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審決分類 審判    M3
管理番号 1342064 
審判番号 無効2016-880015
総通号数 224 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2018-08-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-06-30 
確定日 2018-07-06 
意匠に係る物品 建築扉用把手 
事件の表示 上記当事者間の意匠登録第1548809号「建築扉用把手」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。
理由 第1 手続の経緯
本件意匠登録第1548809号の意匠(以下「本件登録意匠」という。)は,平成27年(2015年)11月18日に意匠登録出願(意願2015-25835)されたものであって,審査を経て平成28年(2016年)4月1日に意匠権の設定の登録がなされ,同年5月9日に意匠公報が発行され,その後,当審において,概要,以下の手続を経たものである。

・本件審判請求 平成28年 6月30日
・審判事件答弁書提出 平成28年 8月29日
・弁駁書提出 平成28年10月14日
・口頭審理陳述要領書(被請求人)提出 平成28年11月22日
・口頭審理陳述要領書(請求人)提出 平成28年12月 5日
・口頭審理 平成28年12月20日


第2 請求人の申し立て及び理由
請求人は,請求の趣旨を
「登録第1548809号意匠の登録を無効とする。
審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求める。」と申し立て,その理由を,おおむね以下のとおり主張し(「弁駁書」及び「口頭審理陳述要領書」の内容を含む。),その主張事実を立証するため,後記5に掲げた甲第1号証及び甲第2号証を提出した。

1 意匠登録無効の理由の要点
本件登録意匠(意匠登録第1548809号の意匠。別紙第1参照。)は,本件意匠の出願前に公開された甲第1号証に記載された意匠と類似する意匠であり,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものであるので,同法第48条第1項第1号に該当し,無効とされるべきである。

2 本件意匠登録を無効にすべき理由
(1)本件登録意匠の要旨
本件登録意匠は,意匠登録第1548809号の意匠公報に記載のとおり,意匠に係る物品を「建築扉用把手」とするものである。
その形態は,基本的構成態様として,
A:全体的に一定の幅である細長い棒状体である。
B:棒状体の長手方向に沿って一端から他端まで両側面の中央に湾曲した窪みが設けられている。
としたものである。
そして,各部の具体的態様は,
C:一端側又は他端側からみると,両側面の湾曲した窪みを境にして,扉に固定する側において脚が曲線状の略台形状を有しており,使用者が把持する側が細長い円形状を有している。
D:扉に固定する側面が平面状を有しており,その一端側及び他端側において幅方向の中央に固定用の孔が穿設されている。
E:側面側からみると,略台形状の外形を有している。
としたものである。
(2)甲第1号証の意匠の要旨
甲第1号証である意匠第1513616号の意匠公報に記載のとおり,意匠に係る物品を「建物用扉の把手」とするものである。
その形態は,基本的構成態様として,
a:全体的に一定の幅である細長い棒状体である。
b:棒状体の長手方向に沿って一端から他端まで両側面の中央に湾曲した窪みが設けられている。
としたものである。
そして,各部の具体的態様は,
c:一端側又は他端側からみると,両側面の湾曲した窪みを境にして,扉に固定する側において脚が曲線状の略台形状を有しており,使用者が把持する側が細長い円形状を有している。
d:扉に固定する側面が平面状を有しており,その一端側及び他端側において幅方向の中央に固定用の孔が穿設されている。
e:側面側からみると,略平行四辺形状の外形を有している。
としたものである。
(3)先行周辺意匠の摘示
本件登録意匠と甲第1号証の意匠を対比して両意匠の類似を判断するに際し,本件登録意匠の出願時における公知意匠を甲第2号証として提示し,需要者が建築扉用の把手に対して一般的に認識している形状について説明する。
甲第2号証は,株式会社ユニオンが平成26年(2014年)4月に出版し,顧客等に配布しているカタログの一部であり,広く建築扉用として使用され,長さによって分類されているミドル型の把手である。
例えば,側面からみると細長い棒状部材から一端側及び他端側において突設されている部材を備え,その二つの突設された部材によって建築扉に固定される略コの字状又は略Hの字状の形状が示されている。
このため,需要者にとって建築扉用の把手の形状は,建築扉との間に指を差し込める程度の隙間を有している細長い棒状であると認識されている。
(4)本件登録意匠と甲第1号証の意匠との対比
ア 本件登録意匠と甲第1号証の意匠に係る物品の対比
本件登録意匠と甲第1号証の意匠に係る物品は,いずれも建築扉に固設され,その扉を開閉する人が把持する把手であり,目的及び用途が同じであるから,同一である。
イ 本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態の共通点及び差異点の列挙
まず,本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態の共通点は以下のとおりである。
<共通点>
共通点1:全体的に一定の幅である細長い棒状体である点(Aとa)。
共通点2:棒状体の長手方向に沿って一端から他端まで両側面の中央に湾曲した窪みが設けられている点(Bとb)。
共通点3:一端側又は他端側からみると,両側面の湾曲した窪みを境にして,扉に固定する側において脚が曲線状の略台形状を有しており,使用者が把持する側が細長い円形状を有している点(Cとc)。
共通点4:扉に固定する側面が平面状を有しており,その一端側及び他端側において幅方向の中央に固定用の孔が穿設されている点(Dとd)。
そして,本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態の相違点は以下のとおりである。
<相違点>
相違点1:本件登録意匠において,側面側からみると,略台形状の外形を有しているが(E),甲第1号証の意匠において,側面側からみると,略平行四辺形状の外形を有している点(e)。
ウ 本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態の共通点及び相違点の評価
本件登録意匠に係る物品は,上述したように,建築扉用把手であり,建築扉に固定され,その扉を開閉する人が把持する部材であるから,重量のある建築扉を確実に開閉できる必要がある。
そして,需要者である建築業者などは,建築扉の開閉のしやすさなどの機能的な事柄も考慮しながら,形状を重視して把手という商品を選定するのであるから,掴み易さなどが意識されて,実際に使用者が手に触れる部分における形状に高い関心を持って観察する。
ところで,「(3)先行周辺意匠の摘示」において説明したとおり,本件登録意匠の出願前には,需要者にとって建築扉用の把手の形状は,建築扉との間に指を差し込める程度の隙間を有している細長い棒状であると一般的に認識されている。
そうすると,本件登録意匠は,従来の建築扉用の把手に比べると,建築扉との間に隙間を生じさせて棒状の把手を掴み易くするものではなく,細長い棒状の部材の中央に湾曲した窪みなどを設けて掴み易くするものであり,全体的に曲線的な形態を有している。
よって,需要者は,本件登録意匠の形態において,上述した基本的構成態様である「全体的に一定の幅である細長い棒状体である」点(A),「棒状体の長手方向に沿って一端から他端まで両側面の中央に湾曲した窪みが設けられている」点(B)及び具体的態様である「一端側又は他端側からみると,両側面の湾曲した窪みを境にして,扉に固定する側において脚が曲線状の略台形状を有しており,使用者が把持する側が細長い円形状を有している」点(C)を複合的に要部として判断することとなる。
エ 本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態の共通点及び相違点の評価に基づく類否の結論
上述したように,本件登録意匠の形態における要部は,基本的構成態様である「全体的に一定の幅である細長い棒状体である」点(A),「棒状体の長手方向に沿って一端から他端まで両側面の中央に湾曲した窪みが設けられている」点(B)及び具体的態様である「一端側又は他端側からみると,両側面の湾曲した窪みを境にして,扉に固定する側において脚が曲線状の略台形状を有しており,使用者が把持する側が細長い円形状を有している」点(c)からなる部分である。
一方,甲第1号証の意匠の形態において,基本的構成態様である「全体的に一定の幅である細長い棒状体である」点(a),「棒状体の長手方向に沿って一端から他端まで両側面の中央に湾曲した窪みが設けられている」点(b)及び具体的態様である「一端側又は他端側からみると,両側面の湾曲した窪みを境にして,扉に固定する側において脚が曲線状の略台形状を有しており,使用者が把持する側が細長い円形状を有している」点(c)については,「イ 本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態の共通点及び差異点の列挙」において述べたように,それぞれ本件登録意匠の態様と共通している(共通点1?共通点3)。
そのため,これら共通点1?共通点3から生じる美感が相侯って,本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態は,全体的に類似する美感を需要者に起させている。
なお,本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態には,上述した相違点1を有するなどの異なる部分もあるが,本件登録意匠の出願前には,需要者にとって建築扉用の把手の形状は,建築扉との間に指を差し込める程度の隙間を有している細長い棒状であるとの認識であるため,需要者の注意は上述の本件登録意匠の要部に引かれるのであるから,そのような差異点は相対的に意匠の美観に及ぼす寄与も小さい微差にすぎず意匠の類否に影響を及ぼすものではない。
よって,本件登録意匠と甲第1号証の意匠は,それら意匠に係る物品において,建築扉に固設されその扉を開閉する人が把持する把手であり目的及び用途が同じであるから同一であり,それらの意匠に係る形態において相違点も存在するが,需要者が高い関心を持って意識する要部に係る美観が共通するから,全体として類似する美観を生じさせている。
したがって,本件登録意匠と甲第1号証の意匠は類似するものである。
(5)むすび
以上に詳述したとおり,本件登録意匠は,甲第1号証の意匠と類似するものであるから,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものである。
したがって,本件登録意匠は,意匠法第48条第1項第1号により,無効とされるべきである。

3 「弁駁書」における主張
(1)被請求人による相違点の認定が誤りであることについて
ア 被請求人は,請求人が前記2で述べた本件登録意匠の具体的構成要件E「側面側からみると,略台形状の外形を有している」に関して,本件登録意匠の端部は側面視で等脚台形を成し全体のシルエットに影響を及ぼすものであるから,具体的態様ではなく基本的態様に含むべきであると述べる(後記第3の1(2))。
しかしながら,被請求人が主張する所定の角度で傾斜する一端部は,把手全体の長手方向の長さからすると10%程度の割合の部分を占めるにすぎず,より具体的な形態の部分であり,また,基本的構成態様とは意匠を大つかみに把握した態様であることから,被請求人の主張は必要以上に細かく基本的態様を特定しようとするものであり失当である。
また,被請求人の主張は,単に本件登録意匠と甲第1号証の意匠の相違を機として,より詳しく観察した部分である具体的構成態様を殊更誇張しようとするものでもあり失当である。
イ 被請求人は,甲第1号証の意匠に関し,具体的構成態様eにおいて,右端側に湾曲張出し面及び張出し端部を追加すべきであり,具体的構成態様Eと具体的構成態様eに係る相違点1について,より詳述すべきであると述べる(後記第3の1(3)及び(4))。
しかしながら,被請求人の述べるように微細なところまで着目すればそのように詳述できるとしても,どこまで細かく特定するかは程度問題であり,近年では意匠の形態の簡明な表現が求められているところ,請求人の主張は,共通点に関する基本的構成態様A,B及びa,b並びに具体的構成態様C,D及びc,dについて請求人の特定に何ら反論することなくそのまま受け入れながらも,相違点に係る具体的構成態様E,eについては,印象を強くするために必要以上に詳述することにより,他の構成態様とのバランスを著しく逸するものであるから失当である。
ウ 被請求人は,詳述した具体的構成態様E,eとの相違点1に基づく相違点2が存在することを述べる(後記第3の1(5))。
しかしながら,被請求人が主張する相違点2は,被請求人自ら述べるように相違点1に基づくものであるので,構成態様としては具体的構成態様E,eに内包されるものでありその差異は上述したように具体的構成態様E,eをどこまで細かく記載するかという程度問題に起因するものであるから,実質的には相違点1と変わりがなく,敢えて相違点として列挙するほどのものではない。
(2)被請求人による類否判断が失当であることについて
被請求人は,本件登録意匠と甲第1号証の意匠の相違点1について殊更微細に説明を加え,両意匠が類似しないと縷々主張する(後記第3の1(6))。
しかしながら,被請求人は,請求人が提出した甲第2号証に記載の先行意匠の存在を無視し,本件登録意匠と甲第1号証の意匠との共通点については,何らの証拠を示さず単に建築用扉の把手においてありふれた形態であるとして相違点を凌駕するほどの形態上の要素を特徴づけるものとはいえないと結論付け,経験的に類否に決定的な影響を及ぼすと推測する部位を要部と定めてその態様の不一致によって,両意匠が非類似であるとの結論を導き出しているが,その要部の定め方自体が独善的で合理性を欠いている。
なぜならば,本来的に意匠の美感は,個々の意匠に特有のものであるが,看者に常に一致する美感を起こさせるものではないことから,被請求人の主張のように絶対経験的な判断手法を採用すると,究極的に客観的な判断が介在しない主観的な世界となってしまい,その判断の当否を論理的に追及することができなくなってしまうからである。
そのため,意匠の類否については,類否判断の直接の対象である本件登録意匠及び甲第1号証の意匠の2つの意匠ばかりでなく,先行する意匠等を動員して,時間軸に沿ってこれらを体系化して,その体系の中に両意匠を位置づけて共通点と相違点の両意匠に及ぼす影響の度合いを評価し,これらの評価を踏まえて全体として類否の結論を導く必要がある。
本件においては,建築扉との間に指を差し込める程度の隙間を有している細長い棒状として甲第2号証に種々掲載されている建築扉用の把手の形状は,本件登録意匠及び甲第1号証の意匠の出願よりも前に公知となっており,その後に甲第1号証の意匠が出願されて登録となり,さらに後に本件登録意匠が出願されて登録されているという時間的経緯がある。
そうすると,甲第1号証の意匠において,甲第2号証に種々掲載されている意匠とは,使用者が扉を開けるために実際に手で触れ視認する中央付近の持ち手部分が独創的で大きく美観を異にすることから,その持ち手部分が看者の注意に及ぼす影響が大きいことは明らかである。
よって,本件登録意匠は,甲第1号証の意匠と対比したときに,甲第2号証に種々掲載されている意匠等を踏まえると,使用者が扉を開けるために実際に手で触れ視認する,両意匠における占める割合の大きい中央付近の持ち手部分が看者の注意に及ぼす影響が大きいことから,この中央付近の持ち手部分の形態が要部と認められるものである。
このように,一般に相違点が全体のシルエットに影響を及ぼすとしても,常にそのような相違点が看者の注意を惹く要部に該当するとは限らず,対比する二つの意匠だけでなく,それらに先行する意匠も考慮して,総合的に意匠の要部を判断する必要があるところ,本件において具体的構成要件E,eについての両意匠の相違点1は上述したように相対的に意匠の美観に及ぼす寄与も小さく微差にすぎないことは明らかであるから,意匠の美観に影響を及ぼすものではない。
また,両意匠の長手方向が扉の上下となるように縦に取り付けられるところ,看者の注意を惹く部分としては把手の大部分を占める中央部や看者の顔に近い上端部にある鍵穴状の傾斜側面であって,看者の顔から遠い下端部は相対的に注意が低くなるのは明らかである。
したがって,本件登録意匠の形態において,前記2で記載した基本的構成態様である「全体的に一定の幅である細長い棒状体である」点(A),「棒状体の長手方向に沿ってー端から他端まで両側面の中央に湾曲した窪みが設けられている」点(B)および具体的態様である「一端側又は他端側からみると,両側面の湾曲した窪みを境にして,扉に固定する側において脚が曲線状の略台形状を有しており,使用者が把持する側が細長い円形状を有している」点(C)が,需要者の目に付きやすく,機能上中心的な役割を果たす部分として,複合的に要部として判断されるのである。

4 「口頭審理陳述要領書」における主張
(1)基本的構成態様について
請求人が前記2で述べた本件登録意匠の具体的構成要件E「側面側からみると,略台形状の外形を有している」に関して,所定の角度で傾斜する一端部は,被請求人が後記第3の2(1)で述べる本件登録意匠の正面図の外周の数値からすると約8%であり(一の傾斜辺長で14÷169),把手金体の長手方向の長さからすると10%程度の割合の部分を占めるにすぎず,両端部を合わせても16?17%程度であり,相対的に長手方向に比べて影響が小さく一端から他端まで両側面の中央に湾曲した窪みが設けられた長手方向に伸びる細長い棒形状の方がより基本的な部分と言えることから,意匠を大つかみに把握する基本的構成態様とするより具体的構成態様で論じられる要件である。
(2)相違点1及び2について
被請求人は,後記第3の2(3)において,甲第1号証の意匠での具体的構成態様eに関し,さらに右端側に湾曲張出し面及び張出し端部を追加し,具体的構成態様Eと具体的構成態様eに係る相違点1を詳述し,相違点2も含めて形態上の差異とすべきと述べる。
しかしながら,請求人が弁駁書で述べたように,相違点1に関して共通点に関する基本的構成態様A,B及びa,b並びに具体的構成態様C,D及びc,dについて請求人の特定に何ら反論することなくそのまま受け入れながらも,相違点に係る具体的構成態様E,eについては,印象を強くするために必要以上に詳述するものであり,被請求人が主張する相違点2は,相違点1に基づくものであるので,構成態様としては具体的構成態様E,eに内包されるものであり,その差異は上述したように具体的構成態様E,eをどこまで細かく記載するかという程度問題に起因するものであるから,実質的には相違点1と変わりがなく,敢えて相違点として列挙するほどのものではない。
(3)類否判断について
被請求人は,後記第3の2(3)において,本件登録意匠と甲第1号証の意匠の相違点1等について着目し,それら相違点に係る形状をして要部と判断し両意匠が類似しないと主張する。
しかしながら,弁駁書で述べたように,意匠の類否については,類否判断の直接の対象である本件登録意匠及び甲第1号証の意匠の2つの意匠ばかりでなく,先行する意匠等を動員して,時間軸に沿ってこれらを体系化して,その体系の中に両意匠を位置づけて共通点と相違点の両意匠に及ぼす影響の度合いを評価し,これらの評価を踏まえて全体として類否の結論を導く必要があるところ,本件登録意匠において,甲第1号証の意匠と対比したときに,甲第2号証に種々掲載されている意匠等を踏まえると,使用者が扉を開けるために実際に手で触れ視認する,両意匠における占める割合の大きい中央付近の持ち手部分が看者の注意に及ぼす影響が大きいことから,この中央付近の持ち手部分の形態が要部と認められるものである。
また,被請求人が述べるように,甲第1号証の意匠の相違点に係る具体的構成態様eにおいて,「湾曲張出し面」及び「張出し端部」を考慮したとしても,実際に扉に取り付けて使用するときには長手方向の末端に位置する一部分にすぎず,実際に使用者が手で触れ触感としても知覚し把手の大部分を占める中央付近の持ち手部分に比べるとやはり相対的に注意が低くなり,相違点に係る形態は要部たり得ないことは明らかである。
以上より,本件登録意匠の形態において,前記2及び3で記載した基本的構成態様である「全体的に一定の幅である細長い棒状体である」点(A),「棒状体の長手方向に沿ってー端から他端まで両側面の中央に湾曲した窪みが設けられている」点(B)および具体的態様である「一端側又は他端側からみると,両側面の湾曲した窪みを境にして,扉に固定する側において脚が曲線状の略台形状を有しており,使用者が把持する側が細長い円形状を有している」点(C)が,需要者の目に付きやすく,機能上中心的な役割を果たす部分として,複合的に要部として判断されるのである。
したがって,本件登録意匠と甲第1号証の意匠は,それらの形態において相違点も有するが相対的に意匠における注意は低く要部たり得ず,需要者がより高い関心を持って意識する上述した要部に係る美観が共通するから,全体として類似する美観を生じさせている。

5 請求人が提出した証拠
請求人は,以下の甲第1号証及び甲第2号証(全て写しであると認められる。)を,審判請求書の添付書類として提出した。
甲第1号証 意匠登録第1513616号公報
甲第2号証 平成26年(2014年)4月に出版された株式会社ユニオン発行のカタログの一部


第3 被請求人の答弁及び理由の要点
被請求人は,審判事件答弁書を提出し,答弁の趣旨を
「本審判請求は成り立たない,
審判費用は請求人の負担とする,との審決を求める。」と答弁し,その理由を,要旨以下のとおりの主張をした(「口頭審理陳述要領書」の内容を含む。)。

1 答弁の理由
(1)はじめに
以下に説明する通り,請求人の主張は全くの失当であり,本件登録意匠は引用意匠と非類似であるから,意匠法第3条第1項第3号の規定に違反するものではなく,無効とされるべきではない。
(2)前記2「(1)本件登録意匠の要旨」の特定の誤り
審判請求人は,前記2「(1)本件登録意匠の要旨」中,本件登録意匠の形態について以下のように特定している。
「各部の具体的態様は,・・・E:側面側から見ると,略台形状の外形を有している」
しかしながら,本件登録意匠の登録公報の上方斜視図,下方斜視図,正面図,及び背面図のそれぞれに表れるように,本件登録意匠の両側端は,形態上の特徴的な態様からなる部分となっている。すなわち,本件登録意匠は,登録公報の正面図及び背面図において等脚台形形状となるよう,両側端が互いに斜めに向き合った特定の角度の傾斜平面にて,左右対称の山型にカットされている。この態様は,本件登録意匠の全体のシルエットに大きな影響を及ぼす特徴的部分のひとつであり,甲第2号証掲載の各意匠にもこのような左右対称の山型のカットは見られないことからも,両側端は特徴的な態様からなる部分といえる。このため,前記「E:側面側から見ると,略台形状の外形を有している」との特定は,対称な傾斜平面のカット面を有する旨の追加特定を含めた上で,具体的態様ではなく,基本的態様に含むべきである。
(3)前記2「(2)甲第1号証の意匠の要旨」の特定の誤り
審判請求人は,前記2「(2)甲第1号証の意匠の要旨」中,引用意匠の形態について以下のように特定している。
「各部の具体的態様は,・・・e:側面側から見ると,略平行四辺形状の外形を有している」
しかしながら,甲第1号証(引用意匠の登録公報)の斜視図1・2,正面図,背面図,及び平面図のそれぞれに表れるように,引用意匠においては,左側端が傾斜平面でカットされる一方,右側端が,壁面への固定部から斜め外方へ湾曲しながら張り出す(湾曲張出し面を有する)とともに,当該湾曲張出し先の頂部にて楕円柱端状の張出し端部が形成される。この両側端の態様により,側面視にて単なる略平行四辺形ではなく,傾斜四辺形の片側辺に湾曲傾斜線及び部分方形凸部を有して,湾曲線を含む変形五辺形の外形をなす。
この態様は,全体のシルエットに影響を及ぼすものであり,特に右端部の湾曲張出し面及び張出し端部は,直線を基調とした左端部と対照的に,湾曲面とその先側の楕円柱端形状の張出し端部とを基調とした立体曲面的なデザインとなっており,明らかに形態上の特徴部分となっている。よって,前記「e:側面側から見ると,略平行四辺形状の外形を有している」との特定は,右側端の湾曲張出し面及び張出し端部の追加特定とともに,基本的態様に含まれるべきである。
(4)前記2(4)「イ 本件登録意匠と甲第1号証の形態の共通点及び差異点の列挙」の特定の誤り
審判請求人は,前記2「(4)本件登録意匠と甲第1号証の意匠との対比」内の「イ 本件登録意匠と甲第1号証の形態の共通点及び差異点の列挙」中,両意匠の相違点について以下のように特定している。
「相違点1:本件登録意匠において,側面側から見ると,略台形の外形を有しているが(E),甲第1号証の意匠において,側面視から見ると,略平行四辺形状の外形を有している点(e)。」
しかしながら,前記したように,本件登録意匠においては,登録公報の正面図及び背面図において左右対称の等脚台形形状となるよう,両側端が互いに斜めに向き合った特定の傾斜角度の傾斜平面で山型にカットされている。また,引用意匠においては,左側端が傾斜平面でカットされる一方,右側端が,壁面への固定部から斜め外方へ湾曲しながら張り出す湾曲張出し面を有するとともに,当該張出し先の頂部にて楕円柱端形状の張出し端部が形成される。これにより,引用意匠は,側面視にて,単なる略平行四辺形ではなく,略平行四辺形の片側辺に湾曲傾斜線及び部分方形凸部を有した,湾曲線を含む変形五辺形の外形をなす。これらは両意匠の基本的形態の相違点として,左右対称ないし非対称の追加特定とともに,より正確に特定されるべきである。
すなわち,前記2の前記相違点1の特定は下記のように修正されるべきである。
「相違点1:本件登録意匠においては,左右両側端の対称な傾斜平面の山型のカットによって,本件登録意匠の意匠公報の正面視ないし背面視にて略等脚台形の外形を有する一方,甲第1号証の意匠(引用意匠)においては,左右両側端の非対称な端部成形によって,対応する正面視ないし背面視にて略平行四辺形の片側辺に湾曲傾斜線及び部分方形凸部を有した,湾曲線を含む変形五辺形の外形略平行四辺形状の外形を有する。」
(5)前記2(4)「エ 本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態の共通点及び相違点の評価に基づく類否の結論」の主張の誤り
審判請求人は,前記2(4)「エ 本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態の共通点及び相違点の評価に基づく類否の結論」中,両意匠の形態上の共通点及び相違点の結論として以下のように主張している。
「共通点1?共通点3から生じる美観が相侯って,本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態は,全体的に類似する美観を需要者に起させている。なお,本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態には,上述した相違点1を有するなどの異なる部分もあるが,・・・・そのような差異点は相対的に意匠の美観に及ぼす寄与も小さい微差にすぎず意匠の美観に影響を及ぼすものではない。」
しかしながら,前記したように,本件登録意匠及び引用意匠はそれぞれ,各両側端が特徴的な態様からなり,各両側端の態様により,両意匠においては,「相違点1:本件登録意匠においては,左右両側端の対称な傾斜平面の山型のカットによって,本件登録意匠の意匠公報の正面視ないし背面視にて略等脚台形の外形を有する一方,甲第1号証の意匠(引用意匠)においては,左右両側端の非対称な端部成形によって,対応する正面視ないし背面視にて略平行四辺形の片側辺に湾曲傾斜線及び部分方形凸部を有した,湾曲線を含む変形五辺形の外形略平行四辺形状の外形を有している。」という相違点1があらわれる。
さらに上記相違点1に基づき,両意匠においては,「相違点2:本件登録意匠において,本件登録意匠の意匠公報の左右側面視にて,互いに共通する,両側辺に凹部を有した略三角形の傾斜平面からなるカット面を対称に有する一方,甲第1号証の意匠(引用意匠)において,対応する左右側面視のうち一方にのみ,両側辺に凹部を有した略三角形の湾曲張出し面及びその頂部側の楕円柱端状の張出し端部によって,複雑な立体形状の端面を有する。」という相違点2があらわれる。
上記各態様は,本件登録意匠,引用意匠それぞれの全体のシルエットに大きな影響を及ぼす特徴的部分であり,本件物品を壁面に取り付けた状態において,それぞれ,看過できない程の目立つ態様で目立つ位置に表れる。このため,相違点1,2は全体観察において意匠の美観に大きな影響を及ぼす。
一方,両意匠の各共通点は建築用扉の把手という物品の性質,用途,使用態様から,特段の形態上の要素を特徴づけるものとはいいきれない。すなわち,前記2の共通点1及び4における,全体を棒状体にする点,及び扉への固定面を平面にしかつ固定用孔を穿設する点は,この種の建築用扉の把手においてありふれた形態である。また,前記2の共通点2及び3における側面の窪みは,扉の開閉の際に手掛かりとなる要素として当然に採用しえる形態であり,これを設けたことだけをもって看者の注意を惹く形態上の特徴部分とは言いきれない。
よって,前記2の前記主張は誤りであり,下記のように修正されるべきである。『共通点1?共通点3から生じる美観にかかわらず,両意匠の相違点は全体観察において需要者の視覚を通じて起こさせる美観に大きな影響を及ぼすものであり,両意匠の形態は,需要者に混同を生じさせる程度まで共通する美観を有するとは言えない。一方,両意匠の共通点は物品の性質,用途,使用態様等から,看者の注意を強く惹く部分とは言えず,前記相違点を凌駕するほど影響を及ぼすものではない。』
(6)両意匠の類否について
ア 形態上の特徴的部分
本件登録意匠においては,登録公報の正面図及び背面図において左右対称の等脚台形形状となるよう,両側端が互いに斜めに向き合った対称の傾斜平面で山型にカットされ,これによって傾斜平面が両端部で対称に表れる,という形態上の特徴的部分を有する。また,引用意匠においては,左側端が傾斜平面でカットされる一方,右側端が,壁面への固定部から斜め外方へ曲面状に湾曲張出面にて張り出すと共に,当該張出し先の頂部にて円柱の張出し端部が形成され,これによって,一端部の傾斜平面と,他端部の立体的な張出し端の構成面と両端部で非対称に表れる,という形態上の特徴的部分を有する。
イ 両意匠の相違点
上記形態上の特徴的部分に基づき,両意匠は前項の相違点1及び相違点2を有している。
ウ 特徴的部分及び相違点の評価
上記各特徴的部分は,本件登録意匠,引用意匠のそれぞれの全体のシルエットに大きな影響を及ぼすものであり,壁面への取り付け状態において,それぞれ,看過できない程の目立つ態様で目立つ位置に表れる。このため,相違点1,2は全体観察において大きな影響を及ぼす。
特に,引用意匠においては,他方(左側端)の端面のみが先側遠方へ湾曲成形され,当該遠方の頂部で楕円柱軸に垂直な端面を有している。これにより,対応する左右側面視のうち一方にのみ,両側辺に凹部を有した略三角形の湾曲面からなる張出し曲面及びその頂部側の楕円柱端部からなる,複雑な三次元状端面を有している。この点については,甲2号証掲載の各意匠のいずれにも見られず,引用意匠(甲第1号証の意匠)の片側端は特に特徴的な態様からなるといえる。この特徴的な態様は意匠全体の観察においても大きな影響を及ぼすものであり,意匠全体において,アシンメトリー構成によって一端部にのみ曲面デザインが施された,尖鋭的で複雑な印象を与える。
エ 共通点及びその評価
両意匠において,形態上,「平面状の固定面を有した棒状の柱状体からなること」,及び「柱状体の長さ方向全体に亘って,両側部に窪み部を設けたこと」は共通する。
しかしながら,上記両意匠の共通点はいずれも,建築用扉の把手という物品の性質,用途,使用態様から,相違点を凌駕するほど形態上の要素を特徴づけるものとはいえない。すなわち,全体を棒状の柱状体にする点及び扉への固定面を平面とする点は,この種の建築用扉の把手においてありふれた形態である。また,側面に窪み部を設けること自体は,扉の開閉の際に手掛かりとなる要素として採用し得ることであり,看者の注意を惹く形態上の特徴部分とは言いきれない。
オ 総合評価
前記したように,本件意匠は左右の側端面を共通の山形傾斜角でカットし,対称の傾斜平面のカット面を両端に有することを形態上の特徴的部分としている。これに対し,引用意匠(甲第1号証の意匠)は左右の端部を非対称にするとともに,さらに一端にのみ,湾曲張出し面及び張出し端部というデザイン上の特徴を形成している。これは大きなデザイン上の相違であると共に,全体の美観を大きく相違させる看過できない要素である。また,これら特徴的部分に基づいて前記相違点1,2が強調される。
前記相違点1,2は,この種物品の使用状態である,壁面へ縦方向に取り付けた状態において,この種物品の多くの観察角度である,側方ないし斜め方向から見たときの意匠全体のシルエットに大きく影響するものであり,中でも本件登録意匠の左右の各端面は,扉への取り付け状態では使用者の方向を向く傾斜面として目立つ態様で視認され,あるいは引用意匠の張出し部及びその先の楕円柱端は,使用者の方向へ突出する突起部として使用者に強い意識を与えるものである。また相違点1,2は前記したように,看者にそれぞれ特徴的な視覚的印象を与えるものである。
よって,両意匠の相違点による異なる美観は,共通点により起こさせる共通の美感を凌駕するものであるから,本件登録意匠は引用意匠に類似するものとはいえない。

2 「口頭審理陳述要領書」における主張
(1)基本的構成態様の特定について
本件登録意匠の「E:側面視から見ると,・・・略台形状の外形を有している」との特定について,請求人は前記第2の3(1)アにおいて「所定の角度で傾斜する一端部は,把手全体の長手方向の長さからすると10%程度の割合の部分を占めるにすぎず,より具体的な形態の部分であり・・・」と主張する。
しかしながら,上記特定Eは,「対称な傾斜平面のカット面を有する」旨の追加特定を含めた上で,基本的構成態様に含むべきである。物品全体の形態が,「長手方向に沿って窪みが設けられた一定幅の棒状体」としておきながら,請求人の主張するように,物品全体の外形状を除いたり,一定幅の棒状の物品でありながらその両端面を除いて特定したりすることこそ,不自然で恣意的なものと言わざるを得ない。
なお,そもそも請求人の特定する「10%」がどの箇所同士の割合であるのか,及び,なぜこの「10%」の割合をもって具体的な形態の部分でないとするのか,理解困難である。因みに本願の正面図(本件登録意匠の特定における“側面視”の外形を示す図)によると,台形状の外形は図面上,下辺約80mm,上辺約61mm,高さ約9mmであり,台形状の各傾斜辺長は図面上約14mmであるから,本願正面図における外形の周長(80+61+14+14=約169mm)に対する総傾斜辺長(2本で14+14=約28mm)の割合を見たとしても,約16.5%(=28÷169)であり,10%程度とはならない。
(2)相違点1,2について
請求人は前記第2の3(1)イ及びウにおいて,甲第1号証の意匠の具体的構成態様eについての相違点1の主張が失当であり,相違点2が敢えて相違点として列挙する程のものではない,とする。
しかし,甲第1号証の意匠の構成態様eに係る「湾曲張出し面」及び「張出し端部」部分は全体観察において明らかに他の大部分の形態と異なる特徴的な形態要素であり,需要者の注意を惹く部分となっている。このことは,甲第1号証の意匠公報の斜視図1,2,平面図等の各図において,甲第1号証の意匠の形態の外形を見ても明らかである。すなわち,甲第1号証の前記各図においては,物品の形態全体の外形の大部分が直線基調の傾斜線で構成されるのに対し,構成態様eに係る「湾曲張出し面」及び「張出し端部」部分だけが湾曲線をもって部分的に張出し,また,張出した部分だけが他の大部分に見られない垂直線で構成されている。当該部分は,従来のこの種の物品の構成では見られなかった特徴的なデザインであり,他の大部分の形態に対して明らかに需要者の着目を促すような,デザイン上の特徴を取り込んだ箇所となっている。
この甲第1号証の意匠に対して,本件登録意匠は,「湾曲張出し面」及び「張出し端部」の部分を有しておらず,両端部は対称な傾斜平面でカットされている。この点において構成態様が明らかに相違しており,これら態様に関する相違点1,2の存在は,両意匠の形態の対比観察において顕著である。よって,相違点1,2を両意匠の形態上の差異として認定すべきである。
なお,どこまで細かく特定するかは程度問題であるとか,意匠の形態の簡明な表現が求められているとか,他の構成態様とのバランスを逸するとかといった請求人の主張が何を意図するか図りかねるが,両意匠の各部の形態における差異点の認定は意匠の類否判断において客観的になされるべきであり,表現の簡明化の要請やバランス論を理由として簡略化されたり列挙外とされたりする性質のものではない。
(3)類否判断について
上記及び前記1のとおり,本件登録意匠は両側端が方医に斜めに向き合った対象の傾斜平面で山形にカットされ,これによって傾斜平面が両端部で対称に表れる。これに対し,甲1号証の意匠の構成態様eに係る「湾曲張出し面」及び「張出し端部」は,当該箇所は,明らかに目立つ態様で目立つ位置に表れる。これら形態の相違に基づいて,両意匠の相違点1,2(前記1の(6)イ)が認定される。
ここで本物品は建築用扉の把手であることから,本物品は,扉面に縦方向に固定した態様で使用される。また,物品の大きさは扉の開閉の際に,窪みに手を掛けて使用する程度の大きさであり,使用者が棒状体の物品の下端が見えなくなるとか,上端が見えなくなるといった状況は起こることがない程度の長さ,大きさである。このため,取り付け状態における下端部分の形態であっても,本件登録意匠の右側端の傾斜平面,ないし,引用意匠(甲1号証の意匠)の張出し端部及び湾曲張出し面は,看者の注意を惹く部分となっている。
なおこの点について請求人は「看者の顔から遠い下端部は相対的に注意が低くなる」と主張するが(前記第2の3(2)),棒状の把手において上下端のデザインは取り付け状態の扉全体の美観に大きな影響を及ぼすものであり,下端部が扉の使用者の顔から遠いからといって注意が低くなるというものではない。また,この種の把手は病院等の公共機関に設置されることを前提としているところ,子供や車椅子に乗った人は本物品の比較的下部に手を掛けるものであり,傾斜面或いは湾曲張出し面であることも相まって,下端部は上端部以上に全体観察に占める影響が相対的に大きい。
よって,本件登録意匠の右側端の傾斜平面,ないし,引用意匠(甲1号証の意匠)の張出し端部及び湾曲張出し面は,本物品の特性から見て,視覚的印象に大きな影響を及ぼす部分であって,意匠全体の美観に与える影響は大きいと判断される。


第4 口頭審理
当審は,本件審判について,平成28年(2016年)12月20日に口頭審理を行い,審判長は,同日付けで審理を終結した。(平成28年12月20日付け「第1回口頭審理調書」)


第5 当審の判断
1 本件登録意匠
本件登録意匠の意匠に係る物品は「建築扉用把手」であり,本件登録意匠の形態は,その意匠登録出願の願書に記載され,願書に添付した図面代用写真に現されたとおりであり,願書の【意匠の説明】には,「本物品表面は全体が無模様かつ一色である。各図の物品表面に表れる陰影,薄色部,ないし白色部は撮影時の反射によるものであり,物品表面の模様ないし着色ではない。」と記載されている。(別紙第1参照)
本件登録意匠の形態は,以下のとおりである。
ア 全体の構成
全体が,横長の略棒状体であって,底面が平坦面状である。
イ 正面の構成態様
正面から見て左右両端部の上部が内側に傾斜しており,正面の外形状が左右対称の略扁平台形状に表されている。
その傾斜角は約43度であり,扁平率(高さ/底面の幅)は約1/8.5であって,左右の先端部が垂直に表されている。
ウ 側面の構成態様
側面から見て,中間部が凹んでおり,その凹みの左右縁は略凹弧状に表されている。
そして,その凹みより上の形状は略逆放物面状に表され,凹みより下の形状は,下端の垂直面部を含めて略台形状になっている。
エ 底面部の態様
底面部には,左右両端寄りに取付け用の穴部が1つずつ形成されている。

2 無効理由の要点
請求人が主張する本件登録意匠の登録の無効理由は,本件登録意匠が,その意匠登録出願の出願前に,公開された甲第1号証に記載された意匠,すなわち,日本国内又は外国において頒布された刊行物(甲第1号証)に記載された意匠(意匠登録第1513616号の意匠。以下「甲1意匠」という。)に類似するので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同条同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないことから,本件登録意匠の登録が,同法第48条第1項第1号に該当し,同項柱書の規定によって,無効とされるべきであるとするものである。

3 無効理由の判断
本件登録意匠が,甲1意匠と類似する意匠であるか否かについて検討する。
(1)甲1意匠
甲1意匠は,意匠登録第1513616号の意匠であって,甲1意匠が掲載された意匠公報である甲第1号証(別紙第2参照)は,本件登録意匠の出願前である平成26年(2014年)12月15日に発行されており,甲1意匠の意匠に係る物品は,甲第1号証の記載によれば「建築扉用の把手」であり,甲1意匠の形態は,甲第1号証に記載されたとおりである。なお,本件登録意匠の意匠登録出願の願書に添付した図面代用写真の向きに合わせて,甲1意匠の形態を認定する。すなわち,「平面図」を180度回転させた図を「正面図」として認定し,「右側面図」を90度回転させた図を「左側面図」として認定し,他の図もそれに倣って認定する。
甲1意匠の形態は,以下のとおりである。
ア 全体の構成
全体が,横長の略棒状体であって,底面が平坦面状である。
イ 正面の構成態様
正面から見て左右両端部の上部が左側に傾斜しており,正面の外形状が左右非対称の略扁平行四辺形状に表されている。
その傾斜角は約60度であり,扁平率(高さ/最大横幅)は約1/7.2である。
ウ 正面左端部の突出部及びその周囲の態様
正面から見て,左端部上部が略逆コ字状に突出しており,その略逆コ字状突出部の左角部と左端部下部の傾斜部が,左端部中央において弧状に繋がっている。
エ 側面の構成態様
側面から見て,中間部が凹んでおり,その凹みは上部が鋭く屈曲して,下部が緩やかな略S字状に表されている。
そして,その凹みより上の形状は略縦長楕円形状に表され,凹みより下の形状は略半紡錘形状になっている。
さらに,左側面から見た略縦長楕円形状部が,上記認定した突出部の端面に相当し,閉じられた楕円形として表されている。
加えて,下端を除く外周が2重線状になっており,その2重線状部がテーパー状にごく小さく面取りされている。
オ 底面部の態様
底面部には,左右両端寄りに取付け用の穴部が1つずつ形成されている。
(2)本件登録意匠と甲1意匠の対比
本件登録意匠の意匠に係る物品は「建築扉用把手」であり,甲1意匠の意匠に係る物品も「建築扉用の把手」であるから,本件登録意匠と甲1意匠(以下「両意匠」という。)の意匠に係る物品は同一であり,形態については,以下の共通点と差異点が認められる。
ア 共通点
(A)全体の構成についての共通点
全体が,横長の略棒状体であって,底面が平坦面状である。
(B)側面の構成についての共通点
側面から見て,中間部が凹んでいる。
(C)底面部の態様についての共通点
底面部には,左右両端寄りに取付け用の穴部が1つずつ形成されている。
イ 差異点
(a)正面の構成態様についての差異点
本件登録意匠では,左右両端部の上部が内側に傾斜して正面の外形状が左右対称の略扁平台形状に表されているが,甲1意匠では,左右両端部の上部が左側に傾斜して正面の外形状が左右非対称の略扁平行四辺形状に表されている。
その傾斜角について,約43度(本件登録意匠)であるか約60度(甲1意匠)であるかという差異があり,また,扁平率について,約1/8.5(本件登録意匠)であるか約1/7.2(甲1意匠)であるかという差異がある。
(b)突出部及びその周囲の態様についての差異点
甲1意匠では,正面左端部上部が略逆コ字状に突出して,その突出部の左角部と左端部下部の傾斜部が弧状に繋がっているが,本件登録意匠にはそのような突出部はない。
(c)側面の構成態様についての差異点
(c-1)凹みの態様
本件登録意匠では,凹みの左右縁は略凹弧状に表されているが,甲1意匠では,凹みの上部が鋭く屈曲して,下部が緩やかな略S字状に表されており,甲1意匠の凹み部の厚みが本件登録意匠に比べて薄くなっている。
(c-2)凹みの上下の形状
凹みより上の形状について,略逆放物面状(本件登録意匠)であるか略縦長楕円形状(甲1意匠)であるかという差異があり,また,凹みより下の形状について,略台形状(本件登録意匠)であるか略半紡錘形状(甲1意匠)であるかという差異がある。
また,甲1意匠では,左側面から見た略縦長楕円形状部が閉じられた楕円形として表されているが,本件登録意匠では,側面から見た略逆放物面は閉じられていない。
(c-3)テーパー面の有無
甲1意匠では,下端を除く外周が2重線状になってテーパー状にごく小さく面取りされているが,本件登録意匠では,そのようなテーパー面は無い。
(3)両意匠の類否判断
ア 意匠に係る物品
前記認定したとおり,両意匠の意匠に係る物品は同一である。
イ 両意匠の類否判断について
「建築扉用把手」の使用状態においては,底面部が扉に接合されることから,使用者は主として底面部を除いた全体形状について観察することとなり,使用者の身長や状態(非健常者である場合もある)が様々であることを踏まえると,使用者は底面部を除く全方向から見た各部の形状についても詳細に観察するということができる。したがって,両意匠の類否判断においては,使用者を中心とする需要者(流通業者,施工者なども含まれる。)の視点から,底面部を除いた各部の形状を特に評価し,かつそれらを総合して意匠全体として形態を評価する。
ウ 形態の共通点の評価
まず,両意匠の共通点(A)及び共通点(B)で指摘した,全体が略横長棒状体で底面が平坦面状であり,側面から見て中間部が凹んでいる態様は,「建築扉用把手」などの物品分野の意匠において本願の出願前に広く知られている(例えば,参考意匠1:特許庁意匠課公知資料番号第HD15040164号に表された「家具用ハンドル材」の意匠(別紙第3参照)及び参考意匠2:特許庁意匠課公知資料番号第HH14001552号に表された「家具用取手」の意匠(別紙第4参照)。)ことから,需要者が特にその態様に注視するとはいい難い。したがって,共通点(A)及び共通点(B)が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さいといわざるを得ない。
また,底面部の左右両端寄りに取付け用の穴部が1つずつ形成されている共通点については,通常の「建築扉用把手」の使用状態において一般の需要者が底面部を見る機会はなく,また,「建築扉用把手」の底面部に扉への取付け用の穴部を複数設けることはありふれた態様であるといえるので,共通点(C)が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
そうすると,共通点(A)ないし共通点(C)は,いずれも両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これらの共通点があいまった効果を勘案しても共通点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さいというほかない。
エ 形態の差異点の評価
これに対して,両意匠の形態の差異点については,以下のとおり評価され,差異点を総合すると,上記共通点の影響を圧して,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすといわざるを得ない。
まず,差異点(a)で指摘した,正面の外形状が左右対称の略扁平台形状であるか(本件登録意匠),左右非対称の略扁平行四辺形状(甲1意匠)であるかの差異は,需要者が一見して気が付く差異であって,傾斜角の差異とあいまって,異なる美感を需要者に与えることとなるから,差異点(a)が両意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
次に,差異点(b)で指摘した,略逆コ字状突出部及びその周囲の態様についての差異についても,需要者が底面部を除いて両意匠の各部の形状について詳細に観察することを踏まえると,突出部の形状,特に突出部の正面視左角部の出っ張りが,甲1意匠に比して異なる視覚的印象を需要者に与えているというべきであるから,差異点(b)も両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすということができる。
さらに,差異点(c-1)及び差異点(c-2)についても,本件登録意匠の凹みの態様は,上部が鋭く屈曲して下部が緩やかな略S字状に表された甲1意匠の凹みの態様と明らかに異なっており,略逆放物面状である本件登録意匠の上部形状も,略縦長楕円形状である甲1意匠の上部形状とは異なり,特に左側面から見たときには閉じられた領域であるか否かの差異も生じているので,凹み部の厚みの差異とあいまって,需要者が抱く視覚的印象を異ならしめるというべきである。したがって,差異点(c)及び差異点(c-2)が両意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
他方,テーパー面の有無の差異については,テーパー状に角部を面取りすることは広く知られた造形手法であって,かつその面取りされた部分もごく僅かであるから,需要者が甲1意匠のテーパー面に着目することはなく,そもそも本件登録意匠にはそのようなテーパー面が無くむしろありふれた態様であることを踏まえると,テーパー面の有無の差異点(c-3)を本件登録意匠の甲1意匠に対する差異として殊更評価することはできない。したがって,差異点(c-3)が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
そうすると,差異点(a),差異点(b),差異点(c-1)及び差異点(c-2)は,いずれも両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすものであり,差異点(c-3)の影響が小さいものであるとしても,両意匠の差異点を総合すると,両意匠を別異のものと印象付けるものであるから,両意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,両意匠の共通点を凌ぐものであるということができる。
オ 請求人の主張について
請求人は,前記第2の2(4)ウにおいて「本件登録意匠の出願前には,需要者にとって建築扉用の把手の形状は,建築扉との間に指を差し込める程度の隙間を有している細長い棒状であると一般的に認識されている」と指摘した上で,同エにおいて本件登録意匠の形態における要部が「基本的構成態様である『全体的に一定の幅である細長い棒状体である』点(A),『棒状体の長手方向に沿って一端から他端まで両側面の中央に湾曲した窪みが設けられている』点(B)及び具体的態様である『一端側又は他端側からみると,両側面の湾曲した窪みを境にして,扉に固定する側において脚が曲線状の略台形状を有しており,使用者が把持する側が細長い円形状を有している』点(c)からなる部分である」として,「本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形態には,上述した相違点1を有するなどの異なる部分もあるが,本件登録意匠の出願前には,需要者にとって建築扉用の把手の形状は,建築扉との間に指を差し込める程度の隙間を有している細長い棒状であるとの認識であるため,需要者の注意は上述の本件登録意匠の要部に引かれるのであるから,そのような差異点は相対的に意匠の美観に及ぼす寄与も小さい微差にすぎず意匠の類否に影響を及ぼすものではない」と主張する。
しかし,本件登録意匠の出願前,更には甲1意匠の出願前に,両意匠と同様に,側部の中間部が凹んだ態様を有する意匠は,「建築扉用把手」などの物品分野の意匠において広く知られている(例えば,上述の参考意匠1(別紙第3参照)及び参考意匠2(別紙第4参照)。)ことから,「本件登録意匠の出願前には,需要者にとって建築扉用の把手の形状は,建築扉との間に指を差し込める程度の隙間を有している細長い棒状であると一般的に認識されている」との請求人の指摘を首肯することはできず,「需要者にとって建築扉用の把手の形状は,建築扉との間に指を差し込める程度の隙間を有している細長い棒状であるとの認識であるため,需要者の注意は上述の本件登録意匠の要部に引かれる」との請求人の主張を採用することはできない。
また,請求人は,前記第4(3)において「甲第1号証の意匠の相違点に係る具体的構成態様eにおいて,『湾曲張出し面』及び『張出し端部』を考慮したとしても,実際に扉に取り付けて使用するときには長手方向の末端に位置する一部分にすぎず,実際に使用者が手で触れ触感としても知覚し把手の大部分を占める中央付近の持ち手部分に比べるとやはり相対的に注意が低くなり,相違点に係る形態は要部たり得ないことは明らかである」と主張するが,上述したとおり,「建築扉用把手」の意匠に対しては,需要者が底面部を除いて意匠の各部の形状について詳細に観察するといえるから,相違点に係る形態が中央付近の持ち手部分に比べて要部たり得ないとの請求人の主張を採用することはできない。
カ 小括
以上のとおり,両意匠は,意匠に係る物品が共通するが,両意匠の形態においては,共通点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これに対して,両意匠の形態の差異点を総合すると,両意匠の類否判断に及ぼす影響は大きく,共通点が需要者に与える美感を覆して両意匠を別異のものと印象付けるものであるから,本件登録意匠は,引用意匠に類似するということはできない。
すなわち,本件登録意匠は,その意匠登録出願の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物(甲第1号証)に記載された意匠(意匠登録第1513616号の意匠)に類似しないので,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠には該当せず,同条同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとはいえない。
したがって,請求人が主張する本件意匠登録の無効理由には,理由がない。


第6 むすび
以上のとおりであるから,請求人の主張する無効理由によっては,本件登録意匠が意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当して同条同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないとはいえず,本件登録意匠の登録は,同法第48条第1項第1号に該当しないので,無効とすることはできない。

審判に関する費用については,意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
別掲
審決日 2017-01-16 
出願番号 意願2015-25835(D2015-25835) 
審決分類 D 1 113・ 113- Y (M3)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中村 純典 
特許庁審判長 斉藤 孝恵
特許庁審判官 小林 裕和
渡邉 久美
登録日 2016-04-01 
登録番号 意匠登録第1548809号(D1548809) 
代理人 柳舘 隆彦 
代理人 辻本 希世士 
復代理人 井内 龍二 
代理人 丸山 英之 

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