• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判    F1
管理番号 1342057 
審判番号 無効2016-880025
総通号数 224 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2018-08-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-11-18 
確定日 2018-07-05 
意匠に係る物品 箸の持ち方矯正具 
事件の表示 上記当事者間の意匠登録第1406731号「箸の持ち方矯正具」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。
理由 第1 手続の経緯
本件意匠登録第1406731号の意匠(以下「本件登録意匠」という。)は,平成21年(2009年)8月21日に意匠登録出願(意願2010-14238)されたものであって,審査を経て平成23年1月7日に意匠権の設定の登録がなされ,同年2月7日に意匠公報(審判請求書に写しとして添付されている。別紙第1参照。)が発行され,その後,当審において,概要,以下の手続を経たものである。

・平成28年11月18日 本件審判請求
・平成28年12月 5日 手続補正書
・平成29年 1月23日 審判事件答弁書提出
・平成29年 3月31日 弁駁書提出
・平成29年 5月15日 審理事項通知書(起案日)
・平成29年 6月21日 口頭審理陳述要領書提出(被請求人)
・平成29年 7月 7日 口頭審理陳述要領書提出(請求人)
・平成29年 7月21日 口頭審理

なお,本件意匠登録については,本件請求人が,本件登録意匠は意匠法第3条第1項第3号により意匠登録を受けることができないものであると主張して無効審判(無効2014-880017号)を請求し,平成28年6月17日(起案日)に請求不成立の審決がなされたが,本件請求人は審決取消訴訟を提起し,平成29年1月24日に「原告の請求を棄却する。」との判決が下されたものである。

第2 請求人の申し立て及び理由
請求人は,平成28年11月18日付けの審判請求において,「登録第1406731号意匠の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。との審決を求める。」と申し立て,その理由として,要旨以下のとおり主張し,その主張事実を立証するため,甲第1号証,甲第2号証,甲第5号証,甲第1号証の添付資料,甲第2号証の添付資料,別紙及び別紙意匠公報の添付書類を提出した。
なお,審判請求当初,甲第1号証の訳文は,甲第3号証として,甲第2号証の訳文は,甲第4号証として,それぞれ提出されていたものであるが,訳文は証拠ではないから,後記第4の口頭審理において,それぞれ甲第1号証の添付資料,甲第2号証の添付資料に,訂正した。

1.請求の理由
(1)本件登録意匠(当審注:項番号は,本審決で付した。以下同じ。)
本件登録意匠は,平成21年8月21日に出願され(意願2010-14238),平成23年1月7日に登録第1406731号意匠として設定登録されたものである。
また,本件登録意匠に係る物品は,「箸の持ち方矯正具」であり,「意匠に係る物品の説明」の欄には,「本物品は,箸の持ち方矯正具に関するものである。矯正具は,箸に取付けた状態の参考斜視図に示すように,左右の箸に個別に挿入される。使用者は,箸を持った状態の参考斜視図に示すように,人差し指と薬指とを矯正具内に挿入することで,持ち方が矯正される。」との記載がある。
本件登録意匠の内容については,別紙意匠公報(写し)参照。

(2)手続の経緯
出願 平成21年8月21日
登録 平成23年1月7日
意匠公報発行日 平成23年2月7日

(3)無効理由の要点
本件登録意匠は,その出願前に当業者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものである。
従って,本件登録意匠は,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,同法第48条第1項第1号の規定により無効とされるべきものである。

(4)本件登録意匠を無効とすべき理由
(4-1)本件登録意匠の要旨
本件意匠は,別紙意匠公報(写し)記載の通りであり,その特徴は次の通りである。請求人は,本件意匠の部材名を明確にするため,部材名を図に記入した別紙を添付する。
[1]一対の部品(それぞれを「構成部品A」,「構成部品B」という。)からなる。
[2]構成部品Aと構成部品Bとは,箸とは別体で,箸に取り付けて使用する。
[3]構成部品Aと構成部品Bとは,いずれも取付部と円環状(リング)部からなる。
[4]取付部に箸が挿入され,円環状(リング)部に指が挿入される。
[5]取付部と,円環状(リング)部が一体形成されている。
[6]構成部品Aは,取付部の軸方向が円環状(リング)部の軸方向と直交する。
[7]構成部品Bは,取付部の軸方向が円環状(リング)部の軸方向と略平行である。
[8]取付部は,角管形状である。
[9]円環状(リング)部の断面は,円形ではなく,矩形である。
[10]構成部品Aの円環状(リング)部には,薬指が挿入される。
[11]構成部品Bの円環状(リング)部には,人差し指が挿入される。
[12]円環状(リング)部の径は,構成部品Aの方が構成部品Bより大きい。

(4-2)先行意匠が存在する事実及び証拠の説明
(i)先行意匠の存在
先行意匠が記載された以下の文献が存在する。
(a)甲第1号証
文献名:特許国際公開公報(甲第1号証)
国際公開番号:WO2006/004290 A1
国際公開日:2006年1月12日
(b)甲第2号証
文献名:中国実用新型専利説明書(甲第2号証)
公告番号:CN 200980547 Y
公告日:2007年11月28日

(ii)証拠の説明
前記の特許国際公開公報(甲第1号証)は,2006年(平成18年)1月12日に発行されたものであり,中国実用新型専利説明書(甲第2号証)は,2007年(平成19年)11月28日に公告されたものであるのに対し,本件意匠の出願日は平成21年8月21日である。
従って,証拠文献(甲第1,2号証)は,いずれも本件意匠出願前に頒布された刊行物であるから,そこに掲載されている形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(意匠)は,本件意匠出願時点において,日本国内又は外国においてに公然知られた意匠である。

(iii)甲第1号証に記載の意匠(引用意匠)の要旨
請求人は,特許国際公開公報(甲第1号証)の図6に記載の「箸の持ち方矯正部品」のうち,「リング状の親指グリップ15及び第三取付環17c」からなる部品(以下「構成部品a」という。)と,「リング状の人差し指グリップ13及び第一取付環17a」からなる部品(以下「構成部品b」という。)とを先行意匠として特定する(以下,「引用意匠」という。)。
引用意匠は,甲第1号証の図6記載の通りである。構成部品aにおけるリング状の親指グリップ15における第三取付環17cには棒11が挿入され,この挿入によって構成部品aが棒11に取り付けられる。リング状の親指グリップ15の親指が挿入される軸方向は,第三取付環17cの棒挿入の軸方向と直交している。また,構成部品bにおけるリング状の人差し指グリップ13における第一取付環17aには棒12が挿入され,この挿入によって構成部品bが棒12に取り付けられる。リング状の人差し指グリップ13の人差し指が挿入される軸方向は,第一取付環17aの棒挿入の軸方向と平行となる。
また,甲第1号証の明細書段落【48】には,「第一から第三取付環17a,17bおよび17cが棒11および12から外れるのを防ぐために,それぞれ第一から第三取付環17a,17bおよび17cに対応して,第一から第三取付環17a,17bおよび17cが固定される凹部が棒11および12の外周に提供される。」と記載があることから,構成部品aと構成部品bとは,箸とは別体で,箸に取り付けて使用するものであることが把握される。
更に,甲第1号証の明細書段落【55】には,「図6を参照すると,リング状の人差し指グリップ13は,棒12の片側の外周に設けられた第一取付環17aの外周の片側から突出する。そして,リング状の人差し指グリップ14は,第二取付環17bの外周の片側から突出する。そして,リング状の親指グリップ15は,反対側に別の棒11が装着される第三取付環17cの外周から突出する。」と記載がある。
以上より,引用意匠の特徴は次の通りである。

[1]「リング状の親指グリップ15及び第三取付環17c」と,「リング状の人差し指グリップ13及び第一取付環17a」との部品(それぞれを「構成部品a」,「構成部品b」という。)からなる。
[2]構成部品aと構成部品bとは,箸とは別体で,箸に取り付けて使用する。
[3]構成部品aと構成部品bとは,いずれも取付環とリング状のグリップからなる。
[4]取付環に箸が挿入され,リング状のグリップに指が挿入される。
[5]取付環と,リング状のグリップが一体形成されている。
[6]構成部品aは,第三取付環17cの軸方向がリング状の親指グリップ15の軸方向と直交する。
[7]構成部品bは,第一取付環17aの軸方向がリング状の人差し指グリップ13の方向と略平行である。
[8]取付環は,円管形状である。
[9]リング状のグリップの断面は,円形ではなく,矩形である。
[10]構成部品aのリング状の親指グリップ15には,親指が挿入される。
[11]構成部品bのリング状の人差し指グリップ13には,人差し指が挿入される。
[12]リング状のグリップの径は,構成部品aの方が構成部品bより大きい。

(4-3)本件登録意匠と引用意匠との対応
本件登録意匠の「構成部品A」は,引用意匠の「リング状の親指グリップ15及び第三取付環17c(構成部品a)」に相当する。
本件登録意匠の「構成部品B」は,引用意匠の「リング状の人差し指グリップ13及び第一取付環17a(構成部品b)」に相当する。
本件登録意匠の「取付部」は,引用意匠の「取付環」に相当する。
本件登録意匠の「円環状(リング)部」は,引用意匠の「リング状のグリップ」に相当する。

(4-4)本件登録意匠と引用意匠との対比
前記認定した本件登録意匠の要旨と引用意匠の要旨とを対比すると,本件登録意匠の要旨[1]ないし[7],[9],[11]及び[12]は,引用意匠の要旨[1]ないし[7],[9],[11]及び[12]と一致し,[8]及び[10]において相違する。

(4-5)共通点
前記対比した通り,本件登録意匠と引用意匠との共通点は以下の通りである。
・一対の部品からなる点。
・一対の部品は,箸とは別体で,箸に取り付けて使用する点。
・一対の部品は,いずれも取付部と円環状(リング)部からなる点。
・取付部に箸が挿入され,円環状(リング)部に指が挿入される点。
・取付部と,円環状(リング)部が一体形成されている点。
・一方の部品は,取付部の軸方向が円環状(リング)部の軸方向と直交する点。
・他方の部品は,取付部の軸方向が円環状(リング)部の軸方向と略平行である点。
・円環状(リング)部の断面は,円形ではなく,矩形である点。
・他方の部品の円環状(リング)部には,人差し指が挿入される点。
・円環状(リング)部の径は,一方の部品の方が他方の部品より大きい点。

(4-6)相違点
前記対比した通り,本件登録意匠と引用意匠とは,次の相違点を有する。
(相違点1)本件登録意匠の構成部品A及びBの取付部は,角管形状であるのに対し,引用意匠の構成部品a及びbの取付部は,円管形状である点。

(相違点2)本件登録意匠の構成部品Aの円環状(リング)部には,薬指が挿入されるのに対し,引用意匠の構成部品aの円環状(リング)部には,親指が挿入される点。

(4-7)相違点に関する検討
(i)相違点1に関する検討
前記の通り,相違点1は「本件登録意匠の構成部品A及びBの取付部は,角管形状であるのに対し,引用意匠の構成部品a及びbの取付部は,円管形状である点」である。
この点については,甲第1号証の明細書段落【3】には,「一般的に箸は,円形,楕円形または長方形の断面をそれぞれ持つ棒の対で構成されている。」と記載されているように,その断面が円形,楕円形及び角形の箸が一般に存在することは当業者にとって自明の事実である。そして,本件登録意匠の構成部品A及びBは,その取付部に箸を挿入して箸の取付けるものであるから,取付けるべき箸の断面の形状に相応して,取付部の形状を変更することは当業者にとって容易である。
従って,引用意匠に接した当業者が,引用意匠の構成部品a及びbを断面が角型の箸に取付けるのに際して,その取付部の形状を取付けるべき箸の断面の形状に合わせて円管形状から角管形状に変更し,本件登録意匠の構成部品A及びBの取付部の意匠を創作することに,さして困難はなく,当業者が容易に創作することができるものである。

(ii)相違点2に関する検討
前記の通り,相違点2は「本件登録意匠の構成部品Aの円環状(リング)部には,薬指が挿入されるのに対し,引用意匠の構成部品aの円環状(リング)部には,親指が挿入される点」である。
まず,この相違点2は,意匠そのものの相違点というよりは,その機能及び用途の上での相違点というべきであり,本件登録意匠の構成部品Aの円環状(リング)部と引用意匠の構成部品aの円環状(リング)部の意匠そのものの相違点は,引用意匠の構成部品aの円環状(リング)部の径がやや大きく,箸に取り付けられる向きが異なるのみである。
それは措くとしても,本件意匠出願前に頒布された刊行物である甲第2号証の図1には,31大拇指套環(親指リング),32无名指套環(薬指リング),41食指套環(人差し指リング),42中指套環(中指リング)にそれぞれ取付を有する4つの構成部品からなる「箸の持ち方矯正部品」の意匠が開示されている。(当審注:「環」の字の部分については,文字の変換の都合上,日本語の漢字に置き換えたものである。以下同じ。)
このうち,32无名指套環(薬指リング)及びその取付部の意匠(以下「甲2意匠」という。)は,箸とは別体で箸に取り付けて使用する点,取付部と円環状(リング)部からなる点,取付部に箸が挿入され円環状(リング)部に指が挿入される点,取付部と円環状(リング)部が一体形成されている点,取付部の軸方向が円環状(リング)部の軸方向と直交する点,円環状(リング)部には薬指が挿入される点,及び円環状(リング)部の径は41食指套環(人差し指リング)の径よりやや大きい点について,本件登録意匠の構成部品Aの意匠と共通している。
そうとすれば,引用意匠に接した当業者が,「箸の持ち方矯正具」の意匠を創作するに際して,引用意匠の構成部品aの円環状(リング)部に親指ではなく薬指を挿入するべく甲2意匠を適用して,その円環状(リング)部の径をやや小さくし(一般に薬指は親指よりも細いから).甲2意匠のように薬指を挿入しやすい向きに箸に挿入するようにして本件登録意匠の構成部品Aの意匠を創作することに,さして困難はなく,当業者が容易に創作することができるものである。

(4-8)創作容易性について まとめ
以上の通りであるから,本件登録意匠は,引用意匠の円環状(リング)部の形状を殆どそのまま使用して,その取付部の形状を箸の断面の形状に応じてありふれた形状に変更したに過ぎないものである。
また,引用意匠に接した当業者が,甲2意匠を適用して,本件登録意匠を創作することも,さして困難はなく,当業者が容易に創作することができるものである。
更に,本件意匠の使用態様において,本件意匠の構成部品Aの円環状(リング)部が箸の軸方向と直交することは,引用意匠の構成部品aと同じであり,本件意匠の構成部品Bの円環状(リング)部が箸の軸方向と平行となることは,引用意匠の構成部品bと同じである。従って,構成部品A及びBを箸に取り付ける態様は引用意匠に基づいて容易に創作できたものである。
従って,本件登録意匠は,その出願前に当業者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものである。

(5)むすび
以上の通り,本件登録意匠は,その出願前に当業者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものであるから,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,同法第48条第1項第1号の規定により無効とされるべきものである。
従って,請求人は請求の趣旨記載の審決を求めるものである。

2.証拠方法
甲第1号証 特許国際公開公報(WO006/004290a1)
甲第2号証 中国実用新型専利説明書(CN200980547Y)
甲第1号証の添付資料 甲第1号証の抄訳
甲第2号証の添付資料 甲第2号証の抄訳

3.弁駁書における主張
請求人は,弁駁書において,本件審判請求書における用語の訂正,具体的には,「先行意匠」を「公知のモチーフ」に,「甲第1号証に記載の意匠」を「甲第1号証に記載の公知のモチーフ」に,「引用意匠」を「引用モチーフ」に,「甲2意匠」を「甲第2号証に記載の公知のモチーフ」に,その他,甲第1号証及び甲第2号証に関する「意匠」との用語を全て「公知のモチーフ」とする訂正を行うとともに,この訂正に基づいて,被請求人の答弁に対して反論を行った。
なお,この用語の訂正は,その内容が,単なる用語の変更といえる範囲の訂正ではなく,審判請求当初の無効理由とは異なる新たな無効理由を主張することになり,請求の理由の要旨を変更するものであるから,合議体としては,この訂正及びこの訂正に基づく反論については,審理の対象とはしない旨,審理事項通知書に付記し,請求人及び被請求人に通知した。

4.口頭審理陳述要領書における主張
(1)請求人が用語の訂正をした主旨
本件審判請求の理由は,本件意匠が意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるとの理由であるから,その時点で「物品との関係を離れた」無効理由である。
そのような無効理由について審理される本件審判において,「物品の形状,模様若しくは・・・」と定義される「意匠」という用語を用いると,本来関係がない筈の物品との関係に捉われて内容を誤解する恐れがあるとして,例えば「甲第1号証に記載の意匠」という文言を「甲第1号証に記載の公知のモチーフ」と訂正したまでである(甲1及び2が,本件意匠出願時に公知であったことに争いはないから「公知」との文言の追加も,単なる用語の訂正の範囲である)。
以上の通り,請求人が主張する本件無効理由は,審判請求の当初から,本件意匠が「意匠登録出願前に本件意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができた」との理由(意匠法第3条第2項該当)であり,その意匠法第3条第2項は,最高裁判例によると「物品との関係を離れた抽象的なモチーフとして日本国内において広く知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(周知のモチーフ)を基準として,それからその意匠の属する分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に創作することができた意匠でないことを登録要件としたもの」である。
従って,請求人が主張している本件無効理由は,一貫して本件意匠が意匠法第3条第2項に違反して登録されたものであるとの理由であり,新たな無効理由を主張するものではない。

(2)請求人の主張
以上の通り,請求人が平成29年3月31日付「弁駁書」においてなした主張は,新たな無効理由を主張するものではなく,より誤解を生じる恐れのない用語に訂正したものである。
従って,その訂正の有無によって本件無効理由の内容が異なるものではないから,請求人は当該用語の訂正には特に拘らない。
よって,当初の通りの用語にて(訂正することなく),今一度,次の通り主張する(用語の訂正以外は,弁駁書記載の内容と同一である)。
(2-1)「一,意匠法第3条1項3号と同条二項との関係」(答弁書10頁?)について
被請求人は,意匠法3条2項について判例を引用しつつも,その結論において「意匠の対象となる物品の性質,目的,用途,使用態様などが考慮されなければならない。」と自論を展開しているが,明らかに失当である。
被請求人が引用する判例に「物品の同一又は類似という制限をはずし,社会的に広く知られたモチーフを基準として,当業者の立場からみた意匠の着想の新しさないし独創性を問題とするもの」と記載されている通り,「物品の同一又は類似という制限をはずし」て検討されるのが,意匠法3条2項の規定である。
従って,被請求人の「意匠の対象となる物品の性質,目的,用途,使用態様などが考慮されなければならない。」との主張は判例に反する考え方であり,失当である。

(2-2)「二,本件登録意匠と引用意匠および甲2意匠の相違点」(答弁書11頁?)について
(i)被請求人の答弁について
本件審判請求書において,請求人は本件登録意匠と引用意匠との対比を行い,それによって2点の相違点を導き出し,その相違点について個々に検討し,相違点1は甲第1号証の記載中から創作容易であり,相違点2は引用意匠に甲2意匠を適用することにより創作容易であると主張している。
このような請求人の主張に対し,被請求人は答弁書11頁29行目以降において,「本件登録意匠と引用意匠および甲2意匠の相違点」との表題の下,本件登録意匠と引用意匠との相違点だけではなく,甲2意匠までをその対比対象として,独自の相違点に関する主張を行っているが,このような答弁は請求人が主張する「請求の理由」に対する答弁としては不適当である。
一般的に,意匠の創作容易性の判断においては,本件登録意匠と引用意匠とを対比し,そこから導き出された相違点に関して,他の先行意匠等を参酌してその創作容易性が検討されるものである。
被請求人が答弁書において主張する相違点は,「本件登録意匠と引用意匠との相違点」なのか,それとも「本件登録意匠と甲2意匠との相違点」なのかが不明確である上,一部には「相違点に関する検討」とも読み取れる答弁が入り交じり,審判請求書に記載の「請求の理由」に対する答弁としては甚だ不適当である。

(ii)被請求人の答弁に対する反論(弁駁)
上記の通り,被請求人の答弁は不適当であるが,審理の迅速化に資するべく,現時点で可能な限り,以下の通り反論(弁駁)する。
(ア)相違点1について
被請求人は,相違点1について,「箸の持ち方矯正具」という物品に拘泥し,「物品の性質,目的,用途,使用態様」について種々述べているが,意匠法3条2項該当性を問題とする本件審判は,物品の同一又は類似という制限をはずし,社会的に広く知られたモチーフを基準として,当業者の立場からみた意匠の着想・審美性の新しさないし独創性を問題とするものであるから,明らかに失当である。
相違点1については,甲第1号証に開示されている通り,その断面が円形,楕円形及び角型の箸が一般に存在することは当業者にとつて自明の事実であり,そのようなありふれた形状である断面が角型の箸に引用意匠の構成部品a及びbを断面が角型の箸に取付けるのに際し,その取付部の形状を取付けるべき箸の断面の形状に合わせて円管形状から角管形状に変更し,本件登録意匠の構成部品A及びBの取付部の意匠を創作することに,さして困難はなく,当業者が容易に創作することができるものである。
(イ)相違点2について
被請求人は,相違点2に関する創作容易性について,明確には反論していないが,答弁書13頁6行目?において「請求人の認める相違点1(取付部が角管か円管か)及び2(挿入指が親指か薬指かおよびその円環状部の形状)は,それぞれの物品の性質,目的,用途,使用態様などに基づく本質的で大きな相違といえる。」と答弁しているが,失当である。
本件審判は,物品の同一又は類似という制限をはずし,社会的に広く知られたモチーフを基準として,当業者の立湯からみた意匠の着想・審美性の新しさないし独創性を問題とするものであって,相違点2は,引用意匠及び甲2意匠を基準とすれば,当業者の立場からみて,何ら意匠の着想・審美性の新しさないし独創性を有しないものである。
(ウ)被請求人が主張する相違点について
被請求人は,請求人が挙げた相違点1及び2以外にも,複数の相違点を指摘しているが,「これらの相違点も,当該物品の性質,目的,用途,使用態様などに基づく本質的で大きな相違である。」(答弁書13頁11?12行目)としている点において,失当である。
被請求人は,相違点3として,取り外しの可否の相違性を挙げるが,これも物品の同一又は類似という制限の枠内での主張であり,意匠法3条2項該当性に関する本件において相違点として認定することは不適当である。
相違点4とする点も,物品が異なることに起因する相違点であるから,本件において相違点として認定することは不適当である。
相違点5とする点も,「箸の持ち方矯正具」という本件登録意匠に係る物品の性質,目的,用途,使用態様などに起因する相違点であるから,本件において相違点として認定することは不適当である。
相違点6及び7とする点は,取付部の軸方向と円環状(リング)部の軸方向との角度に関する相違点の主張であり,角度の点において厳密には数度の相違する部分があると強調するが,社会的に広く知られた公知のモチーフを基準として,当業者の立場からみた意匠の着想・審美性の新しさないし独創性は,全く存在しないと言わざるを得ない。従って,被請求人の主張は何れも失当である。
また,相違点8とする点も,「箸の持ち方矯正具」という本件登録意匠に係る物品の性質,目的,用途,使用態様などに起因する相違点であるから,本件において相違点として認定することは不適当である。
更に,相違点9とする点についても,引用意匠の構成部品aの第三取付環17cの軸方向の長さが,構成部品bの第一取付管17aの軸方向の長さが30?40%長いとのことであるが,構成部品aにおけるリング状の親指グリップ15は,本件登録意匠の構成部品Aの円環状(リング)部よりも大きいリングであるから,それに比例して取付環の長さも大きくなっており,全体的に相似関係となっている。してみれば,この相違点9について,社会的に広く知られた引用意匠を基準として,当業者の立場からみた意匠の着想・審美性の新しさないし独創性は,全く存在しないと言わざるを得ない。

(2-3)「三,創作非容易性」(答弁書18頁?)について
被請求人は,相違点1及び2に加え,被請求人が独自に挙げた相違点3?9についての創作非容易性を主張するが,その内容は「本件登録意匠と引用意匠および甲2意匠とは,当該物品の性質,目的,用途,使用態様などに基づく形状の本質的で大きな相違があり・・・(中略)・・・全く異なった物品であり・・・(中略)・・・『容易に創作できる意匠』にあたらないこととなる。」と答弁する。
しかし,このような答弁は,自己矛盾であり,明らかに失当である。被請求人自身が引用する判例において「物品の同一又は類似という制限をはずし,社会的に広く知られたモチーフを基準として,当業者の立場からみた意匠の着想の新しさないし独創性を問題とするもの」と記載されている通り,「物品の同一又は類似という制限をはずし」て検討されるのが,意匠法3条2項の規定であるにも拘らず,被請求人は,創作非容易性の答弁に当たって「当該物品の性質,目的,用途,使用態様などに基づく・・・」及び「全く異なった物品であり」との答弁を行っている。
本件審判においては,物品の同一又は類似という制限をはずし,社会的に広く知られたモチーフを基準として,当業者の立場からみた意匠の着想・審美性の新しさないし独創性の有無が判断されるべきものであり,審判請求書に記載の通り,本件登録意匠にはそのような意匠の着想・審美性の新しさないし独創性は何れも認められないから,被請求人の答弁は失当である。

(2-4)「四,むすび」(答弁書23頁?)について
被請求人は,意匠法3条2項の文言を引用して,「本件登録意匠 は,・・・(中略)・・・意匠法3条2項には該当しない。」とするが,失当である。
前記の通り,本件無効理由は意匠法3条2項該当性であるから,本件登録意匠が物品の同一又は類似という制限をはずし,社会的に広く知られたモチーフを基準として,当業者の立場からみた意匠の着想・審美性の新しさないし独創性を有するか否かが争点であるが, 被請求人の答弁は何れも「当該物品の性質,目的,用途,使用態様などに基づく・・・」及び「全く異なった物品であり」というものであり,本件登録意匠が意匠法3条2項に該当しない旨の答弁としては的外れなものである。

(3)まとめ
以上の通り,被請求人の答弁は何れも失当である。
審判請求書及び弁駁書に記載の通り,本件登録意匠には意匠の着想・審美性の新しさないし独創性は何れも認められないから,本件登録意匠は,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,同法第48条第1項第1号の規定により無効とされるべきものである。

(4)証拠方法
甲第5号証 (知財高裁平成23年(行ケ)第10239号判決)

第3 被請求人の答弁及びその理由
被請求人は,平成29年1月23日付けの審判事件答弁書において,答弁の趣旨を「請求人の請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とする,との審決を求める。」と答弁し,その理由として,要旨以下のとおりの主張をした。

1.意匠法第3条1項3号と同条2項との関係
(1)最高裁判例によれば,「同条一項三号と同条二項との関係について更にふえんすれば,同条一項三号は,意匠権の効力が,登録意匠に類似する意匠すなわち登録意匠にかかる物品と同一又は類似の物品につき一般需要者に対して登録意匠と類似の美感を生ぜしめる意匠にも,及ぶものとされている(法23条)ところから,右のような物品の意匠について一般需要者の立場からみた美感の類否を問題とするのに対し,3条2項は,物品の同一又は類似という制限をはずし,社会的に広く知られたモチーフを基準として,当業者の立場からみた意匠の着想の新しさないし独創性を問題とするものであって,両者は考え方の基礎を異にする規定であると解される。」とされている。(最高裁判所第三小法廷,昭和49年3月19日,昭和45(行ツ)45)従って,3条2項は,「意匠の着想の新しさないし独創性」がポイントとなる。
(2)他方,意匠の審査基準では,以下のようなものがありふれた手法「容易に創作できる意匠と認められるものの例」とされている。
[1]置換の意匠
[2]寄せ集めの意匠
[3]配置の変更による意匠
[4]構成比率の変更又は連続する単位の数の増減による意匠
[5]公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合をほとんどそのまま表したにすぎない意匠
[6]公然知られた形状や模様に基づく意匠
[7]自然物並びに公然知られた著作物及び建造物等に基づく意匠
[8]商慣行上の転用による意匠
しかし,引用意匠はもちろん,これと甲2意匠の形状を単純に組み合わせても,まだたくさんの相違点が残り,それを克服して本件登録意匠の形状に至るには,「ありふれた手法では足り」ず,更に「意匠の着想の新しさないし独創性」が必要となるから,「容易に創作できる意匠」にあたらないものであることは明白である。
ところで,この「意匠の着想の新しさないし独創性」の判断を行うにあたっては,意匠の対象となる物品の性質,目的,用途,使用態様などが考慮されなければならない。なぜならば,物品の形状を決める「着想」や「独創性」は,物品の性質,目的,用途,使用態様に由来するものであり,かつ当該物品の形状,美観として意匠の中に反映されるものであるからである。
そして,本件登録意匠と,引用意匠および甲2意匠は,下記のように,物品の性質,目的,用途,使用態様には,非常に大きな相違があって,その相違が形状に反映されているのだから,その相違を克服するには「ありふれた手法では足り」ず,「着想の新しさないし独創性」が必要となるので,「容易に創作できる意匠」にあたらないことになる。

2.本件登録意匠と引用意匠および甲2意匠の相違点
(1)請求人の認める「相違点」は,下記のようであるが,本件登録意匠と引用意匠および甲2意匠とは,日常の食器である箸の関連商品であり,需要者は,これらの購入の際,実際に手にとって,その商品が,矯正用なのか,利便性や教育を目的とするものなのかを,その形状で確認し,この相違点に基づいて,物品を区別して購入するものであるのだから,その相違は極めて認識され易い。

(2)相違点1(取付部が角管か円管か)及び2(挿入される指が親指か薬指かおよびその円環状部の形状)
(ア)「本件登録意匠は,本物品は,箸の持ち方矯正具に関するものである。矯正具は,箸に取付けた状態の参考斜視図に示すように,左右の箸に個別に挿入される。使用者は,箸を持った状態の参考斜視図に示すように,人差し指と薬指とを矯正具内に挿入することで,持ち方が矯正される。」であるから,使用者は,箸を使うこと自体は十分な能力があるが,その誤った使い方を理想的に「矯正」することを目的とするので,形状に自らの指を合わせるように構成されている。従って,円環状部の上下および円周方向の位置を固定するためにその取り付け部を角菅とし,薬指の挿入方向を箸の軸心に対し直角に固定するように円環状部を取付部に対して直角に構成するという形状となる。
(イ)引用意匠は,「本発明は,スプーンとテーブルフォークの機能を提供し,容易に持つことおよび取り扱うことができる箸に関するものである。」としていて,
「【15】本発明の目的は,簡単にスプーンに持ち変えられる箸,それによって,ユーザはスプーンを持つためにテーブル上に箸を置く必要がない箸を提供することである。
【16】本発明の別の目的は,箸を簡単に持つことができ,箸を簡単に置くことができ,左右に箸を動かす適切な弾性のため,指の筋肉を訓練する付帯的な効果によって,使用中に指に密着する箸を提供することである。
【17】本発明の別の目的は,箸がその同じ役割を提供するスプーンおよびフォークとして使用することが可能で,およびユーザが片手だけを使用して食事を食べることができる箸を提供することである。
【18】本発明のさらなる目的は,箸の本体は良好な耐久性を有するように金属素材で作られ,フォークまたはスプーンとして箸を使用して対象物を容易につまむことができる箸を提供することである。」(甲第1号証の添付資料2頁(14ないし18))とされているので,使用者は,箸とスプーン及びフォークを簡単に持つことを主たる目的とし,指と箸を密着させることを従たる目的とするというように,主従2つの目的を両立させるので,本件意匠と逆に,指を挿入し易いように形状を指に合わせるように構成されている。従って,円環状部が円周方向に回転可能にして位置調整ができるように取付部を円菅とし,親指が挿入し易いように円環状部を取付部に対して斜めに構成するという形状となる。
(ウ)甲2意匠は,「本実用新案の目的は,現在に存在する技術の不足に対して,それを改善する箸学習補助装置を提供し,使用者に正確にお箸を使う習慣を身につけることである。」としていて「本実用新案の有益な効果は:連接棒で二つの持ち部分をつなぎ,「H」の形になっているため,持ち部分は支点があり,梃子のよう動かすことになり,かつその支点及び動かしている位置は親指の位置にあり,より効率的にお箸の動かす動作を真似ることができる。したがって,当該装置は,こどもまたは外国人に正確にお箸を使うことに役に立つ。」(甲第2号証の添付資料1頁)としているのであるから,使用者は,箸を十分に使うことができない年少者や外国人が,箸を使えるように「教育」することを目的とするために,本件登録意匠とは異なり,指や形状に無理に合わせないよう構成されている。従って,円環状部が円周方向に回転可能なように取付部を円菅(箸の持ち部は中空円筒)とし,薬指を挿入する円環部の大きさも親指を挿入する円環と略等しく,その方向も薬指が挿入し易いように円環状部を取り付け部に対して斜めにするという形状となる。
以上のように,請求人の認める相違点1(取付部が角管か円管か)及び2(挿入指が親指か薬指かおよびその円環状部の形状)は,それぞれの物品の性質,目的,用途,使用態様などに基づく本質的で大きな相違といえる。

(3)上記相違点1及び2以外の相違点
本件登録意匠と引用意匠には,上記請求人の認める形状の相違点のほかに以下のような相違点がある。そして,これらの相違点も,当該物品の性質,目的,用途,使用態様などに基づく本質的で大きな相違である。
(3-1)相違点3
本件登録意匠は,「箸の持ち方矯正具」であるから,既存の箸とは別の物品であり,別々に販売され,使用者が任意の箸に取り付けたり外したりできるものである。しかし,引用意匠は,「スプーンとテーブルフォークの機能を提供し,容易に持つことおよび取り扱うことができる箸」という特殊な物品であるから,引用意匠の部分(構成部品aおよび構成部品b)は,甲第1号証の図6の箸の製造工程において棒に取り付けられて完成品となった後は,使用者が取り外すことはできず,一体としてのみ販売される。
(3-2)相違点4
本件登録意匠に係る物品は,それ自体が「箸の持ち方矯正具」という,それ自体が完成品であり,また当該物品の取付部が取り付けられる対象は,完成品としての箸である。
これに対し,引用意匠の「スプーンとテーブルフォークの機能を提供し,容易に持つことおよび取り扱うことができる箸」の構成部品aと構成部品bとは,完成品ではなく部品に過ぎず,また,当該部品の取付環が取り付けられる対象は,それぞれ棒(stick)11と12という部品であり,この棒(stick)11と12は完成品としての箸ではない。
(3-3)相違点5
本件登録意匠は,「箸の持ち方矯正具」であるから,その構成において,できるだけ理想的な持ち方に近づけるべく,指をしっかりと固定しなければならないから,本件登録意匠の構成物品Aおよび構成物品Bにおいては,いずれも,下図のとおり,円環状(リング)部が,取付部に対して溶けてめり込むように形成されており,円環状(リング)部は完全な円形ではなく,その一部が形成されていない形状を有して,両者が強固に結合している。
これに対して,引用意匠は,スプーン・フォークと共用という利便性のため,指を挿入し易い柔軟な形状をとらなければならない。ちなみに引用意匠とは異なるものの,同じ甲第1号証のFig2,Fig7,Fig10においては,円環ではなく,半円として,親指をのせれば足りる形となっている。従って引用意匠においては,指をしっかりと固定することはその目的に反するものであるから,引用意匠の構成部品aにおいても,下図のとおり,親指グリップ15は,第三取付環17cと,リングの1点でのみ接触しているかのように描かれており,親指グリップ15が溶けるような形状にはなっていないので,親指グリップ15のリングは,外観上,完全な円形として形成されている。
また引用意匠の構成部品bにおいては,人差し指グリップ13と第一取付環17aの接触部分は甲第1号証の図6の裏側になっているため,どのように形成されているか不明である。ただし,構成部品aと構成部品bとで,接触部分の形状を別異にすることは不自然であるので,構成部品bにおいても,構成部品aと同様に,人差し指グリップ13は,第一取付環17aと,リングの1点でのみ接触し,人差し指グリップ13のリングは,外観上,完全な円形が形成されているものと解するのが自然である。

(3-4)相違点6
本件登録意匠は,「箸の持ち方矯正具」であるから,その構成において,できるだけ理想的な持ち方に近づけるべく,構成部品A(「箸の持ち方矯正具のもう一方」)は,取付部の軸方向が円環状(リング)部の軸方向と直交する(特徴[6])。
引用意匠は,「スプーンとテーブルフォークの機能を提供し,容易に持つことおよび取り扱うことができる箸」であるから,できるだけ親指が挿入し易いように,親指グリップ15は,棒11に対して傾いている。

(3-5)相違点7
本件登録意匠は,「箸の持ち方矯正具」であるから,その構成において,できるだけ理想的な持ち方に近づけるべく,その角度も本件登録意匠の構成部品Bにおいては,取付部の軸方向と円環状(リング)部の軸方向とは,左右方向に約20度,上下方向に数度,傾いている(本件意匠登録に関する前の無効審判(無効2014-880017号)の審決64ページ2?6行でも同様の認定がなされた。)。
これに対して,引用意匠は,「スプーンとテーブルフォークの機能を提供し,容易に持つことおよび取り扱うことができる箸」であるから,指を挿入し易い柔軟な構成をとらなければならず,引用意匠においては,特徴[7]として請求人も認めるとおり,「構成部品bは,第一取付環17aの軸方向がリング状の人差し指グリップ13の軸方向と略平行である。」程度になっていて,明確な角度はとられていない。

(3-6)相違点8
本件登録意匠は,「箸の持ち方矯正具」であるから,その構成において,できるだけ理想的な持ち方に近づけるべく,本件登録意匠の円環状(リング)部の径を,薬指を挿入する構成部品Aと人差し指を挿入する構成部品Bとは,指先の太さがそれほど違わないので,略同一としている。
これに対して,引用意匠は,「スプーンとテーブルフォークの機能を提供し,容易に持つことおよび取り扱うことができる箸」であるから,指を挿入し易い柔軟な構成をとらなければならず,引用意匠においては,特徴[12]として請求人も認めるとおり,親指を入れるリング状のグリップの径は,構成部品aの方が構成部品bよりはるかに大きい。

(3-7)相違点9
本件登録意匠は,挿入する指が人差し指と薬指でその太さがほぼ同じなので,それに対応する構成部品Aの取付部の軸方向の長さと,構成部品Bの取付部の軸方向の長さとは,同一である。
これに対して,引用意匠は,甲第1号証の図6のように,引用意匠において,親指側の構成部品aの第三取付環17cの軸方向の長さは,人差し指側の構成部品bの第一取付環17aの軸方向の長さより,挿入する親指の太さに応じて約30?40%長くなっている。

3.創作非容易性(相違点1?9がいずれも容易に想到し得たものではないこと)
以下のように,本件登録意匠と引用意匠および甲2意匠とは,当該物品の性質,目的,用途,使用態様などに基づく形状の本質的で大きな相違があり,本件登録意匠は,引用意匠および甲2意匠の思考の延長線上にはなく,全く異なった物品であり,その形状の相違を克服しようとすれば,「ありふれた手法では足り」ず,「着想の新しさないし独創性」が必要となるので,「容易に創作できる意匠」にあたらないことになる。

(1)相違点1
(ア)相違点1は,本件登録意匠の構成部品A及びBの取付部は,角管形状であるのに対し,引用意匠の構成部品a及びbの取付部は,円管形状である点である。
(イ)甲第1号証の添付資料(甲第1号証)には,【47】段落に,「ユーザの手の特徴によって,人差し指および中指グリップ13および14を回して手の角度を調整する必要がある。」と記載されている。また,次の【48】段落には,上記の記載を受けて,「取付環17及び17bが回転は可能で上下には移動しないように,取付環17a,17bおよび17cはこの凹部にそれぞれ固定される。」と記載されている。従って,これらは,箸に対して回転可能であることが重要な条件とされている。そうすると,引用意匠を角型の箸に使用するために変形すると,回転可能ではなくなってしまうのであるから,そのような変更をすることには阻害要因があるといえる。
(ウ)また,請求人は,甲第1号証の段落【3】に,「一般的に箸は,円形,楕円形または長方形の断面をそれぞれ持つ棒の対で構成されている。」という記載があることから,「取付けるべき箸の断面の形状に相応して,取付部の形状を変形することは当業者にとって容易である。」と主張する(審判請求書9ページ)。
しかし,甲第1号証の段落【3】の上記記載は,【背景技術】(甲第1号証の原文ではBackground Artと記載され,従来技術のことである。)の項目の最初の段落の記載であり,箸になじみのない欧米人に対してもイメージが付きやすいように,一般的な箸の説明をしたに過ぎない。
そして,引用意匠は,甲第1号証の実施例であり,前述のように構成部品が回転可能であることが重要な条件として明記されているのであるから,一般的な従来技術としての箸の形状の中から,意識的に長方形のものを排除して,円形のものに限定した意匠である。
したがって,甲第1号証の【3】の記載は,相違点1に係る構成を示唆するものではなく,当業者がこの相違を克服することについて容易に想到し得たとはいえない。

(2)相違点2
(ア)相違点2は,本件登録意匠の構成部品Aの円環状(リング)部には,薬指が挿入されるのに対し,引用意匠の構成部品aの円環状(リング)部には,親指が挿入される点である。
(イ)円環状(リング)部に薬指を挿入するか,あるいは,親指を挿入するか,という違いは,意匠に係る物品を実際に使用するときの見え方に大きな違いを生ずるものであるから,美観上も,重大な相違点である。
(ウ)この点について,請求人は,甲第3号証(当審注:甲第2号証)の図1の32元名指套環及びその取付部の意匠(甲2意匠)について,本件登録意匠の構成部品Aの意匠と共通していることを理由として,「当業者が,……本件登録意匠の構成部品Aの意匠を創作することに,さして困難性はなく,当業者が容易に創作することができるものである。」と主張している(審判請求書10ページ12?18行)。
しかし,副引用例である甲2意匠は,本件登録意匠とも主引用例である甲第1号証の図6に記載された「引用意匠」ともその性質,目的,用途が異なり,当業者が,引用意匠に甲2意匠を組み合わせて,本件登録意匠に至る動機づけは何らない。甲第1号証の構成部品aの親指グリップ15は,あくまで親指を挿入するための部品であり,物品の性質,目的,用途,使用態様に基づく形状及び美観を考慮した上でこのような意匠とされている以上,当業者がこれを薬指を挿入する構成に変更することについて容易に想到し得たとはいえない。
(エ)また,請求人は「引用意匠の構成部品aの円環状(リング)部に親指ではなく薬指を挿入するべく甲2意匠を適用して,その円環状(リング)の径をやや小さくし(一般に薬指は親指より細いから),甲2意匠のように薬指を挿入し易い向きに箸を挿入するようにする」ことが容易に創作できたと主張するが,そのようなこともありえない。なぜなら,本件登録意匠は,薬指の位置の矯正のため,箸の軸方向に対し直角(形状に指をあわせる)でなければならないのに対し,引用意匠は,スプーン・フォークと共用という利便性のため,指を挿入し易い柔軟な形状をとらなければならず,親指の挿入方向にあわせて箸の軸に対し傾かせている(指に形状をあわせる)が,これでは「矯正」は不可能である。また,甲2意匠は,年少者や外国人への教育目的であるため指の位置を無理に合わせることはできず,図面ではその円環状部の径は(一般に薬指は親指より細いにもかかわらず)親指とほぼ等しくして余裕をもたせ,更に薬指を挿入し易い向きに箸を挿入するように,箸に対し傾いている(指に形状をあわせる)のであるから,これも「矯正」は不可能である。仮にこれらから本件登録意匠の形状に到達しようとするなら,まさにその性質,目的,用途を超えて,「着想の新しさないし創造性」が必要なことはいうまでもない。従って,この相違を克服することについて容易に想到し得たとはいえない。

(3)相違点3及び相違点4
(ア)相違点3は,本件登録意匠に係る物品は使用者が任意の箸に取り付けたり外したりできるものであるのに対して,引用意匠の部分(構成部品aおよび構成部品b)は,甲第1号証の図6の箸の製造工程において棒に取り付けられて完成品となった後は,使用者が取り外すことはできない点である。
(イ)また,相違点4は,本件登録意匠に係る物品は,それ自体が「箸の持ち方矯正具」という,それ自体が完成品であり,また当該物品の取付部が取り付けられる対象は,完成品としての箸であるが,これに対し,引用意匠の構成部品aと構成部品bとは,完成品ではなく部品に過ぎず,また,当該部品の取付環が取り付けられる対象は,それぞれ棒(stick)11と12という部品であり,この棒(stick)11と12は完成品としての箸ではない点である。
(ウ)これらの相違点3及び4に関して,本件登録意匠に係る物品は,使用者が任意の箸に取り付けたり外したりできる完成品であるので,箸から外した状態で,需要者・使用者が,当該物品を単品として,意匠の美観を知覚することも多い。
これに対して,引用意匠の場合には,構成部品a及びbは,常に棒11と12に一体化されているので,箸から外した状態での美観を検討する余地はない。
従って,当業者が,相違点3及び相違点4の相違を克服することについて容易に想到し得たとはいえない。

(4)相違点5
(ア)相違点5は,本件登録意匠の構成物品Aおよび構成物品Bにおいては,円環状部が,取付部に対して溶けてめり込むように形成されており,円環状部は完全な円形ではなく,その一部(取付部にめり込んでいる部分)が形成されていない形状を有するのに対して,引用意匠の構成部品aにおいては,親指グリップ15は,第三取付環17cと,リングの1点でのみ接触しているかのように描かれており,親指グリップ15が溶けるような形状にはなっていないので,親指グリップ15のリングは,外観上,完全な円形が形成されており,また,引用意匠の構成部品bにおいては,人差し指グリップ13と第一取付環17aの接触部分は甲第1号証の図6の裏側になっているため,どのように形成されているか不明である点である。
(イ)この結果,引用意匠では,親指グリップ15は,第三取付環17cと,リングの1点でのみ接触しているかのように構成されているため,視覚上,もろく,繊細で,不安定な印象を伴う美観を生じる。
これに対して,本件登録意匠では,円環状部が,取付部に対して溶けてめり込むように構成されているため,安定した強固な印象を伴う美観を生じる。
引用意匠と本件登録意匠は,それぞれ,敢えて,上記のような印象を伴う美観を生じるように構成されている。従って,相違点5を克服することについて,当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(5)相違点6
(ア)相違点6は,本件登録意匠において,請求人が主張するように,構成部品A(「箸の持ち方矯正具のもう一方」)は,取付部の軸方向が円環状(リング)部の軸方向と直交するのに対し,引用意匠では,親指グリップ15は棒11に対し傾いている。
(イ)この結果,引用意匠は,中途半端な角度で傾いているので,洗練されていない印象を伴う美観が生じる。
これに対し,本件登録意匠では,上記の左側面図からも明らかなように,取付部の軸方向が円環状(リング)部の軸方向と完全に直交しているので,シャープで洗練された印象を伴う美観を生じる。従って,相違点6の相違を克服するについて,当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(6)相違点7
(ア)相違点7は,本件登録意匠の構成部品Bにおいては,取付部の軸方向と円環状(リング)部の軸方向とは,左右方向に約20度,上下方向に数度,傾いているのに対し,引用意匠の構成部品bにおいては,第一取付環17aの軸方向がリング状の人差し指グリップ13の軸方向と略平行である点である。
(イ)本件登録意匠の取付部の軸方向と円環状(リング)部の軸方向との角度は,物品の形状が適切になるように,検討の上に採用されたものであり,美観の相違である相違点7の相違を克服するについて,当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(7)相違点8
(ア)相違点8は,本件登録意匠の円環状(リング)部の径は,構成部品Aと構成部品Bとで,略同一であるのに対し,引用意匠においては,リング状のグリップの径は,構成部品aの方が構成部品bより大きい点である。
(イ)この結果,引用意匠では,人差し指を入れる構成部品aと親指を入れる構成部品bのリング状のグリップの径は当然が異なるので,統一感のない美観が生じるが,本件登録意匠では,人差し指を入れる構成部品Aと薬指を入れる構成部品Bとで,本件登録意匠の円環状(リング)部の径が略同一であるので,一対の物品として,統一感のある美観を生じる。
従って,相違点8の相違を克服するについて,当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(8)相違点9
(ア)相違点9は,本件登録意匠においては,構成部品Aの取付部の軸方向の長さと,構成部品Bの取付部の軸方向の長さとが同一であるのに対して,引用意匠においては,構成部品aの第三取付環1/cの軸方向の長さは,構成部品bの第一取付環17aの軸方向の長さより,約30?40%長い点である。
(イ)引用意匠においては,構成部品aと構成部品bの取付環の長さが大きく異なるので,統一感のない美観が生じるが,本件登録意匠では,構成部品Aと構成部品Bとで,取付部の長さが同一であるので,一対の物品として,統一感のある美観を生じる。
従って,当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(9)なお,以上の相違点1?9は,いずれも,使用者が,(i)本件登録意匠に係る物品または引用意匠に係る物品を購入する際,(ii)本件登録意匠に係る物品に箸を挿入する際,(iii)指を挿入する際,及び,(iv)使用して食事する際において,注意を払って観察する点であるので,相違点として重大な意義を有する。その意味でも,当業者が容易に想到し得たとは言えない。

(10)以上のとおり,相違点1?9のいずれについても,当業者は容易に想到し得たとはいえず,意匠全体を考慮しても,当業者は,引用意匠から,本件登録意匠を容易に創作し得たとはいえない。むしろ,本件登録意匠と引用意匠および甲2意匠とは,全く異なった形状の物品であり,引用意匠および甲2意匠を基準としても,それらとは全く異なった意匠の着想の新しさないし独創性を有する形状であり,それによる美観を有する意匠である。

4.むすび
以上のとおり,本件登録意匠は,意匠登録出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものではないので,意匠法3条2項には該当しない。
よって,本件審判請求は理由がないものであり,請求人の請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とする,との審決を求める。

5.口頭審理陳述書による主張
(1)本陳述要領書の主張内容
平成29年5月15日付け審理事項通知書の【審理事項】(2)項では,請求人の弁駁書2ページの「第1 審判請求書の訂正」の項目に記載された,審判請求書の訂正については,「審理の対象とはしません。」と記載されている。
また,同通知書の【審理事項】(3)項では,請求人の弁駁書2ページ以下の「『第2 被請求人の答弁に対する反論(弁駁)』以降に記載した内容についても,(2)の訂正に基づいたものと認められますので,審理の対象とはしません。」と記載されている。
したがって,請求人の弁駁書の記載内容については,実質的にはその全部について,審理対象とはしない 1 とのことであるので,被請求人は,本陳述要領書において,請求人が弁駁書2ページの「第1 審判請求書の訂正」の項目に記載した審判請求書の訂正が,請求の理由の要旨変更にあたり,審理の対象にならないことが妥当である旨主張するにとどめ,弁駁書の内容に対する実質的な反論は記載しない。万が一,審判体において審判請求書の訂正を認めることとする場合には,訂正については審理対象としない旨の審理事項通知書の内容を信じて本要領書を作成した被請求人に不意打ちとならないよう,手続保障の見地から,訂正後の請求に理由に対する反論の機会を被請求人に与えることを求める(特許法施行規則47条の2第1項参照)。

(2)弁駁書に記載された審判請求書の訂正が,請求の理由の要旨変更にあたり,許されないこと
(2-1)意匠法(特許法)上の規定
意匠法52条では,特許法「第131条の2(第1項第3号及び第2項第1号を除く。)」が準用されている。
準用される特許法第131条の2第1項第1号第2号及び同条第2項第2号は,以下のとおりである。
第131条の2 前条第1項の規定により提出した請求書の補正は,その要旨を変更するものであってはならない。ただし,当該補正が次の各号のいずれかに該当するときは,この限りでない。
一 特許無効審判以外の審判を請求する場合における前条第一項第三号に掲げる請求の理由についてされるとき。
二 次項の規定による審判長の許可があったものであるとき。
三 (略)
2 審判長は,特許無効審判を請求する場合における前条第一項第三号に掲げる請求の理由の補正がその要旨を変更するものである場合において,当該補正が審理を不当に遅延させるおそれがないことが明らかなものであり,かつ,次の各号のいずれかに該当する事由があると認めるときは,決定をもって,当該補正を許可することができる。
一 (略)
二 前号に掲げるもののほか当該補正に係る請求の理由を審判請求時の請求書に記載しなかったことにつき合理的な理由があり,被請求人が当該補正に同意したこと。」
本件は無効審判であるので,上記の特許法第131条の2第1条第1号は該当しないので,特許法第131条の2第1項第2号及び同条第2項の場合により,少なくとも被請求人の同意がない限り,請求書の要旨の補正をすることは許されない。
したがって,本件でも,被請求人の同意がない以上,請求書の「要旨の補正」は許されない。
さらに,請求人が弁駁書で主張する補正が,「要旨の補正」にあたることについては,以下のとおりである。

(2-2)要旨の補正にあたること
平成10年特許法改正において,無効審判請求書の請求の理由の要旨を変更する補正が禁止されることとなったのは,請求人が新たな無効理由及び証拠を無制限に追加することによる審理の遅延を防止するためである(「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説」の131条の2の項目参照)。
上記の趣旨に鑑みると,本件では,請求人が主張する審判請求書の訂正は,意匠法3条2項の創作非容易性の判断の基礎となる意匠を変更するものであるから新たな無効理由の主張にあたる。そして,請求人は,弁駁書において,一方的に主張した請求書の上記訂正を前提として,訂正前の主張に対する被請求人の主張を「答弁として的外れなものである。」(弁駁書7ページ)等,主張としている。答弁の対象である審判請求書が,後から一方的に訂正されてしまっては,議論がかみ合わなくなるのは当然であり,被請求人の答弁は無駄になってしまい,被請求人は訂正を前提に新たな反論をする必要が生じてしまうので,被請求人には不当な応訴負担が生じることになる。
したがって,本件の請求人の訂正は,正に,意匠法が準用する特許法131条の2において,審判請求書の訂正が制限された趣旨に該当するものであるので,要旨の補正にあたり,認められるべきではない。

(3)結論
上記のように,審判長殿が平成29年5月15日付け審理事項通知書で,請求人の弁駁書の訂正は,新たな無効理由の主張にあたり,請求の理由の要旨を変更するものであるから,審理の対象とはしない旨通知したことは妥当である。
被請求人の上記の主張のほか,平成29年1月23日付け答弁書に記載した主張については,従前のとおりである。
本件登録意匠は,意匠登録出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものではないので,意匠法3条2項には該当しない。

第4 口頭審理
当審は,本件無効審判事件について,平成29年(2017年)7月21日に口頭審理を行い,請求人は,請求の趣旨及び理由を,審判請求書及び口頭審理陳述要領書に記載のとおり陳述し,被請求人は,答弁の趣旨及び理由を審判事件答弁書及び口頭審理陳述要領書に記載のとおり陳述した。審判長は,甲第1号証,甲第2号証及び甲第5号証について取り調べ,請求人及び被請求人に対して,本件無効審判事件の審理終結を告知した。(平成29年7月21日付け第1回口頭審理調書)

第5 当審の判断
1.本件登録意匠
本件登録意匠の認定は,以下のとおりである(別紙第1参照)。
(1)意匠に係る物品
意匠に係る物品は,「箸の持ち方矯正具」である。
本物品は,2つの部品からなり,2本一対の箸のそれぞれに挿入して取り付け,一方の部品に人差し指,もう一方の部品に薬指を挿入して,箸の持ち方を矯正するための器具として使用するものであり,箸に適宜着脱して使用するものである。

(2)形態
本件登録意匠の形態は,以下の(あ)ないし(か)のとおりである。
なお,2つの部品のうち,願書に添付された図面中【持ち方矯正具を取り付けた箸を持った状態の参考斜視図】において,薬指を挿入している方の部品,つまり正投影図法による一組の図において,図の表示を【箸の持ち方矯正具のもう一方の正面図】等としている方を,以下「構成部品A」といい,人差し指を挿入している方の部品,つまり正投影図法による一組の図において,図の表示を【箸の持ち方矯正具の片方の正面図】等としている方を,以下「構成部品B」という。
(あ)全体の基本的な構成態様について,どちらの部品も,箸に挿入する筒状体(以下「取付部」という。)と指を挿入する環状体(以下「リング部」という。)からなり,取付部の外周にリング部を立設させて結合したものである。
(い)取付部の全体形状について,どちらの部品も,全長が幅よりも少し長い,やや肉厚の略正四角筒状体としたものである。
(う)リング部の全体形状について,どちらの部品も,周側面を細幅帯状とする,やや肉厚の略円環状体としたものである。
(え)リング部の直径の大きさについて,どちらの部品も,取付部の幅の約2倍としたものである。
(お)取付部とリング部との結合部の態様について,どちらの部品も,リング部の外側が取付部にめり込むような態様としたものである。
(か)取付部に対するリング部の向きについて,構成部品Aは,リング部の孔の中心線の方向が,取付部の孔の中心線の方向と直交する向きとし,構成部品Bは,同2つの方向を概略同方向としつつも,左右方向に少し,上下方向にも少し,傾けたものである。

なお,請求人は,構成部品Bについて,リング部の孔の中心線の方向が,取付部の孔の中心線の方向と略同方向である旨認定するに止まり,リング部の傾きを認定していないが,この点については上記(か)のとおりである。

2.無効理由の要点
(1)請求人が主張する無効理由
請求人が主張する無効理由は,本件登録意匠は,「その出願前に当業者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものである。従って,本件登録意匠は,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,同法第48条第1項第1号の規定により無効とされるべきものである。」というものであり,その概要は,以下のとおりである
「本件登録意匠は,引用意匠の円環状(リング)部の形状を殆どそのまま使用して,その取付部の形状を箸の断面の形状に応じてありふれた形状に変更したに過ぎないものである。
また,引用意匠に接した当業者が,甲2意匠を適用して,本件登録意匠を創作することも,さして困難はなく,当業者が容易に創作することができるものである。
更に,本件意匠の使用態様において,本件意匠の構成部品Aの円環状(リング)部が箸の軸方向と直交することは,引用意匠の構成部品aと同じであり,本件意匠の構成部品Bの円環状(リング)部が箸の軸方向と平行となることは,引用意匠の構成部品bと同じである。従って,構成部品A及びBを箸に取り付ける態様は引用意匠に基づいて容易に創作できたものである。」(審判請求書第10頁下から9行ないし第11頁3行)

3.引用意匠
(1)引用意匠1
甲第1号証は,世界知的所有権機関(WIPO)が2006年1月12日に公開した国際公開番号「WO2006/004290A1」の特許国際公開公報であり,本件登録意匠の出願日前に公然知られたものといえるから,甲第1号証に記載されている意匠は,本件登録意匠の意匠登録出願前に既に公然知られた意匠である。
そして,甲第1号証の[Fig.6](以下「図6」という。)の箸について,甲第1号証の第55段落に,甲第1号証の添付資料(訳文)によれば「図6を参照すると,リング状の人差し指グリップ13は,棒12の片側の外周(当審注:「棒12の片側の外周」は正確には「棒12の外周」)に設けられた第一取付環17aの外周の片側から突出する。そして,リング状の人差し指グリップ14(当審注:グリップ14は,その配置から人差し指用のものではなく中指用のものと推認される。)は,第二取付環17bの外周の片側から突出する。そして,リング状の親指グリップ15は,反対側に別の棒11(当審注:「反対側に別の棒11」は正確には「別の棒11」)が装着される第三取付環17cの外周から突出する。」とあり,審判請求書に,「特許国際公開公報(甲第1号証)の図6に記載の『箸の持ち方矯正部品』のうち,『リング状の親指グリップ15及び第三取付環17c』からなる部品(以下「構成部品a」という。)と,『リング状の人差し指グリップ13及び第一取付環17a』からなる部品(以下「構成部品b」という。)とを先行意匠として特定する(以下,「引用意匠」という。)。」(審判請求書の第4頁下から11行ないし同頁下から7行)と記載されているから,甲第1号証の図6の箸の意匠のうち,請求人がいうところの構成部品a,つまり符号15及び17cからなる親指用の部品(以下「甲1意匠a」という。)と,請求人がいうところの構成部品b,つまり符号13及び17aからなる人差し指用の部品(以下「甲1意匠b」という。)が主引例であり,その形態が,創作容易性の判断の基礎となる形態であると認められる(甲第1号証は別紙第2参照,甲第1号証の添付資料は別紙第3参照)。

(1-1)甲1意匠a及びbについて
甲1意匠a及びbは,甲第1号証の図6の「スプーンとフォークの機能を提供し,容易に持つこと及び取り扱うことができる箸」に取り付けられる部品であり,甲1意匠aは親指用,甲1意匠bは人差し指用である。そして,甲1意匠a及びbは,甲第1号証の図6の箸において,棒11と棒12にそれぞれ挿入された状態で表れているものであって,棒11及び棒12の下端はスプーン型の部材が突出し,上端はヒンジ部が突出した態様であり,甲第1号証の第48段落に,甲第1号証の添付資料(訳文)によれば「第一から第三取付環17a,17bおよび17cが棒11および12から外れるのを防ぐために,それぞれ第一から第三取付環17a,17bおよび17cに対応して,第一から第三取付環17a,17bおよび17cが固定される凹部が棒11および12の外周に提供される。そして,取付環17および17bが回転は可能で上下には移動しないように,取付環17a,17bおよび17cはこの凹部にそれぞれ固定される。」ものであることから,甲1意匠a及びbは,甲第1号証の図6の箸の製造工程において棒に取り付けられ,当該箸が完成品となった後は,使用者が取り外すことは想定していないものといえる。
そうすると,甲1意匠a及びbは,甲第1号証の図6の箸の専用の部品と認められる。

(1-2)甲1意匠a及びbの形態
甲1意匠a及びbの形態は,以下の(ア)ないし(カ)のとおりである。
(ア)全体の構成態様について,どちらの部品も,箸に挿入する筒状体(以下「取付部」という。)と指を挿入する環状体(以下「リング部」という。)からなり,取付部の外周にリング部を立設させて結合したものである。
(イ)取付部の全体形状について,どちらの部品も,全長が直径よりも少し長い,やや肉厚の略円筒状体としたものである。
(ウ)リング部の全体形状について,どちらの部品も,周側面を細幅帯状とする,やや肉厚の略円環状体としたものである。
(エ)リング部の直径の大きさについて,甲1意匠aについては取付部の直径の約3倍,甲1意匠bについては約2倍としたものである。
(オ)取付部とリング部との結合部の態様について,甲1意匠aは,取付部の外周とリング部の外周とが接するような態様としたものであるが,甲1意匠bは,結合部を確認することができず不明である。
(カ)取付部に対するリング部の向きについて,甲1意匠aは,リング部の孔の中心線の方向が,取付部の孔の中心線の方向と概略直交する向きとしつつも,左右方向に少し傾けたものであり,甲1意匠bは,リング部の孔の中心線の方向が,取付部の孔の中心線の方向と概略同方向としつつも,左右方向に少し傾けたものである。
なお,取付部に対するリング部の向きについて,請求人は審判請求書において,甲1意匠aは直交している旨,甲1意匠bは平行である旨主張するが,図6をみると,どちらのリング部も左右方向に少し傾けたものに見えるから,上記のとおり認定する。

(2)引用意匠2
甲第2号証は,中華人民共和国国家知識産権局が2007年11月28日に公告した特許権付与公告番号CN200980547Yの実用新案特許説明書であり,本件登録意匠の出願日前に公然知られたものといえるから,甲第2号証に記載されている意匠は,本件登録意匠の意匠登録出願前に既に公然知られた意匠である。
そして,甲第2号証の第2頁1行ないし3行に,甲第2号証の添付資料の第2頁1行ないし2行によれば「箸学習補助装置は,二つの持ち部分(11)(21),持ち部分(11)(21)における親指リング(31),薬指リング(32)と人差し指リング(41),中指リング(42)を含む。」とあり,審判請求書に,「甲第2号証の図1には,31大拇指套環(親指リング),32无名指套環(薬指リング),41食指套環(人差し指リング),42中指套環(中指リング)にそれぞれ取付を有する4つの構成部品からなる「箸の持ち方矯正部品」の意匠が開示されている。」(審判請求書の第9頁下から2行ないし第10頁3行),「このうち,32无名指套環(薬指リング)及びその取付部の意匠(以下「甲2意匠」という。)」(審判請求書の第10頁4行ないし同頁5行)と記載されているから,甲第2号証の図1の箸学習補助装置の意匠のうち,符号32として示した薬指用のリング部及びその取付部が,甲2意匠であり,審判請求書に「引用意匠に接した当業者が,甲2意匠を適用して,本件登録意匠を創作することも,さして困難はなく,当業者が容易に創作することができるものである。」(審判請求書の10頁下から6行ないし同頁下から4頁)と記載されているから,甲2意匠が,副引例であると認められる(甲第2号証は別紙第4参照,甲第2号証の添付資料は別紙第5参照)。

(2-1)甲2意匠について
甲2意匠は,甲第2号証の図1の箸学習補助装置の意匠に取り付けられた,取付部及びリング部からなる4つ(親指用,人差し指用,中指用,薬指用)の部品のうちの,薬指用である。甲2意匠が取り付けられている当該装置は,そのまま箸としても使用できるものであり,4つのリング部にそれぞれに決められた指を挿入して使用することにより,箸の持ち方を学習するものである。甲2意匠が当該装置の専用の部品であるか否かは定かでない。

(2-2)甲2意匠の形態
箸に挿入する筒状体(以下「取付部」という。)と指を挿入する環状体(以下「リング部」という。)とからなり,リング部は,略楕円形状とし,横に倒した状態で取付部の外周に結合され,取付部に対するリング部の向きは,リング部の孔の中心線の方向が,取付部の孔の中心線の方向と直交する向きとしたものである。また,当該リング部の大きさは,親指用のリング部より僅かに小さく,人差し指用のリング部と同程度,中指用のリング部よりやや大きいものである。

4.意匠法第3条第2項の該当性について
請求人が主張する無効理由である意匠法第3条第2項の該当性,すなわち,本件登録意匠は当業者が甲1意匠a及びbと甲2意匠に基づいて容易に創作をすることができた意匠であるか否か,について検討する。
なお,意匠法第3条第2項は,先行する意匠を直接的に対比することに止まらず,その先行する意匠を構成する各部位の形態を構成要素として抽出したり,また,公知や周知といえる著作物や自然物の形態,幾何学模様などであれば,そのような物品を離れた形態そのものをモチーフとして判断のための材料としても使用し,当業者が行う創作という観点から,出願された意匠が,それら先行する形態に基づいて容易に創作することができたものか否かを判断するものである。
そして,当該判断は,(α)創作容易性の判断の基礎となる形態が本件登録意匠の出願前に公然知られたもの(広く知られたものも含む)であり,(β)その公然知られた形態をほとんどそのままか,あるいは,当該意匠の属する物品分野においてよく見られる多少の改変やありふれた改変を加えた程度で,(γ)当該意匠の属する物品分野においてありふれた手法により,公然知られた形態の全部または一部について単なる組合せや置き換え等がなされたものに過ぎないものであるか,の観点を踏まえて行うものである。
したがって,当該判断手法に基づいて,本件登録意匠の創作容易性について検討する。

(1)本件登録意匠と甲1意匠a及びbの対比
(1-1)物品について
本件登録意匠は,箸の持ち方を矯正するものとして,箸に適宜着脱して使用することができる,薬指用の構成部品Aと人差し指用の構成部品Bで一対とした箸の持ち方矯正具という物品であるのに対して,甲1意匠a及びbは,スプーン及びフォークとしても使用することができる箸という物品の部品であり,親指用,人差し指用,中指用の3つある中から親指用を甲1意匠a,人差し指用を甲1意匠bとしたものである。
(1-2)形態について
(1-2-1)共通点
(A)全体の基本的構成態様について,どちらの部品も,筒状体の取付部と環状体のリング部からなり,取付部の側面にリング部を立設させて結合したものである。
(B)リング部の全体形状について,どちらの部品も,外周を細幅帯状とする,やや肉厚の略円環状体としたものである。
(1-2-2)相違点
(a)取付部の全体形状について,本件登録意匠は,どちらの部品も,全長が幅よりも少し長い,やや肉厚の略正四角筒状体としたものであるのに対して,甲1意匠a及びbは,全長が直径よりも少し長い,やや肉厚の略円筒状体としたものである。要するに,取付部を略正四角筒状体としたか,それとも略円筒状体としたか,という相違である。
(b)リング部の直径の大きさについて,本件登録意匠は,どちらの部品も,取付部の幅の約2倍としたものであるのに対して,甲1意匠aについては取付部の直径の約3倍,甲1意匠bについては約2倍としたものである。
(c)取付部とリング部との結合部の態様について,本件登録意匠は,どちらの部品も,リング部の外側が取付部にめり込むような態様としたものであるのに対して,
甲1意匠aについては,取付部の外周とリング部の外周とが接するような態様としたものであり,甲1意匠bについては,結合部を確認することができず不明である。
(d)取付部に対するリング部の向きについて,本件登録意匠は,構成部品Aについては,リング部の孔の中心線の方向が,取付部の孔の中心線の方向と直交する向きとし,構成部品Bについては,同2つの方向を概略同方向としつつも,左右方向に少し,上下方向にも少し,傾けたものであるのに対して,甲1意匠aについては,リング部の孔の中心線の方向が,取付部の孔の中心線の方向と概略直交する向きとしつつも,左右方向に少し傾けたものであり,甲1意匠bについては,リング部の孔の中心線の方向が,取付部の孔の中心線の方向と概略同方向としつつも,左右方向に少し傾けたものである。

(2)創作容易性の判断の基礎となる形態が本件登録意匠の出願前に公然知られたものであるか否か
創作容易性の判断の基礎となる形態,つまり,甲1意匠a及びbの形態は,前述したとおり,本件登録意匠の出願前に公然知られたものである。

(3)公然知られた形態をほとんどそのままか,あるいは,当該意匠の属する物品分野においてよく見られる多少の改変やありふれた改変を加えた程度であるか否か
(3-1)本件登録意匠が甲1意匠a及びbの形態をほとんどそのまま用いたものであるか否か
本件登録意匠のように,筒状の取付部と環状のリング部からなり,取付部の側面にリング部を立設させて結合し,リング部の全体形状を,周側面を細幅帯状とする,やや肉厚の略円環状体とした点については,前記「(1-2-1)共通点」において示したとおり,甲1意匠a及びbに見られるものであるが,前記「(1-2-2)相違点」に示したとおり,本件登録意匠と甲1意匠a及びbとは,取付部の全体形状と取付部に対するリング部の具体的な向きが相違していることから,本件登録意匠が甲1意匠a及びbの形態をほとんどそのまま用いたものということはできない。
(3-2)本件登録意匠が甲1意匠a及びbの形態を,当該意匠の属する物品分野においてよく見られる多少の改変やありふれた改変を加えた程度であるか否か
本件登録意匠と甲1意匠a及びbを対比すると,前記「(1-2-2)相違点」に列記したとおり,相違点(a)ないし(d)が存在するから,(i)取付部の全体形状について,略四角筒状体とすること,(ii)リング部の直径の大きさについて,取付部の直径の約3倍のものを約2倍とし,どちらの部品もほぼ同一の大きさとすること,(iii)取付部とリング部との結合部の態様について,リング部の外側が取付部にめり込むような態様とすること,(iv)取付部に対するリング部の向きについて,構成部品Aのリング部については,孔の中心線の方向が,取付部の孔の中心線の方向と直交する向きとすること,構成部品Bのリング部については,同2つの方向を概略同方向としつつも,左右方向に少し,上下方向にも少し,傾けたものにすることが,それぞれ,当該意匠の属する物品分野において,よく見られる多少の改変やありふれた改変を加えた程度といえるか否かについて,以下検討する。
まず,(i)の改変については,取付部の全体形状を略正四角筒状体としたものが,証拠として示されておらず,また,本件登録意匠の取付部の全体形状が略正四角筒状体である点については,被請求人の審判事件答弁書の主張によれば,「円環状部の上下および円周方向の位置を固定するためにその取り付け部を角管とし」(審判事件答弁書第12頁8行ないし9行)たものであるから,当該改変は,よく見られる多少の改変やありふれた改変を加えた程度といえるものではない。
なお,請求人は審判請求書において,箸の断面形状を円形や角形としたものが極普通に存在しており,その箸の断面形状に相応して取付部の形状を変更することは当業者にとって容易である旨主張するが,上述したとおりであるから,この主張は採用することができない。
次に,(ii)の改変については,リング部の直径を薬指の太さに適した大きさとするまでのことであり,また,本件登録意匠のように薬指用のリング部と人差し指用のリング部の大きさを同程度としたものとして甲2意匠があり,一般的に薬指と人差し指の太さが同程度であることを考え合わせれば,当該改変は,ありふれた改変を加えた程度といえるものである。
それから,(iii)の改変については,本件登録意匠のようにリング部の外側が取付部にめり込むような形態が,本件登録意匠の出願前から見られる態様といえる証拠は示されてないから,この改変が,よく見られる多少の改変やありふれた改変を加えた程度といえるものではない。
そして,(iv)の改変については,本件登録意匠の構成部品Aのように,薬指用の部品として,リング部の孔の中心線の方向が,取付部の孔の中心線の方向と直交する向きとした態様は,甲2意匠にも見られるものであるから,構成部品Aのこの点についての改変は,ありふれた改変を加えた程度といえるものであるが,本件登録意匠の構成部品Bのように人差し指用の部品として,リング部の孔の中心線の方向が,取付部の孔の中心線の方向と概略同方向としつつも,左右方向に少し,上下方向にも少し,傾けた態様は,僅かな傾斜角度ではあるとしても,箸の持ち方を矯正するための器具として,これら2つの傾きを有するリング部の証拠は示されておらず,本件登録意匠の出願前から見られる態様とはいえないから,構成部品Bのこの点についての改変は,よく見られる多少の改変やありふれた改変を加えた程度といえるものではない。

(4)当該意匠の属する物品分野においてありふれた手法により,公然知られた形態の全部または一部について単なる組合せや置き換え等がなされたものに過ぎないものであるか否か
本件登録意匠のように,箸の持ち方を矯正するものとして,取付部とリング部からなる2つの部品を一組とし,箸に適宜着脱して使用することができる物品が,本件登録意匠の出願前に公然知られていた証拠は示されていないから,構成部品A及びBからなる本件登録意匠が,当該意匠の属する物品分野においてありふれた手法により,甲1意匠a及びbを単に組合せたものということはできない。

(5)小括
そうすると,本件登録意匠は,構成部品Aについては,取付部の全体形状,取付部とリング部との結合部の態様が,甲1意匠aの形態に当該意匠の属する物品分野においてありふれた改変を加えた程度のものであるとはいえず,構成部品Bについては,取付部の全体形状,取付部とリング部との結合部の態様,取付部に対するリング部の向きが,甲1意匠bの形態に当該意匠の属する物品分野においてありふれた改変を加えた程度のものであるとはいえない。そして,本件登録意匠は,箸の持ち方を矯正する目的で箸に適宜着脱して使用される,一対の構成部品Aと構成部品Bという2つの部品から構成された点に,意匠としての着想の新しさや構成の斬新さが認められるものであって,公然知られた形態の全部または一部について単なる組合せや置き換え等がなされて創作されたものとはいえない。
従って,本件登録意匠は,当業者が公然知られた形状に基づいて容易に創作することができた意匠とは認められないから,意匠法第3条第2項に該当するものではない。

なお,請求人は,本件登録意匠と甲1意匠a及びbを対比した場合の用途や使用態様の相違については,意匠法第3条第2項の該当性に関する本件において,相違点として認定することは不適当である旨主張しているが,前述したように,本件登録意匠が,当該意匠の属する物品分野においてありふれた手法により,公然知られた形態の全部または一部について単なる組合せや置き換え等がなされたものに過ぎないものであるか否かを検討するに当たっては,考慮すべき点となるから,請求人のこの主張は採用することができない。

第6 むすび
以上のとおりであって,請求人の主張する上記無効理由には理由がないので,本件登録意匠の登録は,意匠法第48条第1項によって無効とすることはできない。

審判に関する費用については,意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
別掲
審決日 2017-08-22 
出願番号 意願2010-14238(D2010-14238) 
審決分類 D 1 113・ 121- Y (F1)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐々木 朝康 
特許庁審判長 温品 博康
特許庁審判官 正田 毅
江塚 尚弘
登録日 2011-01-07 
登録番号 意匠登録第1406731号(D1406731) 
代理人 特許業務法人共生国際特許事務所 
代理人 名越 秀夫 
代理人 中所 昌司 

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ