• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 判定  同一・類似 属さない(申立不成立) L3
管理番号 1306438 
判定請求番号 判定2014-600032
総通号数 191 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠判定公報 
発行日 2015-11-27 
種別 判定 
判定請求日 2014-07-28 
確定日 2015-09-24 
意匠に係る物品 階段手すり 
事件の表示 上記当事者間の登録第1090371号の判定請求事件について,次のとおり判定する。 
結論 イ号意匠の図面及びその説明により示された「階段手すり」の意匠は,登録第1090371号意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属しない。
理由 第1 手続の経緯
平成11年 9月28日 意匠登録出願(意願平11-26215号)
平成12年 9月 8日 設定の登録(登録第1090371号)
平成26年 7月28日 本件審判請求(本件判定請求人)
平成26年10月 2日 答弁書提出(本件判定被請求人)
平成26年10月17日 上申書提出(本件判定被請求人)
平成26年10月24日 上申書提出(本件判定被請求人)
平成27年 7月28日 弁駁書提出(本件判定請求人)

第2 請求の趣旨及び理由
1.請求の趣旨
本件判定請求人(以下「請求人」という。)は,イ号写真及びその説明に示す意匠は,登録第1090371号意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属する,との判定を求め,要旨,以下のとおり主張した。

(1)判定請求の必要性
請求人(株式会社クネットイースト)は,本件判定請求に係る登録意匠「階段手すり」の意匠権者である。
本件判定被請求人(ナスエンジニアリング株式会社)(以下「被請求人」という。)が,渋谷駅東口地下広場の階段に平成25年12月に設置した階段手すり(イ号意匠)は,本件登録意匠の意匠権を侵害するものであり,本件判定請求人は,その旨の通知書を本件判定被請求人に送付した。
これに対して,被請求人は回答書で「イ号意匠は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属さない」旨主張するので,特許庁による判定を求める。

(2)本件登録意匠の手続の経緯
平成11年9月28日 本件意匠出願(意願平11-26215号),意匠出願人上田俊二
平成12年9月8日 本件意匠権登録(登録第1090371号),意匠権者上田俊二
平成13年11月7日 意匠権者上田俊二から有限会社三光社へ権利の移転
平成16年10月27日 意匠権者有限会社三光社から上田俊二へ権利の移転
平成17年1月26日 意匠権者上田俊二から株式会社クネット・ジャパンヘ権利の移転
平成24年4月13日 意匠権者株式会社クネット・ジャパンから株式会社クネットイーストへ権利の1/2移転
平成25年10月24日 意匠権者株式会社クネット・ジャパンの持分1/2の権利を株式会社クネットイーストヘ移転

(3)本件登録意匠の説明
本件登録意匠は,本件登録意匠の公報に示すとおり,次の構成からなる。
ア.階段手すり本体をその長手方向に沿って複数か所にわたって等間隔で凸部と凹部が交互に出現するように折り曲げを繰り返し,その凸部と凹部の各々の頂部を頂点とした折り曲げ部の角度を同一鈍角として形成した点
イ.折り曲げ部の同一鈍角を形成する両辺となる複数か所の傾斜部と略水平部とは,その各々を同一長として形成した点
ウ.階段手すりの両端部に階段手すりの下方に向けて略直角方向に折り曲げ部を設けた点
上記構成要素の「ア.」,「イ.」の構成は,需要者・利用者の注意を喚起する新規で極めて斬新な構成となっており,意匠として極めて大きなウェイトが置かれる要部と認識され,その形状における類似の範囲は極めて大きなものがある。
その他の構成「ウ.」は,利用者がその階段手すりに接触や衝突するときの衝撃緩和及び服の袖口が階段手すりに入り込むことを防止する安全性を配慮した閉止部であり,階段手すりとしてありふれた公知の形状であり,需要者・利用者の注意を喚起する要部ではなく,階段手すりの単なる細部の形状にすぎない。
更に詳述すると,該折り曲げ部の鈍角は,略135度前後をもって折り曲げが繰り返され,本体の美しさと同様,階段等の傾斜と同一方向に設置されることにより,両者がバランスよい美しさを表現できる構成となっている。他方,傾斜部は,利用者が「取っ手」のように引き付けて使うことができ,略水平部は,「杖」のように利用者を支えるようにして使用できるものである。更に,各々が階段等の傾斜面及び水平面に沿って設けられるので,傾斜部及び略水平部を握ったときの手首の角度が自然となり,握り込みやすく,滑りにくい機能美を備えた構成となっている。
また,傾斜面となる箇所に使用することが主たる用途となっているため,意匠の対象として,他の長尺の棒状建築部材と同様,設置される場所によって長さに長短が生じるものである。少なくとも本件登録意匠のように,手すりの折り曲げ部,傾斜部及び略水平部とが8,9か所にわたって同一形状で繰り返して連続形成される意匠の表現であれば,その長さは,一般的な階段の蹴上げ数及び踏み面の数あるいはスロープの長さ等に合うようにして決定されることは常であり,それにより折り曲げ部,傾斜部及び略水平部の数も変わるものであり,本件登録意匠においても手すり本体の長さ並びに折り曲げ部,傾斜部及び略水平部の数等を限定的に解釈されるべきものではない。また,手すりの直径は,通常の利用者が手の平で握り込むことによりある程度の力を作用させることができる太さである。
本件登録意匠の正面図において「折曲」と表現される複数か所の折り曲げ部を形成する凸部及び凹部の各々の頂部の形状は,湾曲をもって曲げられていることを説明しているものである。そもそもステンレスパイプを折曲するにはベンダー(折り曲げ加工機)を使用することになり,パイプの折り曲げ部は,湾曲をもって曲げられることになる。この湾曲を形成する丸みの表現は,当該部分の曲率(1/R)によって決定されるが,その曲率が大きくあるいは小さく表現されたとしても,その曲率に大きな差異が有り,看者をして異なるものと認識されない以上,その曲率の相違は本件登録意匠の権利範囲に属する事項である。

(4)イ号意匠の説明
イ号意匠に示す階段手すり本体の形状は,その長手方向に沿って複数か所にわたって等間隔で凸部と凹部が交互に出現するように折り曲げを繰り返し,その凸部と凹部の各々の頂部を頂点とした折り曲げ部の角度を同一鈍角として形成し,かつ,折り曲げ部の同一鈍角を形成する左右の辺となる複数か所の傾斜部と略水平部とは,その各々を同一長として形成した形状である。
上記折り曲げ部,傾斜部及び略水平部は連結して20か所となっている。階段の踊り場に位置する箇所の手すりは,従来と同様,該踊り場面と平行な直線状の手すりとしている。また,手すりの両端部は,直角方向に壁側へ折り曲げているが,これは壁側へ折り曲げた方が,利用者が当該部分に接することが少なく,より安全だからであり,従来の壁面に取り付ける直線状の手すりの端部処理としては常とう手段である。
上記折り曲げ部は,正面から見て略135度前後の鈍角をもって折り曲げられ,その傾斜部,略水平部の形状は,棒状のものを折り曲げた「折曲」と表現されるものである。その折り曲げ部の曲率が,小さく表現されているにすぎない。
また,階段手すりの径と傾斜部及び略水平部の長さとの関係は,利用者が手の平で握り込む太さとしての径と階段の蹴上げ高及び踏み面幅で決まる傾斜部と略水平部の各々の長さとの関係である。階段は同じ蹴上げ高及び踏み面幅が連続することが特徴であり,それらは特定されている事項である。

(5)本件登録意匠とイ号意匠との比較説明
ア.両意匠の共通点
(ア)両意匠は,意匠に係る物品が「階段手すり」で一致している。
(イ)両意匠は,階段手すり本体の形状を,その長手方向に沿って複数か所にわたって等間隔で凸部と凹部が交互に出現するように折り曲げを繰り返し,その凸部及び凹部の各々の頂部を頂点とした折り曲げ部の角度を同一鈍角として形成した点で一致している。
(ウ)両意匠は,折り曲げ部の同一鈍角を形成する左右の両辺となる複数か所の傾斜部と略水平部とは,その各々を同一長の連続として形成した点で一致している。

イ.両意匠の差異点
(ア)折り曲げ部及び傾斜部,略水平部は,本件登録意匠は,8,9か所にわたって同一形状で繰り返して連続形成されているが,イ号意匠は20か所にわたって繰り返されている点が相違する。
(イ)階段手すりの両端部の形状が,本件登録意匠は,下方に向けてほぼ直角に折り曲げているのに対し,イ号意匠の端部に相当する箇所は,その端縁部側を水平とし,その先端を壁側となる横方向へほぼ直角に折り曲げている点が相違する。
(ウ)折り曲げ部を形成する凸部及び凹部の各々の頂部の形状となる丸みを表現する曲率(1/R)が,本件登録意匠は大きく表現され,イ号意匠は小さく表現されている点が相違する。

(6)イ号意匠が本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属する理由の説明
ア.本件登録意匠の要部
本件登録意匠の階段手すりの創作の要点は,上記(3)の「ア.」,「イ.」にあることは明らかで,他に全く見られない全体形状であり,それらは階段手すりとして機能上の重要な部分であり,それらが本件登録意匠全体の基調を表出している。

イ.本件登録意匠とイ号意匠との類否の考察
本件登録意匠とイ号意匠の共通点及び差異点を比較検討するに,
(ア)両意匠の共通点である階段手すり本体を,その長手方向に沿って複数か所にわたって等間隔で凸部と凹部が交互に出現するように折り曲げを繰り返し,その凸部及び凹部の各々の頂部を頂点とした折り曲げ部の角度を同一鈍角として形成し,かつ,その角度は略135度前後とし,各折り曲げ部の左右の両辺となる傾斜部及び略水平部の各々が同一長で交互に出現するようにした形状は,両意匠にとって基本的な構成態様に係るものであり,意匠の要部である。上記の態様は共通しており,両意匠の類否の判断に極めて大きな影響を与えるものである。
(イ)両意匠の差異点である手すりの折り曲げ部,傾斜部及び略水平部の数が異なる点は,本件登録意匠にあっては8,9か所,イ号意匠にあっては20か所となっているが,同一形状が繰り返されて一体として連続形成されているもので,それらの箇所は階段の長さによっておのずと決定されることであり,他の建築部材と同様,それらの製造及び運搬等の関係上,所定長のものを設置場所において連結して長尺とするものであり,設置場所において3か所で連結施工している(甲第2号証の8の矢印)。したがって,これら長尺部材の長さ並びに折り曲げ部,傾斜部及び略水平部の数はイ号意匠そのままを限定的に解釈するべきものではない。したがって,この点において両者は同一又は類似である。
(ウ)両意匠の差異点である階段手すりの両端縁部を折曲させた折曲方向の点は,従来の直線状の手すりにおいてその端部を折曲させることは衝撃緩和やその端部が服の袖口に入り込まないようにする安全上普通に行われている常とう手段であり,設置場所の状況においてその端部の折曲方向を適宜選択するもので,意匠の要部ではなく,この点が意匠の類否の判断に与える影響は軽微である。
(エ)イ号意匠は,端部側に水平部を設け,その先端の端縁部を壁側へ折曲しているが,踊場は平らな面であり,その平らな面に対応して水平な手すりとしているもので,これは従来の手すりの常とう手段であり,本件登録意匠の要部ではなく,類否の判断に与える影響はない。
(オ)両意匠の差異点である折り曲げ部の丸みの表現となる曲率(1/R)において,本件登録意匠は大きく表現され,イ号意匠は小さく表現されているが,全体観察からすれば,その曲率の差に基づく意匠の相違は,1/Rの数値に大きな差異はなく,微差にすぎない。
また,通常,階段の手すりは,階段の段によって生じる傾斜と同一方向となる壁面等に設置されるもので,需要者・利用者が,その階段手すりを目視する方向は階段の昇降時の斜め方向となる。階段手すりを正面側から目視する機会は階段の幅の関係上,少ないものである。そのような状態で設置される階段手すりを上下の斜め方向から目視すれば,イ号意匠の斜視図(甲第2号証の3)の上方部に示すように,折り曲げ部の丸みの表現となる曲率は大きく目視されることになる。したがって,需要者・利用者は曲率の差異を真正面から目視した状態より一層微差として認識することになる。いずれにしても折り曲げ部の曲率の相違は微差であり,両意匠における曲率の相違が類否の判断に与える影響は軽微である。
(カ)以上の認定を前提として両意匠を全体的に考察すると,両意匠の差異点は,類否の判断に与える影響はいずれも微弱なものであり,共通点を凌駕しているものとはいえず,それらがまとまっても両意匠の類否の判断に及ぼす影響は,その結論を左右するまでには至らないものである。
なお,平成20年7月22日,本件登録意匠をもって,別件の意匠登録第1112232号「手摺り」(甲第5号証)及び意匠登録第1112778号「手摺り」(甲第6号証)に対し,無効審判請求があり,上記両意匠権を無効とする審決があった。当該審決後に無効審判請求を取り下げたため,審決は確定してはいない。

(キ)むすび
したがって,イ号意匠は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属するので,請求の趣旨どおりの判定を求める。

2.証拠方法
(1)甲第1号証の1 本件判定請求に係る登録意匠
(2)甲第1号証の2 意匠登録原簿謄本
(3)甲第2号証の1 イ号意匠の設置場所
(4)甲第2号証の2乃至8 イ号意匠
(5)甲第3号証 本件判定請求人の通知書の写し
(6)甲第4号証 本件判定被請求人の回答書の写し
(7)甲第5号証 意匠登録第1112232号
(8)甲第6号証 意匠登録第1112778号

第3 被請求人の答弁
1.答弁の主旨
イ号写真及びその説明に示す意匠は,登録第1090371号意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属しない,との判定を求める。

2.答弁の理由
イ号意匠と本件登録意匠は,意匠全体として見た場合,相違点の印象は,共通点の印象を凌駕し,両意匠は,意匠全体として視覚的印象を異にするというべきであるから,イ号意匠は,本件登録意匠には類似しないものであり,判定請求書における請求人の主張は,以下のとおり,失当である。

(1)本件登録意匠
本件登録意匠の基本的構成態様は,長さと傾斜の異なる2種類の直線状握り部を長手方向に特定の間隔で繰り返し連続して配して手すり本体を形成し,その両端部を下方向に屈曲した構成である。

具体的構成態様として,
ア.断面視正円型の棒状を基本とした階段用手すりの構成であって,正面視手すり全体の横幅対高さの構成比率は3:2である。(当審注;なお,答弁書では「平面視」となっているが,「正面視」の誤記であることは明らかである。)
イ.水平面に対して45度の傾斜角度を有する「傾斜握り部」と10度の傾斜角度を有する「略水平握り部」とが交互に配されてなる態様であって,
ウ.前記傾斜握り部と略水平握り部の長さの構成比率は「3:2」であり,
エ.前記傾斜握り部と水平に前記近い握り部を構成する角度は「140度」であって,
オ.手すり本体全体の傾斜角度は「35度」であり,
カ.手すり本体の両端部は略水平握り部を下方向に略直角に屈曲した構成である。
キ.「傾斜握り部」と「略水平握り部」からなるユニットが連続する単位の数は8である。

(2)イ号意匠
ア.イ号意匠について
イ号意匠は,階段がない床面や踊り場等には水平部が長い構成の「水平部」が配され,階段部には,傾斜握り部と水平握り部からなる「ユニット」が配された構成である。

イ.イ号意匠の形状について
イ号意匠の基本的構成態様は,傾斜勾配のみ異なる2種類の直線状握り部が曲線を伴って長手方向に特定の間隔で繰り返し連続して配して手すり本体を形成し,その両端部は水平方向に長く伸び,かつ,正面視奥手方向の屈曲した構成である。

具体的構成態様として,
(ア)断面視正円型の棒状を基本とした階段用手すりの構成であって,
(イ)水平面に対して45度の傾斜角度を有する「傾斜握り部」と水平である「水平握り部」とが大きな曲線(R102)を介して交互に配されてなる波状の態様であって,
(ウ)前記傾斜握り部と水平握り部の長さの構成比率は「1:1」であり,
(エ)これらを構成する角度は「130度」であって,
(オ)手すり本体全体の傾斜角度は略25度であり,
(カ)手すり本体の両端部は水平方向に長く伸び,かつ,正面視奥手方向に屈曲した構成である。
(キ)「傾斜握り部」と「水平握り部」からなるユニットが連続する単位の数は約20である。

(3)本件登録意匠とイ号意匠との類否判断
ア.両意匠の対比
本件登録意匠とイ号意匠(以下「両意匠」という。)を対比すると,意匠に係る物品が共に「階段手すり」であることから,両意匠の意匠に係る物品が一致し,その形態には,主として以下の共通点及び差異点が認められる。

【共通点】
(ア)断面視正円型の棒状を基本とした階段手すりの構成であって,2種類の異なる傾斜角度の「直線状の握り部」を交互に繰り返して形成した構成
(イ)「傾斜握り部」の傾斜角度が45度である点
(ウ)「直線状の握り部」の結合部の角度が鈍角である点

【相違点】
(ア)本件登録意匠は,「傾斜握り部」と10度の傾斜角度を有する「略水平握り部」とからなる構成であるのに対して,イ号意匠は,「傾斜握り部」と水平である「水平握り部」とからなる。
(イ)2種類の握り部の長さの構成比率について,本件登録意匠は「3:2」であるのに対して,イ号意匠は「1:1」である。
(ウ)握り部の結合態様について,本件登録意匠は,140度の角度にて構成され,Rになっていない態様であるのに対して,イ号意匠は,130度の屈曲角度であって,R102(半径102mm)ほどの曲線を介して結合する態様である。
(エ)手すり本体両端部について,本件登録意匠は,下方向に略直角に屈曲した構成であるのに対し,イ号意匠は,水平握り部を有し,かつ,その端部は正面視奥手方向(壁方向)に屈曲した構成であるとの相違点を有する。

イ.両意匠の類否判断
そこで,上記の共通点及び差異点につき,イ号意匠が本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属するか否かの判断に及ぼす影響について以下に検討する。

(ア)本件登録意匠の要部
先行周辺意匠をもとに,本件登録意匠の要部を検討すると,「断面視正円型の棒状を基本とした階段用手すり」との構成は,階段手すりにおいては,ありふれた手法にすぎないことから,本件登録意匠の特徴的な形状とはいえない。
また,「2種類の角度の直線状握り部が繰り返し連続する構成」は,公知資料10の「図2」及び公知資料11の「図3」等に見受けられるように,本件登録意匠の出願前から見られる構成態様である。そして,「握り部の勾配を『水平』とする構成」は,公知資料1及び公知資料6の「第1図」等をはじめとして,階段分野において見受けられる手法である。
さらに,「ユニットのひとつを『強傾斜の握り部』とする構成」は,公知資料5の「第5図」及び公知資料11の「図4」のように,本件登録意匠の出願前から見られる構成である。

本件登録意匠は,「斜め直線状の階段手すり本体」に見慣れた需要者及び取引者等に配慮して,凹凸をあえて目立たせる態様というよりも,むしろ,「斜め直線状の構成が視覚的に強調された構成態様」であるといえる。このことは,手すり太さを1とした場合における,本件登録意匠の凹凸の振り幅は「2.3」であるのに対して,イ号意匠の振り幅は「3.7」であることからも明らかである。
したがって,本件登録意匠の要部は,「短い略水平握り部」と,「長い傾斜握り部」とが屈曲して繰り返し配され,強い傾斜の傾斜握り部を強調してリズミカルに連続して形成された構成体様が,本件登録意匠の要部といえる。

(イ)本件登録意匠とイ号意匠との類否の考察
【共通点の評価】
両意匠において共通する「断面視正円型の棒状の階段手すり」であって,2種類の傾斜角度の「握り部」を交互に繰り返して形成した構成(共通点(ア))は,公知資料7や公知資料11等をはじめとして,本件登録意匠の出願前に見受けられる手法である。
また,「傾斜握り部の傾斜角度が45度である共通点(共通点(イ))」は,階段の寸法を規定する「踏面」と「蹴上」の標準的な構成比率が約1:1であることを想定すれば,必然的に採用せざるを得ない傾斜角度であるといえる。
したがって,かかる態様を本件登録意匠の独自の形態であると言うことはできず,これらの共通点(ア)及び(イ)が,両意匠の類否判断に与える影響は大きいとはいえず微弱なものにとどまるものである。

次に,「握り部の結合部の角度が鈍角である点(共通点(ウ))」について検討すると,その構成は,公知資料5の「第5図」及び公知資料11の「図4」及び【0016】の記載からも,本件登録意匠の出願前から知られている手法であるから,本件登録意匠のみに見られる独創的な形状とはいえない。また,「鈍角」は,90度より大きくて,180度より小さい角度を全て含む広範囲な内容であって,いわゆる概念的な共通点にすぎない。両意匠を具体的に見れば,本件登録意匠は「140度」で,イ号意匠は「130度」と相違する。
また,上記のように,「2種類の直線状握り部の結合部の角度が鈍角である態様」を本件登録意匠の独自の形態であると言うことはできないため,共通点(ウ)が,両意匠の類否判断に与える影響は大きいとはいえない。

上述のように,これら(ア)ないし(ウ)の共通点は,全体としてみても,両意匠の類否判断を決定付けるまでには至らないものである。

【相違点の評価】
次に,相違点について下記において検討する。
a.相違点(ア)及び(イ)
本件登録意匠は,「10度の傾斜角度」を有する「略水平握り部」であるのに対して,イ号意匠は,「水平」である「水平握り部」とからなる相違点を有し(相違点(ア)),また,本件登録意匠は,長さの比率は「3:2」であるのに対して,イ号意匠は「1:1」である相違点を有する(相違点(イ))。

本件登録意匠は,傾斜握り部の長さが長い特徴を有し,水平方向の長さ比も「6:5」と「傾斜握り部」を視覚的に強調した形状であることが認められる。したがって,10度の傾斜の握り部を有する上に,傾斜握り部が1.5倍もの長さの構成であることと相まって,視覚的に「傾斜」が意匠全体を支配し,本件登録意匠の看者は,緩やかな2種類の勾配が繰り返されて強調される「傾斜」を一体的に把握し,全体として,「僅かな凹凸が配されつつ,40度の全体勾配を有する手すり」と把握するものである。

これに対して,イ号意匠は,「水平」の握り部と45度の「傾斜握り部」とからなる構成であって,すなわち,1:1の「同一寸法」の「0度」と「45度の直線」とが繰り返して形成された「幾何学模様的」な美感を発揮する新規な意匠である。

b.相違点(ウ)
2種類の握り部の結合態様について,本件登録意匠は,2種類の直線状の握り部は「140度」の角度にて構成され,Rになっていないのに対して,イ号意匠は2種類の握り部は「130度」の屈曲角度にて構成され,大きな曲率の曲線(R102)を介して結合する態様である,との相違点(相違点(ウ))について検討する。

本件登録意匠における屈曲態様は,機能と結びつく形状であって,限られた寸法内において「短い略水平握り部」を最大限に確保し得るとの,需要者が注目する機能を形状として表出したものである。同時に,出来る限り長い距離の「強い傾斜部」を形成した意匠であることが認められる。よって,本件登録意匠は「短い略水平握り部」と「長い傾斜握り部」を視覚的に強調せしめているものである。

これに対して,イ号意匠は,利用者が階段の昇降に際して手すりの上面に手掌を当ててすべらせながら身体を安定しつつ階段を昇降し得る形状を意図している。そして,長さ比率が1:1であることと相まって,「幾何学的な凹凸の起伏を視覚的に強調」しつつ,意匠全体として「柔らかな美感」を発揮する独創的な形状である。イ号意匠のかかる独創的な形状は,利用者の目に付き易い部位全体に繰り返し施されたものである,この相違点が,両意匠の類否判断に与える影響は非常に大きいといえる。

c.相違点(エ)
手すり本体両端部において,本件登録意匠は,端部を下方向に略直角に屈曲した構成であるのに対し,イ号意匠は,パターンの水平握り部の略7倍の長さからなる水平握り部を有し,かつ,その端部は正面視奥手方向に屈曲した構成であるとの相違点を有する。
仮に,この種分野において,手すりの両端部の形状は,意匠全体に与える影響が大きいとはいえないとしても,本件登録意匠の新規で特徴的な両端部の形状は手すり全体の美観に与える影響は少なくなく,したがって,手すりの両端部に関する相違点は,両意匠の類否判断に与える影響は少なくない。

(4)小括
これらの各相違点を総合してとらえると,各相違点に係る態様が相まって生じる視覚的効果は,意匠全体として見た場合には,上記共通点(ア)ないし(ウ)をしのぎ,需要者に別異の美感を起こさせるものである。すなわち,本件登録意匠は,意匠全体として「傾斜」と「屈曲」をリズミカルに強調した美感を発揮している。これに対して,イ号意匠は,「緩やかで大きな凹凸の起伏」が連続することによって,意匠全体として「柔らかな幾何学模様」のごとき美感を発揮する新規な意匠である。したがって,両意匠が,看者に与える印象が大きく異なるものであることから,これらの相違点が,両意匠の類否判断に与える影響は大きい。
したがって,両意匠は,意匠に係る物品については一致するものであるが,形態においては,両意匠の間には複数の共通点が存在するものの,相違点の印象が共通点の印象を大きく凌駕しており,意匠全体としては看者に異なる美感を起こさせるものであって,両意匠は類似しない。

なお,請求人は,請求書において,本件登録意匠をもって意匠登録第1112232号及び意匠登録第1112778号に対して無効審判請求があり,上記両意匠権を無効とする審決があった旨を述べているが(上記第2の(6)イ.(カ)),かかる無効審判は,対象意匠(意匠登録第1112232号又は意匠登録第1112778号)及び,刊行物に記載された意匠(実用新案登録第3068771号(考案の名称「階段・はしご用てすり」の意匠)の登録実用新案公報に記載された意匠に係る物品「階段・はしご用手摺り」の意匠)がいずれも異なり,本件はこれら無効審判とは全く異なる事案であることから,本件の意匠の類否に何ら影響を与えるものではない。

3.結び
上述のとおり,イ号意匠は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属しないので,答弁の趣旨どおりの判定を求める。

4.証拠方法
(1) 乙第1号証の1 イ号意匠の設置状況及び設置場所を示す図
(2) 乙第1号証の2 イ号意匠の正面図1及び正面図2
(3) 乙第1号証の3 イ号意匠の設置された階段幅を示す図及び手すり太さを示す図
(4) 乙第1号証の4 イ号意匠の背景にあるタイルの寸本を示す図
(5) 乙第2号証 米国特許第4243207号公報(公知資料1)
(6) 乙第3号証 意匠登録第515673号公報 (公知資料2)
(7) 乙第4号証 実開昭58-142227号公報(公知資料3)
(8) 乙第5号証 実開昭63-132030号公報(公知資料4)
(9) 乙第6号証 実開平1-168632号公報 (公知資料5)
(10)乙第7号証 特開平4-47063号公報 (公知資料6)
(11)乙第8号証 特開平4-85441号公報 (公知資料7)
(12)乙第9号証 特開平5-33445号公報 (公知資料8)
(13)乙第10号証 特開平5-272206号公報 (公知資料9)
(14)乙第11号証 特開平7-139116号公報(公知資料10)
(15)乙第12号証 特開平7-269056号公報(公知資料11)
(16)乙第13号証 実用新案登録第3068771号公報

第4 判定請求人による判定請求弁駁書
1.弁駁の趣旨
イ号意匠は,登録第1090371号意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属する,との判定を求める。

2.理由
本件登録意匠とイ号意匠との類似判断において,被請求人は「両意匠の意匠全体の視覚的印象」が重要であることを主張しながら,両者の対比において前提となる意匠の要部となる手すり本体を示す図において,両者の傾斜方向を左右逆に表現して比較し,また,手すりの傾斜角度を両者が異なるように表現して比較している。本件登録意匠は,手すりを所定の角度で設置固定した構成態様に限定されたものではなく,手すり単体であり,当該手すりの製造,販売等を含めた意匠法に規定されている様々な実施行為を含むものである。そして,意匠権者たる請求人は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠を実施する権利を専有する者である。

(1)相違点について
被請求人は,本件登録意匠とイ号意匠との比較において相違点(ア)ないし(エ)が存在する,としているので,以下,それについて反論する。
ア.相違点(ア)の「傾斜角度が異なる」との主張について
本件登録意匠の「水平握り部」とイ号意匠の「水平握り部」との水平に対する被請求人の概念は,手すりを壁に設置した状態の壁との相対的関係において主張しており,当を得ていない。
被請求人は,本件登録意匠の「水平握り部」は,水平に対して10度の傾斜角度を有する「水平に近い握り部」である,としているが,「水平に対して10度の傾斜角度を有する」との主張は,本件登録意匠の「使用状態を示す参考図」に基づくものと推察され,それは前段で主張したように当を得ていない。
「水平握り部」が「水平」か「水平に対して10度の角度」を有するかは,所定の階段に設置した状態を示すもので,階段の種類によって相違が生じるものである。本件登録意匠もイ号意匠も手すり本体のみに着目し,かつ,手すりが本来必要とする機能を考慮して両者を比較するならば,「水平握り部」の設置時における相対的角度のみを両者の意匠の類似判断に持ち込むべきではなく,意匠の要部と判断すべきではないことは当然のことである。凸部と凹部とが交互に出現して折り曲げを繰り返す「傾斜握り部」と「水平握り部」とのなす角度が極めて重要な要部であり,「水平握り部」の水平に対する角度及び「傾斜握り部」の垂直に対する角度のみを主張することは構成態様を一つの実施例に限定して判断しており,当を得ていない。需要者は,手すりが連続をもって波形に形成され,その波形の反転する角度が所定の鈍角によって形成され,かつ,両者が所定の曲率で上下方向に繰り返し形成される長尺部材の独特な形状をもつ手すりであることに強い印象を持つのであり,この点に対して意匠の要部判断が行われるべきである。
そして,被請求人はイ号意匠の「傾斜握り部」と「水平握り部」とのなす波形を形成する屈曲角度を130度であると主張し,かつ,所定曲率をもって連続して形成されていることも認めているのであるから,両意匠における意匠の要部に対して視覚上差異が生じるものではない。
被請求人が主張する相違点(ア)は失当である。

イ.相違点(イ)の「長さの比率が異なる」との主張について
被請求人は,本件登録意匠は「傾斜握り部」と「水平握り部」との長さ比が「3:2」であるのに対し,イ号意匠は「1:1」である点が相違するとしているが,そもそも「握り部」の長さは,上記したように,蹴上げ寸法と踏み面寸法の違いにより様々な傾斜角度が想定される階段の種類に対応できるように構成態様しているものであり,「握り部」の傾斜方向及び水平方向の長さに多少の寸法差が存在したとしても手すり本来の目的,機能から外れる範囲のものではなく,その相違は微弱なものである。かつ,この寸法差は外観上両者を異なるものであるとの印象を与えるものではなく,需要者は,本件登録意匠とイ号意匠とを同じ手すりと判断する。
このことは,壁面に設置された階段手すりに対して,需要者の目の位置は当該手すりから離れた位置である,その位置から手すりを目視することが多く,例えば,下降時には斜め上方向から手すりを見下ろして目視することになり,「傾斜握り部」の寸法は実際の長さより短く見えることになる。
また,本件登録意匠は「傾斜握り部」と「水平握り部」とが8回及び9回繰り返されている長尺部材であり,その長尺手すりの一部分を構成する一単位の1/8の構成要素のみを捉えてその部分の寸法比が「3:2」であると主張しても,需要者は,それらのものが多数回繰り返される一本の波形の長尺手すりとしての印象を持つのであるから,寸法の異なる点が特別顕著な相違に成り得るとはいえず,全体観察からすれば類否の判断に与える影響は微弱である。
なお,被請求人は長さ比を「3:2」としているが,被請求人の提出した判定請求答弁書の第5頁の図の芯部における実寸法は「12.4mm:9mm」であり「2.75:2」の寸法比である。
意匠の物品には必ず所定の機能をもった用途があり,両者の類似判断として,需要者がその機能上,物品を混同する虞があるか否かを判断することも重要なことである。本件登録意匠は,従来存在しなかった所定の鈍角をもって波形に連続的に繰り返される構成態様の手すりとしたことにより,波形を構成する傾斜及び水平での「握り部」を可能とし,その「握り部」の機能は極めて重要な機能であり,その機能を十分に達成できる許容範囲内での寸法上の長短が存在したとしても,需要者は両者を同一又は類似のものとして強い印象を受けるものである。上記一単位を捉えた長さ比の相違が,意匠の類似判断において需要者に両者の手すりが異なる手すりであるとの印象を与えることはなく,類否の判断に与える影響は微弱である。
被請求人が主張する相違点(イ)は失当である。

ウ.相違点(ウ)の「曲率が異なる」との主張について
「傾斜握り部」と「水平握り部」との連結部における屈曲角度となる曲率については先の判定請求書で主張したとおりである。
手すりを目視する目線は,階段の昇降時或いは手すりからの距離により,また,需要者の身長等により異なるものであり,その目線の位置に対応して連結部の曲率は異なって見えるものである。曲率に多少の相違が存在したとしても需要者が両者を異なる手すりであるとの印象を持つことはない。更に,被請求人も主張しているように,曲線を介して結合する構成態様に変わりはなく,この曲率の異なりは,特段顕著な相違とはいえず,類否の判断に与える影響は微弱である。
被請求人が主張する相違点(ウ)は失当である。

エ.相違点(エ)の「手すりの端部の形状が異なる」との主張について
両端部については先の判定請求書で主張したとおりで,イ号意匠も手すりの一端部は通常の手すり対応のとおりに折り曲げられ,他端部は踊場対応の通常の「水平握り部」が連結されているにすぎない。
国土交通省の「手すりのガイドライン」において,「手すりの端部は,壁面側に巻き込むなど端部が突出しない構造とする」とし,また,地方自治体の条例においても,手すりの端部処理を規定している。
さらに,東京都条例等のように「踊場も含めて連続した手すりを設置する」ことが義務付けられており,階段に続いて踊場が存在すれば,踊場は水平なので,乙第1号証の2や乙第1号証の3のように波形の手すりに連続して水平の手すりが設けられるのは当然のことである。
イ号意匠は,階段に設けた本件登録意匠と同一の波形の手すりの他端部に,踊場対応の「水平手すり」を連結しているにすぎず,そのことは,例えば,甲第2号証の4でも明らかである。
手すりの長さは製造工程や運搬手段等により自ずと制限され,階段の長さや踊場の存在により施工現場において手すりを連結して実態に合うように施工するものである。イ号意匠も甲第2号証の4で示すように,現場において手すり相互を連結している。
いずれにしても手すりの端部は,法律で規定されているように,服の袖等が入り込まない等の安全対策上,下方に折り曲げるか,壁側に折り曲げるか,踊場にあっては水平手すりのような別体の手すりに連続するしかなく,このことは周知の事実であり,本件登録意匠もイ号意匠もごく一般的な普通の形状のものが端部に表現されているにすぎない。
本件登録意匠の手すりの端部を下側に向けた形状とイ号意匠の壁側に向けた形状及び踊場の水平手すりと連続させた形状とは,いずれも手すりの一般的な形状を表現した手すりの常套手段にすぎず,公知意匠を示すまでもなく,需要者がこの一般的な端部の形状を目視し他の要部を無視して両者が異なるものであるとの印象を持つことはない。
したがって,この点は本件登録意匠の要部とはいえず,両者においてこの点が特段顕著な相違ではなく,類否の判断に与える影響は微弱である。
被請求人が主張する相違点(エ)は失当である。

(2)共通点について
ア.共通点(ア)の「握り部を交互に繰り返して形成した」点,(イ)の「傾斜握り部の傾斜角度が45度である」点について
共通点(ア)は,公知資料7及び11に記載されている,としているが,いずれにも傾斜部が存在しておらず,したがって,該傾斜部と水平部とを所定の曲率をもって連続形成しているものではない。上記資料から本件登録意匠との共通点を見いだすことはできない。なお,図2に示された第2実施例及び図4に示された第4実施例は連続した手すりではなく,論外のものである。
共通点(イ)において,「踏み面と蹴上げの標準的な構成比率が約1:1である」と主張しているが,前記階段の種類で説明したように,階段においてそのような事実はない。両者の共通点において,傾斜角度を45度とした点が共通しているではなく,「傾斜握り部」と「水平握り部」とのなす角度が略135度前後であることが両者に共通している事実である。

イ.共通点(ウ)の「結合部の構成角度が鈍角である」点について
共通点(ウ)が,公知資料5の第5図,公知資料11の図4及び段落番号【0016】に記載されている,としているが,乙第6号証には,手すりを連続形成する考えはなく,したがって,傾斜握り部と水平握り部とのなす角度が鈍角である点については全く記載がない。そもそも同号証には,長尺となる波形の手すりを意図する概念はなく,手摺子とその上端に斜め上方向に手摺片とが一体とした同一形状の傾斜方向に対して短寸法の手摺を順次立設連結しているものであり,本件登録意匠との共通点を見いだすことはできない。
また,乙第12号証の図4は,連続的な手摺ではなく,更に,段落番号【0016】に記載の「垂直部11bが若干水平側に傾いている」をもって,鈍角を形成していると主張しているが,請求人は単に鈍角を主張しているのではなく,本件登録意匠は「凸部及び凹部の各々の頂部を頂点とした折り曲げ部の角度を同一鈍角として形成し,かつ,その角度は略135度前後とし」と連続した手すりにおける折り曲げ部の角度が略135度前後の鈍角であることが具体的に表現されていることを主張している。また,少なくとも,被請求人自らイ号意匠を「連続した手すりの傾斜部と水平部との角度を130度の鈍角」と主張しているのであるから,連続していない手すりに対して鈍角を主張することに意味はなく,また,その角度も100ないし105度の鈍角をもって本件登録意匠と共通しているとの主張も失当である。

ウ.共通点の考え
本件登録意匠とイ号意匠との類似判断において,両者の共通点として「(ア)断面視正円型の棒状を基本とした階段手すりの構成であって,2種類の異なる傾斜角度の「直線状の握り部」を交互に繰り返して形成した構成,(イ)「傾斜握り部」について,水平方向を基準とした傾斜角度が45度である点(90度+45度で本件登録意匠の約135度前後となる),(ウ)2種類の「直線状の握り部」の結合部の構成角度が鈍角である点」として認めており,かつ,その共通点を斬新なものとして認識しており,それらは意匠の見易い部分でもあり,意匠の創作の主たる対象となる要部であり,その共通点は被請求人が提出した乙各号証の公知資料とは全く異なる独特な形状を有するものである。したがって,基本的な構成態様として被請求人も認めている本件登録意匠の主たる構成態様となる要部が共通としているイ号意匠は,類似であることは被請求人の主張からも明らかなことである。
また,本件登録意匠に係る手すりは,多くの需要者が当該波形の形状そのものに識別力を有し,長期間にわたり継続使用することで,同種の商品等の形状から区別し得る程度に周知となり,需要者が何人かの業務に係る商品等であるかを認識することができるに至ったものであること等の立体商標として成立するための様々な厳格な審査基準を経て,請求人の立体商標として平成27年3月20日に登録(商標登録第5750725号)が認められているもので,被請求人が提出した各号証の証拠が本件登録意匠に対する公知といえる文献でないことの証左となるものである。

(3)結論
判定請求書及び本件弁駁書での主張のとおり,本件登録意匠とイ号意匠との要部は共通しており,かつ,イ号意匠との共通点は公知資料とは全く異なる斬新な意匠であり,被請求人の主張したイ号意匠との相違点については上記したとおり微弱なものであり,上記共通点は微弱な相違点を凌駕するものである。
また,需要者は,手すりの「傾斜握り部」及び「水平握り部」を強く握ることにより階段の昇降を楽に行うことができる機能を有するものであり,本件登録意匠にはその機能を達成するための所定の形状が明確に表現されており,上記機能はイ号意匠も全く同一であり,本件登録意匠とイ号意匠は,本件登録意匠の要部において構成態様を共通にするものであり,被請求人が両意匠の相違点と主張した具体的な構成態様の点は,需要者の注意を引きつける点ではなく,両意匠の共通点を凌駕するものではなく,両意匠は需要者に異なる印象を与えない。
したがって,本件登録意匠とイ号意匠は,全体として需要者の視覚を通じて起こさせる美感を共通にしているということができるから,類似するというべきであり,イ号意匠は本件登録意匠に属するものである。

第5 当審の判断
1.本件登録意匠
本件登録意匠(意匠登録第1090371号の意匠)は,その願書及び願書に添付した図面によれば,意匠に係る物品を「階段手すり」とし,その形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下「形態」という。)は,願書の記載及び願書に添付した図面の記載のとおりとしたものである。(別紙第1参照)
すなわち,その形態は,基本的構成態様として,手すり本体が,(ア)円筒状の細長い棒状のものであって,(イ)当該本体部分をその長手方向に沿って複数か所で凸部と凹部が交互に表れるように折り曲げたものであり,(ウ)凸部と凹部の頂部を頂点とした折り曲げ部の角度を同一鈍角として形成し,(エ)凸部同士の頂部と凹部同士の頂部はそれぞれ等間隔で表れる様にしたものであって,
具体的構成態様として,(オ)凸部頂部から凹部頂部まで(以下「傾斜握り部」という。)を直線状として,その傾斜角度を約55度とし,(カ)凹部頂部から凸部頂部まで(以下「略水平握り部」という。)を直線状として,その傾斜角度を約10度とし,(キ)凸部及び凹部の頂部を頂点とした折り曲げ部の同一鈍角を共に,約135度とし,(ク)傾斜握り部の長さは,全て同一の長さとし,(ケ)略水平握り部の長さは,全て同一の長さとして,(コ)その傾斜握り部と略水平握り部の長さの比率を,約3:2として,(サ)(キ)及び(コ)によって,略「へ」の字状の三角波形状となり,(シ)この三角波形状を1パターンとして,全体でその波状を8パターン繰り返して連続形成したものであって,(ス)手すり本体両端は,略水平握り部としつつ,その端部を下方に向けて垂直方向に折り曲げて,端部折り曲げ部としたものである。

2.イ号意匠
請求人は,被請求人が渋谷駅東口地下広場と地上とを連絡する階段に,平成25年12月に設置した階段手すり,甲第2号証の2ないし8で表すものをイ号意匠とするので,甲第2号証の2ないし8を検証し,その後甲第2号証及びその他を基にイ号意匠を認定する。
甲第2号証の2の,正面図及び平面図は,右側(階段下から上る方向を見上げたときの場合とする。以下同じ。)に設置してある手すりであり,右側面図は,左側に設置してある手すりである。なお,左側面図は,背景(手すり本体以外)が暗すぎて,左右どちらのものかは不明である。
甲第2号証の3は,右側に設置してある上下2か所の手すりのうち,下側に設置してある手すりであり,甲第2号証の4は,右側設置の下側手すり(甲第2号証の3)の中間踊り場から見下ろした,下側半分である。甲第2号証の5は,左側設置の手すりであり,甲第2号証の6は,左側設置の手すりを見下ろしたものである。甲第2号証の7は,右側設置の手すりの,下端水平部の端部を拡大したものである。甲第2号証の8は,左側設置の手すりの一部分拡大図であり,本件登録意匠の,願書添付の正投影図法による図面からすると,背面図に当たるものである。
以上,両当事者(請求人と被請求人のこと。)の主張及び甲第2号証の1の図,並びにその他の書証から,本件登録意匠と対比しうる対象を整理すると,地下と地上(出口16)を結ぶ,途中に4か所の踊り場(水平部)を設けた階段に設けた手すりであるが,当審の判断においては,このうちの階段右側に設けられた一番下に位置する傾斜部及び水平部(一番下の踊り場(地下広場)に対応している部分。甲第2号証の3及び4参照。)をイ号意匠と定める。
ゆえに,イ号意匠は,20パターンからなる傾斜部及び700ミリの水平部から成るものであると認められる。(別紙第2参照)
すなわち,その形態は,基本的構成態様として,手すり本体が,(あ)略円筒状の細長い棒状のものであって,(い)建物の踊り場等に対応する水平部と,階段部分に対応する傾斜した傾斜部を備え,(う)傾斜部における手すり本体部分は,その長手方向に沿って複数か所で凸部と凹部が交互に表れるように折り曲げたものであり,(え)凸部と凹部の頂部を頂点とした折り曲げ部の角度を同一鈍角として形成し,(お)凸部同士の頂部と凹部同士の頂部はそれぞれ等間隔で表れる様にし,
具体的構成態様として,(か)上記(い)でいう水平部の長さを700ミリとし,(き)傾斜握り部の傾斜角度を約45度とし,(く)凹部頂部から凸部頂部まで(以下「水平握り部」という。)の傾斜角度は0度の水平とし,(け)凸部及び凹部の頂部を頂点とした折り曲げ部の同一鈍角を共に,約135度とし,(こ)傾斜握り部及び水平握り部の長さは,共に同一の長さとし,(さ)傾斜握り部と水平握り部は,大きな曲線で結ばれており,(し)凸部及び凹部でなす波状を1パターンとして,全体で20パターン繰り返して連続形成したものであって,(す)水平部の端部は,壁側に曲げた態様としたものである。

3.本件登録意匠とイ号意匠の対比
本件登録意匠とイ号意匠(以下「両意匠」という。)を対比すると,意匠に係る物品については,共に「階段手すり」である。
形態については,主として以下の共通点と相違点が認められる。
(1)共通点
基本的構成態様として,手すり本体が,(A)略円筒状の細長い棒状のものであって,(B)当該本体部分をその長手方向に沿って複数か所で凸部と凹部が交互に表れるように折り曲げたものであり,(C)凸部と凹部の頂部を頂点とした折り曲げ部の角度を同一鈍角として形成し,(D)その鈍角を,約135度としており,(E)凸部同士の頂部と凹部同士の頂部はそれぞれ等間隔で表れる様にしている点において主に共通する。

(2)相違点
基本的構成態様として,(a)本件登録意匠は,階段部分に対応する傾斜した傾斜部のみであるのに対して,イ号意匠は,傾斜部と,踊り場等に対応する水平部を備えている点,
具体的構成態様として,(b)握り部の角度と長さにつき,本件登録意匠は,傾斜握り部の傾斜角度を約55度,略水平握り部の傾斜角度を約10度とし,その長さの比率を約3:2としているのに対して,イ号意匠は,傾斜握り部の傾斜角度を約45度,水平握り部は水平とし,その長さの比率を1:1としており,(c)凸部頂部と凹部頂部の態様につき,本件登録意匠は,曲線を用いていないのに対して,イ号意匠は,大きな曲線としており,その結果,本件登録意匠は,略「へ」の字状の三角波形状としているのに対して,イ号意匠は,略正弦波形状としている点,(d)波状パターンの数につき,本件登録意匠は,8であるのに対して,イ号意匠は,20である点,(e)手すり端部の態様につき,本件登録意匠は,下方に向けて垂直方向に折り曲げているのに対して,イ号意匠は,壁側に曲げている点,に主な相違がある。

4.類否判断
イ号意匠が本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属するか否かについて,すなわち,両意匠が類似するか否かについて,検討する。
意匠に係る物品については,両意匠ともに「階段手すり」で一致している。
形態については,本件登録意匠の出願前に存する公知意匠等を参酌し,新規な態様や需要者の注意を最も引きやすい部分を考慮した上で,共通点と相違点が意匠全体として両意匠の類否判断に及ぼす影響を評価し,検討する。

共通点(A)については,手すり本体が細長い棒状であることは,ごく普通のことであって,その断面形状は各種あることが認められるが,略円筒状とすることもごく普通であるから,この共通性のみをもって両意匠の類否判断を決するものとすることはできず,また,共通点(B)ないし(E)によって,階段手すりが直線状ではなく,繰り返す波状である,という一定程度の共通感を起こさせる態様が認められるとは言え,これらの構成態様を基本とした上で,以下の異なる具体的な構成態様が見受けられ評価できることから,これらの共通性のみをもって両意匠の類否判断を決するものとすることはできない。
これに対して,基本的構成態様に係る相違点である(a)は,傾斜部の手すりに水平部の手すりを一続きとすることは,踊場を一定条件のもとで設けなければならない建築基準法の規定からごく一般的なことであり,傾斜部に水平部を連続形成した点は,意匠の要部とは成り得ず,また,手すりの傾斜部における長さは,階段の長さに応じて適宜選択されるもので,長さをイ号意匠のようにした点も意匠の要部とは成り得ないとしても,形態を全体観察して両意匠の類否を図る意匠の類否判断においては,これらの相違点が,両意匠の類否判断に一定程度の影響を与えると言わざるを得ない。
相違点(b)及び相違点(c)については,本件登録意匠に,直線的で,不等辺三角形の躍動感のある,カクカクとした固いイメージを醸し出させるのに対して,イ号意匠には,1:1の左右対称の,静的で,大きな曲線による柔らかいイメージを醸し出させ,なおかつ,本件登録意匠の,手すりの各部分を意識的に断続的に握り直さなければならないと思わせる形状と,イ号意匠の,連続的に手を滑らせながら移動することができると思わせる形状では,視覚的な印象が大きく異なり,その結果,両意匠の類否判断に与える影響は大きいといえる。
相違点(d)については,倍以上異なることから,それに伴って傾斜部の全長が大きく異なることになり,両意匠の類否判断に一定程度の影響を与えるものといえる。
相違点(e)については,この種の,長尺的な物においては,その端部は要部ともいえる部分であるから,小さくとも一定程度類否判断に与える影響はあると認められる。
よって,形状については,相違点全体は基より,いくつかの相違点のみでも,共通点が生じさせている共通感をしのぎ,見る者に両意匠が別異であるとの印象を与えることから,両意匠の共通点及び相違点を総合的に判断すると,両意匠の意匠に係る物品が共通するものの,形態は類似しないから,イ号意匠は,本件登録意匠に類似するということができない。
なお,被請求人は,答弁書の【共通点の評価】において,「『傾斜握り部の傾斜角度が45度である共通点』は,階段の寸法を規定する『踏面』と『蹴上』の標準的な構成比率が約1:1であることを想定すれば,必然的に採用せざるを得ない傾斜角度」などと主張をするが,イ号意匠を表している甲号証によると,イ号意匠を設置している階段は,少なくとも1:1ではないのが明らかであり,かつ,1パターンについて,傾斜角度が45度の傾斜握り部に,同じ長さの水平握り部があるのであるから,その波形状が20パターン繰り返すイ号意匠は,総合的に約23度の傾斜になるものであるから,被請求人の,この点の主張は採用できない。
また,請求人は,第4の2.の5行目?8行目,第4の2.(1)ア.の9行目?22行目,第4の2.(2)ア.の10及び11行目,及び第4の2.(2)イ.の11行目?15行目において,「連続した手すりにおける繰り返し表れる折り曲げ角度を約135度にすることが極めて重要な要部」という旨の主張をした上で,本件登録意匠の「使用状態を示す参考図」に基づく傾斜角度で設置固定した構成態様のみに限定して意匠の類否を判断すべきものではないなどと主張するが,本件登録意匠を,実施する現場に合わせて傾斜角度を変更して設置したとしても,上記の類否判断を覆すような要因が生じることはなく,結論は変わらないと考えられる。
次に,請求人は,第2の1.(6)イ.(カ)において,「平成20年7月22日,本件登録意匠をもって,別件の意匠登録第1112232号「手摺り」及び意匠登録第1112778号「手摺り」に対し,無効審判請求があり,上記両意匠権を無効とする審決があった」旨を主張するが,被請求人が,答弁書において主張するとおり,この2つの事件は,実用新案登録第3068771号(考案の名称「階段・はしご用てすり」)の登録実用新案公報に記載された意匠に基づくものであり,意匠登録第1112232号及び意匠登録第1112778号の意匠と,本件イ号意匠とは無関係であるから,本件両意匠における類否判断に影響は与えない。
そして,請求人は,第4の2.(2)ウ.において,「本件登録意匠に係る手すりは,立体商標として登録したのであるから,被請求人が提出した各乙号証が本件登録意匠に対する公知といえる文献でないことの証左となるものである」旨主張をするが,権利の客体が異なり,審査の内容が異なる意匠の類否判断に当たっては,何ら影響を与えるものではないから,上記の本件登録意匠とイ号意匠に係る類否判断の結果は変わらない。

5.結び
以上のとおりであるから,イ号意匠は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属しない。

よって,結論のとおり判定する。
別掲
判定日 2015-09-11 
出願番号 意願平11-26215 
審決分類 D 1 2・ 1- ZB (L3)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 本多 誠一
特許庁審判官 橘 崇生
刈間 宏信
登録日 2000-09-08 
登録番号 意匠登録第1090371号(D1090371) 
代理人 伊藤 哲夫 
代理人 村松 由布子 
代理人 杉村 憲司 

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ