• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判    E3
審判    E3
管理番号 1331300 
審判番号 無効2016-880016
総通号数 213 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2017-09-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-07-20 
確定日 2017-08-07 
意匠に係る物品 身体鍛練機 
事件の表示 上記当事者間の意匠登録第1542425号「身体鍛練機」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 第1 手続の経緯
本件意匠登録第1542425号の意匠(以下「本件登録意匠」という。)は,平成27年(2015年)4月9日に意匠登録出願(意願2015-8027)されたものであって,審査を経て同年12月18日に意匠権の設定登録がなされ,平成28年(2016年)1月25日に意匠公報が発行され,その後,当審において,概要,以下の手続を経たものである。

・本件審判請求 平成28年 7月20日
・審判事件答弁書提出 平成28年 9月14日
・弁駁書提出 平成28年11月25日
・口頭審理陳述要領書(被請求人)提出 平成29年 2月13日
・口頭審理陳述要領書(請求人)提出 平成29年 2月27日
・口頭審理 平成29年 3月13日


第2 請求人の申し立て及び理由
請求人は,請求の趣旨を
「登録第1542425号意匠の登録を無効とする。審判請求費用は被請求人の負担とする,との審決を求める。」と申し立て,その理由を,おおむね以下のとおり主張し(「弁駁書」及び「口頭審理陳述要領書」の内容を含む。),その主張事実を立証するため,後記2(4)に揚げた甲第1号証ないし甲第4号証を提出した。

1 意匠登録無効の理由の要点
(1)本件登録意匠(意匠登録第1542425号の意匠。別紙第1参照。)は,その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第2号証に記載された引用意匠と類似する意匠であり,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものであるので,本件登録意匠は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。

(2)本件登録意匠は,甲第2号証に掲載された引用意匠,すなわち,出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものであり,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるので,本件登録意匠は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。

2 本件登録意匠を無効にすべき理由
(1)意匠法第3条第1項第3号について
本件登録意匠は,その出願日である平成27年(2015年)4月9日前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠である引用意匠に類似する意匠である。以下,その理由を詳述する。
(ア)まず,引用意匠は,平成26年(2014年)6月16日に発行された公報に掲載された意匠である(甲第2号証)。よって,本件登録意匠の出願日である平成27年(2015年)4月9日前に,日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠である。
(イ)次に,引用意匠の意匠に係る物品は,「身体鍛錬器具」である。一方,本件登録意匠の意匠に係る物品は,「身体鍛錬機」である。ここで,引用意匠の意匠に係る物品である身体鍛錬器具と本件登録意匠の意匠に係る物品である身体鍛錬機とは,使用者が身体,特に腹部の筋肉を鍛えるために使用するという用途が共通する。また,使用者が物品上に腰をおろし,上半身や脚部の反復運動を行うことができるという機能も共通する。
よって,引用意匠の意匠に係る物品と本件登録意匠の意匠に係る物品は,同一又は類似の物品である。
(ウ)さらに,本件登録意匠にかかる物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下,「意匠の形態」もしくは単に「形態」という。)は,引用意匠の形態に類似するものである。以下,その理由を詳述する。
(エ)本件登録意匠と引用意匠の類否判断における判断主体
登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うためその判断主体は「需要者」であり(意匠法24条2項),また,「需要者」は「取引者」を含む概念であることから,意匠に係る物品の取引,流通の実態に応じた適切な者を判断主体として認定する必要がある。
意匠の類否判断は,もともと人間の感覚的な部分によるところが大きいが,その判断を行う際は意匠創作に係る創作者の主観的な視点を排し,意匠に係る物品の需要者・取引者が観察した場合の客観的な印象をもって判断しなければならない。
そこで,かかる判断主体に関する考え方を,本件登録意匠と引用意匠の類否判断について当てはめて検討する。
まず,本件登録意匠の意匠に係る物品である身体鍛錬機と,引用意匠の意匠に係る物品である身体鍛錬器具等は,自宅等で腹筋等の身体を鍛えるために使用されるものである。
よって,かかる物品の需要者・取引者は,健康や美容に関心のある一般消費者,並びに,これらの物品を販売する流通業者が該当する。
したがって,身体鍛錬機及び身体鍛錬器具の意匠の類否判断は,これらの物品を購入する「一般消費者」,並びに,これらの物品を販売する「流通業者」を判断主体として行うことが妥当である。
(オ)本件登録意匠と引用意匠の要部の認定
(a)本件登録意匠の具体的構成態様-要部に関する一般論
本件登録意匠と引用意匠における具体的構成態様の検討に先立ち,意匠の要部認定の考え方を再度整理し,本件登録意匠及び引用意匠の要部について具体的な比較考察に及ぶ。
まず,意匠の要部とは,意匠が需要者・取引者の注意を最も惹き付ける部分である。即ち,意匠の要部は,意匠に係る物品である身体鍛練機及び身体鍛錬器具の機能,目的,用途,使用態様等を総合的に参酌し,需要者・取引者の最も注意を惹きやすい部分を意匠の要部として把握し,その要部に表れた意匠の形態が,意匠の看者,即ち,身体鍛錬機及び身体鍛錬器具の需要者・取引者に「異なった美感」を与えるかによって,かつ,公知意匠にはない「新規な創作部分を参酌し」判断すべきである。
そして,意匠は物品の美感の創作物であることから,具体的には次の観点若しくは基準に立ち,意匠の要部を認定することが必要である。
(a-1)公知意匠若しくは登録意匠の参酌
公知意匠との関係においては,意匠の要部を認定する際は公知意匠を参考にして検討すべきであり,「ありふれた公知部分のウェイトを低く」認識し,「新規な部分のウェイトを大きく」把握しながら全体的な特徴を把握して,意匠の要部を認定する必要がある。
この点,本件登録意匠及び引用意匠の意匠に係る物品に関連する分野においては,中央の座面の左右に一対の揺動アームを設け,揺動アームの上部に2つのグリップを直線上に座面と平行になるように設け,また,当該揺動アームは座面脇に配された座面側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり,これら2つのフレームを正面視(引用意匠においては側面視),「略くの字状」に配した態様の身体鍛錬機又は身体鍛錬器具の意匠は,引用意匠の出願前には公然と知られたものではなく,また,御庁にも登録されていなかったものである。
従って,中央の座面の左右に一対の揺動アームを設け,揺動アームの上部に2つのグリップを直線上に座面と平行になるように設け,また,当該揺動アームは座面脇に配された座面側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり,これら2つのフレームを正面視(引用意匠においては側面視),「略くの字状」に配した態様は,それまでの公知意匠に見られなかった全く新規な態様である。
よって,身体鍛錬機及び身体鍛錬器具の意匠の要部の認定においては,かかる基本的な構成のウェイトを高く認識して要部を認定することが妥当である。
(a-2)観察方法
意匠の要部の認定においては,意匠に係る物品の需要者・取引者が実際に当該意匠に係る物品を購入する状態及び使用する状態を前提として,意匠の要部を検討すべきである。
そして,意匠に係る物品の需要者・取引者を要部の判断主体とするため,購入者及び使用者が実際に当該意匠に係る物品を購入する際の取引の事情を十分勘案して意匠の要部を判断する必要がある。
(a-3)創作的寄与度
公知意匠等に示される当該意匠分野における従来意匠の水準との関係で,どの程度意匠的創作として法的に保護すべき寄与があるか客観的に評価すべきである。
即ち,「創作的寄与の大きい意匠はそれが小さい意匠よりも保護を厚く」する必要がありその類似範囲を広く認めるべきであるが,「創作的寄与の小さい場合は保護を厚くする必要は無く」その類似範囲も広く認めるべきではない。
かかる保護の創作的寄与が低い意匠について徒に広い保護範囲,即ち,広い類似範囲を認める場合は,意匠権による制約を受ける他の創作者・取引者との関係で適切に判断すべきである。
(b)本件登録意匠の具体的構成態様-要部に関する具体的な検討
(b-1)要部認定の判断主体
本件登録意匠及び引用意匠の意匠に係る物品は身体鍛練機及び身体鍛錬器具であるから,要部認定の判断は,これらの物品を購入する「一般消費者」,並びに,これらの物品を販売する「流通業者」を判断主体として行うことが妥当である。
(b-2)要部の特定
本件登録意匠及び引用意匠に係る物品は身体鍛錬機及び身体鍛錬機具であるところ,かかる物品は,床面に置かれ,使用者が座面に腰掛ける等して使用されるものである。また,物品の販売に際しては,購入者に物品全体の形状を見せるため,物品を前方斜め横から見た状態で展示され又は撮影されるものである。
このため,需要者・取引者は,主として本件物品を上方(平面)又は斜め横から看た形態に注意を注ぐのが一般的であり,看者の注意を最も引きやすい意匠の要部であると把握すべきである。
また,身体鍛錬機及び身体鍛錬器具は主に住宅内におけるリビングルーム等の床面において使用されることが一般的であるため,身体鍛錬機及び身体鍛錬器具の使用者(購入者)は,配置する予定のリビングルーム等の美感やスペース等を考慮し,配置箇所にふさわしい身体鍛錬機及び身体鍛錬器具を,本願意匠と引用意匠の要部の形態に基づき選択するのである。
よって,意匠の看者,若しくは意匠に係る物品である身体鍛錬機及び身体鍛錬器具の需要者・取引者が,使用時に最も目に付きやすく,又は,物品全体の形状が把握しやすい,平面又は斜め横から見た形態に無頓着であるはずがなく,平面又は斜め横から見た形状に最も注意を注ぎ意匠を看取するものである。
また,身体鍛錬機及び身体鍛錬器具の流通業者においても,需要者の嗜好に合いそうなデザインを考慮して,販売する身体鍛錬機及び身体鍛錬器具を選ぶため,側面から見た形態に注意を注ぐのが一般的である。
よって,本件登録意匠と引用意匠における意匠の要部は,平面又は斜め横から見た態様にあるとの評価の下,本件登録意匠と引用意匠の類否を検討する。
(カ)本件登録意匠と第1引用意匠との対比
(a)本件登録意匠及び引用意匠の基本的構成態様
本件登録意匠に係る物品は「身体鍛錬機」であるところ,本件登録意匠の基本的構成態様は,中央の座而の左右に一対の揺動アームを設け(この構成を「構成A」という),揺動アームの上部に2つのグリップを直線上に座面と平行になるように設け(この構成を「構成B」という),また,当該揺動アームは座面脇に配された座面側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり(この構成を「構成C」という),これら2つのフレームを正面視,「略くの字状」に配した態様である(この構成を「構成D」という)。
一方,引用意匠は,意匠に係る物品が「身体鍛錬器具」であるところ,引用意匠の基本的構成態様は本件登録意匠の基本的構成態様と同様に,中央の座面の左右に一対の揺動アームを設け(この構成を「構成a」という),揺動アームの上部に2つのグリップを直線上に座面と平行になるように設け(この構成を「構成b」という),また,当該揺動アームは座而脇に配された座面側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり(この構成を「構成c」という),これら2つのフレームを側面視(本件登録意匠の正面視に相当),「略くの字状」に配した態様である(この構成を「構成d」という)。そして,かかる構成は,引用意匠の骨格を構成して,意匠の支配的基調を形成し,看者に強い印象を与えるものである。
(b)本件登録意匠の具体的構成態様
本件登録意匠は,願書に添付された平面図視及び斜視図視において,座面が手前側を円弧状とし,後側を直線状にして形成される(この構成を「構成E」という)。
なお,本件登録意匠は,願書に添付された平面図視及び斜視図視において,2本の座面側フレームの後端と座面の後端の位置がほぼそろうように配置され(この構成を「構成F」という),座面は縦幅が横幅よりも長く形成され(この構成を「構成G」という),左右のグリップ部の中央付近が凹状に形成され(この構成を「構成H」という),願書に添付された斜視図視及び正面図視において,上部側フレームが真っ直ぐに形成される(この構成を「構成I」という)。
(c)引用意匠の具体的構成態様
引用意匠は,公報に掲載された平面図視及び斜視図視において,座面が手前側を円弧状とし,後側を直線状にして形成される(この構成を「構成e」という)。
なお,引用意匠は,公報に掲載された平面図視及び斜視図視において,2本の座面側フレームを座面の後端よりも後方に長く延長し,左右の座面側フレームの間に空間を形成し(この構成を「構成f」という),座面は横幅が縦幅よりも長く形成され(この構成を「構成g」という),左右のグリップ部は全体が略平坦な面により形成され(この構成を「構成h」という),公報に掲載された斜視図視及び側面図視において,上部側フレームがわずかに湾曲して形成される(この構成を「構成i」という)。
(d)各構成態様の比較
(d-1)本件登録意匠の構成A,B,C,Dと引用意匠の構成a,b,c,d
本件登録意匠の基本的構成態様は,中央の座面の左右に一対の揺動アームを設け(構成A),揺動アームの上部に2つのグリップを直線上に座面と平行になるように設け(構成B),また,当該揺動アームは座面脇に配された座面側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり(構成C),これら2つのフレームを正面視,「略くの字状」に配した態様(構成D)である。
一方,引用意匠の基本的構成態様は,中央の座面の左右に一対の揺動アームを設け(構成a),揺動アームの上部に2つのグリップを直線上に座面と平行になるように設け(構成b),また,当該揺動アームは座面脇に配された座面側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり(構成c),これら2つのフレームを側面視(本件登録意匠の正面視に相当),「略くの字状」に配した態様(構成d)である。
よって,本件登録意匠の構成A,B,C,Dは引用意匠の構成a,b,c,dと同じ構成であり,本件登録意匠の基本的構成態様は引用意匠の基本的構成態様を充足する。そして,かかる構成は,本件登録意匠および引用意匠の骨格を構成するものであり,両意匠の支配的基調を形成し,看者に強い印象を与えるものである。
(d-2)本件登録意匠の構成Eと引用意匠の構成e
本件登録意匠の構成Eは,願書に添付された平面図視及び斜視図視において,座面が手前側を円弧状とし,後側を直線状にして形成されるものである。
一方,引用意匠の構成eは,公報に掲載された平面図視及び斜視図視において,座面が手前側を円弧状とし,後側を直線状にして形成されるものである。よって,本件登録意匠の構成Eは引用意匠の構成eと同じ構成であり,本件登録意匠の構成Eは引用意匠の構成eを充足する。そして,かかる両意匠の共通点は,物品を平面又は斜め横から看た場合に,意匠の看者が容易に認識できる部分の構成である。
(d-3)本件登録意匠の構成F,G,H,Iと引用意匠の構成f,g,h,i
本件登録意匠の構成F,G,H,Iは,願書に添付された平面図視及び斜視図視において,2本の座面側フレームの後端と座面の後端の位置がほぼそろうように配置され(構成F),座面は縦幅が横幅よりも長く形成され(構成G),左右のグリップ部の中央付近が凹状に形成され(構成H),願書に添付された斜視図視及び正面図視において,上部側フレームが真っ直ぐに形成される(構成I)。
一方,引用意匠の構成f,g,h,iは,公報に掲載された平面図視及び斜視図視において,2本の座面側フレームを座而の後端よりも後方に長く延長し,左右の座面側フレームの間に空間を形成し(構成D座面は横幅が縦幅よりも長く形成され(構成g),左右のグリップ部は全体が略平坦な面により形成され(構成h),公報に掲載された斜視図視及び側面図視において,上部側フレームがわずかに湾曲して形成される(構成i)。
よって,本件登録意匠の構成F,G,H,Iは引用意匠の構成f,g,h,iを充足しない。しかしながら,本件登録意匠の構成F,Gと引用意匠の構成f,gの差異はありふれた構成の差異であり,本件登録意匠の構成Hと引用意匠の構成hの差異は部分的な相違に止まり,本件登録意匠の構成Iと引用意匠の構成iの差異はわずかであることから,さほど目立つものではない。よって,本件登録意匠の構成F,G,H,Iは引用意匠の構成f,g,h,iの差異は視覚的に格別注意を惹かず,本件登録意匠と引用意匠に共通する印象に変更を加える程のものではなく,両意匠の類否判断に影響を及ぼす程のものではない。
(キ)公知意匠の検討
引用意匠の優先日である平成25(2013年)年6月28日よりも前に公知となっていた意匠として,公告番号CN302327337Sの中国意匠公報が存在する(甲第3号証,以下,単に「公知意匠」という)。
引用意匠と公知意匠は,中央の座面の左右に一対の揺動アームを設け,揺動アームの上部に2つのグリップを直線上に座面と平行になるように設けた態様が共通する。
一方,引用意匠の基本的構成態様のうち,揺動アームが座面脇に配された座面側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり(構成C),これら2つのフレームを側面視,「略くの字状」に配した態様(構成d)は公知意匠には見られない新規な態様である。
即ち,公知意匠は,正面図視及び立体図(斜視図)視において座面の両端に円形の模様が見られるが,これが座面脇に配されたフレームであると認識できるものではない。仮にこれがフレームを表すものであるとしても,座面と一体的に形成されているため,平面図視等において座面脇にフレームが配されているとは直ちに視認されないものである。また,公知意匠は,座面から垂直に短く伸びる上部側フレームと斜め上方に長く延びる上部側フレームの2つの上部側フレームからなり,短く伸びる上部側フレームの上端と長く延びる上部側フレームの中間部を細長楕円状の接続具でつないだ態様である。そして,これらの態様は引用意匠の構成C及び構成dと共通するものではない。
従って,引用意匠の構成C及び構成dは公知意匠には見られない新規な態様である。
(ク)本件登録意匠と引用意匠との類否
本件登録意匠と引用意匠は,意匠に係る物品が「身体鍛錬機」又は「身体鍛錬器具」である点で用途及び機能が共通し,意匠の基本的構成態様において共通する。
そして,両意匠の基本的構成態様は,中央の座面の左右に一対の揺動アームを設け,揺動アームの上部に2つのグリップを直線上に座直と平行になるように設けた構成であるところ,両意匠全体の骨格を構成し,両意匠の支配的基調を形成するものである。更に,両意匠の基本的構成態様に共通する当該揺動アームが座直脇に配された座直側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり,これら2つのフレームを正面視(引用意匠においては側面視),「略くの宇状」に配した構成は,両意匠を特徴付けている構成であり,この構成の共通性は,看者に両意匠の共通性を強く印象付けるものである。
また,両意匠の具体的構成態様においても,構成Eと構成eにおける座而が手前側を円弧状とし,後側を直線状にして形成される構成は,物品を平面又は斜め横から看た場合に,意匠の看者が容易に認識できる部分の構成である。
一方,本件登録意匠と引用意匠は,具体的構成態様において,本件登録意匠の構成F,G,H,Iは,引用意匠の構成f,g,h,iを充足しない。
しかしながら,本件登録意匠及び引川意匠の要部は,基本的構成態様における支配的基調にあり,構成F乃至構成I並びに構成f乃至構成iは,いずれも本件登録意匠及び引用意匠の要部たり得ず,需要者・取引者の注意を引く程の特徴的な構成ではない。
即ち,本件登録意匠の構成F乃至構成Iと引用意匠の構成f乃至構成iは,「身体鍛錬機」及び「身体鍛錬器具」の一般的な使用状態において,ありふれた構成の差異であり,また,視覚的に格別注意を惹く態様でもないことから,これらの態様の差異は両意匠の類否判断を左右する程のものではない。
そして,両意匠のこれら共通する基本的構成態様は,本件登録意匠と引用意匠における形態の構成の支配的な部分であるため,本件登録意匠の基本的構成態様と引用意匠の基本的構成態様との形態の共通点は,本件登録意匠の構成G乃至構成Iと引用意匠の構成f乃至構成iにおける差異点を十分に凌駕し,意匠の看者に対し共通の美観を起こさせるものである。
即ち,意匠に係る物品である「身体鍛錬機」及び「身体鍛錬器具」の一般的な使用状態において,当該物品の上面又は斜め横から看た形態は最も注意を引く部分であることから,「身体鍛錬機」及び「身体鍛錬器具」の意匠において上面又は斜め横から看た形態,特に,斜視図視における物品の骨格をなす基本的な形状が最も重要な要部であることを鑑みれば,かかる形状における共通点が意匠全体に及ぼす影響は大きく,本件登録意匠と引用意匠との斜視図視における,揺動アームが座面脇に配された座面側フレームと座面から斜上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり,これら2つのフレームを正面視(引用意匠においては側面視),「略くの字状」に配した態様の共通点のみをもってしても,意匠の看者は両意匠から共通の印象を受けるものである。
よって,本件登録意匠と引用意匠の類否判断に際しては,本件登録意匠の構成F乃至構成Iと引用意匠の構成f乃至構成iのウェイトを低く認識し,その一方で,本件登録意匠の基本的構成態様と引用意匠の基本的構成態様のウェイトを高く認識して意匠の要部を認定のうえ比較検討すべきであり,本件登録意匠と引用意匠とは美観を共通にする類似の意匠であると認定することが妥当である。
更に,本件登録意匠と引用意匠は,中央の座面の左右に一対の揺動アームを設け,揺動アームの上部に2つのグリップを直線上に座面と平行になるように設け,また,当該揺動アームは座面脇に配された座面側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり,これら2つのフレームを正面視(引用意匠においては側面視),「略くの字状」に配した構成により,意匠全体をして意匠の看者に対し,シンプルですっきりした印象を与えるものであり,本件登録意匠と引用意匠から受ける印象は全く共通するものである。
従って,本件登録意匠と引用意匠とは,意匠に係る物品である「身体鍛錬機」及び「身体鍛錬器具」の分野における需要者・取引者の視覚を通じて,共通の美感をもって看取されるものであり,類似する意匠である。

(2)意匠法第3条第2項について
本件登録意匠は,前述の通り,意匠法第3条第1項第3号に該当し登録は無効にされるべきものであるが,仮に意匠法第3条第1項第3号に該当しないとしても,意匠法第3条第2項に該当し,登録は無効にすべきものである(意匠法第48条第1項第1号)。以下,その理由を詳述する。
(ア)まず,本件登録意匠の意匠権者は,身体鍛錬機等のフィットネス関連製品の販売を業とするものである(甲第4号証)。よって,本件登録意匠の属する分野における通常の知識を有する者であることは明らかである。
(イ)次に,本件登録意匠の出願日は平成27年(2015年)4月9日である。一方,引用意匠は平成26年(2014年)6月16日に公報に掲載されたものである。よって,引用意匠は本件登録意匠の出願前に公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合となっていたものである。
(ウ)一方,本件登録意匠と引用意匠には,上記(1)で述べた通り,本件登録意匠の具体的な構成F乃至構成Iは,引用意匠のいずれにも見られない構成である。
しかしながら,このような身体鍛錬機及び身体鍛錬器具の意匠において,細部の具体的な構成を変更した意匠を創作することは,公知の意匠の構成を置換,寄せ集め等したにすぎず,引用意匠の形態から容易に意匠の創作ができる範躊の創作行為に過ぎない。
特に,本件登録意匠における座面の縦幅が横幅よりも長く形成されることについては,本件登録意匠の属する分野における通常の知識を有するものであれば,引用意匠の座面の縦横の比率を変更したにすぎず,きわめて容易に意匠の創作をすることができたものである。
また,引用意匠においては2本の座面側フレームを座面の後端よりも後方に長く延長し,左右の座面側フレームの間に空間を形成しているのに対し,本件登録意匠においては2本の座面側フレームの後端と座面の後端の位置がほぼそろうように配置されているが,かかる本件登録意匠の形態は,単に座面の縦幅の長さを後方に伸ばした程度の改変であり,本件登録意匠の属する分野における通常の知識を有するものであれば,容易に創作できる範躊の創作である。
即ち,本件登録意匠は公然知られた引用意匠の形態を,そのまま取り込んで意匠の創作を完成することを回避し,引用意匠が有する細部の構成をありふれた手法により改変し意匠を完成したものである。換言すれば,本件登録意匠は何ら意匠としての新たな創作を完成したものではなく,創作価値を顕在化したものではない。
意匠法第3条第2項は,独占権たる意匠権を付与するに値しない創作性を持つ意匠の登録を事前に排除することを目的にする規定である。かような立法趣旨を鑑みれば,出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものであり,独占権たる意匠権を付与するに値しない創作性の意匠であるから意匠法第3条第2項に該当し,無効とすべきである。

(3)むすび
以上詳述した通り,本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第3号又は同条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,その意匠登録は同法第48条第1項第1号の規定に該当し,無効とすべきである。

(4)証拠方法
・甲第1号証の1 意匠登録第1542425号意匠公報
・甲第1号証の2 意匠登録第1542425号意匠原簿
・甲第2号証 意匠登録第1500344号意匠公報
・甲第3号証 中国意匠登録CN302327337S公報
・甲第4号証 「会社概要」(アルインコ株式会社 ウェブサイト)


3 「弁駁書」における主張
(1)意匠法第3条第1項第3号について
(ア)引用意匠の基本的構成態様
被請求人は,請求人が特定している引用意匠の基本的構成態様が適切でないと主張しているが,その理由を述べていない。
意匠の基本的構成態様とは,意匠に係る物品全体の形態(意匠を大づかみに捉えた際の骨格的形態)をいう。
そうすると,引用意匠の基本的構成態様,即ち,引用意匠を大づかみに捉えた際の骨格的形態は,請求人が特定する通り,中央の座面の左右に一対の揺動アームを設け,揺動アームの上部に2つのグリップを直線上に座面と平行になるように設け,また,当該揺動アームは座面脇に配された座面側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり,これら2つのフレームを正面視,「略くの字状」に配しか態様とするのが妥当である。
なお,被請求人の特定する引用意匠の基本的構成態様の(I)は,「揺動アーム」の捉え方や,「略くの字状」を「概ねV形」と表している点等おいて,請求人の特定方法と異なるが,特定しようとしている構成態様は共通すると考えられる。よって,引用意匠の基本的構成態様については,便宜的に被請求人の特定する引用意匠の基本的構成態様(I)の特定方法を用いて以下弁駁する。
(イ)引用意匠の要部
被請求人は,被請求人の特定する引用意匠の構成(I)は,何ら新規な創作として評価されるべき余地はなく,これを引用意匠の要部としてはならないと主張する。
この点について,被請求人は,公知意匠(甲第3号証)の「座側フレーム」については,その立体図(斜視図)等を見れば,丸パイプを折曲することにより,座体の両側部と後部を囲む概ねコ字状のフレームを設けていることが明らかであるとし,座体の両側に沿って直線的に延びる一対の平行な左右フレームを表しているから,そこには,引用意匠の構成(I)に含まれる「座体の左右に配置された座側フレーム」の構成が示されていることは極めて明らかであると述べている。
しかしながら,公知意匠の各図面を見ても,公知意匠に座体の両側部と後部を囲む概ねコ字状のフレームが設けられていると認識することは困難である。公知意匠は,正面図視及び背面図視において,座体の上面は水平な平面からなり,座体の左右の側面は円弧状に形成され,斜視図視,平面図視等において,座体の平面部分と座体側面の円弧状部分の境界に実線が描かれているが,だからと言って,これが座体の両側部と後部を囲むフレームが引用意匠に設けられていると特定できるものではない。
むしろ,公知意匠は,座側フレームを視認することができず,座体から直接,揺動アームが斜め上方に延びていると認識できるものである。そうすると,公知意匠に「座体の左右に配置された座側フレーム」の構成が示されているということはできず,引用意匠の座体の左右に座側フレームを配置し,それぞれの座側フレームの前端部から揺動アームが斜め上方に延びる引用意匠の構成は新規な創作として評価されるべきものである。また,仮に,公知意匠に座側フレームが設けられていると認識できるとしても,当該フレームは座体の両側部と後部を囲む概ねコ字状のものと認識されるものである。そうすると,引用意匠の座体の両側部にのみ,それぞれ座側フレームを配置した引用意匠の構成は新規な創作として評価されるべきものである。
よって,引用意匠の構成(I)は,公知意匠には見られない新規な創作であり,引用意匠の要部となるものである。
(ウ)本件登録意匠の基本的構成態様
本件登録意匠の基本的構成態様(被請求人の特定する本件登録意匠の基本的構成態様(i))は,引用意匠の基本的構成態様(被請求人の特定する引用意匠の基本的構成態様(I))と共通することは,被請求人も認めているところである。
そして,本件登録意匠の構成(i)は,本件登録意匠の要部となるものである。
(エ)本件登録意匠と引用意匠の類否判断
被請求人は,引用意匠の構成(I)は,公知意匠に示されているように,身体鍛練器具の意匠において公知の構成態様であり,何ら引用意匠に独自のものではなく,その要部になり得ないものであると主張する。
しかしながら,引用意匠の構成(I)は,上述の通り,座体の両側部にのみ,それぞれ座側フレームを配置し,それぞれの座側フレームの前端部から揺動アームが斜め上方に延びる構成が引用意匠に独自のものであり,引用意匠の要部になるものである。
そうすると,本件登録意匠の構成(i)は,引用意匠の要部である構成(I)と共通するものであるから,本件登録意匠と引用意匠とは,意匠に係る物品である「身体鍛錬機」及び「身体鍛錬器具」の分野における需要者・取引者の視覚を通じて,共通の美感をもって看取されるものである。
また,被請求人は,引用意匠の構成(V)と本件登録意匠の構成(v)について,座体前縁の円弧縁と座体後端の直線縁が共通することを認めながらも,座体前縁の円弧縁について縁部が斜面か垂直面か等の細部の相違点や,座体後端の直線縁について座側フレームの尻尾と形成する空間が有るか無いかの相違を挙げて,本件登録意匠は引用意匠と非類似であると主張する。しかしながら,座体前縁の円弧縁と座体後端の直線縁は座体全体の形状における共通点であり,引用意匠の構成(V)と本件登録意匠の構成(v)の共通点は,両意匠の類否判断において無視できない点である。
なお,被請求人は,引用意匠の構成(II)乃至(IV)及び(VI)と本件登録意匠の構成(ii)乃至(iv)及び(vi)の相違についても主張しているが,引用意匠の構成(II),(VI)と引用意匠の構成(ii),(iv)の差異はありふれた構成の差異であり,引用意匠の構成(IV)と本件登録意匠の構成(iv)の差異は部分的な相違に止まり,引用意匠の構成(III)と本件登録意匠の構成(iii)の差異はわずかであることから,さほど目立つものではない。よって,引用意匠の構成(II)乃至(IV)及び(VI)と本件登録意匠の構成(ii)乃至(iv)及び(vi)の差異は視覚的に格別注意を惹かず,本件登録意匠と引用意匠に共通する印象に変更を加える程のものではなく,両意匠の類否判断に影響を及ぼすものではない。
(オ)小括
本件登録意匠と引用意匠とは,意匠に係る物品である「身体鍛錬機」及び「身体鍛錬器具」の分野における需要者・取引者の視覚を通じて,共通の美感をもって看取されるものである。よって,前記2にて請求人が述べた理由の通り,本件登録意匠は,引用意匠に類似するものであり,意匠法第3条第1項第3号の規定に違反して登録されたものである。

(2)意匠法第3条第2項について
被請求人は,本件登録意匠は,座体に関して,段差部により幅W1と幅W2を有する異形の座本体と,該座本体から前方に向けて大きく突出された半円状の舌片部を備え,全体として座体を一見して縦長状に表しており(構成(ii)),この点において顕著な特徴的創作が認められると主張する。
しかしながら,本件登録意匠の座体は,座体前縁の円弧縁と座体後端の直線縁が引用意匠と共通するところ,単に引用意匠の座体の長さを縦方向に延ばしたにすぎず,段差部による幅W1と幅W2も僅かな段差によるものであり,容易に創作ができたものである。
よって,本件登録意匠は,本件登録意匠の属する分野における通常の知識を有するものであれば,きわめて容易に意匠の創作をすることができたものである。
この点について,被請求人は,請求人が客観的証拠を示す立証を欠如していると主張するが,本件登録意匠の属する分野において,座体の縦横の比率を変更することが当業者にとってありふれた手法であることが当業者にとってありふれた手法であることは,証拠を示して立証するまでもなく明らかである。
よって,前記2にて請求人が述べた理由の通り,本件登録意匠は,出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものであり,意匠法第3条第2項の規定に違反して登録されたものである。

(3)結語
以上述べたとおり,被請求人が提出した答弁書によっては,本件登録意匠が意匠法第3条第1項第3号又は同条第2項の規定に違反して登録されたものではないことを立証することができないことは明らかであり,「本件審判の請求は,成り立たない。審判費用は,請求人の負担とする。との審決を求める。」との答弁の趣旨には理由がない。
よって,請求人は,本件審判請求の趣旨の通りの審決を求める次第である。


4 「口頭審理陳述要領書」における主張
(1)後記第3の2に対する請求人の意見
(ア)後記第3の2に対する請求人の意見は,前記3の通りである。
(イ)意匠類否の判断方法について
意匠の類否判断の手法は,対比する両意匠の意匠に係る物品の認定及び類否判断,並びに,対比する両意匠の形態の認定及び形態における共通点・差異点の認定を行ったうえで,形態の共通点及び差異点の個別評価として,(i)その形態を対比観察した場合に注意を引く部分か否かの認定及びその注意を引く程度の評価と,(ii)先行意匠群との対比に基づく注意を引く程度の評価を行い,その個別評価に基づき,意匠全体として両意匠の全ての共通点及び差異点を総合的に観察した場合に,需要者(取引者を含む)に対して異なる美感を起こさせるか否かを判断して行われるものである。そして,上記(ii)の評価は,出願意匠と引用意匠の各共通点及び差異点における形態が,先行意匠群と対比した場合に,注意を引きやすい形態か否かを評価して行うものであり,形態が注意を引きやすいものか否かは,同じ形態を持つ公知意匠の数や,他の一般的に見られる形態とどの程度異なった形態であるか,又その形態の創作的価値の高さによって変わるものである。
被請求人は審判事件答弁書において,請求人は要部認定を正しく行っていないと述べているが,請求人は,上記の手法に従い類否判断を行っているものであり,正しく要部認定を行っている。
一方,被請求人は,最初に公知意匠を参酌して引用意匠の要部を認定したうえで,本件登録意匠との類否を判断しているようであり,類否判断の手順が正しくない。また,公知というだけで直ちに引用意匠から当該構成を除外して両意匠の形態の共通点及び差異点の評価をしており,公知意匠と対比した場合の各共通点と差異点の評価を正しく行っていない。
(ウ)公知意匠(甲第3号証)の「座面側フレーム」について
被請求人は,公知意匠の「座面側フレーム」について,『甲第3号証は,そこに表現された直線や曲線を内容とする絵画ではなく,「意匠」つまり「物品」を表す図面であるから,そこに描かれた線を議論しても意味はなく,当該線により表される部分を物品の構成要素として正しく認識すべきである。』と述べている。
しかしながら,意匠は物品の形状等であって視覚を通じて美感を起こさせるものをいうのであるから,視覚的にどのように見えるかという観点から形態の認定を行うべきである。即ち,公知意匠の形態の認定については,物品の構成要素として座面脇にフレームが存在するか否かを議論して行うのではなく,甲第3号証記載の図面を構成する各線によって,物品が外観上どのように見えるかを議論して行うべきである。
よって,請求人が前記3にて述べた通り,公知意匠は,座面側フレームを視認することができず,座面から直接,上部側フレームが上方に延びていると認識できるものであり,引用意匠の座面側フレームの構成は新規な創作として評価されるべきものである。
(エ)公知意匠の「上部側フレーム」について
被請求人は,『公知意匠には,座側フレームの前端部に側面視が概ねV形(請求人が言う「くの字状」)となるように後方に向けて斜め上方に延びる一対の揺動アームが明示されている。』から,引用意匠の『上部側フレーム(被読求人が言う「揺動アーム」』の構成が「公知になっていることは明らかであり,この際,公知意匠が揺動アームとは別の部材(請求人主張の短く伸びる上部側フレームや,接続具)を更に設けているかどうかは,引用意匠の要部認定とは無関係のことである。」と述べている。しかしながら,意匠は新しい技術を保護しようとするものではなく,物品の形状等の視覚を通じた美感を保護するものであるから,公知意匠の「上部側フレーム」の構成の一部に,座面から斜め上方に長く延びる上部側フレームが含まれているからといって,直ちに引用意匠の上部側フレームの構成がごく普通に見られるありふれた態様であるということはできない。即ち,引用意匠は左右にそれぞれ配置された1本のフレームのみによって上部側フレームが構成されているところに公知意匠には見られない新たな美感が創作されているものであり,その態様は過去のものとは異なっているという強い印象を与え,強く注意を引くものである。
よって,請求人が審判請求書にて述べた通り,引用意匠の上部側フレームの構成は公知意匠には見られない新規な構成である。

(2)後記第3の3に対する請求人の意見
(ア)被請求人は,「請求人は,公知意匠と引用意匠は,その具体的形態の相違により,相互に非類似の意匠であることと認めていると解される。」と述べているが,請求人が主張しているのは,引用意匠の基本的構成態様である構成c及び構成dは公知意匠には見られない新規な態様であり,本件登録意匠と引用意匠の共通点の評価において除外されないということである。公知意匠と引用意匠が具体的形態の相違により,相互に非類似の意匠であるとは主張していない。
(イ)被請求人は引用意匠と本件登録意匠の平面視シルエットを記載して引用意匠と本件登録意匠は顕著に相違していると主張するが,本件登録意匠と引用意匠の類否は願書又は公報に記載された図面等によって検討すべきであり,上部側フレームやグリップ部の形状が見えないシルエットは類否判断の参考にはならない。また,上部側フレームやグリップ部は意匠に係る物品の使用に際して必ず目に付く部分であり,シルエットの相違が斜視においても明確に視認されるということはない。
(ウ)被請求人は,公知意匠の「座面側フレーム」について,謂求人は『甲3の図面を正しく認識していないばかりか,(中略)何故に上記のような「基本的構成態様」を以て意匠の類否を決しなければならないのか,請求人の主張は極めて不可解であり,失当である。』と主張する。
しかしながら,甲3号証の図面上,座面の左右部分は座面本体とー体的に形成されており,左右にフレームが配置されているとは直ちに認識できるものではない。甲3号証の図面は,設計図面ではなく物品の美感である意匠を表す図面であり,また,材質や内部構造も特定されていないから,物品の構造上,座面の左右にはフレームが配置されているはずだといった技術的な経験や知識から推察して意匠の形態を特定することは妥当ではない。むしろ,意匠の類否の判断主体である需要者の視点に立ち,物品の外観から受ける印象によって意匠の形態を特定すべきである。
また,本件登録意匠の出願時点では,先行意匠としては公知意匠と引用意匠以外には確認されておらず,引用意匠の基本的構成態様のうち,構成a及び構成bは公知意匠においても見られる形態ではあるが,ごく普通に見られるありふれた態様とまではいえなかったものであるうえ,構成c及び構成dは公知意匠に見られない形態である。よって,「基本的構成態様」を以て意匠の類否を決することは何ら不可解なことではない。
(エ)被請求人は別紙2の意匠登録の例を挙げ,具体的構成態様が異なれば引用意匠と非類似であるとして意匠登録されていると主張する。しかしながら,別紙2の登録意匠は,本件登録意匠の出願日よりも後に出願されたものであり。本件登録意匠と引用意匠の共通点・相違点の評価において考慮されるものではない。
なお,意匠の類否判断は,その他の部分を含む意匠全体について行うものであるため,対比する2つの意匠が,他の判断事例と同様の共通点あるいは差異点を有していたとしても,それらが物品特性等からみて,意匠全体の中で注意を引く部分における共通点又は差異点なのか否かの認定及びその注意を引く程度についての評価は,常に同じというわけではない。また,先行公知意匠は日々累積されるものであるので,先行公知意匠群との対比に基づく評価は常に同じというわけではない。


第3 被請求人の答弁及び理由の要点
被請求人は,審判事件答弁書を提出し,答弁の趣旨を
「本件審判の請求は,成り立たない。
審判費用は,請求人の負担とする。
との審決を求める。」と答弁し,その理由を,要点以下のとおり主張した(「口頭審理陳述要領書」の内容を含む。)。
1 請求の理由に対して
(1)請求の理由のうち,
(ア)手続の経緯は,認める。
(イ)甲第2号証が公知刊行物である点,甲第3号証が公知刊行物である点は,認める。
(ウ)その余は,全て否認ないし争う。

(2)甲第1号証の1及び2,甲第2号証,甲第3号証,甲第4号証は,成立を認める。

2 請求人の主張に対する反論
(1)新規性に関する被請求人の主張
(ア)引用意匠(甲2)
(a)基本的構成態様
請求人は,引用意匠の基本的構成態様をa?dにより特定しているが,適切ではない。
引用意匠を斜め上から見たとき一見して看取される基本的構成態様は,下記の構成(I)?(IV)にあるというべきである。
(I)身体鍛錬器具の物品であって,中央の座体(クッション)と,座体の左右に配置された座側フレームと,それぞれの座側フレームの前端部から側面視が概ねV形(但し後記構成(III)のへの字形により変形されたV形)となるように後方に向けて斜め上方に延びる一対の揺動アームと,揺動アームの上端から座体の座面と平行して相互に対向配置されたグリップとから成る(構成(I))。
(II)座体は,左右の座側フレームの側面に沿って納められており,前端から尾端に至る長さ寸法Lと,幅寸法Wにより特定される形態がW>Lとされ,W:Lを概ね1.3:1.0とすることにより,一見しただけで横長(幅方向に長い)形状であると視認される(構成(II))。
(III)一対の揺動アームは,下端近傍部を下向きに屈折することにより概ね「への字形」とされ,揺動時に座側フレームに近接させたとき(甲2の「使用状態を示す参考図」参照),山形を表す(構成(III))。
(IV)グリップは,揺動アームの上端に臨む基端部から先端部に向けて次第に直径を減じる円錐面を表している(構成(IV))。
(b)具体的構成態様
上記基本的構成態様に加えて,引用意匠は,下記の構成のような具体的構成態様(V)及び(VI)を備えている。
(V)座体に関して,座体の前縁は,上縁から下縁に向け前方に傾斜する斜面を備えると共に,弓状を描く円弧縁を表し,座体の後縁は,該座体の幅方向に延びる直線縁を表している(構成(V))。
(VI)左右の座側フレームに関して,座側フレームの後端部は,座体を超えて後方に延びる尻尾を備え,座側フレームの前端部から後端部の尻尾まで直線的に表されている(構成(VI))。
(イ)引用意匠の要部
本件登録意匠が引用意匠に類似するかどうかを判断するためには,先ず,引用意匠の構成態様のうち何が新規な創作部分であるかを見極め(要部認定),換言すれば,一見して看取される基本的構成態様であっても,それが公知のものは独自の美観を生じる特徴的構成ではないと考え,その上で,何が特徴的美観を惹起する構成であるかを考察することが必要である。つまり,引用意匠の要部と非要部を峻別した上で,本件登録意匠が引用意匠の要部と共通する構成態様を備えているか否か,その結果,美観が類似するか否かを判断する必要があり,このような要部認定のために,公知意匠を参酌することが不可欠である。
(a)公知意匠(甲3)
甲第3号証(中国意匠登録CN302327337S公報)は,引用意匠の出願優先日よりも前に中華人民共和国で頒布された刊行物であり,引用意匠に対する公知意匠を示している。従って,証拠共通の原則により,これを被請求人に有利に援用する。
そこで,公知意匠(甲3)を参照すると,以下のとおり,引用意匠の構成態様のうち,何が新規な創作部分であるかが明らかとなる。
(b)引用意匠の構成(I)
(b-1)公知意匠(甲3)は,フィットネス機器(身体鍛錬器具)の物品であって,中央の座体と,座体の左右に配置された座側フレームと,それぞれの座側フレームの前端部から側面視が概ねV形となるように後方に向けて斜め上方に延びる一対の揺動アームと,揺動アームの上端から座体の座面と平行して相互に対向配置されたグリップを備えている。
従って,引用意匠の構成(I)は,何ら新規な創作として評価されるべき余地はなく,これを引用意匠の要部としてはならない。
(b-2)この点に関し,請求人は,「座側フレーム」について,「公知意匠は・・・円形の模様が見られるが,これが座面脇に配されたフレームであると認識できるものではない。仮にこれがフレームを表すものであるとしても,座面と一体的に形成されているため,平面図視等において座面脇にフレームが配されているとは直ちに視認されないものである」(審判請求書15頁中段)と主張している。
しかしながら,言うまでもなく,甲第3号証は,そこに表現された直線や曲線を内容とする絵画ではなく,「意匠」つまり「物品」を表す図面であるから,そこに描写された線を議論しても意味はなく,当該線により表される部分を物品の構成要素として正しく認識すべきである。
甲第3号証の身体鍛錬器具は,ユーザが手で簡単に持ち上げることができるものであるところ,その立体図(斜視図)の他,主視図(正面図),后視図(背面図),左右視図(左右側面図),仰視図(底面図)を見れば,丸パイプを折曲することにより,座体の両側部と後部を囲む概ねコ字状のフレームを設けていることが明らかである。そして,このフレームは,座体の両側に沿って直線的に延びる一対の平行な左右フレーム部を表しているから,そこには,引用意匠の基本的構成態様(I)に含まれる「座体の左右に配置された座側フレーム」の構成が示されていることは極めて明らかである。
(b-3) 更に,請求人は,「揺動アーム」に関して,「公知意匠は,座面から垂直に短く伸びる上部側フレームと斜め上方に長く延びる上部側フレームの2つの上部側フレームからなり,短く伸びる上部側フレームの上端と長く延びる上部側フレームの中間部を細長楕円状の接続具でつないだ態様である・・・引用意匠の構成c及び構成dと共通するものではない」と主張している。
しかしながら,要部認定のための公知意匠の参酌は,当該意匠(本件の引用意匠)が意匠全体として新規かどうかの問題ではなく,当該意匠に関して検討すべき構成態様が構成単位毎に新規かどうかを問題としているのであり,この点を請求人は理解していない。
公知意匠には,座側フレームの前端部に側面視が概ねV形(請求人が言う「くの字状」)となるように後方に向けて斜め上方に延びる一対の揺動アームが明示されている。
従って,引用意匠の基本的構成態様(I)に含まれる「それぞれの座側フレームの前端部から側面視が概ねV形となるように後方に向けて斜め上方に延びる一対の揺動アーム」の構成が公知意匠により公知とされていることは明らかであり,この際,公知意匠が揺動アームとは別の部材(請求人主張の短く伸びる上部側フレームや,接続具)を更に設けているかどうかは,引用意匠の要部認定とは無関係のことである。
(c)引用意匠の構成(II)
公知意匠(甲3)の座体は,前端から尾端縁に至る長さ寸法Lと,幅寸法Wにより特定される形態がW>Lとされている。しかし,W:Lは,概ね1.1:1.0とされており,一見しただけでは,横長形状であることを視認し難い。
そうすると,引用意匠の座体が一見しただけで横長形状であると視認される点の構成(II)は,公知意匠に見られない構成態様であり,引用意匠の要部になり得ると解される。
(d)引用意匠の構成(III)
公知意匠(甲3)の揺動アームは,ブラケットに枢結された下端部から,グリップを設けた上端部まで,直線的に延びている。
そうすると,引用意匠の揺動アームが下端近傍部を下向きに屈折することにより概ね「への字状」に表された点の構成(III)は,引用意匠の要部になり得ると解される。
(e)引用意匠の構成(IV)
公知意匠(甲3)のグリップは,両端部の間に凹曲された溝部を形成し,両端部に概ね球面状に面取りされた曲面を表し,基端部から揺動アームを貫通して延びる軸部の先端にボール部を表している。
そうすると,引用意匠のグリップが揺動アームの上端に臨む基端部から先端部に向けて次第に直径を減じる円錐面を表している点の構成(IV)は,引用意匠の要部になり得ると解される。
(f)引用意匠の構成(V)
公知意匠(甲3)の座体は,前縁を垂直面として座体の幅方向に延びる直線縁を表し,後縁の両端コーナ部分に位置してアール状の円弧縁を表している。
そうすると,引用意匠の座体が前縁に斜面を備えた弓状を描く円弧縁を表し,後縁を直線縁により表した点の構成(V)は,引用意匠の要部になり得ると解される。
(g)引用意匠の構成(VI)
公知意匠(甲3)の座側フレームは,全体が概ねコ字状に表され,座体の両側部と後部を囲んでいる。
そうすると,引用意匠の座側フレームが後端部に座体を超えて後方に延びる尻尾を備え,座側フレームの前端部から後端部の尻尾まで直線的に表した点の構成(VI)は,引用意匠の要部になり得ると解される。
(ウ)本件登録意匠
本件登録意匠は,意匠登録第1542425号公報に記載のとおりであるが,引用意匠及び公知意匠と対比を容易にさせるため,公報の図面を左右反転させた図面に基づいて説明する。
そこで,引用意匠の構成(I)?(VI)と対比されるべき本件登録意匠の構成態様は,下記の構成(i)?(vi)のとおりであり,共通する点もあれば,相違する点もある。
(a)本件登録意匠の構成(i)(引用意匠の構成(I)に対し)
(a-1)本件登録意匠は,身体鍛錬機の物品であって,中央の座体と,座体の左右に配置された座側フレームと,それぞれの座側フレームの前端部から側面視が概ねV形となるように後方に向けて斜め上方に延びる一対の揺動アームと,揺動アームの上端から座体の座面と平行して相互に対向配置されたグリップを備えている(構成(i))。
(a-2)従って,本件登録意匠の構成(i)は,引用意匠の構成(I)と共通する。但し,この点の構成が公知意匠に含まれていることは,後述のとおりである。
(b)本件登録意匠の構成(ii(引用意匠の構成(II)に対し)
(b-1)本件登録意匠の座体は,左右の座側フレームの間に納められた座本体と,該座本体から前方に大きく突出された舌片部を連設しており,座本体と舌片部の連設部分に段差部を表し,座本体の最大幅W1よりも舌片部の幅W2がW1>W2として表され,舌片部の前端から座本体の後端に至る長さ寸法Lと,前記幅寸法W1により特定される形態がW1<Lとされ,W1:Lを概ね1.0:1.5とすることにより,顕著な縦長形状とされている(構成ii))。
(b-2)従って,本件登録意匠の構成(ii)は,引用意匠の構成(II)と相違する。
(c)本件登録意匠の構成(iii)(引用意匠の構成(III)に対し)
(c-1) 本件登録意匠の一対の揺動アームは,ブラケットに枢結された下端部から,グリップを設けた上端部まで,直線的に延びている(構成(iii))。このように直線的に延びる揺動アームの構成態様は,公知意匠(甲3)と同様であり,「への字状」とされた引用意匠の揺動アームとは異なる。
(c-2)従って,本件登録意匠の構成(iii)は,引用意匠の構成(III)と相違する。
(d)本件登録意匠の構成(iv)(引用意匠の構成(IV)に対し)
(d-1)本件登録意匠のグリップは,両端部の間に凹曲された溝部を形成し,両端部に概ね球面状に面取りされた曲面を表し,基端部から揺動アームを貫通して延びる軸部の先端にボール部を表している(構成(iv))。このようなグリップの構成態様は,公知意匠(甲3)に酷似しており,基端部から先端部に向けて次第に直径を減じる円錐面を表す引用意匠のグリップとは異なる。
(d-2)従って,本件登録意匠の構成(iv)は,引用意匠の構成(IV)と相違する。
(e)本件登録意匠の構成(v)(引用意匠の構成(V)に対し)
(e-1)本件登録意匠の座体は,舌片部の前縁を垂直面として半円状の円弧縁を表し,座本体の後端を概ね直線的に表している(構成(V))。
(e-2)従って,本件登録意匠の構成(v)は,舌片部の前縁が円弧縁を表し,座本体の後端が概ね直線縁を表している点では引用意匠の構成(V)と共通するが,舌片部の前縁が垂直面により半円状の円弧縁を表している点において,引用意匠の構成(V)と相違する。
(f)本件登録意匠の構成(vi)(引用意匠の構成(VI)に対し)
(f-1)本件登録意匠の左右座側フレームは,後端部が座体(座本体)を超えることなく,座本体の後端と同じ位置で終わっている(構成(vi))。
(f-2)従って,本件登録意匠の構成(vi)は,引用意匠の構成(VI)と相違する。
(エ)本件登録意匠と引用意匠の共通点と相違点
引用意匠の構成(I)?(VI)と本件登録意匠の構成(i)?(vi)の間に見られる共通点と相違点に関して,公知意匠(甲3)との関係を考察すると,以下のように確認することができる。
(a)共通点の評価
(a-1)引用意匠の構成(I)と本件登録意匠の構成(i)
本件登録意匠の構成(i)は,引用意匠の構成(I)と共通するが,そもそも,引用意匠の構成(I)は,公知意匠に示されているように,身体鍛錬器具の意匠において公知の構成態様であり,何ら引用意匠に独自のものではなく,その要部になり得ないものであるから,これを以て,本件登録意匠が引用意匠に類似すると判断してはならない。
因みに,引用意匠は,登録意匠であるから,仮に,引用意匠の構成(I)が共通する意匠は全て引用意匠に類似すると考えるならば,同時に,引用意匠は,公知意匠にも類似し,その意匠登録が無効であるという矛盾した結論を導くことになり,明らかに妥当でない。
(a-2)引用意匠の構成(V)と本件登録意匠の構成(v)
(a-2-1)座体前縁の円弧縁
引用意匠の構成(V)が座体の前縁に弓状を描く円弧縁を表している点について,本件登録意匠の構成(V)は,舌片部の前縁に半円状の円弧縁を表しており,「円弧」が観念される限りにおいて共通する。
しかしながら,観念的には「円弧」であっても,引用意匠は,縁部に斜面を備えており,しかも,縁部により表された弓状の円弧の半径が極めて大きいため,座体の縁部に融合され,これにより座体の横長状の美観を強調している。
これに対して,本件登録意匠は,縁部が垂直面を備えており,縁部が大きく突出する半円を描き,これにより,引用意匠からは看取されない「舌片状」の形態を明瞭化し,座本体と舌片部の全体から成る座体の縦長状の美観を強調している点で相違する。
従って,単に抽象的又は観念的には「円弧」が共通していても,円弧の具体的形態が大きく相違し,美観を顕著に相違しているから,本件登録意匠は,引用意匠と明らかに非類似である。
(a-2-2)座体後端の直線縁
引用意匠の構成(V)が座体の後端を直線的に表している点について,本件登録意匠の構成(V)は,座本体の後端を概ね直線的に表しており,その部分を局部的に見る限りにおいて共通する。
しかしながら,看者が意匠を観察する際,座体の後端は,それだけを局部的に見るのではなく,意匠の全体と共に意匠の一部として美観を看取するのが通常である。
その際,引用意匠は,座側フレームの尻尾と,座体の後端により囲まれた空間を視認し,空間が呈する美観を看取するのに対して,本件登録意匠は,そのような空間を有しておらず,座側フレームの間が座本体により埋め尽くされている美観を惹起するものであるから,美観の基調を顕著に相違している。
従って,局部的には座体の後端が直線的であると観念される点で共通しているとしても,意匠の構成部分として実質的に見るときは,空間の有無という重大な相違が顕在化しており,美観の相違に大きく影響しているから,本件登録意匠は,引用意匠と明らかに非類似である。
(b)相違点の評価
(b-1)引用意匠の構成(II)と本件登録意匠の構成(ii)
引用意匠の構成(II)は,座体が一見しただけで横長形状であると視認され,この点は公知意匠に見られない独自の構成であり,座体がシンプルな形状に形成されると共に,一対の座側フレームの間の空間内にコンパクトに納められており,納まりの良い美観を看取することができる。
これに対して,本件登録意匠の構成(ii)は,引用意匠とは対照的に,一見しただけで座体が顕著に縦長形状であると視認される。
しかも,段差部により,幅W1とされた座本体と,幅W2とされた舌片部により,座体の全体形状が極めて珍しい特殊な輪郭形状を描き,引用意匠とは異なる独特の造形感が強調されている。
更に,本件登録意匠は,ユーザが身体鍛錬機を使用する際,座側フレーム及び揺動フレームの位置からあたかもバルコニーのように大きく前方に突出した舌片部の上にユーザの瞥部を着座させるように構成されており,従って,引用意匠が座側フレーム及び揺動フレームの間に位置する座体にユーザの脊部を押し込めるという閉塞感を惹起するのに対し,本件登録意匠は,バルコニー状の舌片部に着座するという開放感を醸し出しており,顕著に相違する。
従って,引用意匠の構成(II)及びその美観に対して,本件登録意匠は,これと相違する構成(ii)に基づいて,独自の特徴的創作が施されており,引用意匠の美観とは対照的な顕著に異なる独特の美観を惹起するものであるから,引用意匠に類似しないことが明らかである。
(b-2)引用意匠の構成(III)と本件登録意匠の構成(iii)
引用意匠の構成(III)は,一対の揺動アームが下端近傍部を下向きに屈曲した概ね「への字形」とされ,揺動時に座側フレームに近接させたとき,山形状の形態を表すものであり,この点は,公知意匠に見られない引用意匠の構成態様である。
ところで,この点の構成に関して,甲第2号証の【意匠の特徴】には,「2つのフレームの中段の曲がっている構造がまるで飛行機の双翼のようになり・・・全体で見ると前向きに進んでいる先進的な飛行機のように感じさせる。そのため,本意匠は,先進的な飛行機のような視覚的美観を有し,流暢なスピード感が溢れている。」と説明されている。
この点について,意匠法施行規則第6条は,「登録意匠の範囲を定める場合においては,特徴記載書の記載を考慮してはならない」と規定するが,それは,登録意匠の範囲に関する法的評価に関することである。
これに対し,本件審判は,引用意匠を登録意匠としてではなく,本件登録意匠に先行する公知意匠として引用しているのであるから,特徴記載書の説明を参酌するかどうかは事実評価に関することであり,従って,それを参照することが許されないものではない。
特に,請求人は,意匠公報を甲第2号証として提出し,その記載の一部だけを引用するのではなく,その記載の全部により特定される意匠を引用意匠としているのであるから,その意匠公報を見る者(類否判断の主体)が特徴記載書の説明を参酌しながら引用意匠の特徴を理解することは至極当然のことである。
そうすると,本件登録意匠の構成(iii)は,公知意匠(甲3)と同様のありふれた形態であって引用意匠と相違し,更に,引用意匠の特徴とされた「飛行機の双翼」のような形態を具備しないものであるから,引用意匠とは明らかに非類似である。
(b-3)引用意匠の構成(IV)と本件登録意匠の構成(iv)
引用意匠の構成(IV)は,グリップが基端部から先端部に向けて次第に直径を減じる円錐面を表しており,この点は,公知意匠に見られない引用意匠に独白の構成態様である。
これに対して,本件登録意匠の構成(iv)は,公知意匠(甲3)のグリップに酷似しており,引用意匠から生じる美感と何ら共通感を惹起しない。
従って,本件登録意匠が引用意匠に類似することはあり得ない。
(b-4)引用意匠の構成(VI)と本件登録意匠の構成(vi)
引用意匠の構成(VI)が座側フレームを座体から後方に突出させた尻尾を表しているのに対して,本件登録意匠の構成(vi)は,そのような尻尾と対比されるべきものを有しておらず,座本体を座側フレームの後端と一致させることにより,座側フレームの間を座本体により埋め尽くした美観を呈するものであり,この点で顕著に相違する。
この点の相違は,上述のような空間の有無として顕われ,美観の相違に大きく影響しているから,本件登録意匠は,引用意匠と明らかに非類似である。
(オ)小括
(a)上記のとおり,共通点と相違点を総合的に評価し,引用意匠と本件登録意匠を全体観察により対比すると,本件登録意匠は,引用意匠が新規な創作部分により奏する美観と共通する美観を看取できないばかりか,本件登録意匠に特有の顕著な特徴的創作を備えており,それにより独自の美観を呈するものであるから,引用意匠に類似しないことは明らかである。
(b)更に,引用意匠(甲2)は,本件登録意匠の出願審査に際して出願拒絶理由通知に引用されたものであるところ,特許庁審査官は,被請求人の意見書を参照することにより,本件登録意匠が引用意匠とは非類似であると判断した結果,意匠登録した経緯があり,本件審判請求は,審査の蒸し返しに過ぎない。
(c)従って,請求人の主張は悉く失当であり,意匠法第3条第1項第3号を請求理由とする本件審判請求は,成り立たないことが明らかである。

(2)創作容易性に関する被請求人の主張
(ア)本件登録意匠の特徴
(a)上述したとおり,本件登録意匠は,座体に関して,段差部により幅W1と幅W2を有する異形の座本体と,該座本体から前方に向けて大きく突出された半円状の舌片部を備え,全体としての座体を一見して縦長状に表しており(構成(ii)),この点において顕著な特徴的創作が認められる。
(b)この点に関して,請求人は,創作容易であると主張するだけで,その客観的根拠を示す立証を欠如している。
(イ)小括
(a)本件登録意匠の上記した特徴創作は,本件登録意匠にのみ特有のものであり,引用意匠及び公知意匠(甲3)とは顕著に相違しており,当業者が容易に創作し得たものではない。
(b)従って,請求人の主張は悉く失当であり,意匠法第3条第2項を請求理由とする本件審判請求は,成り立たないことが明らかである。

(3)総括
以上のとおり,本件登録意匠登録は,意匠法第3条第1項第3号及び同条第2項の何れの規定にも該当しないことが明らかであり,依って,答弁の趣旨のとおりの審決を確信し,答弁書の提出に及ぶ次第である。

3 「口頭審理陳述要領書」における主張
(1)審判請求書に対する被請求人の主張
審判請求書における請求人の主張に対する被請求人の主張は,前記2に記載のとおりである。

(2)請求人は,公知意匠と引用意匠は,その具体的形態の相違により,相互に非類似の意匠であることと認めていると解される。
そうすると,引用意匠と本件登録意匠は,具体的形態が顕著に相違しているから,相互に非類似の意匠であることが明らかである。

(3)本件登録意匠の特徴的要部は,次の点にあり,これが独特の美観を呈していると評価された結果,意匠登録されたものであり,引用意匠とは明らかに非類似の意匠である。
(ア)座体は,左右の座側フレームの間に納められた座本体と,該座本体から前方に大きく突出された舌片部を連設しており,座本体と舌片部の連設部分に段差部を表し,座本体の最大幅Wlよりも舌片部の幅W2がW1>W2として表され,舌片部の前端から座本体の後端に至る長さ寸法Lと,前記幅寸法W1により特定される形態がW1<Lとされ,W1:Lを概ね1.0:1.5とすることにより,顕著な縦長形状とされている(前記2(1)(ウ)(b)の構成(ii))。
(イ)前記舌片部は,前縁が半円状の円弧縁を表しており,まさに「舌」のような形態として視認される(前記2(1)(ウ)(e)の構成(v))。
(ウ)左右座側フレームは,後端部が座体(座本体)を超えることなく,座本体の後端と同じ位置で終わっている(前記2(1)(ウ)(f)の構成(vi))。
(エ)その結果,引用意匠と本件登録意匠は,平面視シルエットを顕著に相違している。因みに,このようなシルエットの相違は,平面視のみならず,斜視においても明確に視認されることはいうまでもない。

(4)弁駁書に対する被請求人の主張
弁駁書における請求人の主張は,審判請求書における主張の補足に過ぎないから,特に反論の必要はない。
請求人が本件登録意匠と引用意匠が類似すると主張する根拠は,要するに,「基本的構成態様」(身体鍛錬機の物品に関して,中央の座面の左右に一対の揺動アームを設け,揺動アームの上部に2つのグリップを直線上に座面と平行になるように設け,また,当該揺動アームは座面脇に配された座面側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームからなり,これら2つのフレームを正面視にて「略くの字状」に配した態様)が共通するという点にある。
しかしながら,このような「基本的構成態様」は,公知意匠(甲3)により公知の形態であり,引用意匠に特有のものではない。
因みに,請求人は,公知意匠に「座面側フレーム」が表されていないと主張するが,甲3の図面を正しく認識していないばかりか,仮に「座面側フレーム」だけが引用意匠に新規な意匠構成であると仮定する場合でも,何故に上記のような「基本的構成態様」を以て意匠の類否を決しなければならないのか,請求人の主張は極めて不可解であり,失当である。
ところで,請求人が主張するような座面側フレームを含む「基本的構成態様」を有する身体鍛錬機の意匠は,決して請求人主張のように常に必ず引用意匠に類似するのではなく,その余の具体的構成態様が異なれば,御庁において引用意匠とは非類似であるとして意匠登録されている実例(乙1ないし乙6)が多数存在している。
このような登録例が示す事実は,請求人が主張する意匠の基本的構成態様とその美観の評価が請求人の主観的な評価であって,何ら客観性を有しないことの証左である。

(5)証拠方法
・乙第1号証(意匠登録第1545205号公報)
・乙第2号証(意匠登録第1546164号公報)
・乙第3号証(意匠登録第1546184号公報)
・乙第4号証(意匠登録第1546267号公報)
・乙第5号証(意匠登録第1557165号公報)
・乙第6号証(意匠登録第1559165号公報)


第4 口頭審理
当審は,本件審判について,平成29年(2017年)3月13に口頭審理を行い,審判長は,同日付で審理を終結した。(平成29年3月13日付け「第1回口頭審理調書」)


第5 当審の判断
1 本件登録意匠
本件登録意匠の意匠に係る物品は「身体鍛錬機」であり,本件登録意匠の形態は,その意匠登録出願の願書に記載され,願書に添付した図面に表されたとおりである。(別紙第1参照)
本件登録意匠の形態は,以下のとおりである。なお,図の表示は,甲第2号証(引用意匠)にあわせ,本件登録意匠の「正面図」を「左側面図」とし,その他の図もこれに倣うこととする。
A 全体の構成
(ア)全体が左右対称で,座面と一対の揺動アームで構成され,
(イ)平面視して中央に,縦横比が約1.5:1の縦長な板状の座面を配し,
(ウ)座面の左右に,側面視して略倒V字状の揺動アームを設け,
(エ)揺動アームの上部に略円柱状のグリップを座面と平行に設けており,左右揺動アームのグリップは向かい合うように隙間を狭く直線状に配されている。
B 具体的構成態様
(ア)座面について
平面視して,後方を略隅丸四角形状,前方を略半円形の舌片状とし,後端から約1/2付近の両側端を緩やかなS字を描く段差状にして座面の横幅を狭くし,その前方に極僅かな段差を折り畳み部分として設け,前端を半円形状に形成している。底面視して,座面下部には,揺動フレームをつなぐ2本のフレームが平行に設けられ,前端の半円形状の折り畳み部分は,後方の座面に比して約1.5倍の肉厚で床に接しており,後方の座面との間は座面のカバー部材のみで形成された部分が細幅の溝状に看取される。また,側面視して,座側フレームの前方に全長の約1/3の長さで座面部分が看取される。
(イ)揺動アームについて
側面視して,ブラケット部から後方に向かって斜め上方に伸びるフレームは直線状であり,平面視して,座側フレームの後端が座面の後端とそろっており,調節用のつまみ等は有さない。
(ウ)グリップについて
隅丸の円柱状で,直径と長さの比を約1:3として,中央の約1/3が凹弧状に形成されている。
(エ)ブラケットについて
側面視して,上部フレームに沿って湾曲した略縦長台形状をなし,表面に略扇形に縁取りされた凸部を形成し,扇の要に該当する部位を揺動アームの支点としている。

2 無効理由の要点
請求人が主張する本件登録意匠の登録の無効理由の要旨は,以下のとおりである。
(1)意匠法第3条第1項第3号
本件登録意匠(意匠登録第1542425号の意匠。別紙第1参照。)は,その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第2号証に記載された引用意匠と類似する意匠であり,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものであるので,本件登録意匠は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。

(2)意匠法第3条第2項
本件登録意匠は,甲第2号証に掲載された引用意匠,すなわち,出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものであり,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるので,本件登録意匠は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。

3 無効理由の判断
(1)意匠法第3条第1項第3号
本件登録意匠が,引用意匠と類似する意匠であるか否かについて検討する。
ア 引用意匠
引用意匠は,意匠登録第1500344号の意匠であって,引用意匠が掲載された意匠公報である甲第2号証は,本件登録意匠の出願前である平成26年(2014年)6月16日に発行されており,引用意匠の意匠に係る物品は,甲第2号証の記載によれば「身体鍛錬器具」であり,引用意匠の形態は,甲第2号証に記載されたとおりである。(別紙第2参照)
引用意匠の形態は,以下のとおりである。
A 全体の構成
(ア)全体が左右対称で,座面と一対の揺動アームで構成され,
(イ)平面視して中央に,縦横比が約1:1.3の横長な板状の座面を配し,
(ウ)座面の左右に,側面視して略倒V字状の揺動アームを設け,
(エ)揺動アームの上部に略円柱状のグリップを座面と平行に設けており,左右揺動アームのグリップは向かい合うように隙間を狭く直線状に配されている。

B 具体的構成態様
(ア)座面について
平面視して,後端の両隅を隅丸,前端を弓形の円弧状として,縁部を帯状に傾斜面としている。底面視して,座面下部には,揺動フレームをつなぐ2本のフレームが平行に設けられ,前端にもフレームと推認される弓形の帯状部分が見られるが,座面に折り畳み部分がないことから溝部は存在しない。また,側面視して,座側フレームの前方には全長の約1/8の座面部分が看取される。
(イ)揺動アームについて
側面視して,ブラケット部から後方に向かって斜め上方に伸びるフレームは略への字状に湾曲しており,平面視して,座側フレームの後端約1/3が座面の後端から突き出しており,後端には,ねじ状の調節つまみを有する。
(ウ)グリップについて
隅丸の円柱状で,直径と長さの比を約1:3として,中央側端部に向かって僅かに縮径するテーパー状に形成されている。
(エ)ブラケットについて
側面視して,座側フレーム側の角を斜めに切り欠いた略隅丸三角形状とし,頂点に該当する部位を揺動アームの支点としている。

イ 共通点
(A)全体の構成についての共通点
(ア)全体が左右対称で,座面と一対の揺動アームで構成され,
(イ)平面視して中央に,板状の座面を配し,
(ウ)座面の左右に,側面視して略倒V字状の揺動アームを設け,
(エ)揺動アームの上部に略円柱状のグリップを座面と平行に設けており,左右揺動アームのグリップは,先端が向かい合うように隙間を狭く直線状に配されている。
(B)具体的構成態様の共通点
(ア)座面後端が直線状で両隅が隅丸に形成され,底面視において,下部に揺動フレームをつなぐ2本のフレームが平行に設けられている。
(イ)グリップが,隅丸の円柱状で,直径と長さの比を約1:3としている。

ウ 差異点
(a)座面について
(a-1)本件登録意匠は,平面視して,縦横比が1.5:1の縦長であるのに対して,引用意匠は,1:1.3の横長である。
(a-2)本件登録意匠は,平面視して,後端から約1/2付近の両側端を緩やかなS字を描く段差状にして座面の横幅を狭くし,その前方に極僅かな段差を折り畳み部分として設け,前端を半円形状に形成しているのに対して,引用意匠は,両側端に段差がなく,前端は弓形の円弧状に形成されている。
(a-3)本件登録意匠は,底面視して,半円形状の折り畳み部分が後方部分の1.5倍の肉厚であり,折り畳み部分が細幅の溝状に形成されているのに対して,引用意匠は,座面に折り畳み部分や溝状部分がなく,前端の縁にフレームと推認される部分が見られる。
(a-4)本件登録意匠は,側面視して,座側フレームの前方に全長の約1/3の長さで座面部分が看取され,前端は上側が隅丸な垂直面であるのに対して,引用意匠は,座側フレームの前方には全長の約1/8の長さで座面が看取され,前端は傾斜面である。
(b)揺動アームについて
(b-1)本件登録意匠は,側面視して,ブラケット部から後方に向かって斜め上方に延びるフレームが直線状であるのに対して,引用意匠は,略への字状に湾曲している。
(b-2)本件登録意匠は,平面視して,座側フレームの後端が座面の後端とそろっているのに対して,引用意匠は,座側フレームの後端約1/3が座面の後端から突き出している。
(b-3)本件登録意匠は,側面視して,略V字状をなす2本のフレームの構成比が,座面から斜め上方に延びる上部側フレームと座側フレームで約1:1.3であるのに対して,引用意匠は,約1:1である。
(b-4)本件登録意匠は,座側フレームの後端に調節用のつまみ等を有さないのに対して,引用意匠はねじ状の調節つまみを有する。
(c)グリップについて
(c-1)本件登録意匠は,中央の約1/3を凹弧状に形成しているのに対して,引用意匠は,中央側端部に向かって僅かに縮径するテーパー状に形成されている。
(d)ブラケットについて
本件登録意匠は,側面視して略縦長台形状で,表面に看取される扇形の要部分を揺動アームの支点としているのに対して,引用意匠は,側面視して座側フレーム側の角を斜めに切り欠いた略隅丸三角形状で,頂点部分を支点としている。

エ 両意匠の類否判断
a 意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は「身体鍛錬機」であり,引用意匠の意匠に係る物品は「身体鍛錬器具」であるが,いずれも使用者が身体を鍛錬するために使用する用途が共通し,揺動アームを用いて反復運動を行うという機能も共通するから,本件登録意匠と引用意匠の意匠に係る物品は,共通する。
b 両意匠の類否判断について
「身体鍛錬機」及び「身体鍛錬器具」は,主に床に置いて使用される。そのため,使用者は,使用時において底面部を除く各部の形状について観察することとなるので,上方から看取される座面及び揺動アームの形状が,特に注意を引きやすい部分であるが,収納時においては,折り畳むことができるか否かにも注目するものであるから,底面部を含めて使用者を中心とする需要者(流通業者を含む)の視点から,各部の形状を評価し,かつそれらを総合して意匠全体として形態を評価する。
c 形態の共通点の評価
まず,全体の構成の共通点(A)としてあげた(ア)は,両意匠の形態を概括的に捉えた場合の共通点に過ぎないものであり,(イ)は,使用時において着座姿勢での運動を想定した両意匠の形態を概括的に捉えた場合の共通点に過ぎないものであるから,この点が両意匠の類否判断に及ぼす影響を大きいということはできない。(ウ)は,反復運動を行うための揺動アームの共通点であって,両意匠の視覚的印象に関わるものではあるが,座面に沿ったフレームと後方斜め上方に延びるフレームがブラケットを介して構成される共通点は,揺動アームを概括的に捉えた共通点であって,類否判断に及ぼす影響は一定程度にとどまる。(エ)は,揺動アームのグリップの配置構成に関する共通点であるが,両意匠のみの特徴とはいえないありふれた態様であって,類否判断に及ぼす影響は微弱である。
次に,具体的構成態様の共通点(B)としてあげた(ア)は,通常は使用者が注目することのない底面の共通点であって,類否判断に影響を及ぼさないものである。(イ)は,揺動アームのグリップの構成比に関する共通点であるが,両意匠を特徴付けるものではないありふれた態様であって,類否判断に及ぼす影響は微弱である。
そうすると,共通点(A)のうち(イ)は,類否判断に一定程度の影響を及ぼすものではあるが,共通点(A)のその余の共通点及び共通点(B)は,いずれも両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これらを総合して共通点があいまった効果を勘案しても共通点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さいというほかない。
d 形態の差異点の評価
これに対して,両意匠の形態の差異点については,以下のとおり評価され,差異点を総合すると,上記共通点の影響を圧して両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすといわざるを得ない。
まず,(a)で指摘した座面の差異であるが,(a-1)の縦横比は,本件登録意匠が引用意匠と比べて縦長であることが一見して識別される差異であって,(a-2)の段差の有無や前端の態様の差異,あるいは(a-4)の左右フレームの前方に突出した座面部分の割合の差異があいまって,需要者に異なる美感を与えるものであり,(a-3)は,使用時には注目されない底面の差異ではあるものの,収納時に座面を折り畳むことができるか否かは需要者の注目するところであるから,この差異を軽視することはできず,差異点(a)が両意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
次に,(b)で指摘した揺動アームの差異であるが,(b-1)のフレームが湾曲しているか否か,また(b-2)のフレーム後端が座面の後端より突出しているか否か,及び(b-3)の上部側フレームと座側フレームの構成比の差異は,いずれも視覚的印象に影響を及ぼす差異であるし,(b-4)の調節つまみの有無についても,需要者が注意を払う部分であって軽視することはできないから,差異点(b)は,類否判断に影響を及ぼすということができる。
(c)で指摘したグリップの差異であるが,グリップは使用時に手に触れる部分であって,需要者が注意を払うことから視覚的印象の差異が,類否判断に一定程度の影響を及ぼすものということができる。
そうすると,差異点(a),差異点(b),差異点(c)は,いずれも需要者の視覚的な印象に影響を及ぼすものであって,これらがあいまって両意匠を別異のものと印象づけるものであるから,両意匠の共通点をしのぐものであるといわざるを得ない。
(d)で指摘したブラケットの差異は,ブラケットそのものの視覚的な印象の差異が,類否判断に一定程度影響を及ぼすのに加えて,揺動アームの支点の位置が相違することによって,上部側フレームを倒した際に,折れ曲がる位置の相違として視覚的印象にも影響を及ぼすことから,差異点(d)は,類否判断に影響を及ぼすといわざるを得ない。

(2)意匠法第3条第2項
請求人は,前記第2の1(2)に示すように本件登録意匠は,「甲第2号証に掲載された意匠,すなわち,出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に創作することができたもの」と主張している。
具体的には,請求書において「本件登録意匠は公然知られた引用意匠の形態を,そのまま取り込んで意匠の創作を完成することを回避し,引用意匠が有する細部の構成をありふれた手法により改変し意匠を完成したものである。」と述べ,審判事件答弁書において「座体の縦横の比率を変更することが当業者にとってありふれた手法である」とするものである。
a 引用意匠について
引用意匠は,意匠登録第1500344号の意匠であって,前記3.(1)アのとおりである。
b 創作容易性の判断
請求人の無効理由2についての主張は,当業者がありふれた手法に基づいて引用意匠を改変することによって,本件登録意匠を容易に創作することができたというものである。
本件登録意匠と引用意匠は,前記3.(1)イのとおり,(ア)平面視して中央に,板状の座面を配し,(イ)座面の左右に,側面視して略倒V字状の揺動アームを設け,(ウ)揺動アームの上部に略円柱状のグリップを座面と平行に直線状に設けている点において,共通しているので,ありふれた手法により改変することによって本件登録意匠が当業者によって容易に創作できたものであるかについて検討し判断する。
まず,座面については,前記3.(1)ウ(a)のとおりの差異が認められるが,請求人の主張するように引用意匠の座面の縦横比を変更したとしても,本件登録意匠の座面は,平面視した際の段差や前端の曲線,底面視した際の折り畳み部分や座面の厚み,側面視した際の前端等の態様にも変更を加えなければ想到することができないところ,これらの変更が,「身体鍛錬機」,「身体鍛錬器具」の属する物品分野においてありふれた手法であることを示す証拠はないから,左右フレームの前方に大きく突出した座面前端を折り畳める態様に変更することまでを含めて,当業者が容易に想到することができたということはできない。
次に,揺動アームについては,前記3(1)ウ(b)のとおりの差異が認められるが,本件登録意匠の揺動アームは,平面視した際に後方に大きく突出した引用意匠の座側フレームが座面の後端にそろうように座面を後方に延長したというものではなく,側面視して略V字状をなす2本のフレームの構成比が本件登録意匠と引用意匠で相違しており,ありふれた手法で座面の長さを調整したとまでいうことはできず,更に,座側フレーム後端の調整用つまみや,ブラケット部から後方に向かって斜め上方に延びるフレーム座側フレームの態様にも変更を加えなければ想到することができないことを勘案すれば,当業者が容易に想到することができたということはできない。
次に,グリップについては,前記3(1)ウ(c)のとおりの差異が認められるが,本件登録意匠のグリップは,引用意匠がテーパー状であるのに対して,中央が凹弧状に括れていて形態が大きく異なっており,これらの変更が,ありふれた手法であることを示す証拠はないから,当業者が容易に想到することができたということはできない。
そうすると,本件登録意匠の具体的態様については,甲第2号証の構成比率を変更することによって,当業者が容易に創作できたということはできない。

(3)請求人の主張について
なお,請求人は,意匠の要部を認定する際は公知意匠を参考にして検討すべきであり,「ありふれた公知部分のウェイトを低く」認識し,「新規な部分のウェイトを大きく」把握しながら全体的な印象を把握して,意匠の要部を認定する必要がある。そして,需要者・取引者は,使用時に最も目に付きやすく,又は,物品全体の形状が把握しやすい,平面又は斜め横から見た形態に無頓着であるはずがなく,よって,本件登録意匠と引用意匠における意匠の要部は,平面又は斜め横から見た態様にあるとの評価の下,本件登録意匠と引用意匠の類否を検討するとして,使用時において座面脇に配された座面側フレームと座面から斜め上方に延びる上部側フレームの2つのフレームを「略くの字状」(当審では「略倒V字状」と認定)に配した態様は,使用時において最も目に付きやすいことから,意匠の支配的基調を形成し,看者に強い印象を与えるものであって,これら2つのフレームの態様の共通点のみをもってしても,意匠の看者は両意匠から共通の印象を受けるものであるし,それまでの公知意匠に全く見られなかった態様であるとして,引用意匠の優先日よりも前に公知となっていた意匠である甲第3号証の存在を示して,公知意匠は,座側フレームを視認することができず,仮にフレームが認識できるとしても,座面両側部と後部を囲む概ねコ字状のものであって,それぞれ座側フレームを配置した引用意匠の構成は新規な創作として評価されるべきものであると主張する。
しかしながら,引用意匠と甲第3号証の公知意匠の相違点は,座面の左右両側に座側フレームと上部側フレームによって略倒V字状に構成した揺動アームの態様のみにとどまるものではないので,甲第3号証の公知意匠が存在するからといって,本件登録意匠と引用意匠の2つのフレームの態様の共通点のみをもってして,意匠の看者は両意匠から共通の印象を受けるものであるとの主張は,首肯することができず,また,本件登録意匠と引用意匠は,揺動フレームの具体的態様については,前記3(1)ウ(b),揺動フレームの座面との位置関係については,前記3(1)ウ(a-4)のように差異点が見られ,更に前記3(1)ウ(d)の揺動アームの支点の位置を含めたブラケットの態様の差異を勘案すれば,上部側フレームを倒した際の態様にも差異がみられるから,請求人の主張を採用することはできない。

(4)小括
以上のとおり,両意匠は,意匠に係る物品が共通するが,両意匠の形態においては,共通点が両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さく,これに対して,両意匠の形態の差異点を総合すると両意匠に及ぼす影響は大きく,共通点が需要者に与える美感を覆して両意匠を別異のものと印象づけるものであるから,本件登録意匠は引用意匠に類似するということはできない。
すなわち,本件登録意匠(意匠登録第1542425号の意匠。別紙第1参照。)は,その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である甲第2号証に記載された引用意匠と類似しないので,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないとはいえず,本件登録意匠は同法第48条第1項第1号に該当しないので,無効とされるべき理由はない。
また,本件登録意匠は,甲第2号証に掲載された引用意匠,すなわち,出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものであるということはできない。
すなわち,無効理由2によって,本件登録意匠の登録が,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものということはできず,本件登録意匠は同法第48条第1項第1号に該当しないので,無効とされるべき理由はない。


第6 むすび
以上のとおりであるから,請求人の主張する無効理由1及び無効理由2に係る理由及び証拠方法によっては,本件登録意匠の登録は無効とすることはできない。
審判に関する費用については,意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
別掲
審決日 2017-06-26 
出願番号 意願2015-8027(D2015-8027) 
審決分類 D 1 113・ 113- Y (E3)
D 1 113・ 121- Y (E3)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 八重田 季江 
特許庁審判長 小林 裕和
特許庁審判官 温品 博康
渡邉 久美
登録日 2015-12-18 
登録番号 意匠登録第1542425号(D1542425) 
代理人 伊藤 孝太郎 
代理人 中村 知公 
代理人 前田 大輔 
代理人 中野 収二 

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ