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審決分類 審判    H2
審判    H2
管理番号 1327953 
審判番号 無効2015-880008
総通号数 210 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2017-06-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-07-16 
確定日 2017-04-10 
意匠に係る物品 バンド用留具 
事件の表示 上記当事者間の意匠登録第1523151号「バンド用留具」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。
理由 第1 手続の経緯
本件意匠登録第1523151号の意匠(以下「本件登録意匠」という。)は,平成26年(2014年)5月2日に意匠登録出願(意願2014-9686(以下,本件登録出願という。))されたものであって,審査を経て平成27年4月3日に意匠権の設定の登録がなされ,同年5月11日に意匠公報が発行され,その後,当審において,概要,以下の手続を経たものである。
1 本件審判請求の手続経緯
・本件審判請求書提出 平成27年 7月16日
・審判事件答弁書提出 平成27年 9月24日
・審判事件弁駁書提出 平成28年 3月31日
・審尋 平成28年 5月11日
・回答書(請求人)提出 平成28年 6月13日
・審尋 平成28年 7月20日
・回答書(請求人)提出 平成28年 8月 5日
・審尋 平成28年 8月17日
・回答書(被請求人)提出 平成28年 9月 5日
・審理事項通知 平成28年 11月14日
・口頭審理陳述要領書(請求人)提出 平成28年 12月14日
・口頭審理陳述要領書(被請求人)提出 平成28年 12月28日
・口頭審理 平成29年 1月18日

第2 請求人の申し立て及び理由
請求人は,登録第1523151号意匠の登録を無効とする,審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求めて,その理由を,おおむね,以下のとおり主張した(「審判事件弁駁書」,「回答書(平成28年6月13日付け)」,「回答書(平成28年8月5日付け)」,「口頭審理陳述要領書」の内容を含む。)。

1 意匠登録無効の理由の要点
(1)本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第1号又は,第3号の規定により意匠登録を受けることができないものであり,同法第48条第1項第1号により,無効とされるべきものである。
(2)本件意匠登録を無効とすべき理由
本件意匠登録は,前記「手続の経緯」及び別紙第1,別紙第2に示すとおり登録されたものである。
ア 証拠説明
甲第1号証は,被請求人が平成26年8月28日付けで東京地方裁判所(民事部)に提出した訴状(平成26年(ワ)第22377号差止請求権不存在確認請求事件)の抜粋である。
イ 本件意匠登録と証拠に記載された意匠との対比
甲第1号証について,
この甲第1号証は,第1頁?第13頁までの訴状本文からなる。(今回の無効の審判事件に該当しない部分については省略。)
そして,甲第1号証において,第2頁には,
『第2 本訴訟提訴の経緯(確認の利益)
1 原告は,平成25年11月12日,訴外NTT株式会社(以下,「訴外NTT」という。)に対し,別紙「製品目録」記載のバンド締付け具(以下,「原告製品」という。)の譲渡の申出を行った。』と記載されている。
また,甲第1号証の第12頁部分には,上述した訴状の記載に対応する「製品目録」が添付されている。
このため,甲第1号証から明らかなように,本件登録意匠の出願時たる平成26年5月2日以前,つまり,平成25年11月12日に,被請求人がNTT株式会社へ申出を行った旨の事実がある。
そして,甲第1号証に記載される事実から,この平成25年11月12日の時点で前記「製品目録」が存在している。
よって,被請求人がNTT株式会社へ申出を行った時点で,「製品目録」は開示され,広く知られた意匠となっている。
つまり,「製品目録」は,本件登録意匠の出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠となっている。
このとき,本件登録意匠とNTT株式会社へ申出を行った物品である「製品目録」とは,確認すれば明らかなように,外観上,同一又は類似している。
したがって,本件登録意匠とNTT株式会社へ申出を行った物品である「製品目録」とは,差異がなく,機能や構造が酷似し,同一又は類似の美観を醸し出しているため,きわめて容易に本件登録意匠も広く知られた意匠となっていると想定でき,新規性が喪失されていると推察できる。
なお,参考までに第2頁には,
「2 そこで,原告は,平成26年5月20日,被告須田に対し,原告製品が本意匠と類似の範囲にはないことを主張するとともに,被告須田の反論を求めた(甲1):書簡)。
また,原告は,平成26年5月23日,被告東光に対し,原告製品が本意匠と類似の範囲にはないことを主張するとともに,被告東光に求めた(甲2:書簡)。
しかしながら,本日まで,被告東光も被告須田も,原告に対し,なんら回答をしていない。」の記載によって,被請求人が審判請求人へ連絡した旨を説明している。
この被請求人から審判請求人への連絡,特に平成26年5月23日付けの書簡においては,別紙「製品外形図」が開示されている。
(3)むすび
以上述べた理由から明らかなように,本件意匠登録は,甲第1号証のものと同一又は類似であって,意匠法第3条第1項第1号又は第3号に該当し,同法第48条第1項第1号により,無効とすべきである。
(4)証拠方法
証拠として,以下を開示する。
[1]甲第1号証 訴状
本件登録意匠がその出願前,公然知られた意匠であったことを証するため。

2 「審判事件弁駁書」における主張
被請求人から,「NTTは,被請求人のために秘密を保つべき関係にあるものであることから,訴状(甲第1号証)添付の「製品目録」記載の製品(以下,「本件製品」という。)に係る意匠が,NTTに知られたとしても,「公然知られた」には該当せず,請求人の主張には理由がない。」との主旨の答弁書が請求人に送達され,請求人は,前記の答弁書に対して以下の弁駁を申し述べた。
(1)弁駁の内容
ア まず,被請求人は,答弁書において,乙第1号証から乙第3号証までの合計3件の書証を提出している。
次に,本件無効審判の請求が認められる諸要件に関しては,いうまでもなく,意匠法第3条第1項第1号では,
(ア)「意匠登録出願前に」,
(イ)「日本国内又は外国において」,
(ウ)「公然知られた」
意匠を除き,その意匠について意匠登録を受けることができる,と規定されている。
また,意匠法第3条第1項第3号では,
(エ)「前2号に掲げる意匠に類似する」
意匠を除き,その意匠について意匠登録を受けることができる,と規定されている。
答弁書において,前記の意匠法第3条第1項第1号における要件『(ア)「意匠登録出願前に」』及び『(イ)「日本国内又は外国において」』,そして,意匠法第3条第1項第3号おける要件『(エ)「前2号に掲げる意匠に類似する」』に関しては,何ら答弁されていない。
イ 答弁書の主張
前記の意匠法第3条第1項第1号における要件『(ウ)「公然知られた」』に関して,乙第1号証の「東京高判平成12年12月25日(平成11年(行ケ)第368号)」を開示している。
この乙第1号証は,「特許庁が,平成10年審判第35126号事件について,平成11年9月9日にした審決を取り消す」ための「平成11年(行ケ)第368 審決取消請求事件(平成12年12月13日口頭弁論終結)」である。
そして,被請求人は,乙第1号証によって,以下のように答弁書において主張している。
『意匠が,創作者のために秘密を保つべき関係にある者に知られたとしても,意匠法3条1項1号の「公然知られた」には当たらないことは,確立した裁判例である。』(後記第3の1(1)ウ)
また,被請求人は,乙第1号証によって,以下のようにも答弁書において主張している。
「そして,この創作者のために秘密を保つべき関係は,法律上又は契約上秘密保持の義務を課せられることによって生ずるほか,社会通念上又は商慣習法上,創作者側の特段の明示的な指示や要求がなくとも,秘密扱いとすることが暗黙のうちに求められ,かつ,期待される場合においても生ずるものであるとされている。」(後記第3の1(1)ウ)
ウ 答弁書に対する弁駁
前記,乙第1号証のその考え方は,経済活動と特許制度の比較衡量からすれば,首肯すべきものである。しかし一方,新規性制度は特許制度の根幹の重要事項であり,無条件に例外を適用することは特許制度に反するものであって,許されるものでは無く,公開代償制度に反する。よって,公知のものには特許権あるいは意匠権という強力な独占排他権を与えるに値しないものである。
つまり,例外は厳しく判断されるべきものであるから,「特許」と「意匠」との比較衡量をすると,乙第1号証は,特許発明についてのみ妥当するものであると結論し得る。
なぜなら「特許」は,その内容の詳細な説明を受け,詳細内容を知り,理解し,やっと納得できるものであって,一方,「意匠」は,外観の問題であるから,看者が一瞥するだけで,容易にその内容を知り得て,瞬時に公知となってしまうのである。
そのため,「特許」の場合の発明者側,あるいはまた,「意匠」の場合の創作者側から,購入をしようとして説明を受けた側は,判例の言う秘密保持義務者だとしても,その先の第三者への伝播形態は,全く異なり,公知となる危険性は,「意匠」は「特許」の比では無く格段に大きく,極めて危ういものである。
つまり,「特許」が公知となるには前述の如く複雑な理解や時間の段階を経る必要があるのに対し,「意匠」は看者の一瞥により公知となると言う大きな相違点がある。
してみれば,本件無効審判においては,乙第1号証を無条件に「意匠」に適用することはできない。つまり,被請求人の営業説明が本件製品に係る意匠を公知化をするものではないとはいえない,と結論することが妥当である。
このため,被請求人の答弁書における主張は理由がない,と思料する。
結論として,請求人は,上述したとおり,被請求人の答弁書における主張は成立していない,と思料する。
したがって,本件無効審判の請求は認められるべきものと確信する。

3 審尋に対する回答(平成28年6月13日付け)
当審において,平成28年5月11日付けで請求人に対しておおむね以下の内容の審尋を行い,請求人は以下のように回答した。
(1)審尋の内容
甲第1号証(被請求人が平成26年8月28日付けで東京地方裁判所に提出した訴状(平成26年(ワ)第22377号差止請求権不存在確認請求事件(以下,「差止事件」という。)))の第2頁に,『原告は,平成25年11月12日,訴外NTT株式会社(以下,「訴外NTT」という。)に対し,別紙「製品目録」記載のバンド締付け具(以下,「原告製品」という。)の譲渡の申出を行った。』と記載され,また審判請求書の第3頁には,その記載に基づき,『このため,甲第1号証から明らかなように,本件登録意匠の出願時たる平成26年5月2日以前,つまり,平成25年11月12日に,被請求人がNTT株式会社へ申出を行った旨の事実があります。そして,甲第1号証に記載される事実から,この平成25年11月12日の時点で前記の「製品目録」が存在』している。
『よって,被請求人がNTT株式会社へ申出を行った時点で,「製品目録」は開示され,広く知られた意匠となって』いる。
『つまり,「製品目録」は,本件登録意匠の出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠となって』いる。(甲第1号証)
との記載があるが,前記,甲第1号証の記載の限りでは,「製品目録」が公知になった具体的な事実(いつ,どこで,誰が,誰に,どのように)が不明である点について明らかにされたい。(注:甲第1号証で示されているのは,差止事件の原告(被請求人)が別紙「製品目録」記載の「バンド締付け具」の譲渡の申し出をNTT株式会社に対して行った事実のみであり,その際に「製品目録」自体が,いつ,どこで,誰が,誰に,どのように示されたのかが不明である。)
(2)請求人の回答内容
ア 甲第1号証の記載の限りでは,「製品目録」が公知になった具体的な事実(いつ,どこで,誰が,誰に,どのように)が不明である点について
「製品目録」は,被請求人が東京地方裁判所に提出した訴状に甲第1号証として添付されたものであった。
また,訴状では,被請求人が「製品目録」を開示してNTT株式会社へ申出を行った旨の事実を説明している。
この申出の際に,当然ではあるが,請求人は同席していないため,特許庁審判長指示の具体的な事実の項目において,以下のように返答する。
(ア)「いつ」については,訴状から平成25年11月12日と確認できる。
(イ)「どこで」については,訴状に記載される被請求人がNTT株式会社へ申出を行っている経緯から,NTT株式会社であると確認できる。
(ウ)「誰が」については,訴状から被請求人であると確認できる。
(エ)「誰に」については,訴状からNTT株式会社であると確認できる。
(オ)「どのように」については,訴状から被請求人がNTT株式会社に「製品目録」を開示したと確認できる。
なお,申出の際に同席していない請求人に説明要求をせずに,訴状にまで添付して「製品目録」を開示したことを認めている被請求人に確認することが,最良の方策のように思料される。

4 審尋に対する回答(平成28年8月5日付け)
当審において,7月20日付けで再度請求人に対しておおむね以下の内容の審尋を行い,請求人は後記のように回答した。
(1)審尋の内容
ア 審判請求書(前記1(2)イ)に「よって,被請求人がNTT株式会社へ申出を行った時点で,「製品目録」は開示され,広く知られた意匠となって」いる。と記載(主張)されているが,甲第1号証の第12頁の「製品目録」について,その作成に関する具体的な事実(いつ,どこで,誰が(作成者),どこで,どのようにその「製品目録」を作成したものか)が不明であり,その点について明らかにされたい。(例えば,差止事件の訴状に添付の証拠説明書(1)(甲第1号証には添付されていない)を証拠として提出し,それに基づいて事実を主張するなど。)
イ 前記「製品目録」が「開示」された事実について,具体的に(いつ,どこで,誰が,誰に,どのようにその「製品目録」を開示したか)が不明ですので,その点について明らかにされたい。(請求人が審判請求書で主張した事実について説明を求めている。)なお,甲第1号証第2頁には,「製品目録」記載の原告製品の譲渡の申出を行った旨が記載されており,「製品目録」自体が開示されたことが直接的には証されていないと考えられる。)
ウ 甲第1号証の2頁の9行目から10行目まで「これに対し,訴外NTTは,被告須田から原告製品が後述する本意匠権(意匠登録第1470218号)を侵害する旨の抗議を受けていると述べ」との記載があり,ここには,原告(被請求人)が訴外NTT(NTT株式会社)に,「原告製品」(被請求人製品)について,被告(請求人)から「抗議」を受けたと告げられた旨,記載されていると認められ,前記記載について,請求人は「原告製品」(被請求人製品)を知り得た事実及び「抗議」した事実について,具体的に(いつ,どこで,誰が,誰に,どのように)明らかにされたい。
(2)請求人の回答内容
ア 「製品目録」について,その作成に関する具体的な事実について
前記「製品目録」は,訴状(甲第1号証)に添付されたものであった。
そして,被請求人は,譲渡の申出を行う際に使用した「製品目録」を,訴状の第2頁の「第2 本訴訟提訴の経緯(確認の利益)」の「1」において,「原告製品」に言い換えている。
したがって,訴状の原告は被請求人であり,「製品目録」を作成した者は被請求人であるから,被請求人に確認することが,最良の方策である,と返答する。
イ 「製品目録」が「開示」された具体的な事実について
前記の訴状に記載される被請求人の譲渡の申出を行った行為によって,前記「製品目録」が開示されたことは明白となっている。
「製品目録」が開示された事実は,請求人の知り得ない事柄である。
追記すると,被請求人は,前記「製品目録」の譲渡の申出を行った旨を訴状に添付の甲第1号証及び甲第2号証の書面で請求人に連絡している。
このとき,被請求人は,前記「製品目録」を使用せず,甲第2号証に添付される現物の写真からなる「本製品」を開示している。
よって,被請求人は,この時点で,前記「製品目録」と「本製品」とを同一のものとして開示した。
ウ 請求人が「原告製品」(被請求人製品)を知り得た事実及び「抗議」した事実について,
「請求人」は「訴外NTT」との係属した商取引を行っており,「訴外NTT」は,侵害する可能性のない製品の譲渡を希望している,と思料される。
「本製品」は甲第2号証の書面の受領まで請求人の知り得ない事柄であるとともに,「製品目録」は訴訟の書面の受領まで請求人の知り得ない事柄である。
このため,請求人が「訴外NTT」に行ったと主張する「侵害する旨の告知」は,あり得ないことである。
よって,「訴外NTT」は,「侵害する」と断言できないとともに,「抗議」もできない,ものと思われる。
また,「…侵害する旨の抗議を受けている…」の記載は,被請求人が訴訟を提訴するために勝手に記載した内容であり,事実とは相違している。
なぜならば,訴訟は,その後の裁判官からの指示により被請求人である原告が,被告の承諾を受けることなく取下げたという状況から明白である,と思料するためである。

5 「口頭審理陳述要領書」における主張
陳述の要領
(1)請求の理由の補足
特にない。
(2)被請求人の主張に対する反論
ア 被請求人は,審尋に対する回答書(後記第3の2)「譲渡の申出を行った事実があるか否かについてにおいて」
「……本件製品の試作品を提出した。」
と主張している。
しかし,この主張は理由がない,と思料する。
なぜならば,以下の「後記第3の2(2)ア(イ)」において,「譲渡の申出は,本件製品の試作品を見せることで行われた」と記載するとともに,「後記第3の2(2)ア(ア)」においては,「後日,NTTから受付処理(NTTがサプライヤから新規製品の提案があったことを正式に記録する手続き)が完了したことを確認したうえで,本件製品の試作品を提出した。」と記載している。
つまり,「譲渡の申出」が終了した時点で,被請求人の担当者が「試作品」を持ち帰った旨の記載となっている。
一般的に,「譲渡の申出」に際しては,提案書と共に,図面や写真,現物(「試作品」も含む。)などの資料を開示して説明した後,この提案書及び資料を先方に渡すものである。
そして,先方においては,受領した提案書及び資料に関して,上司などとの内部検討を行う流れとなると推察できる。
このため,この内部検討の段階で,提案書のみで前記資料がない状況であるとは理解し難い記載である。
このとき,当然に,資料がない場合には,上司の了承を受けることはできないものと思われる。
この点から,「後日,NTTから受付処理が完了したことを確認したうえで,本件製品の試作品を提出した。」
とは,到底理解し難い記載である。
イ 被請求人は,「後記第3の2(2)ア(イ)」において,
『なお,譲渡の申出は,本件製品の試作品を見せることで行われたのであり,被請求人が「製品目録」自体を開示した事実はない。』と主張している。
しかし,この主張は理由がない,と思料する。
なぜならば,被請求人は,「譲渡の申出」に際して,「製品目録」自体を開示しなくとも,「本件製品の試作品を見せた」旨を記載しており,本件製品に関する資料を見せた点は揺るぎない事実であるためである。
(3)撤回する理由,証拠
特にない。

第3 被請求人の答弁及び理由
被請求人は,審判事件答弁書を提出し,請求人らの主張は理由がないものとする,審判費用は請求人らの負担とする,との審決を求めて答弁し,その理由を,おおむね,以下のとおり主張した(「審判事件答弁書(理由書)」,「回答書(平成28年9月5日付け)(回答の内容)」及び「口頭審理陳述要領書(陳述要領)」の内容を含む。)。

1 「審判事件答弁書」における主張
(1)答弁の内容
ア 請求人の主張の要旨
請求人は,本件登録意匠について,出願前の平成25年11月12日をもって,日本国内において公然知られた意匠となっていることから,意匠法3条に該当し,同法48条1項1号により,無効とすべきであると主張している。
すなわち,被請求人は,NTT株式会社(以下,「NTT」という。)に対し,平成25年11月12日,訴状(甲1号証)添付の「製品目録」記載の製品(以下,「本件製品」という。)の譲渡の申出(以下,「本件譲渡申出」という。)を行っていることから,本件製品に係る意匠は,この時点で,公然知られた意匠となっており,本件登録意匠は,本件製品に係る意匠と同一又は類似であるため,同様に,公然知られた意匠となっていると主張するものである。
イ 被請求人の主張の要旨
しかしながら,NTTは,被請求人のために秘密を保つべき関係にあるものであることから,本件製品に係る意匠が,NTTに知られたとしても,「公然知られた」には該当せず,請求人の主張には理由がない。
ウ 公知の意義と守秘義務の関係について
まず,意匠が,創作者のために秘密を保つべき関係にある者に知られたとしても,意匠法3条1項1号の「公然知られた」には当たらないことは,確立した裁判例である(乙第1号証)。
そして,この創作者のために秘密を保つべき関係は,法律上又は契約上秘密保持の義務を課せられることによって生ずるほか,社会通念上又は商慣習法上,創作者側の特段の明示的な指示や要求がなくとも,秘密扱いとすることが暗黙のうちに求められ,かつ,期待される場合においても生ずるものであるとされている(乙第1号証)。
エ 本件におけるあてはめ
本件譲渡申出は,「国内電機通信設備の調達手続き」における「サプライヤ提案プロセス」(乙第2号証)に該当し,「サプライヤおよびNTT東日本双方の利益となると合意した時は,契約の締結を適切な方法で公表」されることとなるものの,平成25年11月12日の時点では,その段階に至っていない。
一方で,NTTは,前記「調達手続きに参加するためのご注意」として,「知的所有権等の取り扱い」に関し,「NTT東日本からサプライヤの皆様に提供する知的所有権に関する情報を,当社の同意なしに,他のいかなる者にも開示することを禁じます。 ・・・サプライヤの皆様からNTT東日本に提供された知的所有権に関する情報については,NTT東日本も同様の扱い」をすることとしている(乙第3号証)。
すなわち,NTTは,本件譲渡申出に係る調達手続きにおいて,サプライヤたる被請求人からNTT株式会社に提供された本件製品に係る意匠に関する情報につき,披請求人の同意なしに,他のいかなる者にも開示しないこととしている。
したがって,NTTは,本件製品に係る意匠について,少なくとも秘密扱いとすることが求められ,かつ,期待されていることは明らかであり,被請求人のために秘密を保つべき関係にあることから,本件製品に係る意匠ないし本件登録意匠が「公然知られた」ことには当たらず,請求人の主張には理由がない。
(2)証拠方法
[1]乙第1号証 東京高判平成12年12月25日(平成11年(行ケ)第368号)
[2]乙第2号証 「国内電機通信設備の調達手続き」と題するホームページ
[3]乙第3号証 「調達手続きに参加するためのご注意」と題するホームページ

2 審尋に対する回答書(平成28年9月5日付け)
当審において,平成28年8月17日付けで被請求人に対しておおむね以下の内容の審尋を行い,被請求人は以下のように回答した。
(1)審尋の内容
ア 審判請求書中の甲第1号証(被請求人が平成26年8月28日付けで東京地方裁判所に提出した訴状(平成26年(ワ)第22377号 差止請求権不存在確認請求事件(以下,「差止事件」という。)))の「原告は,平成25年11月12日,訴外NTT株式会社(以下,「訴外NTT」という。)に対し,別紙「製品目録」記載のバンド締付け具(以下,「原告製品」という。)の譲渡の申出を行った」との記載のとおり譲渡の申出を行った事実があるか否かについて,
また,譲渡の申出を行った事実があるのであれば,前記「製品目録」を「開示」した具体的事実(いつ,どこで,誰が,誰に,どのようにその「製品目録」を開示したか)について,
イ 送付した回答書(請求人8月5日提出)(前記第2の4)に「訴訟は,その後の裁判官からの指示により被請求人である原告が,被告の承諾を受けることなく取下げた」との記載があるが,差止事件の取下げを行った事実があるか否かについて,
ウ 回答書(請求人8月5日提出)(前記第2の4)について反論することがあるかについて。
(2)被請求人の回答
ア 譲渡の申出を行った事実があるか否かについて
(ア)被請求人は,甲1号証記載のとおり,NTT東日本の担当者に対し,本件製品の譲渡の申出を行った。具体的には,被請求人の担当者である新子寛幸(常務取締役東京支店長:当時)が,平成25年11月12日,NTT東日本社内において,NTT東日本資材調達センタ調査部門及びNTT西日本資材調達センタ調査部門の購買担当者に対し,本件製品に関するコンセプト等を記載した提案書(本件製品の図面は添付されていない。)により製品概要を説明したうえで,譲渡の申出を行った。後日,NTTから受付処理(NTTがサプライヤから新規製品の提案があったことを正式に記録する手続き)が完了したことを確認したうえで,本件製品の試作品を提出した。
この点,審判事件答弁書記載のとおり,NTT東日本の購買担当者は,調達手続きにおいて,「サプライヤの皆様からNTT東日本に提供された知的所有権に関する情報については,NTT東日本も同様の扱い」すなわち,「サプライヤの同意なしに,他のいかなる者にも開示することを禁じる」こととされており(乙第3号証),この場合の「公然知られた」とは,秘密保持義務がない者に知られることであるから(乙第1号証),前記の本件製品の開示の事実は,本件製品に係る本件登録意匠が「公然知られた」ことを裏付ける事実に該当しない(前記1(1)ウ及びエ)。
(イ)なお,譲渡の申出は,本件製品の試作品を見せることで行われたのであり,被請求人が「製品目録」自体を開示した事実はない。
イ 差止事件の取下げを行った事実があるか否かについて(前記(1)イ)
被請求人は,請求人に対する「差止請求権不存在確認訴訟(差止事件)」を,平成27年2月16日付にて取り下げた。
この点,債務不存在確認訴訟においては,民事訴訟法上,確認の利益,すなわち当事者間の具体的な紛争が存在することが要求されており,当該確認の利益がない場合,訴えは棄却されることとなる(乙4号証)。
被請求人は,NTT東日本の担当者が,前記守秘義務に反して,請求人に本件製品の構造等を説明し,それにより,請求人が,本件製品を請求人の意匠権を侵害するものであるとNTT東日本の担当者に告知したのではないかと考え,差止請求権不存在確認訴訟(差止事件)の提訴に及んだ。
しかしながら,請求人は,「被告須田は,これまで訴外NTTに対し,原告が製造した何らかの製品が被告東光化学の保有する意匠権(略)を侵害するなどと主張したことはない。被告須田は,本件訴訟が提起されるまで,原告が製造した『バンド締め付け具』の概要すら知らない。」(乙5号証,1頁末行から3行?2頁2行)と主張し,NTT東日本の担当者から,本件製品の構造等の開示を受けた事実,及び,NTT東日本の担当者に対し,意匠権侵害である旨の告知をした事実を否認した。
前記事情から,差止事件の当事者間には,具体的な紛争が存在しないことが明らかになったことから,原告である被請求人は,差止請求権不存在確認訴訟(差止事件)を取り下げたのである。
前記のとおり,NTT東日本の担当者は,守秘義務に反して,守秘義務を有しない第三者に本件製品の構造を開示した事実はないのであるから,本件製品に係る意匠が,「公然知られた」状態になっていないことは明らかである。
ウ 回答書(請求人8月5日提出)(前記第2の4)について反論することがあるかについて
請求人は,本件登録意匠が特許法29条1項(当審注:意匠法第3条1項の誤記と認められる。)に違反することを裏付ける事実として,「被請求人がNTT株式会社に対し,本件製品の譲渡の申出を行った事実」以外に主張立証していない。
NTT東日本の担当者が,守秘義務を負うものであることは前述のとおりであり,また,当該担当者が,当該守秘義務に反して,請求人に対し,本件製品の構造等を開示していないことは,請求人自らが「『本製品』は甲第2号証の書面の受領まで請求人の知り得ない事柄である」と自認するところである(前記第2の4(2)ウ)
よって,本件登録意匠は,その出願前に,守秘義務を負うことのない第三者に公然知られた意匠ではないから,請求人の主張には理由がないことは明白である。
(4)証拠方法
[1]乙第4号証 新民事訴訟法〔第四版〕
[2]乙第5号証 被告ら準備書面(1)

3 「口頭審理陳述要領書」における主張
陳述要領の内容
(1)「公然知られた意匠」に該当しないこと
請求人は,本件意匠が,意匠法第3条の「公然知られた意匠」に該当し無効であると主張する。
この点,意匠法第3条の「公然知られた」とは,「秘密の状態にされておらず,現実に知られていること」を意味し(乙第6号証:逐条解説),意匠を秘密にすべき関係にある特定人のみが知得した状態は,公然知られたということができない(乙第7号証:注解意匠法)。
確かに,本件意匠について,被請求人の従業員が,NTTの担当者に,本件意匠に係る製品の譲渡の申出を行った事実はあるが,当該NTTの担当者は,「意匠を秘密にすべき関係にある特定人」であるから,当該譲渡の申出行為により,本件意匠が「公然知られた意匠」になり得ないことは,答弁書にて詳細に主張したとおりである(前記1(1)ウ及びエ)。
これに対し,請求人は,『「特許」と「意匠」との比較衡量をすると,乙第1号証は,特許発明についてのみ妥当するものであると結論し得る。』(前記第2の2(1)ウ)などと反論するが,請求人の独自の見解であり,理由がない。
意匠法第3条においても,「秘密にすべき関係とは,特に黙秘義務を課せられた場合のみでなく,社会通念上又は商慣習上秘密扱いとすることが暗黙のうちに求められ,かつこれを期待することができると認める関係の場合もこの関係に含まれる」のである(乙第7号証)。
しかも,本件においては,NTTの担当者は,具体的に守秘義務が課せられている者であるから(乙第2号証,乙第3号証),「秘密にすべき関係にある者」であることは,より一層明白である。
以上のとおり,本件意匠は,被請求人の従業員がNTTの担当者に譲渡の申出をしたことにより「公然知られた意匠」となり得ないから,意匠法第3条に違反する無効理由は存在しない。
(2)NTTの担当者への譲渡の申出の態様
被請求人の従業員からNTTの担当者への譲渡の申出の具体的な態様については,平成28年9月5日付「回答書」において,詳細に主張したとおりである(前記2(2)ア)。
これに対し,請求人は,被請求人の主張に対し,些末な反論を繰り返すが(前記第2の5(2)),被請求人の従業員が,「意匠を秘密にすべき関係にある特定人」以外の者に対し,本件登録意匠を開示した事実は,なんら主張立証していない。
また,NTTの担当者が,「意匠を秘密にすべき関係にある特定人」以外の者に対し,本件登録意匠を開示した事実は,なんら主張立証していない。
)
よって,本件譲渡の申出の態様を云々するまでもなく,本件登録意匠が「公然知られた意匠」となり得ないことは明白である。
(3)結論
以上のとおり,請求人の主張には理由がない。
(4)参考資料
[1]乙第6号証 :逐条解説 意匠法
[2]乙第7号証 :注解 意匠法

第4 口頭審理
当審は,本件審判について,平成29年(2017年)1月18日に口頭審理を行い,審判長は,同日付けで審理を終結した。(平成29年1月18日付け「第1回口頭審理調書」)

陳述の要領は,以下のとおりである。
『請求人
1 請求の趣旨及び理由は,審判請求書,平成28年3月31日付け審判事件弁駁書,平成28年6月13日付け回答書,平成28年8月5日付け回答書及び平成28年12月14日付け口頭審理陳述要領書に記載のとおり陳述。
2 乙第1号証ないし乙第7号証の成立を認める。
被請求人
1 答弁の趣旨及び理由は,平成27年9月24日付け審判事件答弁書,平成28年9月5日付け回答書及び平成28年12月28日付け口頭審理陳述要領書に記載のとおり陳述。
2 甲第1号証の成立を認める。
3 甲第1号証第12頁の「製品目録」は,平成26年8月に被請求人が作成したものである。
審判長
1 甲第1号証及び乙第1号証ないし乙第7号証について取り調べた。
2 本件の審理を終結する。
以上』

第5 当審の判断
1 本件登録意匠
本件登録意匠の意匠に係る物品は「バンド留具」であり,本件登録意匠の形態は,その意匠登録出願の願書及び願書に添付した図面に記載されたとおりである。(前記第2の1(2)に記載の別紙第1参照)。
(1)本件登録意匠の形態
本件登録意匠は,以下の構成態様からなる。
ア 基本的構成態様
(ア)本体部と二つの回動レバーからなるバンド留具であって,回動レバーが開放状態のものである。
イ 具体的構成態様
(イ)本体部は,
(イ-1)正面視及び背面視で長辺に膨らみのある略太鼓形であって,平面視で柱側設置面(上辺)が緩やかに湾曲し,回動軸部側両角部(下辺角部)は丸く形成された略湾曲扁平直方体形状であり,正面視の縦:横:奥行き(厚み)比率は,約4.5:7:2.3であって,
(イ-2)正面視中央に左端から右端まで縦幅の長さの約60%幅の溝が設けられ,
(イ-3)背面(柱側設置面)には,中央寄りに略横長長円状の係止片の保持孔を4つとバンドを本体内に導入するスリット状の導入溝が左右端寄り2か所に設けられ,当該導入溝には3つの爪があり,
(イ-4)右側面図において,上下に表れる両側面の左端から中間部分までなだらかな曲面となっており,中間部分から右端まではほぼ垂直となっている。
(ウ)正面視右側の回動レバー(以下,回動レバー1)は,
(ウ-1)正面視で横に長い略長方形状であり,本体部に沿って湾曲した板状体であって,縦方向長さは本体の溝部の短辺の寸法とほぼ同一,横方向長さは本体の溝部の長辺の寸法(=本体の長手方向寸法)より若干短いものであり,
(ウ-2)回動レバー1の回動中心側は,本体側端部近傍の平面視円形の右側の略円柱状の回動軸で止めつけられ,回動レバー1の回動軸の近傍長辺側には方型に突出した係止片が設けられ,
(ウ-3)正面視で回動軸側端部の近傍には,正面側から背面側に通じるスリット状のバンド挿通孔が設けられ,当該挿通孔には3つの爪があり,
(ウ-4)背面視で回動軸寄りのレバー片の態様は本体部に隠されて観察できず,不明であり,本体部から外方の回動レバー1のレバー片には凹凸や模様など特段の態様は見受けられない。
(エ)正面視左側の回動レバー(以下,回動レバー2)は,
(エ-1)正面視で横に僅かに長い略長方形状であり,板状体であって,縦方向長さは本体の溝部の短辺の寸法とほぼ同一,横方向長さは本体の溝部の長辺の寸法(=本体の長手方向寸法)の約半分であり,
(エ-2)回動レバー2の回動中心側は,本体側端部近傍の平面視円形の左側の略円柱状の回動軸で止めつけられ,回動レバー2の回動軸の近傍長辺側には方型に突出した係止片が設けられ,
(エ-3)正面視で回動軸側端部の近傍には,正面側から背面側に通じるスリット状のバンド挿通孔が設けられ,当該挿通孔には3つの爪があり,
(エ-4)背面視では,回動軸寄りのレバー片の態様は本体部に隠されて観察できず,不明であり,本体部から外方の回動レバー2のレバー片には凹凸や模様など特段の態様は見受けられない。

2 無効理由の要点
請求人が無効審判請求書において,無効の理由の証拠として示したものは甲第1号証であり,請求人は前記第2の1(2)イで「甲第1号証から明らかなように,本件登録意匠の出願時たる平成26年5月2日以前,つまり,平成25年11月12日に,被請求人がNTT株式会社へ申出を行った旨の事実がある。そして,甲第1号証に記載される事実から,この平成25年11月12日の時点で前記「製品目録」が存在している。-中略-「製品目録」は,本件登録意匠の出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠となっている。」と主張し,また,「本件登録意匠とNTT株式会社へ申出を行った物品である「製品目録」とは,確認すれば明らかなように,外観上,同一又は類似している。」と主張しているから,請求人は,本件登録意匠の無効理由を構成する事実,すなわち,甲第1号証の「製品目録」に記載された意匠(以下「甲1意匠」という。別紙第3参照。)が本件登録意匠の出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠となっている事実を主張していると認められる。そして,請求人は無効理由について前記第2の1(1)で本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第1号又は,第3号の規定により,同法第48条第1項第1号により,無効とされるべきものである旨を述べているから請求人が主張する本件登録意匠の登録の無効理由は,以下の2つである。
(1)本件登録意匠が,その意匠登録出願前に公然知られた,甲1意匠と同一の意匠であり,意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠に該当するので,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないものであるから,本件登録意匠の登録が,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定によって,無効とされるべきであるとする理由(以下,この無効理由を「無効理由1」という。)。
(2)本件登録意匠の意匠登録出願前に公然知られた,甲1意匠に類似する意匠であり,意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠に該当するので,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないものであるから,本件登録意匠の登録が,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定によって,無効とされるべきであるとする理由(以下,この無効理由を「無効理由2」という。)。

3 無効理由1についての判断
本件登録意匠が,甲1意匠と同一の意匠であるか否かについて検討する。
本件登録意匠については,前記第1及び前記1に記載のとおりである。
(1)甲1意匠(「製品目録」記載の意匠)
甲1意匠は,本件審判請求書における甲第1号証(被請求人(原告)が平成26年8月28日付けで東京地方裁判所(民事部)に提出した訴状(平成26年(ワ)第22377号差止請求権不存在確認請求事件(抜粋)))の12頁の「製品目録」に記載された意匠であり,甲第1号証中の『1 原告は,?中略?別紙「製品目録」記載のバンド締付け具(以下,「原告製品」という。)の譲渡の申出を行った。』との記載によれば,意匠に係る物品は「バンド締付け具」である。
ア 甲1意匠(「製品目録」の意匠)が本件登録意匠出願前に公然知られた意匠であったかについて
請求人は,甲第1号証第2頁には,
『第2 本訴訟提訴の経緯(確認の利益)
1 原告は,平成25年11月12日,訴外NTT株式会社(以下,「訴外NTT」という。)に対し,別紙「製品目録」記載のバンド締付け具(以下,「原告製品」という。)の譲渡の申出を行った。』と記載されているので「製品目録」(甲1意匠)は本件登録意匠の出願前にNTT株式会社に譲渡の申出を行った時点で公然知られたものとなったと認められると主張している。
しかしながら,審判請求書における甲第1号証は被請求人(原告)が平成26年8月28日付けで東京地方裁判所(民事部)に提出した訴状の抜粋であって,本件登録意匠の出願より後のものであるから,「製品目録」(甲1意匠)が訴状に記載されたことをもって,当然に本件登録意匠出願前に公然知られたものとなったということはできない。
請求人主張の平成25年11月12日に「製品目録」(甲1意匠)が公然知られた意匠であったことの立証に関わり,「製品目録」(甲1意匠)の作成に関する具体的な事実などについて,当審において,請求人に2度の審尋を行なった。
最初の審尋で請求人に『甲第1号証の記載の限りでは,「製品目録」が公知になった具体的な事実(いつ,どこで,誰が,誰に,どのように)が不明である』ので明らかにするように求めたが(前記第2の3(1)),請求人は,おおむね,「製品目録」(甲1意匠)は,被請求人が東京地方裁判所に提出した訴状(甲第1号証)に添付されたものであって,訴状の作成者である被請求人が作成者であって,具体的な事実(いつ,どこで,誰が,誰に,どのように)については,訴状(甲第1号証)に記載された被請求人の主張から,平成25年11月12日に,NTT株式会社で被請求人が,NTT株式会社に「製品目録」を開示したと確認できると述べ,訴状にまで添付して「製品目録」を開示したことを認めている被請求人に確認すべきである旨を回答した(前記第2の3(2))。この審尋の回答の内容は,甲1号証で不明である具体的な事実について何ら明らかにしたものではなく,結局,請求人の主張は具体的にならなかった。
そこで,2回目の審尋において,「製品目録」の作成に関する具体的な事実について(例えば,差止事件の訴状に添付の証拠説明書(1)(甲第1号証には,未添付)を証拠として提出し,それに基づいて事実を主張するなどして)明らかにするよう再度求め,当審の判断として,甲第1号証の「製品目録」に記載の「原告製品の譲渡の申出を行った」旨の記載からは,「製品目録」自体が開示されたことが直接的には証されていないと考えられる旨,示して,「製品目録」が開示された具体的な事実について,明らかにするよう求めた。
しかしながら,請求人の回答は,ほぼ,最初の審尋と同様に,「製品目録」を作成した者は被請求人であるから,被請求人に確認することが,最良の方策である,という内容であり,請求人の主張を具体的なものと判断するには不十分な内容であった。
さらに,当審は,被請求人にも,譲渡の申出の事実及び「製品目録」の開示などについて審尋を行ったが,被請求人の回答の内容は,NTT東日本の担当者に対し「譲渡の申出を行った」と回答したが,「譲渡の申出は,本件製品の試作品を見せることで行われたのであり,被請求人が「製品目録」自体を開示した事実はない。」として,「製品目録」自体の開示は否定した。
そして,平成29年1月18日の本件口頭審理における同日付け第1回口頭審理調書に記載のとおり(前記第4の被請求人の3),『甲第1号証第12頁の「製品目録」は,平成26年8月に被請求人が作成したものである。』との陳述によって,「製品目録」は,平成25年11月12日の譲渡の申出の際に示されたものではなく,訴状作成に当たって平成26年8月に作成されたものであると認めることができる。そうすると,前記の平成25年11月12日の譲渡の申出時に「製品目録」を開示したものではないとする被請求人の主張とも矛盾せず,「製品目録」の作成日は,本件登録意匠の出願日の平成26年(2014年)5月2日の後に作成されたものであると認められ,請求人の主張及び提出された証拠にその被請求人の陳述を覆すほどのものはなく,甲1意匠(「製品目録」に記載の意匠)は本件登録意匠出願前に公然知られたものとは認められない。
(2)甲1意匠の形態
甲1意匠(「製品目録」の意匠)の形態については,本件登録意匠と図の向きを合わせると,正面図,平面図及び底面図は,それぞれ180度回転して,正面図は平面図に,平面図は正面図に,底面図は背面図に相当し,左側面図は反時計回りに90度回転して右側面図に,右側面図は時計回りに90度回転して左側面図に相当して,以下の構成態様となる。
ア 基本的構成態様
(あ)本体部と二つの回動レバーからなるバンド締付け具であってレバー収納状態のものである。
イ 具体的構成態様
(い)本体部は,
(い-1)正面視及び背面視で長辺に膨らみのある略太鼓形であって,平面視で柱側設置面(上辺)が緩やかに湾曲し,回動軸部側両角部(下辺角部)は丸く形成された略湾曲扁平直方体形状であり,正面視の縦:横:奥行き(厚み)比率は,約4:7:2であって
(い-2)正面視中央に左端から右端まで縦幅の長さの約60%幅の溝が設けられ,
(い-3)背面(柱側設置面)には,中央寄りに略横長長円状の係止片の保持孔を4つ,バンドを本体内に導入するスリット状導入溝が左右端寄り2か所に設けられ,当該導入溝には3つの爪があり,
(い-4)長辺側の周壁面は,右側面図において,左端から中間部分までなだらかな曲面となっており,中間部分から右端まではほぼ垂直となっている。
(う)正面視の縦方向中央を横断する回動レバー(以下回動レバー1)は,
(う-1)正面視で横に長い略長方形状であり,本体部に沿って湾曲した板状体であって,略長方形板状体縦方向長さは本体の溝部の短辺の寸法とほぼ同一,横方向長さは本体の溝部の長辺の寸法(=本体の長手方向寸法)より若干短いものであり,
(う-2)本体側端部近傍に平面視円形の右側略円柱状の回動軸で止めつけられ,正面視の回動軸側端部が短長方形状に区切られ,その中央寄りに縦に細長い矩形部が配され,回動レバー1の回動軸の近傍には方型に突出した係止片が設けられており,
(う-3)収納状態であるから,回動レバー1のレバー片内側の態様は不明である。
(え)平面視円形の左側の略円柱状の回動軸から存在が認められる回動レバー(以下回動レバー2)は,
(え-1)平面視円形の左側の略円柱状の回動軸から回動レバー2の存在は認められるが,その態様は,不明である。
(3)本件登録意匠と甲1意匠が同一であるか否か
前記(1)アに記載のとおり,甲1意匠は,本件登録意匠出願前に公然知られた意匠とは,認められない。したがって,甲1意匠は,本件登録意匠が,意匠法第3条第1項第1号の規定により意匠登録を受けることができないものとする証拠とすることはできず,甲1意匠と同一の意匠であるか否かについて検討するまでもない。
(4)小括
本件登録意匠と甲1意匠は,前記(1)アに記載のとおり,甲1意匠は本件登録意匠出願前に公然知られた意匠とは,認められないから,本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第1号の規定により意匠登録を受けることができないものに該当せず,無効理由1によって,本件登録意匠の登録が,意匠法第48条第1項第1号に該当し,同条同項柱書の規定によって,無効とされるべき理由はない。
(5)付言
なお,付言すると,前記(1)アのとおり,甲1意匠は本件登録意匠出願前に公然知られたものではないが,請求人は,『被請求人は,「譲渡の申出」に際して,「製品目録」自体を開示しなくとも,「本件製品の試作品を見せた」旨を記載しており,本件製品に関する資料を見せた点は揺るぎない事実であるためである。』(前記第2の5(2))と主張し,被請求人も試作品を提出したことを認めており(前記第3の2(2)),その試作品と甲1意匠の形態が異なることについては,何ら主張していないので,念のため,試作品の形態と甲1意匠が同一の意匠であると仮定して,本件登録意匠と甲1意匠(以下,「両意匠」という。)について同一の意匠であるか否か,予備的に検討する。
ア 意匠に係る物品
本件登録意匠は「バンド用留具」であり,甲1意匠も「バンド締付け具」であって,実質的に両意匠の意匠に係る物品は電柱などに使用されるバンドを締め付ける機能,用途について共通すると認められ,両意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 両意匠の形態
両意匠は,前記1(1)と前記(2)に見られるように,具体的構成態様において相違し,同一の意匠と認められない。
すなわち,その形態において,本件登録意匠と甲1意匠の縦横奥行き比率は僅かながら相違し,回動レバー1については,本件登録意匠のレバー片の内側の態様は回動軸寄りに挿通孔が配されているのに対し,甲1意匠のレバー片の内側の態様は不明であり,甲1意匠のレバー片外側の回動軸寄りには短長方形状区画部及び縦長長方形形状部が配されているのに対し,本件登録意匠のレバー片外側の態様は不明である点が相違し,回動レバー2については本件登録意匠が横に短い略長方形状であり,縦方向長さは本体の溝部の短辺の寸法とほぼ同一,横方向長さは本体の溝部の長辺の寸法の約半分など,具体的な態様がおおむね明らかであるのに対し,甲1意匠は,回動レバー2の態様はほとんど不明であるから,同一の意匠であるとはいえない。

4 無効理由2についての判断
本件登録意匠については,前記第1及び前記1に記載のとおりであり,甲1意匠については,前記3(1)及び(2)に記載のとおりである。
(1)本件登録意匠と甲1意匠が類似する意匠であるか否か
前記3(1)アに記載のとおり,甲1意匠は,本件登録意匠出願前に公然知られた意匠とは,認められない。したがって,甲1意匠は,本件登録意匠が,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものとする証拠足り得ず,無効理由2について検討するにあたっては,両意匠の類否判断を示して,検討するまでもない。
(2)小括
以上のとおり,甲1意匠は,本件登録意匠出願前に公然知られた意匠とは,認められず,本件登録意匠は,その意匠登録出願の出願前に公然知られた意匠に類似する意匠ではないから,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものに該当せず,したがって無効理由2によって,本件登録意匠の登録が,意匠法第48条第1項第1号に該当し同項柱書の規定によって,無効とされるべき理由はない。
(3)付言
なお付言すると,前記3(1)アのとおり,甲1意匠は本件登録意匠出願前に公然知られたものではないが,前記3(5)と同様に,念のため,両意匠について類似するか否かについて予備的に検討する。
ア 両意匠の対比
(ア)意匠に係る物品
本件登録意匠は「バンド用留具」であり,甲1意匠も「バンド締付け具」であって,実質的に両意匠の意匠に係る物品は電柱などに使用されるバンドを締め付ける機能,用途について共通すると認められ,両意匠の意匠に係る物品は共通する。
(イ)両意匠の形態
両意匠の形態を対比すると,主として以下の共通点及び相違点が認められる。
〈共通点〉
A 基本的構成態様
(A)本体部と二つの回動レバーからなるバンド用留具である点。
B 具体的構成態様
(B)本体部について,
正面視及び背面視で長辺に膨らみのある略太鼓形であって,平面視で柱側設置面(上辺)が緩やかに湾曲し,回動軸部側両角部(下辺角部)は丸く形成された略湾曲扁平直方体形状であり,正面視中央に左端から右端まで縦幅の長さの約60%幅の溝が設けられ,背面(柱側設置面)には,中央寄りに略横長長円状の係止片の保持孔を4つとバンドを本体内に導入するスリット状の導入溝が左右端寄り2か所に設けられ,当該導入溝には3つの爪がある。長辺側の周壁面は,右側面図において,左端から中間部分までなだらかな曲面となっており,中間部分から右端まではほぼ垂直となっている点。
(C)回動レバー部については,
本体部の短辺側中央の溝部両端には回動するレバー部が配され,正面視右側の回動レバー1と正面視左側の回動レバー2からなり,
(C-1)回動レバー1の回動中心側は,本体側端部近傍の平面視円形の右側の略円柱状の回動軸で止めつけられ,正面視で横に長い略長方形状であり,本体部に沿って湾曲した板状体であって,縦方向長さは本体の溝部の短辺の寸法とほぼ同一で,横方向長さは本体の溝部の長辺の寸法より若干短く,回動レバー1の回動軸の近傍長辺には方型に突出した係止片が設けられている点。
(C-2)回動レバー2の回動中心側は,本体側端部近傍の平面視円形の左側の略円柱状の回動軸で止めつけられている点。
〈相違点〉
(a)本体形状について,正面視の縦:横:奥行き(厚み)比率は,約4.5:7:2.3であるのに対し,甲1意匠は,約4:7:2である点。
(b)回動レバー1について,
(b-1)本件登録意匠は,開放状態のものであるから,レバー片の内側の態様について,正面視で回動軸側端部の近傍にスリット状のバンド挿通孔が設けられ,当該挿通孔には3つの爪があるのが認められるが甲1意匠では,レバー片内側の態様は,不明である点。
(b-2)本件登録意匠は,開放状態のものであり,背面視での回動軸寄りのレバー片の外側の態様は,本体部端部と重なるため,不明であり,本体部から外方の回動レバー1のレバー片に特段の態様は見受けられないのに対し,甲1意匠は,収納状態のものであって,正面視において回動軸寄りのレバー片の外側の態様は,回動軸側端部が短長方形状に区切られ,その中央寄りに縦に細長い矩形部が配されている点。
(c)回動レバー2については,
(c-1)本件登録意匠の回動レバー2は,正面視で横に僅かに長い略長方形状であり,板状体であって,縦方向長さは本体の溝部の短辺の寸法とほぼ同一,横方向長さは本体の溝部の長辺の寸法の約半分であり,回動中心側は,本体側端部近傍の平面視円形の左側の略円柱状の回動軸で止めつけられ,回動軸の近傍長辺には方型に突出した係止片が設けられたものである点。
(c-2)本件登録意匠では開放状態のものであるから,レバー片の内側の回動軸側端部の近傍には,正面側から背面側に通じるスリット状のバンド挿通孔が設けられて,当該挿通孔には3つの爪があると認められるが,背面視では,回動軸寄りのレバー片の態様は本体部に隠されて観察できず,不明であり,本体部から外方の回動レバー2のレバー片外側に特段の態様は見受けられないものであるのに対し,甲1意匠の回動レバー2は,平面視円形の左側の略円柱状の回動軸から回動レバー2存在が認められるものの,収納状態であって,回動レバー1に重なり,具体的態様はレバー片の内側の態様も外側の態様も不明である点。
(ウ)両意匠の形態の評価
本件登録意匠に係る物品は「バンド用留具」であって,標識などを電柱に締め付けて固定するバンドを留める用途及び機能を有しているところ,標識などを固定する際には,標識などを避けるようにバンド用留具を配置させるところから,一般の歩行者などがバンド用留具に注意を向けるとはいい難く,バンド用留具の需要者はもっぱら、その製造及び販売者や,標識を固定する施工者であるといえる。
これを前提に,以上の共通点及び相違点が両意匠の類否判断に及ぼす影響を評価し,需要者の注意を引きやすい部分を考慮した上で,両意匠が類似するか否かについて,検討する。
まず,共通点(A)の本体部と二つの回動レバーからなるバンド用留具である点については,電柱用の「バンド用留具」の概括的構成態様の共通点にすぎず,二つの回動レバーからなるバンド留具も両意匠の他に見受けられないものではないから(例えば,意匠登録第1396715号),この点のみをもって,両意匠を類似するということはできず,両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
次に,共通点(B)の本体部の全体形状が略湾曲扁平直方体形状であり,正面視中央に左端から右端まで縦幅の長さの約60%幅の溝が設けられ,背面(柱側設置面)には,中央寄りに略横長長円状の係止片の保持孔を4つとバンドを本体内に導入する複数の爪があるスリット状の導入溝が左右端寄り2か所に設けた態様は,両意匠にのみに共通の特徴ある態様とはいえないものの(例えば,意匠登録第1396715号,意匠登録第1470218号),長辺側の周壁面の態様が,中間部分までなだらかな曲面となっており,その後ほぼ垂直となっている点については,「バンド用留具」の基部となる本体部の具体的態様についてであって需要者も注意を向けるところであるから,本体部についての共通点が,両意匠の類否判断におよぼす影響は一定程度あるものと認められる。
共通点(C-1)及び(C-2)については,本体部の短辺側中央の溝部両端に回動レバー部が,略円柱状の回動軸で本体部に止めつけられた具体的態様に関わる共通点ではあるが,二つの回動レバーからなるバンド用留具においては,回動レバーが本体部の短辺両側に配されること,回動軸で止めつけられることは,特段,特徴のある態様とは認められず,(C-1)の回動レバー1が正面視で略長方形状であり本体部に沿って湾曲した板状体であることも,縦方向(幅)と横方向(長さ)寸法が本体の溝部の短辺とほぼ同一,長辺より若干短い程度の寸法であるものも,「バンド用留具」の物品分野においてごく普通の態様であり,長辺側に突出した係止片が設けられているものも珍しい態様ではないから,これらの共通点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
とすると,この種物品においては,共通点(A),共通点(C-1)及び(C-2)は類否判断に与える影響は小さく,共通点(B)は類否判断におよぼす影響は一定程度あるものの,これらの共通点のみをもって,両意匠の類否判断を決定付けるまでには至らないものである。
これに対し,相違点(a)の本体部の縦:横:奥行き(厚み)比率について,本件登録意匠が約4.5:7:2.3であるのに対し,甲1意匠は,約4:7:2である点は,本体部のプロポーションに関わる相違点であるが,小さな数値差であるから,類否判断に与える影響は僅かである。
相違点(b-1)は回動レバー1のレバー片の内側の態様についての相違点であって,本件登録意匠は,正面視で回動軸側端部の近傍にスリット状のバンド挿通孔が設けられ,当該挿通孔には3つの爪があるところ,レバー片の内側は使用時には視認できない部位ではあるものの,施工者などの需要者は,バンドを締め付けるレバー片の態様に注目し,その内側の端部近傍のバンドを通す挿通孔には十分に注意を払うこととなる。一方,甲1意匠のレバー片内側の態様は,不明であり,その箇所の態様については,確認することはできないから,相違点(b-1)は,両意匠の類否判断において評価することができないというべきである。
また相違点(b-2)は回動レバー1のレバー片の外側の態様についての相違点であって,甲1意匠のレバー片外側の態様は,回動軸側端部が短長方形状に区切られ,その中央寄りに縦に細長い矩形部が配されているところ,レバー片の外側は使用時にも視認できる部位であって,需要者が特に注目する部位であるということができる。一方,本件登録意匠の回動軸近傍のレバー片の外側の態様は不明であり,その箇所の態様については,確認することはできないから,相違点(b-2)は,両意匠の類否判断において評価することができないというべきである。
そして相違点(c-1)及び(c-2)については,回動レバー2の態様についての相違点であって,本件登録意匠の回動レバー2のレバー片の全体の形態は,正面視で横に僅かに長い略長方形状であって,板状体であり,縦方向長さは本体の溝部の短辺の寸法とほぼ同一,横方向長さは本体の溝部の長辺の寸法の約半分であって,内側の態様は回動軸側端部の近傍にスリット状のバンド挿通孔が設けられ,当該挿通孔には3つの爪があるところ,前記のように需要者は,バンドを締め付ける回動レバー2のレバー片の態様に注目し,そのバンドを通す挿通孔には十分に注意を払うこととなるといえる。一方,甲1意匠の回動レバー2の態様はそのレバー片の横方向の長さや内側及び外側の挿通孔の有無など具体的態様は全く不明なものであって,それらの態様については,確認することはできないから,相違点(c-1)及び(c-2)は,両意匠の類否判断において評価することができないというべきである。
以上の相違点(b)及び相違点(c)についてはそれぞれ,両意匠の回動レバー部に係る態様の相違点であるが,需要者は,バンドを通す挿通孔には十分に注意を払い,バンドを締め付けるための回動レバー部には,当然注目するものと思われるから,類否判断に大きな影響を与える部位であるといえ,また,回動レバーは,「バンド用留具」物品全体の中でも大きな範囲を占めている部位である。
それを踏まえて,これら相違点が両意匠の類否判断に与える影響を総合すると,相違点(a)が類否判断に与える影響が小さく,相違点(b)及び相違点(c)が評価できないものであるから,前記共通点のおよぼす影響が,両意匠の類否判断を決定付けるまでには至らないものであるとしても,対する相違点(a)のみで共通点を相違点が凌駕すると認めることはできない。
しかしながら,前記したように「バンド用留具」の物品として回動レバー部は,両意匠の類否判断に大きな影響を与える部位であるといえ,その具体的態様が確認できず不明であることをもって,それを除き,他の共通点及び相違点を総合して,両意匠が類似すると判断することはできない。
イ 両意匠が類似する意匠であるか否かの判断
前記のとおり,両意匠は,意匠に係る物品については共通し,形態については,共通点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,意匠の類否判断を決定付けるまでには至らないものであるが,対する相違点はその回動レバー部において,一方が明らかである点に対し,他方に不明な点があり,十分に形態を対比することができない。そうすると,本件登録意匠と甲1意匠とは,その類否判断に大きな影響を与える部位において,十分に形態を対比し類否判断をすることができないものであるから,結局,両意匠は,類似するということはできないものである。

第6 むすび
以上のとおりであるから,請求人の主張する無効理由1及び無効理由2に係る理由及び証拠方法によっては,本件登録意匠の登録は無効とすることはできない。

審判に関する費用については,意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
別掲
審決日 2017-02-28 
出願番号 意願2014-9686(D2014-9686) 
審決分類 D 1 113・ 121- Y (H2)
D 1 113・ 113- Y (H2)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中村 純典下村 圭子 
特許庁審判長 小林 裕和
特許庁審判官 渡邉 久美
刈間 宏信
登録日 2015-04-03 
登録番号 意匠登録第1523151号(D1523151) 
代理人 堀米 直子 
代理人 佐合 俊彦 
代理人 西郷 義美 
代理人 堀米 直子 
代理人 井上 裕史 
代理人 西郷 義美 

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