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審決分類 審判    L6
管理番号 1310777 
審判番号 無効2014-880011
総通号数 195 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2016-03-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2014-07-18 
確定日 2016-02-04 
意匠に係る物品 パネル取付具 
事件の表示 上記当事者間の登録第1485544号「パネル取付具」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 登録第1485544号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。
理由 第1 事案の概要

本件は,請求人が,被請求人が意匠権者である意匠登録第1485544号(以下,「本件登録意匠」という。)の意匠についての登録を無効とすることを求める事案である。

第2 手続の経緯の概要

本件の意匠登録第1485544号に係る手続の経緯の概要は,以下のとおりである。
平成25年 6月 6日:意匠出願(意願2013-012648号)
平成25年10月21日:登録査定
平成25年11月 1日:登録第1485544号として設定登録
平成25年12月 2日:意匠公報発行
平成26年 7月18日:無効審判請求
平成26年11月 7日:審判事件答弁書
平成27年 4月17日:審判事件弁駁書
平成27年 9月 8日:審理事項通知書
平成27年10月14日:口頭審理陳述要領書(請求人)
平成27年10月14日:口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成27年10月28日:口頭審理

第3 請求人の主張の概要

請求人は,平成26年7月18日付け審判請求書を提出し,結論同旨の審決を求めると申し立て,その理由として要旨以下のように主張するとともに,証拠方法として甲第1号証から甲第18号証を提出している。

1 審判請求書
(1)意匠登録無効理由の要点
本件登録意匠は,意匠登録出願前に日本国内において公然知られた意匠と同一又は実質同一の意匠であって,意匠法第3条第1項第1号又は第3号に該当し,意匠登録を受けることができない意匠であるにもかかわらず意匠登録を受けたものであるから,意匠法第48条第1項第1号により,無効とすべきである。

(2)本件登録意匠の説明
本件登録意匠は,本件登録意匠の意匠公報(甲第1号証,別紙第1参照)に記載のとおり,意匠に係る物品を「パネル取付具」とするものである。
当該物品は,サービスステーションの建屋外観を構成する外装部材であり,具体的には,ガソリンや灯油等を販売するサービスステーションにおいて,「キャノピー」と呼ばれる建屋の外装パネルを壁面に取り付けるために,キャノピーと壁面の間に設置されるパネル取付具である(甲第3号証)。特に,本件登録意匠に係る物品は,壁面の角部(コーナー)に取り付けるパネルを,壁面に取り付けるために用いられる部材である(以下,本件登録意匠に係る物品を「本件コーナー裏材」という。)。

(3)本件登録意匠を無効とすべき理由
本件登録意匠と同一又は実質同一といえるほどに酷似した意匠は,本件登録意匠の出願前から,サービスステーションにおける,キャノピーの設置工事に際して,不特定かつ多数の者又は工事に立ち会った秘密保持義務を課せられていない第三者によって観覧されていた。
したがって,本件登録意匠は,本件登録意匠の出願前に公然と知られた意匠である。
以下,新規性の喪失につき詳述する。

ア 公然実施(キャノピーの設置工事)
(ア)東京都八王子市みなみ野
請求人昭和シェル石油株式会社(以下,「請求人昭和シェル」という。)は,東京都八王子市みなみ野2-2に所在するサービスステーション(以下,「八王子みなみ野SS」という。)において,新しい外装部材を試験的に設置することとした。このような試験的な設置を行う目的は,新たな外装部材を設置したサービスステーションの外観を実際に確認することにあった。このため,外装部材のうち,サービスステーションの外観に影響を与えない部材については,実際の外観を改めて確認する必要がないため,試験的設置が行われる段階において,仕様が既に確定していた。この点,本件コーナー裏材は,パネルの取付具であって,サービスステーションの外観に影響を与えるものではないため,八王子みなみ野SSにおいて,試験的に新しい外装部材の設置工事が行われた段階で,既にその仕様は確定していた。
八王子みなみ野SSでの新しい外装部材の設置工事は,東亜レジン株式会社によって,平成23年11月21日から同年12月2日にかけて行われた(甲第7号証)。このうち,キャノピーの設置工事は同年11月29日から同年12月2日の間に実施された(甲第8号証)。
この新しいキャノピーの設置工事は日中に行われた。もっとも,工事中であっても,八王子みなみ野SSの営業は中止されることはなく,利用客は同サービスステーションに給油に訪れることができた。また,八王子みなみ野SSは,八王子みなみ野駅付近の大通りに面しており(甲第9号証),工事中も車や人の往来が頻繁にあった。工事に際しては,外装部材に覆いを被せるなどの秘密性を維持する措置は特に採られることなく,また,請求人昭和シェルも施工業者に対してそのような指示を出したことはなかった。したがって,八王子みなみ野SSの利用者,隣接する大通りを通過する自動車の運転者,通行人等が誰でも工事内容を観覧することができる状況にあった(甲第5号証)。
(イ)東京都武蔵野市八幡町
また,平成24年2月16日には,東京都武蔵野市八幡町1-6-14所在の「せるふ武蔵野サービスステーション」(以下,「せるふ武蔵野SS」という。)でも,八王子みなみ野SSと同様に,試験的に新たなキャノピーの設置工事が行われた。せるふ武蔵野SSでのキャノピー設置工事も,八王子みなみ野SSと同様の手順で,日中に行われており,工事中であっても,営業は中止されることはなかった。せるふ武蔵野SSも大通りに面しており,工事中も車や人の往来が頻繁にあり(甲第10号証),工事に際しては,外装部材に覆いを被せるなどの秘密性を維持する措置は特に採られることはなかった。したがって,せるふ武蔵野SSにおいても,その利用者や隣接する大通りを通過する自動車の運転者や通行人が誰でも工事内容を観覧することができる状況にあった。
これに加え,せるふ武蔵野SSの設置工事では,株式会社Kプランニングの営業部長であった馬場清志氏(以下,「馬場氏」という。)とダイトーアドバタイジングサービスの大戸茂氏(以下,「大戸氏」という。)が,視察に訪れていた。馬場氏は,株式会社Kプランニングが今後,請求人昭和シェルからキャノピーの設置工事を受注する可能性があったことから視察に訪れたものであり,大戸氏は看板の取付作業等についての技術的アドバイスを馬場氏から求められたため参加したものであった。当時,株式会社Kプランニングは請求人や被請求人と秘密保持契約を締結してはいなかったし(甲第11号証),ダイトーアドバタイジングサービスの大戸氏も請求人や被請求人と秘密保持契約を締結してはいなかった(甲第12号証)。
(ウ)広島県東広島市西条町及び広島県廿日市市
さらに,平成24年9月3日から同年12月15日までの間に広島県東広島市西条町所在の「セルフ西条インターサービスステーション」(以下,「セルフ西条SS」という。)で行われたキャノピーの設置工事と,平成24年9月5日から同年9月17日までの間に広島県廿日市市の「廿日市インターサービスステーション」(以下,「廿日市SS」という。)で行われたキャノピーの設置工事においても,工事は日中に行われ,隣接する大通りを通過する自動車の運転者や通行人,サービスステーションの利用者が視認できる状態で行われていた。また,施工工事を請け負った株式会社プログレスコーポレーションは,工事内容に関する秘密保持契約は誰とも締結していなかった(甲第13号証)。
(エ)小括
このように,八王子みなみ野SS,せるふ武蔵野SS,セルフ西条SS及び廿日市SSにおけるキャノピーの設置工事は,いずれも,日中にサービスステーションの営業を中止することも,第三者の観覧を防止する措置をすることもなく,実施されていたものである。他のサービスステーションにおけるキャノピーの設置工事においても,この点は同様であった(甲第5号証)。また,せるふ武蔵野SS,セルフ西条SS及び廿日市SSでは,秘密保持義務を負わない第三者が工事に立ち会っているが,他のサービスステーションにおけるキャノピーの設置工事においても,請求人昭和シェルは,施工業者や工事を見学にきた関連業者との間で,都度工事内容に関する秘密保持契約を締結したことはなく,また,工事内容についての秘密保持を求めたこともなかった(甲第5号証)。
したがって,本件コーナー裏材の設置を含む新たなキャノピーの設置工事は,一般公衆が観覧できる状態で行われていたものであり,秘密保持義務を負わない第三者が立ち会っていた場合もあって,公然と行われていたものであるといえる。

公然知られた意匠
公然知られた意匠」(意匠法第3条第1項第1号)とは,特許庁の意匠審査基準では「不特定の者に秘密でないものとして現実にその内容が知られた意匠をいう」とされている(甲第14号証)。すなわち,意匠が公衆の面前で実施されており不特定又は多数の者によって観覧されている場合や,秘密保持義務を負わない第三者によって観覧される場合には,「公然知られた意匠」であるというべきである。
この点,審決例においても,モデルルームにおいて登録意匠とほぼ同一の意匠の商品が展示されていた場合に新規性の喪失を認めた事案がある(無効2002-35118号事件審決。甲第15号証)。また,不特定人から見えないようにするための特別な措置が採られていない工事現場において特許製品が使用されていたことをもって,特許の新規性を否定したものや(大阪地方裁判所判決平成13年1月30日。甲第16号証),公道での工事で一般公衆の視界を遮るものがなく一般公衆が見ようとすれば見うる状態にあり,工事の立会人は守秘義務を負っていなかった状況下において特許の公然実施を認めたものも存在する(無効2004-80109号事件審決。甲第17号証)。後者の事案は特許権に関するものであるが,外観で判断されることから公然実施をすれば全て直ちに公知となる意匠については(甲第18号証),特許権において公然実施されたことが認められるような状況は,当然に公知性が認められるべきところといえる。
八王子みなみ野SS,せるふ武蔵野SS,セルフ西条SS及び廿日市SSでのキャノピー設置工事に際しては,公道の大通りに面した場所で,隣接する大通りを通過する自動車の運転者や通行人,サービスステーションの利用者が視認できる状態で施工がされ,さらに,せるふ武蔵野SS,セルフ西条SS及び廿日市SSでの工事については秘密保持義務を負わない第三者が立ち会っていた。したがって,かかる状況下で行われた工事によって設置された本件コーナー裏材の意匠は,不特定の者に秘密でないものとして現実にその内容が知られた意匠であって,「公然と知られた意匠」であるといえる(以下,係る工事によって公知になった本件コーナー裏材の意匠を「本件公知意匠」という。)。

ウ 本件公知意匠が本件登録意匠の出願前に公知となったものであること
本件登録意匠の出願は,平成25年6月6日に行われており,上記アの(ア)ないし(ウ)のキャノピー設置工事は,いずれも本件登録意匠の出願に先立つ日に実施されている。
したがって,本件公知意匠は,本件登録意匠の出願前に,公然と知られるに至ったものである。

エ 本件登録意匠と本件公知意匠が同一又は実質同一であること
本件登録意匠と本件公知意匠のそれぞれに係る物品は,外装パネルを壁面に取り付けるためのパネル取付具(本件コーナー裏材)であって共通する。
また,本件登録意匠と本件公知意匠とはその基本的構成態様及び具体的構成態様においても同一または実質同一といえるほどに酷似しているが,本件意匠登録は,被請求人が,本件コーナー裏材をシェルブランドのサービスステーションに納入する立場を利用して,既に公知であった意匠を冒認的に登録したものである。この経緯からすれば,本件登録意匠と本件公知意匠とが,その基本的構成態様及び具体的構成態様においても共通することは当然といえる。
したがって,本件登録意匠と本件公知意匠は同一又は実質同一の意匠である。

オ 小括
以上より,本件登録意匠は,意匠登録出願前に公然知られるに至った意匠と同一又は類似の意匠であって,新規性を喪失している。

(4)むすび
よって,本件登録意匠は,意匠登録出願前に公然知られるに至った意匠と同一又は実質同一の意匠であって,意匠法第3条第1項第1号又は第3号に該当し,意匠登録を受けることができない意匠であるにもかかわらず意匠登録を受けたものであるから,意匠法第48条第1項第1号により,無効とすべきである。

(5)証拠方法
1)甲第1号証 意匠公報(本件登録意匠:登録第1485544号)の写し
2)甲第2号証 意匠原簿(本件登録意匠:登録第1485544号)の写し
3)甲第3号証 キャノピーの取付資料
4)甲第4号証の1 意匠公報(被請求人が有する意匠:登録第1485542号)の写し
5)甲第4号証の2 意匠公報(被請求人が有する意匠:登録第1485543号)の写し
6)甲第4号証の3 意匠公報(被請求人が有する意匠:登録第1485736号)の写し
7)甲第5号証 陳述書(尾上 謙介氏)
8)甲第6号証 シェルグループの外装部材の新たな国際標準仕様(RVIe)(抜粋)の写し
9)甲第7号証 八王子みなみ野SSの工程表の写し
10)甲第8号証の1 八王子みなみ野SSの工事日報の写し
11)甲第8号証の2 八王子みなみ野SSの工事日報の写し
12)甲第8号証の3 八王子みなみ野SSの工事日報の写し
13)甲第8号証の4 八王子みなみ野SSの工事日報の写し
14)甲第9号証 八王子みなみ野SS周辺写真及び地図の写し
15)甲第10号証 せるふ武蔵野SS周辺写真及び地図の写し
16)甲第11号証 陳述書(馬場 清志氏)
17)甲第12号証 陳述書(大戸 茂氏)
18)甲第13号証 陳述書(勝部 昌夫氏)
19)甲第14号証 意匠審査基準18頁及び19頁の写し
20)甲第15号証 無効審決(無効2002-35118号事件)の写し
21)甲第16号証 審決取消訴訟判決(大阪地裁判決平成13年1月30日)の写し
22)甲第17号証 無効審決(無効2004-80109号事件審決)の写し
23)甲第18号証 工業所有権法逐条解説(第19版)1072頁?1074頁の写し

2 審判事件弁駁書
また,請求人は,本件無効審判事件に関し被請求人より提出された平成26年11月7日付け審判事件答弁書における被請求人の主張に対して,平成27年4月17日付け審判事件弁駁書を提出し,要旨以下のとおり弁駁するとともに,証拠方法として甲第19号証から甲第25号証までの証拠を提出している。

(1)はじめに
請求人の主張の概要は,本件登録意匠は本件コーナー裏材と実質同一の意匠であるところ,本件コーナー裏材は,本件登録意匠の出願前に,八王子みなみ野SS,せるふ武蔵野SS,セルフ西条SS及び廿日市SSにて実施された本件コーナー裏材の設置工事において,不特定の者に観覧され,「公然知られた意匠」となっていた。具体的には,以下の二点において,本件登録意匠が「公然知られた意匠」であったことを主張するものである。
A 株式会社Kプランニングの馬場氏とダイトーアドバタイジングサービスの大戸氏は,本件登録意匠の内容について秘密保持を負わずに,せるふ武蔵野SSの本件コーナー裏材の設置工事の現場を視察に訪れ,本件コーナー裏材を観覧していた。また,セルフ西条SSと廿日市SSで行われた工事を請け負った株式会社プログレスコーポレーションの者も,本件登録意匠の内容について,秘密保持義務を負わずに,作業に際して本件コーナー裏材を観覧している。
B 八王子みなみ野SS,せるふ武蔵野SS,セルフ西条SS及び廿日市SSにおいても,これらサービスステーションの利用者や近隣通行者によって本件コーナー裏材は観覧されていた。
よって,本件登録意匠は不特定人に観覧されており,意匠法第3条第1項第1号の「公然知られた意匠」に該当し,意匠法第48条第1項第1号により無効とされるべきである。
これに対して,被請求人は,以下の事実については積極的に争ってはいない。
・本件登録意匠と本件コーナー裏材の意匠は同一又は実質同一である。
・株式会社Kプランニングの馬場氏やダイトーアドバタイジングサービスの大戸氏,株式会社プログレスコーポレーションの作業員(以下,これらの者を総称する際には「本件工事視察者等」という。)が本件コーナー裏材を観覧した。
・八王子みなみ野SS,せるふ武蔵野SS,セルフ西条SS及び廿日市SSの利用者や近隣通行者(以下,これらの者を総称する際には「本件サービスステーション利用者等」という。)が本件コーナー裏材の意匠の内容を知りうる状態にあった。

一方で,被請求人は,本件コーナー裏材は公然知られた意匠ではないと主張するが,上記A及びBの請求人の主張に対する被請求人の反論の骨子は以下のとおりである。
a 本件工事視察者等は「本件登録意匠と特殊な関係にある者」であるし,秘密保持義務を負っているのだから,「公然知られた」の判断の対象となる不特定人に含まれない。
b 本件登録意匠を「公然知られた意匠」というためには,現実に本件登録意匠の内容が不特定人に現実に知られる必要があるが,その意味では本件サービスステーション利用者等のうち本件コーナー裏材を観覧したといえる者は皆無である。また,仮にいたとしても「偶然的な事情を利用した者」に過ぎないから,これらの者は「公然知られた」の判断の対象となる不特定人に含まれない。
しかしながら,被請求人の主張は,事実を自らの都合のよいように解釈し,さらに,意匠の公知性に関連する裁判例や審決例において使用されている「本件登録意匠と特殊な関係」や「偶然的な事情」という単語を自らに都合よく曲解したものであって,いずれも理由がない。
そこで,以下においては,上記A(本件工事視察者等による観覧)に関する争点と,上記B(本件サービスステーション利用者等による観覧)に関する争点について,反論する。

(2)本件工事視察者等による観覧
ア 請求人の主張
平成24年2月16日のせるふ武蔵野SSにおけるキャノピー設置工事において,株式会社Kプランニングの営業部長であった馬場氏とダイトーアドバタイジングサービスの大戸氏が視察に訪れ,本件コーナー裏材を観覧した。馬場氏と大戸氏は,特段の秘密保持義務を負っていなかった(甲第11号証,甲第12号証)。
また,平成24年9月3日から同年12月15日までに行われたセルフ西条SSでのキャノピー設置工事及び平成24年9月5日から同年9月17日までに廿日市SSで行われたキャノピー設置工事において,工事を請け負った株式会社プログレスコーポレーションの作業者も本件コーナー裏材を観覧した。同社は請求人と秘密保持契約を締結していなかった(甲第13号証)。
このように,本件工事視察者等によって,本件コーナー裏材の意匠は現実にその内容が知られていたものであり,かつ,本件工事視察者等はいずれも秘密保持義務を負っていなかった。よって,本件コーナー裏材の意匠と同一又は実質同一の本件登録意匠は,本件登録意匠の出願前において,不特定人に秘密ではないものとして現実にその内容が知られており,「公然知られた意匠」に該当していた。

イ 被請求人の主張
被請求人は,本件工事視察者等が視察又は工事施工に際して,本件コーナー裏材を観覧した事実は積極的には争っていない。
一方,被請求人は,本件工事視察者等は本件登録意匠と「特殊な関係にある者」である又は秘密保持義務を負っているから,本件工事視察者等は本件において「公然知られた意匠」の判断基準となる不特定人に該当しないと主張する。
しかし,「本件登録意匠と特殊な関係にある者」にあるとの主張は,裁判例を自らに都合よく拡張解釈するものであるし,秘密保持義務を負っていたという主張には何ら根拠がない。そこでこの点につき以下,詳述する。

ウ 本件登録意匠と特殊な関係にある者
被請求人の主張は,東京高裁昭和54年4月23日判決が「不特定人という以上,その意匠と特殊な関係にある者やごく偶然的な事情を利用した者だけが知っているだけでは,いまだ公然知られた状態にあるとはいえない」(乙第4号証)とする点を根拠とするものである。しかし,以下のとおり,被請求人の主張は同裁判例の判示部分の一部を拡張的に解釈するものである。
同裁判例における被告は,「意匠権の設定登録があったときは,何人もその意匠について意匠登録原簿,出願書類等を閲覧できること」を根拠として,かかる状態におかれた意匠が「公然知られた意匠」に該当すると主張した。これに対して,裁判所は,意匠公報発行前に第三者が一般的に登録番号を知るすべはなく,第三者が「何らかの方法によつて登録意匠の登録番号を知り,それをたどつてその出願書類の添付図面を了知することがありうるとしても」そのような偶然的例外的場合をもって,その意匠が不特定人に公然知られた状態にあるものとは到底いうことができないとした。
さらに,被告は「意匠権の設定登録後は特許庁職員についてその意匠に関する守秘義務が解かれること」を理由に同職員も不特定者に含まれると主張したが,裁判所は「そもそも,同職員は,意匠法その他の法規に定められた職務の遂行として,登録出願された意匠に関与するものであるから,その意匠が設定登録されると否とを問わず,意匠の公知性を検知すべき基準たる一般第三者の範ちゆうには含まれないものと解すべき」とした。
被請求人が引用する「不特定人という以上,その意匠と特殊な関係にある者やごく偶然的な事情を利用した者だけが知っているだけでは,いまだ公然知られた状態にあるとはいえない」という部分は,上記の事実関係において公知性が否定されるべきではないとの判断を示すための規範部分である。
そうすると,東京高裁昭和54年4月23日判決でいうところの「意匠と特殊な関係にある者やごく偶然的な事情を利用した者」とは,一般には知りえない登録番号を偶々了知した者や意匠登録に業務上関与する特許庁職員のような極めて限定された特殊な関係の者が想定されているのである。
なお,東京高裁昭和54年5月30日判決(甲第19号証)でも,「不特定人という以上,その意匠と特殊な関係にある者やごく偶然的な事情を利用した者だけが知っているだけでは,いまだ公然知られた状態にあるとはいえない」という部分について,東京高裁昭和54年4月23日判決を引用しつつ,意匠権の設定登録があっても,それによって直ちに意匠が現実に一般第三者に知られるものではないとの判断を示している。
被請求人の主張に従えば,本件登録意匠に何らかの業務上の関係があった者はすべて「特殊な関係にある者」に該当し得ることになってしまうが,本件において,馬場氏や大戸氏は,請求人昭和シェルの納品業者や工事施工業者になる可能性があった会社の社員という程度の関係性であるし,株式会社プログレスコーポレーションも単なる下請の工事施工業者に過ぎない。このような本件工事視察者等と本件登録意匠との関係は,東京高裁昭和54年5月30日判決が「意匠と特殊な関係にある者」として想定した一般には知りえない登録番号を偶々了知した者や意匠登録に業務上関与する特許庁職員という関係の特殊性とは明らかに程度が異なっている。
したがって,被請求人の主張は,同裁判例の判示部分を恣意的に拡張解釈するものであって,「公然知られた」の意義を不当に狭く解する暴論といわざるを得ない。
さらにいえば,被請求人は,本件サービスステーション利用者等のように本件登録意匠とは何ら業務上の関係がない者は「偶然的な事情を利用した者」に該当すると主張するが,そうすると,本件登録意匠と業務上の関係があれば「特殊な関係にある者」に該当し,逆に関係がなければ「偶然的な事情を利用した者」に該当することとなり,公知性の判断の基準となる者がいなくなってしまう。被請求人の主張は,このような自己矛盾を内包しているのである。

エ 秘密保持義務について
被請求人は,請求人昭和シェルと被請求人との間の「資材購入基本契約書」に定められた秘密保持義務を根拠に,「契約の性質上黙示的に,又は信義則上」,本件工事視察者等に秘密保持義務が生じると主張する。
しかしながら,まず,馬場氏や大戸氏が,せるふ武蔵野SSにおいて本件コーナー裏材を観覧した時点において,請求人昭和シェルは,馬場氏が属する株式会社Kプランニングとも,大戸氏が属するダイトーアドバタイジングサービスとも,秘密保持契約を締結してはいなかった。また,セルフ西条SSと廿日市SSで行われたキャノピーの施工工事を請け負った株式会社プログレスコーポレーションも,工事内容に関する秘密保持契約は誰とも締結していなかった(甲第13号証)。したがって,本件工事視察者等については,本件登録意匠の内容に関して,秘密保持契約等の明文に基づく秘密保持義務は存在しない。
一方,本件の事情を鑑みれば,黙示の秘密保持義務や信義則に基づく秘密保持義務も生じえない。裁判例では,社会通念上又は商慣習上,秘密扱いにすることが暗黙のうちに求められ,かつこれが期待される場合には秘密保持義務が生じうると解されている(東京高裁平成12年12月25日判決,甲第20号証)。しかし,本件において,請求人昭和シェルとして,本件工事視察者等に対して本件コーナー裏材を秘密として保持してもらおうという意図は皆無であった。本件コーナー裏材の設置工事は,遮蔽措置等により本件コーナー裏材の意匠の内容を秘密にするための措置を特に設けるでもなく白昼に実施されており,本件工事視察者等に対して本件コーナー裏材の意匠の内容を秘密として保持すべきことが,社会通念上又は商慣習上秘密扱いにすることが暗黙のうちに求められ,かつこれが期待されるような状況にはなかった。
これに対して,被請求人は,請求人昭和シェルと被請求人との間の「資材購入基本契約書」に定められた秘密保持義務を根拠に,本件工事視察者等には,「契約の性質上黙示的に,又は信義則上」,秘密保持義務が生じると主張する。しかし,本件工事視察者等は,請求人昭和シェルの従業員ではなく,「資材購入基本契約書」に拘束されるものではないし,同契約書に記載された秘密保持義務の内容を認識してすらいなかった。契約の法的拘束力は当事者間にのみ及ぶのが民法の大原則であって,請求人昭和シェルと被請求人の間の「資材購入基本契約書」に秘密保持義務が定められていたからといって,本件工事視察者等に同内容の秘密保持義務が生じることにはならない。
この点に関し,審決例では,工事現場の納入業者であっても,明示の秘密保持義務が課されていなければ不特定の者になるとの判断を示したものがある(無効2005-80086号事件審決(甲第21号証),平成10年審判第35482号(甲第22号証))。同審決例の考え方からしても,本件において,本件工事視察者等が秘密保持義務を負っていたことは認められない。
よって,本件工事視察者等は,せるふ武蔵野SSにおいて本件コーナー裏材を観覧した際に,本件コーナー裏材の意匠について,秘密保持義務を負ってはいなかった。

オ 小括
以上のとおり,本件コーナー裏材の意匠を,その設置工事に際して観覧していた本件工事視察者等は,「特殊な関係にある者」ではなく,また,本件コーナー裏材の意匠について秘密保持義務を負う者でもないため,「公然知られた」の判断の基準となる不特定人であるといえる。よって,本件工事視察者等による本件コーナー裏材の観覧により,本件登録意匠は「公然知られた意匠」となったものである。

(3)本件サービスステーション利用者等による観覧
ア 請求人の主張と被請求人の反論
請求人の主張は,八王子みなみ野SS,せるふ武蔵野SS,セルフ西条SS及び廿日市SSで行われた本件コーナー裏材を含む外装部材の設置工事によって,本件サービスステーション利用者等は,本件コーナー裏材を観覧したものであるから,本件コーナー裏材と同一の本件登録意匠は「公然知られた意匠」であったというものである。
この点,被請求人は,各サービスステーションにおける本件コーナー裏材の設置工事に際して,本件サービスステーション利用者等が,本件コーナー裏材を観覧し得る状況にあったことについては争っていない。
一方で,被請求人は,「公然知られた」事実が認定されるためには,意匠の内容が不特定人に現実に知られた事実の立証が必要であり,公然と知られうべき状況になっただけでは「公然知られた」とはいえない,とする。その上で,本件において,本件登録意匠を現実に閲覧した本件サービスステーション利用者等は皆無であったと主張し,また,仮にいたとしてもそのような者は「偶然的な事情を利用した者」であって,「公然知られた」の判断の対象となる不特定人には該当しない,と主張する。さらに,請求人が引用した裁判例や審決例については事案が異なり参考とならないと反論する。
しかしながら,被請求人の主張は「公然知られた意匠」の解釈を誤るものであり,また本件の事実関係を無視して自己に都合のよい主張をしているに過ぎない。以下詳述する。

イ 「公然知られた」の意義
(ア)「公然知られた意匠」
公然知られた意匠」とは,不特定の者に秘密ではないものとして現実にその内容が知られた意匠であることについては,請求人と被請求人の間に争いはない。
一方,「公然知られた」の立証に際しては,意匠の内容を不特定が現実に観覧した事実が立証されれば「公然知られた」事実が認定されることはもちろんであるが,そのような直接的な立証がない場合であっても,意匠が公然と知られうべき状態が立証されれば,「公然知られた」事実が推認されるべきである。
このような考え方は,裁判例及び審決例の考え方に沿ったものである。例えば,東京地裁昭和48年9月17日判決(乙第3号証)も,以下のように判示し,意匠が公然と知られうべき状態になれば,公然知られた事実が推認できるとした。
「『公然知られた』の意味は,単に公然と知られうべき状態になっただけでは足りず,公然知られたことを要するものと解すべきである。もっとも,証拠上,公然と知られうべき状態になったことが立証されれば,特に反証のないかぎり通常は公然知られたという事実を推認することができるであろうが,それはあくまでも立証上の問題であって公然知られたという意味の解釈の問題ではない。」
さらには,東京高裁昭和61年8月15日判決(甲第23号証)では,特段の関心もない通行人が対象物品を「窓越しに見ることができる」状態において,「公然知られた」事実が認定されており,現実に個別の通行人に観覧された事実の立証までは求められていない。
学説上も,この点は立証の問題であり,知りうる状態にあれば公然知られた事実が推定できるとされている。
すなわち,吉藤幸朔著・熊谷健一補訂『特許法概説(第11版)』76頁(甲第24号証)には,以下のような記載がある。
公然知られたというためには,その字句どおりに,公然知られることを必要とするか又は公然知られうる状態にあれば足りると解するか,2つの説があるが,前者の説が妥当であると解する。公然知られうる状態と解するときは,文理解釈上,29条1項3号が1号と重複した規定となるからである。もっとも,証拠上公然知られうる状態にあることが立証されれば,特に反証の無い限り,公然知られたものと推定することができ,しかも,この推定を,くつがえすことは,一般に困難であるので,実際問題としては,公然知られうる状態にあれば,ほとんどの場合公然知られたと解して差し支えないということができる。」
また,中山信弘著「工業所有権法(上)第二版増補版」121頁(甲第25号証)には,以下のような記載がある。
「公知であるためには現に知られている必要があるのか,あるいは知られうる状態にあればよいのか,という点につき学説や判例は一致していない。確かに文理解釈からすれば,知られうる状態で公知とすると,二号や三号との整合性が問題となる。しかし,現実問題としては,第三者が知ったということを証明することは困難な場合も多く,ある程度の知られうる状態をもって公知とせざるをえないであろう。」
(イ)被請求人の主張とこれに対する反論
これに対し,被請求人は,「公然知られた」事実が認定されるためには,意匠の内容が不特定人に現実に知られた事実の立証が必要であると主張し,その根拠として,東京地裁昭和48年9月17日判決を挙げる。しかしながら,これは「公然知られた」の意義と,「公然知られた」事実の立証上の問題を混同するものである。
確かに,東京地裁昭和48年9月17日判決は,「公然知られた」の意味について公然知られたことを要するものと解すべきと判示するが,加えて「証拠上,公然と知られうべき状態になったことが立証されれば,特に反証のないかぎり通常は公然知られたという事実を推認することができるであろう」としている。
つまり,東京地裁昭和48年9月17日判決は,「公然知られた」という事実の立証に関しては,公然と知られうべき状態の立証で足りるとした裁判例であって,むしろ請求人の主張に沿ったものである。
(ウ)小括
よって,「公然知られた意匠」とは,不特定の者に秘密でないものとして現実にその内容が知られた意匠を意味するものの,意匠が公然と知られうべき状態が立証されれば,特に反証がない限り,「公然知られた」ことが推認されるべきであるとするのが,裁判例や学説の一般的な考え方である。したがって,意匠の内容が不特定人に現実に知られた事実の立証まで要するとする被請求人の主張は,「公然知られた」という事実の立証に関する主要な学説や裁判例の考え方に反する独自の見解である。

ウ 現実に観覧した者が皆無であるとの主張
上記のとおり,意匠が公然と知られうべき状態が立証されれば,特段の反証がない限り,「公然知られた意匠」である事実が推認されるべきであり,被請求人も,本件登録意匠が本件サービスステーション利用者等に観覧されうべき状態にあったことは積極的に争っていないことからすれば,本件において,本件登録意匠が「公然知られた意匠」であったことは明らかである。
もっとも,被請求人は,本件登録意匠が施されたパネル取付具は,サービスステーション周辺の道路面からは少なくとも数メートル高い場所に設置されていることから,本件コーナー部材を視認するためには相当な角度で見上げる必要があり,また距離があるため細部を確認することはほぼ不可能であること,さらに,本件コーナー部材を含む外装部材は特段の価値があるものとして観覧する必要がなく,本意匠を閲覧する目的をもって不特定の者が訪れたという状況もないため,本件登録意匠を現実に閲覧したものは皆無であったと主張する。かかる主張が,本件登録意匠が「公然知られた意匠」ではないことの反証としてされたものであるかは明らかではないものの,念のため,以下このような主張に何ら根拠がないことにつき,反論する。
まず,本件サービスステーション利用者等において,本件コーナー裏材の意匠に特段の価値を見出す者がいたかどうか,また,本意匠を閲覧する目的をもってサービスステーションを訪れたかどうかは,本件コーナー裏材が観覧されうる状況にあったか否かとは無関係であるし,仮にかかる事実があったとしても,本件登録意匠を現実に閲覧した者が皆無であったといってもよいとの主張には明らかな飛躍がある。
また,本件コーナー裏材を含むキャノピー設置工事の施工状況からしても,本件サービスステーション利用者等が本件登録意匠を現実に閲覧した者が皆無であるとはいえない。以下,キャノピー設置工事の状況について,改めて整理する。
(ア)設置工事の施工状況
各サービスステーションは公道に面しており,設置工事は,白昼に各サービスステーションの営業を中断することなく行われており,本件コーナー裏材に対する遮蔽措置は一切採られていなかった(甲第5号証,甲第11号証,甲第12号証)。
(イ)現場の視認状況
本件コーナー裏材は,縦幅及び横幅がそれぞれ約1メートルの大きな部材であり,サービスステーションの建屋に外向きに連続して設置されていた。また,本件コーナー裏材の設置場所は地上から約6,7メートル程度であり,見上げれば本件コーナー裏材は容易に全体が明瞭に視認できる。
この点,被請求人は,本件コーナー裏材を視認するためには,かなりの角度で見上げる必要があり,そのデザインの細部については明瞭に視認できないと主張する。確かに,設置場所の真下から見上げた場合には被請求人の主張どおり視認は難しいかもしれないが,本件コーナー裏材は被請求人も認めるように道路面から数メートル離れた場所に設置されていたことから,無理な角度で見上げることもなく視認可能であるし,通行人や利用者はサービスステーションの外から建屋を視認することもあるのだから,むしろ高い位置に設置されていたことで本件コーナー裏材は本件サービスステーション利用者等から視認しやすい状況にあったといえる。また,本件コーナー裏材はシンプルなデザインであり,その大きさからすれば本件登録意匠は,肉眼で十分に視認可能である。
なお,甲第5号証や甲第11号証の写真は,設置工事を視察した際に目線と同等の高さから撮影されたものであるが,拡大写真でなくとも,本件コーナー裏材の形状が写真にはっきりと写っていることからしても(甲第5号証の別紙2写真3及び4,甲第11号証の(別紙5)写真8など),地上から本件コーナー裏材の形状が明瞭に視認できることは明らかである。
(ウ)利用者又は近隣通行者による視認
サービスステーションにおける外装工事は日常的に行われているものではないことから,外装工事は非日常的な光景であり,そのような非日常的な光景に接した本件サービスステーション利用者等が,関心をもって本件コーナー裏材を観覧することは経験則上当然に想定されるものである。特に,近隣住民や各サービスステーションを日常的に使用していた者からすれば,見慣れたサービスステーションの外装の変化には,当然に関心が向くものであるから,猶更,本件コーナー裏材が観覧された可能性は高い。
これに対して,被請求人は,本件登録意匠には特段の価値があるものとして観覧する必要はないと主張するが,意匠の公知性が認められるためには意匠が美的鑑賞物として観覧された事実は必要ないし,特段の価値がないから観覧される可能性がないとの主張には明らな論理の飛躍がある。
以上のとおり,本件コーナー裏材を含むキャノピー設置工事の施工状況からしても,本件サービスステーション利用者等が本件登録意匠を現実に観覧した可能性は極めて高い。したがって,被請求人が主張する,本件登録意匠を現実に閲覧したものは皆無であったという事実は,本件においては,何ら立証されていない。

エ 「偶然的な事情を利用した者」について
被請求人は,仮に本件サービスステーション利用者等で現実に本件コーナー裏材を観覧していた者がいたとしても,それは「偶然的な事情を利用した者」に過ぎず,不特定人に現実に知られたということはできない,と主張する。
かかる被請求人の主張は,東京高裁昭和54年4月23日判決を根拠とするものである。しかし,ここでいう「偶然的な事情を利用した者」とは,上述したとおり,一般には知りえない登録番号を偶然知得するなどの極めて限定された場面を想定したものである。
本件サービスステーション利用者等のような,請求人や被請求人とは何らの業務上の関係がない者が「偶然的な事情を利用した者」として,本件登録意匠の公知性の判断から除外されてしまうとすれば,公知性の判断から一般公衆はほとんど除外されることになる(さらに,被請求人は,本件登録意匠を業務上の関係から観覧した者は「特殊な関係にある者」であるとすら主張している。)。
また,東京高裁昭和61年8月15日判決(甲第23号証)では店舗内に設置された装置について,「同店の訪問者はもちろん,同店舗前道路の通行者も窓越しに見ることができる」という事実を認定した上で,対象製品が「簡単な構造のものであって,その構造に照らせば,その技術内容はその外観及び使用状況から容易に理解し得るものと認められる」として「公然知られた」事実を認定している。
したがって,本件サービスステーション利用者等は,東京高裁昭和54年4月23日判決がいうところの「偶然的な事情を利用した者」には該当せず,被請求人の主張は「公然知られた」の意義を不当に狭く解するものであって失当である。

オ 裁判例及び審決例
被請求人は,請求人が無効審判請求書において引用した裁判例や審決例について,本件と事案が異なり参考とすべきでないとして,その理由を縷々述べる(答弁書11頁以下)。しかし,この反論はいずれも的外れであり,以下それぞれにつき反論する。
(ア)無効2002-35118号(甲第15号証)
被請求人は,同審決例の事案は,意匠を価値あるものとして積極的に不特定多数の者に観覧に供していた事案であって,本件と異なると主張した上で,「本件登録意匠はそれ自体が人の観覧に供することが予定されたものではないから,特に関心を持つ一般公衆の観覧に供することが必要」と主張する。
しかし,「公然知られた」の「公然」とは「秘密を脱した状態」を意味するに過ぎず,「公然知られた」とは,このような秘密を脱した状態で不特定人に知られたことを意味している(甲第24号証)。意匠を積極的に不特定多数の者の観覧に供していることは「公然知られた」の要件ではなく,被請求人の主張は公知性の要件について合理的根拠なく解釈上の要件を加重する独自の説である。
同審決は,既に述べたように,登録意匠とほぼ同一の意匠が公衆の面前で展示されている事案において新規性の喪失を認めたものであって,本件登録意匠と同一の本件コーナー裏材が公衆の面前で観覧に供されていた本件においても参考になる。
(イ)大阪地裁平成13年1月30日判決(甲第16号証)
被請求人は,特許の公用性と意匠の公知性は議論が異なると反論する。確かに意匠法においては,公用性の要件はないものの,これは,公用性が認められる状況,すなわち発明が公然と実施された状況は,意匠においてはすべて公知となるため,公知と公用を別に定める理由がないためである(甲第18号証)。したがって,特許において公然実施されているといえるような状況であれば,意匠においても公然知られた状況にはなっているといえる。したがって,同裁判例の事案は本件においても参考となる。
なお,被請求人は,「公然知られた」の解釈についての主張を繰り返しているが,「公然知られた」の解釈についての主張及び被請求人の主張への反論は上述したとおりである。
不特定人が知りうる状況にある状況が立証された場合には「公然知られた」事実が推認されるべきであるところ,上述のとおり,特許事案において発明に公然実施が認められる状況(発明を不特定人が知りうる状況の下で使用されている状況)があれば,同様の状況下で意匠の実施が問題となった場合には,意匠が不特定人に知りうる状況が認定されるべき場合であるから,特段の反証がない限りは,公知性が推認されるべきである。
(ウ)無効2004-80109(甲第17号証)
被請求人は,本審決について,工事の立会人が守秘義務を負っていなかったという事実は不特定人が特許の実施状況を知りうる状態にあったことを意味するに過ぎないと反論する。
しかし,上述のとおり,意匠について,不特定人が知りうる状況においては,特段の反証がない限りは,「公然知られた意匠」であることが推認されるべきであるから,発明に関して公然実施が認定される状況であれば,意匠においては「公然知られた意匠」であることが推認されるべきなのである。
本審決では,公道での工事で一般公衆の視界を遮るものがなく,一般公衆が見ようと思えば見ることができる状態にあった事実をもって,不特定人が特許の実施状況を知りうる状態が認められている。この点,八王子みなみ野SS(甲第9号証),せるふ武蔵野SS(甲第10号証),セルフ西条SS及び廿日市SSの本件コーナー裏材の設置工事も,公道に面した場所で一般公衆の視界を遮るものがなく,一般公衆が見ようと思えば見ることができる状態で実施されていた。したがって,本審決と同様に,本件登録意匠の公然実施が認められる状況が認定されるものであり,ひいては,特段の反証がない限りにおいて,本件登録意匠が「公然知られた意匠」であることが推認されるべきなのである。

(4)結語
以上より,本件コーナー裏材が本件工事視察者等及び本件サービスステーション利用者等によって観覧されたことによって,本件コーナー裏材の意匠と同一又は実質同一の本件登録意匠は,本件登録意匠の出願前に「公然知られた意匠」に該当していたものである。
これに対し,「公然知られた意匠」と認められるためには現実に意匠が知られている事実の立証を要するという被請求人の主張は,意匠が知られうる状態が立証されれば「公然知られた意匠」であること推認されるべきとする一般的な学説及び裁判例の考え方にそぐわない(なお,そもそもかかる反論は本件サービスステーション利用者等の観覧に対するものに過ぎず,本件工事視察者等は現実の観覧の事実自体争いがないところであって,本論点は問題とならない。)。
また,本件工事視察者等及び本件サービスステーション利用者等が「その意匠と特殊な関係にある者やごく偶然的な事情を利用した者」に該当するという被請求人の主張は,東京高裁昭和54年4月23日判決の判断を不合理に拡大解釈するものであって,いずれも失当である。
よって,本件登録意匠は,意匠登録出願前に公然知られるに至った意匠と同一又は実質同一の意匠であって,意匠法第3条第1項第1号又は第3号に該当し,意匠登録を受けることができない意匠であるにもかかわらず意匠登録を受けたものであるから,意匠法第48条第1項第1号により,無効とされるべきである。

(5)証拠方法
1)甲第19号証 審決取消訴訟判決(東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)第27号 昭和54年5月30日判決)の写し
2)甲第20号証 審決取消訴訟判決(東京高等裁判所 平成11年(行ケ)第368号 平成12年12月25日判決)の写し
3)甲第21号証 無効審決(無効2005-80086号事件)の写し
4)甲第22号証 無効審決(平成10年審判第35482号)の写し
5)甲第23号証 審決取消訴訟判決(東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)第206号 昭和61年8月15日判決)の写し
6)甲第24号証 吉藤幸朔著,熊谷健一補訂「特許法概説〔第11版〕」(抜粋)の写し
7)甲第25号証 中山信弘著「工業所有権法(上)特許法[第2増補版]」(抜粋)の写し

第4 被請求人の主張の概要

1 審判事件答弁書
被請求人は,平成26年11月7日付け審判事件答弁書を提出し,「本件審判の請求は,成り立たない。審判費用は,請求人らの負担とする。」と答弁し,その理由として要旨以下のように主張するとともに,証拠方法として乙第1号証から乙第4号証までの証拠を提出している。

(1)審判請求人の主張に対する反論
請求人は,本件登録意匠につき,意匠登録出願前から,サービスステーションにおける設置工事において,不特定かつ多数の者又は工事に立ち会った秘密保持義務を課せられていない第三者によって観覧されていたから,公然と知られた意匠であったものとして,新規性の要件を欠くと主張する。
すなわち,請求人は,本件登録意匠と実質的に同一の意匠を含むパネル取付具について,平成23年11月29日から同年12月2日にかけて八王子みなみSSにおいて,またその後いくつかのSSにおいて,それぞれ設置工事が行われ,その際には,サービスステーションの利用者が給油に訪れることができ,また車や人の往来も頻繁にあったから,誰でも工事内容を観覧することができたと主張し,本件登録意匠は「公然知られた意匠」(意匠法第3条第1項第1号)について意匠登録を受けたものであると主張する。
しかし,「公然知られた意匠」とは,不特定の者に知られたことを意味するから,特定の工事業者によって知られた場合は含まれず,また,現実にその内容が知られたことを要件とするから,通行人や車両が見ることのできる状態にあっただけでは,公然と知られたことにはならない。
したがって,本件登録意匠は,「公然知られた意匠」について意匠登録を受けたものではなく,無効とならない。以下,具体的に詳述する。

(2)パネル取付具について
ア 請求人昭和シェル石油株式会社との取引関係
被請求人と請求人昭和シェル石油株式会社(以下,「請求人昭和シェル」という。)とは,請求人昭和シェルがそのブランドの全国のサービスステーションの外装部材のデザインを一新することとしたことに伴い,部材の製造及び納入のための「資材購入基本契約」を平成24年4月18日付で締結し(乙第1号証),被請求人が,海外で製造させた部材を請求人昭和シェルに納入するという契約関係にあった。

イ 本件登録意匠の開発経緯
被請求人が納入する部材には,サービスステーションのキャノピーと呼ばれる建屋の屋根部分の側面に取り付けられるパネルを固定するための部材である「パネル取付具」も含まれており,本件登録意匠は,パネル取付具に施されたものである。請求人昭和シェルは,ロイヤルダッチシェル・グループに属しており,世界のロイヤルダッチシェル・グループには,世界共通の部材があり,そのデザインは,グループ全体のデザインを統括する部署で考案される。キャノピーのパネルを取り付けるための裏材についても,世界で共通の部材があるが,被請求人は,世界のロイヤルダッチシェル・グループのサービスステーションに共通のパネル取付具に,水平方向に下地レールを取り付けることにより,パネルが外れて落下する危険を防止できるよう改良を加えた。
したがって,本件登録意匠が施されたパネル取付具は,被請求人が独自に開発したものであり,世界の他のロイヤルダッチシェル・グループのサービスステーションには存在しないものである。また,本件登録意匠が含まれるパネル取付具は,請求人昭和シェルからの特別注文生産品であり,一般に販売されているものではなく,被請求人は,請求人昭和シェル以外のいかなる第三者にも,これを販売したことはない。

ウ パネル取付具の設置状況(乙第2号証)
請求人は,本件登録意匠が施されたパネル取付具の設置を含むキャノピー取付工事が,平成23年11月29日から同年12月2日の間に「八王子みなみ野SS」で,平成24年2月16日には「せるふ武蔵野SS」で,平成24年9月3日から同年12月15日までの間に「セルフ西条インターSS」で,平成24年9月5日から同年9月17日までの間に「廿日市インターSS」で実施されたと主張し,その工事中においては,当該サービスステーションの利用者や,周辺を通行する人や車から工事内容を観覧することができる状態にあったと主張する。また,そのうちのいくつかのキャノピー設置工事においては,施工工事を請け負った会社や視察に訪れた関係者が工事内容に関する秘密保持契約を締結していなかった旨主張し,そのことをもってキャノピー設置工事が「公然と」行われていた旨主張する。
しかし,上記のサービスステーションにおけるキャノピー設置工事に際し,パネル取付具を現実に閲覧した者は,その施工を担当した施工業者及び視察に訪れた少数の工事関係者に限られる。サービスステーションの利用者や周辺を通行する人や車は,観念的には工事を閲覧することが可能であったとしても,現実にパネル取付具の意匠を閲覧していたわけではない。
そもそも,キャノピーのパネルを貼り付けるための裏材であるパネル取付具は,パネルが貼り付けられた後には外から閲覧することはできなくなるものであるから,それが外から見える状態となるのは,パネル取付具をキャノピーの屋根部分の側面に取り付けてから,その上にパネルを取り付けるまでのわずかな期間である。請求人昭和シェルでは,昭和シェル石油のブランド名が表示されるキャノピーが,パネルのない状態で下地がむき出しの状態となっていることを嫌うため,旧デザインのパネルが剥がされた後,新しいパネルを取り付けるまでの期間は,できるだけ短くなるよう設置工事を行っている。具体的には,キャノピーにパネルのない状態は,せいぜい2日間程度になるように施工がなされるのが通常である。
また,キャノピーは,地上から6,7メートル以上の高さにある屋根部分に取り付けられるものであるから,地上にいる人や車から見ようと思えば,かなりの角度で見上げる必要があり,見上げたとしても,距離がある上,パネル取付具の正面方向からは角度がついており,デザインの細部について明瞭に認識することは極めて困難である。そして何より,パネル取付具は,サービスステーションの利用者や周辺の通行者にとって,特段興味を引くようなものではなく,ましてや利用者や通行人はキャノピー設置工事を見るために周辺を訪れているわけでもないから,現実にパネル取付具を閲覧した一般の者は,皆無であるといってよい。
キャノピー設置工事において実際にパネル取付具を観覧していた者は,それぞれのサービスステーションでキャノピー設置工事に従事していた施工業者又はその下請業者の従業員と,せるふ武蔵野SSにおいて視察に訪れていた業者,それにパネル取付具の取付方法について指示をするために訪れていた被請求人の土山理一郎(以下,「土山氏」という。)及び藤島志帆(以下,「藤島氏」という。)だけである。
まず,施工業者については,請求人昭和シェルの尾上謙介氏の陳述書(甲第5号証)17頁及び18頁の写真,並びに株式会社Kプランニング(以下,「Kプランニング」という。)の馬場清志氏の陳述書(甲第11号証)13頁ないし16頁の写真にあるように,高所作業車を用いて基本的には2人1組で作業を行っているのであり(同時に複数組が作業を行うこともある。),これらの作業員は,キャノピーを取り付けるために請求人昭和シェルから委託を受けた業者又はその下請けの従業員という特殊な関係にある者であり,またその人数も限られた少数である。
また,せるふ武蔵野SSにおいて視察に訪れていた馬場氏が属するKプランニングは,被請求人が製造し,請求人昭和シェルに納入した部材を後に被請求人に代わって製造・納入することになる業者であり,この当時は,ロイヤルダッチシェル・グループからの認可を受けていなかったため納入業者になれなかったが,いずれ認可を得たときには請求人昭和シェルの納入業者となることが予定されており,そのために請求人昭和シェルから視察を依頼された,という特殊な地位にある者である。また,同じく視察を行っていたと請求人が主張するダイトーアドバタイジングサービスの大戸茂氏についても,請求人昭和シェル又はKプランニングから将来看板取付業務を委託される予定の立場として,Kプランニングから依頼されて視察していたのであり,いずれにしても,キャノピー設置工事に関わる特殊な立場として本件登録意匠を閲覧していたことは明らかである。
なお,請求人は,上記の者が秘密保持義務を負っていなかったと主張するが,上記の者はいずれも,請求人昭和シェルに対して秘密保持義務を負っている。まず,被請求人と請求人昭和シェルとの「資材購入基本契約書」(乙第1号証)においては,請求人昭和シェルは,被請求人の営業上,経営上,技術上の情報等を,被請求人の書面による承諾なくして自己の関係会社を除く第三者に開示し,公表し,又は漏えいしてはならないという秘密保持義務を負っている(同契約第9条第1項)。このような義務を負っている請求人昭和シェルは,サービスステーションにおいて部材の設置工事を施工する業者に対して,秘密保持義務を課しているはずであり,仮に明文で秘密保持契約を締結していない場合であっても,契約の性質上黙示的に,又は信義則上,施工業者に秘密保持義務があるのは明らかである。また,視察に訪れたKプランニング及び大戸茂氏についても,請求人昭和シェルから将来部材設置工事を受託する可能性があるという前提で視察をする以上,そこで閲覧した技術上の秘密情報を第三者に漏えいしてはならないということは十分に認識していたのであり,仮に明文で秘密保持契約を締結していなかったとしても,信義則上,秘密保持義務を負っていることは当然である。

(3)「公然知られた意匠」の意義
ア 請求人の主張及び被請求人の反論
請求人は,「公然知られた意匠」の意義について,「意匠が公衆の面前で実施されており不特定又は多数の者によって観覧されている場合や,秘密保持義務を負わない第三者によって観覧される場合には,『公然知られた意匠』であるというべきである。」と主張する。
しかし,請求人の主張は,請求人が引用する「不特定の者に秘密でないものとして現実にその内容が知られた意匠」という特許庁の意匠審査基準からは導き出されない。特許庁の審査基準は,「1)不特定の者」に「2)秘密でないものとして」「3)現実にその内容が知られた」ことを要求している。このことからすれば,「不特定又は多数の者によって観覧されている場合」には1)2)3)いずれの要件も満たす場合があると考えられるが,「秘密保持義務を負わない第三者によって観覧される場合」は,2)3)の要件しか満たしえない。すなわち,観覧した者が秘密保持義務を負わない場合であっても,その者が意匠との関係で特殊な関係にある特定の者であれば,依然として公然知られたものということはできない。
また,「2)秘密でないものとして」という要件自体も,現実に意匠の内容を知った者が契約上の秘密保持義務を負っていない場合に必ず満たされるものではなく,明文の秘密保持契約等がなくても,意匠の内容を知った者にその秘密を保持することが当然期待されるような状況下で意匠の内容が知られた場合には,「秘密でないものとして」意匠の内容が知られたとはいえない。

イ 裁判例の考え方
公然知られた意匠」の意義については,当該意匠につき一般公衆の閲覧可能性があれば足りるという考え方と,現実に知られたことを要するという考え方があるが,この点につき,東京地裁昭和48年9月17日判決(スプレーガン事件,乙第3号証)は,「被告は『公然知られた』という意味は,文献の場合には一般公衆の閲覧可能性があれば足りるという。しかしながら,『公然知られた』という意味を,文献の場合について,被告の右主張のように解すると,意匠法第3条第1項第2号の存在意義が全然なくなってしまう。なぜならば,第二号でいう『日本国内又は外国において領布された刊行物に記載された意匠』は,常に一般公衆の閲覧可能性があるものであるから,第一号を右のように解する以上,第二号を第一号とは別に規定する意味はないからである。そうすると,第一号の『公然知られた』の意味は,単に公然と知られうべき状態になっただけでは足りず,公然知られたことを要するものと解すべきである。」と判示し,「公然知られた意匠」とは,意匠が現実に公然と知られたことを要するという考え方を取ることを明確にした。
また,これに続く東京高裁昭和54年4月23日判決(サンドペーパーエアグラインダー事件,乙第4号証)は,「公然知られた意匠」の意義として,『その意匠が,一般第三者たる不特定人又は多数者にとって,単に知りうる状態にあるだけでは足りず,字義どおり現実に知られている状態にあることを要するものと解される。そして,また,不特定人という以上,その意匠と特殊な関係にある者やごく偶然的な事情を利用した者だけが知っているだけでは,いまだ「公然知られた」状態にあるとはいえないものと解するのが相当である。』と判示し,「公然知られた」といえるためには,現実に知られている状態にあることを要するとの考えを踏襲するとともに,「不特定人」からは,その意匠と特殊な関係にある者やごく偶然的な事情を利用した者を除くことを明らかにした。

(4)本件登録意匠についてのあてはめ
本件においては,本件登録意匠を現実に閲覧した者は,本件登録意匠が施されたパネル取付具の製造に直接関わった者を除けば,サービスステーションの現場で設置工事を行った者及び将来設置工事を行うことを前提に視察をした者に限られている。
意匠が公然知られたものといえるためには,不特定の者に秘密でないものとして現実にその内容が知られたことが必要であるところ,上記の施工業者及び視察した業者は,本件登録意匠が施されたキャノピーのパネル取付具をサービスステーションに設置することにつき,請求人昭和シェルから委託を受け,又は将来委託を受けることを前提に視察を依頼された者という,本件登録意匠と特殊な関係にある者である。
そうであれば,仮に上記の者が請求人昭和シェルに対して秘密保持義務を負っていなかったとしても(実際には黙示的に又は信義則上秘密保持義務を負っていることは既に述べたとおりである。),本件登録意匠は公然知られたものになっていない。
なお,前述のように,本件登録意匠が施されたパネル取付具は,サービスステーション周辺の道路面からは少なくとも数メートル高い場所に設置されており,パネル取付具が露出していた期間が極めて短期間である上,道路からパネル取付具を観覧するためには相当な角度で見上げなければならず,また,距離があるため本件登録意匠の細部を確認することはほぼ不可能である。さらに,そもそも一般公衆にとって本件登録意匠を含むパネル取付具は特段の価値があるものとして観覧する必要性がなく,本件登録意匠を閲覧する目的をもって不特定の者が訪れていたという状況もないため,本件登録意匠を現実に閲覧した者は皆無であったといってよい。また,仮に周辺の通行人で現実に閲覧して者がいたとしても,それは偶然的な事情を利用した者に過ぎず,不特定人に現実に知られたということはできない。
以上より,本件登録意匠は,その登録出願前に公然知られたものとなっていない。

(5)請求人が引用する審決例及び裁判例について
ア カーテン織物地の意匠に関する審決例(甲第15号証)
請求人は,モデルルームにおいて登録意匠とほぼ同一の意匠の商品が展示されていた場合に新規性の喪失を認めたとする無効2002-35118号事件審決(甲第15号証)を引用し,本件登録意匠も同様に新規性が喪失しているとの趣旨の主張をする。
しかし,上記事件は,カーテンの素材である織物地の意匠について,カーテンが納品されて賃貸住宅のモデルルーム内に取り付けられ,一般客に公開されたことをもって,意匠が公然と実施されていたと認定したものである。モデルルームは,不動産物件に内装を施し,インテリア家具等を設置して居住できる状態になったものを顧客に対して観覧させることを目的とするものであり,カーテンを含むインテリア家具は,モデルルームを訪れる顧客にとっては不動産物件という商品をアピールするために不可欠の道具として用いられている。また,織物地はカーテンの価値そのものを具現するものであり,顧客の抱く当該不動産物件のイメージの構築に重要な意味を持つ。したがって,カーテンをモデルルームに設置して一般公開することは,織物地の意匠を価値あるものとして積極的に不特定多数の者の観覧に供させることであり,モデルルームに来場する者は,意思を持って積極的にカーテンを含む内装を閲覧しているから,まさに意匠が公然と実施されたというべきものといえる。
これに対して,本件登録意匠は,サービスステーションの建屋外装の裏材として用いられるパネル取付具に関するものであり,周辺道路を通行する一般公衆及び車両にとって,本件登録意匠を含むパネル取付具は,これを観覧することに何らの価値を感じることはなく,単なる工事現場の光景でしかない。すなわち,本件登録意匠は,価値あるものとして積極的に不特定多数の者の観覧に供されているわけではなく,周辺道路を通行する一般公衆及び車両は,これを閲覧するために周辺を訪れているわけではない。仮に一般公衆が本件登録意匠を閲覧することがあっても,それは単なる偶然的な事情によるものであり,上記の織物地の意匠の審決例とは根本的に事情が異なる。
前述のように,本件登録意匠を含むパネル取付具は,それ自体を人の観覧に供することが予定されたものではないから,これが公然知られたといえるためには,販売用外装部材としてカタログに掲載されたり,商品として専門店に陳列されたりするなどして,特に関心を持つ一般公衆の観覧に供することが必要であり,実際に不特定の来客がこれを,目的をもって閲覧して初めて「公然知られた」といいうるものである。
したがって,請求人が引用する上記審決例は,本件登録意匠が公然知られたものであるとの請求人の主張の根拠となるものではない。

イ ホイールクレーン杭打機の特許に関する裁判例(甲第16号証)
請求人は,不特定人から見えないようにするための特別な措置が採られていない工事現場において特許製品が使用されたことをもって特許の新規性を否定した裁判例として大阪地裁平成13年1月30日判決(甲第16号証)を引用し,本件登録意匠も同様に新規性が喪失しているとの趣旨の主張をする。
上記裁判例は,工事現場において不特定人から見えないようにするための特別な措置が採られていなかったことをもって,「不特定人が知りうる状況の下で使用された」と認定し,それを前提に,現実に不特定人に知られなかったことをうかがわせるに足る証拠がないことから,「公然と使用された」というべきであると判示している。ここでいう「公然と使用された」との認定は,特許法第29条第1項第2号にいう「公然実施をされた発明」(公用性)に該当するか否かの問題であり,同項第1号の「公然知られた発明」(公知性)に関する認定ではない。
また,上記裁判例では,特許について,「不特定人が知りうる状況の下で使用された」という点が認定できれば,それを覆す事実がなければ「公然実施された発明」といえるとしているが,意匠について「公然知られた意匠」であるといえるためには,不特定の者に秘密でないものとして「現実にその内容が知られた意匠」であることが必要であることは確立した運用基準となっているから(甲第14号証参照),特許の公用性が認められるためには不特定人が知りうる状況で使用されたことで足りるとしても,意匠について公知性が認められるためには,不特定人が知りうる状況があっただけでは足りない。
なお,請求人は,意匠は外観で判断されることから,公然実施をすれば全て直ちに公知となる意匠については,特許権において公然実施されたことが認められるような状況は,当然に公知性が認められるべきであると主張する。
しかし,外観により認識されなくても価値を発揮できる特許と,外観により認識されることが唯一の価値の発揮である意匠とは,「公然実施された」の概念が異なるのは当然なのであり,「特許権において公然実施されたことが認められるような状況」があったとしても,意匠についても公然実施されたといえるものではない。すなわち,特許の場合,特許にかかる技術が使用されることにより優れた機能を発揮することに当該特許の価値があるから,それが現実に使用された以上,外観上現実に認識されていたかどうかはそれほど重要でなく,不特定人が知りうる状況で用いられたときには,公然実施されたと言ってよい。しかし,意匠の場合,外観から認識されることこそが意匠の本質的な価値であるから,不特定人が知りうる状況にあっただけで公然性を認めてしまうと,現実には誰にも意匠を認識されていないにもかかわらず公然実施されたものとなってしまう可能性があり,明らかに不合理である。
いずれにしても,意匠の公知性は,特許の公用性とは異なり,不特定の者に現実にその内容を知られたことが要件とされているということは,判例及び実務の確立した基準であるから,請求人が引用する上記裁判例は,請求人の主張の根拠となりえない。

ウ マンホール蓋を含む枠取替え工法に関する審決例(甲第17号証)
請求人は,工事の立会人が守秘義務を負っていなかった状況下において特許の公然実施を認めた裁判例として無効2004-80109号事件審決(甲第17号証)を引用し,本件登録意匠も同様に新規性が喪失しているとの趣旨の主張をする。
しかし,特許の公用性に関して,工事の立会人が守秘義務を負っていなかったという事実は,不特定人が工事立会人を介して当該特許の実施状況を知りうる状態にあったことを意味するにすぎず,不特定の者に「現実に」知られたことを意味するものではない。前述のように,意匠の公知性は,特許の公用性の場合と異なり,不特定の者に現実に知られたことを要件とするのであるから,守秘義務が存在しないことで意匠が不特定の者に知りうる状態にあっただけでは,「公然知られた意匠」であるとはいえない。
したがって,請求人が引用する上記審決例は,請求人の主張の根拠とはなりえない。

(6)結論
以上より,本件登録意匠は,その登録出願前に不特定の者に秘密でないものとして現実にその内容が知られたことはなく,公然知られたものとなっていない。
したがって,被請求人は,本件登録意匠につき意匠登録を受けることができる者であり,請求人の請求は,成り立たない。

(7)証拠方法
1)乙第1号証 資材購入基本契約書の写し
2)乙第2号証 土山 理一郎氏陳述書
3)乙第3号証 東京地裁昭和48年9月17日判決(スプレーガン事件判決)の写し
4)乙第4号証 東京高裁昭和54年4月23日判決(サンドペーパーエアグラインダー判決)解説(判例タイムズ)の写し

第5 口頭審理

当審は,本件無効審判事件について,平成27年10月28日に口頭審理を行った。(平成27年10月28日付け第1回口頭審理調書)

1 請求人
請求人は,平成27年10月14日に口頭審理陳述要領書を提出し,「本件登録意匠が本件コーナー裏材と同一又は実質的同一であることは当事者間で争われておらず,本件における争点は,本件意匠と同一又は実質的同一の本件コーナー裏材の意匠が意匠法第3条第1項第1号の『公然知られた意匠』に該当するか否かに尽きる。」(請求人口頭審理陳述要領書第3頁8行目?11行目),と主張した。
口頭審理において,請求人は,審判請求の趣旨及び理由は,審判請求書,平成27年4月17日付け審判事件弁駁書及び同年10月14日付け口頭審理陳述要領書に記載のとおりであると陳述し,被請求人が提出した乙第1号証ないし乙第6号証の成立を認めた。
また,口頭審理において,被請求人の質問,確認したい点について,要旨以下の発言を行った。
株式会社Kプランニングと請求人昭和シェル石油株式会社との間に取引関係はあったようだが,本件コーナー裏材を含む,シェルグループの外装部材の新たな国際標準仕様(RVIe)に基づく部材については,全く取引関係はなかった。株式会社Kプランニングとの間に,将来取引が予定されていて調達の条件について話し合いがなされ,その上で株式会社Kプランニングが観覧に来たわけではない。
被請求人は,請求人昭和シェル石油株式会社と取引に入る可能性のある者や当該キャノピー設置工事の施工業者等は秘密保持義務を負っていると主張されているが,請求人は,本件コーナー裏材を,日中にオープンな形で実施した設置工事において扱っているのであるから,本件コーナー裏材の情報については,我々自身秘密にする意図は全くなく,秘密保持をして扱っているものでもない。一般論として,技術上の情報は秘密事項にあたり守秘義務があるとしても,我々自身が秘密であることを意図していないのにもかかわらず,周囲の者に対してこの情報を秘密のものとして扱わせなければならないような法的義務はない。

2 被請求人
被請求人は,平成27年10月14日に口頭審理陳述要領書を提出し,「本審判における争点は,本件意匠が,意匠登録の時点において『公然知られた意匠』であったか否かという一点である。」(被請求人口頭審理陳述要領書第2頁9行目?10行目),「本件施工関連業者の従業者は,・・・請求人昭和シェル石油又はその下位の業者により厳格な秘密保持義務を課されているから,本件意匠がそれらの者に知られたとしても,『不特定の者に秘密でないものとして』知られたことにはならない。」(被請求人口頭審理陳述要領書第9頁21行目?第9頁25行目)と主張し,口頭審理陳述要領書とともに,証拠方法として乙第5号証及び乙第6号証を提出した。
口頭審理において,被請求人は,答弁の趣旨及び理由は,平成26年11月7日付け審判事件答弁書及び平成27年10月14日付け口頭審理陳述要領書に記載のとおりであると陳述し,請求人が提出した甲第1号証ないし甲第25号証の成立を認めた。
また,口頭審理において,請求人の質問,確認したい点について,要旨以下の発言を行った。
請求人昭和シェル石油株式会社は,取引先に対し厳格な秘密保持を求めているのであり,また,乙第1号証の資材購入基本契約書第9条第1項において,請求人昭和シェル石油株式会社はヘキサゴンジャパン株式会社の技術上の情報について守秘義務があることが明記されているのであるから,本件キャノピー設置工事の視察者は,本件コーナー裏材について秘密保持義務を負っているといえる。
請求人昭和シェル石油株式会社は全く秘密にするつもりはないと主張しているが,一般の者に公開されていない工事現場にわざわざ取引関係に入る予定の者に特別に許可を与えて視察をさせているのであるから,これら視察者は請求人昭和シェル石油株式会社からそこで知りえたものを当然秘密にするよう要求されていたといえる。

(1)証拠方法
1)乙第5号証 昭和シェル石油株式会社「お取引先の登録(登録手続きの流れ)」の写し
2)乙第6号証 昭和シェル石油株式会社「同意事項」の写し

3 審判長
審判長は,口頭審理において,甲第1号証ないし甲第25号証及び乙第1号証ないし乙第6号証について取り調べ,本件無効審判事件の審理を終結する旨告知した。

第6 当審の判断

1 本件登録意匠
本件登録意匠は,日本国特許庁発行の意匠公報(公報発行日:平成25年(2013年)12月2日)に記載された,意匠登録第1485544号(意匠に係る物品,パネル取付具)の意匠であって,その形態は,同公報に記載されたとおりのものである。(別紙第1参照)
すなわち,全体は,鈍角曲げ変形アングル材の中央部分を平面視直角に折曲した上部水平方向のフレーム(以下,「上部フレーム部」という。)と,直角曲げアングル材の中央部分を平面視直角に折曲した下部水平方向のフレーム(以下,「下部フレーム部」という。)を,その左右端部やや内側寄り部分で縦方向の直角曲げアングル材(以下,「縦フレーム部」という。)2本により螺子で固定し,縦フレーム部の上下端部付近に中央部分を平面視直角に折曲した水平方向のチャンネル材(以下,「下地フレーム部」という。)を螺子で固定した全体が平面視略L字状の構成のパネル取付材であって,上下の下地フレーム部垂直面部分の2箇所を略コの字状に切断し,その略長方形状片を直角に折曲して縦フレーム部との接合部としたものである。

2 本件コーナー裏材の意匠
請求人がコーナー裏材というところのパネル取付具は,請求人昭和シェル石油株式会社と被請求人であり本件登録意匠の意匠権者であるヘキサゴンジャパン株式会社(現SWOT JAPAN株式会社)が結んだ資材購入基本契約書(乙第1号証)に基づき,ヘキサゴンジャパン株式会社が納入したものである点及び昭和シェル石油株式会社が購入後,せるふ武蔵野サービスステーション,セルフ西条インターサービスステーション及び廿日市インターサービスステーションのキャノピー設置工事において当該コーナー裏材を使用した点については,当事者間に争いのない事実である。
また,請求人が主張する,せるふ武蔵野サービスステーションのキャノピー設置工事において馬場清志氏(以下,「馬場氏」という。)及び大戸茂氏(以下,「大戸氏」という。)が,また,セルフ西条インターサービスステーション及び廿日市インターサービスステーションのキャノピー設置工事において勝部昌夫氏が,当該キャノピー設置工事で使用したコーナー裏材は,意匠登録第1485544号(意匠に係る物品,パネル取付具)の意匠の形態と実質同一のものであると確認した(甲第11号証ないし甲第13号証参照)とする点についても,被請求人は争っていない。
よって,当該キャノピー設置工事で使用されたコーナー裏材の意匠(以下,「本件コーナー裏材意匠」という。)は,意匠に係る物品をパネル取付具とするものであり,その形態については意匠登録第1485544号の意匠の形態と実質同一といえる程類似したものであると認められる。

3 争点
まず,前記2のとおり,本件登録意匠と本件コーナー裏材意匠(以下,「両意匠」という。)とは,意匠に係る物品については共にパネル取付具とするものであり,両意匠の形態については実質同一といえる程類似したものであるから,両意匠は類似するものであると認められる。なお,両意匠は類似するものであるとする点について,当事者双方に争いはない。
そして,本件コーナー裏材意匠が,本件登録意匠の出願前に公然知られた意匠であれば,その意匠に類似する本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠に該当し意匠登録を受けることができないのであるから,本件無効審判事件における争点は,本件コーナー裏材意匠が本件登録意匠の出願前に公然知られた意匠に該当するか否かについてとなる。
よって,以下その点について検討する。

(1)公然知られた意匠について
公然知られた意匠とは,不特定の者に秘密でないものとして現実にその内容が知られた意匠のことをいう(平成23年7月特許庁意匠審査基準第19頁 22.1.1.2 公然知られた意匠について)のであるから,不特定の者に秘密でないものとして現実に本件コーナー裏材が知られたか否かについて検討する。

ア 「不特定の者」について
請求人は,審判請求書第8頁22行目?9頁12行目において,「平成24年2月16日には,東京都武蔵野市八幡町1-6-14所在の「せるふ武蔵野サービスステーション」(以下,「せるふ武蔵野SS」という。)でも,八王子みなみ野SSと同様に,試験的に新たなキャノピーの設置工事が行われた。・・・せるふ武蔵野SSの設置工事では,株式会社Kプランニングの営業部長であった馬場清志(以下,「馬場」という。)とダイトーアドバタイジングサービスの大戸茂(以下,「大戸」という。)が,視察に訪れていた。馬場は,株式会社Kプランニングが今後,請求人昭和シェルからキャノピーの設置工事を受注する可能性があったことから視察に訪れたものであり,大戸は看板の取付作業等についての技術的アドバイスを馬場から求められたため参加したものであった。」と主張するとともに,証拠として甲第11号証(馬場清志氏陳述書)及び甲第12号証(大戸茂氏陳述書)を提出している。
また,被請求人は,審判事件答弁書第6頁20行目?24行目において,「株式会社Kプランニング(以下,「Kプランニング」という。)の馬場清志氏(以下,「馬場氏」という。)の陳述(甲第11号証)書13ページないし16ページの写真にあるように,高所作業車を用いて基本的には2人1組で作業を行っているのであり・・・」と記載し,馬場氏提出の甲第11号証の写真が本件キャノピー設置工事の工事現場において撮影されたものであることを半ば認めているといえる。
よって,馬場氏及び馬場氏が同行を依頼した大戸氏は,平成24年2月16日にせるふ武蔵野サービスステーションにおいてキャノピーの設置工事を視察したものと認められる。
次に,本件無効審判事件の口頭審理において,馬場氏の株式会社Kプランニングと請求人昭和シェル石油株式会社とは,上記視察当時,本件一連のキャノピー設置工事以外の件で取引関係にあったことは当事者双方が認めている。しかし,被請求人の審判事件答弁書第7頁1行目?7行目における「セルフ武蔵野SSにおいて視察に訪れていた馬場氏が属するKプランニングは,被請求人が製造し,請求人昭和シェルに納入した部材を後に被請求人に代わって製造・納入することになる業者であり,この当時は,ロイヤルダッチシェル・グループからの認可を受けていなかったため納入業者になれなかったが,いずれ認可を得たときには請求人昭和シェルの納入業者となることが予定されており,そのために請求人昭和シェルから視察を依頼された,という特殊な地位にある者である。」との主張については,その当時,株式会社Kプランニングが納入業者となることが予定されていたとの具体的な証拠はなく,この時点で請求人昭和シェル石油株式会社が被請求人に代わる取り引き先として株式会社Kプランニングを既に考えていたとの主張は根拠に乏しい。
また,請求人昭和シェル石油株式会社から視察を依頼されたとしても,その関係性だけで馬場氏や,ましてや馬場氏に依頼されて同行したとされる大戸氏を請求人昭和シェル石油株式会社との関係において特殊な地位にある者と認めることはできない。
よって,当時,本件コーナー裏材については,株式会社Kプランニング及びダイトーアドバタイジングサービスと請求人昭和シェル石油株式会社とは,取引関係のない別会社同士の関係であって,馬場氏及び大戸氏が昭和シェル石油株式会社と特殊な関係にある者であったと認めることはできない。

イ 「秘密でないものとして」について
請求人昭和シェル石油株式会社は,審判事件弁駁書及び口頭審理において,「本件工事視察者等に対して本件コーナー裏材を秘密として保持してもらおうという意図は皆無であった。本件コーナー裏材の設置工事は,遮蔽措置等により本件コーナー裏材の意匠の内容を秘密にするための措置を特に設けるでもなく白昼に実施されており,本件工事視察者等に対して本件コーナー裏材の意匠の内容を秘密として保持すべきことが,社会通念上又は商慣習上秘密扱いにすることが暗黙のうちに求められ,かつこれが期待されるような状況にはなかった。」(審判事件弁駁書第10頁5行目?11行目)と主張した。

これに対し,被請求人は,審判事件答弁書及び口頭審理において,馬場氏及び大戸氏は,「請求人昭和シェルに対して秘密保持義務を負っている。まず,被請求人と請求人昭和シェルとの『資材購入基本契約書』(乙第1号証)においては,請求人昭和シェルは,被請求人の営業上,経営上,技術上の情報等を,被請求人の書面による承諾なくして自己の関係会社を除く第三者に開示し,公表し,又は漏えいしてはならないという秘密保持義務を負っている(同契約第9条第1項)。このような義務を負っている請求人昭和シェルは,サービスステーションにおいて部材の設置工事を施工する業者に対して,秘密保持義務を課しているはずであり,仮に明文で秘密保持契約を締結していない場合であっても,契約の性質上黙示的に,又は信義則上,施工業者に秘密保持義務があるのは明らかである。」(審判事件答弁書第7頁14行目?23行目)と主張した。

ここで,馬場氏及び大戸氏が請求人昭和シェル石油株式会社に対して秘密保持義務を負っているか否かを検討する。
まず,本件コーナー裏材は,被請求人ヘキサゴンジャパン株式会社(現SWOT JAPAN株式会社)から請求人昭和シェル石油株式会社が正規に購入したものと認められるものであり,その際,請求人又は被請求人のいずれからも,相手側に対して秘密の保持を求めた事実は認められず,そうである以上,例えば,意匠権者から秘密意匠であるから購入後も意匠の秘密保持を求められている等の場合を除き,購入者が購入後にその製品を自由に使用することに何ら問題はないし,その使用時に当該物品を秘密として扱わねばならない義務もない。そもそも,意匠は外観で判断されるものであり,意匠に係る物品の購入者が公然実施することで直ちに公然知られた状態になりうるため,通常,物品の販売前に意匠登録出願を行い,新規性の喪失を回避することが必要とされるものである。
したがって,請求人昭和シェル石油株式会社は,本件コーナー裏材購入後にそれを秘密にしなければならない義務もないし,本件コーナー裏材を使用する工事を視察した馬場氏及び大戸氏に対して秘密保持義務を課す理由もない。
よって,馬場氏及び大戸氏は,請求人昭和シェル石油株式会社に対して秘密保持義務を負っているものではない。

ウ 「現実にその内容が知られた」について
本件コーナー裏材が使用されるキャノピー設置工事を視察したと認められる馬場氏及び大戸氏は,本件コーナー裏材を数メートル以上離れた距離から見上げるような角度で眺めたのではなく,馬場氏の陳述書(甲第11号証)の(別紙5)の(写真1)にあるとおり,写真撮影をしつつ間近で現実に観察しているものであるから,本件コーナー裏材の形態やその使用方法等を詳細に認識することができたことは明らかであって,本件コーナー裏材の意匠については馬場氏及び大戸氏に現実に知られたものであると認められる。

エ 小括
上記のアないしウによって,本件コーナー裏材は,平成24年2月16日には不特定の者に秘密でないものとして現実にその内容が知られたものであるから,その意匠は,平成25年6月6日を出願日とする本件登録意匠の出願前に日本国内で公然知られたものであると認められる。
よって,審判請求人が本件登録意匠の登録を無効にすべき理由として主張するその余の理由を検討するまでもなく,本件登録意匠は,本件登録意匠の出願前に,日本国内において,公然知られるに至った意匠に類似する意匠であると認めることができる。

第7 むすび

以上のとおりであって,本件登録意匠は,意匠登録出願前に日本国内において公然知られた意匠に類似するものであり,意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠に該当し,意匠登録を受けることができないものであるにもかかわらず意匠登録を受けたものであるから,意匠法第48条第1項第1号に該当し,その意匠登録を無効とすべきものである。
審判に関する費用については,意匠法第52条の規定で準用する特許法第169条第2項の規定でさらに準用する民事訴訟法第61条の規定により,被請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
別掲


審決日 2015-12-18 
出願番号 意願2013-12648(D2013-12648) 
審決分類 D 1 113・ 111- Z (L6)
最終処分 成立  
前審関与審査官 原川 宙下村 圭子 
特許庁審判長 本多 誠一
特許庁審判官 清野 貴雄
江塚 尚弘
登録日 2013-11-01 
登録番号 意匠登録第1485544号(D1485544) 
代理人 宮川 美津子 
代理人 稲葉 良幸 
代理人 波田野 晴朗 
代理人 宮川 美津子 
代理人 田中 克郎 
代理人 田中 克郎 
代理人 波田野 晴朗 
代理人 稲葉 良幸 
代理人 林 美和 
代理人 外海 周二 
代理人 林 美和 

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