「イ号意匠は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属さない」旨主張するので,特許庁による判定を求める。

(2)本件登録意匠の手続の経緯
出願 平成14年12月4日
登録 平成16年1月23日

(3)本件登録意匠の説明
本件登録意匠は,意匠に係る物品をスタッキング可能な汎用の「いす」とし,その形態の要旨を,次のとおりとする。
すなわち,
ア.全体は,背もたれ,座及び左右一対の脚フレームで構成され,これら3つの構成要素を座の後端部左右隅部の連結部で一体に連結したもので,背もたれと座の間には横幅いっぱいに正面視略凸レンズ断面形状の隙間が形成されている。

イ.背もたれは,正面視略矩形状の薄板状で,横方向が平面視円弧状に窪み,かつ,縦方向が後方に反るように弓なりに湾曲する曲面から成り,周縁部を額縁状に残して中央部分を正面視略矩形状のメッシュ状部としたもので,また,下端部左右隅部に,座と連結する為の柱状の垂下部を配している。
具体的には,背もたれの外周形状は,正面視略矩形状の上端部及び下端部の辺が,上下略対称となる円弧状に内側に湾曲し,左右両端部の辺が,左右対称に緩やかな円弧状に傾斜湾曲したもので,四隅は鋭角に形成されている。
メッシュ状部は,六角形の小貫通孔を均一に配列して成り,当該メッシュ状部の外周形状は,正面視略矩形状の上端部及び左右両端部の辺を,背もたれの外周形状に沿って湾曲する円弧状とし,下端部の辺を,背もたれの下端部の辺とは反対方向に湾曲する円弧状としたものである。
背もたれの背面側は,メッシュ状部の下方及び左右の周縁部が,連結部の形状に合わせて連続する突出面となっており,左右の周縁部の突出面は,上方に向かって漸次幅を狭めながら上端に達し,下方の周縁部の突出面は周縁部の形状に沿って僅かに厚みを持たせて成る。

ウ.座は,平面視略矩形状の薄板状で,横方向が正面視円弧状に窪み,かつ,前後方向が前方をやや高く形成して背もたれとほぼ同じ曲率で側面視略「へ」の字状に湾曲する曲面から成り,周縁部を額縁状に残して中央部分を平面視略矩形状のメッシュ状部としたもので,また,後端部左右隅部に,水平に突出する連結部を配している。
具体的には,座の外周形状は,平面視略矩形状の後端部の辺が,背もたれの上端部の辺と略同形の平面視円弧状に湾曲し,前端部の辺が,前方斜め下方に向かってなだらかに傾斜しながら中央を僅かに膨出する平面視円弧状に湾曲したもので,四隅は鋭角に形成されている。更に詳細には,前端部の中央部分の厚みは,座板が内側に折り曲げられて,正面視で中心に向かって漸次薄く形成されており,座の先端は鋭角に現れる。
メッシュ状部は,メッシュ状のシートをインサートしたもので,更に詳細には,メッシュ状部は,額縁状の周縁部より僅かに窪んだ面上に配されている。
連結部は,座の後端部の円弧状のラインの延長上に水平に突出し,背もたれ及び後脚フレームと連結するための柱状部を設けたもので,更に詳細には,柱状部の長さは座板の厚みの略2.5倍である。

エ.左右一対の脚フレームは,丸パイプを環状に屈曲して側面視略台形状としたもので,後脚フレームが座の後端部左右隅部の連結部に嵌合され,その余の部分の上端部も座に覆われて座面より上には露出していない。

(4)イ号意匠の説明
イ号意匠は,意匠に係る物品をスタッキング可能な汎用の「いす」とし,その形態の要旨を,次のとおりとする。
すなわち,
ア.全体は,背もたれ,座及び左右一対の脚フレームで構成され,これら3つの構成要素を座の後端部左右隅部の連結部で一体に連結したもので,背もたれと座の間には横幅いっぱいに正面視略凸レンズ断面形状の隙間が形成されている。

イ.背もたれは,正面視略矩形状の薄板状で,横方向が平面視円弧状に窪み,かつ,縦方向が後方に反るように弓なりに湾曲する曲面から成り,周縁部を額縁状に残して中央部分を正面視略矩形状のメッシュ状部としたもので,また,下端部左右隅部に,座と連結する為の柱状の垂下部を配している。
具体的には,背もたれの外周形状は,正面視略矩形状の上端部及び下端部の辺が,上下略対称となる円弧状に内側に湾曲し,左右両端部の辺が,左右対称に緩やかな円弧状に傾斜湾曲したもので,四隅は鋭角に形成されている。
メッシュ状部は,円形の小貫通孔を均一に配列して成り,当該メッシュ状部の外周形状は,正面視略矩形状の上端部及び左右端部の辺を,背もたれの外周形状に沿って湾曲する円弧状とし,下端部の辺を,背もたれの下端部の辺とは反対方向に湾曲する円弧状としたものである。更に詳細には,メッシュ状部は,額縁状の周縁部より僅かに窪んだ面上に配されている。
背もたれの背面側は,メッシュ状部の下方及び左右の周縁部が,連結部の形状に合わせて連続する突出面となっており,左右の周縁部の突出面は,背もたれが後方に反り始める位置で段差をもって終了している。
また,背もたれの上部中央には手掛け孔が設けられており,当該手掛け孔は,下向きの略凸レンズ断面形状で,上方の周縁部とメッシュ状部の間にあって,メッシュ状部を抉り取るように空けられたものである。

ウ.座は,平面視略矩形状の薄板状で,横方向が正面視円弧状に窪み,かつ,前後方向が前方をやや高く形成して背もたれとほぼ同じ曲率で側面視略「へ」の字状に湾曲する曲面から成り,周縁部を額縁状に残して中央部分を平面視略矩形状のメッシュ状部としたもので,また,後端部左右隅部に,水平に突出する連結部を配している。
具体的には,座の外周形状は,平面視略矩形状の後端部の辺が,背もたれの上端部の辺と略同形の平面視円弧状に湾曲し,前端部の辺が,前方斜め下方に向かってなだらかに傾斜しながら中央を僅かに膨出する平面視円弧状に湾曲したもので,四隅は鋭角に形成されている。
メッシュ状部は,円形の小貫通孔を均一に配列して成り,更に詳細には,メッシュ状部は,額縁状の周縁部より僅かに窪んだ面上に配されている。
連結部は,座の後端部の円弧状のラインの延長上に水平に突出し,背もたれ及び後脚フレームと連結するための柱状部を設けたもので,更に詳細には,柱状部の長さは座板の厚みの略4.5倍である。

エ.左右一対の脚フレームは,丸パイプを環状に屈曲して側面視略台形状としたもので,後脚フレームが座の後端部左右隅部の連結部に嵌合され,その余の部分の上端部も座に覆われて座面より上には露出していない。

(5)本件登録意匠とイ号意匠との比較説明
本件登録意匠とイ号意匠を対比すると,両意匠は,ともにスタッキング可能な汎用の「いす」であるから意匠に係る物品が一致し,形態については,主として以下の共通点と差異点が認められる。

ア.両意匠の共通点
(ア)全体の構成について,背もたれ,座,及び左右一対の脚フレームから成り,これら3つの構成要素が座の後端部左右隅部の連結部で一体に連結されて,背もたれと座の間の横幅いっぱいに正面視略凸レンズ断面形状の隙間が形成されている点。

(イ)背もたれの基本的構成態様について,正面視略矩形状の薄板状で,横方向が平面視円弧状に窪み,かつ,縦方向が後方に反るように弓なりに湾曲する曲面から成り,周縁部を額縁状に残して,中央部分を正面視略矩形状のメッシュ状部としている点。

(ウ)背もたれの外周形状について,正面視略矩形状の上端部及び下端部の辺が,上下略対称となる円弧状に内側に湾曲し,左右両端部の辺が,左右対称に緩やかな円弧状に傾斜湾曲し,四隅が鋭角に形成されている点。

(エ)背もたれのメッシュ状部の外周形状について,正面視略矩形状の上端部及び左右両端部の辺が,背もたれの外周形状に沿って湾曲する円弧状で,下端部の辺が,背もたれの下端部の辺とは反対方向に湾曲する円弧状である点。

(オ)背もたれの背面側の態様について,メッシュ状部の下方及び左右の周縁部が,連結部の形状に合わせて連続する突出面となっている点。

(カ)座の基本的構成態様について,平面視略矩形状の薄板状で,横方向が正面視円弧状に窪み,かつ,前後方向が前方をやや高く形成して背もたれとほぼ同じ曲率で側面視略「へ」の字状に湾曲する曲面から成り,周縁部を額縁状に残して,中央部分を平面視略矩形状のメッシュ状部としている点。

(キ)座の外周形状について,平面視略矩形状の後端部の辺が,背もたれの上端部の辺と略同形の平面視円弧状に湾曲し,前端部の辺が,前方斜め下方に向かってなだらかに傾斜しながら中央を僅かに膨出する平面視円弧状に湾曲し,四隅が鋭角に形成されている点。

(ク)連結部の基本的構成態様について,座の後端部の円弧状のラインの延長上に水平に突出し,背もたれ及び後脚フレームを連結するための柱状部を設けている点。

(ケ)一対の脚フレームの基本的構成態様について,丸パイプを屈曲して成り,側面視略台形状で,上端部が座に覆われて座面より上には露出していない点。

イ.両意匠の差異点
(ア)イ号意匠の背もたれの上部中央には,上方の周縁部とメッシュ状部の間に,メッシュ状部を抉り取るようにあけられた下向きの略凸レンズ断面形状の手掛け孔があるのに対し,本件登録意匠には該当するものがない点。

(イ)背もたれのメッシュ状部の態様について,本件登録意匠は六角形の小貫通孔を均一に配列して成るのに対し,イ号意匠は円形の小貫通孔を均一に配列して成る点。

(ウ)背もたれの背面側の突出面の態様について,本件登録意匠の突出面は,左右の周縁部の突出面が上方に向かって漸次幅を狭めながら上端に達し,下方の周縁部の突出面は周縁部の形状に沿って僅かに厚みを持たせて成るのに対し,イ号意匠の突出面は,左右の周縁部の突出面が,背もたれが後方に反り始める位置で段差をもって終了している点。

(エ)座の前端部の態様について,本件登録意匠は,座板を内側に折り曲げて,前端部の中央部分の厚みを薄く形成し,かつ,座の先端を鋭角に形成しているのに対し,イ号意匠は,そのような処理が施されていない点。

(オ)座のメッシュ状部の態様について,本件登録意匠は,メッシュ状のシートをインサートしたものであるのに対し,イ号意匠は,円形の小貫通孔を均一に配列して成る点。

(カ)略凸レンズ断面形状の隙間の形状について,連結部の柱状部分の長さの違いにより,当該隙間の縦方向の長さが相違し,本件登録意匠に比してイ号意匠の方がやや長くなっている点。

(6)イ号意匠が本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属する理由
ア.本件登録意匠に関する周辺意匠
本件登録意匠及びイ号意匠に係わる周辺意匠には下記のものがある。
(ア)本件登録意匠の関連意匠
a.意匠登録第1199423号の意匠 (甲第1号証-1)
b.意匠登録第1199424号の意匠 (甲第1号証-2)
c.意匠登録第1199425号の意匠 (甲第1号証-3)
d.意匠登録第1199426号の意匠 (甲第1号証-4)

(イ)公知意匠
a.意匠登録第1049182号の意匠 (甲第2号証)
b.意匠登録第1076513号の意匠 (甲第3号証)
(丸孔のパンチングに関する公知意匠)
c.意匠登録第585703号の意匠 (甲第4号証)
d.意匠登録第1101814号の意匠 (甲第5号証)
e.意匠登録第1129591号の意匠 (甲第6号証)
(背もたれの背面側の態様に関する公知意匠)
f.意匠登録第996138号の意匠 (甲第7号証-1)
g.意匠登録第996138号の類似1の意匠 (甲第7号証-2)
(背もたれの手掛け孔に関する公知意匠)
h.意匠登録第653121号の意匠 (甲第8号証-1)
i.意匠登録第653121号の類似2の意匠 (甲第8号証-2)
j.意匠登録第1019940号の意匠 (甲第9号証-1)
k.意匠登録第1019940号の類似1の意匠 (甲第9号証-2)
l.意匠登録第1447879号の意匠 (甲第10号証-1)
m.意匠登録第1448228号の意匠 (甲第10号証-2)

イ.本件登録意匠の特徴
上記の,本件登録意匠に係る関連意匠a.乃至d.及び先行する公知意匠a.乃至k.等を参考に本件登録意匠の特徴を考察すると,
まず,背もたれ,座及び左右一対の脚フレームの連結の態様について,本件登録意匠は従前の意匠とは異なる。本件登録意匠の連結部は,座の後端部の円弧状のラインに沿って水平に突出し,背もたれ下端の垂下部及び後脚フレームと連結されるもので,当該連結部によって導き出される背もたれと座の一体感のある態様,座面より上には露出しない脚フレームの態様,背もたれ及び座に囲まれた略凸レンズ断面形状の隙間の態様,等は,従前の意匠には見られない本件登録意匠を特徴づけるものである。
また,背もたれ及び座の曲面構成について,本件登録意匠は従前の意匠とは異なる。本件登録意匠の座の側面視略「へ」の字状のラインは,背もたれの側面視弓なりに湾曲するラインと相対するように,背もたれとほぼ同じ曲率で前方に向かって力強く弧を描く曲線で形成されており,その他の各部においても曲線と曲面により形成される背もたれと座が相俟って奏する基調は,従前の意匠には見られない本件登録意匠を特徴づけるものである。
更に,具体的な態様においても,背もたれの外周形状について,正面視略矩形状の上端部及び下端部の辺を上下略対称に湾曲する円弧状として,左右の隅を鋭角に形成した点や,背もたれのメッシュ状部について,六角形の小貫通孔をハニカム状に配した点,等は,従前の意匠には見られない本件登録意匠を特徴づけるものである。
なお,本件登録意匠に基づいて請求人が製造販売しているスタッキングチェア「Lush-SX」は,優れたデザイン性を評価され,2003年度「グッドデザイン賞」を受賞し,並びに「2003東京国際見本市アワード」で銀賞を受賞しており,請求人の主力商品として好評を得ている。

ウ.本件登録意匠とイ号意匠との類否の考察
そこで,本件登録意匠とイ号意匠の共通点及び差異点が両意匠の類否判断に与える影響について検討すると,
共通点(ア),(イ),(カ),(ク)及び(ケ)は,両意匠の骨格を形作る基本的な構成態様に係るもので,両意匠の類否判断を左右する意匠の要部を構成する要素である。
特に,座の後端部左右隅部から連続的に略水平に突き出した連結部の態様,連結部を支点にして幅広の背もたれが一体感をもって座から張出すように取り付けられた態様,座と背もたれの間に現れる略凸レンズ断面形状の隙間の態様,そして,座面より上には現れない脚フレームの態様,等は,従前の意匠には見られない本件登録意匠を特徴づける態様であって,両意匠の基調を共通のものとする極めて大きな視覚効果を有する。
また,曲線と曲面を基調とする背もたれと座の態様について,弓なりに湾曲する背もたれと側面視略「へ」の字状の座から成るいすは従来から見られるものの,座の略「へ」の字状のラインを,背もたれとほぼ同じ曲率で湾曲する曲線で形成した点は,従前の意匠には見られない本件登録意匠を特徴づける態様であり,弓なりに湾曲する背もたれの曲線と相対するように前方に向かって力強く弧を描く座の曲線とが相俟って生じる視覚効果は,需要者に強い印象を与え,両意匠の基調を共通のものとする極めて大きな視覚効果を有するものである。
更に,背もたれと座の態様について,周縁部を額縁状に残して中央部分に透過性を備えるメッシュ状部を配した点は,本件登録意匠の出願以前から見られる態様ではあるが,外観上の目立つところを構成していて,無視できない大きな視覚効果を有する。
以上のように,共通点(ア),(イ),(カ),(ク)及び(ケ)が両意匠の類否判断に及ぼす影響は重大である。
共通点(ウ)及び(キ)は,背もたれ及び座の外周形状についての具体的な態様に係るものであるが,これらの共通点は外観上の目立つところを構成していて,大きな視覚効果を有する。特に,背もたれについて,正面視略矩形状の上端部及び下端部の辺を上下略対称に湾曲する円弧状として,上端部の左右の隅を鋭角に形成した点は,本件登録意匠を特徴づける態様であり,その視覚効果は大きい。従って,これらの共通点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。なお,背もたれの上下両端部の辺を,内側に湾曲する円弧状に形成したものとして公知意匠b.等があるが,当該公知意匠b.は,上下両端部の円弧の曲率が相違し,上端部の円弧が極めて浅く,かつ上端部の左右の隅部も丸みを帯びている点で,本件登録意匠とは異なる。
共通点(エ)は,背もたれのメッシュ状部の外周形状の態様に係るものであるが,当該メッシュ状部の下端部の辺を背もたれの下端部の辺とは反対方向に湾曲する円弧状とすることによって,下方の周縁部を,中央が狭く左右両端に向かって漸次ラッパ状に拡がる形状に形成している点で,新規な態様といえる。そして,この共通点は部分的なものであるが,他の共通点と相俟って両意匠の類似性を誘因する要素となっている。
一方,本件登録意匠とイ号意匠の差異点について検討すると,
差異点(ア)は,背もたれ上部における手掛け孔の有無についての差異であるが,需要者の目に付きやすい部分における差異なので一定程度の視覚効果を有するとは思われる。しかし,この種物品の分野では従来から手掛け孔を設けることは普通に行われているところであり,また,イ号意匠の手掛け孔は,形状が特徴的なものではないうえに,額縁状の周縁部の印象を損なわないように略矩形状のメッシュ状部と一体化して配置されているため,両意匠を別異の意匠と印象づけるほどの視覚効果は認められない。従って,この差異点が両意匠の類否判断に与える影響は小さい。なお,手掛け孔の有無の差異があっても類似すると判断された例として,公知意匠h.と公知意匠i.,公知意匠j.と公知意匠k.,公知意匠l.と公知意匠m.,等がある。
差異点(イ)は,背もたれのメッシュ状部の態様についての差異であるが,この種物品の分野では,円形の小貫通孔を均一に配列してメッシュ状にすることは従来から行われているところ,イ号意匠は,本件登録意匠の六角形小貫通孔から成る特徴的なメッシュ状部をありふれた円形小貫通孔に置換えたにすぎず,意匠全体として観察するとその透過性にも大きな違いがないので,この差異には,両意匠を別異の意匠と印象づけるほどの視覚効果は認められない。従って,この差異点が両意匠の類否判断に与える影響は小さい。なお,円形小貫通孔を均一に配列した例として,公知意匠c.,公知意匠d.,公知意匠e.,等がある。
差異点(ウ)は,背もたれの背面側の周縁部における突出面の態様についての差異であるが,本件登録意匠が突出面を目立たないように形成してシンプルかつ端正な印象であるのに対し,イ号意匠は突出面を強調して無骨な印象である点で相違する。しかし,この種のスタッキング可能ないすは,一般に前方斜め上方から観察することが多く,かつ,両意匠は背もたれの上方が後方に反っていることから,この差異は,需要者の注意を惹かない目立たない部位における極めて部分的な差異に止まり,両意匠を別異の意匠と印象づけるほどの視覚効果は認められない。従って,この差異点が両意匠の類否判断に与える影響は小さい。なお,背もたれの背面側の態様に差異があっても類似すると判断された例として,公知意匠f.と公知意匠g.等がある。
差異点(エ)は,座の前端部の態様についての差異であるが,本件登録意匠の座の前端部は,座面の曲面を損なうことなく先端まで配慮して形成されたものである点で,イ号意匠のありふれた態様とは相違するものの,この差異は,具体的な構成における部分的な差異に止まり,両意匠に共通する基調を覆すほどの視覚効果はない。従って,この差異点が両意匠の類否判断に与える影響は小さい。
差異点(オ)は,座のメッシュ状部の態様についての差異であるが,イ号意匠は,本件登録意匠のメッシュ状のシートを,従来から見られる円形小貫通孔を均一に配列したものに置換えたにすぎず,意匠全体として観察するとその透過性にも大きな違いがなく,両意匠に共通する基調を覆すほどの視覚効果はない。従って,この差異点が両意匠の類否判断に与える影響は極めて小さい。
差異点(カ)は,略凸レンズ断面形状の隙間の形状についての差異であるが,イ号意匠の当該隙間は,縦方向の長さが本件登録意匠に比して多少長いものの,未だ略凸レンズ断面形状の範疇を出ないものであって,需要者の注意を惹かない部分的な改変程度の差異にとどまる。従って,この差異点が両意匠の類否判断に与える影響は極めて小さい。

以上のことから,本件登録意匠とイ号意匠を,意匠全体として総合的に判断すると,差異点は類否判断において評価される要素とはならず,かつ,両意匠の共通点を凌駕するものではないので,両意匠は類似するものと判断される。

(7)むすび
したがって,イ号意匠は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属するので,請求の趣旨どおりの判定を求める。

[2]証拠方法
(1)本件登録意匠 登録意匠第1199085号の意匠公報及び図面
(2)イ号意匠 アイリスチトセ株式会社の製品である「MC-M series」のいす(2013年12月にアイリスチトセ株式会社が発行した「アイリスチトセ2014総合カタログ」96-97頁に掲載,型式:MC-MM01及びMC-MT01)
(3)本件登録意匠に基づく製品「Lush-SX」のカタログ
(4)甲第1号証-1 意匠登録第1199423号の意匠公報
(5)甲第1号証-2 意匠登録第1199424号の意匠公報
(6)甲第1号証-3 意匠登録第1199425号の意匠公報
(7)甲第1号証-4 意匠登録第1199426号の意匠公報
(8)甲第2号証 意匠登録第1049182号の意匠公報
(9)甲第3号証 意匠登録第1076513号の意匠公報
(10)甲第4号証 意匠登録第585703号の意匠公報
(11)甲第5号証 意匠登録第1101814号の意匠公報
(12)甲第6号証 意匠登録第1129591号の意匠公報
(13)甲第7号証-1 意匠登録第996138号の意匠公報
(14)甲第7号証-2 意匠登録第996138号の類似1の意匠公報
(15)甲第8号証-1 意匠登録第653121号の意匠公報
(16)甲第8号証-2 意匠登録第653121号の類似2の意匠公報
(17)甲第9号証-1 意匠登録第1019940号の意匠公報
(18)甲第9号証-2 意匠登録第1019940号の類似1の意匠公報
(19)甲第10号証-1 意匠登録第1447879号の意匠公報
(20)甲第10号証-2 意匠登録第1448228号の意匠公報

2.被請求人の答弁
[1]答弁の趣旨
被請求人は,「イ号意匠は意匠登録第1199085号の意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属しないとの判定を求める。」と答弁し,その理由として,要旨以下のとおり主張し,証拠方法として,乙第1号証ないし乙第10号証を提出した。

[2]理由
(1)答弁の理由の要約
判定請求書によれば,請求人は,被請求人が製造販売するイス「MC-M」にかかるイ号意匠が,請求人が保有する本件登録意匠の範囲に属するとし,イ号意匠にかかる製品が本件登録意匠にかかる意匠権を侵害していると主張している。
しかしながら,イ号意匠は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属さないというべきである。以下,その理由を詳細に述べる。
まずは,本項で被請求人の主張を述べた上で,次いで[3]において,判定請求書に対する反論を述べることとする。

(2)本件登録意匠の構成
ア.本件登録意匠の概要
本件登録意匠に係る物品は,「スタッキング可能な汎用のいす」である。

イ.本件登録意匠の基本的構成態様
本件登録意匠についての基本的構成態様は以下のとおりである。
(ア)背もたれ,座,左右一対の脚フレーム,そしてこれらのいすの3つの構成要素を相互に連結する転結部から成るスタッキング可能な椅子形態であり,

(イ)背もたれは,左右間で前側に円弧状に湾曲し,上下間で「く」の字状に後方に反る正面視矩形状で,小貫通孔が施された薄板状であり,

(ウ)座には,平面視矩形状で周縁の細幅な略矩形状の枠部とこの枠内に張設された伸縮性のあるメッシュ状シート部を配設し,

(エ)左右一対の脚フレームは,側面視略台形状の丸パイプから成り,左右脚下部間の架橋はなく,

(オ)連結部は,座の後端左右(背もたれ下端左右)を支点にして3つの構成要素を連結し,これを正面から見ると,背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間が現れる

ウ.本件登録意匠の具体的構成態様
本件登録意匠の各部の具体的な構成態様は以下のとおりである。
(ア)背もたれは,
a.正面視略矩形の薄板状において,
b.上下辺は上下略対称な円弧状に湾曲し,
c.左右辺は上下方向に平行に配し,
d.4隅は鋭角であり,
e.その周辺縁に余白を残して六角形状の小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設し,当該メッシュ状の部分は,小貫通孔のある部分の面積が小貫通孔のない部分の面積より大きく,
f.その背面側には下辺縁に沿った突条を設けてあり,

(イ)座は,
a.側面視において略「く」の字状に上方に湾曲し,
b.前端部が前脚フレーム位置から僅かに斜め下前方に斜降突出し,
c.後端部は後脚フレーム及び架橋フレーム位置から後方・左右外方に僅か突出し,

(ウ)左右一対の脚フレームは,
a.前脚,後脚,前後脚架橋,左右脚架橋その他から成り,
b.座の前端の左右端から前脚が,その後端の左右端から後脚がそれぞれ垂下し,
c.脚フレームは座面より下方に露出して現れ,連結部に脚フレームが露出して現れることはなく(座面から上方に脚フレームが露出して現れない),
d.連結部は,背もたれと一体化し,後脚フレームを延伸した柱状のものは見当たらず,

(エ)背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間は略凸レンズ断面状に現れるもの。

(3)イ号意匠の構成
次に,イ号意匠について検討することとする。
ア.イ号意匠の概要
イ号意匠にかかる意匠(以下「イ号意匠」という。)にかかる物品は,「スタッキング可能な汎用のいす」である。

イ.基本的構成態様
イ号意匠にかかる基本的構成態様は以下のとおりである。
(ア)背もたれ,座,左右一対の脚フレーム,そしてこれらのいすの3つの構成要素を相互に連結する連結部から成るスタッキング可能な椅子形態であり,

(イ)背もたれは,左右間で前側に円弧状に湾曲し,上下間で「く」の字状に後方に反る正面視矩形状で,小貫通孔が施された薄板状であり,

(ウ)座にも,平面視矩形状で周縁の細幅な略矩形状の枠部と枠部の内部に背もたれと同様の形状及び材質で枠部と一体をなす,丸穴の小貫通孔が施されたメッシュ状シート部を配設し,

(エ)左右一対の脚フレームは,側面視略台形状の丸パイプから成り,左右脚下部間の架橋はなく,連結部は,座の後端左右(背もたれ下端左右)を支点にして3つの構成要素を連結し,これを正面からみると,背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間が現れるもの。

ウ.具体的構成態様
各部の具体的な構成態様は,以下のとおりである。
(ア)背もたれは,
a.正面視略矩形の薄板状において,
b.上下辺は上下略対称な円弧状に湾曲し,
c.左右辺は左右略対照な円弧状に湾曲し,
d.4隅は鋭角であり,
e.その周辺縁に余白を残して丸穴の小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設し,当該メッシュ状の部分は,小貫通孔のない部分の面積が小貫通孔のある部分の面積より大きく,
f.その背面側には,左右の辺縁及び下辺縁に沿った,略H文字状の突条を設けてあり,当該突条は,左右の辺縁に沿った部分が側面視において後方に突出した略L字型になっており,
g.平面視において背もたれの上部中央,前記メッシュ状の部分の上辺縁に,下向き凸レンズ状,横長の手掛け孔があり,

(イ)座は,
a.側面視において略「く」の字状に上方に湾曲し,
b.前端部が前脚フレーム位置から突出せず,
c.後端部は後脚フレーム及び架橋フレーム位置から後方・左右外方に僅か突出し,
d.メッシュ状の部分の小貫通孔の形状は丸穴であり,小貫通孔のない部分の面積が小貫通孔のある部分の面積より大きく,

(ウ)左右一対の脚フレームは,
a.前脚,後脚,前後脚架橋,左右脚架橋その他から成り,
b.座の前端の左右端から前脚が,その後端の左右端から後脚がそれぞれ垂下し,
c.脚フレームは座面より下方に露出して現れ,連結部に脚フレームが露出して現れることはなく(座面から上方に脚フレームが露出して現れない),
d.連結部は,後脚フレームを延伸した柱状体でなり,

(エ)背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間は
a.上辺縁が上方向に湾曲する略矩形に現れるもの。

(4)本件登録意匠とイ号意匠との比較
ア.公知意匠の検討
本件登録意匠とイ号意匠とを比較するに当たり,検討の前提として,本件登録意匠と関係のあるスタッキングチェアに関する公知意匠について検討し,公知例を踏まえて,以下,本件登録意匠とイ号意匠を比較することとする。

イ.構成態様の比較?共通点
本件登録意匠とイ号意匠を対比すると,両意匠は,意匠に係る物品が共通し,形態については主として以下の共通点がある。
(ア)全体
全体としては,背もたれ,座,左右一対の脚フレーム,そしてこれらのいすの3つの構成要素を相互に連結する連結部から成るスタッキング可能な椅子形態である。

(イ)背もたれ
a.基本的構成態様
背もたれは,左右間で前側に円弧状に湾曲し,上下間で「く」の字状に後方に反る正面視矩形状で,小貫通孔が施された薄板状である。
b.具体的構成態様
(a)正面視略矩形の薄板状において,
(b)上下辺は上下略対称な円弧状に湾曲し,
(c)4隅は鋭角であり,
(d)その周辺縁に余白を残して小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設し
(e)その背面側には,突条を設けてある。

(ウ)座
a.基本的構成態様
平面視矩形状で周縁の細幅な略矩形状の枠部と枠部の内部にメッシュ状シート部を配設してある。
b.具体的構成態様
(a)側面視において略「く」の字状に上方に湾曲し,
(b)後端部は後脚フレーム及び架橋フレーム位置から後方・左右外方に僅か突出する

(エ)左右一対の脚フレーム
a.基本的構成態様
側面視略台形状の丸パイプから成り,左右脚下部間の架橋はない。
b.具体的構成態様
(a)前脚,後脚,前後脚架橋,左右脚架橋その他から成り,
(b)座の前端の左右端から前脚が,その後端の左右端から後脚がそれぞれ垂下し,
(c)脚フレームは座面より下方に露出して現れ,連結部に脚フレームが露出して現れることはない(座面から上方に脚フレームが露出して現れない)。

(オ)連結部
a.基本的構成態様
連結部は,座の後端左右(背もたれ下端左右)を支点にして3つの構成要素を連結し,これを正面からみると,背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間が現れるものである。
b.具体的構成態様
共通点は見当たらない。

ウ.構成態様の比較?差異点
次に,本件登録意匠とイ号意匠を対比すると,両意匠は,以下の差異点がある。
(ア)背もたれ
a.本件登録意匠
(a)背もたれの周辺縁に余白を残して六角形状の小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設し,当該メッシュ状の部分は,小貫通孔のある部分の面積が小貫通孔のない部分の面積より大きい。
(b)その背面側には下辺縁に沿った突条を設けてある
b.イ号意匠
(a)背もたれの周辺縁に余白を残して丸穴の小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設し,当該メッシュ状の部分は,小貫通孔のない部分の面積が小貫通孔のある部分の面積より大きい。
(b)その背面側には,左右の辺縁及び下辺縁に沿った,略H文字状の突条を設けてあり,当該突条は,左右の辺縁に沿った部分が側面視において後方に突出した略L字型になっており,
(c)平面視において背もたれの上部中央,前記メッシュ状の部分の上辺縁に,下向き凸レンズ状,横長の手掛け孔がある

(イ)座
a.本件登録意匠
(基本的構成態様)
平面視矩形状で周縁の細幅な略矩形状の枠部とこの枠内に張設された伸縮性のあるメッシュ状シート部を配設している。
(具体的構成態様)
前端部が前脚フレーム位置から僅かに斜め下前方に斜降突出している。
b.イ号意匠
(基本的構成態様)
平面視矩形状で周縁の細幅な略矩形状の枠部と枠部の内部に背もたれと同様の形状及び材質で枠部と一体をなす,丸穴の小貫通孔が施されたメッシュ状シート部を配設している。
(具体的構成態様)
前端部が前脚フレーム位置から突出していない。

(ウ)左右一対の脚フレーム
左右一対の脚フレームについては,特段の相違点は見当たらない。

(エ)連結部
a.本件登録意匠
背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間は略凸レンズ断面状に現れる。
b.イ号意匠
背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間は上辺縁が上方向に湾曲する略矩形に現れる。

(5)比較検討
以下,前記の共通点と差異点について,(4)ア.で述べた,公知意匠も踏まえ検討することとする。
ア.本件登録意匠の主たる特徴
(ア)まず,本件登録意匠の主立った特徴点について検討する。

(イ)この点,背もたれ,座,左右一対の脚フレーム,そしてこれらのいすの3つの構成要素を相互に連結する連結部から成るスタッキング可能な椅子形態の基本的な構成態様は従前の公知意匠事例に既にみられるところである。

(ウ)また,背もたれについては,基本的構成態様及び具体的構成態様(貫通孔の形状を除く)は,従前の公知意匠事例にみられるところであり,本件登録意匠にのみ格別に備わった特徴を見いだすことはできない。また座その他の部分についても同様である。

(エ)もっとも,連結部に脚フレームが露出して現れることがないようにまとめ上げられ(座面から上方に脚フレームが露出して現れない),そのため,背もたれ,座,連結部の一体感が強調され,これらで囲まれた隙間は略凸レンズ断面状に現れるものである点は,公知意匠事例においては見当たらないという点で特徴があると認められる。

(オ)また,背もたれに見られる小貫通孔についての六角形状の形状についても,公知意匠事例においては見当たらないという点で特徴があると考えられる。

イ.イ号意匠の主たる特徴
(ア)次に,イ号意匠の主立った特徴を検討する。

(イ)この点,本件登録意匠と同様,背もたれ,座,左右一対の脚フレーム,そしてこれらのいすの3つの構成要素を相互に連結する連結部から成るスタッキング可能な椅子形態であるという点に加え,背もたれ・座・脚フレームについての基本的構成態様及び具体的構成態様においても,以下に述べる点を除き,従前の公知意匠事例にみられるところに比較し,イ号意匠にのみ格別に備わった特徴を見いだすことはできない。

(ウ)もっとも,本件登録意匠と同様,連結部に脚フレームが露出して現れることがないようにまとめ上げられている点は,イ号意匠の特徴といえる。

(エ)また,背もたれの背面側にある略H文字状の突条の存在と当該突条が,左右の辺縁に沿った部分が側面視において後方に突出した略L字型になっているという点は,従前の公知意匠事例にみられない際立った特徴となっている。

(オ)また,平面視において背もたれの上部中央,前記メッシュ状の部分の上辺縁に,下向き凸レンズ状,横長の手掛け孔があるという点も,イ号意匠の特徴といえる。

ウ.検討
そこで,前記の両意匠の特徴を踏まえて,両意匠の共通点,差異点について更に検討する。
(ア)共通点についての検討
a.前記(4)イ.で見た共通点については,両意匠の形態の全体にかかわるところであるものの,従前の公知意匠事例にみられるところであり,これら共通点が特段看者の注意を惹くことはないものと考えられる。
b.他方,共通点(4)イ.(エ)b.の(c)の,連結部に脚フレームが露出して現れることがないという点が,両意匠の類否判断にどの程度の影響を及ぼすかが問われることになる。

(イ)差異点の検討
a.背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間の形状
他方,具体的な構成態様における差異点のうち,本件登録意匠においては背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間が略凸レンズ断面状に現れるものであるのに対し,イ号意匠においては,連結部に後脚フレーム上方延伸する形で柱状体が配されているため,背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間は,柱状体がある分,上辺縁が上方向に湾曲する略矩形として現れるものである点は,本件登録意匠の前記特徴点と関わるものとして,両意匠の類否判断を左右するものといえる。
b.背もたれ背部の突条
さらに差異点のうち,イ号意匠にある,背もたれ背部の突条の形状が略H形になっており,当該突条が側面視において後方に突出した略L字型になっている点も,公知意匠に見られない特徴である点と相まって看者に大きく異なる印象を与える。
c.背もたれの小貫通孔
本件登録意匠の背もたれの小貫通孔は,まんべんなくメッシュ状に配列されているところ,小貫通孔の形状は単なる丸穴ではなく,六角形の形状をしている上に,隙間なく規則的に配置されて貫通孔のある面積が貫通孔のない部分の面積よりも大きく,ミツバチの巣のような特徴的な美感を与えるのに対し,イ号意匠は,公知意匠のほとんどと同様,単なる丸形状で穴の形状に特徴はなく,規則的に配置されているものの,上下左右4つの孔の間に,各孔と同程度の大きさの丸形状を配することのできる程度に間隔を置いて穴が配置されており,看者に異なる美感を与えると判断される。
d.背もたれの手掛け孔
イ号意匠の手掛け孔は,背もたれの上部中央に背もたれのメッシュ部分の縦の高さの6分の1程度,横幅にあっては3分の1程度も占める大きさの手掛け孔を配置するもので,本件登録意匠にも公知意匠にも例がない,独自の形状である。本件登録意匠は,このような手掛け孔がなく,余分な突起・露出を排除したシンプルな形状を構成することから,イ号意匠と本件登録意匠とを比較すると,看者に一見して非常に明白かつ大きく異なる美感を与えるといえる。
e.座のメッシュシート
本件登録意匠の座には,枠部の枠内に張設された伸縮性のあるメッシュ状シート部を配設しており,材質は背もたれと同じ固いプラスティックではなく,繊維素材を織り成したものである。これに対し,イ号意匠の座は,背もたれと同じプラスティックから成り,背もたれと同様の丸穴が配列されているだけである。これらの材質・形状の相違は,視覚的にも通常の使用態様からも容易に知覚できるものであって,異なる印象を与える。

エ.結論
(ア)以上の比較から考えると,本件登録意匠とイ号意匠は,連結部に脚フレームが露出して現れることがないという点で共通するものの,前記のとおり,背もたれ・座・連結部で囲まれた隙間の形状,背もたれ背部の突条,背もたれの小貫通孔,及び背もたれの手掛け孔という視覚上重要な各具体的構成態様における差異点が大きく,これらは看者に明らかに異なる印象を与えるものである。

(イ)そのため,前記共通点が,これら大きな差異点の効果を超えることは到底できないことは明らかであり,イ号意匠と本件登録意匠とは,全体として看者に大きく異なる美感を与えると考えられる。

(ウ)上述から,本件登録意匠とイ号意匠は全体観察において,需要者に異なる美感を与え,意匠全体として両意匠は明らかに別異のものと看取される。したがって,イ号意匠は本件登録意匠と類似するとはいえない。

[3]請求人の主張に対する反論
(1)はじめに
以上から,本件登録意匠とイ号意匠は全体観察において明らかに異なるが,以下,判定請求書における請求人の主張に反論するものとする。

(2)本件登録意匠の特徴について
ア.請求人の主張
請求人は,本件登録意匠の特徴として,以下のようなものを挙げている。
(ア)本件登録意匠の連結部は,座の後端部の円弧状のラインに沿って水平に突出し,背もたれ下端の垂下部及び後脚フレームと連結されるもので,当該連結部によって導き出される背もたれと座の一体感のある態様,座面より上には露出しない脚フレームの態様,背もたれ及び座に囲まれた略凸レンズ断面形状の隙間の態様等は,従前の意匠には見られない本件登録意匠を特徴づける。

(イ)本件登録意匠の座の側面視略「へ」の字状のラインは,背もたれの側面視弓なりに湾曲するラインと相対するように,背もたれとほぼ同じ曲率で前方に向かって力強く弧を描く曲線で形成されており,曲線と曲面により形成される背もたれと座が相俟って奏する基調は,従前の意匠には見られない本件登録意匠を特徴づける。

(ウ)背もたれの正面視略矩形状の上端部及び下端部の辺を上下略対称に湾曲する円弧状として,左右の隅を鋭角に形成した点や,背もたれのメッシュ状部について,六角形の小貫通孔をハニカム状に配した点等は,従前の意匠には見られない本件登録意匠を特徴づける。

イ.反論
(ア)請求人が主張する特徴(ア)のうち,まず,「当該連結部」によって「背もたれと座の一体感のある態様」が見て取れるという点は必ずしも否定しない。しかし,「背もたれ及び座に囲まれた略凸レンズ断面形状の隙間の態様」については,従前の意匠に見られるものであってありふれたものである。すなわち,意匠登録第1160404号(乙1),意匠登録第1160001号(乙2),意匠登録第1076513号(乙3)に見られるとおりである。

(イ)また,請求人が主張する前記(イ)の特徴は,従前の意匠には見られなかった特徴とはいいがたい。「座の側面視略『へ』の字状のライン」「背もたれの側面視弓なりに湾曲するライン」「その他の各部においても曲線と曲面により形成される背もたれと座が相俟って奏する基調」のうち,座の側面視略が「『へ』の字状のライン」のもの自体は,現時点では公知意匠の中には見いだせない。しかしながら,文字どおり「へ」の字の形状といえるか否かは別として,座面が側面視で「へ」の字に近い曲線を描く意匠は,乙6?乙10の各公知意匠に見られるところである。なお,請求人は「曲率」について主張するが,同じ曲率であると解される根拠はなく,意匠の説明にもそのような説明はない。また,曲率という数字が看者の美感に影響を与えるとはいいがたい。むしろ,座の側面視と背もたれの側面視の曲線の組み合わせという点が看者に与える美観という意味では,イの特徴は,すでに公知であると考えられる。

(ウ)さらに,(ウ)のうち「背もたれの正面視略矩形状の上端部及び下端部の辺を上下略対称に湾曲する円弧状として,左右の隅を鋭角に形成した点」は,公知意匠に見られるものである。すなわち,意匠登録第1076513号(乙3),意匠登録第1140448号(乙5)では,同様の形状を見て取ることができる。したがって,こうした特徴は公知又はありふれた意匠であると考えられる。他方,「背もたれのメッシュ状部について六角形の小貫通孔をハニカム状に配した点」は,現時点では従前の意匠には見当たらない。

(3)本件登録意匠とイ号意匠との類否に関する主張(共通点)について
ア.請求人の主張
請求人の主張の要旨は以下のとおりである。
(ア)座の後端部左右隅部から連続的に略水平に突き出した連結部の態様,連結部を支点にして幅広の背もたれが一体感をもって座から張出すように取り付けられた態様,座と背もたれの間に現れる略凸レンズ断面形状の隙間の態様,座面より上には現れない脚フレームの態様等は,従前の意匠には見られない特徴であって,両意匠の基調を共通のものとする極めて大きな視覚効果を有する。

(イ)また,曲線と曲面を基調とする背もたれと座の態様について,座の略「へ」の字状のラインを,背もたれとほぼ同じ曲率で湾曲する曲線で形成した点は,従前の意匠には見られない本件登録意匠を特徴づける態様であり,これによる視覚効果は,需要者に強い印象を与え,両意匠の基調を共通のものとする極めて大きな視覚効果を有する。

(ウ)背もたれと座の態様について,周縁部を額縁状に残して中央部分に透過性を備えるメッシュ状部を配した点は,外観上の目立つところを構成していて,無視できない大きな視覚効果を有する。

(エ)背もたれの上端部及び下端部の辺を上下略対称に湾曲する円弧状として,上端部の左右の隅を鋭角に形成した点は,本件登録意匠を特徴づける態様であって視覚効果は大きく,これらの共通点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。

(オ)背もたれのメッシュ状部の外周形状の態様については,当該メッシュ状部の下端部の辺を背もたれの下端部の辺とは反対方向に湾曲する円弧状とすることによって,下方の周縁部を,中央が狭く左右両端に向かって漸次ラッパ状に拡がる形状に形成している点で,新規な態様といえ両意匠の類似性を誘因する要素となっている。

イ.反論
(ア)しかしながら,これら共通点の主張については理由がないものが多い。

(イ)すなわちまず,前記(ア)についていえば,「座と背もたれの間に現れる略凸レンズ断面形状の隙間の態様」については,共通点ではなくむしろ相違点である。この点すでに述べたとおり,イ号意匠において座と背もたれの間に現れる隙間は,凸レンズ断面形状ではなく,上辺縁が上方向に湾曲する略矩形として現れるものである。したがってこの点は,看者によっては異なる美感を与えるものというべきである。

(ウ)次に,(イ)の主張については,確かに請求人主張のとおり,曲線と曲面を基調とする背もたれと座の態様という点で,本件登録意匠とイ号意匠との間の類似性は否定できない。しかしながら,前述のとおり,曲線と曲面を基調とする背もたれと座の態様については,公知意匠に見られるところであって,特段看者に強い印象を与えるとはいえないと解すべきである。

(エ)また,(ウ)については,むしろ本件登録意匠とイ号意匠との相違と見るべきである。まず,公知意匠(乙1,乙2,乙4,甲5,乙))に多数見られるとおり,背もたれや座面に多数の貫通孔(特に丸穴)を配する構成は,ありふれたものであって,これ自体看者の注意を惹く特徴ではない。したがって,問題は貫通孔の形状や配置の態様の類否である。

(オ)この点,[2](5)ウ.(イ)c.で述べたとおり,まず本件登録意匠とイ号意匠との間には,小貫通孔の形状,小貫通孔の配置態様,小貫通孔と背もたれの素材部分との面積比などの点で,著しい差があることが実際である。そして,小貫通孔の形状と配置から,本件登録意匠においてはミツバチの巣のような特徴的な美感を与えるのに対し,イ号意匠で,公知意匠と比較して特徴は見られない。こうした相違点が看者に異なる美感を与えると判断されることは明らかであり,請求人の主張はかかる重要な点を看過している。

(カ)また,座については,相違はさらに顕著である。[2](5)ウ.(イ)e.のとおり,本件登録意匠の座については,枠部の枠内に張設された伸縮性のあるメッシュ状シート部を配設しており,材質は背もたれと同じ固いプラスティックではなく,繊維素材を織り成したものである。これに対し,イ号意匠の座は,背もたれと同じプラスティックから成り,背もたれと同様の丸穴が配列されているだけである。これらの材質・形状の相違は,視覚的にも通常の使用態様からも容易に知覚できるものであって,異なる印象を与える。

(キ)また,前記(オ)の「背もたれのメッシュ状部の外周形状」については,確かに本件登録意匠は,「当該メッシュ状部の下端部の辺を背もたれの下端部の辺とは反対方向に湾曲する円弧状とすることによって,下方の周縁部を,中央が狭く左右両端に向かって漸次ラッパ状に拡がる形状」であるが,イ号意匠は中央部の鉛直方向の幅と左右両端の鉛直方向の幅に大きな差はなく,看者に明らかに異なる美感・印象を与えるものである。この点を安易に「共通点」ということはできない。

(ク)以上からみると,本件登録意匠とイ号意匠との類似点は,わずかに曲線と曲面を基調とする背もたれと座の態様にとどまるというべきである。そして,こうした類似点も,公知意匠に見られるありふれた形態であって,特段看者の注意を惹く特徴とはいいがたい。

(ケ)したがって,以上に反する請求人の主張には理由がない。

(4)本件登録意匠とイ号意匠との類否に関する主張(差異点)について
ア.請求人の主張の要旨
請求人の主張の要旨は以下のとおりである。
(ア)背もたれ上部における手掛け孔の有無についての差異については,目に付きやすい部分における差異なので一定程度の視覚効果を有するが,従来から手掛け孔を設けることは普通に行われていること,手掛け孔の形状が特徴的なものではなくメッシュ状部と一体化して配置されていることから,別異の意匠と印象づけるほどの視覚効果は認められない。

(イ)背もたれのメッシュ状部については,イ号意匠は,本件登録意匠の六角形小貫通孔の特徴的なメッシュ状部をありふれた円形小貫通孔に置換したにすぎず,意匠全体として透過性にも大きな違いがないので,両意匠を別異の意匠と印象づけるほどの視覚効果は認められない。

(ウ)背もたれの背面側の周縁部における突出面の態様は,本件登録意匠が突出面を目立たないように形成してシンプル端正な印象であるのに対し,イ号意匠は突出面を強調して無骨な印象である点で相違するものの,スタッキング可能ないすは,一般に前方斜め上方から観察することが多く,かつ,両意匠は背もたれの上方が後方に反っていることから,需要者の注意を惹かない目立たない部位における極めて部分的な差異に止まる。

(エ)座のメッシュ状部の態様につき,イ号意匠は,本件登録意匠のメッシュ状のシートを従来から見られる円形小貫通孔を均一に配列したものに置換えたにすぎず,意匠全体として観察するとその透過性にも大きな違いがなく,両意匠に共通する基調を覆すほどの視覚効果はない。

(オ)略凸レンズ断面形状の隙間の形状については,イ号意匠の当該隙間は,縦方向の長さが本件登録意匠に比して多少長いものの,未だ略凸レンズ断面形状の範疇を出ないものであって,需要者の注意を惹かない部分的な改変程度の差異にとどまる。

イ.被請求人の反論
しかし,以上の主張には理由がない。
(ア)まず,背もたれ上部における手掛け孔の有無についての差異については,請求人が認めているとおり,需要者が最も目に付きやすい部分である。そして,[2](5)ウ.(イ)d.のとおり,背もたれのメッシュ部分の縦の高さの6分の1程度,横幅にあっては3分の1程度も占める大きなものである。またその形状は,下向きのコンタクトレンズ状の曲線で構成された機能美を考えた形状であって,決してありふれていない。こうした相違が,看者に一見して非常に明白かつ大きく異なる美感を与えることは明らかである。

(イ)背もたれのメッシュ状部の態様については,[2](5)ウ.(イ)c.及び[3](3)イ.(エ)で述べたとおり,明らかに異なる印象を看者に与えるものである。この点,請求人は,本件登録意匠とイ号意匠との相違をあえて無視しており妥当ではない。また,「透過性」にも以下のとおり,無視できない差異があるというべきである。

(ウ)背もたれの背面側の周縁部における突出面の態様は,請求人も認めるとおり,印象においてもきわめて大きな相違を与える。この点,請求人は,スタッキング可能ないすの観察方法や上方が後方に反っていることを理由に,需要者の注意を惹かない目立たない部位における極めて部分的な差異に止まる,と述べているが,実態からかけ離れた主張である。実際,請求人の製品のカタログにも,スタッキングチェアが積み重ねられた写真が掲載されているが,以下のとおり,積み重ねた状態でも,背もたれの背面側の周縁部は看者の視覚に容易に入ることは明らかである。

(エ)さらにいえば,スタッキングチェアは,使用時は床などの上に並べて配置される。甲3のカタログの以下の写真のとおりである。そして,こうした使用態様の状態では,背もたれの背面側の周縁部における突出面は,看者に取って真っ先に目に入る部分といっても過言ではない。

(オ)また,座のメッシュ状部の態様についても,[2](5)ウ.(イ)e.及び[3](3)イ.(カ)で述べたとおりであり,請求人の主張は,こうした明らかな相違を故意に看過したもので正当とはいえない。

(カ)略凸レンズ断面形状の隙間の形状についても,[3](3)イ.(イ)で述べたとおり,本件登録意匠の隙間とイ号意匠の隙間との間には,「凸レンズ断面形状」「略矩形」という無視できない相違があるのである。

(5)小括
ア.以上の次第であり,請求人の主張は理由がない。むしろ,請求人の主張を考慮してもなお,[2](5)エ.で述べた結論を左右するものではない。

イ.よって,本件登録意匠とイ号意匠は全体観察において,需要者に異なる美感を与え,意匠全体として両意匠は明らかに別異のものと看取される。したがって,イ号意匠は本件登録意匠と類似するとはいえない。

ウ.以上から,被請求人は,答弁の趣旨記載の判定を求める。

3.答弁書に対する弁駁
[1]弁駁の趣旨
イ号意匠は,登録第1199085号意匠に類似する意匠の範囲に属する,との判定を求める。

[2]理由
請求人は,被請求人の提出した平成26年7月23日付け答弁書に対し,次のとおり弁駁する。請求人は判定請求書における主張及び以下に述べる反駁により弁駁の趣旨に記載の審決を求めるものである。

(1)被請求人の主張に対する反駁
答弁書に記載された被請求人の各主張について,以下に反駁する。
なお,請求人の主張は判定請求書で述べたとおりであるが,本件登録意匠とイ号意匠を詳細に対比観察し,スタッキング可能ないすの分野の先行意匠を斟酌して導き出した結論であり,対比する対象の異なる過去の審決や判決にとらわれることなく,客観的に考察して導き出された結論である。

ア.「本件登録意匠の構成」に関する主張
(ア)背もたれについて,「左右辺は上下方向に平行に配し」という認定は誤りである。判定請求書に添付の「本件登録意匠図面」の正面図及び背面図で明らかなように,本件登録意匠の背もたれは,正面視略矩形状の左右両端部の辺が左右対称に緩やかな円弧状に傾斜湾曲している。

(イ)左右一対の脚フレームについて,「連結部は,背もたれと一体化し,後脚フレームを延伸した柱状のものは見当たらず」という認定は誤りである。被請求人も主張するように後脚フレームは連結部に露出して現れることはないので,後脚フレームを延伸した柱状のものが現れることはありえない。連結部分の態様は,背もたれの下端左右隅部に設けられた柱状の垂下部と,座の後端部から水平に張り出した連結部に配された柱状部が結合して構成されており,この背もたれの垂下部と連結部に配された柱状部が結合して成る柱状部分に後脚フレームは嵌合されている。当該柱状部分に関しては,本件登録意匠では連結部の柱状部は座板の厚みの略2.5倍であるが,背もたれの垂下部と結合して明確な柱状部分を形成している。したがって,背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間は,添付の「本件登録意匠の連結部分の態様を示す参考図」に示すように,やや厚みのある略凸レンズ断面形状に現れる。

(ウ)本件登録意匠の基本的構成態様と具体的構成態様の認定について,下記に示すとおり,誤りがある。
a.全体の基本的構成態様について,被請求人は「背もたれ,座,左右一対の脚フレーム,そしてこれらのいすの3つの構成要素を相互に連結する連結部から成るスタッキング可能な椅子形態」と認定しているが,これはスタッキング可能ないすの一般的かつ概念的な態様について述べているだけのことである。両意匠の対比観察から得られる全体の基本的構成態様には,背もたれ,座,左右一対の脚フレームを座の後端部左右隅部の連結部で一体に連結した点と,その結果背もたれと座の間に横幅いっぱいに正面視略凸レンズ断面形状の隙間が形成されている点が含まれる。
b.背もたれのメッシュ状部の構成態様について,被請求人は,基本的構成態様を「小貫通孔が施された薄板状」とし,具体的構成態様を「その周辺縁に余白を残して六角形状の小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設したもの」と認定しているが,小貫通孔の具体的な形状や当該小貫通孔の具体的な配列を除き,その周辺縁に余白を残して小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設している点は,意匠全体として観察すると,具体的構成態様の範疇をはるかに越えた意匠の骨格を成す態様であると認められるから,基本的構成態様と考えるのが自然である。さらに,被請求人は,後述する座のメッシュ状部について,基本的構成態様として「周縁の細幅な略矩形状の枠部とこの枠内に張設された伸縮性のあるメッシュ状シート部を配設している」点を挙げているが,背もたれと座のメッシュ状部の構成態様は相互に極めて近い考え方で形成されているのに対し,異なる認定をしている点でも整合性が認められず,被請求人の主張には明確な根拠が認められない。
c.座のメッシュ状部の構成態様について,被請求人は,基本的構成態様として「周縁の細幅な略矩形状の枠部とこの枠内に張設された伸縮性のあるメッシュ状シート部を配設したもの」と認定し,具体的構成態様についての記述はないが,上述の背もたれのメッシュ状部の構成態様で述べた理由のとおり,周縁の細幅な略矩形状の枠部とこの枠内にメッシュ状シート部を配設している点は意匠の骨格を成す基本的構成態様と認められるが,伸縮性があるか否か等の態様はメッシュ状シート部における具体的構成態様にすぎない。
d.左右一対の脚フレームの構成態様について,被請求人は,脚フレームが座に覆われて座面より上方や連結部には露出していない点,連結部が背もたれと一体化している点,背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間が略凸レンズ断面形状に現れる点について,具体的構成態様と認定しているが,本件登録意匠の当該部分の構成態様は,従前には見られない新規な態様であって,単に当該部分のみならず意匠全体の形状を決定付ける骨格を形成する態様であるから基本的構成態様に含まれる。

イ.「イ号意匠の構成」に関する主張
(ア)左右一対の脚フレームについて,連結部は「後脚フレームを延伸した柱状体でなり」という認定はあやまりである。被請求人も主張するように後脚フレームは連結部に露出して現れることはないので,後脚フレームを延伸した柱状のものが現れることはありえない。連結部分の態様は,背もたれの下端左右隅部に設けられた柱状の垂下部と,座の後端部から水平に張り出した連結部に配された柱状部が結合して構成されており,この背もたれの垂下部と連結部に配された柱状部が結合して成る柱状部分に後脚フレームは嵌合されている。当該柱状部分に関しては,イ号意匠では連結部の柱状部は座板の厚みの略4.5倍であり,本件登録意匠の柱状部分に比してやや長めに形成されている。したがって,背もたれと座の間の隙間は,添付の「イ号意匠の連結部分の態様を示す参考図」に示すように,厚みのある略凸レンズ断面形状に現れている。

(イ)背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間について,「上辺縁が上方向に湾曲する略矩形に現れるもの」という認定は誤りである。答弁書の[2](3)ア.に表されたイ号意匠の正面図及び判定請求書の添付書類2のカタログ第97頁の各写真等からも明らかなように,隙間の下辺縁の形状を構成する座の形状は横方向が正面視円弧状に窪んでおり,したがって,隙間の下辺縁の形状は明確に下方向に湾曲しており,隙間の形状は上下の辺が湾曲する厚みのある略凸レンズ断面形状である。

(ウ)イ号意匠の基本的構成態様と具体的構成態様の認定について,下記に示すとおり,誤りがある。なお,理由については前述の[2](1)ア.(ウ)と同様であるから省略する。
a.全体の基本的構成態様について,被請求人は「背もたれ,座,左右一対の脚フレーム,そしてこれらのいすの3つの構成要素を相互に連絡する連結部から成るスタッキング可能な椅子形態であり」と認定しているが,前述の[2](1)ア.(ウ)a.と同様の理由で,両意匠の対比観察から得られる全体の基本的構成態様には,背もたれ,座,左右一対の脚フレームを座の後端部左右隅部の連結部で一体に連結した点と,その結果背もたれと座の間に横幅いっぱいに正面視略凸レンズ断面形状の隙間が形成されている点が含まれる。
b.背もたれのメッシュ状部の構成態様について,被請求人は,基本的構成態様を「小貫通孔が施された薄板状」とし,具体的構成態様を「その周辺縁に余白を残して丸穴の小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設し」たものと認定しているが,前述の[2](1)ア.(ウ)b.と同様の理由で,小貫通孔の具体的な形状や当該小貫通孔の具体的な配列を除き,その周辺縁に余白を残して小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設している点は,基本的構成体態様である。
c.座のメッシュ状部の構成態様について,被請求人は,基本的構成態様として「周縁の細幅な略矩形状の枠部と枠部の内部に背もたれと同様の形状及び材質で枠部と一体をなす,丸穴の小貫通孔が施されたメッシュ状シート部を配したもの」と認定しているが,前述の[2](1)ア.(ウ)c.と同様の理由で,周縁の細幅な略矩形状の枠部とこの枠内にメッシュ状シート部を配設している点は基本的構成態様と認められるが,小貫通孔の具体的な形状や当該小貫通孔の具体的な配列等の態様はメッシュ状シート部における具体的構成態様にすぎない。なお,被請求人も座の具体的構成態様において「メッシュ状の部分の小貫通孔の形状は丸穴であり」と述べているとおりである。
d.左右一対の脚フレームの構成態様について,被請求人は,脚フレームが座に覆われて座面より上方や連結部には露出していない点,連結部の態様,背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間の形状について,具体的構成態様と認定しているが,前述の[2](1)ア.(ウ)d.と同様の理由で,イ号意匠の当該部分の構成態様は,基本的構成態様に含まれる。

ウ.「本件登録意匠とイ号意匠との比較」に関する主張
本件登録意匠とイ号意匠との比較について,下記に示すとおり,誤りがある。なお,理由については前述の[2](1)ア.及びイ.と同様であるから省略する。
(ア)全体の共通点について
前述の[2](1)ア.(ウ)a.及びイ.(ウ)a.で指摘したように,被請求人の主張はスタッキング可能ないすの一般的かつ概念的な態様について述べているだけのことである。両意匠の対比観察から得られる全体の基本的構成態様は「背もたれ,座,左右一対の脚フレームで構成され,これら3つの構成要素を座の後端部左右隅部の連結部で一体に連結したもので,背もたれと座の間には横幅いっぱいに正面視略凸レンズ断面形状の隙間が形成されている。」である。

(イ)背もたれの具体的構成態様の共通点について
前述の[2](1)ア.(ア)で指摘したように,本件登録意匠の背もたれはイ号意匠と同様に左右両端部の辺が左右対称に緩やかな円弧状に傾斜湾曲している。被請求人の表現に従えば,[2](4)イ.(イ)b.(b)の次に「左右辺は左右略対照な円弧状に湾曲し,」という内容の項目を加えるべきである。

(ウ)背もたれの具体的構成態様の共通点について
「その周辺縁に余白を残して小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設し」の下線を引いた部分は具体的構成態様ではなく,基本的構成態様に関する共通点である。(なお,特許庁の起案システムにおいては,下線を施すことができないため,下線を省略する。請求人から提出の「判定請求事件弁駁書」を参照のこと。以下,同じ。)

(エ)左右一対の脚フレームの具体的構成態様の共通点について
「脚フレームは座面より下方に露出して現れ,連結部に脚フレームが露出して現れることはない(座面から上方に脚フレームが露出して現れない)。」の下線を引いた部分は具体的構成態様ではなく,基本的構成態様に関する共通点である。

(オ)背もたれの具体的構成態様の差異点について
「背もたれの周辺縁に余白を残して六角形状の小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設し,当該メッシュ状の部分は,小貫通孔のある部分の面積が小貫通孔のない部分の面積より大きい。」の下線を引いた部分は具体的構成態様ではなく,基本的構成態様に関するものでかつ共通点である。

(カ)背もたれの具体的構成態様の差異点について
「背もたれの周辺縁に余白を残して丸穴の小貫通孔をまんべんなくメッシュ状に配設し,当該メッシュ状の部分は,小貫通孔のない部分の面積が小貫通孔のある部分の面積より大きい。」の下線を引いた部分は具体的構成態様ではなく,基本的構成態様に関するものでかつ共通点である。

(キ)座の基本的構成態様の差異点について
「平面視矩形状で周縁の細幅な略矩形状の枠部とこの枠内に張設された伸縮性のあるメッシュ状シート部を配設している。」の下線を引いた部分は基本的構成態様ではなく,具体的構成態様に関する差異点である。

(ク)座の基本的構成態様の差異点について
「平面視矩形状で周縁の細幅な略矩形状の枠部と枠部の内部に背もたれと同様の形状及び材質で枠部と一体をなす,丸穴の小貫通孔が施されたメッシュ状シート部を配設している。」の下線を引いた部分は基本的構成態様ではなく,具体的構成態様に関する差異点である。

(ケ)連結部の具体的構成態様の差異点について
「背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間は略凸レンズ断面状に現れる。」の下線を引いた部分は具体的構成態様ではなく,基本的構成態様に関するものでかつ共通点である。

(コ)連結部の具体的構成態様の差異点について
「背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間は上辺縁が上方向に湾曲する略矩形に現れる。」の下線を引いた部分は具体的構成態様ではなく,基本的構成態様に関するものでかつ共通点である。なお,前述の[2](1)イ.(イ)で指摘したように,イ号意匠の背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間は,上辺縁のみならず下辺縁も湾曲した略凸レンズ断面形状である。

エ.「比較検討」に関する主張
被請求人は両意匠の要旨の認定について,前述の[2](1)ア.及びイ.で示したように誤りがあり,その結果,両意匠の特徴点を正しく導き出せていない。また,被請求人の類否の判断には意匠を全体として観察する視点が欠けており,部分的な差異について多々述べているが,その差異点を(他の共通点や差異点も含めて総合的に)意匠全体として観察し,客観的に評価できていない。以下,項目ごとに述べる。
(ア)「本件登録意匠の主たる特徴」について
a.被請求人は「背もたれ,座,左右一対の脚フレーム,そしてこれらのいすの3つの構成要素を相互に連結する連結部から成るスタッキング可能な椅子形態の基本的な構成態様は従前の公知意匠事例に既にみられるところである。」と主張するが,[2](1)ア.(ウ)a.で述べたように被請求人の要旨認定には誤りがある。スタッキング可能ないすの一般的かつ概念的な態様についての従前の公知意匠事例は両意匠の類否の判断には何ら影響しない。ちなみに,本件登録意匠の特徴であり意匠の骨格を形成する「背もたれ,座,左右一対の脚フレームを座の後端部左右隅部の連結部で一体に連結した」点と,その結果「背もたれと座の間に横幅いっぱいに正面視略凸レンズ断面形状の隙間が形成されている」点を兼ね備えた先行意匠はスタッキング可能ないすの分野では見当たらない。
b.被請求人は「背もたれについては,基本的構成態様及び具体的構成態様(貫通孔の形状を除く)は,従前の公知意匠事例にみられるところであり,本件登録意匠にのみ格別に備わった特徴を見いだすことはできない。また座その他の部分についても同様である。」と主張するが,背もたれ及び座の態様は,判定請求書で述べたように,背もたれと座の曲面構成や背もたれの外周形状について従前の意匠には見られない本件登録意匠を特徴付ける態様を含んでいる。

(イ)「イ号意匠の主たる特徴」について
a.被請求人は「本件登録意匠と同様,背もたれ,座,左右一対の脚フレーム,そしてこれらのいすの3つの構成要素を相互に連結する連結部から成るスタッキング可能な椅子形態であるという点に加え,背もたれ・座・脚フレームについての基本的構成態様及び具体的構成態様においても,以下に述べる点を除き,従前の公知意匠事例にみられるところに比較し,イ号意匠にのみ格別に備わった特徴を見いだすことはできない。」と主張するが,前述の本件登録意匠の主たる特徴についての[2](1)エ.(ア)a.及びb.と同様の理由で,この主張は誤りである。ただし,いずれにしても,イ号意匠にのみ格別に備わった特徴を見いだすことはできない。
b.被請求人は「背もたれの背面側にある略H文字状の突条の存在と当該突条が,左右の辺縁に沿った部分が側面視において後方に突出した略L字型になっているという点は,従前の公知意匠事例にみられない際立った特徴となっている。」と主張するが,従前の公知意匠事例においては見当たらないとしても,当該突条は,単に補強のための構造かと思われる態様であって,意匠全体としてみると特段需要者の注意を引く部分とは言えないので特徴とは認められない。なお,物理的に見えるということと,需要者の注意を引くということは必ずしも一致しない。
c.被請求人は「平面視において背もたれの上部中央,前記メッシュ状の部分の上辺縁に,下向き凸レンズ状,横長の手掛け孔があるという点も,イ号意匠の特徴といえる。」と主張するが,当該部位に手掛け孔を設けることは従前の意匠に普通に見られる態様であり,手掛け孔の具体的な形状も従来からある手掛け孔の範疇を出ないものであって,意匠全体としてみると特段需要者の注意を引く部分とは言えないので特徴とは認められない。

(ウ)「検討」について
a.被請求人は「前記(4)イ.(本審決において)で見た共通点については,両意匠の形態の全体にかかわるところであるものの,従前の公知意匠事例にみられるところであり,これら共通点が特段看者の注意を引くことはないものと考えられる。」と主張するが,[2](1)ウ.(ア)で述べたように,被請求人の要旨認定には誤りがあり,その結果,両意匠の共通点を正しく導き出せていない。被請求人は両意匠の対比観察を怠り,スタッキング可能ないすの一般的かつ概念的な態様について述べているだけであるから,この主張は両意匠の類否の判断に何ら影響しない。
b.被請求人は「共通点(4)イ.(エ)b.の(c)(本審決において)の,連結部に脚フレームが露出して現れることがないという点が,両意匠の類否判断にどの程度の影響を及ぼすかが問われることになる」と述べているが,それについての具体的な主張が見いだせない。被請求人自ら,「本件登録意匠の主たる特徴」及び「イ号意匠の主たる特徴」において特徴点と認めている態様であり,この共通点は,両意匠の基調を共通のものとする極めて大きな視覚効果を有するものである。
c.[2](1)ア.(イ)及びイ.(イ)で述べたように,背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間の形状についての被請求人の要旨認定には誤りがあり,両意匠の当該隙間の形状は,厚みの差はあるものの略凸レンズ断面形状で共通する。この共通点は,一体に連結された背もたれと座の態様と相まって両意匠の基調を共通のものとする極めて大きな視覚効果を有するものである。
d.被請求人は「イ号意匠にある,背もたれ背部の突条の形状が略H形になっており,当該突条が側面視において後方に突出した略L字型になっている点も,公知意匠に見られない特徴である点と相まって看者に大きく異なる印象を与える。」と主張するが,[2](1)エ.(イ)b.及び判定請求書で述べたように,特段需要者の注意を引かない部分的な差異にとどまり,両意匠を別異の意匠と印象づけるほどの視覚効果は認められない。
e.被請求人は,背もたれの小貫通孔の具体的な形状と配列が看者に異なる美感を与えると判断される旨主張するが,イ号意匠の構成態様の認定において被請求人自ら述べているように,イ号意匠の背もたれは「まんべんなくメッシュ状に配設」されたものである。孔の形状や配列の態様に多少の差異があっても,その差異はメッシュ状と認識される範疇での些少な差異にすぎず,意匠全体の類否判断に及ぼす影響は小さい。
f.被請求人は「イ号意匠の背もたれの手掛け孔は,背もたれの上部中央に背もたれのメッシュ部分の縦の高さの6分の1程度,横幅にあっては3分の1程度も占める大きさの手掛け孔を配置するもので,本件登録意匠にも公知意匠にも例がない,独自の形状である。本件登録意匠は,このような手掛け孔がなく,余分な突起・露出を排除したシンプルな形状を構成することから,イ号意匠と本件登録意匠とを比較すると,看者に一見して非常に明白かつ大きく異なる美感を与えるといえる。」と主張するが,背もたれの上部中央に手掛け孔を配置することは普通であり,イ号意匠の手掛け孔の形状も先行意匠に照らし殊更特徴的なものとはいえず,当該手掛け孔の有無が意匠全体の類否判断に及ぼす影響は小さい。
g.被請求人は,「本件登録意匠の座には,枠部の枠内に張設された伸縮性のあるメッシュ状シート部を配設しており,材質は背もたれと同じ固いプラスティックではなく,繊維素材を織り成したものである。これに対し,イ号意匠の座は,背もたれと同じプラスティックから成り,背もたれと同様の丸穴が配列されているだけである。これらの材質・形状の相違は,視覚的にも通常の使用態様からも容易に知覚できるものであって,異なる印象を与える。」と主張するが,本件登録意匠のメッシュ状のシートは,伸縮性があるとしても,人が座るいすとして機能するための相応の張りを有しており,いす全体の形状を大きく変える程の変化はしない。また,本件登録意匠のメッシュ状のシートは斜め格子状に構成されており,格子の間に小貫通孔を形成しているため,その差異はメッシュ状と認識される範疇での些少な差異にすぎず,意匠全体の類否判断に及ぼす影響は小さい。

(エ)「結論」について
被請求人は「イ号意匠は本件登録意匠と類似するとはいえない。」と主張するが,不正確な要旨認定と,共通点及び差異点についての客観性に欠ける評価によって導き出された類否判断の結論には正当性が認められない。

オ.「請求人の主張に対する反論」における主張
(ア)本件登録意匠の特徴について
a.被請求人は,「本件登録意匠の背もたれ及び座に囲まれた略凸レンズ断面形状の隙間の態様」は従前の意匠に見られるありふれたものである旨主張し,先行意匠乙1ないし乙3を例示として揚げているが,これらの先行意匠は,従来からある「後脚フレームが座より上方に露出したタイプ」のスタッキング可能ないすであって,請求人が主張する本件登録意匠の特徴を否定できるものではない。
請求人が本件登録意匠の特徴と主張するのは,「座の後端部の円弧状のラインに沿って水平に突出し,背もたれ下端の垂下部及び後脚フレームと連結される連結部によって作り出された背もたれ及び座に囲まれた略凸レンズ断面形状の隙間の態様」,すなわち,一体感のある背もたれと座によって囲まれた隙間の態様である。
b.被請求人は,「座の側面視略『へ』の字状のライン」「背もたれの側面視弓なりに湾曲するライン」「その他の各部においても曲線と曲面により形成される背もたれと座が相俟って奏する基調」のうち,「座の側面視略『へ』の字状のライン」のもの自体は,現時点では公知意匠の中には見いだせない。しかしながら,文字どおり「へ」の字の形状といえるか否かは別として,座面が側面視で「へ」の字に近い曲線を描く意匠は,乙6?乙10の各公知意匠に見られるところである。なお,請求人は「曲率」について主張するが,同じ曲率であると解される根拠はなく,意匠の説明にもそのような説明はない。また,曲率という数字が看者の美感に影響を与えるとはいいがたい。むしろ,座の側面視と背もたれの側面視の曲線の組合せという点が看者に与える美感という意味では,(イ)の特徴は,既に公知であると考えられる。」と主張する。
しかし,被請求人の主張は「『へ』の字状」や「曲率」等の言葉の解釈に終始し,論理展開にも説得力がなく,請求人が主張する本件登録意匠の「背もたれ及び座の曲面構成についての特徴」を否定できるものではない。請求人が本件登録意匠の特徴としているのは,座の側面形状はもちろんであるが,「その他の各部においても曲線と曲面により形成される」座の全体形状と「その他の各部においても曲線と曲面により形成される」背もたれの全体形状が相まって奏する基調である。
そして,「弓なりに湾曲する背もたれと側面視略『へ』の字状の座から成るいす」が従来から見られるものであることは請求人も認めているところであるが,両意匠の類否判断においては,より詳細な観察で形状を特定すべきである。したがって,被請求人が「座面が側面視で『へ』の字に近い曲線を描く意匠」という概念的な視点で例示した乙6ないし乙10の各公知意匠は,本件登録意匠の特徴を否定できるものではない。
なお,意匠の形態を言葉で明確に表現することは不可能であるが,意匠の類否判断においては欠かせない作業である。本件登録意匠の形態は添付図面に表されたとおりであって,その形態を言葉で表すために「略『へ』の字状のライン」「側面視弓なりに湾曲するライン」「背もたれとほぼ同じ曲率で前方に向かって力強く弧を描く曲線」等の表現を用いたが,これらの言葉を本来の目的とは無関係に論じても意味がない。また,「曲率」の語も座の具体的な態様を説明するために使用したものであって,「曲率という数字が看者の美感に影響を与えるとはいいがたい。」という被請求人の主張は理解し難い。
c.被請求人は,「背もたれの正面視略矩形状の上端部及び下端部の辺を上下略対称に湾曲する円弧状として,左右の隅を鋭角に形成した点は,公知意匠に見られるもの」とし,意匠登録第1076513号(乙3)と意匠登録第1140448号(乙5)を揚げているが,意匠登録第1076513号(乙3)については,判定請求書第10頁,[1](6)ウ.の共通点(ウ)及び(キ)の考察において公知意匠b.(甲第3号証)として例示し述べたように,上下両端部の円弧の曲率が相違し,上端部の円弧が極めて浅く,かつ上端部の左右の隅部も丸みを帯びている点で,本件登録意匠とは異なる。また,意匠登録第1140448号(乙5)は上下両端部の円弧は上下略対称に湾曲するものではあるが,背もたれの正面視の形状が略矩形状とは言えないものであるから本件登録意匠とは異なり,どちらも本件登録意匠の特徴を否定できるものではない。

(イ)本件登録意匠とイ号意匠との類否に関する主張(共通点)について
a.既に述べたように,背もたれ,座,連結部で囲まれた隙間の形状についての被請求人の要旨認定には誤りがあり,両意匠の当該隙間の形状は,厚みの差はあるものの略凸レンズ断面形状で共通する。この共通点は,一体に連結された背もたれと座の態様と相まって両意匠の基調を共通のものとする極めて大きな視覚効果を有するものである。略凸レンズ断面形状の具体的な態様の差異は,いまだ略凸レンズ断面形状の範疇を出ないものであって,部分的な改変程度の差異にとどまる。
b.被請求人は「曲線と曲面を基調とする背もたれと座の態様については,公知意匠に見られるところであって,特段看者に強い印象を与えるとはいえないと解すべきである。」と主張するが,被請求人は両意匠の形態の詳細な対比観察を怠り,両意匠の特徴点を正しく導き出せていない。例示された公知意匠は「曲線と曲面を基調とする背もたれと座」という文字どおりの概念的な共通性があるだけのことであって,本件登録意匠の特徴を否定できるものではない。
c.背もたれと座のメッシュ状部について「周縁部を額縁状に残して中央部分に透過性を備えるメッシュ状部を配した点」が「本件登録意匠の出願以前から見られる態様」であることは,請求人も認めているところである。しかし,「背もたれや座面に多数の貫通孔(特に丸穴)を配する構成は,ありふれたものであって,これ自体看者の注意を引く特徴ではない。したがって,問題は貫通孔の形状や配置の態様の類否である。」という被請求人の主張は誤りである。すなわち,「意匠は全体が有機的な結合によって成立するものであるから,共通点又は差異点における形態が公知の形態であったとしても,その共通点又は差異点を単純除外して,その他の共通点または差異点のみについて判断することはしない。」と意匠審査基準にもあるように,両意匠の骨格を形作る基本的な構成態様を無視して,貫通孔の形状や配置の態様の類否のみを問うことは,意匠全体としての類否判断とは言えない。
したがって,「周縁部を額縁状に残して中央部分に透過性を備えるメッシュ状部を配した基本的な構成態様」は外観上の目立つところを構成していて,大きな視覚効果を有し,両意匠の類否判断に及ぼす影響は重大である。それに対し,「小貫通孔の形状や配列の態様」の差異はメッシュ状と認識される範疇での些少な差異にすぎず,その透過性にも大きな違いがないので両意匠を別異の意匠と印象づけるほどの視覚効果は認められない。
d.被請求人は「これらの材質・形状の相違は,視覚的にも通常の使用態様からも容易に知覚できるものであって,異なる印象を与える。」と主張するが,前記[2](1)エ.(ウ)g.で述べたように,本件登録意匠のメッシュ状のシートは,伸縮性があるとしても,人が座るいすとして機能するための相応の張りを有しており,いす全体の形状を大きく変える程の変化はしない。また,本件登録意匠のメッシュ状のシートは斜め格子状に構成されており,格子の間に小貫通孔を形成しており,透過性にも大きな違いがない。したがって,前記[2](1)オ.(イ)c.と同様の理由で座のメッシュ状部の具体的な構成態様の差異はメッシュ状と認識される範疇での些少な差異にすぎず,意匠全体の類否判断に及ぼす影響は小さいと認められる。
e.被請求人は,背もたれの下方の周縁部の,中央が狭く左右両端に向かって漸次ラッパ状に拡がる形状について,「イ号意匠は中央部の鉛直方向の幅と左右両端の鉛直方向の幅に大きな差はなく,看者に明らかに異なる美感・印象を与えるものである。この点を安易に『共通点』ということはできない。」と主張するが,被請求人が指摘する差異は部分的な態様における些少な差異にすぎない。
f.被請求人は「本件登録意匠とイ号意匠との類似点は,僅かに曲線と曲面を基調とする背もたれと座の態様にとどまるというべきである。そして,こうした類似点も,公知意匠に見られるありふれた形態であって,特段看者の注意を引く特徴とはいいがたい。」と主張するが,以上述べたように,被請求人の両意匠の要旨の認定には誤りがあり,その結果,両意匠の特徴点を正しく導き出せていない。また,被請求人の類否判断には意匠を全体として捉える視点が欠けており,部分的あるいは細部の差異を過大に評価し,両意匠の基調を共通のものとする共通点をあえて無視しており妥当ではない。したがって,被請求人の主張には根拠がない。

(ウ)本件登録意匠とイ号意匠との類否に関する主張(差異点)について
a.背もたれ上部における手掛け孔の有無の差異は,[2](1)エ.(イ)c.及び[2](1)エ.(ウ)f.で述べたとおり,需要者の目に付きやすい部分における差異であって一定程度の視覚効果は有するが,両意匠を別異の意匠と印象づけるほどの視覚効果は認められない。当該部位に手掛け孔を設けることは従前の意匠に普通に見られる態様であり,イ号意匠の手掛け孔の具体的な形状も従来からある手掛け孔の範疇を出ないものであって,意匠全体としてみると特段需要者の注意を引く部分とは言えない。判定請求書で述べたとおり,手掛け孔の有無の差異があっても類似すると判断された先行意匠はあるが,イ号意匠の手掛け孔のように従来からある手掛け孔の範疇を出ないもので別意匠と判断されたものは見当たらない。
b.背もたれのメッシュ状部の態様については,[2](1)エ.(ウ)g.及び[2](1)オ.(イ)d.で述べたとおり,「周縁部を額縁状に残して中央部分に透過性を備えるメッシュ状部を配した基本的な構成態様」は外観上の目立つところを構成していて,大きな視覚効果を有し,両意匠の類否判断に及ぼす影響は重大である。それに対し,「小貫通孔の形状や配列の態様」の差異はメッシュ状と認識される範疇での些少な差異にすぎず,その透過性にも大きな違いがないので両意匠を別異の意匠と印象づけるほどの視覚効果は認められない。
c.背もたれの背面側の周縁部における突出面の態様について,被請求人は「積み重ねた状態でも,背もたれの背面側の周縁部は看者の視覚に容易に入ることは明らかである。」「更にいえば,スタッキングチェアは,使用時は床などの上に並べて配置される。甲3のカタログの以下の写真のとおりである。そして,こうした使用態様の状態では,背もたれの背面側の周縁部における突出面は,看者にとって真っ先に目に入る部分といっても過言ではない。」と主張するが,「目に入る」ということと「需要者の注意を引く」ということは必ずしも一致しない。この種のスタッキング可能ないすについて,最初に需要者の目に入るのはいす全体の形状であり,更に注意してみるのは座り心地を左右する背もたれと座の態様や利便性である。イ号意匠が掲載された被請求人のカタログでも,「適度なクッション性で姿勢をサポート。通気性があるから蒸れにくく,樹脂製なので汚れもサッと拭きとれます。一体感のある背と座のデザインと,ほどよい透け感がスタイリッシュです。」「座面は適切に体重を分散させる3次元カーブです。」「分別交換ができるロングライフ設計で,廃棄時対策として分別できる構造となっています。」「床積みで8脚までスタッキング可能です。」等のキャッチコピーが並べられているところであり,これらの内容が創作上の要部であって,需要者の関心もそこにあるといえる。であるから,需要者の注意を引く部分は専ら正面側の態様であって,イ号意匠の背もたれの背面側の形状は付随的な部分と言える。更に,イ号意匠の当該突条は,単に補強のための構造かと思わせる態様であって,意匠全体としてみると,この差異は特段需要者の注意を引かない部分的な差異にとどまり,両意匠を別異の意匠と印象づけるほどの視覚効果は認められない。
d.座のメッシュ状部の態様については,[2](1)エ.(ウ)g.,[2](1)オ.(イ)c.及び[2](1)オ.(イ)d.で述べたとおり,メッシュ状部の具体的な構成態様の差異はメッシュ状と認識される範疇での些少な差異にすぎず,意匠全体の類否判断に及ぼす影響は小さいと認められる。その透過性にも大きな違いがないので両意匠を別異の意匠と印象づけるほどの視覚効果は認められない。
e.[2](1)オ.(ア)a.で述べたとおり,略凸レンズ断面形状の隙間についての被請求人の要旨認定には誤りがあり,両意匠の当該隙間の形状は,厚みの差はあるものの略凸レンズ断面形状で共通する。この共通点は,一体に連結された背もたれと座の態様と相まって両意匠の基調を共通のものとする極めて大きな視覚効果を有するものである。略凸レンズ断面形状の具体的な態様の差異は,いまだ略凸レンズ断面形状の範疇を出ないものであって,部分的な改変程度の差異にとどまる。

(エ)小括について
[2](1)エ.(エ)で述べたように,不正確な要旨認定と,共通点及び差異点についての客観性に欠ける評価によって導き出された被請求人の類否判断の結論には正当性が認められない。
前記のイ号意匠が掲載された被請求人のカタログには,イ号意匠の形態上の特徴点として「一体感のある背と座のデザイン」「ほどよい透け感」「座面は適切に体重を分散させる3次元カーブ」等のキャッチコピーが載せられており,これらのキャッチコピーは,本件登録意匠とイ号意匠に共通する基本的構成態様の一部を表した内容である。にもかかわらず,被請求人は,不正確な要旨認定に基づく客観性を欠く類否判断によって,部分的あるいは細部における具体的構成態様の差異点が基本的構成態様の共通点を凌駕する旨の主張を繰り返すばかりであって,その論理展開にも根拠となる証拠にも説得力がない。

(2)むすび
以上のように,被請求人の主張には根拠が認められない。
よって本件登録意匠とイ号意匠は類似することから,イ号意匠は,登録第1199085号意匠に類似する意匠の範囲に属する,との判定を求める。

[3]証拠方法
(1)甲第11号証 本件登録意匠の連結部分の態様を示す参考図
(2)甲第12号証 イ号意匠の連結部分の態様を示す参考図


第3 当審の判断
1.本件登録意匠
本件登録意匠(意匠登録第1199085号の意匠)は,平成14年(2002年)12月4日に意匠登録出願され,平成16年1月23日に意匠権の設定の登録がなされたものであり,その願書及び願書に添付した図面によれば,意匠に係る物品を「いす」とし,その形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下「形態」という。)は,願書の記載及び願書に添付した図面の記載のとおりとしたものである。(別紙第1参照)

2.イ号意匠
イ号意匠は,請求人が添付書類2として提出したカタログに掲載された意匠(2013年12月にアイリスチトセ株式会社が発行した「アイリスチトセ2014総合カタログ」の96?97ページに掲載の「MC-M series」のいす「形式:MC-MM01及びMC-MT01」)である。(別紙第2参照)

3.本件登録意匠とイ号意匠の対比
本件登録意匠とイ号意匠(本件登録意匠とイ号意匠を併せて,以下「両意匠」という。)は,意匠に係る物品が,「いす」であって一致し,形態においては,主として以下の共通点と相違点がある。

(1)両意匠の共通点
基本的な構成態様については,
(a)全体は,背もたれ,座及び左右一対の脚フレームから成り,これら3つの構成要素が,連結部で一体に連結している点,
(b)背もたれは,(b-1)正面視略横長長方形の薄板状で,(b-2)横方向が後側に凸の円弧状であって,(b-3)縦方向が後方に反る弓なりに湾曲した曲面から成り,(b-4)周辺部を額縁状に残して中央部分を略横長長方形状のメッシュ状部としている点,
(c)背もたれの背面側は,左右辺に沿って突出部を設けてあり,その突出部は,背もたれ下辺より下側に突出して,柱状を成すもの(請求人が言うところの「背もたれ下端の垂下部」。)であって,また,背もたれ下辺に沿って,前記左右突出部をつなぐ下側突出部を設けたものである点,
(d)座が,(d-1)平面視において,略縦長長方形の薄板状で,(d-2)横方向が正面視で円弧状にくぼみ,(d-3)前後方向は前方をやや高くした,側面視略「へ」の字状に湾曲した曲面から成り,(d-4)周辺部を額縁状に残して中央部分を略縦長長方形のメッシュ状部としている点,
(e)脚フレームは,丸パイプを屈曲して成るものであって,座より下側の部分を側面視すると,略等脚台形状である点,
(f)連結部は,座の円弧状をした後辺の延長上に左右に突出し,その上側に柱状部を設けたものである点,
(g)この連結部の柱状部と,背もたれの左右突出部の下端柱状部とが合わさった状態で,かつ,両者の中を貫通する脚フレーム(後側脚フレームの上端部分)によって,背もたれ,座及び脚フレームが一体に成るものであって,座面の後端及び連結部の柱状部,並びに,背もたれの下辺及び左右突出部下端の柱状部によって囲まれた隙間が,下辺が僅かに下向き湾曲で,上辺が大きく上向き湾曲した略横長凸レンズ形状となっている点,
具体的な構成態様については,
(h)背もたれは,(h-1)その上下辺は,正面視で,略対称に円弧状に内側に湾曲し,(h-2)左右辺は,左右対称に緩やかな円弧状で上すぼみ状に傾斜し,(h-3)その結果(前記(h-1)と(h-2)が合わさった結果),上下左右の四隅が鋭角に現れる点,
(i)背もたれのメッシュ状部の四辺は,上下辺が下向き円弧状であって,左右辺は背もたれの外形状に沿っている上すぼまりの円弧状である点,
(j)座は,(j-1)その前後辺は,平面視で,円弧状に外側に湾曲し,(j-2)左右辺は平行で,(j-3)その結果,座は平面視で略三味線胴形に現れ,(j-4)前後左右の四隅が鈍角に現れる点,(なお,請求人は,請求書において「四隅が鋭角に形成されている」と述べるが誤り。意匠公報の平面図及び底面図では,当該四隅は90度以上となっており,明らかに鈍角である。)
(k)脚フレームは,上端部が,座の連結部内及び背もたれの左右突出部内を貫通し,または,座に覆われているため,座面より上には露出していない点,
が認められる。

(2)両意匠の相違点
具体的な構成態様について,
(ア)手掛け孔につき,本件登録意匠には該当するものが無いのに対して,イ号意匠は,背もたれ上部中央に,周辺額縁状部上辺部とメッシュ状部の間に,下向きの略凸レンズ形状のものを,円弧状にメッシュ状部をえぐり取ったように設けている点,
(イ)背もたれにおけるメッシュ状部の態様につき,本件登録意匠は六角形の孔がハニカム状に並んでいるものであり,孔部の全面積が孔でない部分の面積より大きいものであるのに対して,イ号意匠は円形の孔が斜め格子状に並んでいるものであり,孔部の全面積が孔でない部分の面積より小さいものである点,
(ウ)背もたれ背面側における突出部の態様につき,本件登録意匠は,比較的細い左右突出部が上方に向かって漸次幅を狭めながら背もたれ上端に達し,背もたれ下突出部が僅かに厚みをもたせた面状(突出面)としたものであるのに対して,イ号意匠は,比較的太幅の左右突出部が背もたれ面高さの約5分の3の位置で段差をもって終わっており,下側突出部がその断面形状を縦長長方形とした太幅な骨組み状である点,
(エ)座の前端部の態様につき,本件登録意匠は,座の先端を鋭角に形成し,前辺中央部分の厚みを薄くしているのに対し,イ号意匠は,そのような造形処理を施していない点,
(オ)座の上面の態様につき,本件登録意匠は,周辺額縁状部左右辺部が内側に向かって斜め下方に傾斜しており,周辺額縁状部に別材質のメッシュ状のシートをインサートして成る座面のためそこに段差が生じているのに対して,イ号意匠は,同一材質の一体のものであって,傾斜した箇所や段差が無く,ほぼ平滑面である点,
(カ)背もたれと座の間における隙間の形状につき,本件登録意匠は,左右両端の縦辺の長さに対して中央部の高さが約3倍の,両端が薄く,上辺の膨出率が大きい態様であるのに対して,イ号意匠は,左右両端に対して中央部の高さが1.5倍程の,両端が厚く,上辺の膨出率が小さい態様である点,
が認められる。

4.類否判断
そこで,イ号意匠が本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属するか否かについて,すなわち,両意匠の類似性について,本件登録意匠の出願前に存する公知意匠等を参酌し,新規な態様や需要者の注意を引きやすい箇所をそれぞれ考慮した上で,共通点と相違点が意匠全体として両意匠の類否判断に及ぼす影響を評価し,検討する。

まず,共通点が類否判断に及ぼす影響について比較して,検討する。
共通点(a)のうち,全体が,背もたれ,座及び左右一対の脚フレームの,3つの構成要素から成る点については,この種スタッキング可能な汎用のいすの基本的な構成態様であり,この分野において本件登録意匠の出願前に多数見受けられ,類否判断に与える影響が大きいとは言えない。そして,連結部で一体に連結して形成している点は,従前の意匠には見られない本件登録意匠の特徴であり,かつ,両意匠に共通するものであり,なおかつ,構造上要の部分と認められるが,座,背もたれ及び脚フレームの大きな部位に比べ,いす全体の中のごく限られた部分と認められ,類否判断に与える影響が大きいとは言えない。
共通点(b-1)ないし(b-3)については,この種物品分野においてごく普通の態様であるから,類否判断に影響を与えず,(b-4)については,全部又は一部をメッシュ状にしたもの,周辺部を額縁状にしたもの,あるいは周辺部を額縁状に残して中央部分をメッシュ状部としたものが,この種物品分野において,本件登録意匠の出願前に多数見受けられる(甲第2?6号証等)ことから,これらの態様のどれを取って見ても新規な,あるいは特徴的な態様とは言えず,この共通点も類否判断に与える影響が大きいとは言えない。
共通点(c)のうち,左右突出部又は下側突出部若しくはそれらの両方が背もたれの背面側又は周辺に設けることは,本件登録意匠の出願前から多数見受けられる(甲第2,甲第3及び甲第5?7号証)ことから,新規で特徴的とは言えず,この共通点が類否判断に与える影響は大きいとは言えないが,左右突出部が背もたれ下辺より下側に柱状に突出している点は,従前の意匠には見られない特徴的な,両意匠の共通点である。しかし,前記(a)で述べたとおり,ごく限られた部分における共通点であるから,類否判断に与える影響は大きいとは言えない。
共通点(d-1)ないし(d-3)については,この種物品分野においてごく普通の態様である(例えば,(d-2)については甲第3及び第5号証,(d-3)については甲第7?9号証を参照)から,類否判断に影響を与えず,(d-4)については,共通点(b-4)と同様で,全部又は一部をメッシュ状にしたもの,周辺部を額縁状にしたもの,あるいは周辺部を額縁状に残して中央部分をメッシュ状部としたものが,この種物品分野において,本件登録意匠の出願前に多数見受けられる(甲第2?6号証等)ことから,これらの態様のどれを取って見ても新規な,あるいは特徴的な態様とは言えず,この共通点も類否判断に与える影響が大きいとは言えない。
共通点(e)は,この種物品分野においてよく見られる通常の態様である(甲第2?4及び甲第6?8号証)から,類否判断に与える影響は無いと言って差し支えない。
共通点(f)については,従前の意匠には見られない本件登録意匠の特徴であり,かつ,両意匠に共通するものであるが,座の後端の,左右両端の部分であって,ごく限られた部分と認められ,類否判断に与える影響が大きいとは言えない。
共通点(g)のうち,背もたれの左右突出部と座の連結部の中を脚フレームが貫通して一体になっている点は,前記共通点(a)で述べたとおりであり,隙間については,従前の意匠には見られない本件登録意匠の特徴であり,かつ,両意匠に共通するものと認められるが,座,背もたれ及び脚フレームの大きな部位に比べ,いす全体の中のごく限られた部分と認められ,なおかつ,背もたれの下側,座の後端部分というやや見えにくい部分における共通点と言え,類否判断に与える影響が大きいとは言えない。
共通点(h)のうち,(h-1)については,上下辺共に内側に湾曲して,鼓状(つつみじょう)を成す背もたれは普通に見受けられる(甲第3号証)のであるから,上下辺の曲率を同じにして略対称状に表れる様にした共通点は,ごく小さな共通点と認められ,類否判断にさほどの影響を与えず,(h-2)及び(h-3)については,この種物品分野においてごく普通の態様であるから,類否判断に影響を与えないと言える。
共通点(i)については,本件登録意匠の出願前に見受けられる普通の態様((i-1)については甲第5号証,(i-2)については甲第3号証)であるから,類否判断に影響を与えない。
なお,請求人は「メッシュ状部の下辺を背もたれの下辺とは反対方向に湾曲する円弧状としたものであり,その結果,背もたれの周辺額縁状部の下辺部は,中央が狭く左右両端に向かって漸次ラッパ状に広がる態様で,新規な態様といえる」旨を主張するが,確かに従前の意匠においては,周辺額縁状部は背もたれ外形に合わせ(略相似形にして)四辺とも等幅にする態様が多く見られ,周辺額縁状部の下辺側が左右にラッパ状に広がる態様は新規と認められるが,背もたれ同士を観察した場合はまだしも,いす全体として観察した場合は,ごく限られた部分での共通点と認められ,背もたれの下側というやや見えづらい部分でもあり,言われて初めて気付くほどのものであるから,両意匠の類否判断に与える影響は小さいと考えられる。
共通点(j)については,(j-1)ないし(j-4)のどの要素もこの種物品分野においてごく普通に見られる態様であり,また,各要素の各種組合せも存在するのである(例えば,(j-1)ないし(j-3)については,甲第3及び甲第5号証))から,両意匠の類否判断に余り大きな影響を与えるものではない。
なお,請求人は「座は,背もたれとほぼ同じ曲率で湾曲」と述べているが,座は,前側4分の1の部分における曲率が大きく,残余の後側の曲率は小さく,その結果,側面視略「へ」の字状になっているのに対して,背もたれは一定の曲率で湾曲しているのであるから,この主張は採用できない。ただし,側面視において,座後端部と背もたれ下端部で成す角が直角より狭い鋭角に現れる,という両意匠における共通点は認められる。ただ,この共通点は,本件登録意匠の出願前から見られるもの(例えば,甲第3及び第5号証,並びに参考意匠1(別紙第3参照))であって,両意匠のみに共通する態様とは言えず,両意匠の類否判断に与える影響が大きいとは認められない。
共通点(k)のうち,脚フレーム上側が座に覆われている態様は,この種物品分野においてごく普通の態様であるから類否判断に与える影響はほとんどない。そして,(後側の)脚フレーム上端部が,座の高さ位置で連結部及び背もたれの左右突出部内に貫通して座面より上に露出しない点は,先行意匠に見当たらず,本件登録意匠の特徴であり,かつ,両意匠に共通するものであると認められるが,局部における共通点と言え,両意匠の類否判断に与える影響は,限定的と認められる。

次に,相違点が類否判断に及ぼす影響について比較して,検討する。
相違点(ア)については,この種物品分野においては,背もたれの上部中央に手掛け孔を配置することは普通であり,イ号意匠の手掛け孔の形状が殊更特徴的なものとは言えないことから,当該手掛け孔の有無が類否判断に及ぼす影響は小さいと考えられる。
相違点(イ)については,六角形の孔とすることも円形の孔とすることもこの種物品においてごく普通であり,六角形の孔がハニカム状に並ぶ態様も,円形孔が斜め格子状に並ぶ態様も,メッシュ状部の態様としてはごく普通であって,メッシュ状部の全面積に対する孔部の全面積の比率も,両意匠共によく見られる程度のものであって,メッシュ状部としたという共通点の中の微差であり,両意匠の類否判断に与える影響が大きいとは言えない。
相違点(ウ)については,要となる構造体の一部であり,比較的大きな部位の差異であり,証拠方法(3)の,本件登録意匠に基づく製品「Lush-SX」のカタログ9?10ページに掲載のように,前後数列に並べた場合,後側の席の者から観察される部分であって,また,同カタログの15ページにあるように,約2メートルの高さまでスタッキングして収納する場合は,そこまで当該いすを持ち上げた際に目に付く部分であって,なおかつ,左右突出部について,本件登録意匠のように比較的細く,かつ,漸次幅を狭めながら背もたれ上端まで設けたものと,イ号意匠のように比較的幅広く角張ったものが途中で段差をもって終わっているものとでは,視覚的印象が大きく異なり,下側突出部について,本件登録意匠のように面状のものと,イ号意匠のように断面が縦長長方形状の箱状としたものとでは,視覚的印象が大きく異なり,両意匠の類否判断に与える影響は大きいと言える。
なお,請求人は,イ号意匠の背もたれ背面における突出部につき,単に補強のための構造かと思わせる態様であって,無骨な印象である旨を主張するが,本件登録意匠と比べたときに,イ号意匠の方に無骨な印象を生じさせたとしても,その心理的感覚の評価は,イ号意匠の態様が本件登録意匠に属するか否かの,両意匠の類否判断に影響を与えることはない。
相違点(エ)については,目に付き易いと認められる座の前端部における相違であって,本件登録意匠は,イ号意匠の様に従来から有る態様とは違うものであるが,端部のごく限られた部分での相違であり,その部分に着目して初めて分かる程度の差異であるから,両意匠の類否判断に与える影響は小さい。
相違点(オ)については,この種物品において,座る際に一番目に付く箇所と言っても過言ではない座面の態様に関する相違点であるが,本件登録意匠は,正面図から明らかなとおり,周辺額縁状部の左右辺が内側に斜め下方に傾斜しており,かつ,額縁状部とメッシュ状部の境目に段差が生じている態様に対して,イ号意匠の,周辺額縁状部に余り傾斜角度が付いておらず,額縁状部とメッシュ状部の境目に段差を設けず平滑面とした態様は,視覚的な印象を大きく異とし,両意匠の類否判断に与える影響は大きい。
相違点(カ)については,背もたれの下側,座の後端部分というやや見えづらい部分における,かつ,略横長凸レンズ形状とした隙間という共通点(g)に内在する相違点と言え,類否判断に与える影響は小さい。

以上の評価により,相違点全体が,共通点が生じさせている共通感をしのぎ,見る者に両意匠が別異であるとの印象を与えていることから,両意匠の共通点及び相違点を総合的に判断すると,両意匠の意匠に係る物品が一致するも,イ号意匠は,形態において,本件登録意匠の特徴的な態様を有さず,本件登録意匠に類似すると言うことができない。

5.結び
以上のとおりであるから,イ号意匠は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属しない。

よって,結論のとおり判定する。
別掲
判定日 2015-06-05 
出願番号 意願2002-33508(D2002-33508) 
審決分類 D 1 2・ 1- ZB (D2)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 斉藤 孝恵
特許庁審判官 江塚 尚弘
橘 崇生
登録日 2004-01-23 
登録番号 意匠登録第1199085号(D1199085) 
代理人 石下 雅樹 
代理人 渡辺 知博 
代理人 江間 布実子 
代理人 江間 由実子 
代理人 日高 一樹 
代理人 関口 かおる 
代理人 永野 真理子 

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