• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判    B2
管理番号 1323565 
審判番号 無効2016-880001
総通号数 206 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2017-02-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-03-08 
確定日 2016-12-26 
意匠に係る物品 子守帯 
事件の表示 上記当事者間の意匠登録第1413048号「子守帯」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 意匠登録第1413048号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。
理由 第1 手続の経緯
本件登録意匠,すなわち,本件意匠登録第1413048号の意匠(別紙第1参照)は,平成22年(2010年)9月9日に意匠登録出願(意願2010-23367。以下「本願」という。)されたものであって,審査を経て平成23年(2011年)4月8日に意匠権の設定の登録がなされ,同年5月16日に意匠公報が発行され,その後,当審において,概要,以下の手続を経たものである。
・本件審判請求(審判請求書提出) 平成28年 3月 8日
・回答書 平成28年10月14日
・上申書 平成28年10月21日


第2 請求人の申し立て及び理由の要点
請求人は,請求の趣旨を「登録第1413048号の意匠登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求める。」と申し立て,その理由を,要点以下のとおり主張し,その主張事実を立証するため,後掲の証拠を提出した。

1 意匠登録無効の理由の要点
(1)本件登録意匠は,その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲1号証乃甲4号証至(審決注:「甲第1号証ないし甲第4号証」の誤記と認められる。以下,「甲第○号証」に訂正する。)に記載された各引用意匠に類似する意匠であり,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものである。よって,本件登録意匠は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。
(2)本件登録意匠は,その出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものであり,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものである。よって,本件登録意匠は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。

2 本件意匠登録を無効とすべき理由(意匠法第3条第1項第3号)
(1)本件登録意匠と引用意匠1(左から順に「引用意匠1-1」,「引用意匠1-2」及び「引用意匠1-3」,以下まとめて「引用意匠1」という。)及び2(左から順に「引用意匠2-1」,「引用意匠2-2」及び「引用意匠2-3」,以下まとめて「引用意匠2」という。)の関係(当審注:最初の括弧内の「左から順」は,甲第1号証第1頁の左上の写真版に現された3つの「抱っこひも」の意匠についての順番であると認められ,次の括弧内の「左から順」は,甲第2号証第1頁の左下の写真版に現された3つの「抱っこひも」の意匠についての順番であると認められる。)
ア 引用意匠1及び2は,下記の年月日に発行された刊行物に掲載された意匠である。よって,本件登録意匠の出願日である平成22年(2010年)9月9日以前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠である。
・引用意匠1:月刊雑誌「NHKすくすく子育て」2007年7月号,出版社:日本放送出版協会,2007年7月1日発行,64ページ(甲第1号証)
・引用意匠2:月刊雑誌「NHKすくすく子育て」2007年12月号,出版社:日本放送出版協会,2007年12月1日発行,119ページ(甲第2号証)
よって,引用意匠1及び引用意匠2は,本件登録意匠の出願日である平成22年(2010年)9月9日より前に発行された刊行物に掲載されていたことは明らかである。
イ 次に,本件登録意匠は,引用意匠1及び2に対し,同一若しくは類似する意匠であることを詳述する。
(ア)本件登録意匠にかかる物品は「子守帯」である。一方,引用意匠1及び2の物品は「抱っこひも」である。よって,本件登録意匠に係る物品は,引用意匠1及び引用意匠2に係る物品の用途及び機能が共通するため,同一若しくは類似する物品である。
(イ)本件登録意匠の基本的構成態様は,子育てを行う者が自身の肩に掛ける略長方形型の肩紐部と,略三角形型の乳幼児を保持する袋部で構成される。引用意匠1及び2の基本的構成態様は,子育てを行う者が自身の肩に掛ける長方形型の肩紐部と乳幼児を保持する略三角形型の袋部で構成される。したがって,本件登録意匠と引用意匠1及び2は,意匠の基本的構成態様において共通する。
次に,本件登録意匠と引用意匠1及び2の具体的構成態様について検討する。本件登録意匠は,肩紐が合流する子守帯の先端部が,同一の素材による個別の色彩・模様等を持たない形態であり,肩紐部の両辺に異なる色彩模様を施すことなく,肩紐本体と同一の素材を用いている。一方,引用意匠1及び2は,肩紐の先端が合流する部分が肩紐部とは異なる色彩の部材を用いている形態であり,肩紐部の両辺が肩紐本体とは異なる素材及び色彩を用いる構成である。したがって,本件登録意匠と引用意匠1及び2は,肩紐の先端合流部と肩紐本体の両辺部の形態が異なる。
さらに,肩紐の表面形態が,本件登録意匠は凹凸のない無地形態であるのに対し,引用意匠1及び2は微かな凹凸のある形態である。
(ウ)本件登録意匠と引用意匠1及び2の意匠の類否について検討する。
まず,本件登録意匠及び引用意匠1及び2において,需要者が注意を注ぎ観察する意匠の要部は,前記の基本的構成態様である肩紐部と乳幼児保持部の形態である。本件登録意匠及び引用意匠1及び2における需要者は主に乳幼児の子育てに従事する者であるところ,物品の乳幼児保持部の形態が安全に且つ乳幼児を圧迫することなく,優しく包み込む形態であることに最大の関心を注ぐことは火を見るより明らかである。また,肩紐部は子守紐を用い乳幼児を抱く場合,荷重のかかる肩への負担をいかにして軽減するかが重要な購買選定要因である。かかる理由から本件登録意匠と引用意匠1及び2においては,基本的構成態様が需要者の注意を惹く意匠の要部である。
一方,具体的構成態様は形態の差異を有する。しかし,子守帯若しくは抱っこ紐の需要者にとっては,乳幼児を安全に圧迫することなく優しく抱くことができる目的に鑑みれば,当該具体的構成態様は需要者が注意を惹き取引に当たる形態ではない。肩紐先端合流部,肩紐両辺部並びに肩紐部表面における形態の差異は,子守帯若しくは抱っこ紐の分野において,通常行われる装飾の変更の域を出ないものであり,かかる形態の差異が需要者に対し異なる美感を与えることはない。
(エ)このように,本件登録意匠と引用意匠1及び2の形態において,相違点が共通点の持つ需要者に対し与える印象を凌駕するものではなく,肩紐部及び乳幼児保持部における共通点が需要者に対し強い印象を与えるものである。よって本件登録意匠は引用意匠1及び2に類似する意匠である。
(2)本件登録意匠と引用意匠3(上から順に「引用意匠3-1」及び「引用意匠3-2」,以下まとめて「引用意匠3」という。)の関係(当審注:「引用意匠3-1」は,甲第3号証第2頁の左側の写真版の下側に現された「抱っこ紐」の意匠であり,「引用意匠3-2」は,甲第3号証第3頁の左側の写真版の約下半分に現された「抱っこ紐」の意匠であると認められる。)
ア 引用意匠3は,2007年(平成19年)12月に発行された刊行物に掲載した意匠である(甲第3号証)。よって,本件登録意匠の出願日である平成22年(2010年)9月9日以前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠である。
イ 次に,本件意匠は引用意匠3に対し,同一若しくは類似する意匠であることを詳述する。
(ア)本件登録意匠にかかる物品は「子守帯」である。一方,引用意匠の物品は「抱っこひも」である。よって,両物品は物品の用途及び機能が共通するため,同一の物品である。
(イ)本件登録意匠の基本的構成態様は,子育てを行う者が自身の肩に掛ける略長方形型の肩紐部と,略三角形型の乳幼児を保持する袋部で構成される。引用意匠3の基本的構成態様は,子育てを行う者が自身の肩に掛ける長方形型の肩紐部と乳幼児を保持する略三角形型の袋部で構成される。したがって,本件登録意匠と引用意匠3は,意匠の基本的構成態様において共通する。
次に,本件登録意匠と引用意匠3の具体的構成態様について検討する。
本件登録意匠は,肩紐が合流する子守帯の先端部が,同一の素材による個別の色彩・模様等を持たない形態である。また,本件登録意匠は肩紐部の両辺に異なる色彩模様を施すことなく,肩紐本体と同一の素材を用いている。一方,引用意匠3は,肩紐の先端が合流する部分が肩紐部とは異なる色彩の部材を用いている形態であり,肩紐部の両辺が肩紐本体とは異なる素材及び色彩を用いる構成である。したがって,本件登録意匠と引用意匠3は,肩紐の先端合流部と肩紐本体の両辺部の形態が異なる。
さらに,肩紐の表面形態が,本件登録意匠は凹凸のない無地形態であるのに対し,引用意匠3は微かな凹凸のある形態である。
(ウ)本件登録意匠と引用意匠3の意匠の類否について検討する。
まず,本件登録意匠及び引用意匠3において,需要者が注意を注ぎ観察する意匠の要部は,前記の基本的構成態様である肩紐部と乳幼児保持部の形態である。本件登録意匠及び引用意匠3における需要者は主に乳幼児の子育てに従事する者であるところ,物品の乳幼児保持部の形態が安全に且つ乳幼児を圧迫することなく,優しく包み込む形態であることに最大の関心を注ぐことは火を見るより明らかである。また,肩紐部は子守紐を用い乳幼児を抱く場合,荷重のかかる肩への負担をいかにして軽減するかが重要な購買選定要因である。かかる理由から本件登録意匠と引用意匠3においては,基本的構成態様が需要者の注意を惹く意匠の要部である。
一方,具体的構成態様は形態の差異を有するが,子守帯若しくは抱っこ紐の需要者にとっては,乳幼児を安全に圧迫することなく優しく抱くことができる目的に鑑みれば,需要者が注意を惹き取引に当たる形態ではない。肩紐先端合流部,肩紐両辺部並びに肩紐部表面における形態の差異は,子守帯若しくは抱っこ紐の分野において,通常行われる装飾の変更の域を出ないものであり,かかる形態の差異が需要者に対し異なる美感を与えることはない。
(エ)このように,本件登録意匠と引用意匠3の形態において,相違点が共通点の持つ需要者に対し与える印象を凌駕するものではなく,肩紐部及び乳幼児保持部における共通点が需要者に対し強い印象を与えるものである。よって,本件登録意匠は引用意匠3に類似する意匠である。
(3)本件登録意匠と引用意匠4(上から順に「引用意匠4-1」,「引用意匠4-2」及び「引用意匠4-3」,以下まとめて「引用意匠4」という。)の関係(当審注:「上から順」は,甲第4号証第5頁の写真版に現された3つのベーシックタイプの「抱っこひも」の意匠についての順番であると認められる。)
ア 引用意匠4は,下記の年月日に発行された刊行物に掲載された意匠である。よって,本件登録意匠の出願日である平成22年(2010年)9月9日以前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠である(甲第4号証。なお,同号証第3頁の写真版の右側の「抱っこひも」は,「引用意匠4-2」の背面側である。本審決の別紙第2参照。)。
・製作者 株式会社ラクーナ
・発行日 2009年(平成21年)2月
よって,引用意匠4は,本件登録意匠の出願日である平成22年(2010年)9月9日より前に発行された刊行物に掲載されていたことは明らかである。
また,甲第4号証の商品カタログは2009年(平成21年)2月に制作発行したものであるが,同年同月に先立つ2008年(平成20年)5月31日から2010年(平成22年)1月まで,継続して制作及び配布したものである。かかる事実を示すため,甲第4号証の原稿作成及び印刷を株式会社ラクーナより請け負い同社に納品した株式会社トランジスタハウスの証明書を提出する(甲第6号証。本審決の別紙第3参照。)。
さらに,引用意匠4にかかる物品を販売するために甲第4号証の商品カタログを頒布した事実を示すため,甲第7号証(本審決の別紙第4参照。)を提出する。甲第7号証により,甲第4号証が2008年(平成20年)7月1日から2010年(平成22年)4月30日まで,継続して配布したものであることを証明する。
イ 次に,本件意匠は引用意匠4に対し,同一若しくは類似する意匠であることを詳述する。
(ア)本件登録意匠にかかる物品は「子守帯」である。一方,引用意匠の物品は「抱っこひも」である。よって,両物品は物品の用途及び機能が共通するため,同一の物品である。
(イ)本件登録意匠の基本的構成態様は,子育てを行う者が自身の肩に掛ける略長方形型の肩紐部と,略三角形型の乳幼児を保持する袋部で構成される。引用意匠4の基本的構成態様は,子育てを行う者が自身の肩に掛ける長方形型の肩紐部と乳幼児を保持する略三角形型の袋部で構成される。したがって,本件登録意匠と引用意匠4は,意匠の基本的構成態様において共通する。
次に,本件登録意匠と引用意匠4の具体的構成態様について検討する。
本件登録意匠は,肩紐が合流する子守帯の先端部が,同一の素材による個別の色彩・模様等を持たない形態であり,肩紐部の両辺に異なる色彩模様を施すことなく,肩紐本体と同一の素材を用いている。
引用意匠4は,肩紐が合流する子守帯の先端部が同一の素材による個別の色彩・模様等を持たない形態である。また,本件登録意匠は肩紐部の両辺に異なる色彩模様を施すことなく,肩紐本体と同一の素材を用いている。
(ウ)本件登録意匠と引用意匠4の形態の類否を整理して検討する。
本件登録意匠と引用意匠4:ベーシックタイプは基本的構成態様及び具体的構成態様において,すべての形態が共通する。よって,本件登録意匠は引用意匠4:ベーシックタイプの意匠に類似する意匠である。

3 本件意匠登録を無効とすべき理由(意匠法第3条第2項)
(1)引用意匠1ないし4は,本件登録意匠の出願日前に公知となった意匠である。よって,引用意匠1ないし4の形態が有する形状,模様若しくは色彩は,その意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において公然知られたものである
(2)そして,本件登録意匠は前述の通り引用意匠1ないし4との関係において,形態の差異を有するものもあるが,本件登録意匠の形態は引用意匠1ないし4の公知形態に基づけば,いわゆる当業者であれば容易に意匠の創作をすることができた意匠である。
即ち,本件登録意匠は公然知られた引用意匠1ないし4の形態を,そのまま取り込んで意匠の創作を完成することを回避し,引用意匠1ないし4が有する細部の構成をありふれた手法により改変し本件登録意匠を完成したものである。換言すれば,本件登録意匠は何ら意匠としての新たな創作を完成したものではなく,創作価値を顕在化したものではない。

4 むすび
以上詳述した通り,本件意匠は,意匠法第3条第1項第3号又は同条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,その意匠登録は同法第48条第1項第1号の規定に該当し,無効とすべきである。

5 証拠
甲第1号証 月刊雑誌[NHKすくすく子育て」2007年7月号
64ページ 2007年7月1日 日本放送出版協会
甲第2号証 月刊雑誌「NHKすくすく了育て」2007年12月号
119ページ 2007年12月1日 日本放送出版協会
甲第3号証 らくーな本舗商品カタログ 2007年12月
株式会社ラクーナ
甲第4号証 株式会社ラクーナ 商品カタログ 2009年2月
株式会社ラク-ナ
甲第5号証 欠番
甲第6号証 証明書 2016年2月7日
株式会社トランジスタハウス代表者
(甲第4号証の商品カタログ制作の事実。別紙第3。)
甲第7号証 証明書 2016年1月28日
前田助産院代表者
(甲第4号証の商品カタログ頒布の事実。別紙第4。)
甲第8号証 受注一覧 2007年10月9日 株式会社ラク-ナ
甲第9号証 出荷伝票 2007年10月9日 佐川急便株式会社
甲第10号証 履歴事項全部証明書 2012年2月22日
名古屋法務局西尾支局
甲第11号証 コンビ株式会社ホームページ コンビ株式会社
甲第12号証 意匠登録1413048号 登録原簿
2016年3月8日 特許庁

甲第6号証及び甲第7号証は原本であり,それ以外の甲号証は写しである。


第3 被請求人の答弁及び理由の要点
特許庁より,被請求人に審判請求書を送付し,期間を指定して答弁書の提出を求めたが,被請求人からの応答はなかった。


第4 当審の判断
1 本件登録意匠
本件登録意匠の意匠に係る物品は,本願の願書の記載によれば「子守帯」であり,本件登録意匠の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下「形態」という。)は願書及び願書に添付した図面に記載されたとおりであって,願書の【意匠に係る物品の説明】には「本物品は,使用状態を示す参考図に示すように,乳幼児の対面抱っこをする場合に使用する子守帯であり,綿麻,ストレッチデニム,ガーゼなどを素材とする。本物品は,保護者が装着するための交差する二本の紐と乳幼児の背当て部分から成る。乳幼児の背当て中央部はファスナーで開閉可能になっており,安全のためスナップが設けられている。装用感を向上させるために二本の紐は幅広になっており,肩に食い込まず,肩全体を覆うように装着する。よって,抱っこする乳幼児の体重を両肩から背中にかけて分散でき,装着者の負担を軽減することができるものである。さらに収納時の参考図のようなたたみ方によって,収納しやすく,携帯に便利であるのが特徴である。」と記載され,願書の【意匠の説明】には「左側面図は右側面図と対称にあらわれるため省略する。」と記載されている。(別紙第1参照)
(1)意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は,二本の紐を保護者の両肩に掛けて,二本の紐が交差した部分に乳幼児の臀部を載せて,かつ背当て部分で乳幼児の背部を支えるようにして,乳幼児の対面抱っこを行う用途を持ち,ファスナーによる開閉機能などを有している。
(2)形態
ア 基本的構成態様
本件登録意匠の形態には,基本的構成態様として,以下の点が認められる。
全体が,環状に繋いだ二つの同形の紐を正面視略V字状になるように交差させたものであり,それぞれの紐は略太幅帯状であって,正面下部で二つの紐が上下に重なった部分が接合され,その上方の二つの紐の間に,背当て部を設けたものである。
イ 具体的態様
また,具体的態様として,以下の点が認められる。
(ア)紐の構成態様
正面から見て,紐の幅と長さの比は約1:5であり,二つの紐の上半部は略逆ハ字状に構成され,略中間部から下方にいくにつれて僅かに内側に屈曲し,最下端部では交差角が約直角になっている。
また,背面から見ると,紐の略中間部から最下端にかけて,外側から内側にめくれたような捻り部が形成されており,二つの紐が上下に重なった下部は接合されていない。
(イ)背当て部の態様
背当て部は下向きの略三角形状であり,その上下幅は,略V字状交差紐の谷の深さの約半分である。
また,背当て部の中央には,縦にファスナー部が設けられており,正面上部にはファスナーのつまみが配されており,背面上部にはファスナーを覆う突出片が形成されている。なお,この突出片の裏にはスナップが設けられていると推認される。
(ウ)色彩
全体が淡い藤色に現されている。

2 無効理由の要点
請求人が主張する本件意匠登録の無効理由は,以下のとおり,「無効理由1」と「無効理由2」に分けられる。
(1)無効理由1
本件登録意匠が,意匠登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物(甲第1号証ないし甲第4号証)に記載された意匠(引用意匠1-1ないし引用意匠4-3)に類似する意匠であり,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当するので,同項柱書の規定により,意匠登録を受けることができないものであるから,本件意匠登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,無効にするべきであり,本件登録意匠が,
・引用意匠1-1に類似する場合(無効理由1-1-1),
・引用意匠1-2に類似する場合(無効理由1-1-2),
・引用意匠1-3に類似する場合(無効理由1-1-3),
・引用意匠2-1に類似する場合(無効理由1-2-1),
・引用意匠2-2に類似する場合(無効理由1-2-2),
・引用意匠2-3に類似する場合(無効理由1-2-3),
・引用意匠3-1に類似する場合(無効理由1-3-1),
・引用意匠3-2に類似する場合(無効理由1-3-2),
・引用意匠4-1に類似する場合(無効理由1-4-1),
・引用意匠4-2に類似する場合(無効理由1-4-2)及び
・引用意匠4-3に類似する場合(無効理由1-4-3)
の11に分けられる。
(2)無効理由2
本件登録意匠が,意匠登録出願前に日本国内で頒布された刊行物(甲第1号証ないし甲第4号証)に記載された意匠(引用意匠1ないし引用意匠4)に基づいて容易に創作することができたものであるので,意匠法第3条第2項の規定により,意匠登録を受けることができないものであるから,本件意匠登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,無効にするべきである。

3 無効理由1-4-2に対する判断
当審は,本件登録意匠が,引用意匠4-2に類似すると判断する。以下,その理由について述べる。
(1)甲第4号証(別紙第2参照)について
甲第4号証は,第1頁に「らくーな本舗オリジナル抱っこひも『だ・くーの』」の記載があり,最終頁下部に「株式会社ラクーナ」と「2009.2」の記載があるので,株式会社ラクーナが2009年2月に作成した商品カタログであると認めることができる。そして,請求人が提出した甲第6号証(別紙第3参照)によれば,株式会社トランジスタハウスがその商品カタログを印刷し,2008年5月31日から2010年1月20日までに8回納品した事実が,同社代表者により証されている。
また,請求人が提出した甲第7号証(別紙第4参照)によれば,前田助産院が,平成20年(2008年)7月1日から平成22年(2010年)4月30日までの期間にその商品カタログを院内に設置し,妊婦等に配布した事実が,同院代表者によって証されている。
したがって,引用意匠4-2は,本件登録意匠の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物(甲第4号証)に記載された意匠であるということができる。
(2)引用意匠4-2
引用意匠4-2の意匠に係る物品は,甲第4号証の記載によれば「抱っこひも」であり,引用意匠4-2の形態は,甲第4号証第3頁及び第5頁に現されたとおりであって,具体的には以下のとおりである。
ア 意匠に係る物品
引用意匠4-2の意匠に係る物品は,二本の紐を保護者の両肩に掛けて,二本の紐が交差した部分に乳幼児の臀部を載せて,かつ背当て部分で乳幼児の背部を支えるようにして,乳幼児の対面抱っこを行う用途を持ち,乳幼児の対面抱っこを行う用途を持ち,ファスナーによる開閉機能などを有している。
イ 形態
(ア)基本的構成態様
本件登録意匠の形態には,基本的構成態様として,以下の点が認められる。
全体が,環状に繋いだ二つの同形の紐を正面視略V字状になるように交差させたものであり,それぞれの紐は略太幅帯状であって,正面下部で二つの紐が上下に重なった部分が接合され,その上方の二つの紐の間に,背当て部を設けたものである。
なお,甲第4号証第5頁の写真版によれば,引用意匠4-2の右側の紐の長さが左側に比べて短く現されているが,同頁の引用意匠4-1及び引用意匠4-3(これらは引用意匠4-2と同形状のタイプである。)では,左右の紐の長さがほぼ等しいので,引用意匠4-2の左右の紐の長さは等しいと推認できる(乳幼児の姿勢が傾かないためにも,左右の紐の長さは等しいと考えられる。)。
(イ)具体的態様
また,具体的態様として,以下の点が認められる。
a 紐の構成態様
正面から見て,紐の幅と長さの比は約1:5.7であり,二つの紐の上半部は略逆ハ字状に構成され,略中間部から下方にいくにつれてしだいに内側に屈曲し,最下端部では交差角が約直角になっている。
また,背面から見ると,紐の略中間部から最下端にかけて,外側から内側にめくれたような捻り部が形成されており,二つの紐が上下に重なった下部は接合されていない。
b 背当て部の態様
背当て部は下向きの略三角形状であって,左右の辺が緩やかな弧状に現されており,その上下幅は,略V字状交差紐の谷の深さの約5/12である。
また,背当て部の中央には,縦にファスナー部が設けられている。
c 肉厚端部とキルティング
紐の縁部及び背当て部の周囲には,やや肉厚の端部が形成されている。
また,その肉厚端部を除くほぼ全面にわたってキルティング加工が施されている。
d 色彩
正面の全体が濃紺色に現されている。
背面では,紐の捻り部と背当て部に現れたキルティング部が白色であるが,それ以外は濃紺色で現されている。
(3)本件登録意匠と引用意匠4-2の対比
ア 意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は「子守帯」であり,引用意匠4-2の意匠に係る物品は「抱っこひも」であって,共に二本の紐を保護者の両肩に掛けて,二本の紐が交差した部分に乳幼児の臀部を載せて,かつ背当て部分で乳幼児の背部を支えるようにして,乳幼児の対面抱っこを行う用途を持ち,ファスナーによる開閉機能などを有しているので,本件登録意匠と引用意匠4-2(以下「両意匠」という。)の意匠に係る物品は共通する。
イ 形態の共通点
両意匠の形態には,以下の基本的構成態様の共通点が認められる。
(A)基本的構成態様の共通点
全体が,環状に繋いだ二つの同形の紐を正面視略V字状になるように交差させたものであり,それぞれの紐は略太幅帯状であって,正面下部で二つの紐が上下に重なった部分が接合され,その上方の二つの紐の間に,背当て部を設けたものである。
また,以下の具体的態様の共通点が認められる。
(B)紐の構成態様
正面から見て,紐の長さは幅の5倍以上であり,二つの紐の上半部は略逆ハ字状に構成され,略中間部から少しずつ内側に屈曲し,最下端部では交差角が約直角になっている。
また,背面から見ると,紐の略中間部から最下端にかけて,外側から内側にめくれたような捻り部が形成されており,二つの紐が上下に重なった下部は接合されていない。
(C)背当て部の態様
背当て部は下向きの略三角形状であって,その上下幅は,略V字状交差紐の谷の深さよりも小さい。
また,背当て部の中央には,縦にファスナー部が設けられている。
ウ 形態の差異点
一方,両意匠の形態には,以下の差異点が認められる。
(a)紐の構成についての差異点
正面から見た紐の幅と長さの比が,本件登録意匠では約1:5であり,引用意匠4-2では約1:5.7である。
また,二つの紐が略中間部から下方にいくにつれて屈曲する程度は,本件登録意匠では僅かであるが,引用意匠4-2では本件登録意匠に比べて大きい。
(b)背当て部の形状についての差異点
背当て部の上下幅は,本件登録意匠では略V字状交差紐の谷の深さの約半分であるのに対して,引用意匠4-2では約5/12である。
また,本件登録意匠にはファスナーのつまみが正面上部に配されており,ファスナーを覆う突出片が背面上部に形成されているが,引用意匠4-2の当該位置にそのようなつまみや突出片が有るかは不明である。
さらに,引用意匠4-2の背当て部の左右の辺は緩やかな弧状に現されているが,本件登録意匠ではそのように現されていない。
(c)肉厚端部とキルティングの有無についての差異点
引用意匠4-2では,紐の縁部及び背当て部の周囲にやや肉厚の端部が形成され,その肉厚端部を除くほぼ全面にわたってキルティング加工が施されているが,本件登録意匠には,そのような肉厚端部とキルティングはない。
(d)色彩についての差異点
本件登録意匠の全体は淡い藤色に現されているが,引用意匠4-2では,正面の全体が濃紺色に現されて,背面も紐の捻り部と背当て部に現れたキルティング部を除いて濃紺色で現されており,当該キルティング部は白色で現されている。
(4)本件登録意匠と引用意匠4-2の類否判断
以上の本件登録意匠と引用意匠4-2の共通点及び差異点が,両意匠の類否判断に及ぼす影響を評価して,意匠全体から見た両意匠の類否を総合的に検討する。
ア 形態の共通点の評価
先ず,基本的構成態様の共通点(A),すなわち,環状に繋いだ二つの同形の紐を正面視略V字状になるように交差させ,それぞれの紐を略太幅帯状として,正面下部で二つの紐が上下に重なった部分を接合し,その上方の二つの紐の間に背当て部を設けた態様は,以下の参考意匠のとおり,「子守帯」の物品分野において,本件登録意匠の出願前に公然知られている。
参考意匠1(別紙第5参照):
特許庁意匠課公知資料番号HJ20017900の「子守帯」の意匠
参考意匠2(別紙第6参照):
特許庁意匠課公知資料番号HJ21065988の「子守帯」の意匠

しかし,上記の参考意匠は,背面側の紐の略中間部から最下端にかけて,外側から内側にめくれたような捻り部は形成されておらず,背当て部の中央にファスナー部は設けられていない。そうすると,両意匠の基本的構成態様の共通点(A)と,具体的構成態様の共通点(B)及び共通点(C)とを併せ持つ「子守帯」の意匠は,両意匠に共通する態様であるということができ,この態様は,看者に一つのまとまった美感を与えているということができる。したがって,共通点(A),共通点(B)及び共通点(C)の組合せは両意匠に特有の共通点であって,他の意匠には見られない特徴であるというべきであるから,共通点(A)ないし共通点(C)は両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼすものと認められる。
イ 形態の差異点の評価
これに対して,前記認定した差異点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は,以下のとおり,いずれも小さいものであって,上記共通点が看者に与える美感を覆すほどのものではない。
(ア)紐の構成の差異について
正面から見た紐の幅と長さの比の差異(約1:5と約1:5.7の差異)は微差にすぎず,両意匠を意匠全体で比較した際には,それほど目立つ差異ではなく,看者が注視する差異であるということはできない。また,二つの紐が略中間部から下方にいくにつれて屈曲する程度の差異についても,本件登録意匠の屈曲が僅かであって,屈曲のない上記参考意匠に近いありふれたものであることを踏まえると,屈曲の程度の差異を本件登録意匠の引用意匠4-2に対する差異として殊更評価することはできない。したがって,差異点(a)が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
(イ)背当て部の形状の差異について
背当て部の上下幅の略V字状交差紐の谷の深さに占める割合についての差異(約半分と約5/12)についても,引用意匠4-2の背当て部の当該割合が本件登録意匠のそれに比べてやや小さい程度であって,約半分を占める本件登録意匠の背当て部の態様に独特の美感が備わっているともいい難いので,当該割合の差異が看者に別異の美感を与えるということはできない。したがって,差異点(b)が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
(ウ)肉厚端部とキルティングの有無の差異について
紐などの端部を肉厚にした態様や,布の表面をキルティングの加工を施した態様は,「子守帯」(又は「抱っこひも」)を含む帯や布包みの物品分野の意匠においてはありふれた態様であり,看者が引用意匠4-2の肉厚端部とキルティングに対して特段着目することはないというべきであり,本件登録意匠にはそのような肉厚端部やキルティングはなくむしろありふれた態様であることを踏まえると,肉厚端部とキルティングの有無の差異を本件登録意匠の引用意匠4-2に対する差異として殊更評価することはできない。したがって,差異点(c)が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
(エ)色彩の差異について
引用意匠4-2で白色で現されている部分は,背面から見た紐の捻り部と背当て部のキルティング部のみであり,その余は濃紺色に現されていることから,ほぼ同系(青色系)の色で全体が着色された本件登録意匠との間に,上記の共通点を圧して両意匠を別異のものとするような色彩の差異が顕現しているということはできず,本件登録意匠の全体が同色で着色されておりむしろありふれた態様であることを踏まえると,両意匠の色彩の差異を本件登録意匠の引用意匠4-2に対する差異として特に評価することはできない。したがって,差異点(d)も両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
(5)総合判断
そうすると,両意匠の意匠に係る物品が共通し,両意匠の形態においても,共通点は,看者に対して視覚を通じてまとまった一つの美感を与え,両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼすものと認められるのに対して,差異点は,いずれも両意匠の類否判断に及ぼす影響が小さく,これらがあいまって生じる視覚的効果を考慮しても,意匠全体として,共通点が看者に与える美感を覆して,両意匠を別異のものと印象付けるほどのものとはいえないから,本件登録意匠は,引用意匠4-2に類似するものと認められる。
(6)小括
本件登録意匠は,意匠登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物(甲第4号証)に記載された意匠(引用意匠4-2)に類似する意匠であり,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当するので,同項柱書の規定により,意匠登録を受けることができないものであると認められる。
したがって,本件登録意匠は,同項柱書の規定に違反して登録されたものであり,その登録は,同法第48条第1項第1号に該当するから無効にするべきであり,請求人が主張する無効理由1-4-2については,理由がある。


第5 むすび
以上のとおり,本件登録意匠は,意匠登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠に類似する意匠であり,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同項柱書の規定に違反して登録されたものであるから,その登録は,無効理由1-4-2以外の無効理由について審理するまでもなく,無効にするべきである。

審判に関する費用については,意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により,被請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
別掲
審理終結日 2016-10-31 
結審通知日 2016-11-04 
審決日 2016-11-15 
出願番号 意願2010-23367(D2010-23367) 
審決分類 D 1 113・ 113- Z (B2)
最終処分 成立  
前審関与審査官 佐々木 朝康 
特許庁審判長 斉藤 孝恵
特許庁審判官 正田 毅
小林 裕和
登録日 2011-04-08 
登録番号 意匠登録第1413048号(D1413048) 
代理人 伊藤 孝太郎 
代理人 前田 大輔 
代理人 中村 知公 
代理人 朝倉 美知 

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ