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審決分類 審判    H2
審判    H2
管理番号 1275193 
審判番号 無効2012-880010
総通号数 163 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2013-07-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-07-26 
確定日 2013-05-20 
意匠に係る物品 電線引留具 
事件の表示 上記当事者間の登録第1436978号意匠「電線引留具」の意匠登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 第1 請求人の申し立て及び理由

請求人は、「第1436978号意匠登録を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。との審決を求める。」と申し立て、証拠として甲第1号証ないし第7号証及び参考資料1ないし4を提出し、以下のとおり主張した。(以下、この意匠登録第1436978号の意匠を「本件登録意匠」という。)

1.意匠登録無効の理由の要点

本件登録意匠は、(1)本件意匠の出願前に頒布された意匠登録第1344060号公報に記載された意匠に類似する意匠であり、意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものである、または(2)意匠登録出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国において公然知られた意匠登録第1344060号公報に記載された意匠に基づいて容易に意匠の創作をすることができた意匠であり、意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるので、本件意匠登録は同法第48条第1項第1号に該当し、無効とすべきである。

2.本件意匠登録を無効とすべき理由

(1)本件登録意匠の要旨
本件登録意匠は、意匠登録第1436978号の意匠公報(参考資料1)に記載のとおり、意匠に係る物品を「電線引留具」とし、その形態は、基本的構成態様が、(A)帯状の板で正面視略横長長方形状の枠体を構成している。そして、各部の具体的態様は、(B)左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様を成している。(C)左辺の中間部分には浅い凹みが形成されている。(D)左辺から下辺につながるL字状部分は帯の幅を広げるとともに端部を外側に折り返している。(E)右端近傍にはナットを有するボルトが上下に貫通している。(F)ボルトが下側から挿入され、上側でナットを取り付けられている。(G)正面視左端に平面視コ字状の板体を立設し、コ字を成す両端をさらに外側に略直角に夫々一定長折り返して二重折り返し片を形成している。(H)左辺から下辺につながるL字状部分の手前までのところが段部を形成し、その左辺の外側の上下の段部は角張って形成され、左辺から下辺につながるL字状部分においては肉薄の角部となっている。

(2)先行意匠が存在する事実及び証拠の説明
甲第1号証は、本件登録意匠の出願前、平成20年11月10日に頒布された意匠登録第1344060号公報に記載された「電線引留金具」の意匠であって、その形態は、基本的構成態様が、(A)帯状の板で正面視略横長長方形状の枠体を構成している。そして、各部の具体的態様は、(B)左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様を成している。(C)左辺の中間部分には浅い凹みが形成されている。(D)左辺から下辺につながるL字状部分は帯の幅を広げるとともに端部を外側に折り返している。(E)右端近傍にはナットを有するボルトが上下に貫通している。(F1)ボルトが上側から挿入され、下側でナットを取り付けられている。(G1)正面視左端に平面視コ字状の板体を立設している。(H1)左辺から下辺につながるL字状部分が連続する角部を形成し、左辺から下辺につながるL字状部分においては肉薄の角部となっている。

(3)先行周辺意匠の摘示
(F)ボルトの向きについて、本件登録意匠と同様に、ボルトが下側から挿入され、上側でナットを取り付けられたものは、以下の例が存在し、本件登録意匠の出願前から公然知られている。
イ.登録第1003613号意匠 意匠に係る物品「電線引留金具」(甲第2号証)
(G)二重折り返し片について、本件登録意匠と同様に、正面視左端に平面視コ字状の板体を立設し、コ字を成す両端をさらに外側に略直角に夫々一定長折り返して二重折り返し片を形成したものは、以下の例が存在し、本件登録意匠の出願前から公然知られている。
ロ.北日本工業株式会社の製品カタログ「配電用架線金物」に掲載の「コン柱用中線引留金具」の意匠(甲第3号証)
ハ.登録第1200729号意匠 意匠に係る物品「柱上開閉器用取付金具」(甲第4号証)
ニ.登録第1398981号意匠 意匠に係る物品「仮設用手摺支柱取付け金具」(甲第5号証)
(H)段部について、本件登録意匠と同様に、左辺から下辺につながるL字状部分のところが段部を形成し、その外側の段部が角張って形成されたものは、以下の例が存在し、本件登録意匠の出願前から公然知られている。
ロ.本件登録意匠の出願日前の1994年3月4日に頒布の、北日本工業株式会社の製品カタログ「配電用架線金物」に掲載の「コン柱用中線引留金具」の意匠(甲第3号証)

(4)本件登録意匠と先行意匠との対比
意匠に係る物品は、両意匠ともに「電線引留具」に関するものであり、同一の物品である。
その形態については、以下の共通点と差異点が認められる(参考資料2)。
すなわち、(A)帯状の板で正面視略横長長方形状の枠体を構成した基本的構成態様、および各部の具体的態様につき、(B)左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様を成している、(C)左辺の中間部分には浅い凹みが形成されている、(D)左辺から下辺につながるL字状部分は帯の幅を広げるとともに端部を外側に折り返している、(E)右端近傍にはナットを有するボルトが上下に貫通している点が共通する。
一方、各部の具体的態様につき、(イ)ボルトの向きについて、本件登録意匠は、(F)ボルトが下側から挿入され、上側でナットを取り付けられているのに対して、甲第1号証に記載の意匠は、(F1)ボルトが上側から挿入され、下側でナットを取り付けられている点、(ロ)二重折り返し片について、本件登録意匠は、(G)正面視左端に平面視コ字状の板体を立設し、コ字を成す両端をさらに外側に略直角に夫々一定長折り返して二重折り返し片を形成しているのに対して、甲第1号証に記載の意匠は、(G1)正面視左端に平面視コ字状の板体を立設しているが、二重折り返し片を形成していない点、(ハ)段部について、本件登録意匠は、(H)左辺から下辺につながるL字状部分の手前までのところが段部を形成し、その左辺の外側の上下の段部は角張って形成されているのに対して、甲第1号証に記載の意匠は、(H1)左辺から下辺につながるL字状部分が連続する角部を形成し、その左辺の外側に段部が形成されていない点が相違する。

(5)本件登録意匠と先行意匠との類否
a.両意匠の類否を検討すると、共通する基本的構成態様は、具体的態様の共通点と共に、両意匠の基調を形成しているのに対して、(イ)ボルトの向きの差異点については、甲第2号証に示されるように、自由に変更可能なものであり、(ロ)二重折り返し片の差異点については、甲第3号証、甲第4号証および甲第5号証に示されるように、ありふれた形状であり、(ハ)段部については、甲第3号証に示されるように、左辺から下辺につながるL字状部分のところが段部を形成し、その外側の段部が角張って形成されたものが公知であるから、いずれも類否判断に与える影響は微弱である。
なお、甲第3号証に掲載の「コン柱用中線引留金具」は、甲第6号証「コン柱用中線引留金具組立図」に示すとおり、昭和53年2月24日に作図されたもので、昭和54年3月13日付で納入先の東北電力株式会社から合格通知書を受領し、納入を開始したものであり、本件登録意匠の出願日前から公知であったことは明らかである。
b.甲第1号証の、(B)「左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち平行に伸ばした態様」は、その出願以前にない斬新な部分であり、正面の見易い部分であるから、意匠の類似判断において大きなウエイトを持っている。この「一旦絞り込んだのち平行に伸ばした態様」は、耐張ストラップや高圧耐張がいしを接合する場合の作業性向上を図る機能性を有している。
本件登録意匠は、甲第1号証の特徴である(B)「左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち平行に伸ばした態様」が共通している。
甲第1号証の「電線引留金具」は、意匠登録後、平成21年4月から需用者に納入を開始しており、本件登録意匠の意匠権者が甲第1号証の「電線引留金具」を入手して類似の意匠を設計することは容易であったと考えられる。
c.甲第1号証の、(C)「左辺の中間部分に形成される浅い凹み」は、意匠に係る物品を電柱に固定するための帯状のアームバンドが収まる箇所である。各正面図およびA-A線断面図に示されるように、左辺の上部および下部から中間部分の浅い凹みに移行する箇所の形状は、本件登録意匠と甲第1号証とで、酷似している。
差異点である(ハ)段部については、左辺が二重折り返し片を形成していることにより、L字状部分まで延長した場合に加工が難しくなるため、必然的に左辺の下部を切り欠いた形状にしたものであり、創作性に欠けている。
参考資料3により、本件登録意匠の使用状態を示す斜視図と、甲第1号証の使用状態を示す参考斜視図とを比較すると、使用状態では、(ロ)二重折り返し片および(ハ)段部は電柱付近にあって、アームバンドの陰などになり、見えにくく、注目されにくい部分である。それに対し、(B)左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様は、使用状態でも見易く、注目される部分である。
甲第1号証の登録第1344060号意匠の特徴部分を確認するため、参考資料4により、登録第1344060号意匠をその出願前に公知の登録第1003613号意匠および登録第1397496号意匠(甲第7号証)と比較すると、登録第1397496号意匠は登録第1003613号意匠に対し、(ロ)正面視左端の平面視コ字状の板体が右辺のボルト直近まで伸びている点と、底部および上部に孔を有している点で相違している。左辺の電柱側から離れた部分は使用状態において見えやすく、それらの点が両意匠の共通感を凌駕して、登録第1003613号意匠と登録第1397496号意匠とが別異のものと判断されたと考えられる。また、登録第1003613号意匠と登録第1397496号意匠とは、同一の意匠権者であるから、互いに出所混同を生じるおそれがないとの判断もあったと考えられる。
甲第1号証は、登録第1003613号意匠および登録第1397496号意匠に対し、前述の(B)左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様を成している点、(C)左辺の中間部分には浅い凹みが形成されている点で相違している。特に、(B)一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様は、左辺の電柱側から離れていて使用状態において見えやすく、その点が公知意匠との共通感を凌駕して、別異のものと判断されたと考えられる。
この(B)一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様は、作業性を向上させる機能美により、取引者が従来製品と識別する大きなポイントとして認知され、本件請求人の製品としてブランドイメージが定着している。
従って、(B)一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様を中心として、(C)、(D)(E)の態様が形態全体の基調を形成して本件登録意匠と甲第1号証の意匠とに強い類似の印象を醸成している。
そして、上記(F)と(F1)、(G)と(G1)および(H)と(H1)の差異点を総合しても、両意匠の共通感を凌駕するものではないので、本件登録意匠は、甲第1号証に記載の意匠に類似するものである。
また、甲第1号証に記載の意匠に基づき、(イ)ボルトの向きの差異点について、甲第2号証に示されるように、ボルトの向きを置き換えて構成することは当業者にとってありふれた手法であり、(ロ)二重折り返し片の差異点について、甲第3号証に示される平面視コ字状の板体により、甲第1号証の左辺の板体を置き換えて構成することは当業者にとってありふれた手法であり、(ハ)段部の差異点について、甲第3号証に示される平面視コ字状の板体により、甲第1号証の左辺の板体を置き換えて平面視コ字状の板体を短く構成することは当業者にとってありふれた手法である。
本件登録意匠は、(ハ)段部の箇所が角張った男性的なイメージを持つ点で甲第1号証に記載の意匠とイメージが異なるように見えるが、左辺から下辺につながるL字状部分の角部に、角張った男性的なイメージを持たせる点は、甲第3号証の意匠と共通しており、ありふれた手法の組み合わせにすぎない。このように、本件登録意匠は、意匠登録出願前に当業者が甲第1号証乃至甲第3号証に基づいて創作容易のものである。

(6)むすび
したがって、本件登録意匠は、意匠法第3条第1項第第3号または同第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり、その意匠登録は同法第48条第1項第1号の規定に該当し、無効とすべきである。

3.請求人が提出した証拠

(1)甲第1号証
意匠登録第1344060号公報
(2)甲第2号証
意匠登録第1003613号公報
(3)甲第3号証
製品カタログ「配電用架線金物」
(4)甲第4号証
意匠登録第1200729号公報
(5)甲第5号証
意匠登録第1398981号公報
(6)甲第6号証
「コン柱用中線引留金具組立図」
(7)甲第7号証
意匠登録第1397496号公報
(8)参考資料1
意匠登録第1436978号公報
(9)参考資料2
本件登録意匠と甲第1号証との比較図
(10)参考資料3
本件登録意匠と甲第1号証との使用状態を示す斜視図の比較図
(11)参考資料4
登録第1003613号意匠と登録第1397496号意匠と甲第1号証との比較図

第2 被請求人の答弁及び理由

被請求人は、結論同旨の審決を求める旨答弁し、証拠として乙第1号証及び同第2号証を提出し、以下のとおり主張した。

1.本件登録意匠と甲第1号証の意匠との類否

まず、甲第1号証の意匠は、本件登録意匠の審査の段階での拒絶理由通知書において引用された意匠であり、意見書の主張により、本件登録意匠は引用意匠(甲第1号証の意匠)と類似していないものとして、登録されたものである。
審査での判断と同様に、本件登録意匠と甲第1号証の意匠とは意匠全体として相違するものであり、これら二つの意匠から受ける印象は異なるものである。従って、本件登録意匠は甲第1号証の意匠と類似するものではない。
本件登録意匠と甲第1号証の意匠との相違点の一つは、正面図に示されるように、本願意匠では、左辺は、左辺から下辺につながるL字状部分の手前までのところで二重折り返し片はなくなり、これにより外側に突出した段部を形成し、当該左辺の上下の段部は角張って形成される。そして、当該左辺の下の段部から下は左辺の両端が外側に折り曲げ縁を形成して下辺まで伸び、当該左辺から下辺につながるL字状部分の折り曲げ縁は肉薄となっている。また、当該下辺の両端の折り曲げ縁は、下辺の絞り部で、当該絞り部の傾斜線に合わせた直線的な傾斜線を形成しながら終息している。
これに対して、甲第1号証の意匠には突出した段部などは無く、左辺の両端の外側への折り曲げ縁は上部から下部へ略真っ直ぐに降下し、そのまま回ってアール形状の角部となっている。また、これらの折り曲げ縁は、下辺の絞り部の手前で、角部をアールにして直角に切断され、終息している。
それ故、本件登録意匠では、角張った男性的なイメージを抱かせるものであるが、甲第1号証の意匠の方は穏やかなどちらかと言えば女性的なイメージを受けるものである。
審判請求人は、この左辺の下部の段部は、甲第3号証を挙げて、公知であることを主張しているが、甲第3号証の「コン柱用中線引留金具」は左辺の下端より上部から下辺が斜めに伸びており、また、左辺の上端より下部から上辺が斜めに延びており、本件登録意匠とは全く異なる形状である。これを引用することは意味がない。
また、他の異なる点は、正面図で示される、左辺を形成する帯状の板体であり、本件登録意匠は、平面視コ字状の板体を立設し、コ字を成す両端をさらに外側に略直角に夫々一定長折り返して二重折り返し片を形成している。これは、平面図及び底面図を見れば明らかである。この二重折り返し片は、本件登録意匠の使用状態を示す参考図からも明らかな様に、電柱に本物品の電線引留具の左辺を当接させた際、当該左辺と電柱の側面との接触面を多くして、当該左辺の当接が安定して行われるようにするためのものである。
これに対して、甲第1号証の意匠の、正面図で示される左辺を形成する帯状の板体は、平面視略コ字状で折り返し片を有するものであるが、本件登録意匠の様な二重折り返し片は設けられていない。これは、平面図及び底面図を見れば明らかである。
この二重折り返し片の有無の差と言うのは、平面図、底面図の他、右側面図及び左側面図においても簡単に認識され、当該二重該折り返し片の有無の差から来る意匠の相違は容易に確認される。
審判請求人は、これらの相違は、使用状態では電柱付近にあって、アームバンドの陰となり、見えにくく、注目されにくい部分であると主張している。しかしながら、意匠の審美性の効果が発揮されるのは、主に、物品の購買時であり。当該「電線引留具」を購入する際には、アームバンドは二重折り返し片や段部に掛かっていない。
また、審判請求人は、この二重折り返し片の点も、甲第3号証乃至甲第5号証に示されるようにありふれた形状である、と主張し、本件登録意匠の部分部分を捉えて、ありふれている形状だとか公知形状であるとか主張しているが、本件登録意匠でも、甲第1号証の意匠でも、これらの部分部分を組み合わせて一つの物品に仕上げたもので、物品全体として創作性のある新規な形状である。
また、他の相違点として、正面視右辺近くのボルトナットの位置が上下逆になっている点を無視するのは妥当でない。両意匠を見比べた際、ボルトの向きが、上下逆になっており、一方はボルトの端部が上辺から真上に突出しており、他方は、ボルトの端部が上辺から突出しておらず、下辺から真下突出している点は、看者に大きな相違を印象付けている。
また、他の相違点として、本件登録意匠では、左側面図を見ると、上辺の端部が折り曲げ舌片となっている。一方、甲第1号証の意匠では、同じく左側面図を見ると、上辺の端部は、折り曲がっておらず、水平となっている。さらに、本件登録意匠では、A-A線断面図(縦断面図)を見ると、上辺と右辺とは、上辺の折り曲げ片の内側に右辺の上端を当て、その上、上記折り曲げ片の角部に設けた孔に、右辺の上端突出片が差し込まれており、上辺と右辺とが横ずれしないように構成している。この点、甲第1号証の意匠は、右辺と下辺とは、下辺の折り曲げ片の内側に当てているだけで、相互に嵌合していない。
この様に、本件登録意匠と甲第1号証の意匠との間には、これらの意匠から受ける印象を異ならせる大きな相違点がある。
また、審判請求人は、本件登録意匠と甲第1号証は、帯状の板で正面視略横長長方形状の枠体の上下の辺を、左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様が共通している、と主張しているが、この様に、平行した二枚の板片を一旦絞り込んで、再び平行に伸ばした架空配線金物は、乙第1号証及び乙第2号証にもあるように、従来から見受けられるものである。従って、審判請求人のように考えれば、創作性は無い。
また、審判請求人は、両意匠とも帯状の板で正面視略横長長方形状の枠体の左辺の中間部には、浅い凹みが形成されている点を共通点としている、と主張している。しかし、この左辺の浅い凹みは意匠全体としてみた場合に、物品の外形の内側に形成されているため、看者に左程印象付けるものではなく、特徴点とは言い難い。
この様に、本件登録意匠は、甲第1号証の意匠とは、上述の如く、正面視において、左辺の上下端部が角部を有する点、また、当該左辺が二重の折り返し片である点、右辺近くのボルトの上下の向きが異なる点、上辺の左端の直角に下向きに折り曲げられた舌片の有無の点などの相違点があり、これらの相違により、前記両者の共通点をもってしても、全体として、異なる印象を与える意匠であり、甲第1号証の意匠とは類似しないものである。

2.本件登録意匠の創作性

また、審判請求人は、(イ)ボルトの向きの差異点、(ロ)二重折り返しの差異点、(ハ)段部の差異点についてそれぞれ、当業者にとってありふれた手法であり、本件登録意匠は、甲第1号証乃至甲第3号証に基づいて創作容易のものである、と主張している。
しかしながら、上述したように、本件登録意匠は、これらの部分部分を組み合わせて一つの物品に仕上げたもので、物品全体として創作性のある意匠である。故に、本件登録意匠は創作性を有するものである。

3.むすび

この様に、本件登録意匠は、甲第1号証の意匠とは類似するものではなく、意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠には該当しないものと思われる。また、本件登録意匠は、甲第1号証乃至甲第3号証の意匠から容易に創作できたものではなく、意匠法第3条第2項の規定に該当するものとは思われない。
従って、前記答弁の趣旨通りの審決を求める。

4.被請求人が提出した証拠

被請求人は、「帯状の板で正面視略横長長方形状の枠体の上下の平行する辺が、一旦絞り込まれて、再び平行となる構成が、周知形状である点を立証する」ための証拠として、以下を提出した。
(1)乙第1号証
意匠登録第1154631号公報
(2)乙第2号証
「架線工事施工基準解説書」、昭和53年6月30日第1版3刷発行、社団法人送電線建設技術研究会発行、株式会社電気書院発売

第3 請求人の弁駁及び理由

請求人は、被請求人が提出した答弁書に対して弁駁書を提出し、証拠として甲第8号証ないし第10号証及び参考資料5を提出し、以下のとおり主張した。

1.答弁書の理由1(本件登録意匠と甲第1号証の意匠との類否)について

(1)(a)被請求人は、本件登録意匠では、正面図の左辺の上下の段部が角張って形成され、左辺の下の段部から下は左辺の両端が外側に折り曲げ縁を形成して下辺まで伸び、左辺から下辺につながるL字状部分の折り曲げ縁は肉薄となり、下辺の両端の折り曲げ縁は絞り部の傾斜線に合わせた直線的な傾斜線を形成しながら終息しているのに対し、甲第1号証の意匠には突出した段部がなく、左辺の両端の外側への折り曲げ縁は上部から下部へ略真っ直ぐに降下してアール形状の角部となっており、折り曲げ縁は、下辺の絞り部の手前で、角部をアールにして直角に切断され、終息している、と主張する。
(b)しかしながら、左辺から下辺につながるL字状部分の折り曲げ縁は連続して形成されて左辺の外側に段部が形成されていないのが自然であるところ、本件登録意匠で段部を形成しているのは、左辺が二重折り返し片を形成していることにより、L字状部分まで延長した場合に加工が難しくなるため、必然的に左辺の下部を切り欠いた形状にしたものであって、創作性に欠けるものである。その点については、審判請求書において主張しているが、被請求人からの反論もない。
また、被請求人は、本件登録意匠のこの段部について、角張った男性的なイメージを抱かせるものである、とし、甲第3号証の「コン柱用中線引留金具」については本件登録意匠とは全く異なる形状で、引用することは意味がない、と主張する。
しかしながら、角張った点を男性的なイメージとするならば、甲第3号証の「コン柱用中線引留金具]の対応箇所の角部は角張っており、男性的なイメージの点で共通している。甲第3号証の「コン柱用中線引留金具」は、本件登録意匠と同一物品であり、枠体の正面右辺部分をボルトが貫通する態様も共通していることから、その手法を取り入れることは容易であり、本件登録意匠の左辺側を角張らせて男性的なイメージとすることはありふれた手法である。
但し、本件登録意匠の「使用状態を示す参考図」に示されるとおり、その段部は電柱付近にあって、アームバンドの陰などになり、見えにくく、注目されにくい部分であり、類否判断への影響は小さい。それに対し、被請求人は、「意匠の審美性の効果が発揮されるのは、主に、物品の購買時であり。当該「電線引留具」を購入する際には、アームバンドは二重折り返し片や段部に掛かっていない。」と主張する。
しかしながら、本物品である「電線引留具」は、インフラ用資材という性格上、使用状態における外観が非常に重視されるものであって、巡視時や施工時に見た印象で製品を選択するのが一般的である。このため、見えにくい段部は印象に残らず、甲第1号証と共通する、左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様が需要者の印象に強く残ることとなる。

(2)(a)被請求人は、本件登録意匠では、平面視コ字状の板体を立設し、コ字を成す両端をさらに外側に略直角に夫々一定長折り返して二重折り返し片を形成しているのに対し、甲第1号証の意匠には二重折り返し片は設けられていない、と主張する。
(b)しかしながら、コ字を成す両端を二重折り返し片としたものは甲第3号証乃至甲第5号証に示すように、本件登録意匠の出願前から公然知られている。この二重折り返し片について、被請求人は、「電柱に本物品の電線引留具の左辺を当接させた際、当該左辺と電柱の側面との接触面を多くして、当該左辺の当接が安定して行われるようにするためのものである。」と主張するが、電柱は緩やかな円錐形状であるため、参考資料5に示すように、二重折り返し片を設けても電柱との接触面を多くすることはできない。このため、二重折り返し片は看者にとって注意を引かれる形状ではない。さらに、前述の(1)(a)の段部と同様に、電柱付近にあって、アームバンドの陰などになり、見えにくく、注目されにくい部分である。このため、二重折り返し片は、類否判断にほとんど影響を与えない。

(3)(a)被請求人は、本件登録意匠では、正面視右辺近くのボルトナットの位置が上下逆になっており、一方はボルトの端部が上辺から上に突出しており、他方はボルトの端部が上辺から突出せずに下辺から真下突出している、と主張する。
(b)しかしながら、ボルトの向きの差異点については、甲第2号証に示されるように、自由に変更可能である。そして、実際の取付け作業では、取付け後にナットが外れた場合でもボルト本体が落下することを防ぐ目的に上側からボルトを差し込んで使用されている。更に、実際の施工は長尺の工具を用いた取り付けが主流であり、この工具では上側からのナット取り付けが出来ないため、上側からボルトを差し込むようにしている。このため、ボルトの向きは、類否判断にほとんど影響を与えない。

(4)(a)被請求人は、本件登録意匠では、左側面図で上辺の端部が折り曲げ舌片となっており、また、A-A線断面図で、上辺の折り曲げ片の内側に右辺の上端を当て、折り曲げ片の角部に設けた孔に右辺の上端突出部が差し込まれて、上辺と右辺とが横ずれしないように構成しているのに対し、甲第1号証の意匠では、上辺の端部は折り曲がっておらず、水平となっていて、右辺と下辺とは相互に嵌合していない、と主張する。
(b)しかしながら、端部を折り曲げ舌片とした形状は、甲第2号証および甲第3号証の「コン柱用中線引留金具」でも同様に見られる形状である。なお、使用状態では、本件登録意匠の折り曲げ舌片は電柱の陰になり、全く見えない状態となるため、類否判断にほとんど影響を与えない。
また、上端突出部を差し込んで横ずれを防ぐ形状は、甲第8号証の形状と同様の形状である。甲第8号証は、本件登録意匠の出願日前の2005年10月20日に頒布の、北日本工業株式会社の製品カタログ「配電用架線金物」に掲載の「コン柱用中線引留金具」(甲第3号証に記載の「コン柱用中線引留金具」の改良型)の意匠であり、甲第9号証「コン柱用中線引留金具」に示すとおり、平成14年7月1日に作図されたもので、平成14年10月に納入先の東北電力株式会社から型式承認を受け、納入を開始したものである。従って、上端突出部を差し込んで横ずれを防ぐ形状が本件登録意匠の出願日前から公知であったことも明らかである。
このように、端部を折り曲げ舌片とした形状も、上端突出部を差し込んで横ずれを防ぐ形状もありふれた形状であって、類否判断にほとんど影響を与えない。

(5)(a)被請求人は、本件登録意匠と甲第1号証の意匠との共通点に関して、帯状の板で正面略横長長方形状の枠体の上下の辺を、左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様について、乙第1号証および乙第2号証を引用して、従来から見受けられるもので創作性がない、と主張する。
(b)しかしながら、乙第1号証の「電柱用電気ケーブル引留金具」および乙第2号証の「フリーセンタ型懸垂クランプ」は、ボルト側の、幅が絞り込まれた側が電柱側に取り付けられ、幅の広い側が電線側に配置されており(乙第1号証の使用状態を示す参考図および甲第10号証)、甲第1号証の「電線引留金具」が、電柱側が幅広で電線側の幅が絞り込まれているのと逆の態様となっている。また、乙第1号証の「電柱用電気ケーブル引留金具」は、碍子を2枚のストラップ部により挟む態様であり、乙第2号証の「フリーセンタ型懸垂クランプ」は、2枚のストラップ部の間に電線を通して吊る態様であり、いずれも甲第1号証の「電線引留金具」とは全体の態様が大きくことなっている。このように、正面略横長長方形状の枠体の上下の辺を電柱側とし、左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした先を電線側とした態様は、甲第1号証の「電線引留金具」に特微的な態様であって、従来全く見られない態様である。
「一旦絞り込んだのち平行に伸ばした態様」により、枠体の正面右辺部分に上下から挟み取付ける耐張ストラップを完全に一体化することができるため、耐張ストラップに高圧耐張がいしを接合する場合の作業性向上を図る機能美を有する。この態様は、審判請求人の甲第1号証の「電線引留金具」の特徴を表すものとして取引者に広く認知されている。

(6)(a)被請求人は、帯状の板で正面略横長長方形状の枠体の左辺の中間部に浅い凹みが形成されている共通点について、浅い凹みは物品の外形の内側に形成されているため、看者に印象付けるものではなく、特徴点とは言い難い、と主張する。
(b)しかしながら、この浅い凹みは、アームバンドを収まりやすくするための態様で、甲第2号証および甲第7号証のように、枠体の左辺に2本の突条を設けた態様にして同様の機能を持たせることも可能である(参考資料4のA-A’断面図およびB-B’断面図)。それにもかかわらず、本件登録意匠で浅い凹みとしてあるのは、意図的に甲第1号証の意匠と類似する意匠にしたものと考えられる。

(7)「電線引留金具」の意匠は、甲第3号証に示される、枠体の左辺から傾斜させて絞り込んだのち平行に伸ばした態様から、甲第2号証に示される略横長長方形状の枠体の態様が現れ、次に、甲第1号証に示される、正面略横長長方形状の枠体の上下の辺を、左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様が現れており、枠体の正面の形態が各製造会社の製品の特徴を表している。本件登録意匠は、甲第1号証の特徴的な形態をそのまま採り入れたうえで、見えにくく、注目されにくい部分に他の製品のありふれた部分を組み込んだ態様である。
請求人の「電線引留金具」と被請求人の「電線引留具」を使用するのは、国内の全電力会社の中で東北電力株式会社だけであり、被請求人が同社の採用に至ったのは、請求人が納入を開始してから、二年後であることからも既納入メーカーの現物を見た上で、本件登録意匠を作り上げたものと考えられ
る。
「電線引留金具」を使用する施工業者は、日々、数百点の資材を扱って工事を行っており、甲第2号証および甲第7号証に示される「略横長長方形状の枠体の態様のもの」はその意匠権者の製品として、「左側から全幅の半分程度の部分で一旦絞り込んだのち再び平行に伸ばした態様のもの」は審判請求人の製品として広く認識されている。そのような取引状況において、本件登録意匠の製品は審判請求人の製品と出所混同を生じることとなり、審判請求人の損害は甚大なものとなる。
以上のとおり、被請求人の主張は当を得たものではなく、前述の差異点を総合しても、両意匠の共通感を凌駕するものではないので、本件登録意匠は、甲第1号証に記載の意匠に類似するものである。

2.答弁書の理由2(本件登録意匠の創作性)について

本件登録意匠は、甲第1号証に記載の意匠に甲第2号証乃至甲第8号証に示されるようなありふれた手法を組み合わせたものにすぎない。従って、本件登録意匠は、意匠登録出願前に当業者が甲第1号証乃至甲第8号証に基づいて創作容易のものである。

3.請求人が提出した証拠

(1)甲第8号証
製品カタログ「配電用架線金物」(2005年10月20日発行)]
(2)甲第9号証
「コン柱用中線引留金具」図面
(3)甲第10号証
(4)参考資料5
本件登録意匠二重折り返し片の設置比較図

第4 当審の判断

1.本件登録意匠

本件登録意匠は、平成23年(2011年)1月26日に出願され(意願2011-1496号)、平成24年(2012年)2月24日に意匠権の設定の登録がなされた意匠登録第1436978号の意匠であって、意匠に係る物品を「電線引留具」とし、その形態を願書添付図面に記載されたとおりとしたものである。(別紙第1参照)
すなわち、その形態は、
(A)全体は、略帯状の板体からなる上下2つの部材を嵌合固定してなる、正面視横長略長方形状の枠体であり、
(B)枠体の上辺及び下辺は、左方部分及び右方部分を上下平行、左右幅の略中央部分を左方から右方にかけて斜状に絞った態様とし、
(C)枠体の左辺内側の上下方向略中間部分に、倒偏平台形状の浅い凹部を設け、
(D)枠体の左辺全体及び下辺の略左半分に係る部位は、端縁を外側方向に90度折り曲げることで、正面視幅が他の部位よりも広い略L字状の太幅部とし、
(E)枠体の右辺近傍には、上下辺を貫通固定するナット付きボルトを設け、
(F)該ボルトは、下辺側から上向きに挿入したものを、上辺側でナット固定し、
(G)枠体の左辺には、板状体の両端縁を外側方向に90度折り曲げて平面視略コ字状としたものを、正背面方向にさらに90度折り曲げることで、ジグザグ状の二重折り曲げ片を形成し、
(H)枠体の左辺から下辺にかけての略L字状太幅部は、正面視の幅を下辺部分よりも左辺部分を更に太幅として、両辺の幅を不連続的に接続することで、その接続角部に直角状の段部を設けると共に、下辺部分の右方端は、中央部の傾斜と連続する斜状の態様としている。

2.請求人が主張する無効の理由及び引用意匠

請求人が、意匠法第48条第1項第1号の規定に基づき本件登録意匠について主張する意匠登録無効の理由は、本件登録意匠が、
(1)意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠、すなわち、意匠登録出願前に頒布された刊行物に記載された意匠に類似する意匠であるため、意匠登録を受けることができない(以下、「無効理由1」という。)、又は、
(2)意匠法第3条第2項に規定する意匠、すなわち、意匠登録出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において公然知られた意匠に基づいて容易に創作をすることができた意匠であるため、意匠登録を受けることができない(以下、「無効理由2」という。)、
というものであり、上記無効理由1及び2の根拠として請求人が引用した意匠は、いずれも、本件登録意匠に係る出願前、平成20年(2008年)11月10日に頒布された、日本国特許庁発行の意匠公報に記載された意匠登録第1344060号の意匠(以下、「引用意匠」という。)であって、意匠に係る物品を「電線引留金具」とし、その形態を同公報に記載されたとおりとしたものである。(別紙第2参照)
すなわち、その形態は、
(A)全体は、略帯状の板体からなる上下2つの部材を嵌合固定してなる、正面視横長略長方形状の枠体であり、
(B)枠体の上辺及び下辺は、左方部分及び右方部分を上下平行、左右幅の略中央部分を左方から右方にかけて斜状に絞った態様とし、
(C)枠体の左辺内側の上下方向略中間部分に、倒偏平台形状の浅い凹部を設け、
(D)枠体の左辺全体及び下辺の略左半分に係る部位は、端縁を外側方向に90度折り曲げることで、正面視幅が他の部位よりも広い略L字状の太幅部とし、
(E)枠体の右辺近傍には、上下辺を貫通固定するナット付きボルトを設け、
(F’)該ボルトは、上辺側から下向きに挿入したものを、下辺側でナット固定し、
(H’)枠体の左辺から下辺にかけての略L字状太幅部は、下辺部分及び左辺部分の正面視の幅をほぼ等幅として、角部を連続する円弧状に接続すると共に、下辺部分の右方端は、斜状部分の手前に、垂直状の態様で設けている。

3.無効理由1(本件登録意匠と引用意匠の類否)について

(1)両意匠の対比

(a)意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は「電線引留具」、引用意匠の意匠に係る物品は「電線引留金具」であり、両意匠の意匠に係る物品は一致する。

(b)形態
本件登録意匠と引用意匠の形態を対比すると、両意匠の形態には、主として以下のとおりの共通点及び相違点が認められる。
まず、共通点として、
(A)全体は、略帯状の板体からなる上下2つの部材を嵌合固定してなる、正面視横長略長方形状の枠体であり、
(B)枠体の上辺及び下辺は、左方部分及び右方部分を上下平行、左右幅の略中央部分を左方から右方にかけて斜状に絞った態様とした点、
(C)枠体の左辺内側の上下方向略中間部分に、倒偏平台形状の浅い凹部を設けた点、
(D)枠体の左辺全体及び下辺の略左半分に係る部位は、端縁を外側方向に90度折り曲げることで、正面視幅が他の部位よりも広い略L字状の太幅部とした点、
(E)枠体の右辺近傍には、上下辺を貫通固定するナット付きボルトを設けた点、がある。
一方、相違点として、
(ア)略L字状太幅部の正面視の態様について、本件登録意匠は、同部左辺部分の幅を下辺部分よりも太幅として角部に直角状の段部を設けて接続し、同部下辺部分の右方端は下辺中央部の傾斜と直線的に連続する斜状の態様としているのに対して、引用意匠は、同部下辺部分と左辺部分の幅をほぼ等幅として角部を円弧状に接続し、同部下辺部分の右方端は下辺中央部の傾斜の手前で垂直状の態様としている点、
(イ)左辺端縁の折り曲げ片の態様について、本件登録意匠は、板状体の両端縁を外側方向に90度折り曲げて平面視略コ字状としたものを、正背面方向にさらに90度折り曲げることで、ジグザグ状の二重折り曲げ片を形成しているのに対して、引用意匠は、板状体の両端縁を外側方向に90度折り曲げて平面視略コ字状とした鍔状の折り曲げ片のみであり、ジグザグ状の二重折り曲げ片は形成していない点、
(ウ)ボルトの取付け方向について、本件登録意匠は、下辺側から上向きに挿入したものを、上辺側でナット固定しているのに対して、引用意匠は、上辺側から下向きに挿入したものを、下辺側でナット固定している点、
(エ)左辺と上辺との接続部の態様について、本件登録意匠は、上辺を左方端で90度下方に屈曲した態様の舌片を、左辺上端の凹欠部に嵌合させているのに対して、引用意匠は、上辺を左方に延設した態様の舌片を、左辺上端の凹欠部に嵌合させている点、
(オ)右辺と上下辺との接続部の態様について、本件登録意匠は、右辺と下辺が一体的に形成されており、右辺上端部で上辺と爪係合させて接続しているのに対して、引用意匠は、右辺と上辺が一体的に形成されており、右辺下端部で下辺と単純当接させて接続している点、がある。

(2)類否判断
以上に見た共通点及び相違点が両意匠の類否判断に及ぼす影響を評価、総合して、両意匠の意匠全体としての類否を判断する。
両意匠は、意匠に係る物品が一致し、形態の類否に係る評価については、以下のとおりである。

(a)共通点の評価
前記認定した両意匠の共通点の内、共通点(A)、同(D)及び同(E)、すなわち、略帯状の板体からなる正面視横長略長方形状の枠体を全体の基本形状とし、その左辺全体及び下辺の略左半分に係る部位を折り曲げ片による略L字状の太幅部とし、枠体の右辺近傍に上下辺を貫通固定するナット付きボルトを設けた点は、例えば、意匠登録第1003613号(甲第2号証(別紙第3参照))及び意匠登録第1397496号(甲第7号証(別紙第4参照))の意匠に見られるとおり、この種物品の基本骨格ともいえるものであるから、このような概括的な共通点をもって、両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすということはできない。
次に、共通点(B)、すなわち、枠体の上辺及び下辺は、左方部分及び右方部分を上下平行、左右幅の略中央部分を左方から右方にかけて斜状に絞った態様とした点について、請求人は、それが「その出願以前にない斬新な部分であり、正面の見易い部分であるから、意匠の類似判断において大きなウエイトを持」つ旨主張するので、この点について検討する。
電線引留具の意匠においては、上記意匠登録第1003613号(甲第2号証)及び意匠登録第1397496号(甲第7号証)の意匠に見られるように、枠体の上下辺全体を水平かつ平行とするものがある一方、甲第3号証として請求人が提出した製品カタログ「配電用架線金物」所載の「コン柱用中線引留金具」の意匠(以下、「甲第3号証意匠」という。(別紙第5参照))のように、電線、より詳しくは、電線に接続された耐張碍子や耐張ストラップを電柱に安定的に固定するために、電柱側の縦幅を広く、電線側の縦幅を狭く取り、その間を上下対称の斜状に構成する例が、本件登録意匠の出願前から公然知られている。本件登録意匠と引用意匠は、上辺及び下辺の電柱側にも水平の平行部分が設けられている点で甲第3号証意匠とは異なっているものの、電柱側の上下辺を平行とする態様は、上記登録意匠にも見られるように、電線引留具としてはごく普通の態様である。そうすると、斜状部分の電柱側開始位置が甲第3号証意匠と比較して新規な点であるとしても、それは中間部分を上下対称の斜状に構成するという大きな共通構成の中で行われたものであることに変わりはなく、むしろ甲第3号証意匠と両意匠は、上下辺に対称の斜状部分を構成して縦幅を絞りつつ、右辺(電線)側の水平部分にボルトを貫通固定している点において、看者に近似した視覚的印象すら与えるものでもあるから、それが見えやすい部位であるとしても、そのような既知の造形手法に基づく共通点が両意匠全体の類否判断に及ぼす影響は、限定的なものにとどまるものといわざるを得ない。
(ところで、甲第3号証として請求人が提出した製品カタログ「配電用架線金物」の公知日について、請求人は「本件登録意匠の出願日前の1994年3月4日に頒布」と主張するところであるが、同書証第4頁「MEMO」欄右下の「’94.03-4」の記載からは、具体的な月日までは必ずしも明確とはいえない。当審においては、同記載から、少なくとも1994年(平成6年)中には同カタログが頒布されていたものと推認する。なお、この公知日の点については、被請求人も争っていない。)
また、共通点(C)にいう、枠体左辺の内側に倒偏平台形状の浅い凹部を設けた点について、同部の形態は、ベルト状固定具のための案内用凹陥としてはごく一般的な形態であり、上記甲第3号証意匠に見られるように、電線引留金具の同部形態としても、引用意匠の意匠登録出願前から既に公然知られた態様であるため、引用意匠及び本件登録意匠のみに特有の特徴とはいえず、また、同部は、凹陥の程度がごく浅く、使用時には固定用のアームバンドに隠れる部位であることから、該部の形態が、アームバンドの位置ずれ防止という機能を超えて、ことさら看者の注意を惹くとはいえない。よって、この共通点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱である。

(b)相違点の評価
一方、両意匠の具体的な構成態様に係る相違点について見ると、相違点(ア)にいう正面視略L字状太幅部の態様について、この部位は、意匠に係る物品の強度と密接な関係があり、また、この物品の使用時及び取引時のいずれにおいても他部材によって隠されることのない部分であるため、需要者の注意を惹きやすい部分である。そのような部位において、本件登録意匠が、同部左辺部分の幅を下辺部分よりも太幅として角部に直角状の段部を設けて接続し、同部下辺部分の右方端を下辺中央部の傾斜と直線的に連続する斜状の態様として構成した点は、引用意匠に見られる等幅円弧状の接続部及び垂直状の右方端形状とは大きく異なって、造形面で新規かつ独特の特徴を構成しており、需要者の注意を惹きやすいものであるから、この相違点は、両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすといえる。
また、相違点(イ)にいう左辺端縁の折り曲げ片の態様について、本件登録意匠が同部に二重の折り返し片を設けた点は、特に、使用時(設置時)における側面視の形状(面積)に大きな違いを与えるものであり、電柱との当接を安定化させる機能の面においても、需要者が着目しやすい点といえる。この二重折り返し片について、請求人は、「二重折り返し片を設けても電柱との接触面を多くすることはできない。このため、二重折り返し片は看者にとって注意を引かれる形状ではない。」と主張するが、左辺端縁の当接部が線的な構成である引用意匠に比べ、二重の折り返しにより面的な構成である本件登録意匠は、特に、取り付ける電柱の太さにかかわらず一定の接触面積を確保できるという機能面での違いを需要者に想起させるものであるため、そのような部位に係る形状の違いは、両意匠全体の類否判断にも一定の影響を及ぼすものといえる。
相違点(ウ)にいうボルトの取付け方向については、本件登録意匠の「使用状態を示す参考図」及び引用意匠の「使用状態を示す参考斜視図」を参酌すると、両意匠の意匠に係る物品は、上辺及び下辺の右辺側端部を、別体の耐張ストラップで上下から狭持した上で、これら全体にボルトを挿通固定して使用するものであると認められる。しかるにこのボルトは、構造上、この物品の枠体に固着されたものでなく、取り外しが可能で、上下の取付け方向についても、その方向を規制するような構造は見当たらず、使用時に任意に変更が可能なものであると認められる。そうすると、このボルトの取付け方向に係る相違点は、両意匠の類否判断に特段の影響を及ぼすものではない。
次に、相違点(エ)にいう左辺と上辺との接続部の態様について、両意匠は、上辺左端部の嵌合舌片の配設角度が異なっているが、いずれも付け根の両側を凹陥させた舌片を左辺上端の凹部に嵌合接続している点において共通しており、嵌合した状態の使用時においては、本体側からは該舌片を見通しにくいものであるため、この相違点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱なものである。
そして、相違点(オ)にいう右辺と上下辺との接続部の態様について、第一に、本件登録意匠と引用意匠とでは、右辺が下辺と一体化した固定側を構成している(本件登録意匠)か、上辺と一体化した可動側を構成している(引用意匠)かが異なり、その結果、右辺と上下辺との接続位置が上下逆となっており、また第二に、接続部の具体的態様が、係合爪を介しての接続か、端部を単純に当接させただけのものかといった点でも異なっており、これらの相違は、取付け作業のしやすさや固定の確実性といった面において、需要者の注意を惹きやすい部分であるといえる。そうすると、この相違点は、両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすといえる。
以上、換言すると、引用意匠は左辺及び下辺が曲線的で柔らかい印象を与えるのに対して、本件登録意匠は直線的で堅い印象を与えるものであり、また、二重折り返し片、左辺下端部の段部、上辺と右辺の接合部等の点において、引用意匠とは大きく異なる形態を有し、正面視略L字状太幅部の下辺部分右方端を斜状に構成した点などには、他にはない独特の造形処理が施されていることから、これら相違点全体が相まった視覚的印象の違いは、両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼすものとなっている。

(3)小括
したがって、両意匠は、意匠に係る物品が共通し、形態においても、概括的に見た場合の共通点は存するものの、具体的な形態に係る相違点が相まって生じる視覚効果は共通点のそれを凌駕し、両意匠の類否判断に支配的な影響を及ぼして、看者に両意匠を意匠全体として別異の意匠と印象付けているというべきであるから、本願意匠は、引用意匠に類似するということはできない。
よって、請求人が主張する無効理由1は成り立たない。

4.無効理由2(本件登録意匠の創作容易該当性)について

本件登録意匠について、請求人は、「甲第1号証に記載の意匠に甲第2号証乃至甲第8号証に示されるようなありふれた手法を組み合わせたものにすぎない。従って、本件登録意匠は、意匠登録出願前に当業者が甲第1号証乃至甲第8号証に基づいて創作容易のものである。」と主張するところであるが、請求人が提出した甲第2号証ないし第8号証の中には、電線引留具ではない物品に係る意匠も含まれており、これらの物品に係る部分的な形態を、電線引留具である本件登録意匠の形態として具体的に用いることについて、単なるありふれた手法の組み合わせということはできない。そして、本件登録意匠には、略L字状太幅部右方端の斜状構成や左辺下端部の段部など、他の意匠には見られない独特の造形処理が施されているのであるから、その構成の一部に先行の公知意匠と近似する形態が見られるとしても、本件登録意匠の全体として、この意匠の属する分野における通常の知識を有する者が、容易にこの意匠の創作をすることができたということはできない。
よって、請求人が主張する無効理由2も成り立たない。

5.むすび

以上検討したとおり、本件登録意匠については、請求人が主張する無効理由1及び2のいずれも成り立たず、本件登録意匠が、意匠法第3条第1項第3号又は同法同条第2項に規定する意匠に該当するものとして、同条第1項柱書又は同条第2項の規定に違反して登録されたということはできないから、同法第48条第1項の規定により本件登録意匠の登録を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
別掲
審理終結日 2013-03-25 
結審通知日 2013-03-27 
審決日 2013-04-09 
出願番号 意願2011-1496(D2011-1496) 
審決分類 D 1 113・ 121- Y (H2)
D 1 113・ 113- Y (H2)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井上 和之 
特許庁審判長 川崎 芳孝
特許庁審判官 伊藤 宏幸
斉藤 孝恵
登録日 2012-02-24 
登録番号 意匠登録第1436978号(D1436978) 
代理人 藤沢 昭太郎 
代理人 楠 修二 
代理人 須田 篤 
代理人 藤沢 則昭 

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