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審決分類 審判    C6
管理番号 1330166 
審判番号 無効2016-880018
総通号数 212 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2017-08-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-09-07 
確定日 2017-06-12 
意匠に係る物品 スイーツスプーン 
事件の表示 上記当事者間の意匠登録第1424591号「スイーツスプーン」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。
理由 第1 手続の経緯
本件意匠登録第1424591号の意匠(以下「本件登録意匠」という。)は,平成23年(2011年)4月7日に意匠登録出願(意願2011-9578)されたものであって,審査を経て同年9月9日に意匠権の設定の登録がなされ,同年10月11日に意匠公報(審判請求書に写しとして添付されている。別紙第1参照。)が発行され,その後,当審において,概要,以下の手続を経たものである。

・本件審判請求 平成28年 9月 7日
・答弁書提出(遠藤豊氏) 平成28年11月29日
・答弁書提出(遠藤聡氏) 平成28年11月30日
・審判事件弁駁書提出(遠藤豊氏に対して) 平成29年 1月16日
・審判事件弁駁書提出(遠藤聡氏に対して) 平成29年 1月16日
・口頭審理陳述要領書(被請求人)提出 平成29年 2月22日
・口頭審理陳述要領書(請求人)提出 平成29年 3月 8日
・口頭審理 平成29年 3月22日


第2 請求人の申し立て及び理由
請求人は,請求の趣旨を
「登録第1424591号意匠の登録を無効とする,
審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求める。」と申し立て,その理由として,おおむね以下のとおりの主張をして(2つの「審判事件弁駁書」及び「口頭審理陳述要領書」の内容を含む。),その主張事実を立証するため,後記5に掲げた甲第1号証ないし甲第8号証並びに参考資料1及び参考資料2を提出した。

1 登録無効理由の要点
(1)意匠権者である本件審判被請求人においては,本件登録意匠に係る物品について,後記するその「願書」において説明していることから明らかなように,本件物品の形状は視覚を通じて美感を起こさせることを目的に創作したものではなく,「プリン,ゼリー,ヨーグルトなどを食べる時その容器(カップ類)の内側をきれいに掬い出して残さず食べられるように工夫し」た実用的効果を発揮することを目的に創作したものであると言明している。
そうすると,本件登録意匠と称する物品は,もともと意匠法第2条1項に規定する「意匠」に該当するものではないのだから,本件審判被請求人は,「意匠の創作をした者」から意匠登録を受けることができる権利を譲り受けた者には価しないというべきであり,したがって,意匠法第3条1項柱書の規定による意匠登録を受けることができる意匠であるとはいえないものであるから,本件登録意匠は同法第48条1項1号により登録を無効とすべきである。
(2)本件登録意匠は,甲第1号証ないし甲第4号証に係る各「スプーン」の意匠に類似し,意匠法第3条1項3号の規定により意匠登録を受けることができない新規性のない意匠であるから,同法第48条1項1号により登録を無効とすべきである。
(3)本件登録意匠は,甲第5号証ないし甲第8号証に係る各「ジャムスプーン」の意匠に類似し,意匠法第3条1項3号の規定により意匠登録を受けることができない新規性のない意匠であるから,同法第48条1項1号により登録を無効とすべきである。
(4)または,本件登録意匠は,甲第6号証における「ジャムスプーン」と「スプーン」の両意匠に基づいて当業者が容易に意匠の創作をすることができた創作力のない意匠であるから,意匠法第3条2項の規定により意匠登録を受けることができない意匠であり,同法第48条1項1号の規定によりその登録を無効とすべきである。

2 本件意匠登録を無効とすべき理由
(1)本件登録意匠の要旨
意匠権者である本件審判被請求人は,本件登録意匠の願書中の「意匠に係る物品の説明」の項において,「本物品は,スイーツを食べる時のスプーンである」とスイーツ専用のスプーンであることを明言した後,「スプーンの頭部を斜めにカットしてある」点にあり,この斜めカット形状にすることによって,「プリン,ゼリー,ヨーグルトなどを食べる時その容器(カップ類)の内側をきれいに掬い出して残さず食べられるように工夫したスプーンである。」と,その実用的効果について記述している。
しかし,これらの記載は,「視覚を通じて美感を起こさせる」という「意匠」に係る形態上の美的特徴ではなく,実用的効果についての記載であるから,本件登録意匠自体は意匠法2条1項にいう「意匠」の定義に反するものであることを,意匠権者である本件審判被請求人は自認しているといえる。
専らこのような実用的目的を持って創作されたのが正に本件登録意匠である。
(2)先行意匠が存在する事実及び証拠の説明
物品の形状についての創作は,意匠法のみならず実用新案法や特許法においても保護対象とすることは,特許法1条及び29条1項柱書と実用新案法1条及び3条1項柱書の各規定において明らかであるところ,例えば,次に例挙する実用新案公報及び特許公報においては,同一の目的と効果を有するスプーンが公知となっている。
ア 刊行物公知の意匠
(ア)実開平1-154870号公開実用新案公報(甲第1号証。別紙第2参照。) 昭和63年12月5日出願/平成1年10月25日公開(当審注:「昭和63年4月5日出願」の誤記と認められる。)
これは,ハチミツ,クリームのような粘度の高い物質を容器から採取する時に,匙に無理な力がかからず容易に採取し得るものとの記載がある。
(イ)特開平11-290190号公開特許公報(甲第2号証。別紙第3参照。) 平成10年4月9日出願/平成11年10月26日公開
これは,楕円形の頭部を有するスプーンの先端部付近の縁に直線部を切欠くとの構成の記載がある。
(ウ)特開2003-38331号公開特許公報(甲第3号証。別紙第4参照。) 平成13年8月2日出願/平成15年2月12日公開
これは,スプーンの皿部の先端を斜めに切断した略平面のヘラ形状にしたヘラ部を設けるとの構成の記載がある。
(エ)意匠登録第282698号の類似1号意匠公報(甲第4号証。別紙第5参照。) 昭和40年11月22日出願/昭和43年9月5日登録
これは,意匠に係る物品を「調理用スプーン」と称するものであるが,スプーンの頭部の先端部分を,平面図を上下逆にして見て言えば,右側から左側方向に斜めにカットして成る意匠である。
イ 事実上公知の意匠
次に,ここに事実として挙げる本件登録意匠に先行する公知の意匠とは,電気通信回線(以下,インターネットという。)を通じて公衆に利用可能となった意匠のことである。
(ア)「ジャムスプーン」(甲第5号証。別紙第6参照。)
・薗部産業株式会社(SONOBE)
事業内容:木のうつわ木の道具 原木から仕上げまで
創業:1949年(昭和24年)1月1日
設立:1974年(昭和49年)7月3日
・有限会社クラフト木の実(KONOMI)
有限会社クラフト木の実(CRAFT KONOMI Co.,Ltd)は,1987年(昭和62年)8月7日に薗部産業株式会社の輸出入部門より独立して設立された会社であり,中国,ベトナムにおける専属工場における製品及び素地材製造並びに国内工場での仕上げ加工製造卸売販売を事業内容とする。
・http://www.konomi-net.com/spoon/
・ブナのすがすがしい白い木地がさわやかな気持ちよい「カトラリー」として「ジャムスプーン」その他多くの製品を製造販売しているが,これらの製品は,「20数年来の同社中国工場で日本工場職人の指導管理のもと木地加工をし日本自社国内工場できちんと安心にひとつひとつていねいな検品?仕上げ磨き?含浸工程/ウレタン塗装仕上げ(日本産)をいたしました日本工場保証のよい製品です。」との記載がある。(当審注:「二十数年来の弊社専属中国工場」の誤記と認められる。)
・「カトラリー」の欄には多種類の製品とともに,その制作者である(有)クラフト木の実を象徴する商標「図形十BUNA」の表示を記載している。
・“Copyright(C)2011 sonobe sangyo co ltd.”の表示がある。
(イ)「ジャムスプーン」907円(甲第6号証。別紙第7参照。)
・http://www.utsuwaya.com/page/craftkonomi/spoon.html
・和食器通販の【おかずのうつわ屋・本橋】ブナ・カトラリー
・19.5cm×最大幅3cm 重さ約14g
・天然木・ブナ(中国木地)
ウレタン塗装(日本仕上)
・同社の仕入先として前記甲5に係る「クラフト木の実」が記載されているとともに,「ブナ カトラリー BUNA CUTLERY」として「ジャムスプーン」の写真と価額が他の3品とともに記載されている。
・特徴のある頭部の形状については,「ジャムスプーンは瓶の底に残りがちなジャムなどを上手くかきだせるように,先は斜めにカットされてすくいやすいように先端の方が薄い仕上がりです。」と記載している。
・5/14ページには,「ジャムスプーン」の現物写真が,バターナイフ,スプーン,フォークとともに掲載されており,頭部分の拡大写真も6/15ページ以下(当審注:「6/14ページ以下」の誤記と認められる。)に掲載されている。
(ウ)「ジャムスプーン」730円(税込)(甲第7号証。別紙第8参照。)
・http://www.minka2003.com/spoonj.htm
・ブナ材
195mm
¥730(税込)
ウレタン塗装
・木地仕上と塗装のみ国内加工
・「ジャムスプーン」の現物写真が4カット貼付されている。
・村井工作社
村井昭夫
(エ)「木の家具MINKA」(甲第8号証。別紙第9参照。)
・http://minka2003.exblog.jp/9604853/
by wooden-mama|2009-02-14 05:02|MINKAのものもの
・木の家具と木の時計を作り,生活によりそう木の家具や木の時計を作っていたいとして,里山と周囲に囲まれた家族と生活する古民家に工房がある旨の記事がある。
・「ブナのジャムスプーンとれんげ」と題して,「セレクト商品のカトラリーに新商品が加わりました。先端が平らになっている少し変わった形の ジャムスプーンとれんげです。共にブナ材です。ブナのカトラリーは他にもサービングスプーンなどがありますが,ともにブナ材の素朴な木肌と丸みを帯びたデザインが温かい雰囲気を醸し出していて魅力的です。れんげは小さめのサービススプーンとしての使い方もおすすめです。」(当審注:「・・・サービングスプーンなどありますが,どれもブナ材の素朴な木肌と丸みを帯びたデザインが温かい雰囲気を醸しだしていて魅力的です。れんげは小さめのサービングスプーン・・・」の誤記と認められる。)と記載され,ジャムスプーンの現物写真が紹介されているが,このジャムスプーンは,甲7に示したジャムスプーンと同一のものである。
(オ)請求人の代理人は,平成28年8月26日(金)午後4時頃,薗部産業株式会社と同地にある有限会社クラフト木の実を訪問し,薗部社長に面会して取材しようとしたが,社長自身は現在,中国の工場へ出張中とのことで,代わりに社長代理の仕事をしている薗部夫人に面会して話を聞いた。
それによると,甲6に係る「うつわ屋・本橋」とは古い取引先である,甲7・甲8に係る「村井工作社」とは卸問屋を介しての取引先であるとのことであった。
(3)本件登録意匠と先行意匠との対比判断
ア 意匠に係る物品の名称がスプーンであろうと匙であろうと,その機能は同じであるところ,甲1に係る頭部について「先端はナイフ状又は凹部を有する採取部分を形成し」(当審注:「先端4はナイフ状,或は凹部・・・」の誤記と認められる。)と説明されているし,また,甲2に係るスプーンの頭部には,その先端部付近は一方向に直線状に切欠かれているし,また,甲3に係るスプーンの頭部の先端部は斜めに切断した構成に成る。
さらに,甲4に係るスプーンは「調理用」とあるのに対し,本件登録意匠に係るスプーンは「飲食用」である用途の違いは認められても,その機能は共通しているのであり,物品として類似するものであるとともに,頭部における形状は印象を共通にするから,類似する意匠といえるものである。
そうすると,本件登録意匠にあっては,これら甲1ないし甲4に係る各スプーンの形状と類似する意匠であるといえる。
イ 本件登録意匠に係るスイーツスプーンの形態は,周知のスプーンの柄部と一体に成る頭部の円弧形状に成る頂端部の半分以上を右側から左側方向にほぼ直線状に斜めにカットして形成しているところに特徴があり,意匠創作の要部があると認められる。
これに対し,甲5ないし甲8に係る先行意匠のジャムスプーンの形態は,周知のスプーンの柄部と一体に成る頭部の円弧形状に成る頂端部を右側から左側方向に斜めにほぼ直線状にカットして形成しているものである。
そこで,本件登録意匠の平面図と先行意匠(甲5,甲6,甲7,甲8)の正面部とを対比すると,(ア)柄部と一体に成る縦長の頭部の形状において,その底面部の深さを比較すると,両者ともに比較的深いこと,(イ)頭部の輪郭形状において,前者は左右両側部では異なり,正面視右側部の円弧が比較的大きく左側部の円弧が緩やかに成るのに対し,後者は正面視右側部がほぼ垂直になり左側部は緩やかな円弧に成ること,(ウ)頭部の底面部の深さが,前者は柄部の首部分まで続くのに対し,後者は柄部の首部分までは及んでいないこと,(エ)頭部の周縁部は,前者は幅縁状に成るのに対し,後者は線縁状に成ること,の違いが認められる。
ウ 本件登録意匠と甲5ないし甲8に係るジャムスプーンとの間には,以上のような相異点は認められるけれども,甲5ないし甲8にあっては,本件登録意匠の特徴とする頭部の円弧形状の頂端部の半部分を右側部から左側方向へ直線状に斜めにカットした形態を具有しているから,前記のような微細な違いがあったとしても,スプーン頭部の形態についての創作の要部は一致する類似の意匠ということができ,意匠法第3条1項3号に該当する意匠といえるのである。
エ しかしながら,もし仮に類似性についての判断が困難であるというのであれば,例えば甲6の「ジャムスプーン」(A)と「スプーン」(B)(当審注:「ジャムスプーン」(B)と「スプーン」(A)の誤記と認められる。)との頭部の形態を合わせれば,当業者にあっては,本件登録意匠は極めて容易に創作することができたものといえるから,本件登録意匠は創作力のない意匠と判断することができ,意匠法第3条2項に該当する意匠といえるのである。(ここに「創作力」という概念を使用したのは,「創作性」を使用すると新規性を意味する「意匠の創作」の概念と混同を生ずるおそれがあるからである。)
オ ところで,請求人が引用している法規定は意匠法第3条1項2号であり,証拠方法の甲5ないし甲8として引用している公知意匠とは,同規定中の「意匠登録出願前に日本国内において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠」に該当するものである。
カ 意匠法は実用新案法と同様,物品に関する創作保護法であることを考慮すれば,物品の形態に関する創作いかんによって,拒絶すべきか,登録無効とすべきかを判断することになるのである。そして,その人的基準(主体)は,意匠法の目的が,意匠の創作を奨励しもって産業の発達に寄与する(法1条)ことにある以上,当業者であって需要者ではないのである。
かかる観点から見ても,本件登録意匠は,引用意匠(甲5,甲6,甲7,甲8)とは「スプーン」という同一物品中の頭部に係る創作の同一性により類似と判断することができたものであり,また仮に類似と判断されなくても,例えば甲6中の2つのスプーン(A)と(B)の頭部の形態から,当業者は容易に意匠の創作をすることができたものであるから創作力を欠如している意匠といわねばならないものなのである。
したがって,本件登録意匠は明らかに登録無効事由を有する意匠であるといわざるを得ない。
(4)むすび
以上の理由によって,本件登録意匠は,意匠法第3条1項柱書,同項3号又は同法第3条2項の規定により意匠登録を受けることができない意匠であるから,その意匠登録は同法第48条1項1号の規定に該当し,無効とすべきものである。

3 「審判事件弁駁書」における主張
(1)遠藤豊氏に対する弁駁
ア 前記1(1)に対して
被請求人は,本件意匠登録願書における「意匠に係る物品の説明」の項において,自らヨーグルトなどを食する時,その容器の内側をきれいに掬い出して食べられるように工夫したスイーツスプーンであることを,本件登録意匠に係るスプーンの形状について自ら記述していることについて,これは「飲食する時いかに美的要素を持たせるかを考えて創作したもので,視覚を通じて美感を起こさせることができると考えたデザインである」と主張する。
しかしながら,もしもこのような説明をしたかったのであるならば,なぜ意匠登録出願時にそのとおりの記述を「意匠に係る物品の説明」の項においてしなかったのか。したがって,被請求人のこのような主張は矛盾であり,失当である。被請求人による本件意匠登録願書における前記記載は,特実出願における「作用効果」の説明以外の何ものでもない。
また被請求人は,本件登録意匠はスプーン頭部のA-B間を直線にカットしているから,視覚を通じて美感を起こさせる物品と考えていると主張するが,そのような意思を特に表示したいのであるならば,「願書」の「意匠に係る物品の説明」の項ではなく,「特徴記載書」を作成し,そこで上記事項を明確に記載するのが妥当であるから,被請求人の主張自体は矛盾であり,失当である。
また,被請求人が主張するような頭部形状から成るスプーンは,例えば甲2に係るスプーンの図面及び明細書の記載において,「だ円形の飲食用スプーンであって,スプーン(1)の先端部付近の縁に直線部(2)で切り欠く」ものであることが,明らかに述べられているのである。
イ 前記1(2)及び(3)に対して
被請求人は,甲1ないし甲8に係るスプーンの形状とは類似しないと主張するが,その全部について被請求人の主張が妥当であるとはいえない。
すなわち,本件登録意匠は,前記した甲2に係るスプーンの頭部の形状に酷似するものであり,また甲3に係るスプーンは,図1及び図4においてスプーン1の頭部における一側部の皿部と他側部のへら部4(当審注:「ヘラ部5」の誤記と認められる。)との形状の関係は,本件登録意匠の頭部の形状と類似するものである。
ウ 前記1(4)に対して
被請求人は,請求人の本件登録意匠は甲6に示した「Aジャムスプーン」と「Bスプーン」(当審注:「Bジャムスプーン」と「Aスプーン」の誤記と認められる。)の両意匠に基づいて,当業者が容易に意匠の創作をすることができた創作力のない意匠であるとの主張に対しては,答弁をせず反論もしていない。
そうすると,本件登録意匠は意匠法第3条2項に該当する意匠,即ち,当業者が事実上公知の意匠(形態)に基づいて,容易に意匠の創作をすることができた意匠であるとの請求人の主張を容認しているといえる。
エ 証拠方法の追加
請求人にあっては,自社資料を調査して判明したことは,1997年(平成9年)4月に“Cutlery & Table Ware for Hotels & Restaurants”と表記した商品カタログ(甲第9号証の1)及びその価格表(甲第9号証の2)を発行していた事実があるので,その中に該当する65ページと32ページを甲第9号証の1と同号証の2として提出する。
(2)遠藤聡氏に対する弁駁
ア 前記1(1)について
被請求人は,本件意匠登録願書における「意匠に係る物品の説明」の欄の記載は,意匠法施行規則様式第2〔備考〕39で求められているとおりの内容を記載したにすぎないと答弁するが,そのとおりである。
請求人が指摘したのは,被請求人(出願人)が本件登録意匠の「物品の説明」の項に記載している説明は,本件登録意匠に係るスプーンの頭部の一部を斜めにカットした理由を,プリンなどを食べる時にその容器の内側をきれいに掬い出して残さず食べられるように工夫したことにあると言明しているだけであり,そこには美感や美的特徴についての記載はない。被請求人は,本件登録意匠に係るスプーンについての実用的効果に言及するのは自然だというが,それでは意匠法は,実用的効果を発揮する物品の形態を保護する法律でもあるというのだろうか。
実用新案法が保護対象とする「考案」は,「物品の形状,構造又は組合せ」に係る自然法則を利用した技術的思想の創作をいうのに対し,意匠法が保護対象とする「意匠」とは,「物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合」であって,視覚を通じて美感を起こさせるものをいうのだから,実用的効果の発揮のみの記載で終わってはならないと請求人は主張しているのである。本件登録意匠についての当該説明を当業者が読めば,視覚を通じて美感を起こさせる形状というよりも,そのとおりの作用効果を発揮する形状となっているものと解するのが普通である。
イ 前記2(2)アについて
ここでは,本件登録意匠の出願前に日本国内に頒布された「刊行物公知」のスプーンの形状について例挙した。その中のスプーンの頭部の形状を専ら実用的効果を発揮するために創作しているのであれば,同時に美感の発揮を効果としたとしても,実用的効果が優先されると解することが常識であり,美感の発揮などは付け足し的なものでしかないと解することになる。
被請求人は,甲1は機能A,甲2は機能B,甲3は機能Cの各課題解決を目的・効果としていると主張するが,そのことと意匠の創作とは矛盾しない。請求人が主張している問題点は,本件登録意匠の出願人である被請求人自身が出願時に,実用的効果を発揮する形状から成る意匠の創作であることを,願書において強調している点を無視してはならないということである。
ウ 前記1(2)及び(3)について
前記1は,本件登録意匠の登録無効理由の要点として,(2)では甲1ないし甲4に係るスプーンの意匠(形態)と類似するものであることを主張立証し,(3)では甲5ないし甲8に係るジャムスプーンの意匠と類似するものであることを主張立証している。
したがって,被請求人が後記第3の1(2)ア(ウ)bで主張している記載は無意味なものであるから,特に反論しない。
被請求人は,甲5ないし甲8に係る証拠について,その成立を否認するが,失当である。
エ 前記1(4)について
被請求人は,本件登録意匠は甲6に係るA,B2つのスプーンの頭部の形態を組み合わせることによって容易に創作することができたものといえるとの請求人の主張を否認する。
しかしながら,飲食スプーン等の洋食器製造の当業者であれば,きわめて容易に本件登録意匠を創作し完成することができるものであるといえるから,被請求人の主張は失当である。
したがって,この点からも,本件登録意匠は法第3条2項に規定する創作力を欠如した意匠であるといわねばならない。
オ 証拠方法の追加
請求人にあっては,自社資料を調査して判明したことは,1997年(平成9年)4月に“Cutlery & Table Ware for Hotels & Restaurants”と表記した商品カタログ(甲第9号証の1)及びその価格表(甲第9号証の2)を発行していた事実があるので,その中に該当する65ページと32ページを甲第9号証の1と同号証の2として提出する。

4 「口頭審理陳述要領書」における主張
(1)当審による請求人に対する審理事項通知
当審は,請求人に対して,平成29年(2017年)2月3日付けの審理事項通知書により,次の認定・判断を伝えて,意見を求めた。
ア 前記2(2)イに「ここに事実として挙げる本件登録意匠に先行する公知の意匠とは,電気通信回線(以下,インターネットという。)を通じて公衆に利用可能となった意匠のことである。」と記載されているが,この記載の限りでは,以下のとおり,甲第5号証ないし甲第8号証に記載された意匠が,本件登録意匠(意匠登録第第1424591号の意匠)の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった事実が主張されているとは認められない。
(ア)甲第5号証
前記2(2)イ(ア)に「“Copyright(C)2011 sonobe sangyo co ltd.”の表示がある。」との記載があるが,甲第5号証が公開された具体的な日付けなどの記載がなく,甲第5号証に記載された意匠が,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった事実が主張されていない(その事実の立証もされていない。)。
(イ)甲第6号証
前記2(2)イ(イ)には甲第6号証が公開された具体的な日付けなどの記載がなく,甲第6号証に記載された意匠が,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった事実が主張されていない(その事実の立証もされていない。)。
(ウ)甲第7号証
前記2(2)イ(ウ)には甲第7号証が公開された具体的な日付けなどの記載がなく,甲第7号証に記載された意匠が,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった事実が主張されていない(その事実の立証もされていない。)。
(エ)甲第8号証
前記2(2)イ(エ)に「by wooden-mama|2009-02-14 05:02|MINKAのものもの」との記載があるが,甲第8号証にこの文言が記載されている事実及びその証拠(甲第8号証)だけでは,甲第8号証に記載された意匠が,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であると認めることはできない。間接事実又は補足事実を主張するとともに,その事実を立証するための間接証拠を提出されたい。(当審注:上記審理事項通知書では,「2009-01-14」及び「その証拠(甲第7号証)だけでは,甲第7号証に記載された意匠」と記載されていたが,これらは誤記であるため,訂正した。)
イ 前記1(4)に「本件登録意匠は,甲第6号証における「ジャムスプーン」と「スプーン」の両意匠に基づいて当業者が容易に意匠の創作をすることができた創作力のない意匠であるから,意匠法第3条2項の規定により意匠登録を受けることができない」と記載されているが,甲第6号証が公開された具体的な日付けなどの記載がないので,甲第6号証に記載された意匠が,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった事実が主張されているとは認められない。
ウ 請求人の弁駁書における「オ 証拠方法の追加」の主張は,審判請求書におけるものとは別の証拠に基づく無効理由を主張するものであるから,請求の理由の要旨の変更を求めるものと理解している。審判合議体としては,当該主張部分については,審理の対象としない。
(2)審判長の認定に対する意見
請求人は,当審による上記(1)の認定・判断に対して,次のとおり意見を述べた。
ア 甲第5号証ないし甲第8号証に係るインターネット上で公衆に利用可能となった公知事実についての証拠となることの根拠は,次の表示記載にある。
(ア)甲第5号証については,“Copyright(C)2011 Sonobe Sangyo Co. ltd. All Right Reserved”(当審注:「Copyright(C)2011 sonobe sangyo co ltd.All Rights Reserved.」の誤記と認められる。)の著作権表示により,問題の「ジャムスプーン」の意匠は2011年中にインターネット上において公知になっていることが推定される。
第3頁には「ジャム瓶スプーン」と記載してあり,第4頁には「ジャム小瓶スプーン」と記載してあり,実質的には同一のスプーンである。
(イ)甲第6号証については,前記甲第5号証の製品「ジャムスプーン」を仕入れたものであるから,両意匠には同一性があり,やはり2011年中に公知になっている意匠であることが推定される。
(ウ)甲第7号証については,前記甲第5号証に係る「ジャムスプーン」の意匠と同一性があるから,やはり2011年中に公知になっている意匠であることが推定される。
(エ)甲第8号証については,「木の家具 MINKA-minka2003.exblog.jp」が,「ブナのジャムスプーンとれんげ:木の家具MINKA」として,exciteのブログで,“by wooden-mama|2009-02-14 05:02|MINKAのものもの”と記載され,「先端が平らになっている少し変わった形のジャムスプーンとれんげです。共にブナ材です。」と説明している。
この中で,前記「minka2003」とは,広告主MINKA工房の設立年であり,このブログを公表したのは正に2009年2月14日であると認められる。
(オ)請求人が弁駁書の「オ 証拠方法の追加」で主張していることは,審判請求書におけるものとは別の証拠に基づく無効理由を主張するものであるから,請求理由の要旨の変更を求めるものであるとの理解は誤りである。けだし,行政府が行う審判事件であっても,当該登録意匠が登録無効事由を有するものであるかどうかの真実の発見のためには,請求時のみならず審理中に無効とすべき証拠を追加することは違法ではなく,適法であると解すべきである。
本件審判請求事件において請求人は,本件登録意匠に対する登録無効事由としては,まず刊行物公知の意匠として甲第1号証ないし甲第4号証に係る特許庁頒布の諸公報中の図面を引用して,意匠法3条1項3号に規定する新規性が存在しないことを主張しているから,前記したインターネットによる事実上公知の意匠とは別の観点から,新規性がない意匠であると判断することができる事実についても見出し得るのである。
(3)被請求人の口頭審理陳述要領書についての意見
被請求人が提出した口頭審理陳述要領書について,次のとおり意見を述べたい。
ア 請求人が,本件登録意匠の願書中の「意匠に係る物品の説明」の記載に指摘していることは,被請求人があえてそのように主張したいのであれば,記載する場所が別にあることを指摘したものである。
イ なし。
ウ なし。
エ 被請求人は甲第9号証の1,甲第9号証の2は,何を説明したいのか定かではないと言うが,これらの証拠は本件登録意匠と類似する意匠はすでに刊行物公知となっていることを証明しているのである。請求人会社のカタログ上に記載されているNo.3329ケーキスプーンは請求人において製造販売していた製品であるから,本件登録意匠に係るジャムスプーンは,これと類似する形態から成るものである。
オ 請求人がここに記載していることは,同じ物品を対象とする創作でも,実用新案法のそれと意匠法のそれとは異なる内容を有するものであることを指摘しているのであり,両法についての基本的な理解がなければ議論にならないのである。
カ ここにおける被請求人の主張は意味不明であり,反論の必要はない。本件は,立法論の是非を争っている事案ではない。(意匠法は創作保護法であり,商標法や不競法の混同識別保護法とは本質的に異質の知財法である。)
キ ここで被請求人が陳述していることは,意味不明である。被請求人は請求人代理人の真意を全く理解していないから,答弁することができないのである。

5 請求人が提出した証拠及び参考資料
請求人は,以下の甲第1号証ないし甲第8号証(全て写しである。)を,審判請求書の添付書類として提出した。
なお,請求人は,2つの審判事件弁駁書の添付書類として甲第9号証の1及び甲第9号証の2を提出したが,後記第4の口頭審理において,審判長が職権によりそれぞれ参考資料1及び参考資料2に訂正した。
甲第1号証 実開平1-154870号公開実用新案公報
甲第2号証 特開平11-290190号公開特許公報
甲第3号証 特開2003年-38331号公開特許公報
甲第4号証 意匠登録第282698号の類似1号意匠公報
甲第5号証
・http://www.konomi-net.com/spoon
・薗部産業株式会社・有限会社クラフト木の実のウェブサイト
甲第6号証
・http://www.utsuwaya.com/page/craftkonomi/spoon.html
・和食器通販の【おかずのうつわ屋・本橋】(ブナ・カトラリー)のウェブサイト
甲第7号証
・http://www.minka2003.com/spoonj.htm
・村井昭夫のウェブサイト
甲第8号証
・http://minka2003.exblog.jp/9604853
参考資料1
・株式会社卜-ダイ(請求人)発行の商品カタログ“High Quality Collection Cutlery of Table Ware for Hotels & Restaurants”65ページ 1997年4月発行
参考資料2
・株式会社卜-ダイ(請求人)発行の商品カタログ“High Quality Collection Cutlery of Table Ware for Hotels & Restaurants”の価格表 32ページ 1997年4月発行


第3 被請求人の答弁及び理由の要点
被請求人は,平成28年11月29日付けの答弁書(遠藤豊氏が提出)及びその翌日付けの答弁書(遠藤聡氏が提出)において,答弁の趣旨を
「本件審判の請求は成り立たない。
審判費用は,請求人の負担とする。との審決を求める。」と答弁し,その理由として,要旨以下のとおりの主張をして(「口頭審理陳述要領書」の内容を含む。),その主張事実を立証するため,後記3に掲げた丙第1号証及び丙第2号証を提出した。

1 答弁の理由
(1)平成28年11月29日付け答弁書(遠藤豊氏が提出)
ア 前記第2の1(1)について
「意匠に係る物品の説明」欄は「その物品の使用目的等」を記載したにすぎず,「意匠に係る物品」そのものではない。
これについてはいかに食べやすい道具を創るとき,飲食するときいかに美的要素を持たせるかを考えて創作したもので,視覚を通じて美感を起こさせることができると考えたデザインである。
イ 前記第2の1(2)及び(3)について
以下のとおり,本件登録意匠は甲第1号証ないし甲第8号証に類似していないと考える
(ア)甲第1号証
匙頭部の先端から柄の先まで全体に棒状態をひねったように屈曲した形状であり,またハンドルにラインが入っており本件登録意匠とは異質と思う。
(イ)甲第2号証
スプーン頭部が三角的であり,ハンドルともに本件登録意匠とは異質と思う。
(ウ)甲第3号証
甲第2号証と同じくスプーン頭部が三角的であり,ハンドルともに本件登録意匠とは異質と思う。
(エ)甲第4号証
スプーン頭部の形状が本物品と大きく異なっている。また,頭部とハンドルのバランスが本件登録意匠と全く違う。
(オ)甲第5号証ないし甲第8号証のジャムスプーンは同一品と思われる。全体のスプーン頭部と柄のバランスが本件登録意匠とは類似していなく,頭部はナナメカットになっているだけで,ツボの深さや柄と頭のつなぎ目もまた違っている。
ウ まとめ
1点でもスプーン頭部がナナメにカットされただけで,意匠等に登録されているすべてのものが登録無効になるとは考えられず,甲第1号証ないし第8号証の物品は本件登録意匠とは異質なものであると考える。
よって,本件登録意匠は甲第1号証ないし甲第8号証に類似せず,意匠法3条1項3号の規定に該当する意匠ではないと確信している。
(2)平成28年11月30日付け答弁書(遠藤聡氏が提出)
ア 前記第2の1(1)について
(ア)「スプーンの頭部を…工夫したスプーンである。」は「使用の状態等物品の理解を助けることができるような説明」である。
「意匠に係る物品の説明」欄には意匠法施行規則様式第2〔備考〕39にて求められているとおりの内容を記載したにすぎない。例えば「本物品は,スイーツを食べる時のスプーンである。」は物品の使用目的,「スプーンの頭部を…工夫したスプーンである。」は「使用の状態等物品の理解を助けることができるような説明」を記載したものである。
請求人は当欄の記載が「『意匠』に係る形態上の美的特徴」でなければならないと主張しているがそれを求める法令もなく,また「使用の状態等」の説明で実用的効果に言及するのは自然である。
(イ)「実用的効果を発揮することを目的に創作された物品」が直ちに「意匠」ではないことはない。
請求人は実用的効果を発揮することを目的に創作された物品はそれを自認すれば,意匠法第2条1項に規定する「美感を起こさせる」にもれなく該当せず,故に「意匠」ではないと主張(以下,請求人主張A)し,本件登録意匠はそれに該当するとしている。
一方で,請求人は前記第2の2(2)にて公開実用新案公報または公開特許公報である甲第1号証ないし甲第3号証を挙げ,各証の物品は「物品の形状についての創作は意匠法のみならず…保護対象」になるとしている。しかし甲第1号証は3.ハにて「ハチミツ,クリームのように粘度の高い食品を…容易に採取しうるよう追求」(以下,機能A)するための物品の形状であることを考案者が自認し,甲第2号証は(57)にて「食器皿の四方に散り食品を…楽にすくえる,加えて食品を寄せ集め…見苦しさを解決して表面を美しくするスプーンを提供する」(当審注:「食器皿の四方に散り存在する食物を…楽にすくえる,加えて,食物を寄せ集め」の誤記と認められる。)(以下,機能B)課題を解決する物品の形状であることを発明者が自認し,甲第3号証は(57)にて「鉄板上や皿上の食べ物をかき寄せ,…無理の無い自然な手や口の角度で食事をする」(以下,機能C)課題を解決する物品の形状であることを発明者が自認している。
さすれば,甲第1号証ないし甲第3号証は実用的効果を発揮することを目的に創作された物品であることを各々の考案者,発明者が自認しており,請求人主張Aによればそもそも「意匠」ではないのであって,請求人の甲第1号証ないし甲第3号証が意匠法で保護されるとの言説をもって自ら請求人主張Aを否定し,甲第1号証ないし甲第3号証を「意匠」として本件登録意匠と類否判断新規性を論述している。また,実用的効果を発揮し課題を解決するために考案,発明された形状を保護する実用新案,特許の各公報に記載された物品の形状も意匠審査,審判,裁判において意匠の新規性の有無を依拠する「意匠」とされている実際を否定する独自の理論でもある。したがって請求人主張Aは成り立たたず,本件登録意匠は意匠法第2条1項に定める「意匠」である。
(ウ)本件登録意匠は「意匠」である。
a どのような場合に美感が起きるかは当業者,需要者によらず人により千差万別で厳密には規定できないところ,特許庁意匠審査基準21.1.1.4では美感について「美術品のように高尚な美を要求するものではなく,何らかの美感を起こすものであれば足りる」とされ,美感を起こさせないものの例として「1 機能,作用効果を主目的としたもので,美感をほとんど起こさせないもの」とし,意匠法第5条3号に意匠登録を受けることができないものとして「物品の機能を確保するために不可欠な形状のみからなる意匠」を挙げている。
以上を鑑みれば,(意匠法の保護する意匠が「工業上利用できる」物品の意匠である以上,実用的効果の発揮を考慮しながら創作することは自然であるが)本件登録意匠が「実用的効果を発揮することを目的に創作された物品」であり「それをまさに具現化した形状」であるとしても,本件登録意匠の形状が「容器(カップ類)の内側をきれいに掬いだして残さず食べられる」様な機能・作用効果(以下,機能D)に不可欠で一義的に決まる形状が構成のほとんどではなく,何らかの美的創作がなされていれば,「美感を起こさせる」と解される。
b ここで,本件登録意匠を本件請求書添付の意匠公報(意匠登録第1424591号。別紙第1参照。)から観察すると以下のとおりとなる。また,次図(別紙第10参照)は説明の理解を容易にするため一般的なスプーンを正面図で見たもので形態上の特徴の変化が始まる点を番号付けしたものである。また,[2]から[6]へ反時計回りの部分を「頭部」,[2]から[6]へ時計回りの部分を「握柄部」と呼び,これらの番号,呼称は以後共通して用いる。
<基本的構成様態>
本件登録意匠(イ) 平面図を見ると握柄部は[2]→[1]部で左右端部に向かって広がる緩やかな円弧で[7]→[6]部は[2]→[1]部と対象である。右端の[1]→[7]部は半円である。
本件登録意匠(ロ) 平面図を見ると頭部は[6]→[5]→[4]部より大きいRの[4]→[3]→[2]部を持つ略楕円様でその左端は上部円弧の頂点[3]を過ぎた[4]→[3]部の中ほどを上端として左上から右下への直線の切欠きを持つ。
本件登録意匠(ハ) 正面図を見ると頭部の切欠きは直線をなしている。
本件登録意匠(ニ) 左側面図及び右側面図を見るとS字状をなし,頭部には深さを持つ窪みがある。
<具体的構成様態>
本件登録意匠(ホ) 頭部と握柄部の長さは約5:6の比をなす。
本件登録意匠(へ) 正面図でみて握柄部の[2]から[1]へ約1:3で分割される位置で握柄部の幅が最小となり,その幅の最小と最大との比は約1:2である。
本件登録意匠(ト) 頭部と握柄部の最大幅の比は約2:1をなす。
本件登録意匠(チ) 頭部の長さと最大幅の比は約2:5をなす。
本件登録意匠(リ) 平面図で見て頭部切欠きの左上端は頭部最大幅部の上から下へ約1:3で分割される位置から始まる。
本件登録意匠(ヌ) 正面図で見て頭部の窪みの最深部は頭部最大幅部の右から左へ約1:1で分割される位置にある。
本件登録意匠(ル) 頭部には幅縁取りがある。
機能Dを具現化するためには本件登録意匠(ロ)にある直線(又は緩円弧様)の切欠きを加えることは不可欠で周知であろうが,例えば本件登録意匠(ハ)にあるような直線ではなく円弧であっても良く一義的には決まらない美的創作がなされたもので,更に本件登録意匠(イ),本件登録意匠(ロ)の切欠き部以外,及び本件登録意匠(ニ)ないし本件登録意匠(ル)の形状も一義的に決まらず,また美的創作がなされたものである。したがって,本件登録意匠は意匠法第2条1項に定める「意匠」である。
イ 前記第2の1(2)及び(3)について
以下のとおり請求の理由は成り立たたない。
(ア)甲第5号証ないし甲第8号証は意匠法第3条1項2号に規定する意匠とは認められず否認する。
甲第5号証には(c)2011の表記があるものの,この表記からは平成23年中に甲第5号証の内容が電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったことは類推させるが,本件登録意匠の出願日(平成23年4月7日)前にも利用可能であった事までは示さない。意匠審査基準22.1.2.8.2の刊行物の場合には受人日が年のみの場合その年末すなわち平成23年12月31日に受け入れたとの取扱い(当審注:この取扱いは,意匠審査基準22.1.2.4で説明されている。),物理的な形状を持つ刊行物とは異なりその内容の改変可能性をもつインターネット上の意匠であり,本件登録意匠の出願日以降に甲第5号証の内容に改変がないことが確認できないことも鑑みれば甲第5号証は証拠とはならず,意匠法第3条1項2号に規定する意匠とは認められない。
甲第6号証及び甲第7号証には電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった日(以下,掲載日時)の記載がなく,同様に証拠とならず意匠法第3条1項2号に規定する意匠とは認められない。
甲第8号証は|2009-02-14 05:02|の記載があることから,本件登録意匠の登録日前の平成21年2月14日が掲載日時であると請求人は主張していると類推されるものの,甲第8号証の内容が記載されているexciteブログでは丙第1号証及び丙第2号証のとおり,|2009-02-14 05:02|の表示は投稿・編集時にその日時をexciteブログが自動付与し改変不可とするものではなく,投稿者が投稿時に任意に指定可能でまたその投稿内容と合わせて事後に改変可能なものである。したがって|2009-02-14 05:02|の記載は本当の掲載日時を記載しているかは疑義があり,また記載日時以後に内容の改変がないことも確認できない。したがって甲第8号証は証拠とならず意匠法第3条1項2号に規定する意匠とは認められない。
(イ)本件登録意匠の要部について
意匠法第24条2項,特許庁意匠審査基準22.1.3.1.1及び22.1.3.1.2(4)に基づき本件登録意匠を観察すると,
要部(α) 本件登録意匠(ロ),本件登録意匠(チ)及び本件登録意匠(リ)の様な頭部の形状及び頭部の切欠き部とその他の部分との接合方法等の調和
要部(β) 本件登録意匠(ハ)の様な正面図からの切欠き部の形状
要部(γ) 本件登録意匠(ニ)の様な頭部と握柄部の調和
に本件登録意匠の要部がある。
以下,この要部に基づいて本件登録意匠との類否判断を行う。
(ウ)甲第1号証ないし甲第4号証は本件登録意匠に類似しない。
甲第1号証ないし甲第4号証が意匠法第3条1項2号に規定する意匠であることは認めるが,これらの意匠は次に記述するとおり本件登録意匠に類似せず,請求人の主張は成り立たない。

甲第1号証の意匠
<基本的構成様態>
甲第1号証(イ) 第一図を見ると握柄部は上部・下部とも上に凸の円弧でその間隔はほぼ一定であり,右端部は右上から左下への略直線様の形状を持つ。
甲第1号証(ロ) 第一図を見ると頭部は左に向かって緩やかな広がりを持つ略平行四辺形様で左端に緩円弧様の切欠きがある。
甲第1号証(ハ) 「突端4をナイフ又は通常の凹部を有する」の記述があるから正面図から見た切欠きの形状は不定で直線又は円弧を描くものと思量される。
甲第1号証(ニ) 第二図を見ると略直線様の形状を持ち頭部は極浅い窪みを持つ。
<具体的構成様態>
甲第1号証(ホ) 頭部と握柄部の長さは約3:4の比をなす。
甲第1号証(へ) 握柄部には円弧状の縁を持つ肉厚部がある。
そうすると,甲第1号証(ロ)から要部(α)の視点で,甲第1号証(ホ)から要部(γ)の視点で本件登録意匠とは異なっており,本件登録意匠と類似しない。

甲2号証の意匠
<基本的構成様態>
甲第2号証(イ) 図1を見ると握柄部は下に広い台形状をなし左端,右端及び下端は直線である。
甲第2号証(ロ) 図1を見ると頭部は緩円弧を持つ略菱形様で左上辺は緩円弧ではなく直線の切欠きを持つ。
<具体的構成様態>
甲第2号証(ハ) 頭部と握柄部の長さは約1:1の比をなす。
甲第2号証(ニ) 握柄部の幅の最小と最大との比は約2:5である。
甲第2号証(ホ) 頭部と握柄部の最大幅の比は約2:1をなす。
甲第2号証(へ) 頭部の長さと最大幅の比は約2:3をなす。
甲第2号証(ト) 図1で見て頭部切欠きの右上端は頭部最大幅部の右から左へ約1:1で分割される位置から始まる。
そうすると,甲第2号証(ロ),甲第2号証(へ)及び甲第2号証(ト)から要部(α)の視点で本件登録意匠と異なっており,本件登録意匠と類似しない。

甲第3号証の意匠
<基本的構成様態>
甲第3号証(イ) 図1を見ると握柄部は全体的に下に凸に湾曲しながら,右端部に行くに従い幅広となる略楕円状の形状を持つ。
甲第3号証(ロ) 図1を見ると頭部は緩円弧の辺を持つ略三角形様の形状を持ち,その左下辺はヘラ状の切欠きをなす。
甲第3号証(ハ) 図2を見ると頭部の切欠きは直線をなしている。
<具体的構成様態>
甲第3号証(ニ) 頭部と握柄部の長さは約6:9の比をなす。
甲第3号証(ホ) 頭部と握柄部の最大幅の比は約2:1をなす。
甲第3号証(へ) 頭部の長さと最大幅の比は約3:1をなす。
甲第3号証(ト) 図2で見て頭部の窪みの最深部は頭部最大幅部の右から左へ約1:2で分割される位置にある。
甲第3号証(チ) 全部に線縁取りがある。
そうすると,甲第3号証(ロ)から要部(α)の視点で本件登録意匠と異なっており,本件登録意匠と類似しない。

甲第4号証の意匠
<基本的構成様態>
甲第4号証(イ) 平面図を見ると握柄部は上が広い台形の形状で上端部は半円をなす。
甲第4号証(ロ) 平面図を見ると頭部は上が広い略楕円形(卵形)をしており下端は緩円弧状の切欠きを持つ。
甲第4号証(ハ) 正面図を見ると頭部の切欠きは円弧をなしている。
甲第4号証(ニ) 左側面図及び右側面図を見ると握柄部は略直線様をなし,頭部はくの字状をなし深さを持つ窪みがある。
<具体的構成様態>
甲第4号証(ホ) 頭部と握柄部の長さは約8:15の比をなす。
甲第4号証(へ) 頭部と握柄部の最大幅の比は約3:1をなす。
甲第4号証(ト) 頭部の長さと最大幅の比は約4:3をなす。
甲第4号証(チ) 図2(当審注:「正面図」の誤記と認められる。)で見て頭部の窪みの最深部は頭部最大幅部の右から左へ約1:1で分割される位置にある。
そうすると,甲第4号証(ロ)及び甲第4号証(ト)から要部(α)の視点で,甲第4号証(ハ)から要部(β),甲第4号証(ホ)から要部(γ)の視点で本件登録意匠と異なっており,本件登録意匠と類似しない。

(エ)甲第5号証ないし甲第8号証は本件登録意匠に類似しない。
答弁の補強となるが,前記第2の2(2)イ(オ)の「甲6に係る『うつわ屋・本橋』とは古い取引先である,甲7・甲8に係る『村井工作社』とは卸問屋を介しての取引先である」との記載を信用すれば,甲第5号証ないし甲第8号証は同一の意匠と類推され,これらの意匠が,例えば,仮に本件登録意匠の出願日前に公然知られた意匠であったとしても,次に記述するとおり本件登録意匠に類似せず,請求人の主張は成り立たない。

甲第5号証ないし甲第8号証の意匠(甲第6号証により観察)
<基本的構成様態>
甲第6号証(イ) 甲第6号証写真中のBを見ると握柄部は[2]→[1]部で下端端部に向かって広がる略直線で[7]→[6]部は[2]→[1]部と対称である。右端の[1]→[7]部は略楕円様である。
甲第6号証(ロ) 甲第6号証写真中のBを見ると頭部は[4]→[3]部で凹の緩曲線を描きながら[3]→[4]部の途中で凸の間曲線(当審注:「緩曲線」の誤記と認められる。)を持ち,[6]→[5]→[4]部で凸の緩曲線を持つ略平行四辺形の形状を持ちその左端の辺は略直線のヘラ状となる。
甲第6号証(ハ) 頭部の切欠きは直線をなしている。
甲第6号証(ニ) 側面を見ると握柄部は略直線様をなし頭部は,くの字状をなし深さを持つ窪みがある。
<具体的構成様態>
甲第6号証(ホ) 頭部と握柄部の長さは約3:7の比をなす。
甲第6号証(へ) 頭部と握柄部の最大幅の比は約4:3をなす。
甲第6号証(ト) 頭部の長さと最大幅の比は約3:2をなす。
甲第6号証(チ) 正面図(当審注:どの図(写真)を指すのか不明である。)で見て頭部の窪みの最深部は頭部最大幅部の右から左へ約1:1で分割される位置にある。
甲第6号証(リ) 頭部には線縁取りがある。
そうすると,甲第6号証(ロ)から要部(α)の視点で異なり,甲第6号証(ホ)から要部(β)の視点で異なっており,本件登録意匠と類似しない。

ウ 前記第2の1(4)について
以下のとおり請求の理由は成り立たない。
(ア)甲第6号証は「公然知られた」状態であったとは認められず,否認する。
甲第6号証は平成28年9月4日(当審注:「平成28年9月2日」の誤記と推認される。)に電気通信回線を通じて公衆に利用可能であった意匠であることを示しているにすぎず,意匠法第3条2項が求める出願前に「日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合」であったことは確認できない。したがって当業者が甲第6号証の意匠に基づいて容易に本件登録意匠の創作ができ,本件登録意匠が同法第3条2項の規定に該当するとの請求人の主張はそもそも成り立たず,本件登録意匠は容易に創作できない意匠であり,請求人の主張は成り立たない。
(イ)甲第6号証のA,Bを組み合わせても容易に本件登録意匠を創作できない。
仮に,甲第6号証の意匠が出願日前に「公然知られた」状態にあったとしても,当業者は以下のとおり容易に本件登録意匠を創作できない。
請求人は,甲第6号証のA,BからBの[4]→[3]→[2]部の凹の曲線をAの凸の曲線に組み合わせれば当業者であれば容易に本件登録意匠を創作できると主張しているものと思われる。しかし,この組合せを行ったとしても,本件登録意匠(イ)の形状(当審注:Bの[4]→[3]→[2]部は頭部であるので,「(ロ)の形状」の誤記と推認される。)にはならないし,また本件登録意匠(ホ)ないし本件登録意匠(ル)の特徴は出ないので,単純な組合せのみでは本件登録意匠を実現できない。どのような場面でどのような物を飲食するかの状況を踏まえ,頭部や握柄部の形状,大きさなどに機能を持たせながら創作しそれらの調和や形状に如何に美的特徴を持たせるかというところに,当業者が飲食用スプーン等を創作する際の容易でない所があるのであって,単純にA,Bを組み合わせた後に容易な創作を加えただけでは本件登録意匠を実現できない。したがって,本件登録意匠は容易に創作できない意匠であり,請求人の主張は成り立たない。

2 「口頭審理陳述要領書」における主張
(1)審判事件弁駁書に対する意見等
ア 前記第2の3(1)アについて
まず前提として,特許庁意匠審査基準第1部第2章(1)によれば「意匠の物品」(当審注:「意匠に係る物品」の誤記と認められる。)に対して,「意匠法施行規則別表第一(以下「別表第一」という。)の下欄に掲げる物品の区分のいずれにも属さない物品についてされた意匠登録出願の場合には,願書の『意匠に係る物品の説明』の欄に記載されたその物品の使用の目的,使用の状態等物品の理解を助けることができるような説明に基づいて用途及び機能を認定する。」とされており,また同(2)では「意匠に係る物品の,形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合」は,「当該意匠に係る物品の形態を認定する。」とされている。これに鑑み,「意匠に係る物品の説明」欄には用途及び機能の認定に助けとなるよう,「プリン,ゼリー,ヨーグルトなどを…工夫したスプーンである。」と「その物品の使用目的等」を記載した上で願書記載の通りに出願し,特許庁意匠審査基準第1部第2章(2)に従い,意匠法に定める「意匠」であると審査・登録されたものと考えている。
請求人は前記第2の3(1)アにて「しかしながら,もしもこのような説明を…『意匠に係る物品の説明』の項においてしなかったのか。…主張は矛盾であり,失当である。」としているが,「このような説明」は請求人の主張に対する答弁である。意匠の登録後の無効審判事件における答弁を予め願書に記載していなければ,その答弁を矛盾で失当と扱うのは無理があると考える。
請求人は前記第2の3(1)アにて「被請求人による本件意匠登録願書における前記記載は,特実出願における『作用効果』の説明以外の何ものでもないのである。」としているが,当欄には「用途及び機能の認定に助け」となるような記載をしたまでで,なんら問題はないと考える。
また,請求人は前記第2の3(1)アにて,「そのような意思を特に表示したいのであるならば,『願書』の『意匠に係る物品の説明』の項ではなく,『特徴記載書』を作成し,そこで上記事項を明確に記載するのが妥当というものであるから,被請求人の主張自体は矛盾であり,失当である。」としているが,被請求人は「そのような意思」を「意匠に係る物品の説明」欄に記載していないので,その主張が分からない。更に述べれば「特徴記載書」は審査・審判における的確なサーチ範囲の決定のための参考情報に活用し審査・審判の迅速化を図り,第三者にその登録意匠の創作に関する出願人の主観的意図を知らせる目的としたもので,審査官・審判官は,意匠の特定(意匠に係る物品及び形態の特定)あるいは類否判断,拒絶の理由にその記載内容を直接の根拠として用いてはならないものである。したがって,本件審判事件の成否や形態の特定に直接に関係せず,また提出も任意ですらある特徴記載書に記載していなければ,「そのような意思」が矛盾で失当と扱うのは無理があると考える。
イ 前記第2の3(1)イについて
被請求人の主張は,前記1(1)及び(2)のとおりである。
ウ 前記第2の3(1)ウについて
被請求人は前記第3の答弁の趣旨にて本件審判の請求を否認している。したがって,請求人の主張を容認しているわけではない。
エ 前記第2の3(1)エについて
甲第9号証の1及び甲第9号証の2は本件審判事件の証拠として採用されないが,あえて述べれば,弁駁書では甲第9号証の1及び甲第9号証の2を証拠として何を証明,疎明したいのか定かではない。
オ 前記第2の3(2)アについて
繰り返しになるが,本件登録意匠の願書には意匠法施行規則様式第2〔備考〕39にて求められているとおりに「意匠に係る物品の説明」欄に記述した上で出願し,その記述は物品の用途や機能を認定するために用いられている。また,「意匠に係る物品の説明」欄の記述は意匠法施行規則のとおりであることは前記第2の3(2)アにて請求人も認めている。
被請求人は物品の用途や機能を認定するための記載が前記第2の2(1)で述べられる「『意匠』に係る形態上の美的特徴」でなければならない理由や法令を見いだせないし,また,その内容が実用的効果に言及したものであっても不自然には思えないし,前記1(2)ア(ウ)にて本件意匠登録(当審注:「本件登録意匠」の誤記と認められる。)が「意匠」である旨も証明している。
さて,請求人の前記第2の1及び2における主張は,『意匠に係る物品の説明』欄がA「その記載で実用的効果を発揮することを目的に創作したものと言明しているから『意匠』には該当しない」及びB「『意匠』に係る形態上の美的特徴ではなく,実用的効果についての記載であるから『意匠』の定義に反し該当しない」ということである。しかしながら,請求人は,前記第2の3(2)アで「請求人が指摘したのは…工夫したことにあると言明しているだけであり,そこには美感や美的特徴についての記載はない。」,「『意匠』とは…実用的効果の発揮のみの記載で終わってはならないと請求人は主張しているのである。本件登録意匠についての…解するのが普通である。」及び「そのことと意匠の創作は矛盾しない。請求人が主張している問題点は,…願書において強調している点を無視してはならないということである。」の主張は,「意匠に係る物品の説明」欄に(現状の記述に追加して)美感や美的特徴の記述が足りず,素直には本件意匠登録は機能効果を発揮する形状で「意匠」と認められないとの主張へ,A及びBをすり替えていると考える。
あくまでも,A及びBの論点に従って成否が議論されるべきと考え,物品の用途・機能を認定するための記述がなぜA,Bのとおりでなければならないのかの請求人による証明がなければそもそも議論はできないとも考える。
カ 前記第2の3(2)ウについて
被請求人の主張は前記1(1)及び(2)のとおりである。
また,前記第2の3(2)ウで「したがって,被請求人が後記第3の1(2)ア(ウ)bで主張している記載は無意味なものであるから,特に反論しない。」とあるが,前記1(2)ア(ウ)bでの記述は,本件意匠登録が「意匠」である旨の証明である。
キ 前記第2の3(2)エについて
被請求人の主張は前記1(2)のとおりである。
前記第2の3(1)ウで請求人が表明する「答弁しなければ容認とみなす」との立場に従えば,請求人は弁駁していないため甲第6号証が証拠として成立しないことを容認していると考える。したがって,前記第2の1(4)が成り立たないことも請求人は容認しているものと考える。
ク 前記第2の3(2)オについて
上記エのとおりである。
(2)審理事項通知書に対する意見等
甲第6号証が前記第2の1(4)の成否の証拠となるには,甲第6号証の意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったのみでは足らず,「公然知られた」状態になっていた事実を証明する必要があると思量する。

3 被請求人が提出した証拠
被請求人は,以下の丙第1号証及び丙第2号証(全て原本である。)を,平成28年11月30日付けの答弁書の添付書類として提出した。
丙第1号証
http://www.exblog.jp/bloghelp/blog/20441435/
ブログの投稿日時が任意に設定可能であることを示す。
丙第2号証
http://www.exblog.jp/bloghelp/blog/20462771/
ブログの投稿内容が事後に編集可能であることを示す。


第4 口頭審理
当審は,本件審判について,平成29年(2017年)3月22日に口頭審理を行い,審判長は,補正許否の決定及び職権訂正などを行い,同日付けで審理を終結した。(平成29年3月22日の「第1回口頭審理調書」)


第5 当審の判断
1 補正許否の決定
請求人が平成29年1月16日付けで遠藤豊氏に対して提出した審判事件弁駁書の5.(5),及び同日付けで遠藤聡氏に対して提出した審判事件弁駁書の5.(5)における,これらの審判事件弁駁書に添付した甲第9号証の1及び甲第9号証の2に基づく追加の主張(前記第2の3(1)オ及び3(2)オの主張)は,審判長が,これらが請求の理由の要旨を変更すると認め,実質的に審判請求書の要旨を変更する補正に該当すると判断し,前記第4の口頭審理において,当該補正は意匠法第52条で準用する特許法第131条の2第2項の規定によっては許可をすることができないと決定した。
なお,請求人は,弁駁書の「オ 証拠方法の追加」での主張が請求理由の要旨の変更を求めるものであるとの理解は誤りであると指摘し,「行政府が行う審判事件であっても,当該登録意匠が登録無効事由を有するものであるかどうかの真実の発見のためには,請求時のみならず審理中に無効とすべき証拠を追加することは違法ではなく,適法であると解すべきである。」と主張し,併せて,「本件登録意匠に対する登録無効事由としては,まず刊行物公知の意匠として甲第1号証ないし甲第4号証に係る特許庁頒布の諸公報中の図面を引用して,意匠法3条1項3号に規定する新規性が存在しないことを主張しているから,前記したインターネットによる事実上公知の意匠とは別の観点から,新規性がない意匠であると判断することができる事実についても見出し得る」と述べた上で,被請求人に対して,「被請求人は甲第9号証の1,甲第9号証の2は,何を説明したいのか定かではないと言うが,これらの証拠は本件登録意匠と類似する意匠はすでに刊行物公知となっていることを証明しているのである。請求人会社のカタログ上に記載されているNo.3329ケーキスプーンは請求人において製造販売していた製品であるから,本件登録意匠に係るジャムスプーンは,これと類似する形態から成るものである。」と反論している。
しかしながら,請求人が平成28年9月7日の審判請求時に意匠法第3条第1項第3号に規定する新規性が存在しないとの無効理由の根拠として挙げたのは,甲1意匠ないし甲8意匠であって,甲第9号証の1及び甲第9号証の2の証拠に基づいて説明されている意匠はそれらの意匠とは関係がなく,この意匠が刊行物公知となっており本件登録意匠と類似するとの主張は,以下の審判便覧(改訂第16版)に照らせば,主要事実の追加に相当するから,請求の理由の要旨を変更すると認められる。
「審判便覧51-16「請求の理由」の要旨変更
3.請求理由の要旨変更となる例
(2)主要事実の差し替えや追加
当初請求書に記載した「権利を無効にする根拠となる事実」それ自体を差し替え・追加・変更する補正は,通常は要旨変更となる。」

2 本件登録意匠
本件登録意匠の認定は,以下のとおりである(別紙第1参照)。
(1)意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は「スイーツスプーン」であり,願書の【意匠に係る物品の説明】には,「本物品は,スイーツを食べる時のスプーンである。スプーンの頭部を斜めにカットしてあるが,プリン,ゼリー,ヨーグルトなどを食べる時その容器(カップ類)の内側をきれいに掬い出して残さず食べられるように工夫したスプーンである。」と記載されている。
(2)形態
本件登録意匠の形態は,以下のとおりである。
なお,スプーンの頭部が上になる向きを正面として認定する。すなわち,平面図を90度右に回転した図を正面図として認定し,左側面図を左に90度回転した図を右側面図として認定し,正面図を上下反転した図を平面図として認定し,他の図もこれらに応じて認定する。
ア 全体の構成態様
全体が,縦に長い略細幅琵琶型であって,正面視内側が凹んだ幅広の頭部の下に,略扁平角棒状の柄部が設けられており,頭部と柄部の間の境界がはっきりしておらず(以下,両者の中間領域を「中間部」という。),頭部の先端には,斜めに切り欠かれたカット部がある。
イ 各部の構成比率
正面から見て,頭部,中間部及び柄部の縦幅の比は,約6:1:6である。また,頭部の最大横幅,中間部の横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅(下端寄りの位置の横幅)の比は,約4:1.5:1:1.8である。
頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅と,頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅の比は,約1:2であり,柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅と,柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅の比は,約1:2である。したがって,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:中間部の縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約2:4:1:2:4となっている。
ウ 頭部の構成態様
ウ-1 頭部左右の稜線の態様
正面から見て,頭部左右の稜線は外側に凸の弧状に表されており,弧状の膨出の程度は,右側の稜線の方が左側稜線に比べて大きくなっている。すなわち,左右の稜線は非対称に表されている。
ウ-2 カット部の態様
正面から見て,カット部は直線状であって,頭部の左上に形成されており,カット部の右端は頭部上端に相当し,その頭部上端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約7:3に内分する位置にある。そのカット部の右端はやや先尖りの略直角状に表されており,カット部の左端は鈍角状(約120度)に表されている。その左端の垂直方向の位置は,頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置にある。
また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約30度である。
そして,平面から見たカット部の形状は,直線状に表されている。
ウ-3 凹みの態様
頭部の正面視内側の凹みは,左端又は右端から中央にいくにつれて漸次深くなる略丸凹面状であり,上下方向では,頭部の中央部では深く,上部及び下部では浅くなっている。
ウ-4 縁部の態様
頭部の正面視外周の縁部は細幅の略平坦面状であり,ほぼ等幅であって,その幅の大きさは頭部最大横幅の約1/12.5である。
ウ-5 側面から見た態様
側面から見て,頭部全体の背面側稜線は緩やかな凸弧状に表されており,正面側稜線はごく緩やかな凹弧状に表されている。
また,頭部の先端部分は,先端にいくにつれて次第に薄くなるように形成されている。
エ 柄部の構成態様
エ-1 柄部左右の稜線の態様
正面から見て,柄部左右の稜線は左右対称であって,緩やかな凹弧状に表されている。
エ-2 柄部の下端部の態様
柄部の下端部は,正面視略半円状に表されており,底面から見ると,略角丸横長長方形状に表されている。すなわち,柄部の各辺が丸みを帯びている。
エ-3 側面から見た態様
側面から見て,柄部全体の背面側稜線は緩やかな凹弧状に表されており,正面側稜線は緩やかな凸弧状に表されている。すなわち,柄部全体が正面側に膨らんだ弧状に表されている。したがって,上記ウ-5と合わせると,左側面から見た頭部-中間部-柄部の態様は,略縦長S字状に表されている。
オ 色彩について
全体が,略山吹色に表されている。

3 無効理由の要点
請求人が主張する本件登録意匠の登録の無効理由は,次のとおりである。
(1)無効理由1
本件登録意匠に係る物品について,「願書」において「プリン,ゼリー,ヨーグルトなどを食べる時その容器(カップ類)の内側をきれいに掬い出して残さず食べられるように工夫し」た実用的効果を発揮することを目的に創作したものであると言明しているので,本件物品の形状は視覚を通じて美感を起こさせることを目的に創作したものではなく,本件登録意匠は,意匠法第2条第1項に規定する「意匠」に該当するものではなく,同法第3条第1項柱書の規定による意匠登録を受けることができる意匠であるとはいえないものであるから,本件登録意匠の登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定により無効とされるべきである。
なお,請求人は,前記第2の1(1)において「本件審判被請求人は,『意匠の創作をした者』から意匠登録を受けることができる権利を譲り受けた者には価しないというべき」と指摘するが,「価しない」の意味が不明であるところ,前記第2の2では,当該指摘に関する具体的な事実や理由が述べられていないので,請求人の上記主張「本件物品は意匠法第2条第1項に規定する『意匠』に該当するものではない」と当該指摘との関わりが不明であるから,請求人の上記指摘は,無効理由1を構成するものと認めることはできない。
(2)無効理由2
本件登録意匠が,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第1号証(別紙第2参照)の第一図ないし第三図に記載された意匠(以下「甲1意匠」という。)に類似するので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないことから,本件登録意匠の登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定により無効とされるべきである。
(3)無効理由3
本件登録意匠が,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第2号証(別紙第3参照)の図1及び図2に記載された意匠(以下「甲2意匠」という。)に類似するので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないことから,本件登録意匠の登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定により無効とされるべきである。
(4)無効理由4
ア 無効理由4-1
本件登録意匠が,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第3号証(別紙第4参照)の図1ないし図3に記載された意匠(以下「甲3-1意匠」という。)に類似するので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないことから,本件登録意匠の登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定により無効とされるべきである。
なお,甲第3号証には,甲3-1意匠の他に,図4ないし図7に記載された他の実施例に係る意匠(以下「甲3-2意匠」という。)も表されており,請求人はこの意匠と本件登録意匠との関係も主張しているから,無効理由4には,以下の無効理由4-2も含まれる。
イ 無効理由4-2
本件登録意匠が,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第3号証(別紙第4参照)の図4ないし図7に記載された甲3-2意匠に類似するので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないことから,本件登録意匠の登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定により無効とされるべきである。
(5)無効理由5
本件登録意匠が,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第4号証(別紙第5参照)に記載された意匠(以下「甲4意匠」という。)に類似するので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないことから,本件登録意匠の登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定により無効とされるべきである。
(6)無効理由6
本件登録意匠が,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲第5号証(別紙第6参照)第3頁に記載された「ジャム瓶スプーン」の意匠(以下「甲5意匠」という。)に類似するので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないことから,本件登録意匠の登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定により無効とされるべきである。
なお,甲第5号証第4頁には「ジャム小瓶スプーン」の意匠も記載されているが,その形態は甲5意匠の形態とほぼ同一であると認められ,請求人も,前記第2の4(2)ア(ア)において「第3頁には『ジャム瓶スプーン』と記載してあり,第4頁には『ジャム小瓶スプーン』と記載してあり,実質的には同一のスプーンである。」と述べているので,当審では,甲5意匠のみが無効理由6を構成するものと判断する。
(7)無効理由7
本件登録意匠が,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲第6号証(別紙第7参照)第5頁ないし第9頁に記載された「ジャムスプーン」の意匠(以下「甲6意匠」という。)に類似するので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないことから,本件登録意匠の登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定により無効とされるべきである。
(8)無効理由8
本件登録意匠が,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲第7号証(別紙第8参照)第1頁及び第2頁に記載された「ジャムスプーン」の意匠(以下「甲7意匠」という。)に類似するので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないことから,本件登録意匠の登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定により無効とされるべきである。
(9)無効理由9
本件登録意匠が,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった,甲第8号証(別紙第9参照)第1頁に記載された「ジャムスプーン」の意匠(以下「甲8意匠」という。)に類似するので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないことから,本件登録意匠の登録は,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定により無効とされるべきである。
(10)無効理由10
本件登録意匠は,甲第6号証における「ジャムスプーン」(B)と「スプーン」(A)の両意匠に基づいて,本件登録意匠の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易に創作することができた意匠であるので,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないことから,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定により無効とされるべきである。
なお,「スプーン」(A)の意匠は,甲第6号証第5頁上部に「A」の文字が示されているので,甲第6号証第5頁ないし第9頁に記載された「スプーン」の意匠であると認められる。

4 無効理由1の判断
本件登録意匠が,意匠法第2条第1項に規定する「意匠」に該当するか否かについて検討する。
前記第2(1)で示した本件登録意匠の願書の【意匠に係る物品の説明】によれば,本件登録意匠に係る物品「スイーツスプーン」の使用の目的は,「プリン,ゼリー,ヨーグルトなど」の「スイーツを食べる」ことであり,使用の方法として,「容器(カップ類)の内側をきれいに掬い出して残さず食べ」ることが説明されており,その使用方法を実現する形状について,「スプーンの頭部を斜めにカットしてある」と述べられている。
その上で,その斜めのカットの具体的形状が願書に添付した図面に表されており,前記第2(2)ウ-2において,本件登録意匠の「カット部の態様」として認定した。具体的には,本件登録意匠のカット部は正面視(及び平面視)直線状であって頭部の左上に形成されており,カット部の右端(頭部最大横幅を横方向に約7:3に内分する位置)がやや先尖りの略直角状に表され,左端(頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置)が鈍角状(約120度)に表されて,カット部の傾斜角(頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度)が約30度である態様である。
このような具体的な「カット部の態様」を有し,更に前記第2(2)で認定した他の具体的態様を有する本件登録意匠の形態は,物品「スイーツスプーン」の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であるというべきである。そして,特に,頭部の正面視内側の凹みが略丸凹面状に形成されて,外周の縁部が等幅の略平坦面状である点は,カット部の態様とあいまって,需要者に対してまとまった美感を与えているということができる。そうすると,本件登録意匠は,物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美感を起こさせるものであると認められ,すなわち,意匠法第2条第1項に規定する「意匠」に該当すると認められる。
請求人は,「本件登録意匠の願書中の『意匠に係る物品の説明』の項において,・・・斜めカット形状にすることによって,『プリン,ゼリー,ヨーグルトなどを食べる時その容器(カップ類)の内側をきれいに掬い出して残さず食べられるように工夫したスプーンである。』と,その実用的効果について記述している」と指摘し,この記載が「『視覚を通じて美感を起こさせる』という『意匠』に係る形態上の美的特徴ではなく,実用的効果についての記載であるから,本件登録意匠自体は意匠法2条1項にいう『意匠』の定義に反するものであることを,意匠権者である本件審判被請求人は自認している」と主張する。しかし,「工夫した」との文言の解釈はともかく,本件登録意匠の願書の【意匠に係る物品の説明】中の「容器(カップ類)の内側をきれいに掬い出して残さず食べ」るとの説明は,物品「スイーツスプーン」の使用方法の説明であることは上述のとおりであり,仮にこの説明が実用的効果をも意味するとしても,そのことをもって,この説明が物品の使用方法の説明であることを否定することはできない。
また,請求人は,本件登録意匠の願書の【意匠に係る物品の説明】には「美感や美的特徴についての記載はない」こと及び「記載する場所が別にあること」を指摘して,「被請求人は,・・・スプーンの形状について自ら記述していることについて,これは『飲食する時いかに美的要素を持たせるかを考えて創作したもので,視覚を通じて美感を起こさせることができると考えたデザインである』と主張する。しかしながら,もしもこのような説明をしたかったのであるならば,なぜ意匠登録出願時にそのとおりの記述を『意匠に係る物品の説明』の項においてしなかったのか。」「『特徴記載書』を作成し,そこで上記事項を明確に記載するのが妥当」であると主張する。しかし,願書の【意匠に係る物品の説明】に美感や美的特徴について記載することを定めた法令はなく,また,特徴記載書の提出は任意であって,「登録意匠の範囲を定める場合においては,特徴記載書の記載を考慮してはならない。(意匠法施行規則第6条第3号)」から,美感や美的特徴についての記載が願書の【意匠に係る物品の説明】にないこと及びそれを記載した特徴記載書を提出していないことをもって,本件登録意匠が意匠法第2条第1項に規定する「意匠」に該当しないとはいえない。
したがって,請求人の主張は,いずれも採用することはできない。
以上のとおり,本件登録意匠は,意匠法第2条第1項に規定する「意匠」に該当すると認められるので,同法第3条第1項柱書の規定による意匠登録を受けることができる意匠ではないとはいえないから,請求人が主張する本件意匠登録の無効理由1には,理由がない。

5 無効理由2の判断
本件登録意匠が,甲1意匠と類似する意匠であるか否かについて検討する。
(1)甲1意匠
甲1意匠の認定は,以下のとおりである(別紙第2参照)。
ア 意匠に係る物品
甲第1号証の記載によれば,甲1意匠の意匠に係る物品は「匙」であり,この物品の使用目的は「ハチミツ,クリームのように粘度の高い食品を採取する」ことである。
イ 形態
甲1意匠の形態は,以下のとおりである。
なお,甲第1号証には,甲1意匠の形態について,「匙本体1を,棒状体をひねったように,」「外縁2を曲線或は屈曲した線状とし,内縁3もほぼそれに準じた形状とし,先端4をナイフ又は通常の凹部を有する採取部分を形成するとともに,その匙本体1の上部面7と下部面8の間を立体化し」た旨記載されている。
また,スプーンの頭部が上になる向きを正面として,甲第1号証の第一図ないし第三図の向きを認定する。すなわち,第一図を90度右に回転した図を正面図として認定し,第二図及び第三図もこれに応じて認定する。
(ア)全体の構成態様
全体が,縦に長く右側に湾曲した略扁平棒状体であって,幅広な略へら状の頭部の下に,略薄板状の柄部が設けられており,頭部の先端には,斜めになった部分(以下「カット部」という。)がある。
(イ)各部の構成比率
正面から見て,頭部と柄部の縦幅の比は,約2:3である。また,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅(下端位置の横幅)の比は,約8:3:5である。
頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅と,頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅の比は,約3:5であり,柄部上端(頭部下端に相当する。)から柄部最小横幅位置までの縦幅と,柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅の比は,約5:7である。したがって,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 =約3:5:5:7となっている。
(ウ)頭部の構成態様
(ウ-1)頭部左右の稜線の態様
正面から見て,頭部左右の稜線はほぼ直線状に表されており,左右の稜線間の距離は上にいくにつれてごく僅かに大きくなっている。すなわち,左右の稜線は略縦長逆ハ字状に表されている。
(ウ-2)カット部の態様
正面から見て,カット部は略弧状であって,頭部の左上に形成されており,カット部の右端は頭部上端に相当し,その頭部上端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約2:1に内分する位置にある。そのカット部の右端から右側の稜線上端までの部分が弧状に表され,カット部の左端は鈍角状(約140度)に表されている。その左端の垂直方向の位置は頭部最大横幅位置に相当する。
また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約55度である。
そして,左側面図によれば,平面から見たカット部の形状は,略直線状であると推認される。
(ウ-3)頭部正面下端の態様
頭部正面下端には,頭部と柄部の面境界線が略放物線状に形成されている。
(ウ-4)縁部の態様
頭部の正面視外周には,略平坦面状の縁部は形成されていない。
(ウ-5)側面から見た態様
左側面から見て,頭部の上部が右方に漸次傾いて表されており,背面側稜線の上半部は緩やかな凸弧状に表され,下半部は略直線状に表されている。そして,正面側稜線はごく緩やかな凹弧状に表されている。
また,頭部の先端部分は,先端にいくにつれて次第に薄くなるように形成されている。
(エ)柄部の構成態様
(エ-1)柄部左右の稜線の態様
正面から見て,柄部右側の稜線は緩やかな凸弧状に表され,柄部左側の稜線は凹弧状に表されている。すなわち,左右の稜線は非対称に表されている。
(エ-2)柄部の下端部の態様
柄部の下端は,正面視略直線状に表されており,下端右角は尖り状に形成され,下端左角は丸く形成されている。
(エ-3)側面から見た態様
側面から見て,柄部の上半部については左右の稜線が略直線状に表されており,柄部の下半部について,背面側稜線はごく緩やかな凹弧状に表されて,正面側稜線はごく緩やかな凸弧状に表されている。したがって,上記ウ-5と合わせると,左側面から見た頭部-柄部の態様は,頭部の上部と柄部の下半部を除いて,ほぼ直線状に表されている。
(エ-4)面境界線について
正面から見て,柄部の左上から右下にかけて,略弧状の面境界線が形成されており,また,背面にも右上から下端にかけて略弧状の面境界線が形成されている。これらの面境界線により,底面から見た柄部の態様は変形多角形を呈すると推認されるが,その具体的形状は不明である。
(2)本件登録意匠と甲1意匠の対比
ア 意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は「スイーツスプーン」であり,甲1意匠の意匠に係る物品はハチミツやクリームを食べる際の「匙」であるから,本件登録意匠と甲1意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 本件登録意匠と甲1意匠の形態
本件登録意匠と甲1意匠の形態については,以下の共通点と差異点が認められる。
(ア)共通点
(A)全体の構成態様についての共通点
全体が,縦に長く,幅広の頭部の下に柄部が設けられており,頭部の先端には,斜めになったカット部がある。
(B)カット部の態様についての共通点
カット部は頭部の左上に形成されて,カット部の右端は頭部上端に相当し,左端は鈍角状に表されている。その頭部上端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約7:3(本件登録意匠)又は約2:1(甲1意匠)に内分する位置にあり,ほぼ共通している。そして,平面から見たカット部の形状は略直線状に表されている。
(C)頭部の側面視態様についての共通点
側面から見た頭部の先端部分は,先端にいくにつれて次第に薄くなるように形成されている。
(イ)差異点
(a)全体の構成態様についての差異点
本件登録意匠は,全体が略細幅琵琶型であって,頭部の正面視内側が凹み,柄部が略扁平角棒状であり,頭部と柄部の間に中間部が形成されているが,甲1意匠は,全体が右側に湾曲した略扁平棒状体であって,頭部が略へら状であり,柄部が略薄板状に形成されている。
(b)各部の構成比率についての差異点
本件登録意匠では,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:中間部の縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約2:4:1:2:4となっており,頭部の最大横幅,中間部の横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比が約4:1.5:1:1.8である。これに対して,甲1意匠では,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約3:5:5:7となっており,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比は,約8:3:5である。
(c)頭部の構成態様についての差異点
(c-1)頭部左右の稜線の態様についての差異点
本件登録意匠では,頭部左右の稜線は外側に凸の弧状に表されており,弧状の膨出の程度は,右側の稜線の方が左側稜線に比べて大きくなっているが,甲1意匠では,頭部左右の稜線はほぼ直線状に表されており,左右の稜線間の距離は上にいくにつれてごく僅かに大きくなって略縦長逆ハ字状に表されている。
(c-2)カット部の態様についての差異点
本件登録意匠では,正面から見たカット部は直線状であって,カット部の右端はやや先尖りの略直角状に表されており,左端角は約120度に表されている。その左端の垂直方向の位置は,頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置にある。また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約30度である。
これに対して,甲1意匠では,正面から見たカット部は略弧状であって,カット部の右端から右側の稜線上端までの部分が弧状に表され,左端角は約140度に表されている。その左端の垂直方向の位置は頭部最大横幅位置に相当する。また,カット部の傾斜角は,約55度である。
(c-3)頭部正面の態様についての差異点
本件登録意匠の頭部正面は,内側が略丸凹面状に凹んでいる。一方,甲1意匠の頭部正面下端には,頭部と柄部の面境界線が略放物線状に形成されている。
(c-4)縁部の態様についての差異点
本件登録意匠の頭部の正面視外周の縁部は細幅の略平坦面状であり,ほぼ等幅であって,その幅の大きさは頭部最大横幅の約1/12.5であるが,甲1意匠の頭部の正面視外周には,略平坦面状の縁部は形成されていない。
(c-5)側面から見た態様についての差異点
側面から見て,本件登録意匠の頭部全体の背面側稜線は緩やかな凸弧状に表されており,正面側稜線はごく緩やかな凹弧状に表されているが,甲1意匠では,背面側稜線の上半部のみが緩やかな凸弧状に表され,下半部は略直線状に表されており,正面側稜線はごく緩やかな凹弧状に表されている。
(d)柄部の構成態様についての差異点
本件登録意匠の柄部左右の稜線は左右対称であって,緩やかな凹弧状に表されており,側面から見ると柄部全体が弧状に表されているので,左側面から見た頭部-中間部-柄部の態様は,略縦長S字状に表されている。また,本件登録意匠の柄部の下端部は,正面視略半円状に表されており,底面から見ると,略角丸横長長方形状に表されている。
これに対して,甲1意匠の柄部左右の稜線は左右非対称であって,柄部右側の稜線は緩やかな凸弧状に表され,柄部左側の稜線は凹弧状に表されており,側面から見ると柄部の稜線の下半部のみが弧状に表されているので,左側面から見た頭部-柄部の態様は,頭部の上部と柄部の下半部を除いて,ほぼ直線状に表されている。また,甲1意匠の柄部の下端は正面視略直線状に表されており,柄部下端の底面から見た具体的形状は不明である。
また,甲1意匠には,正面から見て,柄部の左上から右下にかけて,略弧状の面境界線が形成されており,背面にも右上から下端にかけて略弧状の面境界線が形成されているが,本件登録意匠には面境界線はない。
(e)色彩の有無の差異
本件登録意匠では,全体が略山吹色に表されているが,甲1意匠には色彩が表されていない。
(3)本件登録意匠と甲1意匠の類否判断
ア 意匠に係る物品
前記(2)アで認定したとおり,本件登録意匠と甲1意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 「スイーツスプーン」(又は「匙」)の意匠の類否判断
「スイーツスプーン」(又は「匙」)の使用状態においては,使用者はそれを手に持って使用することから,使用者はその全体形状について観察することとなり,その上で,どの程度の量のスイーツを盛ることができるかとの観点から頭部の形状を観察し,また,持ちやすさの観点から柄部の形状を観察するなど,使用者は全方向から見た各部の形状についても詳細に観察するということができる。したがって,「スイーツスプーン」(又は「匙」)の類否判断においては,使用者を中心とする需要者の視点から,各部の形状を細かく評価し,かつそれらを総合して意匠全体として形態を評価する。
ウ 本件登録意匠と甲1意匠の形態の共通点の評価
まず,共通点(A)及び(B)で指摘した,全体を縦に長くし,幅広の頭部の下に柄部を設けて,頭部の左上に斜めになったカット部を形成して,そのカット部の右端を頭部上端とした構成態様は,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られており(例えば,参考意匠1:意匠登録第1153054号の意匠(別紙第11参照),及び参考意匠2:特許庁意匠課公知資料番号第HH13004307号に表されたスプーンの意匠(別紙第12参照)。),カット部の左端を鈍角状に表す態様も同様に広く知られている(例えば,参考意匠1(別紙第11参照)。)ことから,需要者は特にこれらの態様に注視するとはいい難い。
次に,共通点(B)で指摘した,カット部の右端である頭部上端の水平方向の位置が,頭部最大横幅を横方向に約7:3(又は約2:1)に内分する位置である態様は,後述する差異点(例えば,カット部右端が先尖りであるか否かの差異やカット部の傾斜角の差異。)と比較した際に,その差異点が与える別異の印象を圧して需要者に共通の視覚的印象を与えるほどのものとはいい難く,また,平面から見たカット部の形状が略直線状である態様や,側面から見た頭部の先端部分が先端にいくにつれて次第に薄くなる態様(共通点C)は,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られている(例えば,参考意匠1(別紙第11参照)。)ことから,需要者は特にその態様に注視するとはいい難い。
そうすると,共通点(A)ないし共通点(C)は,いずれも本件登録意匠と甲1意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これらの共通点があいまった効果を勘案しても共通点が本件登録意匠と甲1意匠の類否判断に及ぼす影響は小さいというほかない。
エ 本件登録意匠と甲1意匠の形態の差異点の評価
これに対して,本件登録意匠と甲1意匠の形態の差異点については,以下のとおり評価される。
まず,差異点(a)で指摘した,全体が略細幅琵琶型であるか(本件登録意匠),右側に湾曲した略扁平棒状体であるか(甲1意匠)の差異は,需要者が一見して気が付く差異であって,異なる美感を需要者に与えており,正面視内側が凹んだ頭部-中間部-略扁平角棒状である柄部から成る本件登録意匠の形状は,略へら状の頭部と略薄板状の柄部を有する甲1意匠の形状とは大きく異なっているから,各部の構成比率についての差異点(b)とあいまって,需要者に対して甲1意匠とは異なる視覚的印象を需要者に与えているというべきである。したがって,差異点(a)及び差異点(b)が本件登録意匠と甲1意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
次に,頭部正面の態様についての差異点(c-3)及び縁部の態様についての差異点(c-4)に関しては,内側が略丸凹面状に凹み,その周囲にほぼ等幅の略細幅平坦面状の縁部が形成された本件登録意匠の造形は,そのような縁部が無く,下端に頭部と柄部の面境界線が略放物線状に形成された甲1意匠の造形とは全く異なるというべきであるから,需要者はこの差異に対して異なる視覚的印象を抱くこととなる。したがって,差異点(c-3)及び差異点(c-4)が本件登録意匠と甲1意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
そして,カット部の態様についての差異点(c-2)に関しては,特に,本件登録意匠においてカット部の右端がやや先尖りの略直角状に表されている点,及びカット部の傾斜角が約30度である点が,カット部の右端が先尖りではなく,カット部の傾斜角が約55度である甲1意匠と異なっており,需要者が「スイーツスプーン」(又は「匙」)の各部の形状について詳細に観察することを踏まえると,これらの差異は別異の視覚的印象を需要者に与えているというべきであるから,差異点(c-2)は,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすということができる。
また,頭部左右の稜線の態様についての差異点(c-1),すなわち,頭部左右の稜線が外側に凸の弧状であって右側の稜線の膨出が大きくなっている形状(本件登録意匠)と,頭部左右の稜線がほぼ直線状で略縦長逆ハ字状に表されている形状(甲1意匠)との差異は,需要者が抱く美感に変化を加えているというべきであり,側面から見た態様についての差異点(c-5)で指摘した,側面から見た頭部全体の正面側稜線がごく緩やかな凹弧状に表された甲1意匠の形状も,略へら状である頭部を構成するものとして本件登録意匠とは異なる特徴を有するものであるから,差異点(c-1)及び差異点(c-5)が本件登録意匠と甲1意匠の類否判断に及ぼす影響は一定程度認められる。
さらに,柄部の構成態様についての差異点(d)に関しては,柄部左右の稜線が左右対称であって,左側面から見た頭部-中間部-柄部の態様が略縦長S字状に表されている本件登録意匠の形状は,左右非対称であって頭部-柄部の態様が頭部の上部と柄部の下半部を除いて,ほぼ直線状に表されている甲1意匠の形状と比較すると,明らかに異なっているといえるから,需要者に異なる視覚的印象を与えている。加えて,甲1意匠に見られる正面及び背面の面境界線も,需要者が容易に気付く差異であり,柄部下端の底面から見た形状の差異(本件登録意匠では略角丸横長長方形状,甲1意匠では不明。)も,需要者に異なる視覚的印象を与えているというべきである。したがって,差異点(d)が本件登録意匠と甲1意匠の類否判断に及ぼす影響も一定程度認められる。
他方,色彩の有無の差異点(e)については,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において,意匠全体に一様に色彩を施すことはありふれているので,需要者が本件登録意匠の略山吹色の色彩に特に着目することはないから,差異点(e)が本件登録意匠と甲1意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
そうすると,差異点(a)ないし差異点(d)は本件登録意匠と甲1意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすか,又は一定程度の影響を及ぼすことから,差異点(e)の影響が小さいとしても,本件登録意匠と甲1意匠の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲1意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,意匠全体で観察した際には共通点が需要者に与える美感を覆して本件登録意匠と甲1意匠を別異のものと印象付けるものであるということができる。
オ 小括
以上のとおり,本件登録意匠と甲1意匠は,意匠に係る物品が共通するが,形態においては,共通点が本件登録意匠と甲1意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これに対して,本件登録意匠と甲1意匠の形態の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲1意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,本件登録意匠と甲1意匠を別異のものと印象付けるものであるから,本件登録意匠は,甲1意匠に類似するということはできない。
すなわち,本件登録意匠は,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第1号証の第一図ないし第三図に記載された意匠(甲1意匠)に類似しないので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠には該当せず,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとはいえない。
したがって,請求人が主張する本件意匠登録の無効理由2には,理由がない。

6 無効理由3の判断
本件登録意匠が,甲2意匠と類似する意匠であるか否かについて検討する。
(1)甲2意匠
甲2意匠の認定は,以下のとおりである(別紙第3参照)。
ア 意匠に係る物品
甲第2号証の記載によれば,甲2意匠の意匠に係る物品は「スプーン」である。
イ 形態
甲2意匠の形態は,以下のとおりである。
なお,甲第2号証には,甲2意匠の形態について,「スプーン(1)の先端部付近の縁に直線部(2)で切り欠く。」と記載されている。
また,スプーンの頭部が上になる向きを正面として,甲第2号証の図1及び図2を認定する。すなわち,図1を正面図として認定する。
(ア)全体の構成態様
全体が,縦に長く,幅広な頭部の下に,略薄板状と推認される柄部が設けられたものであり,頭部は略変形卵形状であって,その先端寄りには,斜めに切り欠かれたようなカット部がある。
なお,図2によれば頭部には厚みがあり,物品が「スプーン」であることから,頭部の正面視内側は凹んでいると推認できる。
(イ)各部の構成比率
正面から見て,頭部と柄部の縦幅の比は,約5:6である。また,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅(頭部の下端近く)及び柄部の最大横幅(下端位置の横幅)の比は,約5:1:2である。
頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅と,頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅の比は,約3:2であり,柄部上端(頭部下端に相当する。)から柄部最小横幅位置までの縦幅と,柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅の比は,約1:9である。したがって,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 =約5:3.3:1:9となっている。
(ウ)頭部の構成態様
(ウ-1)頭部左右の稜線の態様
正面から見て,頭部左右の稜線は,下記カット部を除いて左右対称で外側に凸の弧状に表されており,より具体的には,右側の稜線について,頭部上端から頭部最大横幅位置までは略弓形状に表され,同位置から頭部下端までは略逆S字状(左側の稜線では略S字状。)に表されている。
(ウ-2)カット部の態様
正面から見て,カット部は直線状であって,頭部の左上に形成されており,カット部の右端は頭部上端よりもやや下方であり,その右端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約2:3に内分する位置にある。そのカット部の右端は上に凸の弧状である頭部上端部に連続しており,左端は鈍角状(約150度。図2から認定した。)に表されている。その左端の垂直方向の位置は頭部最大横幅位置のやや上方である。
また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約55度である。
そして,平面から見たカット部の形状は不明である。
(ウ-3)凹みの態様
頭部の正面視内側の凹みの態様は,凹みの深さの程度も含めて,不明である(側面図や断面図などによって表されていない。)。
(ウ-4)縁部の態様
頭部の正面視外周には,略平坦面状の縁部は形成されていない。
(ウ-5)側面から見た態様
側面から見た頭部の態様は,厚みの程度も含めて,不明である。
(エ)柄部の構成態様
(エ-1)柄部左右の稜線の態様
正面から見て,柄部左右の稜線は左右対称であって,略直線状に表され,柄部最小横幅位置から柄部下端までの部分は漸次横幅が大きくなって略縦長ハ字状に表されている。
(エ-2)柄部の下端の態様
柄部の下端は,正面視直線状に表されており,下端左右の角は共に尖り状に形成されている。柄部下端の底面から見た具体的形状は不明である。
(エ-3)側面から見た態様
側面から見た柄部の態様は,不明である。
(2)本件登録意匠と甲2意匠の対比
ア 意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は「スイーツスプーン」であり,甲2意匠の意匠に係る物品は「スプーン」であるから,本件登録意匠と甲2意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 本件登録意匠と甲2意匠の形態
本件登録意匠と甲2意匠の形態については,以下の共通点と差異点が認められる。
(ア)共通点
(A)全体の構成態様についての共通点
全体が,縦に長く,正面視内側が凹んだ幅広の頭部の下に柄部が設けられており,頭部の先端(又は先端寄り)には,斜めに切り欠かれたカット部がある。
(B)カット部の態様についての共通点
カット部は直線状であって,頭部の左上に形成されて,カット部の左端は鈍角状に表されている。
(C)頭部左右の稜線についての共通点
正面から見た頭部左右の稜線は,外側に凸の弧状に表されている。
(D)柄部の構成態様についての共通点
柄部左右の稜線は左右対称である。
(イ)差異点
(a)全体の構成態様についての差異点
本件登録意匠は,全体が略細幅琵琶型であって,柄部が略扁平角棒状であり,頭部と柄部の間に中間部が形成されているが,甲2意匠は,頭部が略変形卵形状であり,柄部が略薄板状に形成されている。
(b)各部の構成比率についての差異点
本件登録意匠では,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:中間部の縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約2:4:1:2:4となっており,頭部の最大横幅,中間部の横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比が約4:1.5:1:1.8である。これに対して,甲2意匠では,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約5:3.3:1:9となっており,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比は,約5:1:2である。
(c)頭部の構成態様についての差異点
(c-1)頭部左右の稜線の態様についての差異点
本件登録意匠では,頭部右側稜線の膨出の程度が左側稜線に比べて大きくなって非対称に表されているが,甲2意匠では,(カット部を除いて)頭部左右の稜線が左右対称に表され,頭部最大横幅位置から頭部下端までが略逆S字状(又は略S字状)に表されている。
(c-2)カット部の態様についての差異点
本件登録意匠では,カット部の右端が頭部上端に相当し,その右端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約7:3に内分する位置にある。その右端はやや先尖りの略直角状に表されており,左端角は約120度に表されている。その左端の垂直方向の位置は,頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置にある。また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約30度である。そして,平面から見たカット部の形状は,直線状に表されている。
これに対して,甲2意匠では,カット部の右端は頭部上端よりもやや下方であり,その右端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約2:3に内分する位置にあって,左端角は約150度に表されている。その左端の垂直方向の位置は頭部最大横幅位置のやや上方である。また,カット部の傾斜角は,約55度である。そして,平面から見たカット部の形状は不明である。
(c-3)凹みの態様についての差異点
本件登録意匠の頭部正面は,内側が略丸凹面状に凹んでいるが,甲2意匠では,頭部の正面視内側の凹みの態様は,凹みの深さの程度も含めて,不明である。
(c-4)縁部の態様についての差異点
本件登録意匠の頭部の正面視外周の縁部は細幅の略平坦面状であり,ほぼ等幅であって,その幅の大きさは頭部最大横幅の約1/12.5であるが,甲2意匠の頭部の正面視外周には,略平坦面状の縁部は形成されていない。
(c-5)側面から見た態様についての差異点
側面から見て,本件登録意匠の頭部全体の背面側稜線は緩やかな凸弧状に表されており,正面側稜線はごく緩やかな凹弧状に表されているが,甲2意匠では,頭部の態様は厚みの程度も含めて不明である。
(d)柄部の構成態様についての差異点
本件登録意匠の柄部左右の稜線は緩やかな凹弧状に表されており,側面から見ると柄部全体が弧状に表されているので,左側面から見た頭部-中間部-柄部の態様は,略縦長S字状に表されている。また,本件登録意匠の柄部の下端部は,正面視略半円状に表されており,底面から見ると,略角丸横長長方形状に表されている。
これに対して,甲2意匠の柄部左右の稜線は略直線状に表され,柄部最小横幅位置から柄部下端までの部分は漸次横幅が大きくなって略縦長ハ字状に表されている。そして,側面から見た柄部の態様は不明である。また,甲2意匠の柄部の下端は正面視直線状に表されて左右の角が共に尖り状に形成されており,柄部下端の底面から見た具体的形状は不明である。
(e)色彩の有無の差異
本件登録意匠では,全体が略山吹色に表されているが,甲2意匠には色彩が表されていない。
(3)本件登録意匠と甲2意匠の類否判断
ア 意匠に係る物品
前記(2)アで認定したとおり,本件登録意匠と甲2意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 「スイーツスプーン」(又は「スプーン」)の意匠の類否判断
「スイーツスプーン」(又は「スプーン」)の使用状態においては,使用者はそれを手に持って使用することから,使用者はその全体形状について観察することとなり,その上で,どの程度の量のスイーツを盛ることができるかとの観点から頭部の形状を観察し,また,持ちやすさの観点から柄部の形状を観察するなど,使用者は全方向から見た各部の形状についても詳細に観察するということができる。したがって,「スイーツスプーン」(又は「スプーン」)の類否判断においては,使用者を中心とする需要者の視点から,各部の形状を細かく評価し,かつそれらを総合して意匠全体として形態を評価する。
ウ 本件登録意匠と甲2意匠の形態の共通点の評価
まず,共通点(A)及び(B)で指摘した,全体を縦に長くし,正面視内側が凹んだ幅広の頭部の下に柄部を設けて,頭部の左上に斜めに切り欠かれたカット部を形成した構成態様は,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られており(例えば,参考意匠1(別紙第11参照),及び参考意匠2(別紙第12参照)。),カット部の左端を鈍角状に表す態様も同様に広く知られている(例えば,参考意匠1(別紙第11参照)。)ことから,需要者は特にこれらの態様に注視するとはいい難い。
次に,共通点(B)で指摘した,カット部が直線状である態様は,後述する差異点(例えば,カット部右端が先尖りであるか否かの差異やカット部の傾斜角の差異。)と比較した際に,その差異点が与える別異の印象を圧して需要者に共通の視覚的印象を与えるほどのものとはいい難く,また,正面から見た頭部左右の稜線が外側に凸の弧状である態様(共通点C)は,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られている(例えば,参考意匠1(別紙第11参照)。)ことから,需要者は特にその態様に注視するとはいい難い。
そして,柄部左右の稜線は左右対称である共通点(D)については,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において,柄部左右の稜線が左右対称である態様は例を挙げるまでもなく広く知られたありふれた態様であるから,需要者が特にその態様に注視するとはいえない。
そうすると,共通点(A)ないし共通点(D)は,いずれも本件登録意匠と甲2意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これらの共通点があいまった効果を勘案しても共通点が本件登録意匠と甲2意匠の類否判断に及ぼす影響は小さいというほかない。
エ 本件登録意匠と甲2意匠の形態の差異点の評価
これに対して,本件登録意匠と甲2意匠の形態の差異点については,以下のとおり評価される。
まず,差異点(a)で指摘した,全体が略細幅琵琶型であるか(本件登録意匠)否か(甲2意匠)の差異は,需要者が一見して気が付く差異であって,異なる美感を需要者に与えており,頭部-中間部-略扁平角棒状である柄部から成る本件登録意匠の形状は,略変形卵形状の頭部と略薄板状の柄部を有する甲2意匠の形状とは大きく異なっているから,各部の構成比率についての差異点(b)とあいまって,需要者に対して甲2意匠とは異なる視覚的印象を需要者に与えているというべきである。したがって,差異点(a)及び差異点(b)が本件登録意匠と甲2意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
次に,凹みの態様についての差異点(c-3)及び縁部の態様についての差異点(c-4)に関しては,内側が略丸凹面状に凹み,その周囲にほぼ等幅の略細幅平坦面状の縁部が形成された本件登録意匠の造形は,そのような縁部が無く,内側が(どのように)凹んでいるのか不明である甲2意匠の造形とは全く異なるというべきであるから,需要者はこの差異に対して異なる視覚的印象を抱くこととなる。したがって,差異点(c-3)及び差異点(c-4)が本件登録意匠と甲2意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
そして,カット部の態様についての差異点(c-2)に関しては,特に,本件登録意匠においてカット部の右端がやや先尖りの略直角状に表されている点,及びカット部の傾斜角が約30度である点が,カット部の右端が頭部上端より下にあり,その右端の水平方向の位置が頭部最大横幅を横方向に約2:3に内分する位置にあって,カット部の傾斜角が約55度である甲2意匠と異なっており,需要者が「スイーツスプーン」(又は「スプーン」)の各部の形状について詳細に観察することを踏まえると,これらの差異は別異の視覚的印象を需要者に与えているというべきであるから,差異点(c-2)は,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすということができる。
また,頭部左右の稜線の態様についての差異点(c-1),すなわち,頭部右側稜線の膨出の程度が左側稜線に比べて大きくなって非対称に表されているか(本件登録意匠),(カット部を除く)頭部左右の稜線が左右対称に表されているか(甲2意匠)の差異は,需要者が抱く美感に変化を加えているというべきであり,側面から見た態様についての差異点(c-5)で指摘したとおり,甲2意匠の頭部の態様が厚みの程度も含めて不明であるところ,本件登録意匠の頭部全体は緩やかな弧状に表されているから,差異点(c-1)及び差異点(c-5)が本件登録意匠と甲2意匠の類否判断に及ぼす影響は一定程度認められる。
さらに,柄部の構成態様についての差異点(d)に関しては,柄部左右の稜線が緩やかな凹弧状であって,柄部の下端部が正面視略半円状である本件登録意匠の形状は,柄部左右の稜線が略直線状であって,柄部の下端が直線状である甲2意匠の形状と比較すると,明らかに異なっているといえるから,需要者に異なる視覚的印象を与えている。加えて,柄部の側面視態様の差異(本件登録意匠では柄部全体が弧状に表されているが,甲2意匠では不明。),及び柄部下端の底面視形状の差異(本件登録意匠では略角丸横長長方形状,甲2意匠では不明。)も,需要者に異なる視覚的印象を与えているというべきである。したがって,差異点(d)が本件登録意匠と甲2意匠の類否判断に及ぼす影響も一定程度認められる。
他方,色彩の有無の差異点(e)については,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において,意匠全体に一様に色彩を施すことはありふれているので,需要者が本件登録意匠の略山吹色の色彩に特に着目することはないから,差異点(e)が本件登録意匠と甲2意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
そうすると,差異点(a)ないし差異点(d)は本件登録意匠と甲2意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすか,又は一定程度の影響を及ぼすことから,差異点(e)の影響が小さいとしても,本件登録意匠と甲2意匠の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲2意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,意匠全体で観察した際には共通点が需要者に与える美感を覆して本件登録意匠と甲2意匠を別異のものと印象付けるものであるということができる。
オ 小括
以上のとおり,本件登録意匠と甲2意匠は,意匠に係る物品が共通するが,形態においては,共通点が本件登録意匠と甲2意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これに対して,本件登録意匠と甲2意匠の形態の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲2意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,本件登録意匠と甲2意匠を別異のものと印象付けるものであるから,本件登録意匠は,甲2意匠に類似するということはできない。
すなわち,本件登録意匠は,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第2号証の図1及び図2に記載された意匠(甲2意匠)に類似しないので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠には該当せず,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとはいえない。
したがって,請求人が主張する本件意匠登録の無効理由3には,理由がない。

7 無効理由4-1の判断
本件登録意匠が,甲3-1意匠と類似する意匠であるか否かについて検討する。
(1)甲3-1意匠
甲3-1意匠の認定は,以下のとおりである(別紙第4参照)。
ア 意匠に係る物品
甲第3号証の記載によれば,甲3-1意匠の意匠に係る物品は「スプーン」である。
イ 形態
甲3-1意匠の形態は,以下のとおりである。
なお,スプーンの頭部が上になる向きを正面として,甲第3-1号証の図1ないし図3の向きを認定する。すなわち,図1を90度右に回転した図を正面図として認定し,図2及び図3もこれに応じて認定する。
(ア)全体の構成態様
全体が,縦に長く,正面視内側が凹んだ幅広な略横向き扇形状の頭部の下に,略薄板状の柄部が設けられたものであり,頭部の先端には,斜めになった部分(以下「カット部」という。)がある。
(イ)各部の構成比率
正面から見て,頭部と柄部の縦幅の比は,約7:12である。また,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅(下端寄りの位置の横幅)の比は,約7:1:3である。
頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅と,頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅の比は,約1:1であり,柄部上端(頭部下端に相当する。)から柄部最小横幅位置(柄部上端寄りの位置)までの縦幅と,柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅の比は,約1:11である。したがって,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約3.5:3.5:1:11となっている。
(ウ)頭部の構成態様
(ウ-1)頭部左右の稜線の態様
正面から見て,頭部左側の稜線は略く字状に表され,頭部右側の稜線は外側に凸の弧状に表されており,左右非対称に表されている。
(ウ-2)カット部の態様
正面から見て,カット部は,略く字状の頭部左側稜線の上半分(頭部の左上)であって,僅かに膨らんだ曲線状であり,カット部の右端は頭部上端に相当し,その頭部上端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約2:1に内分する位置にある。そのカット部の右端は丸みのある略鋭角状に表されており,その右端から頭部下端までの右側稜線部分が上記扇形状の弧状部分に相当し,カット部の左端は鈍角状(約106度。扇形状の左側屈曲点と上下の端部を結ぶ線が成す角度。)に表されている。その左端(扇形状の左側屈曲点)の垂直方向の位置は頭部最大横幅位置に相当する。
また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約55度である。
そして,図2によれば,平面から見たカット部の形状は,略直線状であると推認される。
(ウ-3)凹みの態様
頭部の正面視内側の凹みは,図3によれば断面視略弧状であって,図1のA-A断面指示線の位置及び図3によれば,頭部最大横幅を横方向に約3:1に内分する位置が最も深くなっている。
(ウ-4)縁部の態様
頭部の正面視外周の縁部は2重線状に表されており,頭部上半部の2重線の幅が頭部下半部のその幅よりも若干広く形成されている。図3によれば,その2重線は,断面視丸面状である頭部外周端部が正面方向から表されたものである。
(ウ-5)側面から見た態様
図2は斜視図であるので,左側面から見た頭部の正確な態様は定かではないが,頭部の先端部分は,先端にいくにつれて次第に薄くなるように形成されていると推認できる。
(エ)柄部の構成態様
(エ-1)柄部左右の稜線の態様
正面から見て,柄部の上部が右に傾いて表されており,柄部右側の稜線は緩やかな凹弧状に表され,柄部左側の稜線は凸弧状に表されている。すなわち,左右の稜線は非対称に表されている。
(エ-2)柄部の下端部の態様
柄部の下端部は,正面視略放物面状に表されており,図2によれば,底面から見て略扁平トラック形状であると推認できる。
(エ-3)側面から見た態様
図2は斜視図であるので,左側面から見た柄部の正確な態様は定かではないが,柄部は,上端寄りから中央部にかけて僅かに左方(背面側)に膨らんだ弧状であると推認できる。
(2)本件登録意匠と甲3-1意匠の対比
ア 意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は「スイーツスプーン」であり,甲3-1意匠の意匠に係る物品は「スプーン」であるから,本件登録意匠と甲3-1意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 本件登録意匠と甲3-1意匠の形態
本件登録意匠と甲3-1意匠の形態については,以下の共通点と差異点が認められる。
(ア)共通点
(A)全体の構成態様についての共通点
全体が,縦に長く,正面視内側が凹んだ幅広の頭部の下に柄部が設けられており,頭部の先端には,斜めになったカット部がある。
(B)カット部の態様についての共通点
カット部は頭部の左上に形成されて,カット部の右端は頭部上端に相当し,左端は鈍角状に表されている。その頭部上端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約7:3(本件登録意匠)又は約2:1(甲3-1意匠)に内分する位置にあり,ほぼ共通している。そして,平面から見たカット部の形状は略直線状に表されている。
(C)頭部右側の稜線の態様についての共通点
正面から見た頭部右側の稜線は,外側に凸の弧状に表されている。
(D)頭部の側面視態様についての共通点
側面から見た頭部の先端部分は,先端にいくにつれて次第に薄くなるように形成されている。
(イ)差異点
(a)全体の構成態様についての差異点
本件登録意匠は,全体が略細幅琵琶型であって,柄部が略扁平角棒状であり,頭部と柄部の間に中間部が形成されているが,甲3-1意匠は,頭部が略横向き扇形状であり,柄部が略薄板状に形成されている。
(b)各部の構成比率についての差異点
本件登録意匠では,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:中間部の縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約2:4:1:2:4となっており,頭部の最大横幅,中間部の横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比が約4:1.5:1:1.8である。これに対して,甲3-1意匠では,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約3.5:3.5:1:11となっており,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比は,約7:1:3である。
(c)頭部の構成態様についての差異点
(c-1)頭部左側の稜線の態様についての差異点
本件登録意匠では,頭部左側の稜線は外側に凸の弧状に表されており,弧状の膨出の程度は,頭部右側の稜線に比べて小さくなっているが,甲3-1意匠では,頭部左側の稜線は略く字状に表されている。
(c-2)カット部の態様についての差異点
本件登録意匠では,正面から見たカット部は直線状であって,カット部の右端はやや先尖りの略直角状に表されており,左端角は約120度に表されている。その左端の垂直方向の位置は,頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置にある。また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約30度である。
これに対して,甲3-1意匠では,正面から見たカット部は僅かに膨らんだ曲線状であって,カット部の右端は丸みのある略鋭角状に表されており,左端角は約106度に表されている。カット部の左端は頭部最大横幅位置にあり,カット部の傾斜角は,約55度である。
(c-3)凹みの態様についての差異点
本件登録意匠の頭部の正面視内側の凹みは,左端又は右端から中央にいくにつれて漸次深くなる略丸凹面状であり,上下方向では,頭部の中央部では深く,上部及び下部では浅くなっている。これに対して,甲3-1意匠の頭部の正面視内側の凹みは断面視略弧状であって,頭部最大横幅を横方向に約3:1に内分する位置が最も深くなっている。
(c-4)縁部の態様についての差異点
本件登録意匠の頭部の正面視外周の縁部は細幅の略平坦面状であり,ほぼ等幅であって,その幅の大きさは頭部最大横幅の約1/12.5である。これに対して,甲3-1意匠の頭部の正面視外周に見られる2重線状の部分は,断面視丸面状である頭部外周端部が正面方向から表されたものであるから,略平坦面状の縁部ではない。
(c-5)側面から見た態様についての差異点
側面から見て,本件登録意匠の頭部全体の背面側稜線は緩やかな凸弧状に表されており,正面側稜線はごく緩やかな凹弧状に表されているが,甲3-1意匠では,側面から見た頭部の正確な態様は定かではない。
(d)柄部の構成態様についての差異点
本件登録意匠の柄部左右の稜線は左右対称であって,緩やかな凹弧状に表されており,側面から見ると柄部全体が正面側に膨らんだ弧状に表されている。また,本件登録意匠の柄部の下端部は,正面視略半円状に表されており,底面から見ると,略角丸横長長方形状に表されている。
これに対して,甲3-1意匠の柄部左右の稜線は左右非対称であって,柄部右側の稜線は緩やかな凹弧状に表され,柄部左側の稜線は凸弧状に表されており,柄部の上部が右に傾いて表されている。そして,側面から見ると,柄部は,上端寄りから中央部にかけて僅かに背面側に膨らんだ弧状である。また,甲3-1意匠の柄部の下端部は,正面視略放物面状に表されており,底面から見ると,略扁平トラック形状である。
(e)色彩の有無の差異
本件登録意匠では,全体が略山吹色に表されているが,甲3-1意匠には色彩が表されていない。
(3)本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断
ア 意匠に係る物品
前記(2)アで認定したとおり,本件登録意匠と甲3-1意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 「スイーツスプーン」(又は「スプーン」)の意匠の類否判断
前記6(3)イと同じである。
ウ 本件登録意匠と甲3-1意匠の形態の共通点の評価
まず,共通点(A)及び(B)で指摘した,全体を縦に長くし,正面視内側が凹んだ幅広の頭部の下に柄部を設けて,頭部の左上に斜めになったカット部を形成して,そのカット部の右端を頭部上端とした構成態様は,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られており(例えば,参考意匠1(別紙第11参照),及び参考意匠2(別紙第12参照)。),カット部の左端を鈍角状に表す態様も同様に広く知られている(例えば,参考意匠1(別紙第11参照)。)ことから,需要者は特にこれらの態様に注視するとはいい難い。
次に,共通点(B)で指摘した,カット部の右端である頭部上端の水平方向の位置が,頭部最大横幅を横方向に約7:3(又は約2:1)に内分する位置である態様は,後述する差異点(例えば,カット部左端の垂直方向の位置の差異やカット部の傾斜角の差異。)と比較した際に,その差異点が与える別異の印象を圧して需要者に共通の視覚的印象を与えるほどのものとはいい難く,また,平面から見たカット部の形状が略直線状である態様,正面から見た頭部右側の稜線が外側に凸の弧状に表されている態様(共通点C)及び側面から見た頭部の先端部分が先端にいくにつれて次第に薄くなる態様(共通点D)は,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られている(例えば,参考意匠1(別紙第11参照)。)ことから,需要者は特にその態様に注視するとはいい難い。
そうすると,共通点(A)ないし共通点(D)は,いずれも本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これらの共通点があいまった効果を勘案しても共通点が本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断に及ぼす影響は小さいというほかない。
エ 本件登録意匠と甲3-1意匠の形態の差異点の評価
これに対して,本件登録意匠と甲3-1意匠の形態の差異点については,以下のとおり評価される。
まず,差異点(a)で指摘した,全体が略細幅琵琶型であるか(本件登録意匠)否か(甲3-1意匠)の差異は,需要者が一見して気が付く差異であって,異なる美感を需要者に与えており,頭部-中間部-略扁平角棒状である柄部から成る本件登録意匠の形状は,略横向き扇形状の頭部と略薄板状の柄部を有する甲3-1意匠の形状とは大きく異なっているから,各部の構成比率についての差異点(b)とあいまって,需要者に対して甲3-1意匠とは異なる視覚的印象を需要者に与えているというべきである。したがって,差異点(a)及び差異点(b)が本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
次に,凹みの態様についての差異点(c-3)及び縁部の態様についての差異点(c-4)に関しては,左端又は右端から中央にいくにつれて漸次深くなる略丸凹面状に凹み,その周囲にほぼ等幅の略細幅平坦面状の縁部が形成された本件登録意匠の造形は,そのような縁部が無く,頭部最大横幅を横方向に約3:1に内分する位置が最も深くなっている甲3-1意匠の造形とは全く異なるというべきであるから,需要者はこの差異に対して異なる視覚的印象を抱くこととなる。したがって,差異点(c-3)及び差異点(c-4)が本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
そして,カット部の態様についての差異点(c-2)に関しては,特に,本件登録意匠においてカット部の左端の垂直方向の位置が頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置にある点,及びカット部の傾斜角が約30度である点が,カット部の左端が頭部最大横幅位置にあり,カット部の傾斜角が約55度である甲3-1意匠と異なっており,需要者が「スイーツスプーン」(又は「スプーン」)の各部の形状について詳細に観察することを踏まえると,これらの差異は別異の視覚的印象を需要者に与えているというべきであるから,差異点(c-2)は,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすということができる。
また,頭部左側の稜線の態様についての差異点(c-1),すなわち,頭部左側の稜線が外側に凸の弧状に表されているか(本件登録意匠),略く字状に表されているか(甲3-1意匠)の差異は,需要者が抱く美感に変化を加えているというべきであり,側面から見た態様についての差異点(c-5)で指摘したとおり,甲3-1意匠の側面から見た頭部の正確な態様が定かではないところ,本件登録意匠の頭部全体は緩やかな弧状に表されているから,差異点(c-1)及び差異点(c-5)が本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断に及ぼす影響は一定程度認められる。
さらに,柄部の構成態様についての差異点(d)に関しては,柄部左右の稜線が左右対称であって,側面から見て柄部全体が正面側に膨らんだ弧状に表されている本件登録意匠の形状は,左右非対称であって柄部の上部が右に傾いて表されて,側面から見て柄部の上端寄りから中央部が僅かではあるが背面側に膨らんだ甲3-1意匠の形状と比較すると,明らかに異なっているといえるから,需要者に異なる視覚的印象を与えている。加えて,柄部の下端部が正面視略半円状か(本件登録意匠)略放物面状か(甲3-1意匠)の差異,及び底面視略角丸横長長方形状か(本件登録意匠)略扁平トラック形状か(甲3-1意匠)の差異も需要者に異なる視覚的印象を与えているというべきである。したがって,差異点(d)が本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断に及ぼす影響も一定程度認められる。
他方,色彩の有無の差異点(e)については,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において,意匠全体に一様に色彩を施すことはありふれているので,需要者が本件登録意匠の略山吹色の色彩に特に着目することはないから,差異点(e)が本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
そうすると,差異点(a)ないし差異点(d)は本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすか,又は一定程度の影響を及ぼすことから,差異点(e)の影響が小さいとしても,本件登録意匠と甲3-1意匠の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,意匠全体で観察した際には共通点が需要者に与える美感を覆して本件登録意匠と甲3-1意匠を別異のものと印象付けるものであるということができる。
請求人は,甲3に係るスプーンは,図1においてスプーン1の頭部における一側部の皿部と他側部のへら部5との形状の関係は,本件登録意匠の頭部の形状と類似するものであると主張する。しかし,本件登録意匠と甲3-1意匠のカット部の態様については,上述のとおり,カット部左端位置と頭部最大横幅位置との関係やカット部の傾斜角の差異が別異の視覚的印象を需要者に与えているというべきであり,更にそのカット部の態様の差異を含む頭部の態様の差異,すなわち,略丸凹面状に凹んで略細幅平坦面状の縁部を有する本件登録意匠の頭部と,略横向き扇形状である甲3-1意匠とは明らかに異なっているから,両意匠を観察する需要者に異なる美感を起こさせるというほかない。したがって,請求人の主張は概括的なものといわざるを得ず,採用することはできない。
オ 小括
以上のとおり,本件登録意匠と甲3-1意匠は,意匠に係る物品が共通するが,形態においては,共通点が本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これに対して,本件登録意匠と甲3-1意匠の形態の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲3-1意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,本件登録意匠と甲3-1意匠を別異のものと印象付けるものであるから,本件登録意匠は,甲3-1意匠に類似するということはできない。
すなわち,本件登録意匠は,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第3号証の図1ないし図3に記載された意匠(甲3-1意匠)に類似しないので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠には該当せず,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとはいえない。
したがって,請求人が主張する本件意匠登録の無効理由4-1には,理由がない。

8 無効理由4-2の判断
本件登録意匠が,甲3-2意匠と類似する意匠であるか否かについて検討する。
(1)甲3-2意匠
甲3-2意匠の認定は,以下のとおりである(別紙第4参照)。
ア 意匠に係る物品
甲第3号証の記載によれば,甲3-2意匠の意匠に係る物品は「スプーン」である。
イ 形態
甲3-2意匠の形態は,以下のとおりである。
なお,スプーンの頭部が上になる向きを正面として,甲第3-2号証の図4ないし図7の向きを認定する。すなわち,図4を約97度右に回転した図を正面図として認定し,図5ないし図7もこれに応じて認定する。
(ア)全体の構成態様
全体が,縦に長く,正面視内側が凹んだ幅広な略変形卵形状の頭部の下に,略棒状の柄部が設けられたものであり,頭部の先端には,斜めになった部分(以下「カット部」という。)がある。
(イ)各部の構成比率
正面から見て,頭部と柄部の縦幅の比は,約1:2である。また,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅(下端寄りの位置の横幅)の比は,約5:0.4:2である。
頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅と,頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅の比は,約7:6であり,柄部上端(頭部下端に相当する。)から柄部最小横幅位置(柄部上端寄りの位置)までの縦幅と,柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅の比は,約1:16である。したがって,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約4.6:4:1:16となっている。
(ウ)頭部の構成態様
(ウ-1)頭部左右の稜線の態様
正面から見て,下記カット部を除いて頭部左右の稜線は外側に凸の弧状に表されており,弧状の膨出の程度は,左側の稜線の方が右側稜線に比べて大きくなっている。すなわち,左右の稜線は非対称に表されている。
(ウ-2)カット部の態様
正面から見て,カット部は略弧状であって,頭部の左上に形成されており,カット部の右端は頭部上端に相当し,その頭部上端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約8:3に内分する位置にある。そのカット部の右端は丸みがあってやや鋭角状に表されており,カット部の左端は,頭部最大横幅位置にあり,弧状の頭部左側稜線に連続している。カット部が略弧状であり,頭部左側稜線も弧状であるので,カット部右端からカット部左端を経て頭部下端に至る稜線の全体は,滑らかに連続している。
また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約47度である。
そして,図7によれば,平面から見たカット部の形状は,緩やかな弧状である。
(ウ-3)凹みの態様
頭部の正面視内側の凹みは,図7によれば,頭部最大横幅を横方向に約5:3に内分する位置が最も深くなっている。
(ウ-4)縁部の態様
頭部の正面視外周の縁部は2重線状に表されており,頭部下側約2/9の2重線の幅が頭部上側約7/9のその幅よりも若干広く形成されている。図5によれば,その2重線は,側面視丸面状である頭部外周端部が正面方向から表されたものである。
(ウ-5)側面から見た態様
図5は斜視図であるので,左側面から見た頭部の正確な態様は定かではないが,頭部の先端部分は,先端にいくにつれて次第に薄くなるように形成されていると推認できる。
(エ)柄部の構成態様
(エ-1)柄部の構成
柄部は,上から,略六角柱状部,略円盤状凸部及び略薄板状握り部から成り,略円盤状凸部の上下には正面視丸溝状の凹部が形成されている。
(エ-2)柄部左右の稜線の態様
正面から見て,柄部左右の稜線は左右対称であって,略六角柱状部の左右稜線は略縦長ハ字状であって,略薄板状握り部左右稜線は緩やかな凹弧状に表されている。
(エ-3)柄部の下端部の態様
柄部の下半部は,正面視略涙滴形状に表されており,図5によれば,底面から見た柄部の下端は,略横長長方形状であると推認できる。
(エ-4)側面から見た態様
図5は斜視図であるので,左側面から見た柄部の正確な態様は定かではないが,柄部は,上端から下端寄りにかけてほぼ直線状に表されて,下端部のみが僅かに正面側に曲がった弧状であると推認できる。
(2)本件登録意匠と甲3-2意匠の対比
ア 意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は「スイーツスプーン」であり,甲3-2意匠の意匠に係る物品は「スプーン」であるから,本件登録意匠と甲3-2意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 本件登録意匠と甲3-2意匠の形態
本件登録意匠と甲3-2意匠の形態については,以下の共通点と差異点が認められる。
(ア)共通点
(A)全体の構成態様についての共通点
全体が,縦に長く,正面視内側が凹んだ幅広の頭部の下に柄部が設けられており,頭部の先端には,斜めになったカット部がある。
(B)カット部の態様についての共通点
カット部は頭部の左上に形成されて,カット部の右端は頭部上端に相当し,その頭部上端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約7:3(本件登録意匠)又は約8:3(甲3-2意匠)に内分する位置にあり,ほぼ共通している。
(C)頭部左右の稜線の態様についての共通点
正面から見た頭部左右の稜線は,外側に凸の弧状に表されている。
(D)頭部の側面視態様についての共通点
側面から見た頭部の先端部分は,先端にいくにつれて次第に薄くなるように形成されている。
(E)柄部の正面視態様についての共通点
正面から見た柄部左右の稜線は,左右対称である。
(イ)差異点
(a)全体の構成態様についての差異点
本件登録意匠は,全体が略細幅琵琶型であって,柄部が略扁平角棒状であり,頭部と柄部の間に中間部が形成されているが,甲3-2意匠は,頭部が略変形卵形状であり,柄部が略棒状である。
(b)各部の構成比率についての差異点
本件登録意匠では,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:中間部の縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約2:4:1:2:4となっており,頭部の最大横幅,中間部の横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比が約4:1.5:1:1.8である。これに対して,甲3-2意匠では,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約4.6:4:1:16となっており,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比は,約5:0.4:2である。
(c)頭部の構成態様についての差異点
(c-1)頭部左右の稜線の態様についての差異点
本件登録意匠では,カット部のある頭部左側の稜線の弧状の膨出の程度が,頭部右側の稜線に比べて小さくなっているが,甲3-2意匠では,カット部のある頭部左側の稜線の弧状の膨出の程度が,頭部右側の稜線に比べて大きくなっている。
(c-2)カット部の態様についての差異点
本件登録意匠では,正面から見たカット部は直線状であって,カット部の右端はやや先尖りの略直角状に表されており,左端角は約120度に表されている。その左端の垂直方向の位置は,頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置にある。また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約30度であり,平面から見たカット部の形状は直線状である。
これに対して,甲3-2意匠では,正面から見たカット部は略弧状であって,カット部の右端は丸みがあってやや鋭角状に表されており,カット部の左端が頭部最大横幅位置にあり,カット部右端からカット部左端を経て頭部下端に至る稜線の全体は,滑らかに連続している。また,カット部の傾斜角は,約47度であり,平面から見たカット部の形状は緩やかな弧状である。
(c-3)凹みの態様についての差異点
本件登録意匠の頭部の正面視内側の凹みは,左端又は右端から中央にいくにつれて漸次深くなる略丸凹面状であり,上下方向では,頭部の中央部では深く,上部及び下部では浅くなっている。これに対して,甲3-2意匠の頭部の正面視内側の凹みは,頭部最大横幅を横方向に約5:3に内分する位置が最も深くなっている。
(c-4)縁部の態様についての差異点
本件登録意匠の頭部の正面視外周の縁部は細幅の略平坦面状であり,ほぼ等幅であって,その幅の大きさは頭部最大横幅の約1/12.5である。これに対して,甲3-2意匠の頭部の正面視外周に見られる2重線状の部分は,側面視丸面状である頭部外周端部が正面方向から表されたものであるから,略平坦面状の縁部ではない。
(c-5)側面から見た態様についての差異点
側面から見て,本件登録意匠の頭部全体の背面側稜線は緩やかな凸弧状に表されており,正面側稜線はごく緩やかな凹弧状に表されているが,甲3-2意匠では,側面から見た頭部の正確な態様は定かではない。
(d)柄部の構成態様についての差異点
本件登録意匠の柄部左右の稜線は緩やかな凹弧状に表されており,側面から見ると柄部全体が正面側に膨らんだ弧状に表されている。また,本件登録意匠の柄部の下端部は,正面視略半円状に表されており,底面から見ると,略角丸横長長方形状に表されている。
これに対して,甲3-2意匠の柄部は略六角柱状部,略円盤状凸部及び略薄板状握り部から成るものであって,そのうち,略六角柱状部の左右稜線は略縦長ハ字状であって,略薄板状握り部左右稜線は緩やかな凹弧状に表されている。側面から見ると,柄部は,上端から下端寄りにかけてほぼ直線状である。また,甲3-2意匠の柄部の下半部は,正面視略涙滴形状に表されており,底面から見ると,柄部の下端は略横長長方形状である。
(e)色彩の有無の差異
本件登録意匠では,全体が略山吹色に表されているが,甲3-2意匠には色彩が表されていない。
(3)本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断
ア 意匠に係る物品
前記(2)アで認定したとおり,本件登録意匠と甲3-2意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 「スイーツスプーン」(又は「スプーン」)の意匠の類否判断
前記6(3)イと同じである。
ウ 本件登録意匠と甲3-2意匠の形態の共通点の評価
まず,共通点(A)及び(B)で指摘した,全体を縦に長くし,正面視内側が凹んだ幅広の頭部の下に柄部を設けて,頭部の左上に斜めになったカット部を形成して,そのカット部の右端を頭部上端とした構成態様は,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られており(例えば,参考意匠1(別紙第11参照),及び参考意匠2(別紙第12参照)。),共通点(C)で指摘した,頭部左右の稜線を外側に凸の弧状に表す態様も同様に広く知られている(例えば,参考意匠1(別紙第11参照)。)ことから,需要者は特にこれらの態様に注視するとはいい難い。
次に,共通点(B)で指摘した,カット部の右端である頭部上端の水平方向の位置が,頭部最大横幅を横方向に約7:3(又は約8:3)に内分する位置である態様は,後述する差異点(例えば,頭部の形状の差異や,カット部右端からカット部左端を経て頭部下端に至る稜線の全体が滑らかに連続しているか否かの差異。)と比較した際に,その差異点が与える別異の印象を圧して需要者に共通の視覚的印象を与えるほどのものとはいい難く,また,側面から見た頭部の先端部分が先端にいくにつれて次第に薄くなる態様(共通点D),及び正面から見た柄部左右の稜線が左右対称である態様(共通点E)は,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られている(例えば,参考意匠1(別紙第11参照),及び甲2意匠(別紙第3参照)。)ことから,需要者は特にこれらの態様に注視するとはいい難い。
そうすると,共通点(A)ないし共通点(E)は,いずれも本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これらの共通点があいまった効果を勘案しても共通点が本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断に及ぼす影響は小さいというほかない。
エ 本件登録意匠と甲3-2意匠の形態の差異点の評価
これに対して,本件登録意匠と甲3-2意匠の形態の差異点については,以下のとおり評価される。
まず,差異点(a)で指摘した,全体が略細幅琵琶型であるか(本件登録意匠)否か(甲3-2意匠)の差異は,需要者が一見して気が付く差異であって,異なる美感を需要者に与えており,頭部-中間部-略扁平角棒状である柄部から成る本件登録意匠の形状は,略変形卵形状の頭部と略棒状の柄部を有する甲3-2意匠の形状とは大きく異なっているから,各部の構成比率についての差異点(b)とあいまって,需要者に対して甲3-2意匠とは異なる視覚的印象を需要者に与えているというべきである。したがって,差異点(a)及び差異点(b)が本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
次に,凹みの態様についての差異点(c-3)及び縁部の態様についての差異点(c-4)に関しては,左端又は右端から中央にいくにつれて漸次深くなる略丸凹面状に凹み,その周囲にほぼ等幅の略細幅平坦面状の縁部が形成された本件登録意匠の造形は,そのような縁部が無く,頭部最大横幅を横方向に約5:3に内分する位置が最も深くなっている甲3-2意匠の造形とは全く異なるというべきであるから,需要者はこの差異に対して異なる視覚的印象を抱くこととなる。したがって,差異点(c-3)及び差異点(c-4)が本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
そして,カット部の態様についての差異点(c-2)に関しては,特に,本件登録意匠においてカット部の左端の垂直方向の位置が頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置にある点,及びカット部の左端角が約120度の鈍角である点が,カット部の左端が頭部最大横幅位置にあり,カット部右端からカット部左端を経て頭部下端に至る稜線の全体が滑らかに連続している甲3-2意匠と異なっており,平面から見たカット部の形状も直線状(本件登録意匠)か緩やかな弧状(甲3-2意匠)かで異なっているので,需要者が「スイーツスプーン」(又は「スプーン」)の各部の形状について詳細に観察することを踏まえると,これらの差異は別異の視覚的印象を需要者に与えているというべきであるから,差異点(c-2)は,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすということができる。
また,頭部左右の稜線の態様についての差異点(c-1),すなわち,カット部のある頭部左側の稜線の弧状の膨出の程度が,頭部右側の稜線に比べて小さくなっているか(本件登録意匠),大きくなっているか(甲3-2意匠)の差異は,需要者が抱く美感に変化を加えているというべきであり,側面から見た態様についての差異点(c-5)で指摘したとおり,甲3-2意匠の側面から見た頭部の正確な態様が定かではないところ,本件登録意匠の頭部全体は緩やかな弧状に表されているから,差異点(c-1)及び差異点(c-5)が本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断に及ぼす影響は一定程度認められる。
さらに,柄部の構成態様についての差異点(d)に関しては,略扁平角棒状であって,側面から見て柄部全体が正面側に膨らんだ弧状に表されている本件登録意匠の形状は,略六角柱状部,略円盤状凸部及び略薄板状握り部から成り,側面から見て上端から下端寄りにかけてほぼ直線状である甲3-2意匠の形状と比較すると,明らかに異なっているといえるから,需要者に異なる視覚的印象を与えている。加えて,柄部の下端部が正面視略半円状か(本件登録意匠),柄部の下半部が正面視略涙滴形状か(甲3-2意匠)の差異,及び底面視略角丸横長長方形状か(本件登録意匠)略横長長方形状か(甲3-2意匠)の差異も需要者に異なる視覚的印象を与えているというべきである。したがって,差異点(d)が本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断に及ぼす影響も一定程度認められる。
他方,色彩の有無の差異点(e)については,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において,意匠全体に一様に色彩を施すことはありふれているので,需要者が本件登録意匠の略山吹色の色彩に特に着目することはないから,差異点(e)が本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
そうすると,差異点(a)ないし差異点(d)は本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすか,又は一定程度の影響を及ぼすことから,差異点(e)の影響が小さいとしても,本件登録意匠と甲3-2意匠の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,意匠全体で観察した際には共通点が需要者に与える美感を覆して本件登録意匠と甲3-2意匠を別異のものと印象付けるものであるということができる。
請求人は,甲3に係るスプーンは,図4においてスプーン1の頭部における一側部の皿部と他側部のへら部5との形状の関係は,本件登録意匠の頭部の形状と類似するものであると主張する。しかし,本件登録意匠と甲3-2意匠のカット部の態様については,上述のとおり,カット部左端位置と頭部最大横幅位置との関係の差異や,カット部の左端の態様の差異(鈍角であるか,滑らかに連続する左端稜線を構成するかの差異)が別異の視覚的印象を需要者に与えているというべきであり,更にそのカット部の態様の差異を含む頭部の態様の差異,すなわち,略丸凹面状に凹んで略細幅平坦面状の縁部を有する本件登録意匠の頭部と,略変形卵形状である甲3-2意匠とは明らかに異なっているから,両意匠を観察する需要者に異なる美感を起こさせるというほかない。したがって,請求人の主張は概括的なものといわざるを得ず,採用することはできない。
オ 小括
以上のとおり,本件登録意匠と甲3-2意匠は,意匠に係る物品が共通するが,形態においては,共通点が本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これに対して,本件登録意匠と甲3-2意匠の形態の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲3-2意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,本件登録意匠と甲3-2意匠を別異のものと印象付けるものであるから,本件登録意匠は,甲3-2意匠に類似するということはできない。
すなわち,本件登録意匠は,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第3号証の図4ないし図7に記載された意匠(甲3-2意匠)に類似しないので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠には該当せず,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとはいえない。
したがって,請求人が主張する本件意匠登録の無効理由4-2には,理由がない。

9 無効理由5の判断
本件登録意匠が,甲4意匠と類似する意匠であるか否かについて検討する。
(1)甲4意匠
甲4意匠の認定は,以下のとおりである(別紙第5参照)。
ア 意匠に係る物品
甲第4号証の記載によれば,甲4意匠の意匠に係る物品は「調理用スプーン」である。
イ 形態
甲4意匠の形態は,以下のとおりである。
なお,スプーンの頭部が上になる向きを正面として,甲第4号証の各図の向きを認定する。すなわち,平面図を上下反転した図を正面図として認定し,右側面図を90度右に回転した図を左側面図として認定し,正面図を上下反転させた図を平面図として認定し,他の図もこれに応じて認定する。
(ア)全体の構成態様
全体が,縦に長く,正面視内側が凹んだ幅広な略変形卵形状の頭部の下に,略薄板状の柄部が設けられたものであり,頭部の先端には,斜めになった部分(以下「カット部」という。)がある。
(イ)各部の構成比率
正面から見て,頭部と柄部の縦幅の比は,約1:2である。また,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅(下端寄りの位置の横幅)の比は,約3:0.4:1である。
頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅と,頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅の比は,約1:1であり,柄部上端(頭部下端に相当する。)から柄部最小横幅位置(柄部上端寄りの位置)までの縦幅と,柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅の比は,約1:15である。したがって,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約4:4:1:15となっている。
(ウ)頭部の構成態様
(ウ-1)頭部左右の稜線の態様
正面から見て,頭部左右の稜線は外側に凸の弧状に表されており,弧状の膨出の程度はほぼ同じである。すなわち,左右の稜線は略対称に表されている。
(ウ-2)カット部の態様
正面から見て,カット部は略弧状であって,頭部の上部に形成されており,カット部の右端は頭部上端に相当し,その頭部上端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約5:2に内分する位置にある。そのカット部の右端は鈍角状に表されており,左端も鈍角状(約120度)に表されている。その左端の垂直方向の位置は,頭部上端から頭部最大横幅位置までを約2:7に内分する位置にある。
また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約10度である。
そして,平面図によれば,平面から見たカット部の形状は,弧状である。
(ウ-3)凹みの態様
頭部の正面視内側の凹みは,底面図によれば,横方向中央部分が最も深くなっている。
(ウ-4)縁部の態様
頭部の正面視外周には,略平坦面状の縁部は形成されていない。
(ウ-5)側面から見た態様
側面から見て,頭部全体の背面側稜線は緩やかな凸弧状に表されており,正面側稜線は略直線状に表されている。そして,頭部の上端付近と下端付近が略弧状に形成されているので,側面視頭部全体が略平皿状に表されている。また,頭部の先端部分は厚みがあり,薄くなってはいない。
(エ)柄部の構成態様
(エ-1)柄部の態様
柄部の正面及び背面には,上端から下端寄りにかけて,中央にやや幅広の溝部が形成されており,その溝部の両側,すなわち柄部の両端がリブ状に突出している。
(エ-2)柄部左右の稜線の態様
正面から見て,柄部左右の稜線は左右対称であって,略直線状に表され,柄部最小横幅位置から柄部下端寄りまでの部分は漸次横幅が大きくなって略縦長ハ字状に表されている。
(エ-3)柄部の下端部の態様
柄部の下半部は,正面視略半円状に表されており,底面から見た柄部の下端は,略細幅帯状に表されている。
(エ-4)側面から見た態様
柄部は,上端寄り及び下端寄りを除いてほぼ直線状に表されて,上端寄りが背面側に屈曲し,下端寄りが正面側に曲がった弧状である。
(2)本件登録意匠と甲4意匠の対比
ア 意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は「スイーツスプーン」であり,スイーツを食べる時に用いられるものである。一方,甲4意匠の意匠に係る物品は「調理用スプーン」であり,調理のために用いられるものである。両者は用途は異なるが,共にスイーツ又は食材を幅広の頭部に盛る機能を有するから,両者の機能はほぼ同じであると認められる。したがって,本件登録意匠と甲4意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 本件登録意匠と甲4意匠の形態
本件登録意匠と甲4意匠の形態については,以下の共通点と差異点が認められる。
(ア)共通点
(A)全体の構成態様についての共通点
全体が,縦に長く,正面視内側が凹んだ幅広の頭部の下に柄部が設けられており,頭部の先端には,斜めになったカット部がある。
(B)カット部の態様についての共通点
カット部の右端は頭部上端に相当し,その頭部上端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約7:3(本件登録意匠)又は約5:2(甲4意匠)に内分する位置にあり,ほぼ共通している。また,カット部の左端は鈍角状(約120度)に表されている。
(C)頭部左右の稜線の態様についての共通点
正面から見た頭部左右の稜線は,外側に凸の弧状に表されている。
(D)頭部の凹みについての共通点
頭部の凹みは,横方向中央部分が最も深くなっている。
(E)頭部の側面視態様についての共通点
側面から見て,頭部全体の背面側稜線は緩やかな凸弧状に表されている。
(F)柄部の態様についての共通点
正面から見て,柄部左右の稜線は左右対称であり,柄部の下端部は正面視略半円状に表されている。
(イ)差異点
(a)全体の構成態様についての差異点
本件登録意匠は,全体が略細幅琵琶型であって,柄部が略扁平角棒状であり,頭部と柄部の間に中間部が形成されているが,甲4意匠は,頭部が略変形卵形状であり,柄部が略薄板状である。
(b)各部の構成比率についての差異点
本件登録意匠では,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:中間部の縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約2:4:1:2:4となっており,頭部の最大横幅,中間部の横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比が約4:1.5:1:1.8である。これに対して,甲4意匠では,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約4:4:1:15となっており,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比は,約3:0.4:1である。
(c)頭部の構成態様についての差異点
(c-1)頭部左右の稜線の態様についての差異点
本件登録意匠では,頭部右側稜線の膨出の程度が左側稜線に比べて大きくなって非対称に表されているが,甲4意匠では,頭部左右の稜線は略対称に表されている。
(c-2)カット部の態様についての差異点
本件登録意匠では,正面から見たカット部は直線状であって,頭部の左上に形成されている。カット部の右端はやや先尖りの略直角状に表されており,カット部の左端の垂直方向の位置は,頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置にある。また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約30度であり,平面から見たカット部の形状は直線状である。
これに対して,甲4意匠では,正面から見たカット部は略弧状であって,頭部の上部に形成されている。カット部の右端は鈍角状に表されており,カット部の左端の垂直方向の位置は,頭部上端から頭部最大横幅位置までを約2:7に内分する位置にある。また,カット部の傾斜角は,約10度であり,平面から見たカット部の形状は弧状である。
(c-3)凹みの態様についての差異点
本件登録意匠の頭部の正面視内側の凹みは,上下方向では,頭部の中央部では深く,上部及び下部では浅くなっている。これに対して,甲4意匠では,側面から見た頭部の稜線形状から推認すると,上端付近と下端付近を除いて,左右方向中央部はほぼ一定の深さになっている。
(c-4)縁部の態様についての差異点
本件登録意匠の頭部の正面視外周の縁部は細幅の略平坦面状であり,ほぼ等幅であって,その幅の大きさは頭部最大横幅の約1/12.5であるが,甲4意匠の頭部の正面視外周には,略平坦面状の縁部は形成されていない。
(c-5)側面から見た態様についての差異点
側面から見て,本件登録意匠の正面側稜線はごく緩やかな凹弧状に表されており,頭部の先端部分が先端にいくにつれて次第に薄くなるように形成されているが,甲4意匠では,正面側稜線は略直線状に表されており,側面視頭部全体が略平皿状に表されており,頭部の先端部分は薄くなっていない。
(d)柄部の構成態様についての差異点
本件登録意匠の柄部左右の稜線は緩やかな凹弧状に表されており,側面から見ると柄部全体が正面側に膨らんだ弧状に表されている。また,本件登録意匠の柄部の下端部は,底面から見ると,略角丸横長長方形状に表されている。
これに対して,甲4意匠の柄部には,正面及び背面の上端から下端寄りにかけて,中央にやや幅広の溝部が形成されており,柄部左右の稜線は略直線状に表され,柄部最小横幅位置から柄部下端寄りまでの部分が略縦長ハ字状に表されている。側面から見ると,柄部は,上端寄り及び下端寄りを除いてほぼ直線状に表されている。また,甲4意匠の柄部の下端は,底面から見ると,略細幅帯状に表されている。
(e)色彩の有無の差異
本件登録意匠では,全体が略山吹色に表されているが,甲4意匠には色彩が表されていない。
(3)本件登録意匠と甲4意匠の類否判断
ア 意匠に係る物品
前記(2)アで認定したとおり,本件登録意匠と甲4意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 「スイーツスプーン」(又は「調理用スプーン」)の意匠の類否判断
「スイーツスプーン」(又は「調理用スプーン」)の使用状態においては,使用者はそれを手に持って使用することから,使用者はその全体形状について観察することとなり,その上で,どの程度の量のスイーツ(又は食材)を盛ることができるかとの観点から頭部の形状を観察し,また,持ちやすさの観点から柄部の形状を観察するなど,使用者は全方向から見た各部の形状についても詳細に観察するということができる。したがって,「スイーツスプーン」(又は「調理用スプーン」)の類否判断においては,使用者を中心とする需要者の視点から,各部の形状を細かく評価し,かつそれらを総合して意匠全体として形態を評価する。
ウ 本件登録意匠と甲4意匠の形態の共通点の評価
まず,共通点(A)及び(B)で指摘した,全体を縦に長くし,正面視内側が凹んだ幅広の頭部の下に柄部を設けて,頭部の先端に斜めになったカット部を形成して,そのカット部の右端を頭部上端とした構成態様は,「スイーツスプーン」を含むスプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られており(例えば,参考意匠1(別紙第11参照),及び参考意匠2(別紙第12参照)。),カット部の左端を鈍角状に表す態様,共通点(C)及び(D)で指摘した,頭部左右の稜線を外側に凸の弧状に表す態様,及び頭部の横方向中央部分の凹みが最も深くなっている態様も同様に広く知られている(例えば,参考意匠1(別紙第11参照)。)ことから,需要者は特にこれらの態様に注視するとはいい難い。
次に,共通点(B)で指摘した,カット部の右端である頭部上端の水平方向の位置が,頭部最大横幅を横方向に約7:3(又は約5:2)に内分する位置である態様は,後述する差異点(例えば,カット部の位置の差異,頭部の形状の差異,及びカット部の傾斜角の差異。)と比較した際に,その差異点が与える別異の印象を圧して需要者に共通の視覚的印象を与えるほどのものとはいい難く,また,側面から見た頭部全体の背面側稜線が緩やかな凸弧状に表されている態様(共通点E),及び正面から見た柄部左右の稜線が左右対称であり,柄部の下端部が正面視略半円状に表されている態様(共通点F)は,「スイーツスプーン」を含むスプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られている(例えば,共通点Fについては,参考意匠3:特許庁意匠課公知資料番号第HB01033690号に表されたスプーンの意匠(別紙第13参照)。)ことから,需要者は特にこれらの態様に注視するとはいい難い。
そうすると,共通点(A)ないし共通点(F)は,いずれも本件登録意匠と甲4意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これらの共通点があいまった効果を勘案しても共通点が本件登録意匠と甲4意匠の類否判断に及ぼす影響は小さいというほかない。
エ 本件登録意匠と甲4意匠の形態の差異点の評価
これに対して,本件登録意匠と甲4意匠の形態の差異点については,以下のとおり評価される。
まず,差異点(a)で指摘した,全体が略細幅琵琶型であるか(本件登録意匠)否か(甲4意匠)の差異は,需要者が一見して気が付く差異であって,異なる美感を需要者に与えており,頭部-中間部-略扁平角棒状である柄部から成る本件登録意匠の形状は,略変形卵形状の頭部と,略薄板状である柄部を有する甲4意匠の形状とは大きく異なっているから,各部の構成比率についての差異点(b)とあいまって,需要者に対して甲4意匠とは異なる視覚的印象を需要者に与えているというべきである。したがって,差異点(a)及び差異点(b)が本件登録意匠と甲4意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
次に,凹みの態様についての差異点(c-3)及び縁部の態様についての差異点(c-4)に関しては,凹み頭部の上下方向中央部では深く,上部及び下部では浅くなっており,頭部の正面視外周にほぼ等幅の略細幅平坦面状の縁部が形成された本件登録意匠の造形は,そのような縁部が無く,上端付近と下端付近を除いて,左右方向中央部がほぼ一定の深さになっている甲4意匠の造形とは全く異なるというべきであるから,需要者はこの差異に対して異なる視覚的印象を抱くこととなる。したがって,差異点(c-3)及び差異点(c-4)が本件登録意匠と甲4意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
そして,カット部の態様についての差異点(c-2)に関しては,特に,本件登録意匠においてカット部が頭部の左上に形成されている点,カット部の左端の垂直方向の位置が頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置にある点,及びカット部の傾斜角が約30度である点が,カット部が頭部の上部に形成され,その左端の位置が上記の間を約2:7に内分する位置にあり,カット部の傾斜角が約10度である甲4意匠と異なっており,平面から見たカット部の形状も直線状(本件登録意匠)か弧状(甲4意匠)かで異なっているので,需要者が「スイーツスプーン」(又は「調理用スプーン」)の各部の形状について詳細に観察することを踏まえると,これらの差異は別異の視覚的印象を需要者に与えているというべきであるから,差異点(c-2)は,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすということができる。
また,頭部左右の稜線の態様についての差異点(c-1),すなわち,頭部右側稜線の膨出の程度が左側稜線に比べて大きくなって非対称に表されているか(本件登録意匠),頭部左右の稜線が略対称に表されているか(甲4意匠)の差異は,需要者が抱く美感に変化を加えているというべきであり,側面から見た態様についての差異点(c-5)で指摘したとおり,甲4意匠の側面から見た頭部全体が略平皿状に表されているところ,本件登録意匠の頭部全体は緩やかな弧状に表されているから,差異点(c-1)及び差異点(c-5)が本件登録意匠と甲4意匠の類否判断に及ぼす影響は一定程度認められる。
さらに,柄部の構成態様についての差異点(d)に関しては,略扁平角棒状であって,側面から見て柄部全体が正面側に膨らんだ弧状に表されている本件登録意匠の形状は,正面及び背面の上端から下端寄りにかけて溝部が形成され,側面から見て上端寄り及び下端寄りを除いてほぼ直線状である甲4意匠の形状と比較すると,明らかに異なっているといえるから,需要者に異なる視覚的印象を与えている。加えて,柄部の下端部が底面視略角丸横長長方形状か(本件登録意匠)略細幅帯状か(甲4意匠)の差異も需要者に異なる視覚的印象を与えているというべきである。したがって,差異点(d)が本件登録意匠と甲4意匠の類否判断に及ぼす影響も一定程度認められる。
他方,色彩の有無の差異点(e)については,「スイーツスプーン」を含むスプーンの物品分野の意匠において,意匠全体に一様に色彩を施すことはありふれているので,需要者が本件登録意匠の略山吹色の色彩に特に着目することはないから,差異点(e)が本件登録意匠と甲4意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
そうすると,差異点(a)ないし差異点(d)は本件登録意匠と甲4意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすか,又は一定程度の影響を及ぼすことから,差異点(e)の影響が小さいとしても,本件登録意匠と甲4意匠の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲4意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,意匠全体で観察した際には共通点が需要者に与える美感を覆して本件登録意匠と甲4意匠を別異のものと印象付けるものであるということができる。
オ 小括
以上のとおり,本件登録意匠と甲4意匠は,意匠に係る物品が共通するが,形態においては,共通点が本件登録意匠と甲4意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これに対して,本件登録意匠と甲4意匠の形態の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲4意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,本件登録意匠と甲4意匠を別異のものと印象付けるものであるから,本件登録意匠は,甲4意匠に類似するということはできない。
すなわち,本件登録意匠は,その意匠登録出願の出願前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第4号証に記載された意匠(甲4意匠)に類似しないので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠には該当せず,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとはいえない。
したがって,請求人が主張する本件意匠登録の無効理由5には,理由がない。

10 無効理由6ないし無効理由9の判断
(1)甲5意匠,甲6意匠,甲7意匠及び甲8意匠について,請求人は,甲5意匠の製造販売に関わる「薗部産業株式会社」と「有限会社クラフト木の実」が「甲6に係る『うつわ屋・本橋』とは古い取引先である,甲7・甲8に係る『村井工作社』とは卸問屋を介しての取引先である」と主張し,甲6意匠が掲載された甲第6号証に「うつわ屋・本橋」の仕入先として「クラフト木の実」が記載されている事実,及び甲7意匠が掲載された甲第7号証に村井工作社の「村井昭夫」氏が記載されている事実があると主張し,甲8意匠が「甲7に示したジャムスプーンと同一のものである」と主張している。
これらの主張を総合すると,甲5意匠,甲6意匠,甲7意匠及び甲8意匠は,同一の製品に係るものであると推認することができる。被請求人も「甲第5号証ないし甲第8号証のジャムスプーンは同一品と思われる」,「甲第5号証ないし甲第8号証は同一の意匠と類推され」る,として,この推認については争いがない。そうすると,甲5意匠,甲6意匠,甲7意匠及び甲8意匠は,同一の製品に係るものであるから,これらの意匠について認定を行う際には,最も形態が明瞭に表されている甲6意匠に対して認定を行うこととする。
そこで,まず甲6意匠の認定を行い,本件登録意匠が,甲6意匠と類似する意匠であるか否かについて検討する。
(2)甲6意匠
甲6意匠の認定は,以下のとおりである(別紙第7参照)。
ア 意匠に係る物品
甲第6号証の記載によれば,甲6意匠の意匠に係る物品は「ジャムスプーン」である。
イ 形態
甲6意匠の形態は,以下のとおりである。
なお,スプーンの頭部が上になる向きを正面として,甲第6号証の各図の向きを認定する。すなわち,第5頁に掲載された図を約6度右に回転した図を正面図として認定し,第6頁右下の図を130度右に回転した図を左方向から見た斜視図として認定し,他の図もこれに応じて認定する。
(ア)全体の構成態様
全体が,縦に長く,正面視内側が凹んだ幅広な略変形平行四辺形状の頭部の下に,略平板状の柄部が設けられたものであり,頭部の先端には,斜めになった部分(以下「カット部」という。)がある。
(イ)各部の構成比率
正面から見て,頭部(凹んだ部分)と柄部の縦幅の比は,約5:13である。また,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅(下端寄りの位置の横幅)の比は,約3:1:2である。
頭部上端から頭部縦幅の約3/2の位置まで横幅はほぼ一定(頭部最大横幅に相当)であり,その位置から頭部下端までは横幅が漸次小さくなっている。柄部上端(頭部下端に相当する。下記の弧状面境界線の位置。)から柄部最小横幅位置(柄部上端寄りの位置)までの縦幅と,柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅の比は,約3:10である。したがって,頭部横幅がほぼ一定である範囲の縦幅:頭部横幅が漸次小さくなる範囲の縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約3.3:1.7:3:10となっている。
(ウ)頭部の構成態様
(ウ-1)頭部左右の稜線の態様
正面から見て,頭部左側の稜線は外側に凸の緩やかな弧状に表されており,頭部右側の稜線は,略上半部がごく僅かな凹弧状に表され,略下半部が僅かな凸弧状に表されて,右側稜線全体として略縦長S字状に表されている。すなわち,左右の稜線は非対称に表されている。
(ウ-2)カット部の態様
正面から見て,カット部はごく僅かに膨らんだ曲線状であって,頭部の上部に形成されており,カット部の右端は頭部上端に相当し,その頭部上端は頭部の右上角部として僅かに右方に張り出して,やや先尖りの鋭角状に表されている。カット部の左端は鈍角状(約110度)に表されており,その左端の垂直方向の位置は,頭部横幅がほぼ一定である範囲(頭部上端から下記略放物線の上端までの範囲)を約1:3.7に内分する位置にある。
また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約20度である。
そして,甲第6号証の第6頁左下の図によれば,平面から見たカット部の形状は,ほぼ直線状であると推認される。
(ウ-3)凹みの態様
頭部の正面視内側の凹みは,甲第6号証の第6頁左下の図によれば,先端寄りはごく浅く,下方にいくにつれて次第に深くなり,下端寄りの位置で最も深くなっている。凹みの下端(面境界)は略放物線状に表されている。左右方向では,上半部が略平坦面状であり,下半部が浅い丸凹面状である。したがって,頭部凹部の上半部は略へら状であり,頭部凹部の下半部は略凹面状である。
(ウ-4)縁部の態様
頭部の正面視外周には,略平坦面状の縁部は形成されていない。
(ウ-5)側面から見た態様
甲第6号証の第6頁右下の図によれば,側面から見て,頭部全体の背面側稜線は緩やかな凸弧状に表されており,正面側稜線はごく緩やかな凹弧状であると推認される。また,頭部の先端部分は,先端にいくにつれて次第に薄くなるように形成されている。
(エ)柄部の構成態様
(エ-1)柄部左右の稜線の態様
正面から見て,柄部左右の稜線は左右対称であって,ごく緩やかな凹弧状に表されている。
(エ-2)柄部の下端部の態様
柄部の下端部は,正面視略角丸矩形状に表されている。
(エ-3)側面から見た態様
側面から見た柄部の態様は不明である。
(オ)模様及び色彩について
全体が,明るい木目調に表されている。
(3)本件登録意匠と甲6意匠の対比
ア 意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は「スイーツスプーン」であって,プリン,ゼリー,ヨーグルトなどを食べる時に用いられるものであり,甲6意匠の意匠に係る物品は「ジャムスプーン」である。そうすると,共に粘度の高いものを食べるという用途及び機能を有するから,本件登録意匠と甲6意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 本件登録意匠と甲6意匠の形態
本件登録意匠と甲6意匠の形態については,以下の共通点と差異点が認められる。
(ア)共通点
(A)全体の構成態様についての共通点
全体が,縦に長く,正面視内側が凹んだ幅広の頭部の下に柄部が設けられており,頭部の先端には,斜めになったカット部がある。
(B)カット部の態様についての共通点
カット部の右端は頭部上端に相当し,その頭部上端はやや先尖りに表されており,カット部の左端は鈍角状に表されている。また,カット部の傾斜角,すなわち,頭部上端に接する正面視仮想水平線とカット部の稜線が成す角度は,約30度(本件登録意匠)又は約20度(甲6意匠)であり,ほぼ共通している。そして,平面から見たカット部の形状は略直線状である。
(C)頭部左右の稜線の態様についての共通点
正面から見た頭部左側の稜線は,外側に凸の弧状に表されており,左右の稜線は非対称である。
(D)頭部の側面視態様についての共通点
側面から見て,頭部全体の背面側稜線は緩やかな凸弧状に表されており,正面側稜線はごく緩やかな凹弧状であると推認される。また,頭部の先端部分は,先端にいくにつれて次第に薄くなるように形成されている。
(E)柄部の態様についての共通点
正面から見て,柄部左右の稜線は左右対称であって,緩やかな凹弧状に表されている。
(イ)差異点
(a)全体の構成態様についての差異点
本件登録意匠は,全体が略細幅琵琶型であって,柄部が略扁平角棒状であり,頭部と柄部の間に中間部が形成されているが,甲6意匠は,頭部が略変形平行四辺形状であり,柄部が略平板状である。
(b)各部の構成比率についての差異点
本件登録意匠では,頭部上端から頭部最大横幅位置までの縦幅:頭部最大横幅位置から頭部下端までの縦幅:中間部の縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約2:4:1:2:4となっており,頭部の最大横幅,中間部の横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比が約4:1.5:1:1.8である。これに対して,甲6意匠では,頭部横幅がほぼ一定である範囲の縦幅:頭部横幅が漸次小さくなる範囲の縦幅:柄部上端から柄部最小横幅位置までの縦幅:柄部最小横幅位置から柄部下端までの縦幅 = 約3.3:1.7:3:10となっており,頭部の最大横幅,柄部の最小横幅及び柄部の最大横幅の比は,約3:1:2である。
(c)頭部の構成態様についての差異点
(c-1)頭部左右の稜線の態様についての差異点
本件登録意匠では,頭部右側稜線が外側に凸の弧状(膨出の程度が左側稜線に比べて大きい)に表されているが,甲6意匠では,右側稜線全体として略縦長S字状に表されている。
(c-2)カット部の態様についての差異点
本件登録意匠では,正面から見たカット部は直線状であって,頭部の左上に形成されており,カット部の右端の水平方向の位置は,頭部最大横幅を横方向に約7:3に内分する位置にある。そのカット部の右端は略直角状に表されており,カット部の左端の垂直方向の位置は,頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置にある。
これに対して,甲6意匠では,正面から見たカット部はごく僅かに膨らんだ曲線状であって,頭部の上部に形成されており,カット部の右端は頭部の右上角部として僅かに右方に張り出して,鋭角状に表されている。カット部の左端の垂直方向の位置は,頭部横幅がほぼ一定である範囲を約1:3.7に内分する位置にある。
(c-3)凹みの態様についての差異点
本件登録意匠の頭部の正面視内側の凹みは,左端又は右端から中央にいくにつれて漸次深くなる略丸凹面状であり,上下方向では,頭部の中央部では深く,上部及び下部では浅くなっている。
これに対して,甲6意匠では,頭部凹部の上半部は略へら状であり,下半部は略凹面状であって,凹みの下端(面境界)は略放物線状に表されている。
(c-4)縁部の態様についての差異点
本件登録意匠の頭部の正面視外周の縁部は細幅の略平坦面状であり,ほぼ等幅であって,その幅の大きさは頭部最大横幅の約1/12.5であるが,甲6意匠の頭部の正面視外周には,略平坦面状の縁部は形成されていない。
(d)柄部の構成態様についての差異点
(d-1)側面から見て,本件登録意匠の柄部全体は正面側に膨らんだ弧状に表されているが,甲6意匠の柄部の態様は不明である。
(d-2)本件登録意匠の柄部の下端部は,正面視略半円状に表されているが,甲6意匠の柄部の下端部は,正面視略角丸矩形状に表されている。
(e)模様及び色彩の差異
本件登録意匠では,全体が略山吹色に表されており,無模様であるが,甲6意匠では,全体が明るい木目調に表されている。
(4)本件登録意匠と甲6意匠の類否判断
ア 意匠に係る物品
前記(2)アで認定したとおり,本件登録意匠と甲6意匠の意匠に係る物品は共通する。
イ 「スイーツスプーン」(又は「ジャムスプーン」)の意匠の類否判断
「スイーツスプーン」(又は「ジャムスプーン」)の使用状態においては,使用者はそれを手に持って使用することから,使用者はその全体形状について観察することとなり,その上で,どの程度の量のスイーツ(又はジャム)を盛ることができるかとの観点から頭部の形状を観察し,また,持ちやすさの観点から柄部の形状を観察するなど,使用者は全方向から見た各部の形状についても詳細に観察するということができる。したがって,「スイーツスプーン」(又は「ジャムスプーン」)の類否判断においては,使用者を中心とする需要者の視点から,各部の形状を細かく評価し,かつそれらを総合して意匠全体として形態を評価する。
ウ 本件登録意匠と甲6意匠の形態の共通点の評価
まず,共通点(A)及び(B)で指摘した,全体を縦に長くし,正面視内側が凹んだ幅広の頭部の下に柄部を設けて,頭部の先端に斜めになったカット部を形成して,そのカット部の右端を頭部上端とした構成態様は,「スイーツスプーン」を含むスプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られており(例えば,参考意匠1(別紙第11参照),及び参考意匠2(別紙第12参照)。),カット部の左端を鈍角状に表す態様,共通点(C)及び(D)で指摘した,頭部左側の稜線を外側に凸の弧状に表す態様,及び頭部全体の正面側稜線がごく緩やかな凹弧状である態様も同様に広く知られている(例えば,参考意匠1(別紙第11参照),及び甲1意匠(別紙第2参照)。)ことから,需要者は特にこれらの態様に注視するとはいい難い。
次に,共通点(B)で指摘した,カット部の右端がやや先尖り状である態様や,カット部の傾斜角がほぼ共通している態様(本件登録意匠では約30度,甲6意匠では約20度。)は,後述する差異点(例えば,カット部の位置の差異,頭部の形状の差異,及び凹みの態様の差異。)と比較した際に,その差異点が与える別異の印象を圧して需要者に共通の視覚的印象を与えるほどのものとはいい難く,また,平面から見たカット部の形状が略直線状であって側面から見た頭部の先端部分が先端にいくにつれて次第に薄くなる(共通点D)態様,及び正面から見た柄部左右の稜線が左右対称であって緩やかな凹弧状に表されている態様(共通点E)は,「スイーツスプーン」を含む飲食用スプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られている(例えば,参考意匠1(別紙第11参照),及び参考意匠3(別紙第13参照)。)ことから,需要者は特にこれらの態様に注視するとはいい難い。さらに,側面から見た頭部全体の背面側稜線が緩やかな凸弧状に表されている態様についても,「スイーツスプーン」を含むスプーンの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られているので,需要者は特にこの態様に注視するとはいい難い。
そうすると,共通点(A)ないし共通点(E)は,いずれも本件登録意匠と甲6意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これらの共通点があいまった効果を勘案しても共通点が本件登録意匠と甲6意匠の類否判断に及ぼす影響は小さいというほかない。
エ 本件登録意匠と甲6意匠の形態の差異点の評価
これに対して,本件登録意匠と甲6意匠の形態の差異点については,以下のとおり評価される。
まず,差異点(a)で指摘した,全体が略細幅琵琶型であるか(本件登録意匠)否か(甲6意匠)の差異は,需要者が一見して気が付く差異であって,異なる美感を需要者に与えており,頭部-中間部-略扁平角棒状である柄部から成る本件登録意匠の形状は,略変形平行四辺形状の頭部と,略平板状である柄部を有する甲6意匠の形状とは大きく異なっているから,各部の構成比率についての差異点(b)とあいまって,需要者に対して甲6意匠とは異なる視覚的印象を需要者に与えているというべきである。したがって,差異点(a)及び差異点(b)が本件登録意匠と甲6意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
次に,凹みの態様についての差異点(c-3)及び縁部の態様についての差異点(c-4)に関しては,左端又は右端から中央にいくにつれて漸次深くなる略丸凹面状に凹み,その周囲にほぼ等幅の略細幅平坦面状の縁部が形成された本件登録意匠の造形は,そのような縁部が無く,頭部凹部の上半部が略へら状であり下半部が略凹面状であって,凹みの下端が略放物線状に表された甲6意匠の造形とは全く異なるというべきであるから,需要者はこの差異に対して異なる視覚的印象を抱くこととなる。したがって,差異点(c-3)及び差異点(c-4)が本件登録意匠と甲6意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
そして,カット部の態様についての差異点(c-2)に関しては,特に,本件登録意匠においてカット部が頭部の左上に形成されて,カット部の右端の水平方向の位置が頭部最大横幅を横方向に約7:3に内分する位置にある点,及びカット部の左端の垂直方向の位置が頭部上端から頭部最大横幅位置までを約4:5に内分する位置にある点が,カット部が頭部の上部に形成され,カット部の右端が頭部の右上角部として僅かに右方に張り出して,鋭角状に表された甲6意匠と異なっているので,需要者が「スイーツスプーン」(又は「ジャムスプーン」)の各部の形状について詳細に観察することを踏まえると,これらの差異は別異の視覚的印象を需要者に与えているというべきであるから,差異点(c-2)は,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすということができる。
また,頭部左右の稜線の態様についての差異点(c-1),すなわち,頭部右側稜線が外側に凸の弧状に表されているか(本件登録意匠),右側稜線全体として略縦長S字状に表されているか(甲6意匠)の差異は,需要者が抱く美感に変化を加えているというべきであり,差異点(c-1)が本件登録意匠と甲6意匠の類否判断に及ぼす影響は一定程度認められる。
さらに,柄部の構成態様についての差異点(d-1)に関しては,甲6意匠の側面から見た柄部の態様が不明であるところ,本件登録意匠の側面から見た柄部全体は,正面側に膨らんだ弧状に表されており,需要者に一定の視覚的印象を与えているといえるから,本件登録意匠と甲6意匠の類否判断に一定程度の影響を及ぼしている。
他方,差異点(d-2)で指摘した,柄部の下端部が正面視略半円状であるか(本件登録意匠),略角丸矩形状であるか(甲6意匠)の差異は,どちらも丸みを帯びていて需要者にそれ程異なる印象を与える差異ではないから,この差異が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。また,色彩の有無の差異点(e)についても,「スイーツスプーン」を含むスプーンの物品分野の意匠において意匠全体に一様に色彩を施すことはありふれており,本件登録意匠に見られる略山吹色や甲6意匠に見られる木目調は共に周知であり,需要者が略山吹色の色彩や木目調の模様に特に着目することはないから,差異点(e)が本件登録意匠と甲6意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
そうすると,差異点(a)ないし差異点(d-1)は本件登録意匠と甲6意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすか,又は一定程度の影響を及ぼすことから,差異点(d-2)及び差異点(e)の影響が小さいとしても,本件登録意匠と甲6意匠の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲6意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,意匠全体で観察した際には共通点が需要者に与える美感を覆して本件登録意匠と甲6意匠を別異のものと印象付けるものであるということができる。
請求人は,「本件登録意匠の平面図と先行意匠(甲5,甲6,甲7,甲8)の正面部とを対比すると,」「(イ)頭部の輪郭形状において,前者は左右両側部では異なり,正面視右側部の円弧が比較的大きく左側部の円弧が緩やかに成るのに対し,後者は正面視右側部がほぼ垂直になり左側部は緩やかな円弧に成ること,(ウ)頭部の底面部の深さが,前者は柄部の首部分まで続くのに対し,後者は柄部の首部分までは及んでいないこと,(エ)頭部の周縁部は,前者は幅縁状に成るのに対し,後者は線縁状に成ること,の違いが認められる。」とした上で,「以上のような相異点は認められるけれども,甲5ないし甲8にあっては,本件登録意匠の特徴とする頭部の円弧形状の頂端部の半部分を右側部から左側方向へ直線状に斜めにカットした形態を具有しているものであるから,前記のような微細な違いがあったとしても,スプーン頭部の形態についての創作の要部は一致する類似の意匠ということができ」ると主張する。
しかし,「頭部の円弧形状の頂端部の半部分を右側部から左側方向へ直線状に斜めにカットした形態」が,本件登録意匠と甲6意匠の共通点であるとの認定は概括的であり,上述したとおり,両意匠のカット部は,位置において差異(頭部の左上か上部か)が認められ,その位置の差異にも起因して頭部の形状においても差異(略細幅琵琶型の上部を構成するか略変形平行四辺形状か)が認められるので,需要者は,右側から左側への斜めカット自体に着目するのではなく,これらの差異についても詳細に観察するというべきであって,これらの差異は需要者に異なる美感を起こさせるということができる。また,請求人が指摘する差異点についても,より詳細に認定すると甲6意匠の正面視右側部は「略縦長S字状」であり,本件登録意匠では頭部の周縁部は一定の幅(頭部最大横幅の「約1/12.5」)を有しており,頭部の底面部(下端)と柄部の首部分の間には「略放物線状」の面境界が表されているところ,これらの形状特徴(括弧で括った特徴)は,需要者に一定の視覚的印象を与えているということができる。したがって,請求人による両意匠の上記認定を首肯することはできず,その認定を前提にした両意匠が類似するとの主張を採用することはできない。
オ 小括
以上のとおり,本件登録意匠と甲6意匠は,意匠に係る物品が共通するが,形態においては,共通点が本件登録意匠と甲6意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これに対して,本件登録意匠と甲6意匠の形態の差異点を総合すると,差異点が本件登録意匠と甲6意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,本件登録意匠と甲6意匠を別異のものと印象付けるものであるから,本件登録意匠は,甲6意匠に類似するということはできない。
(5)無効理由6ないし無効理由9について
前記(4)のとおり,本件登録意匠が甲6意匠に類似するものとは認められず,無効理由6ないし無効理由9については以下のとおり判断される。
ア 無効理由6の判断
甲5意匠は,甲第5号証(別紙第6参照)第3頁に記載された「ジャム瓶スプーン」の意匠であり,請求人は,本件登録意匠が,甲5意匠に類似するので意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当すると主張する。
そして,平成28年9月7日付けの本件審判請求において,請求人は,「ここに事実として挙げる本件登録意匠に先行する公知の意匠とは,電気通信回線(以下,インターネットという。)を通じて公衆に利用可能となった意匠のことである。」と主張した(前記第2の2(2)イ)。
しかし,前記第2の2(2)イにおいては,請求人は,甲5意匠が「本件登録意匠の出願前に」電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった具体的事実を主張せず,その一方で,甲第5号証について,「“Copyright(C)2011 sonobe sangyo co ltd.”の表示がある。」と指摘した。
この点について,当審では,平成29年2月3日付けの審理事項通知書により,「『“Copyright(C)2011 sonobe sangyo co ltd.”の表示がある。』との記載があるが,甲第5号証が公開された具体的な日付けなどの記載がなく,甲第5号証に記載された意匠が,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった事実が主張されていない(その事実の立証もされていない。)。」と通知し,意見を求めた(前記第2の4(1)ア(ア))。
これに対して,請求人は,「甲第5号証については,“Copyright(C)2011 sonobe sangyo co ltd.All Rights Reserved.”の著作権表示により,問題の「ジャムスプーン」の意匠は2011年中にインターネット上において公知になっていることが推定される。」と主張した(前記第2の4(2)ア(ア))。
しかし,この著作権表示は,請求人の主張のとおり,甲5意匠が2011年中に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった事実を示すにすぎず,本件登録意匠の出願前,すなわち,平成23年(2011年)4月7日の出願の前に甲5意匠が利用可能となった事実は示されていないので,甲5意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であると認めることはできない。
また,前記(1)のとおり甲5意匠と甲6意匠は同一の製品に係るものであると認められ,本件登録意匠が甲6意匠に類似するものとは認められないから,本件登録意匠は,甲5意匠に類似するということはできない。
そうすると,甲5意匠は本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠ではなく,かつ本件登録意匠は甲5意匠に類似しないから,本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当せず,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとはいえない。
したがって,請求人が主張する本件登録意匠の無効理由6には,理由がない。
イ 無効理由7の判断
甲6意匠は,甲第6号証(別紙第7参照)第5頁ないし第9頁に記載された「ジャムスプーン」の意匠であり,請求人は,本件登録意匠が,甲6意匠に類似するので意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当すると主張する。
そして,平成28年9月7日付けの本件審判請求において,請求人は,「ここに事実として挙げる本件登録意匠に先行する公知の意匠とは,電気通信回線(以下,インターネットという。)を通じて公衆に利用可能となった意匠のことである。」と主張した(前記第2の2(2)イ)。
しかし,前記第2の2(2)イにおいては,請求人は,甲6意匠が「本件登録意匠の出願前に」電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった具体的事実を主張しなかった。
この点について,当審では,平成29年2月3日付けの審理事項通知書により,「甲第6号証が公開された具体的な日付けなどの記載がなく,甲第6号証に記載された意匠が,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった事実が主張されていない(その事実の立証もされていない。)。」と通知し,意見を求めた(前記第2の4(1)ア(イ))。
これに対して,請求人は,「甲第6号証については,前記甲第5号証の製品「ジャムスプーン」を仕入れたものであるから,両意匠には同一性があり,やはり2011年中に公知になっている意匠であることが推定される。」と主張した(前記第2の4(2)ア(イ))。
しかし,甲6意匠が甲5意匠と同一の製品に係るものであるとしても,甲第6号証は甲第5号証とは別物であるから,甲5意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったか否かにかかわらず,甲第6号証に記載された甲6意匠が「本件登録意匠の出願前に」電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった具体的事実が主張されていない以上,甲6意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であると認めることはできない。なお,仮に請求人の主張のとおり,甲6意匠が甲5意匠と同一の製品に係るものであるから甲6意匠についても2011年中に公知になっている意匠であることが推認されるとしても,前記アで甲5意匠について摘示したとおり,甲6意匠が,本件登録意匠の出願前,すなわち,平成23年(2011年)4月7日の出願の前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であると推認することはできない。
また,前記(4)のとおり本件登録意匠が甲6意匠に類似するものとは認められない。
そうすると,甲6意匠は本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠ではなく,かつ本件登録意匠は甲6意匠に類似しないから,本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当せず,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとはいえない。
したがって,請求人が主張する本件登録意匠の無効理由7には,理由がない。
ウ 無効理由8の判断
甲7意匠は,甲第7号証(別紙第8参照)第1頁及び第2頁に記載された「ジャムスプーン」の意匠であり,請求人は,本件登録意匠が,甲7意匠に類似するので意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当すると主張する。
そして,平成28年9月7日付けの本件審判請求において,請求人は,「ここに事実として挙げる本件登録意匠に先行する公知の意匠とは,電気通信回線(以下,インターネットという。)を通じて公衆に利用可能となった意匠のことである。」と主張した(前記第2の2(2)イ)。
しかし,前記第2の2(2)イにおいては,請求人は,甲7意匠が「本件登録意匠の出願前に」電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった具体的事実を主張しなかった。
この点について,当審では,平成29年2月3日付けの審理事項通知書により,「甲第7号証が公開された具体的な日付けなどの記載がなく,甲第7号証に記載された意匠が,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった事実が主張されていない(その事実の立証もされていない。)。」と通知し,意見を求めた(前記第2の4(1)ア(ウ))。
これに対して,請求人は,「甲第7号証については,前記甲第5号証に係る「ジャムスプーン」の意匠と同一性があるから,やはり2011年中に公知になっている意匠であることが推定される。」と主張した(前記第2の4(2)ア(ウ))。
しかし,甲7意匠が甲5意匠と同一の製品に係るものであるとしても,甲第7号証は甲第5号証とは別物であるから,甲5意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったか否かにかかわらず,甲第7号証に記載された甲7意匠が「本件登録意匠の出願前に」電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった具体的事実が主張されていない以上,甲7意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であると認めることはできない。なお,仮に請求人の主張のとおり,甲7意匠が甲5意匠と同一の製品に係るものであるから甲7意匠についても2011年中に公知になっている意匠であることが推認されるとしても,前記アで甲5意匠について摘示したとおり,甲7意匠が,本件登録意匠の出願前,すなわち,平成23年(2011年)4月7日の出願の前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であると推認することはできない。
また,前記(1)のとおり甲7意匠と甲6意匠は同一の製品に係るものであると認められ,本件登録意匠が甲6意匠に類似するものとは認められないから,本件登録意匠は,甲7意匠に類似するということはできない。
そうすると,甲7意匠は本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠ではなく,かつ本件登録意匠は甲7意匠に類似しないから,本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当せず,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとはいえない。
したがって,請求人が主張する本件登録意匠の無効理由8には,理由がない。
エ 無効理由9の判断
甲8意匠は,甲第8号証(別紙第9参照)第1頁に記載された「ジャムスプーン」の意匠であり,請求人は,本件登録意匠が,甲8意匠に類似するので意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当すると主張する。
そして,平成28年9月7日付けの本件審判請求において,請求人は,「ここに事実として挙げる本件登録意匠に先行する公知の意匠とは,電気通信回線(以下,インターネットという。)を通じて公衆に利用可能となった意匠のことである。」と主張した(前記第2の2(2)イ)。
その上で,前記第2の2(2)イにおいて,請求人は,甲8意匠が「本件登録意匠の出願前に」電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった具体的事実を以下のとおり主張した。
「http://minka2003.exblog.jp/9604853/ by wooden-mama|2009-02-14 05:02|MINKAのものもの」
この点について,当審では,平成29年2月3日付けの審理事項通知書により,「『by wooden-mama|2009-02-14 05:02|MINKAのものもの』との記載があるが,甲第8号証にこの文言が記載されている事実及びその証拠(甲第8号証)だけでは,甲第8号証に記載された意匠が,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であると認めることはできない。間接事実又は補足事実を主張するとともに,その事実を立証するための間接証拠を提出されたい。」と通知し,意見を求めた(前記第2の4(1)ア(エ))。
これに対して,請求人は,「『木の家具 MINKA-minka2003.exblog.jp』が,『ブナのジャムスプーンとれんげ:木の家具MINKA』として,exciteのブログで,“by wooden-mama|2009-02-14 05:02|MINKAのものもの”と記載され,『先端が平らになっている少し変わった形のジャムスプーンとれんげです。共にブナ材です。』と説明している。この中で,前記『minka2003』とは,広告主MINKA工房の設立年であり,このブログを公表したのは正に2009年2月14日であると認められる。」と主張した(前記第2の4(2)ア(エ))。
しかし,MINKA工房の設立が2003年である事実が「甲8意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であること」とどのような関わりがあるのか不明であり,上記主張の限りでは,甲8意匠が記載された記事が2009年2月14日の時点でexciteのブログに実際に掲載(公開)されていたこと,及びその後同ブログの記事の内容が改変されていないことなどについての十分な間接事実又は補足事実の主張がなされたとはいえず,丙第1号証及び丙第2号証に基づいた「|2009-02-14 05:02|の記載は本当の掲載日時を記載しているかは疑義があり,また記載日時以後に内容の改変がないことも確認できない。したがって甲第8号証は証拠とならず意匠法第3条1項2号に規定する意匠とは認められない。」との被請求人の主張を踏まえると,甲8意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であることについて疑義が認められる。
一方,前記(1)のとおり甲8意匠と甲6意匠は同一の製品に係るものであると認められ,本件登録意匠が甲6意匠に類似するものとは認められないから,本件登録意匠は,甲8意匠に類似するということはできない。
そうすると,甲8意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であるか否かにかかわらず,本件登録意匠は甲8意匠に類似しないから,本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当せず,同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとはいえない。
したがって,請求人が主張する本件登録意匠の無効理由9には,理由がない。

11 無効理由10の判断
本件登録意匠が,甲第6号証における「ジャムスプーン」(B)と「スプーン」(A)の両意匠に基づいて,当業者が容易に創作することができた意匠であるか否か,また,本件登録意匠が意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができない意匠であるか否か,について,検討する。
甲第6号証における「ジャムスプーン」(B)は甲6意匠であり,「スプーン」(A)は,甲第6号証(別紙第7参照)第5頁ないし第9頁に記載された「スプーン」の意匠(以下「甲6スプーン意匠」という。)であって,請求人は,本件登録意匠が,甲6意匠と甲6スプーン意匠に基づいて当業者が容易に創作することができた意匠であると主張する。
そして,平成28年9月7日付けの本件審判請求において,請求人は,「ここに事実として挙げる本件登録意匠に先行する公知の意匠とは,電気通信回線(以下,インターネットという。)を通じて公衆に利用可能となった意匠のことである。」と主張した(前記第2の2(2)イ)。
しかし,前記第2の2(2)イにおいては,請求人は,甲第6号証に記載された意匠が「本件登録意匠の出願前に」電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった具体的事実を主張しなかった。
この点について,当審では,平成29年2月3日付けの審理事項通知書により,「『本件登録意匠は,甲第6号証における「ジャムスプーン」と「スプーン」の両意匠に基づいて当業者が容易に意匠の創作をすることができた創作力のない意匠であるから,意匠法第3条2項の規定により意匠登録を受けることができない』と記載されているが,甲第6号証が公開された具体的な日付けなどの記載がないので,甲第6号証に記載された意匠が,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった事実が主張されているとは認められない。」と通知し,意見を求めた(前記第2の4(1)イ)。
これに対して,請求人は,甲6意匠については,「前記甲第5号証の製品「ジャムスプーン」を仕入れたものであるから,両意匠には同一性があり,やはり2011年中に公知になっている意匠であることが推定される。」と主張し(前記第2の4(2)ア(イ)),甲6スプーン意匠についての主張はなかった。
しかし,甲6意匠が甲5意匠と同一の製品に係るものであるとしても,甲第6号証は甲第5号証とは別物であるから,甲5意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったか否かにかかわらず,甲第6号証に記載された甲6意匠が「本件登録意匠の出願前に」電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった具体的事実が主張されていない以上,甲6意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であると認めることはできない。なお,仮に請求人の主張のとおり,甲6意匠が甲5意匠と同一の製品に係るものであるから甲6意匠についても2011年中に公知になっている意匠であることが推認されるとしても,前記アで甲5意匠について摘示したとおり,甲6意匠が,本件登録意匠の出願前,すなわち,平成23年(2011年)4月7日の出願の前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であると推認することはできない。付言するに,甲6意匠は甲8意匠と同一の製品に係るものであり,前記10(5)エのとおり,甲8意匠については,請求人は,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった具体的事実を主張しているから,甲6意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であるかを検討するに当たり,その事実を考慮すべきとの考えも成り立ち得る。
一方,甲6スプーン意匠については,請求人は,本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった事実を主張しておらず,甲6スプーン意匠が記載されている甲第6号証には,甲6スプーン意匠が公開された具体的な日付けなどの記載がないので,甲6スプーン意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であると認めることはできない。
そうすると,甲6意匠が本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠であるか否かにかかわらず,甲6スプーン意匠は本件登録意匠の出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠ではないから,甲6スプーン意匠に基づいて当業者が本件登録意匠を容易に創作することができたということはできない。ゆえに,本件登録意匠が,甲6意匠と甲6スプーン意匠に基づいて当業者が容易に創作することができた意匠であるか否かを判断するまでもなく,本件登録意匠が「スプーン」(A)の意匠(甲6スプーン意匠)に基づいて意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないとはいえない。
したがって,請求人が主張する本件登録意匠の無効理由11には,理由がない。


第6 むすび
以上のとおりであって,請求人の主張する上記無効理由にはいずれも理由がないので,本件登録意匠の登録は,意匠法第48条第1項の規定によって無効とすることはできない。

審判に関する費用については,意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
別掲
審決日 2017-05-02 
出願番号 意願2011-9578(D2011-9578) 
審決分類 D 1 113・ 13- Y (C6)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 温品 博康 
特許庁審判長 斉藤 孝恵
特許庁審判官 渡邉 久美
小林 裕和
登録日 2011-09-09 
登録番号 意匠登録第1424591号(D1424591) 
代理人 牛木 理一 

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