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審決分類 審判    B9
審判    B9
管理番号 1396347 
総通号数 16 
発行国 JP 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2023-04-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2020-06-03 
確定日 2023-03-23 
意匠に係る物品 スライドファスナー用スライダーの胴体 
事件の表示 上記当事者間の意匠登録第1270572号「スライドファスナー用スライダーの胴体」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。
理由 第1 手続の経緯
本件意匠登録第1270572号の意匠(以下「本件登録意匠」という。)は、平成17年(2005年)12月6日に意匠登録出願(意願2005−35958)されたものであって、平成18年3月8日付けで登録査定がなされ、同年3月24日に意匠権の設定の登録がされた後、同年5月15日に意匠公報が発行され、令和1年(2019年)12月17日の判定請求に対して、令和2年(2020年)5月19日付けで判定がなされ、その後、当審において、概要、以下の手続を経たものである。

令和2年 6月 3日付け 審判請求書の提出
同年 8月21日付け 審判事件答弁書の提出
同年 10月23日付け 審判事件弁駁書の提出
同年 11月17日付け 審理事項通知書の送付
同年 12月28日付け 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
令和3年 1月13日付け 口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
同年 3月 8日 口頭審理
同年 3月22日付け 上申書(被請求人)
同年 4月14日付け 上申書(請求人)

第2 請求の趣旨及び理由
請求人は、令和2年6月3日付けで審判請求書を提出し、「登録第1270572号意匠の登録を無効とする 審判費用は被請求人の負担とする との審決を求める。」と請求し、その理由として、要旨以下のとおり主張し、その主張事実を立証するため、甲第1号証ないし甲第9号証を提出した。

1 請求の理由

(1)本件登録意匠
意匠登録第1270572号
意匠に係る物品「スライドファスナー用スライダーの胴体」

(2)手続の経緯
出願 平成17年12月6日
登録 平成18年3月24日

なお、本件登録意匠(甲7)を巡っては、令和元年12月17日に、被請求人から請求人に対し、請求人が販売等する製品に係る意匠が本件登録意匠に類似する意匠の範囲に属するとして、判定請求事件が提起され(判定2019−600039。以下「別件判定事件」といい、被請求人が別件判定事件を提起するにあたり貴庁に提出した判定請求書(甲8)を以下「別件判定請求書」という。)、令和2年5月19日に判定がなされた(甲9)。

(3)無効理由の要点
本件登録意匠は、本件登録意匠の出願前に公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠である甲1に掲載された意匠(以下「甲1意匠」という。)に類似する意匠であり、意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものであるので、同法第48条第1項第1号の規定に基づきその登録を無効とすべきである(以下「無効理由1」という。)。
また、本件登録意匠は、甲1意匠及び公知意匠(甲2、甲4、甲5、甲6に記載の意匠等)に基づいて、当業者が容易に創作できた意匠であり、意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるので、同法第48条第1項第1号の規定に基づきその登録を無効とすべきである(以下「無効理由2」という。)。

(4)無効理由1(新規性欠如)
(4−1)総論
本件登録意匠と甲1意匠は、意匠に係る物品が一致し、かつ、その形態は、実質的な差異点がなく、また、本件登録意匠の要部において共通し、意匠全体として需要者に共通の美感を起こさせるものであるから、類似する。したがって、本件登録意匠は新規性欠如の無効理由を有する。
なお、甲1意匠は、本件登録意匠の出願前である2004年頃に頒布された新輝行社発行の2004年版製品カタログ(甲1・3頁)に掲載されたスライドファスナー用のスライダーの胴体の意匠である。なお、カタログ表紙(甲1・1頁)に「2004」、「2004年版」と記載されている。

(4−2)意匠に係る物品の一致
本件登録意匠と甲1意匠はいずれも意匠に係る物品が「スライドファスナー用のスライダーの胴体」であり、意匠に係る物品が一致する。

(4−3)本件登録意匠の形態
本件登録意匠の形態は、以下のとおりである。
A:本体部は、正面図及び背面図の上方において幅広形状となり、下方において幅狭形状となり、両形状は遷移部分において滑らかな曲線によって連結され、いずれにおいても丸みを帯びた形状となっている。
B:本体部の正面図及び背面図の上下方向の長さ(進行方向の長さ)と左右方向の長さ(幅方向の長さ)の比は約1.17:1となっている。
C:本体部は、上翼板と、下翼板と、これら上翼板と下翼板を本体部の端部(右側面図の上側端部)で連結する連結柱とを有している。
D:右側面図において、上翼板は下方に突出した上部フランジ部を、下翼板は上方に突出した下部フランジ部を有している。
E:引手部は、本体部の上面に設けられ、根本部が本体部に連結されており、根本部と逆側端部である先端部は本体部に連結されていない。
F:右側面図において、引手部の根本部と先端部は、引手部の中間部と比較して幅が大きくなっている。
G:引手部の根本部の端部は、上翼板の端部から若干ずれて設けられている。



(4−4)甲1意匠の形態
甲1意匠の形態は、以下のとおりである。
a:本体部は、正面図及び背面図の上方において幅広形状となり、下方において幅狭形状となり、両形状は遷移部分において滑らかな曲線によって連結され、いずれにおいても丸みを帯びた形状となっている。
b:本体部の正面図及び背面図の上下方向の長さ(進行方向の長さ)と左右方向の長さ(幅方向の長さ)の比は約1.17:1となっている。
c:本体部は、上翼板と、下翼板と、これら上翼板と下翼板を本体部の端部(右側面図の上側端部)で連結する連結柱とを有している。
d:右側面図において、上翼板は下方に突出した上部フランジ部を、下翼板は上方に突出した下部フランジ部を有している。
e:引手部は、本体部の上面に設けられ、根本部が本体部に連結されており、根本部と逆側端部である先端部は本体部に連結されていない。
f:右側面図において、引手部の根本部と先端部は、引手部の中間部と比較して幅が大きくなっている。
g:引手部の根本部の端部は、上翼板の端部とほぼ一致して設けられている。



(4−5)先行周辺意匠の摘示
本件登録意匠の出願人である被請求人は、別件判定請求書において、本件登録意匠の先行周辺意匠として、以下の各意匠を摘示した。
甲2 意匠登録第1067634号
発行日 平成12年4月24日(2000.4.24)
甲3 意匠登録第1193368号
発行日 平成16年1月6日(2004.1.6)
甲4 意匠登録第1211912号
発行日 平成16年7月20日(2004.7.20)

(4−6)本件登録意匠と甲1意匠との対比
ア 共通点
甲1意匠は、本件登録意匠の構成要素のうち構成G以外の全ての構成要素を備える。すなわち、本件登録意匠の構成Aと甲1意匠の構成a(以下「共通点(A)」という。)、本件登録意匠の構成Bと甲1意匠の構成b(以下「共通点(B)」という。)、本件登録意匠の構成Cと甲1意匠の構成c(以下「共通点(C)」という。)、本件登録意匠の構成Dと甲1意匠の構成d(以下「共通点(D)」という。)、本件登録意匠の構成Eと甲1意匠の構成e(以下「共通点(E)」という。)、本件登録意匠の構成Fと甲1意匠の構成f(以下「共通点(F)」といい、共通点(A)から共通点(F)を「各共通点」と総称する。)は、それぞれ対応する共通点である。

イ 差異点
本件登録意匠の引手部の根本部の端部は上翼板の端部から若干ずれて設けられている(構成G)のに対し、甲1意匠の引手部の根本部の端部は上翼板の端部とほぼ一致して設けられている(構成g)から、両意匠には引手部の根本部の端部の位置について、差異が認められ得る。

(4−7)本件登録意匠と甲1意匠の類似(共通点と差異点の評価)
ア 実質的な差異点の不存在
本件登録意匠と甲1意匠はほぼ全ての構成要素が共通する。各共通点はあいまって需要者に共通の美感を起こさせるものであり、本件登録意匠と甲1意匠は基本的な造形や特徴において極めて共通性が高い。
他方、差異点についてみるに、甲1意匠の引手部の根本部の端部は上翼板の端部とほぼ一致して設けられているが、右側面図を詳細に観察すると、上翼板の端部が引手部の根本部の端部よりも僅かに突出している。



すなわち、甲1意匠の根本部の端部は上翼板の端部から僅かにずれて設けられており、「引手部の根本部の端部は上翼板の端部から若干ずれて設けられている」という本件登録意匠の形態と共通する形態であると理解しても差し支えないものである。このように、本件登録意匠と甲1意匠との差異点は、実質的な差異点ではなく、両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱に留まり、両意匠の共通点が類否判断に及ぼす影響を凌駕するものとはいえない。
以上より、本件登録意匠と甲1意匠の形態は類似する。

イ 本件登録意匠の要部
本件登録意匠の出願人である被請求人は、別件判定請求書において、本件登録意匠の要部に関し、以下のとおり説明している。
「上記先行周辺意匠のように、従来の意匠においては、本体部の進行方向に沿った長さが、当該進行方向に直交する幅方向の長さと比較して、相当程度、長くなっており、細長い印象を与えるものとなっている。これに対して、本件登録意匠では、本体部の進行方向に沿った長さと当該進行方向に直交する幅方向の長さとの差が小さく、本体部の進行方向に沿った長さが進行方向に直交する幅方向の長さの1.2倍程度となり、全体として、丸みを帯びた印象を与えるものとなっている。この印象は、本体部の幅広形状及び幅狭形状とこれらを連結する遷移部分のいずれにおいても丸みを帯びた形状となり、引手部も丸みを帯びていることによって、より強調されている。
スライダーがバッグ等で利用される場合、スライダーのうち本体部の正面図における形状を需要者は最も目にすることになることも鑑みると、本件登録意匠では、本体部の幅広形状及び幅狭形状とこれらを連結する遷移部分のいずれにおいても丸みを帯びた形状となり、本体部の進行方向に沿った長さと当該進行方向に直交する幅方向の長さとの差が小さくなり、本体部の進行方向に沿った長さが進行方向に直交する幅方向の長さの1.2倍程度となる点は、需要者に対いて最も印象を与える形状である。」(甲8・18頁以下)
被請求人の別件判定事件における上記説明によれば、本件登録意匠の構成A及び構成Bが本件登録意匠の要部であると理解される(なお、この点に関し、別件判定事件の審判体も「(需要者の)目につきやすい正面視における態様について第一に評価し」(甲9・21頁)、「上端から左右の中央付近までを略半円弧状としたあと、下に向かって凹弧状にくびれながら垂下し、全体がやや凸弧状に膨出した下辺の両端と隅丸状に繋がったものとした態様は、角や直線を排除した曲線のみの構成で、全体として丸みのある柔和な視覚的効果を醸成しており、また、上端から略半円弧状に広がる上半分の外形状が、円形を基調とする印象をもたらしている一方、その下に続く両側のくびれが織りなす曲線の変化が、両意匠に共通するアクセントとして、需要者に強い共通の美感を起こさせているから、両意匠の類否判断に与える影響は大きい。」(甲9・22頁)として、本体部を正面視した際の全体的なシルエットが本件登録意匠の要部であるとの判断を示している。)。
被請求人が別件判定事件において行った本件登録意匠の要部に関する上記説明を前提に本件登録意匠と甲1意匠の類否について検討するに、両意匠は、特に、本体部の正面図及び背面図の上下方向の長さ(進行方向の長さ)と左右方向の長さ(幅方向の長さ)の差が小さくなり、本体部の進行方向に沿った長さが当該進行歩行に直交する幅方向の長さの約1.17倍であり、かつ本体部の幅広形状及び幅狭形状とこれらを連結する遷移部分のいずれにおいても丸みを帯びた形状となっている点で共通する。両意匠は、全体として丸みを帯びた印象を与えるものとなっており、このような共通点の形状は、両意匠の類否判断に大きな影響を与えるものである。他方、両意匠の差異点については、上記アのとおり僅かな差異であり、両意匠の類否判断に及ぼす影響は微弱に留まり、両意匠の共通点が類否判断に及ぼす影響を凌駕するものとはいえない。
以上より、本件登録意匠と甲1意匠の形態は類似する。

(4−8)本件登録意匠と甲1意匠の類否
以上のとおり、本件登録意匠と甲1意匠は、意匠に係る物品が一致し、形態においては、差異点を考慮しても、その視覚に訴える意匠的効果としては、共通点(A)及び共通点(B)を中心とする各共通点が両意匠の類否判断に与える影響が大きく、共通点が生じさせる効果が差異点のそれを凌駕し、意匠全体として需要者に共通の美感を起こさせるものであるから、類似するものといえ、本件登録意匠は甲1意匠に類似する。

(4−9)小括
以上のとおり、本件登録意匠は、本件登録意匠の出願前に公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠である甲1意匠に類似する意匠であり、新規性欠如の無効理由を有する。

(5)無効理由2(創作容易
(5−1)総論
上記(4−6)イの差異点に係る形態は本件登録意匠の出願時に公知である。当業者は、差異点に係る甲1意匠の構成を他の公知意匠(甲2、甲4、甲5、甲6に記載の意匠等)の構成に置き換えることにより、本件登録意匠を容易に創作できた。すなわち、本件登録意匠は、甲1意匠及び公知意匠(甲2、甲4、甲5、甲6に記載の意匠等)に基づいて当業者が容易に創作できた意匠であり、創作容易の無効理由を有する。

(5−2)共通点と差異点
本件登録意匠と甲1意匠の共通点は上記(4−6)アのとおりであり、差異点は上記(4−6)イのとおりである。本件登録意匠と甲1意匠とは、ほぼ全ての構成要素を共通とし、引手部の根本部の端部の位置(本件登録意匠の引手部の根本部の端部は上翼板の端部から若干ずれて設けられている(構成G)のに対し、甲1意匠の引手部の根本部の端部は上翼板の端部とほぼ一致して設けられている(構成g)。)に係る構成についてのみ差異点が存する。

(5−3)公知意匠は差異点に係る構成を有する
本件登録意匠の出願時に公知の甲2、甲4、甲5及び甲6に記載のスライダーは、いずれも、引手部の根本部の端部が上翼板の端部から若干ずれて設けられている。すなわち、甲2、甲4、甲5及び甲6に記載の各公知意匠は、いずれも、本件登録意匠と甲1意匠の差異点に係る構成を有する。

(5−4)創作容易
上記(5−3)のとおり、スライダーにおいて引手部の根本部の端部が上翼板の端部から若干ずれて設けられている構成はありふれたものであり、当業者は、甲1意匠の引手部の根本部の端部の位置に係る構成を甲2、甲4、甲5及び甲6に記載の各公知意匠の対応する構成に置き換えることにより、容易に本件登録意匠を創作することができた。

(5−5)小括
以上のとおり、本件登録意匠は、甲1意匠及び公知意匠(甲2、甲4、甲5、甲6に記載の意匠等)に基づいて、当業者が容易に創作できた意匠であり、無効理由を有する。

(6)結語
以上の次第であるから、本件登録意匠は、意匠法第3条第1項第3号又は同条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるので、同法第48条第1項第1号の規定に基づきその登録を無効とすべきである。

2 証拠方法
(1)甲第1号証 製品カタログ「新輝行2004」(抜粋)

(2)甲第2号証 意匠公報(意匠登録第1067634号)

(3)甲第3号証 意匠公報(意匠登録第1193368号)

(4)甲第4号証 意匠公報(意匠登録第1211912号)

(5)甲第5号証 米国特許公報(USD484829)

(6)甲第6号証 公開特許公報(特開平10−179216号)

(7)甲第7号証 意匠公報(意匠登録第1270572号)

(8)甲第8号証 判定請求書(判定2019−600039)

(9)甲第9号証 判定(判定2019−600039)

第3 答弁の趣旨及び理由
被請求人は、令和2年8月21日付けで、審判事件答弁書(以下「答弁書」という。)を提出し、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、要旨以下のとおり主張し、証拠として乙第1号証及び乙第2号証を提出した。

1 理由
(1)甲1が公然知られた意匠であることが立証されていない
請求人は甲1を用いて新規性欠如及び創作非容易性欠如を主張している。
しかしながら、そもそも、甲1が本件登録意匠の出願日前に頒布されていたこと等について、一切立証していない。甲1の抄訳によれば「製品カタログ」と記載されているようであるが、実際に製品カタログであるのか、また頒布されたのか、さらに頒布された時期及び頒布された対象については全くもって不明である。
被請求人において、甲1のカタログを入手するために、甲1の作成者とされている「晋江新輝行制造有限公司」について調べたところ、2004年当時から「晋江新輝行制造有限公司」たる企業が存在しない可能性が高いことが判明した(乙1)。
具体的には、中国にも拠点を置くIP FORWARDを利用して、乙1に記載されている「晋江新輝行制造有限公司」たる企業の調査を行った。
乙1に記載されているとおり、国家企業信用情報公示システムを用いて、乙1に記載されている「晋江新輝行制造有限公司」を検索し、登記情報を確認したが、関連しそうな情報を見つけることができなかった。
甲1に記載の電話番号に電話をかけても、現時点で使われていない状況であった。電話番号の検索サービスを提供している「114査号台」に電話したが、「晋江新輝行制造有限公司」たる企業に関する情報がなく、かつ、カタログに記載されている電話番号は現在いずれも登録されていないものであった。
また「晋江新輝行制造有限公司」の所在地とされている「晋江市青(当審注:中国語表記のため中略。以下、単に「中略」という。)光工(中略)区」に関連する情報を確認できなかった。つまり、「工(中略)区」と記載されているものの、マップで住所確認したところ「晋江市青(中略)」という地域は銀行、小学校、政府機関、講演等の商業施設が多いものであり、該当する工業区が見つからなかった。
また、工商局「晋江市工商局」に電話をかけて、「晋江新輝行制造有限公司」に関連する情報を入手することを試みたが、「晋江新輝行制造有限公司」に関連しそうな情報が見つからなかった。
さらに言えば、甲1では「晋江市青(中略)光工(中略)区」という住所表記しかなく、その先の番地等については全く記載されていない。このことからしても甲1が実際の製品カタログであるかを疑わしいものである。
以上のことから、甲1の作成者とされている「晋江新輝行制造有限公司」が2004年に実在していたかも甚だ疑わしい。
公報ではなく「2004年版」と記載されているに過ぎない甲1を先行意匠として用いるのであれば、請求人において、甲1の3頁目の内容を含め、甲1が「2004年」において作成され、かつ公に頒布されていたことを立証すべきである(主張立証責任は請求人が負うものである。)。
被請求人が確認した事項からすると、甲1が「2004年」当時において公に頒布されていたとは到底認めることはできない。
なお、乙1の4頁目以降は、本件登録意匠の判定請求で請求人から提出された乙14(本件の甲1)を添付したものである。

(2)審判請求が成り立つ余地は存在しない
被請求人の主張は、甲1に基づく新規性欠如と、甲1と甲2及び甲4乃至甲6に基づく創作非容易性欠如であるところ、上記のとおり甲1を先行意匠として用いることができない。
したがって、請求人による審判請求が成り立つ余地は存在しない。

(3)結語
以上の次第であるので、答弁の趣旨に記載のとおりの審決を求める。

2 証拠方法
(1)乙第1号証 晋江新輝行制造有限公司〜企業調査及びカタログ入手調査〜

第4 弁駁の趣旨及び理由
請求人は、令和2年10月23日付けで、被請求人の答弁に対し審判事件弁駁書(以下「弁駁書」という。)を提出し、要旨以下のとおり主張をし、その主張事実を立証するため、甲第10号証ないし甲第26号証を提出した。

1 弁駁の理由
(1)はじめに
被請求人は、乙1の報告内容をもって、甲1の作成者たる「晋江新輝行制造有限公司」(以下「新輝行」という。)は2004年当時から存在しない可能性が高いなどと主張して、甲1意匠が「公然知られた意匠」又は「頒布された刊行物に記載された意匠」であることが立証されていないと主張する。
しかし、中国においてもビジネスを展開する被請求人が、中国において法人登記を有することなく「有限公司」の名称を使用して事業活動を行う事業体が多数存在することを知らないはずはないし、また、カタログ等の販促資料において所在地情報に正式名ではなく通称等が記載されることも珍しくないことを知らないはずはない。被請求人の上記主張は、日本と中国のビジネスに関する実情(事業の在り方やカタログの品質)の差異を奇貨としてなされた主張である。
甲1はその記載内容(甲10)のみをもってしても広く頒布された刊行物であることが明らかであるが、被請求人の主張を踏まえ請求人が調査をしたところ、新輝行の従業員や新輝行から営業を受けた企業の担当者から新輝行について説明を受けることができた。そのうちの数名から陳述書を取得したので、証拠提出する。また、甲1以外にも、新輝行のカタログを複数入手することができたので、証拠提出する。

(2)陳述書について
(2−1)総論
請求人は、以下の者から陳述書を取得した。
甲11 氏名:柯暁勇
立場:元新輝行従業員(現東莞市永聖紡績品有限公司従業員)
甲12 氏名:陳志基
立場:元深セン市宝安区大浪万有手袋廠従業員
甲13 氏名:黄永貴
立場:元東莞鳳崗官井頭連邦電子廠従業員
甲14 氏名:黄建倫
立場:元深セン市宝安区観瀾豊星手袋廠従業員
甲15 氏名:梁一諤
立場:元寰彪有限公司従業員
甲16 氏名:黄東明
立場:元恵州鈞成手袋有限公司従業員
甲17 氏名:王国輝
立場:元恵州市上運体育袋製造有限公司従業員

各陳述書の概要は、下記(2−2)から(2−8)のとおりである。

(2−2)柯暁勇の陳述書(甲11)の概要
柯暁勇は、2003年から2004年まで新輝行に就労していた、新輝行の元従業員である。柯暁勇によれば、新輝行は、2003年頃に設立され、各種ジッパー関連製品の製造販売の事業を行っていた。柯暁勇は、新輝行において、営業担当の立場にあり、メーカー等を訪問して、営業活動を行っていた(甲18)。柯暁勇によれば、新輝行では、顧客に対し、会社製品の宣伝のために、カタログを作成し、顧客や他の企業に配布していた。2004年には、甲1(甲10)と同様の様式と内容のカタログを作成し、配布していた。

(2−3)陳志基の陳述書(甲12)の概要
陳志基は、2003年から2014年まで鞄メーカーである深セン市宝安区大浪万有手袋廠に就労していた。陳志基は、深セン市宝安区大浪万有手袋廠においてマネージャーの立場にあった。2004年頃、複数のサプライヤーとの食事会を行った際に、陳志基は新輝行の営業担当者より営業を受けた。陳志基は、その際、新輝行の営業担当者より、カタログ等の販促資料を受け取った(甲19)。

(2−4)黄永貴の陳述書(甲13)の概要
黄永貴は、1996年から2004年まで電子部品メーカーである東莞鳳崗官井頭連邦電子廠に就労していた。黄永貴は、東莞鳳崗官井頭連邦電子廠において材料部門責任者の立場にあった。2004年頃、ある企業に訪問した際に、当該企業で新輝行の営業担当者と面識を持った。黄永貴は、その際、新輝行の営業担当者より、カタログ等の販促資料を受け取った(甲20)。

(2−5)黄健倫の陳述書(甲14)の概要
黄健倫は、2007年から2011年まで鞄メーカーである深セン市宝安区観瀾豊星手袋廠に就労していた。黄健倫は、深セン市宝安区大浪万有手袋廠においてマネージャーの立場にあった。2007年頃、黄健倫は、複数のサプライヤーを商談のために招待した際に、新輝行の営業担当者も参加し、同人より営業を受けた。黄健倫は、その際、新輝行の営業担当者より、2004年と表記されたカタログ等の販促資料を受け取った(甲21)。

(2−6)梁一諤の陳述書(甲15)の概要
梁一諤は、1997年から2005年まで、スポーツ用品メーカーである寰彪有限公司(英名:PUMA)に就労していた。梁一諤は、寰彪有限公司においてマネージャーの立場にあった。2004年頃、複数のサプライヤーからの訪問を受けた際に、梁一諤は新輝行の営業担当者より営業を受けた。梁一諤は、その際、新輝行の営業担当者(柯暁勇)より、名刺(甲22)と共にカタログ等の販促資料を受け取った。

(2−7)黄東明の陳述書(甲16)の概要
黄東明は、2006年から2015年まで、鞄メーカーである恵州鈞成手袋有限公司に就労していた。黄東明は、恵州鈞成手袋有限公司においてマネージャーの立場にあった。2006年頃、ある企業を訪問した際に、黄東明は新輝行の営業担当者と面識を持った。黄東明は、その際、新輝行の営業担当者より、カタログ等の販促資料を受け取った。

(2−8)王国輝の陳述書(甲17)の概要
王国輝は、2003年から2012年まで、スポーツ用品メーカーである恵州市上運体育袋製造有限公司に就労していた。王国輝は、恵州市上運体育袋製造有限公司において購買担当の立場にあった。2005年頃、ある企業を訪問した際に、王国輝は新輝行の営業担当者と面識を持った。

(2−9)小括
以上の各陳述書より、甲1を含む新輝行のカタログが新輝行の取引先・営業先等に広く頒布されていたこと、及び新輝行が実在していたことがより明らかとなった。

(3)新輝行のカタログについて
(3−1)総論
請求人は、今回の調査により、甲1以外の新輝行のカタログを合計3部入手した。各カタログの入手経路及び位置付けは、下記(3−1)(当審注:下記の記載において、(3−1)は、(3−2)と読み替えるものとする。)から(3−4)のとおりである。

(3−2)追加入手カタログ1(甲19)
追加入手カタログ1(甲19)は、2004年頃、陳志基が新輝行の営業担当者より入手し、保管していたものである。請求人は、今般、陳志基より追加入手カタログ1を譲り受けた。
追加入手カタログ1(甲19)は、甲1と同じ2004年に作成・頒布されたカタログである。追加入手カタログ1は、甲1が新輝行の取引先・営業先等に広く頒布されていたこと、及び新輝行が実在していたことを裏付ける客観的証拠である。

(3−3)追加入手カタログ2(甲20)
追加入手カタログ2(甲20)は、2004年頃、黄永貴が新輝行の営業担当者より入手し、保管していたものである。請求人は、今般、黄永貴より追加入手カタログ2を譲り受けた。
追加入手カタログ2(甲20)は、甲1と同じ2004年に作成・頒布されたカタログである。追加入手カタログ2は、甲1が新輝行の取引先・営業先等に広く頒布されていたこと、及び新輝行が実在していたことを裏付ける客観的証拠である。

(3−4)追加入手カタログ3(甲21)
追加入手カタログ3(甲21)は、2007年頃、黄建倫が新輝行の営業担当者より入手し、保管していたものである。請求人は、今般、黄建倫より追加入手カタログ3を譲り受けた。
追加入手カタログ3(甲21)は、甲1と同じ2004年に作成され配布が開始されたカタログである。追加入手カタログ3は、甲1が新輝行の取引先・営業先等に広く頒布されていたこと、及び新輝行が実在していたことを裏付ける客観的証拠である。

(3−5)小括
以上の各追加入手カタログより、甲1を含む新輝行のカタログが新輝行の取引先・営業先等に広く頒布されていたこと、及び新輝行が実在していたことがより明らかとなった。

(4)被請求人の主張について
(4−1)総論
上記(2)及び(3)より、甲1を含む新輝行のカタログが新輝行の取引先・営業先等に広く頒布されていたこと、及び新輝行が実在していたことはより明らかとなり、被請求人の主張が失当であることは明らかであるが、念のため、以下では被請求人の主張について反論する。
被請求人の主張は乙1に依拠して新輝行の実在に疑問を呈するものであるところ、乙1は、甲1に記載の新輝行の電話番号及び所在地情報並びに新輝行の登記情報の調査結果(以下「被請求人調査結果」という。)を報告するものである。しかし、以下のとおり、被請求人調査結果は、新輝行の実在性を何ら否定するものではない。

(4−2)甲1記載の新輝行の電話番号について
被請求人調査結果は「114に電話して確認した結果、2004年当時の状況は検索不能」であったと報告している(乙1・2頁)。
しかし、そもそも「114査号台」は実在する全ての電話番号の契約者を検索することができるサービスではなく、114査号台に登録している契約者のみを検索することができるサービスである(甲23)。中国において、114査号台に登録していない契約者は多数存在するから、被請求人調査結果は、新輝行の実在性を何ら否定するものではない。
なお、2004年8月8日をもって、新輝行が所在する福建省泉州地域(晋江市を含む。)における全ての固定電話番号は「市外局番(0595)+7桁」から「市外局番+8桁」に桁数が増加された(甲23)。そのため、甲1記載の新輝行の電話番号が7桁であることは、甲1が2004年当時に作成されたものであり、事後に偽造等されたものでないことを示す事情である。

(4−3)甲1記載の新輝行の所在地情報について
被調査人調査結果は、現在「晋江市青(中略)光工業区」(和訳:晋江市青陽鎮陽光工業区)という地域は存在しておらず、また、「晋江市青(中略)」(和訳:晋江市青陽鎮)にも工業区は見当たらないと報告している(乙1・3頁)。
しかし、まず、「晋江市青(中略)」という地域は、現在、「晋江市青(中略)街道」(和訳:晋江市青陽街道)という名称に改称されている(甲23)。また、「晋江市青(中略)街道」には、現在「(中略)光社区」と呼ばれる自治体が存在し、当該自治体周辺には工業系の施設・企業が多数所在していることが確認されている(甲23)。そして、現在の「晋江市青(中略)街道(中略)光社区」の周辺地域は、2004年当時、「晋江市青(中略)光工業区」と通称されていた。甲1記載の新輝行の所在地情報は、かかる当時の通称が記載されたものである。したがって、被請求人調査結果は、新輝行の実在性を何ら否定するものではない。

(4−4)新輝行の登記情報について
被請求人調査結果は、「国家企業信用情報公示システム」を用いて新輝行の登記情報を検索し、確認したところ、関連しそうな情報は見つからなかったと報告している(乙1・2頁)。
しかし、そもそも、中国においては、法人登記を行わないまま事業活動を営む事業体は数多く存在するから、登記情報に関連する情報が見当たらないことをもって事業体の実在性は何ら否定されるものではない。すなわち、中国においては、会社登記管理条例に基づき法人登記を行って営業許可を受けることにより初めて法人格を取得できるところ、甲24の記事にも記載のとおり、税負担を免れることを目的として営業許可の未取得(すなわち未登記)のまま事業活動を営む事業体が多数存在し、社会問題となっていた。かかる状況を踏まえ、取締法規まで制定されている状況にある(甲25、甲26)。新輝行が事業を行っていたのはこれらの取締法規が制定される以前(2004年頃)であり(なお、同種規制は以前から存在している。)、当時、法人登記を行わないまま事業活動を営む事業体は数多く存在した。したがって、登記情報が見当たらないことは事業体としての新輝行の実在性を何ら否定する根拠とはならない。
また、国家企業信用情報公示システムは、2014年頃に開始されたサービスであって、2014年以前に存在していた全ての企業(登記抹消済みの企業も含む)情報が当該システムに収録・公示されているわけではない(甲23)。被請求人調査結果は、国家企業信用情報公示システムのかかる限界を明示することなく、あたかも国家企業信用情報公示システムが2014年以前に存在していた全ての企業情報を収録・公示しているかのような不正確な報告を行い、審判体の判断を誤導するものである。被請求人調査結果は、新輝行の実在性を何ら否定するものではない。

(4−5)小括
以上のとおり、被請求人調査結果は、新輝行の実在性を何ら否定するものではない。しかるに、乙1は、何らの根拠もなく、被請求人(乙1の作成者にとっての依頼者)の意図に沿った結論となるよう強引な論理付けを試みて「結論」を示しているのであって、信用性のない報告書であると言わざるを得ない。
したがって、乙1に依拠して新輝行の実在に疑問を呈する被請求人の主張は、失当である。

(5)結論
以上のとおり、甲1の記載、関係者の陳述書及び各追加入手カタログより、甲1を含む新輝行のカタログが新輝行の取引先・営業先等に広く頒布されていたこと、及び新輝行が実在していたことは明らかである。
また、被請求人調査結果は新輝行の実在性を何ら否定するものではなく、それにもかかわらず新輝行の実在性を否定する結論を述べる乙1の信用性は皆無である。したがって、乙1に依拠する被請求人の主張は失当である。
そして、本件登録意匠が、甲1意匠に類似する意匠又は甲1意匠及び公知意匠に基づいて、当業者が容易に創作できた意匠であり、甲1が頒布されていたことを前提とすると無効理由を有することについて、被請求人は何ら争っていない。
したがって、本件登録意匠は意匠法第3条第1項第3号又は同条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるので、同法第48条第1項第1号の規定に基づき、直ちに無効とすべきである。

2 証拠方法
(1)甲第10号証 製品カタログ「新輝行2004」

(2)甲第11号証 陳述書

(3)甲第12号証 陳述書

(4)甲第13号証 陳述書

(5)甲第14号証 陳述書

(6)甲第15号証 陳述書

(7)甲第16号証 陳述書

(8)甲第17号証 陳述書

(9)甲第18号証 名刺

(10)甲第19号証 製品カタログ「新輝行2004」

(11)甲第20号証 製品カタログ「新輝行2004」

(12)甲第21号証 製品カタログ「新輝行2004」

(13)甲第22号証 名刺

(14)甲第23号証 調査報告書

(15)甲第24号証 中国ニュース網福建ニュースウェブサイト中「福建晋江は許可証なしの経営を厳しく取締り、公平な競争及び健全な市場発展の確保へ」と題するウェブページ(https://www.sohu.com/a/271431653_100253941)

(16)甲第25号証 福建省行政許可なし・営業許可なし経営の取締りに関する弁法(福建省人民政府令第137号)

(17)甲第26号証 行政許可なし・営業許可なし経営の取締りに関する弁法(国務院令第684号)

第5 口頭審理
本件審判について、当審は、令和2年11月17日付け審理事項通知書を通知し、これに対して、被請求人は、同年12月28日に口頭審理陳述要領書(以下「請求人陳述要領書という。」)を提出し、請求人は、令和3年1月13日に口頭審理陳述要領書(以下「被請求人陳述要領書」という。)を提出し、同年3月8日に口頭審理を行った(令和3年3月10日付け口頭審理調書)。

1 被請求人の主張
被請求人は、被請求人陳述要領書に基づき、要旨、以下のとおり意見を述べ、その主張事実を立証するため、乙第2号証を提出した。

(1)甲10(甲1と同じ)及び甲19〜甲21のカタログ(以下「本件カタログ」という。)の作成時期及び配布時期が不明であること
請求人は複数の陳述書を含め追加で証拠を提出しているが、陳述書の内容は不自然なものが多数存在し、また陳述者についても不自然な点が存在し、いずれも信用できないものである。
請求人として、陳述書の内容を証拠として用いることを依然として請求人で望むのであれば、陳述者について証人申請することも検討されたい。

(1−1)新輝行の実在性
ア 請求人は国家企業信用情報開示システムで新輝行の登録情報がないことを認めた上で、同企業信用情報開示システムでは2014年以前に存在していた全ての企業情報を収録・公示しているわけではないと反論しつつ、法人登記を有することなく事業活動を行う事業体が多数存在していたと主張している。
中国では、既に抹消した企業情報についても、現地企業登録機関に履歴を調査することも可能である。
そのため、乙2で示すとおり、中国の法律事務所により、晋江市と泉州市の市場監督管理局に赴き、調査したところ、「晋江新輝行制造有限公司」という企業登録情報は確認できなかった(乙2、3〜5頁「III」「1」)。これにより「晋江新輝行制造有限公司」という会社は企業登録したことがないと言える。
なお、請求人は、新輝行が法人登記を行っているのか(又は行っていたのか)、また新輝行たる企業が現在も存在するのか等について、明らかにされたい。

イ 本件カタログ(2枚目)によれば、「self−built factorys」(自社工場)と記載され、生産工場を有することが明記されている。このため、中国の法律事務所に確認したところ、生産工場を設立するためには、国からいろいろな許可をもらわなければならず、数年にもわたり、生産工場を持っている企業が法人登記を行なわないことは到底考えられないとのことであった(乙2、6〜9頁「3」参照)。なお、このことは、甲24でも示されているとおり、中国政府が登記を有することなく経営を行う行為に対し、厳しく取り締まっていることからも裏付けられている。
また、本件カタログ2枚目によれば、新輝行は「先進的な生産設備と技術の世界クラスのパッケージを有し」ており、「国内市場に加えて、世界中への輸出事業もより多く行って」いるとのことであるが、このように海外でもビジネス展開している企業が法人登記していないということも信じがたいものである。
なお、中国ではインターネットが普及され、ある会社が実在すれば、インターネットでいかなる情報もないことは不自然である。
この点、中国の法律事務所によれば、2003年〜2007年での検索情報を調べると、下記のとおり情報が1つのみヒットしたが、請求人の主張する企業である「晋江新輝行制造有限公司」といかなる関係もなかった(乙2、9頁参照)。



このように中国のインターネットの普及の実情からしても、極めて不自然なものである。

ウ また、請求人は新輝行の法人登記がなされていない点について、「税負担を免れることを目的として営業許可の未取得(すなわち未登記)のまま事業活動を営む事業体が多数存在」していたことを主張している(弁駁書9頁)。しかしながら、「付加価値税」について対応できることが本件カタログ2枚目右下に記載されている。
このように「税負担を免れることを目的として営業許可」を未取得(すなわち未登記)と一方では主張しておき、他方で「付加価値税」について対応できるとしていることには矛盾があり、新輝行の実在性を疑わせるものである。
前述したとおり、本件カタログ2枚目によれば、新輝行は「先進的な生産設備と技術の世界クラスのパッケージを有し」ており、「国内市場に加えて、世界中への輸出事業もより多く行っている」とのことであるが、このような企業が税負担を免れるために「税負担を免れることを目的として営業許可の未取得(すなわち未登記)のまま事業活動」を営んでいるということもまた、信じがたいものである。

エ 中国の法律事務所により、請求人が提示した「晋江市青陽街道」、「陽光社区」に赴き、実地調査も実施したが、新輝行という会社を見つけられなかった。周辺の住民、速達会社および区域管理者にいろいろ確認したが、「陽光工業区」や「新輝行」を聞いたことが一切ないと返事された(乙2、5〜6頁「2」)。なお、その会話内容を録音し、証拠保全していることから、必要であれば提出する。
なお、甲23(2〜3頁)では、下記内容が記載されているが、「晋江市青陽鎮陽光工業区」という住所が存在しないこと、また「晋江市青陽街道陽光工業区」という住所が存在しないことを認めるものであり、新輝行が実在していなかったことを裏付けるものである。




また本件カタログについて「通称」で記載されている旨、請求人は主張しているが(弁駁書9頁)、カタログには正式名称を用いることが通常であり、英文まで用意し海外企業に配布することも予定されているようなカタログで「通称」を用いることは極めて不自然であり、信じがたいものである。

(1−2)陳述者の適切性への疑義
請求人は複数の陳述書を提出しているが、法人登記の存在しない会社の10年以上も前の事情を知っている人物を短期間で複数人も見つけ出すこと自体が信じがたいものである上、いずれの人物も当時所属していた会社を退職したことが述べられており、またその住所が香港に偏っている(甲14〜甲17)。
中国の法律事務所により、請求人から提出された陳述書に記載された会社について、中国の企業登録システムから調べた具体的な状況は以下のとおりであり、甲14で記載されている寰彪有限公司(PUMA)以外、いずれも正常な状態の企業ではなかった(乙2、9〜17頁)。

【会社名称】東莞市永盛(聖)紡織品有限公司 (甲11)
【工商登録状態】東莞市永聖紡織品有限公司の工商登録情報がない
東莞市永盛紡織品有限公司 経営異常情報履歴2018年 登記された住所又は経営場所を通じて、企業と連絡が取れない

【会社名称】深セン市宝安区大浪万有手袋厰(甲12)
【工商登録状態】以下のとおりの異常経営情報があり
2014/06/04 登記された住所又は経営場所を通じて、企業と連絡が取れない
2015年〜2017年 期限通りに年度報告を開示していない

【会社名称】東莞鳳崗官井頭連邦電厰(甲13)
【工商登録状態】当該会社の工商登録情報が既に抹消された

【会社名称】深セン市宝安区観瀾豊星手袋厰(甲14)
【工商登録状態】工商登録情報がない

【会社名称】寰彪有限公司 (PUMA)(甲15)
【工商登録状態】工商登録情報がないが、「企査査」にて調査したところ香港の会社であることは確認できた

【会社名称】惠州鈞成手袋有限公司(甲16)
【工商登録状態】2016年破産・更生手続きを経て、工商登録が既に抹消された

【会社名称】惠州市上運体育袋制造有限公司(甲17)
【工商登録状態】以下の異常経営情報があり
2020年 規定されている期限内に年度報告を公示していない
2015年10月 企業の公示情報には、真実状況を隠蔽し、虚偽する場合2017年7月 規定されている期限内に年度報告を公示していない

いずれの人物の陳述書も10年以上も前の事実を陳述しているが、10年以上も前の事実を思い出した場合には、その記載内容、表現内容、文章の長さ等はそれぞれ異なるようにも思われる。
しかしながら、請求人から提出された陳述書の内容は似たようなものとなっており、陳述書の内容を陳述者自らが考えて陳述しているかは疑わしい。
中国の法律事務所による現地での訪問調査を通じて確認したところ、現に請求人の陳述書の内容と矛盾する内容があった。中国の法律事務所の担当者が甲13で記載している住所「福建省泉州市永春県五里街鎮埔頭新村69号」を尋ねたところ、当該会社は「泉州龍僑電子有限公司」であり、甲13の陳述者である黄永貴氏は当該会社の工場長を務めていることが分かった。黄永貴氏に会って確認したところ、黄永貴氏は長く経ったので、「新輝行2004」のカタログを入手したことがあるか否かについて記憶にないことを表明した(乙2、14頁)。このことは甲13の陳述内容とは相反するものであった。請求人によれば、この黄永貴氏は甲20を提供した人物であることから、黄永貴氏の「新輝行2004」のカタログを入手したことがあるか否かについて記憶にないという表明は、極めて重要な齟齬である。
なお、黄永貴氏との会話を録音し、証拠保全していることから、必要であれば提出する。
また、甲13の陳述者である黄永貴氏に関し、弁駁書4頁によれば「電子部品メーカー」に勤務していたとのことであるが、ファスナーとは無縁のビジネス分野であり、そのようなメーカーに営業することは通常ではありえない上、当該陳述者が自己の当時の業務とは関係性の薄いスライダのカタログを長年にわたり保管していることもまた不自然である。
一部の人物については本件カタログを保管していたとのことであるが、退職時には会社として受け取った資料を引き継ぐことが自然であり、個人として長期間にわたり(廃棄することもなく)保管していたこともまた不自然である。
以上のとおり、陳述書の陳述者が適切な人物であるかも疑わしい。
なお、請求人においては、陳述書の各陳述者について身分証番号を明らかにするとともに、実際に陳述書で述べていた企業に勤務していたことを立証するための証拠を提出されたい。

(1−3)本件カタログの不自然さ
ア 本件カタログでは以下の内容が記載されている。



また、本件カタログの1〜2頁では工場内の様子が示され、様々な機器が示されている。
そうであるにも関わらず、製品紹介されているのはスライダのみである。
上記本件カタログの内容からすると、スライダ以外の製品を新輝行は製造販売していたはずであり、そのような場合にはスライダ以外の製品やファスナーの完成品について紹介されるのが通常である。
しかしながら、本件カタログではこの度争点となっているスライダのみが製品紹介されており、極めて不自然である。
なお、スライダ以外の製品についても紹介されることが通常であることの一例としては、請求人自身の下記WEBサイトを参照にされたい。
http://www.th-zipper.com.hk/

イ 甲11では下記内容が記載され、定期的に本件カタログを作成していたことが陳述されている。



他方、甲23の「調査事項三」によれば、泉州地域の固定電話の電話番号が7桁から8桁の桁数が増加したと記載されている(実際、2004年8月から8桁に桁数が増加した。)。
以上の状況があるところ、甲14によれば、2007年頃に2004年と表記された新輝行の本件カタログを受領したとのことであるが、本件カタログには当時では通じない電話番号が記載されていることになる。
本件カタログの住所は不明である上、電話番号も通じないのであるから、新輝行に製品をオーダーしようとしても不可能なものである。したがって、そのような本件カタログを顧客に新輝行が手渡したことは信じがたいものである。

ウ また、前述したとおり、甲11によれば定期的に本件カタログを作成していたと陳述されているところ、2007年の段階でも2004年と表記された本件カタログを配っているとのことである。
つまり、請求人の主張が正しいことを前提とすると、2007年に2004年と表記された本件カタログを配っていることからして、2004年と表記された本件カタログが2004年に配布されたとも限らないことが裏付けられている。
したがって、本件カタログの作成時期や配布時期が2004年とは限られないことが請求人の提出した証拠からも確認できる。
さらに言えば、甲11によれば定期的に本件カタログを作成していたと陳述されているところ、2007年の段階でも2004年と表記された本件カタログを配っていることからして、本件カタログの4枚目の頁が本件登録意匠の出願後の時点で追加又は差し替えられた後で、配布されたことも十分にあり得る。

エ また、本件カタログの2枚目右側では「長年の継続的な研究により、成長のための改善を行い、高度な成長を遂げました。」という記載がなされているが、他方で新輝行は2003年に設立されたと記載されている。
創立から1年しか経過していないにも関わらず、「長年の継続的な研究により、成長のための改善を行い、高度な成長を遂げました。」という記載は事実と整合しておらず、本件カタログの内容を信頼できないことを裏付けている。
また創立から1年しか経過していないにも関わらず本件カタログ3枚目の写真で示されているように同じ設備を複数台導入し、また本件カタログ2枚目の写真のように広大な敷地で工場を有するというように大規模な設備を有していることもまた、通常ではありえないものである。

オ また、本件カタログ4〜6枚目では「クライアントの登録商標です。」と記載されているが、そのような商標は登録されておらず、この点でも本件カタログの内容は信用できないものである。

(1−4)小括
以上の次第であるので、本件カタログを本件登録意匠の引用文献とすることはできず、本件カタログのスライダによって本件登録意匠が無効になることはない。

(2) スライダの形状が不明である
以上のとおり、本件カタログが、甲10等の本件カタログが本件登録意匠の出願日前に作成され、頒布されていたことは信用できない。
このことに加え、そもそも本件カタログ(例えば甲10の4枚目右側・頁番号4)のスライダについては正面図のみしか示されておらず、その意匠を特定することができない。
また本件カタログの(例えば甲10の4枚目左側・頁番号3)のスライダにしても、平面図及び底面図が示されておらず、平面図及び底面図において、本件カタログの3枚目左側のスライダがどのような形状になっているのかは全く不明であり、その意匠を特定することができない。
したがって、この意味からしても、本件カタログのスライダによって本件登録意匠が無効になることはない。

(3)証拠方法
ア 乙第2号証 陳述書

2 請求人の主張
請求人は、請求人陳述要領書に基づき、要旨、以下のとおり意見を述べ、その主張事実を立証するため、甲第27号証ないし甲第31号証を提出した。

(1)甲1意匠が「公然知られた意匠」又は「頒布された刊行物に記載された意匠」であること
(1−1)総論
既に述べたとおり、甲1(甲10)は、2004年頃に広く頒布された刊行物であることがその記載から明らかであり、これ自体からも甲1意匠が「公然知られた意匠」又は「頒布された刊行物に記載された意匠」であることが十分に立証されている。甲1(甲10)の原本を口頭審理において確認すれば、それが偽造等されたものではなく取引先に頒布されるために作成された真正な商品カタログであることは、原本の状態等から一目瞭然である。
さらに、請求人は、新輝行の元従業員が2004年頃に甲1(甲10)と同様の様式と内容のカタログを配布していたことを述べる陳述書(甲11)や、メーカーの元従業員が2004年頃に新輝行の従業員から営業を受け、カタログを受領したことを述べる陳述書(甲12、甲13)を提出し、これらの事実を裏付ける証拠として、陳述者から受領した追加入手カタログ(甲19〜甲21)を提出した。これらの提出証拠をもって甲1意匠が2004年頃に広く頒布された刊行物であり、「公然知られた意匠」又は「頒布された刊行物に記載された意匠」であることはより一層明白となった。
被請求人は、令和2年12月28日付け口頭審理陳述要領書(以下「被請求人陳述要領書」という。)において縷々主張するが、そもそも甲1(甲10)の状態等から甲1(甲10)が偽造等されたものではなく取引先に頒布されるために作成された真正な商品カタログであることが明らかであるから、被請求人の主張を子細に検討する必要はない。したがって、請求人としては、被請求人陳述要領書に対する反論の要を認めないが、念のため、以下において、まず、関係者の陳述書の信用性について、被請求人の反論に対する再反論と補足主張を行い((2−2)〜(2−5))、次に、新輝行の実在性や甲1(甲10)及び甲19〜甲21のカタログ(以下「本件カタログ」という。)の記載に関する反論について、必要な範囲で再反論を行う。

(1−2)陳述書(甲13)の信用性について
ア 総論
被請求人は、甲13の陳述者である黄永貴が「新輝行2004」のカタログを入手したことがあるか否かについて記憶にないと述べたとの調査報告(乙2)を根拠として、陳述書(甲13)の信用性の弾劾を試みている。しかしながら、黄永貴は、被請求人の調査員と思われるが身元を明らかにしない者から訪問調査を受けた際、「新輝行2004」のカタログを入手した記憶はないという回答はしていない。調査報告書(乙2)の記載は事実に反する。
また、被請求人は甲13に関し、営業活動を受けたのが電子部品メーカーであることや、黄永貴はカタログを長期保管していたことが不自然であるなどと主張するが、全く根拠のない主張であり、失当である。

イ 黄永貴(甲13)に対する訪問調査について
被請求人が提出した調査報告書には、黄永貴との面談結果について、「黄氏は長く経ったので、『新輝行2004』のカタログを入手したことがあるか否かについて記憶にないことを表明しました。」(乙2・14頁)と報告されている。
しかしながら、そもそも調査報告書に係る調査は、身元を明らかにしない不審者により、調査目的も明らかにしないまま行われたものであり、黄永貴は不審者を追い返したものである。請求人は、黄永貴から報告を受けた訪問者(不審者)とのやり取りの内容等について改めて陳述書(甲27)を取得したので、証拠提出する。
すなわち、黄永貴は、2020年12月15日に、泉州のジッパーメーカーの営業担当であると称する正体不明の女性の訪問を受けた。黄永貴は、訪問目的について、ジッパーの営業であるとの説明を受けていた。しかし、実際に会ってみると、黄永貴はこの正体不明の女性から「黄氏は以前、東莞官井頭連邦でジッパーを購入したことがあるか。」「新輝行のパンフレットを見たことがあるか。」といった、営業目的と関係しないと思われる質問を受けた。黄永貴は、自社のジッパーとは一切無関係の話をするこの正体不明の女性を不審に思いつつも、「一人のジッパーメーカーの従業員からパンフレットをもらったことがある」旨の回答をした(甲27)。
するとこの正体不明の女性は、東莞鳳崗官井頭連邦電子廠(以下「東莞官井頭連邦」という。)に現在勤務している人の情報を求めた。正体不明の女性は、このようにおよそ営業目的とは乖離した質問を重ねたことから、黄永貴は、この正体不明の女性を不審者であると理解し、これ以上不審者の質問に回答することを避けるべく、「私が東莞鳳崗官井頭連邦電子廠に勤務していたのはかなり昔のことであるため、詳しいことは分からない。」等と質問を適当にはぐらかし、不審者を追い返した。
以上のとおり、被請求人が提出する調査報告書(乙2)は、そもそも適切な調査を基に作成されたものではなく、その報告内容が誤っていることは明白であり、その信用性は皆無である。被請求人は、録音データを提出するのであれば、かかる調査の全貌が明らかになるよう調査の最初から最後までの記録・録音データを提出されたい。

ウ 東莞官井頭連邦が電子部品メーカーであることについて
被請求人は、黄永貴が勤務していた東莞官井頭連邦は電子部品メーカーであり、ファスナーとは無縁のビジネスであるため、このような企業に営業することはあり得ない(被請求人陳述要領書・8頁)などと主張するが、およそ根拠のない主張であり、失当である。
東莞官井頭連邦は、イヤホン等の視聴機器も製造しており、視聴機器を入れるためのジッパー付きケースを製造することもあった(甲27)。黄永貴は、2004年当時、かかるジッパー付きケースの製造にあたり、複数のジッパーメーカーと接触しており、その際に新輝行の従業員からカタログ(甲20)を受領したのである。

エ カタログを長期保管していたことについて
被請求人は、自己の当時の業務とは関係性の薄いスライダーのカタログを長年にわたり保管していることは不自然である(被請求人陳述要領書・8頁)などと主張するが、これも同様におよそ根拠がない主張であり、失当である。
黄永貴は、2004年頃に東莞官井頭連邦から現在の職場である泉州龍僑電子有限公司に転職した際、自らの前職における人脈や経験等を示すために、甲20のカタログを含む営業で提供を受けた資料を泉州龍僑電子有限公司に持参し、同社で保管していたのである(甲27)。

オ 小括
以上のとおり、黄永貴に対する訪問調査の報告内容(乙2)には重大な誤りがあり信用性は皆無である。また、その他の被請求人の主張はいずれも根拠がなく、失当である。
したがって、甲13の信用性は何ら否定されず、また甲27における陳述内容に鑑みれば、黄永貴が2004年頃に新輝行の従業員からカタログ(甲20)を受領したことに疑いの余地はない。

(1−3)陳述書(甲12)の信用性について
ア 総論
被請求人は、調査報告書(乙2)には、甲12の陳述者である陳志基について「実在を確認できていない」との調査結果が報告されていること(乙2・10頁)をもって、甲12の信用性を弾劾することを試みている。
しかしながら、被請求人の調査員は、黄永貴と同様に、甲12の陳述者である陳志基に対しても訪問調査を行い、陳志基が実在すること、及び甲12の陳述内容が事実であることを確認しているのであって、上記の調査報告書の記載は虚偽記載であって、その信用性は皆無である(下記イ)。
また、被請求人は甲12に関し、カタログを長期保管していることが不自然であるなどと主張するが、全く根拠がない主張であり、失当である(下記ウ)。
以下、詳述する。

イ 陳志基(甲12)に対する訪問調査について
陳志基も、上記(2−2)イの調査と同時期に、被請求人の調査員と思われる正体不明の男性から訪問を受けている。当該訪問を受けた際のやり取りの状況について、請求人従業員が陳志基から聞き取りを行い、報告書を作成したので、証拠提出する(甲28)。
すなわち、陳志基は、2020年12月15日に、晋江にあるバッグメーカーの従業員であると称する正体不明の男性の訪問を受け、「晋江のジッパーメーカーからジッパーを購入しているか」との質問を受けた。陳志基は、「当社は現在晋江のジッパーメーカーからジッパーの購入をしておらず、他の特定のサプライヤーからジッパーを購入している」旨回答したが、当該訪問者は、当該回答を無視して、なおも「晋江のジッパーメーカーは大興拉(中略)廠有限公司(注:請求人)の下請業者であり、そのメーカーの品質に問題があるかを確認したい」などと食い下がって質問を続け、さらには「晋江の新輝行というジッパーメーカーのパンフレットを見たことがあるか」と質問した。これに対し、陳志基は、不審に思いながらも、「以前、他のサプライヤーと会食をしたときに、新輝行の従業員と知り合い、新輝行のパンフレットをもらったことがある。」と回答した(甲28)。
このように、上記訪問者が、自らの身分をジッパーメーカーの従業員であると述べつつも、請求人の会社名を出しつつ、「新輝行」に関する質問をしていることや、上記(2−2)イと訪問時期が一致していること等から、かかる訪問者が被請求人の調査員であることは明白である。すなわち、被請求人の調査員は、陳志基の実在を確認し、さらには、陳志基が新輝行の従業員から商品カタログを受け取ったことも確認している。
それにもかかわらず、調査報告書(乙2)では、意図的に陳志基に対して訪問調査を行った事実を隠蔽し、「実在を確認できていない」旨の虚偽の報告がなされている。
このように、被請求人が依拠する調査報告書(乙2)は、被請求人の主張に沿った内容となるよう虚偽の報告がなされている悪質な文書であって、その信用性は皆無といわざるを得ない。

ウ カタログを長期保管していたことについて
被請求人は、退職時には受け取った資料を引き継ぐことが自然であり、個人として長期間にわたり保管していたことは不自然であるなどと主張するが(被請求人陳述要領書・8頁)、およそ根拠がない主張であり、失当である。
陳志基は、長年ジッパーに関係する業界で仕事を継続しているため、新輝行のカタログを含むジッパー関連資料を意識的に保管していたのである(甲28)。

エ 小括
以上のとおり、陳志基について「実在を確認できていない」との調査結果の記載は虚偽であり、実際には、被請求人の調査員も、陳志基が実在し、甲12のとおり陳述したことを確認していた。
したがって、甲12の信用性は何ら弾劾されず、また甲28における報告内容に鑑みれば、陳志基が2004年頃に新輝行の従業員からカタログ(甲19)を受領したことに疑いの余地はない。

(1−4)その他の陳述者の実在性について
被請求人が依拠する調査報告書(乙2)には、甲11、甲14、甲16及び甲17についても、陳述者の「実在を確認できていない」旨記載されている(乙2・10〜11頁)。
しかしながら、調査報告書(乙2)には、いかなる方法で実在性の確認が行われたのかについて、一切記載されていない。もとより、陳述書には、陳述者の住所又は勤務地が記載されており、接触を試みようと思えば接触すること自体は可能である(故に、被請求人の調査員は、上記のとおり、陳志基と黄永貴に対する訪問調査を行うことができている。)。調査報告書において「実在を確認できていない」と報告されている陳述者は、いずれも実在している。調査報告書は、そもそも陳述者の住所又は勤務地への確認を行えていないか、又は、陳志基と同様に、実在を確認したにもかかわらず意図的にその事実を隠蔽し「実在を確認できていない」と記載しており、全く信用に値しない。
なお、被請求人は、10年以上も前の事情を知っている人物を短期間で複数人も見つけ出すこと自体が信じがたいなどと論難しているが、むしろ、過去に新輝行が実在し、実際に広く営業活動を行っていたからこそ、短期間で複数人の関係者を見つけ出すことができたのであって、被請求人の主張は被請求人独自の不合理な見解を表明するものにすぎない。

(1−5)陳述書(甲15を除く。)に記載された会社の工商登録状態について
ア 総論
被請求人は、調査報告書(乙2)を基に、陳述書(甲15を除く。)に記載された会社の工商登録状態は、いずれも、経営異常情報が登録されているか、既に登録情報が抹消されているものであり、「正常な状態の企業ではなかった」と主張する(被請求人陳述要領書・6〜7頁)。
かかる主張が、請求人の主張立証との関係でいかなる意味を持つのかは必ずしも判然としないものの、以下では、念のため、上記の各会社の状態は、事実誤認であるか、又は各陳述書の信用性に何ら影響を与えるものではないことについて述べる。

イ 甲11について
調査報告書は、柯暁勇(甲11)が現在勤務している企業である東莞市永聖紡績品有限公司について、工商登録情報が存在しないと指摘するが(乙2・11〜12頁)、登記情報(甲29)に記載のとおり、東莞市永聖紡績品有限公司は実在し、現在も事業活動を行っているのであって、事実誤認である。

ウ 甲12について
調査報告書は、陳志基(甲12)が2003年から2014年まで勤務していた企業である深セン市宝安区大浪万有手袋廠について、2013年から2017年にかけて「期限内に年度報告を公開していない」、2014年には「企業と連絡が取れない」との経営異常情報が登録されていることを指摘する(乙2・12〜13頁)。
しかしながら、かかる被請求人の指摘は、陳志基が勤務していた当時、深セン市宝安区大浪万有手袋廠が実在し、事業活動を行っていたことを否定するものでは全くなく、甲12の信用性に何ら影響を与えるものではない。

エ 甲14について
調査報告書は、黄建倫(甲14)が2007年から2011年まで勤務していた企業である深セン市宝安区観瀾豊星手袋廠について、工商登録情報が存在しないと指摘する(乙2・15頁)。
しかしながら、現在は登記が抹消されているものの、深セン市宝安区観瀾豊星手袋廠は過去に実在し、事業活動を行っていた企業である。したがって、現在は登記が存在しないとの被請求人の指摘は、黄建倫が勤務していた当時、深セン市宝安区観瀾豊星手袋廠が実在し、事業活動を行っていたことを全く否定するものではなく、甲14の信用性に何ら影響を与えるものではない。

オ 甲16について
被請求人は、黄東明(甲16)が2006年から2015年まで勤務していた企業である恵州鈞成手袋有限公司は、2016年の破産・更正手続きを経て工商登録が抹消されたことを指摘する(乙2・15〜16頁)。しかし、かかる指摘は、黄東明が勤務していた当時、恵州鈞成手袋有限公司が実在し、事業活動を行っていたことを全く否定するものではなく、甲16の信用性に何ら影響を与えるものではない。

カ 甲17について
被請求人は、王国輝(甲17)が2003年から2012年まで勤務していた企業である恵州市上運体育袋製造有限公司について、2015年、2017年及び2020年に異常経営情報が登録されていることを指摘する(乙2・16〜17頁)。しかし、かかる指摘は、王国輝が勤務していた当時、恵州市上運体育袋製造有限公司が実在し、事業活動を行っていたことを全く否定するものではなく、甲17の信用性に何ら影響を与えるものではない。

キ 小括
以上のとおり、陳述書に記載されている企業について、調査報告書(乙2)が指摘する事項は、いずれも陳述書の信用性に何ら影響を与えるものではない。

(1−6)新輝行の実在性について
ア 総論
被請求人は、新輝行の法人登記が確認できなかったこと、調査報告書(乙2)において、工商登録せずに製造工場を設立して数年間経営を続けることは考えられないと報告されていること、「税負担を免れる」ために法人登記を行わない企業が「付加価値税」について対応していることは矛盾すること、調査報告書(乙2)において、実地調査の結果、晋江市青陽鎮陽光工業区の存在を確認できなかったことが報告されていることをもって、新輝行は実在しなかった旨主張したいようである(被請求人陳述要領書・3〜6頁、乙2・3〜9頁)。
しかしながら、そもそも弁駁書において既に述べたとおり、複数のカタログ(甲1(甲10)、甲19〜甲21)や名刺(甲18、甲22)等の客観資料が存在することや、多数の関係者の陳述書(甲11〜甲17)が提出されていることは厳然たる事実であり、これらの証拠を踏まえれば、新輝行が実在したこと(現に営業活動を行い、カタログの配布等を行っていたこと)に疑いの余地はない。被請求人の上記主張は、かかる客観資料や関係者の陳述書の存在を何ら否定するものではなく、請求人の主張立証に対する意味のある反論とはなっていない。
この点において、被請求人の上記主張はいずれも失当というべきであるが、以下では、念のため、被請求人の上記主張が、新輝行の実在性を何ら否定するものではないことについて確認する。また、当時の新輝行の状況について新輝行の元従業員である柯暁勇から改めて陳述書(甲30)を取得したため、当該陳述書に基づき補足説明を行う。

イ 新輝行の法人登記が確認できなかったとの主張
弁駁書において既に述べたとおり、中国においては、特に取締法規が制定される以前は、法人登記を行わないまま事業活動を営む事業体は数多く存在したのであって、登記情報が見当たらないことは事業体としての新輝行の実在性を何ら否定する根拠とはならない(弁駁書・9頁、甲24〜甲26)。
この点、被請求人も調査報告書(乙2)も、法人登記を行わないまま事業活動を営む事業体が数多く存在すること自体については、特段の反論をすることができていない。
したがって、仮に新輝行の法人登記が確認できなかったとの報告が事実であったとしても、かかる事実は新輝行の実在性を否定する根拠とはなり得ない。

ウ 工商登録せずに製造工場を設立して数年間経営を続けることは考えられないとの主張
被請求人は、大要、本件カタログには製造工場の記載があるところ、仮に甲11及び甲14の陳述書のとおり、新輝行が2003年から2007年まで製造工場の経営を続けていたと仮定すると、調査報告書(乙2)のとおり、工商登録をせずに当該経営をすることは各種法令規制に抵触するため不自然である、と主張したいものと思われる。
そもそも、調査報告書(乙2)の記載は、全く信用性に欠けるため、上記の事業実態が各種法令規制に抵触しているか否かは不明である。
また、仮に工商登録をせずに当該経営をすることが法令規制に抵触するものであったとしても、そのことは新輝行が実在し、営業活動を行っていたことを何ら否定するものではない。
また、被請求人は、本件カタログに記載されている製造工場を新輝行が経営していたことを所与の前提として主張するが、そもそも本件カタログに掲載された製造工場が新輝行の当時の事業実態を正確に反映しているとは限らない。商品カタログは販促資料であり、顧客(カタログの配布先)に事業をよりよく評価してもらうために、実態よりもよりよく見せることができる、見栄えのする写真を掲載することなどよくあることである。例えば、販促資料に提携企業・OEM企業の工場等の写真を利用するようなことは一般的に行われている。本件カタログにこのような工場等の写真が掲載されていたとしても、新輝行が営業活動を行っていた(実在した)との事実は何ら否定されない。
柯暁勇も、会社がある程度の規模を持っているというイメージを作るために、協力会社や下請会社の協力の下で、工場や機械設備の写真を準備していたこと、及び、カタログに記載された工場の写真は柯暁勇が勤めていた工場の写真ではないことを認めている(甲30)。
したがって、被請求人が、本件カタログの記載を事実であると仮定して不自然さを強調する一連の主張は、いずれも失当であり、新輝行の実在性は全く否定されない。

エ 「税負担を免れる」ために法人登記を行わない企業が「付加価値税」に対応していることは矛盾するとの主張
被請求人は、全ての未登記企業が「税負担を免れることを目的」として法人登記を行っていないことを前提として主張を展開しているが、法人登記を行わない理由は様々であって、全ての未登記企業が「税負担を免れる」ために法人登記を行っていないわけではない。
また、法人登記を行わない企業であっても、「付加価値税」のインボイスを発行できる商社を介する(製品を一旦商社に販売し、当該商社からさらに顧客に販売する)ことによって、「付加価値税」に対応することは可能であり、全く矛盾はない。
いずれにせよ、上記ウで述べたとおり、本件カタログの記載を事実であると仮定する被請求人の主張は、いずれも失当であり、新輝行の実在性は全く否定されない。

オ 実地調査の結果、晋江市青陽鎮陽光工業区の存在を確認できなかったとの主張
調査報告書(乙2)が全く信用性に欠けるものであることは既に述べたとおりであり、実地調査の結果も到底信用することはできない。
また、そもそも調査報告書(乙2)の調査内容は(仮にそれが真実であったとしても)僅か2名への聞き取り調査のみである(しかもその2名の選出の適正性について全く説明もなく不明である。)。「晋江市青陽鎮」は、29平方キロメートル以上の広大な区域であって、僅か2名への聞き取り調査の結果、たまたま「陽光工業区」を知る者がいなかったことが、2004年当時、その広大な区域内に「陽光工業区」と通称される地域が存在したことを否定するものにはなり得ないし、ましてや、2004年当時に本件カタログが配布された事実を否定するものではない。
柯暁勇も述べるとおり、当時の新輝行の工場は、晋江市青陽鎮陽光工業区と呼ばれる地区に所在する三階建ての建物内にあり、従業員が数十名程度(百名未満)在籍していた(甲30)。

(1−7)本件カタログの不自然さについて
ア 総論
被請求人は、被請求人陳述要領書において、甲1意匠とは関係のないカタログの些末な記載を殊更に取り上げて、「不自然である」との趣旨不明の主張を繰り返し、審判体の判断を誤導しようと試みている(被請求人陳述要領書・9〜11頁)。
繰り返しになるが、本件の争点は、甲1(甲10)が、2004年頃に広く頒布された真正な刊行物であるか否かである。被請求人が提出した客観資料や関係者の陳述書から、新輝行が実在し、甲1(甲10)が、2004年頃に広く頒布された刊行物であることは明白であって、甲1意匠以外のカタログの記載について論難することはいたずらに審理を混乱させるだけである。
以下では、念のため、必要な範囲で反論する。

イ スライダーのみが製品紹介されていること
本件カタログはスライダーのカタログであるから、スライダーについてのみ製品紹介することは何ら不自然なことではない。スライダーの紹介をするために作成したカタログに、何故に「スライダー以外の製品」や「ファスナーの完成品」についてまで紹介する必要があるのか、理解困難である。
現に、被請求人もスライダーのみを紹介するカタログを作成し、刊行している(甲31)。

ウ 2007年に通じない電話番号が記載された本件カタログを配布していること
新輝行の従業員は、営業に際し、カタログだけではなく、電話番号が記載された名刺も配布している(甲18、甲22)。そのため、カタログに記載された電話番号が通じなかったとしても、名刺の電話番号から発注を受けることが可能であり、実務上の支障は全くない。
2004年に大量に印刷したカタログが残っている場合に、電話番号のためだけに費用をかけて新たなカタログを作成する方が不合理であり、2004年版カタログを2007年にも配布していることは何ら不自然なことではない。
柯暁勇も、新輝行には毎年新しいカタログを作ることができるほどの資力がなく、一度製作したカタログの在庫を使い切るまでその版のカタログを使用し続けていたこと、及び、カタログを顧客等に配布するにあたって、営業担当者の名刺も合わせて渡しており、顧客との連絡は、主に各営業担当者の携帯電話を通じて行っていたことを陳述している(甲30)。

エ 2004年と表記された本件カタログが2004年以降にも配布されていること
甲1の表紙に発行年が「2004」と明記されている以上、甲1は、遅くとも2004年12月末日までには頒布されたものであることが推定される(意匠審査基準第III部第2章第3節2.1(2)a)。
甲14において、2007年に2004年版製品カタログ(甲1(甲10))と同内容のカタログ(甲21)を受領したと述べられている事実は、かかる推定を覆すものでは全くない。2004年版製品カタログが、2007年になって初めて配布されたなどという時系列は不合理極まりない。

オ その他の記載について
被請求人は、甲1意匠とは関係のない本件カタログの些末な記載を殊更に取り上げるが、上記(2−6)ウのとおり、被請求人の主張は本件カタログが販促資料であることを無視したものである。本件カタログの一部の記載が正確であるか否かは、新輝行が実在したか否か(営業活動を行っていたか否か)、ひいては、甲1(甲10)が2004年頃に広く頒布された刊行物であるか否かとは全く関係がない事柄であって、被請求人の主張はいずれも失当である。

(1−8)小括
したがって、甲1の記載、関係者の陳述書及び各追加入手カタログから、甲1(甲10)を含む新輝行のカタログが2004年頃に新輝行の取引先・営業先等に広く頒布された刊行物であり、甲1意匠が「公然知られた意匠」又は「頒布された刊行物に記載された意匠」であることは明らかであって、被請求人の主張は、いずれも事実誤認であるか、そもそも上記の主張立証に対する意味のある反論となっておらず、失当である。

(2)甲1意匠のスライダーの形態が特定されていること
被請求人は、被請求人陳述要領書において、甲1意匠のスライダーの形態が不明である旨主張する(被請求人陳述要領書・12頁)。
しかしながら、スライダーにおける平面図及び底面図の形態は共通しているため(甲2〜甲4)、平面図及び底面図がなくとも、甲1意匠の形態は過不足なく特定できており(審判請求書・6頁)、被請求人の主張は失当である(なお、被請求人も甲1意匠の具体的な形態について争ってはいない。)。

(3)結論
本件登録意匠は、甲1意匠に類似する意匠又は甲1意匠及び公知意匠に基づいて、当業者が容易に創作できた意匠であり、無効理由を有することは、審判請求書において既に述べたとおりであり、この点について被請求人からの具体的な反論はなされていない。
したがって、本件登録意匠は、意匠法第3条第1項第3号又は同条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるので、同法第48条第1項第1号の規定に基づき、直ちに無効とすべきである。

(4)証拠方法
ア 甲第27号証 陳述書

イ 甲第28号証 報告書

ウ 甲第29号証 登記情報

エ 甲第30号証 陳述書

オ 甲第31号証 製品カタログ

3 審判長
審判長は、この口頭審理において甲第1号証ないし甲第31号証並びに乙第1号証及び乙第2号証について取り調べ、本件の審理を、以後書面審理とした。(令和3年3月10日付け「第1回口頭審理調書」)

4 上申書

(1)被請求人側上申書
被請求人は、請求人の口頭審理陳述要領書に対して、令和3年3月22日付けで上申書を提出して、以下のとおり意見を述べた。

ア 請求人の主張に対する反論
(ア)本件カタログの作成時期及び頒布時期は不明である
本件カタログが本件登録意匠の出願日前に作成されていたこと及び頒布されていたことについては、請求人は陳述書を提出するだけであり、被請求人が促したにも関わらず証人申請をすることもなければ、その他の客観的な証拠も一切提出されていない。
また、被請求人は口頭審理陳述要領書(3頁)において「新輝行たる企業が現在も存在するのか」という点を明らかにするよう求めているが、その点についての説明は一切なされていない(元従業員である柯暁勇氏であれば、自己が務めていた企業の現状がどのようになっているかを当然把握していると考えられる。)。
請求人は本件カタログの提出を行っているが、その存在のみが立証されているにすぎず、いつ作成され、いつ頒布されたか(そもそも頒布されたのか)については、依然として不明である。
被請求人は本件カタログの作成名義人である新輝行たる企業が法人登記されていた事実がないことを立証しており、またインターネットでも新輝行たる企業の存在を確認できないことを立証している。
新輝行たる企業の法人登記がなされていない事実についての請求人の反論は「法人登記されていないこともあり得る」という内容にとどまる。中国での実務に照らせば、生産工場を持っている企業が法人登記を行なわないことは到底考えられないし、また海外でもビジネス展開している企業が法人登記していないということも信じがたい。さらに言えば、甲30によれば新輝行たる企業の規模は数十名(百名未満)とのことであるが、その規模の会社が数年にもわたり法人登記を行っていないこともまた、中国の実務に合致していない。
また、インターネットでも新輝行たる企業の存在を確認できないことについては、何らの反論もなされていない。
被請求人は、新輝行たる企業の法人登記がなされていない事実及びインターネットでも確認できない事実に加え、本件カタログの住所は不明である上、電話番号も通じないことを立証している。
請求人は本件カタログの内容について、下記主張を行っているが(口頭審理陳述要領書13頁)、このように事実と反する内容をカタログに載せていること自体、本件カタログの内容を信用できないことを裏付けるものであり、「2004年版」という記載自体が2004年に本件カタログが作成されたことを意味するかどうかも信用できないものである(長年経営しているということを印象付けるために、「2004年版」という数字を入れたことも考えられる。)。




なお、本件カタログの2枚目右側では「長年の継続的な研究により、成長のための改善を行い、高度な成長を遂げました。」という記載がなされているが、他方で新輝行は2003年に設立されたと記載されている。本件カタログが2004年に作成されたものではなく、2004年よりもかなり後に作成されたものであれば「長年の継続的な研究により、成長のための改善を行い、高度な成長を遂げました。」という記載とも合致することになる。
また、本件カタログの工場の写真が新輝行のものではないということは、新輝行の法人登記を確認できず、またインターネットでも新輝行の存在を確認できないこと等も考慮すると、新輝行たる企業が実在していなかったことを推認させるものでもある。
請求人は、税負担に関し、下記の主張を行っているが(口頭審理陳述要領書14頁)、そもそも請求人が弁駁書(9頁)で「税負担を免れることを目的として営業許可の未取得(すなわち未登記)のまま事業活動を営む事業体が多数存在」していたことを自ら主張したのであることには留意されたい。また、税負担回避以外の理由があるならば、その理由を明らかにすべきであるが、その点も請求人は何ら明らかにしていない。




また、請求人が主張する上記態様では商社での手数料が発生することになる。そもそも法人登記を行わない主たる理由は税負担を免れるものである上、法人登記を行わない場合には違法で処罰されるリスクもあることも考えると、法人登記を行わず、手数料を支払う手段を取るとは考え難い。
また、口頭審理陳述要領書(9頁)で「請求人においては、陳述書の各陳述者について身分証番号を明らかにするとともに、実際に陳述書で述べていた企業に勤務していたことを立証するための証拠を提出されたい。」と述べているにもかかわらず、請求人はそのような証拠を一切提出していない。
本件紛争に関係しない人物にとっては重要性が高いとは思われない17年以上も前のカタログを極めて綺麗な状態で保管しているような几帳面な人物であれば、陳述書で述べていた企業に勤務していたことを立証するための証拠を提出することは何ら難しいことではないと思われる。逆に言えば、当時の勤務先に関する証拠を一切提出できないことは、本件カタログが17年近くも前のものではないことを推認させるものである。
なお、陳述者の所属していた企業の登録状態が不自然であることや、その住所が香港に偏っていることは口頭審理陳述要領書で述べたとおりであるが、請求人からは、「〇〇が実在し、事業活動を行っていたことを全く否定するものではなく」というような主張がなされるだけであり、具体的な反論は一切なされていない。
甲11で2007年の段階でも2004年と表記された本件カタログを配っていると陳述されたことに加え、甲30では「毎年新しいカタログを作ることができ」なかった旨が述べられていることから、甲11及び甲30という請求人から提出された証拠からしても、2004年と表記された本件カタログが2004年に配布されたとも限らないことが裏付けられている。
英文まで用意し海外企業に配布することも予定されているような本件カタログで「通称」を用いることは極めて不自然であることは既に述べたとおりである。また、甲19及び甲21のメモ書きがともに英文でなされているが、2004年当時において、ジッパーを取り扱う業者が母国語の中国語ではなく英語でメモ書きをとることもまた不自然なものである。
請求人は甲31を提出し、スライダのみのカタログが存在することを示しているが(口頭審理陳述要領書15頁)、甲31ではその表紙に明確に「SLIDERS CATALOGE」と記載されており、スライダに関するカタログである。
他方、本件カタログは、新輝行たる企業を紹介するためのカタログであり、会社紹介でも「ファスナー、ベルクロ、ウェビング、スレッドなどの専門的な製品を国内外の市場に販売しています」と記載されており、スライダはその製品群には列記されていない。また、名刺(甲18及び甲22)でもバッグ、ジッパー、引手等は列記されているが、スライダについては列記されていない(引手は列記されているものの、スライダが列記されていないことは注目に値する。)。このようにスライダが主たる製品ではなかったにも関わらず、当該スライダに関して拡大図まで用いて説明している本件カタログは、(新輝行たる企業の実在性を確認できないことも鑑みると)2004年当時に作成されたものとは信用し難いものである。
結局のところ、請求人が本件カタログによって立証できているのは、本件カタログが現在において存在していることだけであり、本件カタログの作成時期及び頒布時期については立証できていない。
なお、新輝行たる企業の存在を現在及び過去のいずれの時点でも客観的に確認できていないのであるから、甲1(甲10)及び甲19〜甲21の本件カタログを実際には誰が作成したのかも不明である。
(イ)請求人の指摘する虚偽記載たるものは存在しない
請求人は被請求人の提出した調査報告書について、下記の主張を行い(口頭審理陳述要領書6頁)、虚偽記載である旨、主張している。




乙2の資料の見方に誤解があるようであるので、その点について、まず説明する。
乙2の「関連結果」は、調査した内容の関連事項であり、「実在を確認でていない」というのは、対応する会社の実在を確認できていないという意味である。このため、「PUMA」に関しては空欄になっている。他方、黄永貴氏については、ヒアリングの結果を得ることができたので、「関連結果」として、そのヒアリング結果を示している。
このことは、甲12について説明した乙2の12〜13頁の調査内容・結果を確認すれば容易に理解できる 。請求人は乙2の内容を誤解したものであり、乙2には「虚偽記載」は存在していない。なお、黄永貴氏については、そのヒアリング結果が「関連結果」として示されていることも、乙2の13〜14頁の甲13に関する調査内容・結果を確認すれば容易に理解できる。
請求人は口頭審理陳述要領書8〜9頁でも「陳述者の実在性」について述べているが、この点についても前述したのと同じ理由で誤解している。乙2での表でまとめられた結果での「実在性」は法人の実在性であり、陳述者の実在性ではない。
黄永貴氏の陳述について乙2で記載しているのは、請求人側の人物が、真実でもなければ、わざわざ不利な内容を述べることは通常考え難いことに基づいている。
つまり、不利な内容を述べた黄永貴の陳述は信用性が高いものとして調査報告書で載せている。
これに対して、請求人側の人物であれば、真実でもなくても、請求人に有利な内容を述べることは十分考えられ、陳志基の陳述は信用できるか不明なものであることから、調査報告書には記載していない。
請求人は口頭審理陳述要領書(14頁)で下記のとおり主張しているが、こちらについても誤解があるようである。




乙2の5頁で記載されているとおり、速達会社「百世(中略)通」の陽光分部及び晋江市政府青陽街道にも聞き取り調査をしている。
晋江市政府青陽街道は現地政府機関であり、現地の状況に一番詳し機関である。中国では、全ての町、街、ビルまで基礎政府機関が設置する。青陽街道は現地の管轄機関として青陽鎮の状況を管理しているが、もし「陽光工業区」という場所が存在したことがあれば、晋江市政府青陽街道が知らないはずがない。
また、中国では、速達会社が送達することから、現地の場所にも非常に詳しいものとなっている。速達会社「百世(中略)通」の陽光分部はまさに同区域の速達を取り扱っていることから、「陽光工業区」という場所を聞いたことがないことは、同場所が実際には存在しないことを裏付けるものである。

イ 黄永貴氏の陳述内容を信用することができない
甲27での陳述内容を信用できる前提で、被請求人の提出した調査報告書を信用できない旨、請求人は主張している(口頭審理陳述要領書5頁13〜17行)。
被請求人が録音した内容は下記のとおりである。
「女性:(33秒から、33秒前は音声がない)こんにちは。黄永貴、黄様、黄永貴、黄様、以前の電子厰、晋江にある新輝行のカタログを知りますか?先ほどうちのボスと電話して彼が言いましたが。
男性(黄氏):新輝行?新輝行?
女性:そうです。彼(うちのボス)が私にこちらに来て、黄永貴、黄様に訪ね、晋江新輝行について聞いてみるといいました。この晋江新輝行。
男性(黄氏):時間が長いので、記憶にありません。
女性:ファスナーに従事する(会社であり)、おおむね思い出してもらえませんか。
男性(黄氏):晋江新輝行?
女性:そうです、そうです。この会社がありますか?弊社は晋江新輝行に業務商談したいのですが。
男性(黄氏):晋江新輝行?官井もそんなに広いので、広いといっても広いで、企業が数百社あり、時間が長すぎるので、
女性:うん、数百社、その会社の名称は連邦電子厰で、そのカタログ(を有するようですが)。
男性(黄氏):昔、連邦電子厰に勤務していたが、新輝行について時間が長すぎるので、そこまで覚えることができない。
女性:覚えることができないですか。
男性(黄氏):うん、もう2、もう20年あまり経ちました。
女性:はい、はい、また確認します。確かに覚えることが難しいね。ありがとうございます。
男性(黄氏):うんん、時間が長すぎるから
女性:はい、はい、時間が長すぎるから覚えていない。ありがとうございます。
男性(黄氏):いいえ、バイバイ
女性:ありがとうございます。」
甲27では「会食の場で、一人のジッパーメーカーの従業員からパンフレットをもらった」ことを述べたと陳述されているが、録音内容では「新輝行について時間が長すぎるので、そこまで覚えることができない」と述べられており、新輝行については覚えていない旨発言されており、「会食の場で、一人のジッパーメーカーの従業員からパンフレットをもらった」ということは相反する内容の発言となっている。
したがって、甲27の陳述書の内容は事実に反している。よって、甲27の陳述書の内容を到底信用することはできない。
また、黄永貴氏は勤務先がイヤホン等の視聴機器も製造していたと述べており、ジッパー付きケースを製造することもあったと述べているが、製造ライン等も準備しなければならないという常識的な視点から見た場合、電子部品メーカーは外部業者からジッパー付きケースを購入するのが通常であり、電子部品メーカー自らがジッパー付きケースを製造することは考え難いことも指摘しておく。
また甲27の翻訳には誤った箇所がある。
甲27「2」「(1)」では「我公司的文(中略)就告(中略),本厂是做(中略)子(中略)品的,不需要拉(中略)」と記載されているが、この意味を正確に翻訳すると「当社の事務員は、当廠は電子製品を経営し、ジッパーを需要しないと述べて」という意味になる。この点に関し、「当社は現在ジッパーを要さない」と翻訳されているが、「電子部品を経営し」ているが故にジッパーを要さない旨回答している点が抜けている。
また、甲27では予算総額100万人民元のプロジェクトについて触れられているが、あくまでも「計画していた」ことが述べられているだけである。日本語として訳出されていないが、中国語文書には、「会社から退職したときまで、そのプロジェクトがまだ定論がない」と記載されており、そのプロジェクトが実は実施していないことが記載されている。
また、黄永貴氏は、2004年頃、インターネットはそこまで普及していなかったと述べているが、2004年頃、中国ではインターネットは十分に普及しており、この点も事実と反している。

ウ 柯暁勇氏の陳述内容を信用することができない
請求人は下記のとおり主張している(口頭審理陳述要領書16頁)。




しかしながら、甲11では、明確に、定期的に本件カタログを作成していたことが陳述されており、その陳述内容が変遷している。2004年版のカタログが2007年にも残っていたのであれば、3年もカタログの在庫が存在することになり、「定期的に本件カタログを作成していた」というようなことになりようがない。
反対尋問も経ていない陳述書の内容ですら変遷するような人物の陳述の信用性は極めて乏しいものであり、当該陳述内容を到底信用できない(請求人に都合のよい陳述をその場限りで行っているとしか考えられない。)。
ちなみに甲11及び甲30での陳述内容は下記のとおりである。

(甲11)



(甲30)



柯暁勇氏は、新輝行が法人登記していたかを知らないと陳述している。しかし、登記していない法人であれば、当該法人の銀行口座も存在しないことから、給料の支払い方式も普通の支払い方式と異なることになる。
また、柯暁勇氏は、営業担当とのことであるが、法人登記していない会社であれば、クライアントと取引した際に、会社印鑑、銀行口座が一切ないことから、会社名義で契約を締結できず、領収書を発行できず、明らかに取引の際に普通の登記した会社と異なることになる。つまり、会社が法人登記したかどうか、営業担当として大きな影響を与える。
しかも、柯暁勇氏の役職は日本語では、「営業担当」となっているが、中国語の「業務経理」を日本語に訳すと「営業部長」となり、重要なポジションにあったことを理解できる。このような人物が、会社が法人登記したかどうかを知らないということは極めて不自然である。
また、甲30(3頁、第2段落)には「当時、私の職務では、創設者と接触する機会がないので、苗字しか知りませんでした」との内容が記載されているが、当該文章は中国語の原文には存在していない。何故に、このような文章が入っているのか、甚だ理由が不明である。

エ 結語
柯暁勇氏及び黄永貴氏を含む陳述者の陳述内容を信用することはできず、新輝行たる企業が存在していたかも不明であることから、本件カタログが2004年に実際に作成されたのかは全くもって不明であるし、また頒布されたかも全くもって不明である。
「2004年版」という印刷を施したカタログを現在において容易に製造できることからして、本件のように不自然な事情が多数存在する中で、本件カタログが本件登録意匠の出願日前に作成及び頒布されたことは認められるべきではない。
よって、本件カタログは、本件登録意匠に対する先行意匠としては認められない。

オ 証拠方法
(ア)乙第3号証 黄永貴氏とのやり取りを録音した内容(当審注:録音データをCD−Rで提出。)

(2)請求人側上申書
請求人は、被請求人の上申書に対して、令和3年4月14日付けで上申書を提出して、以下のとおり意見を述べた。

ア はじめに
令和3年3月8日に実施された口頭審理において、本件カタログ(甲1(甲10)、甲19〜甲21)について原本確認を受けた結果、これらが偽造・変造等されたものではなく、新輝行が作成した真正な商品カタログであることが確認され、証拠採用されるに至った。かかる提出証拠をもって、甲1意匠が2004年頃に広く頒布された刊行物に記載された意匠であり、「公然知られた意匠」又は「頒布された刊行物に記載された意匠」であることは、十分に立証されている。
被請求人は、令和3年3月22日付け上申書(以下「被請求人上申書」という。)において、依然として本件カタログの作成時期・頒布時期が不明であると主張するが、上記のとおり、甲1(甲10)を含む本件カタログの成立の真正が認められており、発行年が「2004」と明記されている以上、甲1は、遅くとも2004年12月末日までには頒布されたものであることが推定される。被請求人は、かかる推定に対し何ら反証することができていない。
加えて、被請求人は、2004年に新輝行の従業員からカタログ(甲19)を受け取ったと述べた陳志基の陳述書の信用性について何ら具体的な反論を行っていない。さらに言えば、請求人が、令和3年1月13日付け口頭審理陳述要領書において、陳志基が被請求人の調査員と思われる正体不明の男性の訪問を受け、当該訪問者からの質問に対し、「新輝行の従業員と知り合い、新輝行のパンフレットをもらったことがある」(甲28)と回答したことを主張し、そのことが記載されていない調査報告書(乙2)の信用性を弾劾したところ(口頭審理陳述要領書・7〜8頁)、被請求人は、「陳志基の陳述は信用できるか不明なものであることから、調査報告書には記載していない。」(被請求人上申書・8〜9頁)と反論するのみであった。被請求人のかかる主張は正に詭弁であるが(信用性に欠けるというのであれば、被請求人は「調査を行った結果、陳志基と接触できたが、同人の陳述はこのような理由で信用に値しない。」と主張すべきである。被請求人がどのように言い繕おうとも、被請求人が利用できると考えた調査結果のみを主張し、被請求人が利用できないと考えた調査結果を秘匿したという、恣意的な調査結果の利用をした事実は変わらない。)、それを措くとしても、被請求人は、被請求人調査員が陳志基を訪問し、陳志基が甲28のとおり回答したことを実質的に認めている。したがって、被請求人の主張を前提としても、甲1が新輝行によって2004年頃に作成され、頒布された刊行物であることに疑いの余地はない。
そのため、請求人としては、被請求人上申書に対する反論の要を認めないが、念のため、黄永貴及び柯暁勇の陳述書の信用性について、必要な範囲で、被請求人の反論に対する再反論と補足主張を行う(下記(2)、(3))。

イ 黄永貴の陳述書(甲13・甲27)について
(ア)総論
被請求人は、被請求人の調査員が黄永貴を訪問した際の録音データ(乙3)を提出し、「ジッパーメーカーの従業員からパンフレットをもらったことがある」(甲27)との回答内容が録音データには含まれていなかったことを理由として、黄永貴の陳述書(甲27)全体について信用できないなどと主張する(被請求人上申書・11頁)。
しかしながら、そもそも被請求人により実施された調査手法は、著しく不合理であって、当該調査により引き出された供述は何らの証拠価値を有さない。また、被請求人の調査結果を前提としても、黄永貴の陳述書の信用性は全く否定されない。
以下詳述する。
(イ)被請求人の調査手法の不公正・不合理性
本件において、被請求人は、陳志基及び黄永貴の陳述書(甲12、甲13)の信用性を弾劾すべく、両名に対して訪問調査を実施しているが、被請求人の調査員は、訪問調査に当たり、自らの身元を偽り(又は隠して)、質問の趣旨を何ら説明することなく誘導的に質問を行っている(甲27(乙3)、甲28)。このような調査手法は、著しく不公正・不合理であって、それにより引き出された供述は何らの証拠価値を有さない。
すなわち、陳述書の信用性を弾劾すべく陳述者の調査を行うのであれば、被請求人は、陳述者に対して自らの身元を明かし、質問の趣旨等を正確に説明した上で、弾劾調査の協力を要請すべきであった。仮に、請求人が虚偽の主張をしている、架空人物に陳述書を作成させた、陳述者が無理に虚偽の陳述書を作成させられた等の事情があるのであれば、被請求人が陳述者本人に身元を明かし、事情を説明した上で正確な説明を求めれば、陳述者は被請求人に協力して「請求人は虚偽の主張をしている。」「そのような陳述書は作成していない。」等の供述をするはずである。それにもかかわらず、被請求人は、あえて自らの身元を偽り(又は隠して)、質問の趣旨も説明することなくヒアリングを実施し、陳述者に無断で録音を行っている。被請求人がかかる調査手法を採用しているのは、いうまでもなく、被請求人自身が「陳述者本人に身元を明かして事情を説明した上で正確な説明を求めた場合には、陳述者が請求人提出の陳述書のとおり陳述したことを認めるであろう。」との見込みを有していたからに他ならない。被請求人は、かかる見込みを有していたが故に(すなわち、正当な方法では請求人が提出した陳述書を弾劾できないと考えたが故に)、誤導された供述を得ることを目的として、あえて、自らの身元を偽り(又は隠して)質問の趣旨を何ら説明することなく誘導的な質問調査を実施し、陳述者に無断で録音を行ったのである。このような不公正・不合理極まりない調査手法により引き出された供述は、陳述者の認識ないし記憶している事実に基づき述べられたものとは到底いえない。
したがって、乙3の録音データにおけるやり取りを含め、被請求人の調査により引き出された供述は何らの証拠価値を有さないものであることを確認しておく。
(ウ)黄永貴の陳述書の信用性
既に述べたとおり、黄永貴は、泉州のジッパーメーカーの営業担当であると称するだけで何ら身元を明らかにしない不審者から、営業目的と関係しない質問を繰り返し受けたことから、質問を適当にはぐらかし、当該不審者を追い返したにすぎない。
録音データ(乙3)に記録されたやり取りからも、身元を明らかにしない不審者が黄永貴に対して誘導的に質問を行い(「覚えることができないですか。」「はい、はい、また確認します。確かに覚えることが難しいね。」「はい、はい、時間が長すぎるから覚えていない。」等)、黄永貴が適当にはぐらかして追い返していることが明らかである。身元を明らかにしない不審者の訪問を受け、調査目的や質問の趣旨も明らかにされることなく矢継ぎ早に質問を受ければ、被訪問者は不審に思い正直・詳細に説明を行わずに適当に話を合わせ、又ははぐらかして不審者を追い返すのが当然である。
したがって、被請求人が提出した録音データ(乙3)によっても、黄永貴の陳述書の信用性は何ら否定されない。
また、そもそも黄永貴の陳述書(甲13・甲27)のポイントは、黄永貴が2004年頃に新輝行の従業員から紹介資料(カタログ)を受領したと述べ、かつ、かかる黄永貴の陳述内容が、黄永貴自身が提出した新輝行のカタログ(甲20)によって客観的に裏付けられていることにある。結局のところ、被請求人は、上記のとおり陳述の本質的部分とは無関係な点を指摘するしかできず、このように客観的に裏付けられた事実に対して、全く反論することができていないのであって、被請求人の主張によって黄永貴の陳述書(甲27)の信用性は何ら否定されない。

ウ 柯暁勇の陳述書(甲11・甲30)について
(ア)柯暁勇の陳述内容は客観証拠により裏付けられていること
柯暁勇の陳述書のポイントは、柯暁勇が、2004年頃に、新輝行の従業員として勤務し、メーカー等の企業を訪問して、甲1(甲10)と同じカタログや名刺を配っていたと述べていることである。かかる柯暁勇の陳述内容は、柯暁勇が提出した当時の名刺(甲18)や、梁一諤(甲15陳述者)が提出した甲18と同内容の名刺(甲22)、追加入手カタログ(甲19〜甲21)によって客観的に裏付けられている(いずれの証拠も成立の真正が認められ、証拠採用されている。)。
被請求人は、柯暁勇の陳述書(甲30)の些末な記載を指摘して、柯暁勇の陳述書全体の信用性を否定しようと試みているが、上記の柯暁勇の陳述書の位置付けや客観証拠との関係を一切無視したものであり、被請求人の主張によって柯暁勇の陳述書の信用性は何ら否定されない。
以下では、念のため、必要な範囲で再反論する。
(イ)カタログの発行時期について
被請求人は、柯暁勇の陳述書のうち、甲11には「定期的に・・・カタログを作成し」と記載されている一方、甲30には「一度製作したカタログの在庫を使い切るまで、その版のカタログを使用し続けていました」と記載されており、陳述内容が矛盾していると論難する(被請求人上申書・12〜13頁)。
しかし、甲11は「毎年作成している」とは述べていないのであって、甲11と甲30は全く矛盾しない。被請求人の主張は、「定期的に」を「毎年」と曲解し、強引に矛盾点を作り出すものにすぎず、失当であって、柯暁勇の陳述書の信用性を何ら減殺するものではない。
(ウ)柯暁勇が法人登記の有無を知らないことについて
被請求人は、会社が法人登記したかどうかは営業担当として大きな影響を与えるため、営業担当である柯暁勇が、新輝行が法人登記をしているかどうかを知らないことは不自然であると主張する(被請求人上申書・13頁)。
しかしながら、既に述べているとおり、中国においては法人登記をすることなく事業を行っている事業体は数多く存在しており(甲24)、このような事業体が数多く存在していたことは、いうまでもなく、法人登記がなくとも、何ら問題なく事業体間で金銭の授受や契約の締結ができていたことを意味する(再度指摘するとおり、中国でも事業を行っている被請求人がそのような実態を知らないはずはない。被請求人は、実態を知りながら、あえてそれを無視して形式論を強弁しているにすぎない。)。したがって、会社の法人登記が存在しなかったとしても、営業担当は支障なく業務を遂行することは十分に可能であり、被請求人の主張はその前提を欠く。
なお、中国語において「経理」とは「マネージャー」を意味し、「部長」を意味するものではない。中国において、営業担当者は、部下の有無にかかわらず自らの職位を高く見せるために「経理」を肩書にするケースが多く、「経理」を肩書に持つ柯暁勇も、部下を持たない単なる営業担当の一人である。
(エ)「晋江市青陽鎮陽光工業区」について
柯暁勇は、甲30において、当時、新輝行の工場は、「晋江市青陽鎮陽光工業区」と呼ばれるところに所在したと陳述した。
この点に関し、被請求人は、配達会社及び晋江市政府青陽街道(現地政府機関)に聞き取り調査を行ったところ、「陽光工業区」は聞いたことがないとの回答を受けたことを根拠として、「陽光工業区」は実際には存在しなかったなどと主張する(被請求人上申書・9頁)。
しかしながら、そもそも調査報告書(乙2)が全く信用性に欠けるものであることは既に述べたとおりであり、実地調査の結果も到底信用できない。上記のとおり陳述者について被請求人が利用できるもののみ恣意的に報告がなされているのであるから、「陽光工業区」についても、そもそも調査を実施していないか、被請求人が利用できるもののみ恣意的に報告がなされた可能性が極めて高い。
また、上記を措くとしても、現地政府機関や配達会社であっても、十数年前に存在していた地名の通称を把握していないことは何ら不自然ではない。現地政府機関が正式名称ではなく「通称」(しかも過去の通称)を回答することは通常考えられないし、また、配達会社の場合、業務上は現在の住所を把握しておけば足り、十数年前に存在していた地名やその通称を把握しておく必要は全くないのであるから、聞いたことがないと回答するのはむしろ自然である。通称という地域歴史の調査であるにもかかわらず、被請求人は、文献調査等を敢えて一切行わず、上記のとおり専門家でもなく知見を有しない者へのヒアリングをおこなったのみであって、調査手法自体を誤っており、また、恣意的な調査を行っている。かかる調査により得られた調査結果は、晋江市青陽鎮陽光工業区が過去に存在していたことを否定する根拠とはなり得ない。

エ 結論
以上のとおり、甲1意匠が2004年頃に広く頒布された刊行物に記載された意匠であり、「公然知られた意匠」又は「頒布された刊行物に記載された意匠」であることは、十分に立証されている。
したがって、本件登録意匠は、意匠法第3条第1項第3号又は同条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるので、同法第48条第1項第1号の規定に基づき、無効とすべきである。

第6 当審の判断

1 本件登録意匠
本件登録意匠(意匠登録第1270572号、甲第7号証)は、願書及び願書に添付された図面の記載によれば、意匠に係る物品を「スライドファスナー用スライダーの胴体」とし、その形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下、「形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合」を「形態」という。)を、願書及び願書に添付した図面に表されたとおりとしたものであり、具体的な形態は、以下のとおりである。(別紙第1参照)

(1)基本的構成態様
全体は、スライダー本体と引手用のフックからなるものである(以下、スライダー本体を「本体部」、引手用のフックを「フック部」という。)。
本体部は、正面視、略縦長円形の両側中央から下側をくびれ状に絞り込んだ平板(以下「平板部」という。)を2枚、正背に面を揃えて近接し、その内面上端に上面を平板部の外形に合わせて弧状に面取りした略直方体形の連結部材(以下「ブリッジ部」という。)を設けて接合したものであって、平板部の内面の左右縁の真ん中から下端寄りに沿って突条(以下「フランジ部」という。)を設けている。
フック部は、略縦長隅丸直方体形の両端を内側に湾曲してちょうど電話機における送受話器の様相を呈したものであって、本体部の正面上端よりやや下がった位置に上側の端面を固着し、下端よりやや上がった位置で下側を開放状とし、全体として前方に傾斜状としている。

(2)各部の態様
ア 本体部
(ア)寸法比
A 全体
正面視において、縦(高さ)及び横の長さの比率は、約6:5である。
右側面視において、縦(高さ)及び横の長さの比率は、約2.4:1である。
B 平板部
右側面視において、平板部の縦(高さ)及び横の長さの比率は、約9:1で、フランジ部の突出幅は平板部の横幅の約4割弱である。
左右の平板部の横幅の比率は、約1:1で、フランジ部を含めた横幅の比率は、約0.9:1である。
C ブリッジ部
右側面視において、ブリッジ部の縦(高さ)横及び奥行き(平面視における横幅)の長さの比率は、約2:1:1.1である。また、縦の長さは全高の約2/5で、横の長さは全幅の約1/2弱である。
(イ)形態
A 正面視において、左右対称形で、上端から左右の中央付近までを略半円弧状としたあと、下に向かって凹弧状にくびれながら垂下し、全体がやや凸弧状に膨出した下辺の両端と隅丸状に繋がっている。
B 右側面視において、左右の平板部は、上下端を面取りした略縦長矩形で、左の平板部のみ左辺がごく僅かに弧状に膨出している。
フランジ部は、上下の角を弧状に面取りしている。
ブリッジ部は、下辺の左右端近くを斜め下方向に屈曲している。

イ フック部
(ア)寸法比及び傾斜角度
A 正面視において、縦(高さ)及び横の長さの比率は、約7:2である。また、縦の長さは全高の約9/10で、横の長さは全幅の約1/3弱である。
B 右側面視において、平板部と接する端面の縦の長さは、全高の約1/4弱である。また、傾斜角度(上端と下端を結んだ線の角度)は、約80度である。
(イ)形態
A 正面視において、略縦長隅丸矩形で、真ん中から下に向かって若干窄まり状とし下端は略U字状に面取りしている。
B 右側面視において、略縦長C字状としている。

2 無効理由の要点
請求人が主張する無効理由の要旨は、以下のとおりである。

(1)無効理由1
本件登録意匠は、その出願前に公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠である甲第1号証に記載された意匠に類似する意匠であり、意匠法第3条第1項第3号により意匠登録を受けることができないものであるから、同法第48条第1項第1号に基づき、その登録を無効とすべきである。

(2)無効理由2
本件登録意匠は、甲第1号証の意匠及び公知意匠(甲第2号証、甲第4号証、甲第5号証、甲第6号証に記載の意匠等)に基づいて、当業者が容易に創作できた意匠であり、意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるので、同法第48条第1項第1号に基づき、その登録を無効とすべきである。

3 無効理由の判断

(1)無効理由1
請求人は、前記第2の1(3)に示すとおり、本件登録意匠は、「本件登録意匠の出願前に公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠である甲1に掲載された意匠に類似する意匠であり、意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものであるので、同法第48条第1項第1号の規定に基づきその登録を無効とすべき」と主張しているから、以下、本件登録意匠が、甲第1号証の意匠(以下「甲1意匠」という。)と類似する意匠であるか否かについて検討する。

ア 証拠の説明
甲1意匠は、審判請求書に添付された証拠説明書の記載によれば、中華人民共和国所在の晋江新輝行制造有限公司が、平成16年(2004年)に発行したカタログ「製品カタログ『新輝行2004』(抜粋)」第3頁の「製品構造(日本語訳)」に所載の赤枠で囲まれた「スライダー」の意匠である。(別紙第2参照)
(ア)意匠に係る物品
甲1意匠の意匠に係る物品は、「スライダー」であり、スライドファスナーに用いるスライダーの胴体である。
(イ)形態
A 基本的構成態様
全体は、本体部とフック部からなるものである。
本体部は、正面視、略縦長円形の両側中央から下側をくびれ状に絞り込んだ平板部を2枚、薄厚の平板部を背面側として正背に面を揃えて近接し、その内面上端に上面を平板部の外形に合わせて弧状に面取りした略直方体形のブリッジ部を設けて接合したものであって、平板部の内面の左右縁の真ん中から下端寄りに沿ってフランジ部を設けている。また、背面中央に縦の分割線を1本形成している。
フック部は、略縦長隅丸直方体形の両端を内側に湾曲して電話機における送受話器の様相を呈したものであって、本体部の正面上端に、上側の端面を固着し、下端よりやや上がった位置で下側を開放状とし、全体として前方に傾斜状としている。
B 各部の態様
(A)本体部
i 寸法比
(i)全体
正面視において、縦(高さ)及び横の長さの比率は、約6:5である。
右側面視において、縦(高さ)及び横の長さの比率は、約2:1である。
(ii)平板部
右側面視において、正面側の平板部の縦(高さ)及び横の長さの比率は、約6:1で、フランジ部の突出幅は平板部の横幅の約4割強である。
背面側の平板部の縦(高さ)及び横の長さの比率は、約8:1で、フランジ部の突出幅は平板部の横幅の約6割弱である。
左右の平板部の横幅の比率は、約1.3:1で、フランジ部を含めた横幅の比率は、約1.2:1である。
(iii)ブリッジ部
右側面視において、ブリッジ部の縦(高さ)横の長さの比率は、約5:3である。また、縦の長さは全高の約1/3弱で、横の長さは全幅の約1/2強である。
ii 形態
(i)正面視において、左右対称形で、上端から左右の中央付近までを略半円弧状としたあと、下に向かって凹弧状にくびれながら垂下し、全体がやや凸弧状に膨出した下辺の両端と隅丸状に繋がっている。
(ii)右側面視において、左右の平板部は、上端及び下端の内側の角を面取りした略縦長矩形である。
フランジ部は、上下の角を弧状に面取りしている。
(B)フック部
i 寸法比及び傾斜角度
(i)正面視において、縦(高さ)及び横の長さの比率は、約7:2である。また、縦の長さは全高の約9/10で、横の長さは全幅の約1/3弱である。
(ii)右側面視において、平板部と接する端面の縦の長さは、全高の1/4弱である。また、傾斜角度(上端と下端を結んだ線の角度)は、約80度である。
ii 形態
(i)正面視において、左右対称形の略縦長隅丸矩形で、下端は略U字状に面取りしている。
(ii)右側面視において、略縦長C字状としている。

イ 本件登録意匠と甲1意匠(以下「両意匠」ともいう。)の対比
(ア)意匠に係る物品
両意匠は、いずれもスライドファスナーの引手を除いたスライダーの胴体であるから、両意匠の意匠に係る物品は、一致する。
(イ)両意匠の形態
両意匠の形態を対比すると、主として、以下の共通点と差異点がある。
A 共通点
(A)基本的構成態様
両意匠は、本体部とフック部からなるものであって、
i 本体部は、正面視、略縦長円形の両側中央から下側をくびれ状に絞り込んだ平板部を2枚、正背に面を揃えて近接し、その内面上端に上面を平板部の外形に合わせて弧状に面取りした略直方体形のブリッジ部を設けて接合したものであって、平板部の内面の左右縁の真ん中から下端寄りに沿ってフランジ部を設けている点。
ii フック部は、略縦長隅丸直方体形の両端を内側に湾曲して、本体部の正面上方に、上側の端面を固着し、下端よりやや上がった位置で下側を開放状とし、全体として前方に傾斜状としている点。
(B)各部の態様
i 本体部
(i)正面視において、左右対称形で、上端から左右の中央付近までを略半円弧状としたあと、下に向かって凹弧状にくびれながら垂下し、全体がやや凸弧状に膨出した下辺の両端と隅丸状に繋がっている点。
(ii)右側面視において、左右の平板部は、上下端を面取りした略縦長矩形で、フランジ部は上下の角を弧状に面取りしている点。
ii フック部
(i)正面視において、若干外側に弧状に膨出した略縦長隅丸矩形で、下端は略U字状に面取りしている点。
(ii)右側面視において、略縦長C字状とし、本体部に対する傾斜角度を約80度としている点。
B 差異点
(A)基本的構成態様
本体部について、本件登録意匠は、平板部の厚みは2枚とも同じであるのに対し、甲1意匠は、正面側の平板部より背面側の平板部の方が薄厚である点。
(B)各部の態様
i 本体部
(i)平板部
右側面視において、本件登録意匠は、左の平板部のみ左辺がごく僅かに弧状に膨出しているのに対し、甲1意匠は、左右の辺とも垂直状である点。
背面視において、甲1意匠は、中央に縦の分割線を形成しているのに対し、本件登録意匠は、形成していない点。
(ii)ブリッジ部
右側面視において、本件登録意匠は、下辺の左右端近くを斜め下方向に屈曲しているのに対し、甲1意匠は、屈曲はみられない点。
ii フック部
正面視において、本件登録意匠は、本体部よりやや下がった位置に設け、真ん中から下に向かって若干窄まり状としているのに対し、甲1意匠は、本体部の上端に設け、若干外側に弧状に膨出した垂直状である点。

ウ 両意匠の類否判断
(ア)両意匠の意匠に係る物品
両意匠の意匠に係る物品は、共に、スライドファスナー用スライダーの胴体であるから同一である。
(イ)形態の共通点及び差異点の評価
両意匠は、バッグ等の開口部に使用するスライドファスナーの開閉に用いるスライダーの胴体であるから、服飾デザイナー、バッグ類の製造業者及び取引業者が主たる需要者といえるが、これらの需要者は、実際にバッグ類を購入し使用する者の視点から製品の外観に表れる部位についても注目するものといえるため、その中で最も目につきやすい正面視における態様について第一に評価し、かつそれ以外の形態も併せて、各部を総合して意匠全体として形態を評価することとする。
A 共通点の評価
両意匠の共通点のうち、前記イ(イ)A(A)基本的構成態様について、すなわち、全体は、本体部とフック部からなり、本体部は、平板部を2枚、近接し、その内面上端にブリッジ部を設けて接合し、内面の左右縁の真ん中から下端寄りに沿ってフランジ部を設けたものとし、フック部は、略縦長隅丸直方体形の両端を内側に湾曲して、本体部の正面上方に、上側の面を固着し、下側を開放状とし、全体として前方に傾斜状とした態様は、両意匠のみならず、この種物品において、ファスナーを開閉する際に不可欠な構成態様といえるものであるから、需要者が特に注意を惹くものとはいえず、両意匠の類否判断に与える影響は小さい。しかしながら、前記(B)各部の態様のうち、特に、i(i)本体部の正面視の態様、すなわち、上端から左右の中央付近までを略半円弧状としたあと、下に向かって凹弧状にくびれながら垂下し、全体がやや凸弧状に膨出した下辺の両端と隅丸状に繋がったものとした態様は、角や直線を排除した曲線のみの構成で、全体として丸みのある柔和な視覚的効果を醸成しており、また、上端から略半円孤状に広がる上半分の外形状が、円形を基調とする印象をもたらしている一方、その下に続く両側のくびれが織りなす曲線の変化が、両意匠に共通するアクセントとして、需要者に強い共通の美感を起こさせているから、両意匠の類否判断に与える影響は大きい。
そうすると、この種物品においては、共通点(A)が両意匠の類否判断に与える影響は小さいとしても、共通点(B)(i)の本体部の正面部の態様が、両意匠の類否判断に与える影響は大きいものであって、これらの共通点は、相まって、需要者に共通の印象を与えるものである。
B 差異点の評価
両意匠の差異点のうち、前記イ(イ)B(A)基本的構成態様について、すなわち、本件登録意匠は、本体部の平板部の厚みが2枚とも同じであるのに対し、甲1意匠は、正面側の平板部より背面側の平板部の方が薄厚である点について、甲1意匠の2枚の平板部の厚みの差は、さほど大きいものではないことに加え、背面側の平板部は、使用状態において、ファスナーの裏側に隠れて外部から視認できないことを考慮すると、この厚みの差は、格別、需要者の注意を惹くとはいえないから、両意匠の類否判断に与える影響は小さい。また、前記(B)に掲げた各部の態様の相違についても、いずれも部分的な差異に止まり、微弱なものといわざるを得ないから、両意匠の類否判断に与える影響は小さい。
そして、これら差異点は、相まっても両意匠の類否判断を左右するほどの影響を与えるには至らないものである。
C 共通点及び差異点の評価
したがって、前記の共通点と差異点を総合して判断すれば、本件登録意匠と甲1意匠とは、意匠に係る物品が同一で、形態についても、差異点が、両意匠の類否判断を左右するほどの影響を与えるには至らないものであるのに対して、共通点は、相まって、需要者に共通の印象を与えるものであるから、意匠全体として見た場合、両意匠は類似する。

(2)無効理由2
請求人は、前記第2の1(3)に示すとおり、本件登録意匠は、「甲1意匠及び公知意匠(甲2、甲4、甲5、甲6に記載の意匠等)に基づいて、当業者が容易に創作できた意匠であり、意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるので、同法第48条第1項第1号の規定に基づきその登録を無効とすべき」と主張している。
具体的には、前記第2の1(5)(5−4)に示すとおり、本件登録意匠は、「スライダーにおいて引手部の根本部の端部が上翼板の端部から若干ずれて設けられている構成はありふれたものであり、当業者は、甲1意匠の引手部の根本部の端部の位置に係る構成を甲2、甲4、甲5及び甲6に記載の各公知意匠の対応する構成に置き換えることにより、容易に本件登録意匠を創作することができた」とするものである。

ア 証拠の説明
(ア)甲第2号証意匠(別紙第3参照)
甲第2号証意匠(以下「甲2意匠」という。)は、本件登録意匠の出願前である平成12年(2000年)4月24日発行の意匠公報所載の意匠登録第1067634号の意匠(意匠に係る物品、スライドファスナー用スライダー)である。
その形態は、本体部、フック部及び引き手からなるものであって、本体部は、正面視、略縦長円形の両側中央から下側をくびれ状に絞り込んで下辺を水平状とした平板部を2枚、正背に面を揃えて近接し、その内面上端にブリッジ部を設けて接合したものであり、フック部は、略縦長隅丸直方体形の両端を内側に湾曲したものであって、本体部の正面上端よりやや下がった位置に、上側の端面を固着している。
(イ)甲第4号証意匠(別紙第4参照)
甲第4号証意匠(以下「甲4意匠」という。)は、本件登録意匠の出願前である平成16年(2004年)7月20日発行の意匠公報所載の意匠登録第1211912号の意匠(意匠に係る物品、スライドファスナー用スライダー)である。
その形態は、本体部とフック部からなるものであって、本体部は、正面視、略縦長矩形の上辺を凸弧状とし左右辺をくびれ状に絞り込んだ平板部を2枚、正背に面を揃えて近接し、その内面上端にブリッジ部を設けて接合したものであり、フック部は、略縦長隅丸直方体形の両端を内側に湾曲したものであって、本体部の正面上端より僅かに下がった位置に、上側の端面を固着している。
(ウ)甲第5号証意匠(別紙第5参照)
甲第5号証意匠(以下「甲5意匠」という。)は、本件登録意匠の出願前である2004年1月6日発行の米国特許公報所載の「スライドファスナー用のスライダー胴体」の意匠(登録番号、US D484,829 S)である。
その形態は、本体部とフック部からなるものであって、本体部は、正面視、略縦長円形の両側中央から下側をくびれ状に絞り込んで下辺を水平状とした平板部を2枚、正背に面を揃えて近接し、その内面上端にブリッジ部を設けて接合したものであり、フック部は、略縦長隅丸直方体形の両端を内側に湾曲したものであって、本体部の正面上端よりやや下がった位置に、上側の端面を固着している。
(エ)甲第6号証意匠(別紙第6参照)
甲第6号証意匠(以下「甲6意匠」という。)は、本件登録意匠の出願前である平成10年(1998年)7月7日発行の公開特許公報所載の特開平10−179216の「スライドファスナー用スライダー」の意匠である。
その形態は、本体部とフック部からなるものであって、本体部は、正面視、略縦長円形の両側中央から下側をくびれ状に絞り込んで下辺を水平状とした平板部を2枚、正背に面を揃えて近接し、その内面上端にブリッジ部を設けて接合したものであり、フック部は、略縦長隅丸直方体形の両端を内側に湾曲したものであって、本体部の正面上端よりやや下がった位置に、上側の端面を固着している。

創作容易性の判断
請求人の無効理由2についての主張は、本件登録意匠は、「スライダーにおいて引手部の根本部の端部が上翼板の端部から若干ずれて設けられている構成はありふれたものであり、当業者は、甲1意匠の引手部の根本部の端部の位置に係る構成を甲2、甲4、甲5及び甲6に記載の各公知意匠の対応する構成に置き換えることにより、容易に本件登録意匠を創作することができた」というものである。
したがって、この点について、本件登録意匠が当業者によって容易に創作できたものであるかについて検討し判断する。

この物品の属する分野において、本件登録意匠にみられるように、全体は、本体部とフック部からなり、本体部は、正面視、略縦長円形の両側中央から下側をくびれ状に絞り込んだ平板部を2枚、正背に面を揃えて近接し、その内面上端に上面を平板部の外形に合わせて弧状に面取りした略直方体形のブリッジ部を設けて接合し、平板部の内面の左右縁の真ん中から下端寄りに沿ってフランジ部を設け、フック部は、略縦長隅丸直方体形の両端を内側に湾曲して、本体部の正面上方に、上側の端面を固着し、下端よりやや上がった位置で下側を開放状とし、全体として前方に傾斜状としたものは、甲1意匠にみられ、また、フック部を、本体部の正面上端よりやや下がった位置に取り付けているものは、甲2意匠及び甲4意匠ないし甲6意匠にみられるように、本件登録意匠の出願前に公然知られたものである。
そうすると、本件登録意匠の形態は、甲1意匠の形態をほとんどそのまま表し、フック部の取り付け位置を、本体部の正面上端よりやや下がった位置としたまでに過ぎないから、本件登録意匠は、当業者であれば、容易に意匠の創作をすることができたものといわざるを得ない。

(3)甲1意匠が、本件登録意匠の出願前に公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠であるか否かについて
ア 被請求人は、答弁書等において、甲第1号証に記載の意匠(甲1意匠)は、公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠であることが立証されていない旨主張する。すなわち、甲第1号証は、実際の製品カタログであるのか(実在性)、また、実際に頒布されたものであるのか不明であり、さらに、その頒布された時期及び頒布された対象も不明であるとの主張である。これに対し、請求人は、弁駁書等において、甲第1号証の製品カタログの頒布に関係のある者の陳述書の提出等により、甲第1号証が、取引先・営業先等に広く頒布されていたこと及び実在していたことは明らかであるから、甲第1号証の実在性及びその頒布された時期に何ら疑う余地はない旨、反論した。

イ 審判合議体は、甲第1号証の証拠性について、両当事者の主張及びそれぞれが提出した証拠を精査し、審理した結果、以下の結論に至った。
(ア)書証の成立について
甲第1号証は、原本として提出された証拠であって、審判合議体は、令和3年3月8日開廷の口頭審理において、甲第1号証の原本の確認を行ったところ、特段、疑わしい点は見当たらなかったことから、甲第1号証は、その存在及びその成立については、真正のものと認定して差し支えないものである。
(イ)甲第1号証の頒布された時期について
甲第1号証の頒布された時期については、甲第1号証に加え、例えば、確定日付の付与を行う公証役場が発行した証明書類や公的機関等にカタログ寄託して取得したタイムスタンプ等、その頒布された日付を直接的かつ客観的に証明する証拠の提出があるならばともかく、こうした証拠の提出がないときには、甲第1号証が現実に本件登録意匠の出願前に頒布されていたとする請求人の主張には疑義があるといわざるを得ないから、甲第1号証は、その頒布された時期において、証拠性を欠くものといわざるを得ない。
なお、請求人は、甲第1号証の頒布された時期について、弁駁書等において、甲第1号証の製品カタログが、本件登録意匠の出願前に頒布されていたことを明らかにするためとして、当該製品カタログを頒布した者(晋江新輝行制造有限公司)が、2004年当時、取引先等に頒布していたとする関係者の陳述書(甲第11号証ないし甲第17号証)を提出しているが、これらの者による陳述を裏付ける客観的な証拠はなく、当該陳述書のみでは、甲第1号証が現実に2004年に頒布されたものであるとする主張は、直ちに信用することができない。
(ウ)結論
したがって、審判合議体は、甲第1号証について、書証としての成立は真正なものと認めるが、当該製品カタログが頒布された日付については、表紙下端にある「2004年版」の記載があるとしても、この日付の記載に基づいて、当該カタログが、現実に、2004年に頒布されたとの心証を得るまでには至らないものであるから、請求人の上記反論は採用することができない。

4 小括

上記のとおり、本件登録意匠は、甲1意匠に類似するものであり、また、本件登録意匠は、甲1意匠等の形態に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものといえるが、請求人が提出した甲第1号証は、その頒布された日付に疑義があるものであり、更に、甲第1号証に記載の甲1意匠が、本件登録意匠の出願前に公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠であるとする客観的な証拠はないから、本件登録意匠は、甲1意匠によっては、意匠法第3条第1項第3号及び同第3条第2項の規定に該当しない。

第7 むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張する無効理由1及び無効理由2に係る理由及び証拠方法によっては、本件登録意匠の登録は無効とすることはできない。

審判に関する費用については、意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。






























別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。

審判長 木村 恭子
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
審理終結日 2021-04-28 
結審通知日 2021-05-06 
審決日 2021-05-18 
出願番号 2005035958 
審決分類 D 1 113・ 121- Y (B9)
D 1 113・ 113- Y (B9)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 木村 恭子
特許庁審判官 井上 和之
内藤 弘樹
登録日 2006-03-24 
登録番号 1270572 
代理人 大野 浩之 
代理人 和田 祐以子 
代理人 長谷部 陽平 
代理人 鷲見 健人 

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