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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2007880016 審決 意匠

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審決分類 審判    C2
審判    C2
審判    C2
管理番号 1229923 
審判番号 無効2007-880017
総通号数 134 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2011-02-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-12-07 
確定日 2010-12-27 
意匠に係る物品 人形 
事件の表示 上記当事者間の意匠登録第1310310号「人形」の意匠登録無効審判事件についてされた平成20年10月 1日付審決に対し,知的財産高等裁判所において審決取消の判決(平成20年(行ケ)第10402号,平成21年 3月25日判決言渡)があったので,更に審理の結果,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。
理由 第1 手続の経緯及び両当事者が提出した証拠
1.手続の経緯
・平成18年12月24日 意匠登録出願(意願2006-36523号)
・平成19年 8月17日 設定の登録(意匠登録第1310310号。以下,この意匠を「本件登録意匠」という。)
・平成19年 9月18日 意匠公報発行


・平成19年12月 7日 本件意匠登録無効審判請求(「審判請求書」)
・平成20年 3月 4日 「審判事件答弁書1」及び「審判事件答弁書(2)」提出(被請求人)
・平成20年 4月23日 「審判弁駁書(1)」及び「審判弁駁書(2)」提出(請求人)
・平成20年 7月30日 「審判事件答弁書3」提出(被請求人)
・平成20年 7月31日 「審判事件答弁書(4)」提出(被請求人)
・平成20年 8月 4日 「上申書」提出(被請求人)

・平成20年10月 1日 「審決」(請求成立:以下,「第一次審決」という。) 同年10月14日にその謄本が両当事者に送達。

・平成20年10月29日 知的財産高等裁判所出訴(平成20年(行ケ)第10402号)
・平成21年 3月25日 知的財産高等裁判所判決(審決取消(差戻))

・平成21年 4月21日 「審判事件答弁書5」提出(被請求人)
・平成21年 4月30日 「審判事件弁駁書(3)」提出(請求人)
・平成21年 5月21日 「審判事件弁駁書(4)」提出(請求人)
・平成21年 6月24日 「審判事件答弁書6」提出(被請求人)
・平成22年 5月11日 「口頭審理陳述要領書」提出(請求人)
・平成22年 5月11日 「口頭審理陳述要領書」提出(被請求人)
・平成22年 5月11日 口頭審理
・平成22年 5月18日 「上申書」提出(被請求人)
・平成22年 5月28日 「審判事件弁駁書(5)」提出(請求人)
・平成22年 6月16日 「審判事件弁駁書(6)」提出(請求人)
・平成22年 7月 1日 「上申書」提出(被請求人)
・平成22年 9月30日 「審理再開申立書」(被請求人)
・平成22年 9月30日 「上申書」(被請求人)


2.請求人が提出した証拠
(注:「甲第1号証」は,「甲1」と記し,その他も同様とする(以下,同じ。)。また,証拠の後の墨付き括弧書きは,当審が記載した。)

・「審判請求書」に添付
(1)甲1 【本件登録意匠,意匠登録第1310310号「人形」の意匠の意匠公報】
(2)甲2 【意匠登録第1298050号「ひな人形」の意匠公報】
(3)甲3 【平成19年10月 4日付「催告書」】
(4)甲4 【平成19年10月17日付「回答書」】
(5)甲5 【企画図面】
(6)甲6 【生地見本表】
(7)甲7(枝番あり) 【電子メール及び添付画像ファイルのプリントアウト】
(8)甲8 【生地見本表】
(9)甲9 【コンテ図面】
(10)甲10(枝番あり) 【2006年 6月 8日付ユザワヤ浦和店のレシート,購入したレース生地などの写真】
(11)甲11(枝番あり) 【2006年 6月27日付有限会社鈴木人形の「御見積書」,雛人形の写真,事務所内の写真】
(12)甲12 【鈴木人形のウェブサイトのプリントアウト】
(13)甲13 【こうげつ人形のウェブサイトのプリントアウト】
(14)甲14 【平成19年12月 3日付松島康成の「証明書」及び「(有)鈴木人形との進行記述」(平成18年 3月10日から平成18年 8月25日までが記載。)】
(15)甲15 【高田忠著『意匠』有斐閣の抜粋】

・「審判事件弁駁書(1)」に添付
(16)甲16(枝番あり) 【店舗のロゴデザイン,建築デザイン(「賞状」及び「景観グランドデザインプラン」)】

・「審判事件弁駁書(2)」に添付
(17)甲17 【意匠登録無効審判事件2006-88005の意匠審決公報】

・「審判事件弁駁書(3)」に添付
(18)甲19 【平成21年 3月31日付 五十鈴人形店宛カシワヤの領収証】
(19)甲20 【レース生地の写真】

・平成22年 5月11日付「口頭審理陳述要領書」に添付
(20)甲21 【人形の試作品の写真】


3.被請求人が提出した証拠
・「審判事件答弁書1」に添付
(1)乙1 生地の写真(写し)
(2)乙2 平成18年8月21日付被請求人会社作成文書
(3)乙3【枝番あり】 被請求人会社から請求人会社へのメール 【電子メール及び添付画像ファイルのプリントアウト】
(4)乙4 被請求人会社が平成5年頃作成したレース付人形の写真 【平成22年5月11日付口頭審理陳述要領書及び平成22年5月18日付上申書により事実関係及び立証趣旨を訂正。】

・「審判事件答弁書3」に添付
(5)乙5の1,乙5の2 【雛人形の収納箱の写真】【平成22年5月11日付口頭審理陳述要領書及び平成22年5月18日付上申書により事実関係及び立証趣旨を訂正。】

・平成20年 8月 4日付「上申書」に添付
(6)乙6 【平成18年6月4日付 鈴木人形宛カシワヤの領収証】
(7)乙7 【ユザワヤ「品番51-3」のレース生地の写真】

・「審判事件答弁書(4)」に添付
(8)乙9 報告書(平成20年 7月30日付,被請求人商品開発部 鈴木章人作成) 【表題「当社ホームページと人形発売日について」の文書】
(9)乙10 平成18年12月29日付,株式会社晃月人形宛納品書
(10)乙11 平成19年 1月22日付,店頭小売納品書

・平成22年 5月18日付「上申書」に添付
(11)乙12 報告書(平成22年5月16日付 鈴木章人作成)
(12)乙13?乙17 絵コンテ(平成17年春頃までに鈴木章人作成図面)
(13)乙18 有限会社ティーエムのインターネット検索(平成22年5月10日)結果
(14)乙19 株式会社ティーエムのインターネット検索(平成22年5月10日)結果
(15)乙20 株式会社ティーエム閉鎖登録簿(平成22年5月12日現在)
(16)乙21 有限会社ティーエム登録簿(平成22年5月12日現在)
(17)乙22 銀座雛人形の「特定商取引に関する法律に基づく表示」

・平成22年 9月30日付「上申書」に添付
(18)乙23 鈴木章人作成の代理人との打合せ用メモ
(19)乙24 請求人の銀座雛人形HP



第2 本件登録意匠
本件登録意匠は,創作者を鈴木 章人とし,物品の部分について意匠登録を受けようとして,2006年(平成18年)12月24日に出願され,2007年(平成19年) 8月17日に意匠権の設定の登録がされ,意匠公報が発行された意匠登録第1310310号の意匠であって,願書の記載及び願書に添付した図面によれば,意匠に係る物品を「人形」とし,その「形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下,「形態」という。)」を願書の記載及び願書に添付した図面に記載したとおりのものであって,「実線で表された部分が,部分意匠として意匠登録を受けようとする部分である」としたものである。(以下,この意匠登録を受けた部分を「当該部分」という。)(別紙第1参照)

すなわち,本件登録意匠の当該部分の形態は,基本的構成態様として,
(A)帯状レース地を重襟元の最内側に配して「飾り部」としたもので,全体が,右前の襟合わせで,正面視略「V」の字状をなすものであって,
具体的構成態様としては,
(B)帯状レース地は,細かい格子状の細幅帯状の「基部」の襟元内側に,同形同大の「円形状模様」を重ねてなるものであって,その円形状模様を,襟合わせの交差部に1個,そこから左右の襟元内側に沿って,正面視略左右対称にそれぞれ2個,ほぼ間隔を揃えて全部で5個連続して配して「連続円形状模様部」を形成したものであり,左右の襟元内側の4個の円形状模様は,その半分が突出したように基部に重ねられたものであり,基部の幅と円形状模様部の直径の比は,約2:3であって,
(C-1)円形状模様は,太線の「円形外輪」の内側に同心円状で,その直径を円形外輪の約1/2強とした「中央円形部」を形成し,(C-2)その中央円形部は,中心に中央円形部の直径の約1/2弱の太線の「中心円形部」が,重なったように(注:本件登録意匠の図面の「A-B部分拡大図」を参照すれば,中心円形部の太線の外縁には,一定でない破線状の境界線の明調子部分が表れている。)同心円状に形成され,(C-3)その中心円形部の外縁と円形外輪の間を,一定間隔に18本の太線を放射状に形成したものであって,(C-4)円形状模様全体として「車輪」状の模様としたものであって,
(D)基部は,基部周縁における襟元側の外縁,左右の両部肩部側の上縁及び襟元内側の略「y」字状をなす内縁がやや太めの細線で形成され,その余の面部には,襟元の外・内縁に平行又は直行する細線によって,やや扁平に交差した格子模様がほぼ均一に形成されているものである。



第3 請求人の申立及び理由の概要
請求人は,請求の趣旨を「登録第1310310号意匠の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求める。」とし,請求の理由を概略次のように述べた。


1.無効理由1
本件登録意匠の真の創作者は,請求人会社に所属する松島康成・松島ルミ子であり,その登録は意匠の創作をした者でない者であってその意匠について意匠登録を受ける権利を承継しないものの意匠登録出願(以下,「冒認出願」という。)に対してされたものであるので,意匠法第48条第1項第3号に該当し,無効とすべきである。


2.無効理由2
本件登録意匠は,その出願の日前の他の意匠登録出願であって当該意匠登録出願後に意匠公報に掲載された意匠登録第1298050号の願書の添付図面に表された意匠の一部(以下,本件登録意匠に相当する部分の意匠を「甲2意匠」という。)と類似し,意匠法第3条の2の規定により意匠登録を受けることができないものであるので,その登録は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。


3.無効理由3
本件登録意匠は,本件出願前に公然知られ,又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠である甲12に現された雛人形の意匠の一部と類似するものであるから,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものであるので,その登録は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。


4.本件意匠登録を無効とすべき理由[無効理由1]
(1)請求人適格
請求人は,雛人形に関し企画・デザインの創案・製造販売を営むものであり,請求人会社の従業員である松島康成(以下「康成」という)・松島ルミ子(以下「ルミ子」という)は,職務として本件登録意匠を含む人形のデザインを完成させたものである。すなわち,本件登録意匠の真の創作者は康成・ルミ子であり,その職務として創作された意匠の登録を受ける権利は契約により請求人に承継されていることから,被請求人が権原なく出願したことによる本件意匠登録を無効にすることに関し,請求人は利害関係を有している。

(2)請求人側における意匠の創作
康成・ルミ子は,本件登録意匠の基礎となる衣装にレースの飾り部を設けた現代的な新作雛人形について,平成18年2月末までにその企画を立案し,同年4月末までに本件登録意匠における基本的構成態様の基礎となる襟元にレースの飾り部を設けた雛人形のデザインを創作した(甲5・甲6)。また,同年5月末までには人形衣装のコンテ図面を作成して本件登録意匠における基本的構成態様を完成させ(甲9),同年 6月 8日には実際に使用するレースの柄を決定して,本件登録意匠の具体的態様部分を完成させた(甲8)。

(3)本件登録意匠が冒認出願に基づくものであることの説明
(i)康成・ルミ子は,被請求人会社を平成18年 3月10日に訪問して鈴木由美子氏に面会し,両人創作・企画による新作雛人形に関し,被請求人に製造依頼を打診した。

(ii)同年 5月12日には,康成・ルミ子は請求人会社代表者である松島輝夫とともに被請求人会社を再度訪問して開発部鈴木章人氏(以下「章人氏」という)に面会し打ち合わせを行った(甲3,1?2頁,甲4,2?3頁参照)。その打ち合わせの際,康成・ルミ子は本件登録意匠の基礎となる襟元にレース飾りを設ける構成の生地見本表(甲6)及び企画図面のコピー(甲5)を章人氏に渡し,請求人が販売を予定する複数種類の新作雛人形について具体的内容を呈示し,その見本品及び商品の製造を依頼した(甲4,3頁7行?12行,甲14参照)。

(iii)その後,請求人側と被請求人側の打ち合わせは,主として康成と章人氏の間で電子メールにより継続し(甲7,甲14),平成18年 5月19日に章人氏から送信された電子メール(甲7-2)には,「いただいたコピーサンプルをベースにこちらで生地を選別,作成させていただきます」との記載があり,同年 5月12日に渡した企画図面・生地見本表を基礎として被請求人が雛人形の製造を行う意思が示されている。なお,その後,同年 6月 2日に章人氏から送信された電子メール(甲7-7)には先に被請求人側で選別すると言っていたサンプル生地についても請求人側で調達を行うように依頼している。

(iv)同年 6月 8日には,康成・ルミ子両人は被請求人会社を訪問すべく埼玉県に赴き,経路の途中でユザワヤ浦和店に立ち寄り,人形衣装に実際に使用する各生地を選択・購入した(甲8,甲10)後,被請求人会社にて章人氏に面会し,康成・ルミ子が予め作成しておいた人形衣装のコンテ図面(甲9)及び購入した本件登録意匠に係る人形襟元の飾り部に柄がほぼ一致するレース生地1(甲8のJ,V)を含む複数種のサンプル生地を渡し,その場でこれらのサンプル生地を台紙に貼付して生地見本表(甲8)を作成して章人氏に渡し,その写しを受け取った。その際,康成・ルミ子は章人氏に対し人形衣装についての具体的な指示を行った。

(v)請求人の指示に従って雛人形を製造した章人氏は,その画像を添付した電子メール(甲7?12)を平成18年 6月16日に康成に送信して,本件登録意匠とほぼ同一の構成を有する襟元の飾り部(白色系)を含む見本品1を示した(甲7-12の添付画像TM親王.jpgの右側,甲7?13の添付画像TM姫2.jpg)。

(vi)請求人と被請求人との関係は,甲4,3頁目7?18行において被請求人自ら認めているように,請求人側が創作・企画した雛人形に関する製造依頼者と製造請負者の関係であって,新しい人形デザインの創作依頼や新作人形の共同開発ではない。そのため,両者において被請求人側による新たな意匠の創作は当初から想定されておらず,甲7全体を通じたメール通信内容から分かるように,打ち合わせ当初から最終的な見本品の完成に至るまで,製作都合上の細かい任意的事項を除き,製作対象である各雛人形のデザインは総て康成・ルミ子の創作・指示によるものであった。
特に,本件意匠登録は,願書添付図面に示されているように雛人形の完成品(製品)の写真ではなく部分意匠を示す図面であり,請求人側がコンテ図面(甲9,5頁等)で被請求人側に示した襟元の飾り部の縮図に,請求人側が選択・購入した甲8のレース生地の柄を適用したものであるため,被請求人が製造過程で加味するような意匠の創作は何ら存在していないものである。

(vii)本件登録意匠は,その基本的構成態様が平成18年5月末の康成・ルミ子によるコンテ図面(甲9)の作成時点で完成しており,その具体的態様が同年6月8日の康成・ルミ子による甲8のレース生地1の選択・購入時点で完成したものであり,その真の創作者は康成・ルミ子であることが明白である。したがって,本件登録意匠は被請求人会社の章人氏が創作したものではなく,康成・ルミ子デザインによる見本品1の形態上の特徴部分を抽出しただけのものであるため,本件意匠登録は冒認出願に基づくものである。


5.本件意匠登録を無効とすべき理由[無効理由2]
(1)本件登録意匠は,意匠登録第1310310号の意匠公報(甲1)に記載のとおり,物品を「人形」とした人形の襟元部分に係る部分意匠であり,平成18年12月24日に出願され,平成19年 8月17日に登録されたものである。

(2)甲2意匠は,意匠登録第1298050号の意匠公報に記載のとおり,物品を「ひな人形」とした人形胴部に係る部分意匠であり,平成18年 9月21日に出願され,平成19年 3月 9日に登録されて平成19年 4月 9日に意匠公報に掲載されたものであることから,本件登録意匠の出願日(平成18年12月24日)前の意匠登録出願であって,本件登録意匠の出願後に意匠公報の掲載図面に現された意匠であり,本件登録意匠に対し意匠法第3条の2の他の意匠登録出願に係る意匠の地位を有している。

(3)両意匠の類否を検討すると,甲2意匠の出願時点では雛人形の襟元にレース地の飾り部を設けた前例がなく比較する対象のない斬新なものであるためにその類似範囲は通常広く認識すべきところ,本件登録意匠のように巷の手芸店で多数販売されているようなレース飾りをそのまま利用しただけのありふれた模様である場合には,類否判断の重点となる意匠の要部にはなり得ないものである。
また,看者である一般需要者が雛人形を観賞する通常距離(1m程度)を想定した場合,人形全体に対し比較的小さな部分である襟元の飾り部において,その柄の違いまで通常は意識されにくく意匠の類否判断におけるウエートは自ずと低くなりやすいのに対し,共通部分であるレース飾りが襟元に付いていること,及びその端縁側の輪郭の凹凸については,離れていても比較的判別容易で意識されやすく印象に残りやすいことから,類否判断において比較的高いウエートとなる。
以上のことから,上述したいずれの差異点も類否判断に与える影響は比較的小さく,これらを総合しても,上述の両意匠に共通した美感・印象を凌駕するものではないため,本件登録意匠は先行意匠である甲2意匠に記載の意匠の一部に類似するものである。


6.本件意匠登録を無効とすべき理由[無効理由3]
(1)甲12,3頁右下部分の画像は,実際の画像採集時は平成19年11月ではあるが,本件登録意匠の出願日である平成18年12月24日より以前の,少なくとも平成18年12月 3日のホームページリニューアル時点(甲9,2頁)から現在に至るまで被請求入会社のホームページ(http://www.suzuki-ningyo.com/)の画面に表示されている,「BELL’S KISS SERIES」の女雛の画像であり,この画像には本件登録意匠に類似するものとして電気通信回線を通じて利用可能となった意匠(襟元の飾り部)を含んでいる。この女雛の画像部分をクリックすることで,甲12,4頁の上半身の拡大写真に移動し,さらにクリックすることで甲12,5頁右側のパターンが異なる3種類の人形画像に移動することができる。
この「BELL’S KISS SERIES」は,甲12,3?5頁の各画像に共通して見られるように,現代的な顔立ち・衣装・アクセサリー等を有した新しいデザインコンセプトによる雛人形のシリーズであり,その主役的な位置を占める姫は,その衣装において襟元または/および袖口にレース地の飾り部を設けた点を衣装デザイン上の特徴としている。
そして,このような「BELL’S KISS SERIES」は,被請求人会社ホームページ中のプレス欄に自ら記載しているように(甲12,1頁),本件登録意匠の出願前である平成18年10月 1日に被請求人自ら発表し,その発表直後から現在に至るまで,被請求人及び株式会社晃月人形等(甲13参照)が宣伝・販売を実施している雛人形シリーズとして,業界において周知なものとなっている。

(2)甲12,3頁の雛人形の画像を見ると,その衣装が上述した見本品1(甲7-13の添付画像TM姫2.jpg)の衣装と全く一致しており,見本品1の頭を変更しただけのものであることが分かる。そのため,甲1に記載の本件登録意匠は,上述した無効理由1と同様に,甲12,3頁の雛人形画像の一部分である襟元の飾り部と形態がほぼ共通しており(甲12,4頁上段の画像は花図形がさらに明瞭である),少なくとも平成18年12月 3日のホームページリニューアル時には公にされたものである。

(3)以上のことから,本件登録意匠は,本件出願前に公然知られた意匠又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲12,3頁の雛人形画像の襟元飾り部の意匠と,少なくとも類似するものである。そして,本件登録意匠に係る出願は,出願後所定期間内に新規性喪失の例外の適用を受けるための手続きを行っておらず,出願前に自ら新規性喪失に至らしめたままとしたものである。

(4)なお,被請求人が上述した無効理由1に対し,本件登録意匠は被請求人側が創作したと主張する場合には,その出願日以前の平成18年 6月27日に章人氏が請求人会社を訪問した(甲4,3頁の(3))際の請求人に示したサンプルの中に,甲12,3頁の雛人形と衣装の同一のものが含まれているため(甲11-4の右から2番目),少なくともその時点で新規性を喪失したことになる。



第4 被請求人の答弁(1回目)及び理由の概要
被請求人は,平成20年 3月 4日付「審判事件答弁書1」及び同日付け「審判事件答弁書(2)」を提出し,答弁の趣旨を「本件審判請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする,との審決を求める。」とし,答弁の理由を概略次のように述べた。


1.無効理由1
(1)請求人適格について
請求人会社が雛人形に関し企画・デザインの草案・製造販売を営むものという点は不知。その余は否認ないし争う。
本件登録意匠の創作者は鈴木章人(以下「章人」という。)であり,意匠権者が被請求人であることは明らかである。
したがって,請求人会社が創作された意匠の登録を受ける権利を康成及びルミ子から承継することはあり得ず,請求人会社は利害関係を有しない。

(2)請求人側における意匠の創作について
平成18年2月末までに康成・ルミ子が本件登録意匠の基礎となる新作雛人形のコンセプトを考案し,商品化を企画したこと,同年4月末までに本件登録意匠の基本的構成態様の基礎となるデザインを創作したこと,同年5月末までに本件登録意匠における基本的構成態様を完成させたこと及び同年 6月18日に本件登録意匠の具体的態様部分を完成させたことについては,いずれも否認ないし争う。
前述のように,本件登録意匠の創作者は章人である。

(3)本件登録意匠が冒認出願に基づくものであることの説明などについて
(i)平成18年 3月10日に康成・ルミ子が被請求人会社を訪問し,鈴木由美子(以下「由美子」という。)が応対したことは認めるが,その余は否認する。由美子は請求人会社から制作依頼ではなく,人形販売の相談と依頼を受けたに過ぎない(甲4)。その際の康成らの説明が不十分であったため,由美子は請求人会社を卸取引希望業者と理解し,請求人会社に対する製造依頼とは理解できなかった。現に由美子は,康成らに対して,節句人形製品卸業者のカタログを見せ,その業者に行くことを勧めた。

(ii)同年 5月12日松島輝夫・康成・ルミ子が被請求人会社を訪問し,雛人形の製造を依頼したことは認めるが,その企画が康成・ルミ子によるという点は否認する。また,この際康成・ルミ子から甲5のうち,顔のイラスト(2枚)以外と甲6のように枠が書いていない生地見本のようなもの(乙1,甲6そのものではない)の写しを渡されたことは認める。
被請求人会社は,この時初めて請求人会社が被請求人会社に対して,製造依頼を希望する業者であることを理解した。
同年5月12日の時点では,被請求人会社は請求人会社に対して,受注の意思表示を示しておらず,被請求人会社と請求人会社との間で制作に関する合意は成立していない。

(iii)同年 6月 8日に康成・ルミ子が被請求人会社を訪問した事実,購入してきた生地を持参した事実及び甲9を章人に渡した事実は認めるが,甲8を康成らが作成した事実及び同人らが章人に細部を指示したことは否認する。
そもそも,どのようなデザイン・生地・配色にすればいいか,どこで購入すればいいかなどを請求人に対してアドバイスしたのは,豊富な製作実績を持つ被請求人会社である。甲8も康成・ルミ子が作成したものではなく,その場で章人が作成し,康成・ルミ子に渡していたものである。
前述のように,甲8は康成・ルミ子が作成したものではなく,その場で章人が作成し,康成・ルミ子に渡していたものである。また,甲8に貼付した生地のほとんどは,被請求人会社で考案・購入した生地である。レース生地1(甲8のJ,V)及びレース生地2(甲8のQ)についても同様である。章人が貼付した中には康成らが購入した生地も若干あるが,その生地にしても請求人会社が康成らに対し,どのようなデザイン・素材にすればいいか具体的に指示したものである。
加えて,甲9は専門家が見れば着物の構造をはじめ,全く形をなしておらず,素人が想像で書いた程度のものである。
康成・ルミ子が章人に対し人形衣装について具体的な指示を出した事実はない。仮に何らかの指示があったとしても,豊富な人形製作実績を持つ専門家である章人が素人ともいえる請求人会社の指示に従うことはあり得ない。
第2 4.(3)(vi)の請求人に主張に対して,前述のように,甲9は専門家が見れば着物の構造をはじめ,全く形をなしておらず,素人が想像で書いた程度のものである。
請求人会社は,被請求人会社に対して,制作を依頼するにあたり単なる希望を伝えたに過ぎない。本件登録意匠の創作者は章人である。仮に百歩譲って,請求人会社が被請求人会社に対して,アイデアを提供したといえるとしても,単にアイデアを提供したに過ぎない者は創作者とはいえず,現実に創作行為に加担した者,すなわち章人が創作者であることは明白である。

(iv)康成と章人が電子メールでやり取りしていた事実は認めるが,メールでのやり取りは主に簡単な報告程度であり(乙3),重要な決定事項及び確認事項については,直接の打合せで行っていた。
同年 6月16日に章人が請求人に対し,甲7-12のメールを送った事実は認めるが,章人が請求人の指示に従って雛人形を作成した事実はない。
請求人は,章人に対し,人形製作にかかる具体的な指示は一切出していない。仮に何らかの指示があったとしても,豊富な人形製作実績を持つ専門家である章人が素人ともいえる請求人会社の指示に従うことはあり得ない。
同年 6月17日に章人が請求人会社に対し,サンプル画像付の甲7-13のメールを送った事実は認める。

(4)まとめ
全て否認ないし争う。
これまで述べたように,本件登録意匠の創作者が章人であることは明らかである。
したがって,本件意匠登録が冒認出願に基づくものでないことも明白であり,請求人の無効理由1の主張には理由がない。


2.無効理由2
(1)本件登録意匠と,甲2の部分意匠のうち襟飾り部分の意匠(以下,「甲2意匠」という。)の類否を検討すれば,本件登録意匠と甲2意匠とは,その基本的構成態様のうち,女雛が着用した十二単の正面にその重襟元(襟口)に配置したレース地の飾りである点て共通する一方,基本的構成態様のうち,本件登録意匠が,重襟元からV字状をなして上向きにメッシュ地によるV字部を突出配置し,その上縁から半円を突出するように等間隔のV字状に配置した5つの車輪図形を有するVネック状の「フラットな襟元飾り」としたのに対し,甲2意匠が,重襟元から首回りに上方に筒状に突出配置し,その外周に内外方向交互の細幅多数の額線を配置して上端を波状に凹凸形状とすることによってタートルネック状にして「立体フリルの襟元飾り」とした点,更に本件登録意匠の具体的構成形態が甲2意匠に示されない点において相違するところ,女雛の襟元の飾り部がVネック状か,タートルネック状かの相違は,需要者の注意を最も惹き易い部分の相違であるとともにそのVネック状の飾り部が,メッシュ地と半円突出状5つの車輪図形を有することによって人形の首から胸に掛けて肌を露出したものであるか,筒状にして襟元から首に掛けて全体を覆うものであるか,更に該Vネック状の飾り部がフラットな面をなすものであるか,筒状にしてフリルの立体凹凸面をなすものであるかの相違は,同じく需要者の注意を最も惹き易い部分の相違である。
すなわち,本件登録意匠と甲2意匠との間の上記相違点は,需要者の目を惹き,需要者に一見して直ちに明瞭に認識される相違点であり,該相違点によって,需要者の視覚を通じて起させる美感を異にし,本件登録意匠についてはフラットな面と車輪図形により全体として簡潔な感じと襟元の開放的印象を,また甲2意匠についてはフリルにより全体として複雑で微妙な立体感と襟元から首に至る閉塞的印象をそれぞれ看取するに至る。

してみれば本件登録意匠と甲2意匠とは,その基本的構成態様の一部,すなわち女雛が着用した十二単の正面にその重襟元(襟口)に配置したレースの飾りにおいて共通するも,その余の基本的構成態様を異にするとともに本件登録意匠の具体的構成態様を示すものではなく,需要者に異なる美感を起させるものであり,よって本件登録意匠は,甲2意匠に類似するものではない。

(2)請求人は,甲2意匠について,襟元にレース地の飾りを配置することは従来の雛人形に見られない特徴であるとして,本件登録意匠は甲2意匠に類似すると主張するが,この主張が,意匠の構成要素の形状も,模様も,色彩も,これらの組合せも,その全てを捨象してなされていることが明らかである。因みに,請求人は,「人形全体に対して比較的小さな部分である襟元の飾り部において,その柄の違いまで通常は意識されにくく,意匠の類否判断におけるウエートは自ずと低くなる」とする主張を行うが,該レースの飾りが従来の雛人形に見られない特徴であるなら,需要者の注目を浴びることは必然であるから,このような主張は成り立たない。更に請求人は「巷の手芸店で多数販売されているようなレース飾りをそのまま利用しただけのありふれた模様である場合には,類否判断の重点となる意匠の要部にはなり得ない」と主張するが,本件登録意匠が人形であることを考慮すると,このような主張がなりたたないことが明らかである。


3.無効理由3
(1)平成18年10月 1日被請求人会社が本件登録意匠を含むシリーズをホームページ上で発表した事実は否認する。
同年12月 3日被請求人会社がホームページ上で本件登録意匠を掲示した事実は否認する。

(2)本件登録意匠と,甲12,「BELL’S KISS SERIES」の襟飾り部分の意匠(以下,「甲12意匠」という。)の共通点は,基本的構成態様として,女雛が着用した十二単の正面にその重襟元(襟口)に配置したレース地の飾りである点である。一方,相違点は,同じく基本的構成態様として,本件登録意匠が,重襟元からV字状をなして上向きにメッシュ地によるV字部を突出配置し,その上縁から半円を突出するように等間隔のV字状に配置した5つの車輪図形を有するVネック状にして襟元飾りとしたのに対し。甲12意匠が,正面にその重襟元から首までの間を埋めるように上向きに突出配置したメッシュ地にして面内のメッシュ密度を変化した濃密模様を配置したレース地の襟元飾りとした点,具体的構成態様として,本件登録意匠が,各車輪図形を中央部と該中央部と外枠との間に17本の放射線を配置し,メッシュ地の幅とV字部1片の比率を1:5.5,メッシュ地の幅と車輪図形の径の比率を1:1.5としたのに対して,甲12意匠が,中央上端をやや凹陥状とするとともにその左右両側に同じくレース地によるヒレ状の小片を配置した点である。

(3)そこで本件登録意匠と甲12意匠の類否を検討すれば,上記甲2意匠との関係で述べたところと同様の理由により,本件登録意匠と甲12意匠とは,その基本的構成態様のうち,女雛が着用した十二単の正面にその重襟元に配置したレース地の飾り部である点で共通する一方,基本的構成態様のうち,本件登録意匠が,重襟元からV字状をなして上向きにメッシュ地によるV字部を突出配置し,その上縁から半円を突出するように等間隔に配置した5つの車輪図形を有するVネック状の襟元飾りとしたのに対し,甲12意匠が,正面にその重襟元から首までの間を埋めるように配置したメッシュ地にして面内のメッシュ密度を変化した濃密模様を配置したレース地の襟元飾りとした点などにおいて相違するところ,女雛の襟元の飾り部が需要者の注意を最も惹き易い部分である。
すなわち,Vネック状の飾り部が,メッシュ地と半円突出状5つの車輪図形を有することによって人形の首から胸に掛けて肌を露出したものであるか,重襟元から首までの間を埋めるように配置して,襟元から首に掛けて略全体を覆うものであるか,更に該Vネック状の飾り部が,メッシュ地のV字部と車輪図形によるものであるか,メッシュ密度の変化による濃密模様をなすものであるかは,同じく需要者の注意を最も惹き易い部分の相違である。
このように本件登録意匠と甲12意匠との間の上記相違点は,同様に需要者の目を惹き,需要者に一見して直ちに明瞭に認識される相違点であり,該相違点によって,需要者の視覚を通じて起させる美感を異にする。本件登録意匠についてはフラットな面と車輪図形により全体として簡潔な感じと襟元の開放的印象を,また甲2意匠については濃密模様を配置したレース地の模様により全体として襟元間に変化のある趣快感をそれぞれ看取するに至る。

してみれば本件登録意匠と甲12意匠とは,その基本的構成態様の一部,すなわち女雛が着用した十二単の正面にその重襟元に配置したレース地の飾りにおいて共通するも,その余の基本的構成態様を異にするとともに具体的構成態様を異にする結果,需要者に異なる美感を起させるものであり,よって本件登録意匠は,甲12意匠に類似するものではない。

(4)甲13について
請求人は,被請求人が,請求原因1(冒認主張)を認めないのであれば,平成18年 6月に鈴木章人氏が被請求人会社を訪問し,請求人に示したサンプルによって本件登録意匠は公知になったと主張する。しかし,甲13は,本件登録意匠の出願日前のものとすることはできないし,特定の関係にある相手方に人形を提示し又は手渡することによって当該人形が公知となるといったことはない。したがって,請求人の甲13に基づく主張も根拠がない。



第5 請求人の弁駁(1回目)の概要
請求人は,平成20年 4月23日付「審判弁駁書(1)」及び同日付「審判弁駁書(2)」を提出し,概要以下のとおり弁駁した。


1.無効理由1
(1)被請求人は,平成18年 5月12日の請求人訪問時までに本件登録意匠に関連する新作雛人形の企画について康成・ルミ子が創案したことについて否認している。しかし,当時の請求人会社は他分野から雛人形の分野に新たに進出する状況であったところ,新たな商品企画なしに新規分野に参入すること自体,常識的に考えてもあり得ないことである。
すなわち,被請求人に渡した企画図面(甲5)のうち,顔のイラストについて被請求人は渡されていないと主張しているが,従来の伝統的雛人形には見られないこの特徴的な顔立ちを中心として,フリルやビーズ等の西洋的・現代的な装飾を用いてなる斬新なデザインコンセプト(甲6参照)を取り入れた新作雛人形のシリーズを市場に出すことにより雛人形業界に新たなトレンドを創出することが,康成・ルミ子の創案した商品企画の内容である。
被請求人は,平成18年 5月12日の時点で被請求人は請求人会社との間で製作に関する合意は成立していないと主張しているが,製作の基本的合意なしに被請求人会社が入手と時間を要するサンプル製作にとりかかるはずがなく,甲3に記載の通り受注の意思表示があったことは明らかである。

(2)請求人は,同年 6月 8日に康成・ルミ子が被請求人会社を来訪し甲9を章人に渡した点については認め,甲8を康成らが作成した事実及び同人らが章人に細部を指示したことを否認しているが,この甲8については,康成らが当日購入したレース生地1,2を含む複数の材料を,被請求人会社訪問時に章人に渡して台紙に貼付させ,この見本に従って製作するように被請求人会社に保管させるべく渡したものである。
被請求人は同年 6月 8日に康成らが被請求人会社を訪問した際,甲8に貼付した生地の殆どはレース生地1,2を含め被請求人会社で考案・購入したものであると主張している。しかし,甲8に貼付した生地は請求人側が持ち込んだものであり,甲10から明らかであるように少なくともレース生地1,2は康成らが当日ユザワヤで選定・購入したものである。甲8のレース生地1,2も被請求人会社で購入したと主張するのであれば,同年6月8日以前に当該生地を購入したことについて,領収証等を提示しその事実を被請求人側から明らかにしていただきたい。

(3)甲9を章人に渡したことについて被請求人は認めているが,甲9の記載内容からも康成らによる指示があったことが明白である。なお,康成らが章人に指示を行っていたことについては,甲7-10(乙3-6)の章人が康成に送信したメール( 6月 9日)の「昨日お話をさせていただきましたとおり,大筋はご指定の生地でいけると思います。レースや細かい部分のアクセサリー使い等がどの程度できるかを検討いたします。」との記載からも容易に推認できる。また,甲9の3枚目左側,4枚目左側には着物襟元に半円を連ねてなるレース飾りが記載されており,少なくとも甲9作成時点で本願登録意匠の基本デザインが完成していたことが分かる。

(4)被請求人は,請求人が被請求人にコンテ(甲9)を示した事実は認めながら,甲9は専門家が見れば着物の構造をはじめ,全く形をなしておらず素人が想像で書いたものであり,人形製作の専門家が素人とも言える請求人会社の指示に従うはずがなく,康成らが章人に対し人形衣装について具体的な指示は出しておらず,請求人会社は被請求人会社に人形制作にあたり単なる希望を伝えたに過ぎないと述べ,百歩譲ってアイデアを提供したとしてもアイデアを提供したに過ぎないものは創作者とはいえない,と主張している。
しかし,本願登録意匠を含む新作雛人形のデザインコンセプト(アイデア)自体は雛人形の外観に係るものであって(意匠も物品の外観である),人形衣装の内側や外部から認識しにくい細部構造の特定まで要するものではないことから,人形製作の専門家でなくても人形の外観デザインは行い得ることは明らかである。
また,意匠の創作はアイデアそのものであり,このアイデアから実際の物品を製作する際に単に手足となって手伝った者(単なる補助者)や,他人のアイデアに対し単に助言を与えただけのものは創作者ではない。したがって,上述の被請求人による主張は明らかに失当であり,被請求人は請求人のアイデアに従い手足となって手伝った者に過ぎず,意匠の創作者ではないことが明白である。

(5)本件登録意匠は,人形についての襟元開口部の最内側から突出するレース地による飾り部である部分意匠であり,人形そのものではないのであって,本件登録意匠の要旨は,以下の2点てある。
要旨(一)人形についての襟元開口部の最内側から突出したレース地による飾り部を設けた点,
要旨(二)前記レース地の模様が,従来周知の車輪模様(車紋)を連続して配置した点。
ここで,前記要旨(一)については,被請求人が答弁書において認めているように,請求人が本件登録意匠の出願前に被請求人に提示したものである(甲9)。次に,「レース地」について検討すると,レース地の模様自体は,特に新規なものではなく,本件登録意匠の出願前に一般に販売されているものである(甲10)。
したがって,本件登録意匠の要部は要旨(一)であって,本件登録意匠は請求人が創作したものである。また,要旨(二)についても本件意匠登録出願前( 6月 8日)に請求人が選択して調達したものであり,被請求人はサンプルの製作は請け負っているものの,本件登録意匠の創作が請求人により行われたものであることは明白である。

(6)被請求人は,要旨(二)の「レース地」につき,被請求人会社で考案・購入した生地であると主張するが,被請求人が考案したということは,レース地のどこに技術的思想が存在するのか,何時,何処で購入したのかを立証すべきである。また,被請求人自身が作成したとしている甲8は,請求人がユザワヤで選択・購入した(16時 6分)後に,被請求人会社に出向いて(18時頃)その場で購入した生地を貼り付けたものであって,被請求人が予め用意したものではない。

(7)甲9の人形衣装の表現形式は,旧来からの人形製作会社のスタンダードとは若干異なるものかもしれないが,この段階で人形製作のための設計図のような精度は必要ではなく,デザイン上の重要な部分(新規に創作した部分)が明確にわかるように表現されていれば充分であることから,本件登録意匠の基本的構成態様が明示された甲9の存在だけでも,康成らが本件登録意匠を含む新作雛人形のデザイン主体であることが容易に理解できる。
人形制作の専門家でなければ新作雛人形のデザイン創作を行い得ないとする被請求人の主張は整合性を欠き,明らかに失当である。

(8)以上,述べたように,本件登録意匠は雛人形の襟元レース飾りに係る部分意匠であるところ,甲9において,襟元開口部にレース飾りが設けられていること,そのレース飾りに襟元開口部左右幅の約4分の1の突出幅のものが見られること,レースの先端側に半円を連ねた外縁形状も見られることから,少なくとも本件登録意匠の基本的構成態様はその作成時点で完成しており,また,甲8においてそのレースに具体的な車輪模様が見られることから本件登録意匠の具体的態様はその時点でほぼ完成しており,これらで本件登録意匠に係る意匠の創作が完成している。そして,甲9のコンテ図を作成し,甲8のレース1,2を選択・購入したのは康成らである。
したがって,本件登録意匠の真の創作者は康成らであることは明白であり,被請求人の主張には理由がないものである。


2.無効理由2
(1)被請求人は,本件登録意匠と甲2意匠の相違,襟元の飾り部がVネック状か,タートルネック状かの相違は需要者の注意を最も惹きやすい部分の相違であり,そのメッシュ地と半円突出状5つの車輪模様を有することによって人形の首から胸にかけて肌を露出したものであるか,筒状にして襟元から首にかけて全体を覆うものであるか,さらに,これらがフラットな面をなすものであるか,立体凹凸面をなすものであるかも同じく需要者の注意を最も惹き易い部分の相違であると主張しているが,両意匠の最も大きな共通部分である襟元の開口部に沿って開口部左右幅に対し約4分の1の突出幅でレースの袖飾りが設けられ,端縁側に凹凸の輪郭を形成している形態が,看者が最も容易に認識できるとともに目を惹くところである。
しかし,この雛人形の分野において,仮に,本件登録意匠の出願前に他に同様の位置・幅のレースの襟元飾りが多数公知であったとするならば,通常の観察距離からさらに近づいて需要者の目はレースの詳細部分に注目しやすくなるかもしれないが,この分野においてはその時点で他に同様のレースの袖飾りは全く存在しなかったため,わざわざレースの詳細な柄・形状まで注目することまでは想定しにくいことである。

(2)被請求人は,請求人が甲2意匠の雛人形の着物の襟口に沿ってレース飾りが設けてあることを技術的思想とし,技術的思想を要部としながら意匠の構成要素の形状・模様・色彩・これらの組み合わせの全てを捨象していると主張する。
しかし,審判請求書で述べているのは,技術的効果を期待する技術的思想ではなく視覚的作用により看者の美感に訴える効果を期待する意匠の創作であって,襟元開口部に沿って開口部左右幅に対し約4分の1の幅で端縁側に凹凸を形成したレース飾りを設けるというデザインコンセプトの一態様の説明をしたのであり,被請求人による全ての形態を捨象した技術的思想という主張は失当である。
また,被請求人は,「巷の手芸店で多数販売されているようなレース飾りをそのまま利用しただけのありふれた態様である場合には,類否判断の重点となる意匠の要部にはなり得ない」との記載に対し,「本件登録意匠が人形であることを考慮すると,このような主張が成り立たない」と主張しているが,「本件登録意匠が人形であること」で,なぜ上記記載を否定できるのかが全く不明である。


3.無効理由3
(1)被請求人は,同年10月 1日に被請求人会社が本件登録意匠を含むシリーズをホームページ上で発表した事実を否認するとのことであるが,請求人が審判請求書で述べたのは,10月 1日に当該シリーズ(BELL’S KISS SERIES)を発表したことが,被請求人会社ホームページに記載されているとの意である。ホームページ上では発表していないというのであれば,ホームページではない手段で発表したBELL’S KISS SERIESの内容について,被請求人側から明らかにしていただきたい。

(2)被請求人は,本件登録意匠が,重襟元からV字状をなして上向きにメッシュ地によるV字部を突出配置し,その上縁から半円を突出するように等間隔に配置した5つの車輪図形を有するVネック状の襟元飾りとしたのに対し,甲12意匠が,正面にその重襟元から首までの間を埋めるように配置したメッシュ地にして面内のメッシュ密度を変化した濃密模様を配置したレース地の襟元飾りとした点などにおいて異なると述べているが,被請求人が本件登録意匠と対比した甲12意匠の人形写真は4頁目の女雛写真であると推察されるところ,この女雛は頭の差し込みが深く,首が詰まった状態になっているため,レース飾り部が上から圧縮されて車輪図形の上3分の1以上が外側に折り曲がった状態となっているために,被請求人が表現したような態様となっている。一方,5頁目右側の最上段の女雛写真を見ると,前記写真のものよりも頭の差し込みが深くないため車輪図形がはっきりと確認できる。さらに,最下段の女雛写真を見ると,頭の差し込みがより浅いため,首の露出度も本件登録意匠とほぼ同様となっている。
そして,甲12意匠においてレース飾りの根本部分が本件登録意匠のメッシュ地によるV字部よりも糸が濃密な感じを与えているものの,本件登録意匠において特に看者の目を惹く特徴部分である車輪模様の態様(形状・大きさ・配置)が共通しているために,看者に与える美感・趣味感はほぼ共通したものとなっている。

(3)被請求人は,「請求人は,被請求人が請求原因1を否定するのであれば,甲13によって本件登録意匠は新規性を喪失していると主張する。」として論述しているが,請求人が審判請求書で述べたのは,平成18年 6月27日に章人氏が請求人会社を訪問した際に請求人に示した甲11の雛人形により新規性を喪失しているという意味であり,甲13は直接関係がない。



第6 被請求人の答弁(2回目)及び上申書の概要
被請求人は,平成20年 7月30日付「審判事件答弁書3」及びこれを補充する平成20年(2008年) 8月 4日付「上申書」並びに平成20年 7月31日付「審判事件答弁書(4)」を提出して,概要以下のとおり答弁した。


1.無効理由1
(1)甲8について
答弁書1で主張したように,甲8は康成・ルミ子が作成したものではなく,その場で章人が作成し,康成・ルミ子に渡していたものである。
また,甲8に貼付した生地のほとんどは,被請求人会社で考案・購入した生地である。レース生地1(甲8のJ,V)及びレース生地2(甲8のQ)についても同様である。レース生地1及び2の使用を考案・決定したのは,章人である。
被請求人会社の購入先・購入時期について,調査の結果,章人は,平成18年 6月 4日「カシワヤ」においてレース生地1及びレース生地2を購入したことが判明した(乙6)。また,章人は,翌5日ユザワヤでもレース生地1及びレース生地2を購入している。
さらに,甲8のJ,Vに貼付されているレース生地は請求人が購入したとする甲10-2のレース生地とは全く別のものである。甲8のJ,Vに貼付されているレース生地は,ユザワヤでは品番51-3(乙7)であるのに対し,甲10-1の生地の品番は50-3である。

(2)受注の意思表示について
答弁書1でも主張したように,平成18年 5月12日,請求人会社から4種類の親王ケース飾り,13種類の五人ケース飾りの製作依頼があり,全種類について,見本製作の依頼があったが,章人は,請求人会社に対して全種類の見本製作は不可能であると伝えるとともに,被請求人会社の製作チームで,製作できる見本の種類と数量等を検討する旨伝えた。
したがって,同年5月12日の時点では,被請求人会社は請求人会社に対して,受注の意思表示を示しておらず,被請求人会社と請求人会社との間で製作に関する合意は成立していない。

(3)章人による具体的指示(アドバイス)
請求人(康成ら)は人形製作に使用する生地と構造等についての知識があまりに乏しかったため,打ち合わせの中で,章人は人形生地の特徴と部品,その他用いる材料,仕入先についての詳細を再三にわたり細かく指示を行っていた。
平成18年 5月12日以降,同年6月8日の間,章人は改めて実際に販売店数店舗にて人形製作に使用可能な調査を行っており,本人形に適している襟,重ねの内部(襟袖部における車輪型綿レースを含む)構造と素材選定についても章人が行っている。
章人が康成らに行ったアドバイスとは,素材選定,仕入先の紹介をはじめとして,被請求人が人形業界で長年培ってきたメーカー及び販売店としての知識と経験,意見,市場動向,売れる配色,サイズ,デザイン等にわたり,これらを親身に康成らに指示・提案し続け,康成らもそれに従った。
現に,被請求人(章人)は,康成らに仕入先として,ユザワヤだけでなく,トーカイ,金欄専門店の(株)伴戸商店,むらかみ商店,人形部品メーカーの(有)橋人形工房を紹介し,章人が求める生地を購入するよう指示したが,実際に,康成らは弊社からの全紹介先に訪れ,商品の発注及び購入をしており,この事実からも章人のアドバイスに従っていたことが容易に分かる。

(4)まとめ
以上から明らかなように,請求人は,被請求に対して,製作を依頼するにあたり単なる希望を伝えたに過ぎない。その希望になるべく沿うよう章人が人形を創作したのであり,本件登録意匠の創作者は章人である。仮に百歩譲って,請求人が被請求人に対して,アイデアを提供したといえるとしても,単にアイデアを提供したに過ぎない者は創作者とはいえず,現実に創作行為に加担した者,すなわち章人が創作者であることは明白である。
この点,請求人は章人が康成らの手足として働いたに過ぎない,助言を与えたに過ぎないと主張するが,答弁書1及び本答弁書で述べたように,章人が康成らに具体的な指示(アドバイス)を出して人形を創作したのであり,明らかに失当である。なお,被請求人は,章人が「共同創作者」であると主張するものではなく,「単独の」創作者であると主張していることを念のため付言する。


2.無効理由2
甲2意匠と本件登録意匠の共通点は,女雛が着用した十二単の正面にその重襟元(襟口)に配置したレースの飾りである点にあるが,本件登録意匠が,重襟元からV字状をなして上向きにメッシュ地によるV字部を突出配置し,その上縁から半円を突出するように等間隔のV字状に配置した5つの車輪模様を有するVネック状にしてフラットな襟元飾りとしたのに対し,甲2意匠は,その具体的態様が必ずしも明らかではないが,重襟元から首回りに上方に筒状に突出配置し,その外周に内外方向交互の細幅多数の襞線を配置して上端を波状に凹凸形状とすることによってタートルネック状にして立体フリルの襟元飾りとした点で相違している。
これら相違点は,需要者の目を惹き,需要者に一見して直ちに明瞭に認識される相違点であり,該相違点が存在することによって,需要者の視覚を通じて起させる美感を異にすることが明らかであり,これら相違点がありながら,双方を類似するものとすることは到底でき得ない。本件登録意匠は甲2意匠に類似するものではない。


3.無効理由3
(1)甲12意匠との関係で,請求人は,「特に看者の目を惹く特徴部分である」車輪模様の図形が共通すると主張して,本件登録意匠は甲12意匠に類似すると主張する。本件登録意匠における車輪模様の図形が,特に看者の目を惹く特長部分であるとする点は,これを被請求人の有利に援用する。
甲12意匠は,その襟元飾りに濃密模様があることは判明するが,該濃密模様の態様を明瞭に看取することはできず,これを車輪模様の図形であるとすることは無理である。該甲12意匠の濃密模様を,車輪模様の図形とする点は争う。

(2)ホームページ記載の日付は,「BELL’S KISS SERIES」の人形ではなく,これとは別に販売している人形部品の頭部をホームページに掲載した日付である。
したがって,請求人の主張するように本件登録意匠を含むシリーズを10月 1日に発表したわけではない。
甲12の被請求人HPにおける「2006.10.1『BELL’S KISS SERIES』発表」との記載について,「発表」は,人形の発表や発売を示すものではなく,この点については被請求人会社の商品開発担当の鈴木章人作成の乙9,報告書を参照されたい。

(3)被請求人は,完成品の人形の製造販売を行うとともに人形メーカー向けの人形部品として,人形の胴部,小道具等とともに人形の頭部部品の製造販売を行っている(例えば甲7-31,製品売買契約書,甲11-1,見積書は,頭部部品の販売事実を示している)。当時,被請求人として自信を持てる新製品として上記人形の頭部部品の販売が可能となったために,該人形の頭部部品の「発表」をHPを通じて行った。頭部部品の単品を掲載するのは適当ではないため,この頭部部品を被請求人において試作中の人形に適用した写真をHPに掲載したものである。なお「BELL’S KISS SERIES」は,その後,頭部部品と完成品の人形の商標として共通に使用している。
該写真では,頭部の顔は鮮明であるが,袖飾りが不鮮明であるとともに片側の袖が不自然な箇所で縦に切断され,人形としてその態様を具体的に把握することは困難であり,凡そ人形を発表するとしては,不自然かつ不適当となっているのは,このような事情があるからである。

(4)「BELL’S KISS SERIES」の人形の最初の納品は,平成18年12月29日の株式会社晃月人形に対するものである(甲13はこの納品人形の写真であろう)。当社ショールームに展示して店頭販売を開始したのは平成19年 1月20日頃であり,その最初の販売は同月22日である。乙10は,株式会社晃月人形への「BELL’S KISS」人形の納品書であり,乙11は同じく店頭小売の「BELL’S KISS」人形の納品書である。
したがって,被請求人HPの記載に基づいて「BELL’S KISS SERIES」の発表ないし発売の日を,平成18年10月1日としたり,同年12月3日とすることは基本的に誤っている。



第7 第一次審決の概要
第一次審決の概要は,次のとおりである。


(1)無効理由1ないし3について検討するに,本件登録意匠は,下記のように,甲12に記載された意匠に類似し,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当するものである。

(2)引用意匠
引用意匠は,甲12に記載の,被請求人会社ホームページ(掲載頁のアドレス http://www.suzuki-ningyo.com/)の中に掲載された,雛人形(甲12,第4頁)(掲載頁のアドレス http://www.suzuki-ningyo.com/catalogue/2007.htm )の本件登録意匠に相当する部分の意匠(以下,「引用意匠」という。)である。
その雛人形は,「BELL’S KISS SERIES」と銘打たれた画像中に掲載されているが,当該画像は,「BELL’S KISS SERIES」の雛人形を示すものではなく,「BELL’S KISS SERIES」の雛人形頭部を示すためのものであり,頭部の発表のために,胴部を付けて同ホームページに掲載されたものである。そして,当該頁は,平成18年12月3日の同社ホームページリニューアル時点から現在に至るまで掲載されているものである。したがって,「BELL’S KISS SERIES」と銘打たれた画像中に掲載された雛人形の意匠は,本件登録意匠出願前に電気通信回線を通じて利用可能となった意匠である。

(3)両意匠の共通点と差異点を総合して,両意匠の類否を全体として検討する。この種雛人形の意匠においては,需要者には販売業者も含まれるが,一般需要者の視点に立って販売する雛人形を選定するのであるから,一般需要者が看者となるものである。そして,雛人形は,各人の嗜好により選ばれるものであるから,看者は,人形の全体と共に細部にまで仔細に観察して意匠を認識するものである。そうすると,共通するとした態様は,基本的構成態様のみならず,具体的構成態様を特徴づける模様部のほとんどすべてにわたるもので,基本的構成態様を中心として意匠全体の骨格を形成しており,特に,レース地の具体的構成態様における共通点は,細部まで注視して意匠を把握するこの種物品の看者に,強い共通感を与えるものであり,これら共通点を総合して勘案すると,両意匠は全体として看者に共通する美感を起こさせるものである。
両意匠は意匠に係る物品が一致し,両意匠の部分の位置,大きさ,範囲と,用途・機能が一致し,両意匠の部分の形態においても共通点が差異点を凌駕し,意匠全体として美感が共通するものであるから類似する。

(4)したがって,無効理由3は理由があり,本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,本件意匠登録は,同条の規定に違反してなされたものであるから,その余については判断するまでもなく,意匠法第48条第1項の規定により,無効にすべきものである。



第8 判示事項の概要
判決(平成20年(行ケ)第10402号)は,第一次審決のした,引用意匠についてした認定部分(下線を引いた部分)は,いずれも「引用意匠」(甲12,4頁の画像)により確定することができず,何らの根拠に基づくことのない認定であるから,誤りがあると判断して第一次審決を取り消した。その理由は,概要以下のとおりである。


本件審決は,本件登録意匠と引用意匠の対比において,次のとおり共通点及び差異点を認定した(審決書11頁4行目ないし24行目。ただし,下線部分は判決において表示した。)。
「[共通点]
両意匠の部分は,基本的構成態様を,(A)重襟元からさらに内側に襟を重ねるように,帯状レース地を配して飾り部としたもので,当該部分の全体を略V字状とし,具体的構成態様において,(B)レース地を,基部側を濃密な密度の編み地とし,先端側に円形模様を1個ずつ,周方向に連続して設けたものとし,(C)円形模様を,円形外輪の中央に,直径を円形外輪の約1/2とした円形部を形成し,円形外輪と中央円形部を多数の放射状細線で繋いだ,車輪様の花図形状とし,(D)先端側輪郭を,円形模様の円形外輪が,略半円状に突出して連なった形状とし,(E)円形模様の配置を,左右の襟が重なり合う略V字状の尖り部に1個が表れるよう配し,そこから正面視略左右対称に,連続して円形模様が表れるよう配した点が,共通する。
[差異点]
両意匠の部分は,具体的構成態様において,(a)基部側編み地部を,(中略)引用意匠は編み方まで視認できない点,(b)円形模様の略V字状の左右側の数を,(中略)引用意匠は背に回っていく2個目は後方が半分隠れ,約1個半程度ずつとした点,(c)円形模様先端部までの幅(襟からの突出方向の長さ)について,(中略)引用意匠は同約1/3とし,同略半円状突出部が人形の顔に当たり,先端部が折れ曲がっている点に,差異が認められる。」。
しかし,本件審決が,引用意匠の基礎的構成態様及び具体的構成態様として挙げた部分(上記下線を引いた部分)に係る認定内容は,いずれも,「引用意匠」(甲12,4頁の画像)により確定することはできない。
すなわち,引用意匠について,(中略)以上の各事実は,いずれも,引用意匠の襟元部の画像(甲12,4頁の画像)が不鮮明であるため,その形状,素材又は態様を確定することができない。この点は,同じホームページに掲載された画像又はその写真(甲29,乙3,乙6・「引用意匠画像」)によっても,確定することはできない。
この点について,被告は,原告ホームページに引用意匠と同じ時期に掲載された雛人形の画像(乙4)を併せて見ることにより,本件登録意匠が審決の認定したとおりの内容及び態様であることを推認できる旨主張する。しかし,乙4の画像も不鮮明であって,同画像から審決の認定した引用意匠の内容を確定することは到底できない。
また,被告は,引用意匠を見る需要者は,過去の登録例(乙5)や市販のレース地(甲8レース地(J))によって,不鮮明な意匠の部分を補って判断をするから,本件審決が審決の認定したとおりの内容及び態様を確認できると主張する。しかし,多数存在する既存のレース地から乙5や甲8のレース模様を選択し,その形状を確定することは到底できない。



第9 被請求人の答弁(3回目)の概要
被請求人は,平成21年 4月21日付「審判事件答弁書5」を提出し,概要以下のとおり答弁した。


1.無効理由1
請求人の冒認主張について,被請求人は,以下のとおりその答弁を補足する。

(1)本件審判において請求人が,冒認の主張を行なうのであれば,請求人が冒認されたとする請求人創作の意匠を特定した上,該意匠と本件登録意匠との同一性を主張立証すべきところ,請求人創作の意匠の特定がなく,したがって,本件登録意匠と対比して,その同一性判断を行なう対象意匠が存在しない。
請求人が「本件登録意匠とほぼ同一の構成を有する襟元の飾り部を含む」と主張する甲7-13添付の人形写真は,平成18年 6月16日に,被請求人の鈴木章人が請求人にメールに添付して送信したものである。すなわち,甲7-1によると,鈴木章人は,この送信時点で,襟元飾りの意匠を創作していたことが明らかである。そうすると,該襟元飾りの意匠が請求人創作のものであるとの主張には,送信の平成18年 6月16日以前に,請求人が創作したとする意匠を具体的に示し,本件登録意匠との同一性を明らかにすることが必要であるが,本件審判において,そのような意匠は全く示されていない。



第10 請求人の弁駁(2回目及び3回目)の概要
請求人は,平成21年 4月30日付「審判事件弁駁書(3)」及び平成21年 5月21日付「審判事件弁駁書(4)」を提出し,概要以下のとおり弁駁した。


1.無効理由1
(1)被請求人は,平成20年 7月30日付答弁書3の第1の(3)「甲8について」において,甲8に貼付したレース生地1(甲8のJ,V)及びレース生地2(甲8のQ)の考案・購入を行ったのは被請求人会社であり,レース生地1,2の使用を考案・決定したのは章人であると述べ,答弁書3を補充する平成20年8月4日付上申書の第1「甲8について」において,章人は平成20年6月4日(平成18年6月4日の誤りと思われる)に「カシワヤ」にてレース生地1,2を購入したとして乙6の領収証を提示し,さらに,甲8のJ,Vに貼付されているレース生地は,康成らが購入したとする甲10-2のレース生地とは別のものであり,甲8のJ,Vに貼付されているレース生地はユザワヤでは品番51-3(乙7)であるのに対し,甲10-1の品番は50-3であると述べている。
しかし,これらの主張や説明は,以下に詳述するように何ら根拠がなく誤りであり,審判請求書で摘示した無効理由の存在することは明らかである。

(2)乙6について
請求人は,乙6の領収証を発行したと主張する「カシワヤ」に平成21年 3月31日に赴き,当店に被請求人会社が購入したとするMOKUBA社のレース生地(乙7,No.6868)の在庫があるか否かを確認したが,MOKUBA社製レース生地を扱っておらず,MOKUBA社との契約もないため注文されても調達できないとのことであり,過去にMOKUBA社と契約していた時期もあったが被請求人会社がレース生地を購入したとする平成18年よりもはるか以前であるとのことであった。
また,請求人はその場で他社製のレース生地を購入して領収証を入手した(甲19)が,乙6「カシワヤ」の領収証は発行した証拠を示す態様ではないために証拠として不充分である。
したがって,被請求人会社が平成18年 6月 4日に「カシワヤ」にてレース生地1,2を購入したということはあり得ず,また,購入したことにつき信憑性のある証拠も存在しないため,斯かる主張は理由がないことが明らかである。

(3)乙7について
請求人は,被請求人が甲8のレース生地1であるとする,MOKUBA社製のレース生地(乙7,No.6868,ユザワヤ品番51-3,以下「51レース」という)をユザワヤにて購入し,甲10-2のレース生地(No.6868T,ユザワヤ品番50-3,以下「50レース」という)の比較を行った。
これらを並べて対比するために5cm程度に切って台紙に並べて貼付したのが甲20であり,A-1が50レース,B-1が51レースである。A-1の50レースは,51レースの刺繍模様のないベース生地側でレースの長さ方向に並列した2本のまつり糸でギャザーを付けて立体的な凹凸を設けたものとなっている。
ところで,甲8のJ,Vのレース生地1を見ると,その幅が前述の両製品よりも狭く,ベース生地側を約1cmの幅で切り取った状態であることが分かる。これは,康成らが雛人形衣装の襟飾りに用いる目的で平成18年 6月 8日にユザワヤにて50レースを選択・購入して被請求人会社に持ち込んだところ,そのギャザーによる立体的な部分は外観的にも不要であるとともに襟に取り付ける際に邪魔になるために,鋏で切り取ってから台紙に貼付したものである。
甲8のJ,Vに貼付されているのは乙7の51レースではなく,甲10-2の50レースであることが明らかである。

(4)被請求人は,請求人創作の意匠の特定がなく本件登録意匠と対比して同一性判断を行う対象意匠が存在しないと述べている。しかし,審判請求書及び弁駁書(1)で述べたように,康成らが平成18年 6月 8日に章人に渡した甲9には,本件登録意匠の基本的構成態様に相当するものが明確に特定されている。すなわち,甲9の3頁左側の衣装イラストの襟元に襟の縁に沿って首元の開口部を覆うように端縁側に半円を連ねた輪郭のレース飾りが記載されており,甲9の4頁左側の衣装イラストの襟元にも先端側に半円を連ねた形状のレース飾りが記載されているが,この甲9は少なくとも平成18年 6月 8日の時点で康成らにより作成されていたことに争いはなく,弁駁書(1)(4頁7?9行目)でも述べたように本件登録意匠の基本的構成態様たる基本デザインが特定されていることが明らかである。
また,審判請求書及び弁駁書(1)で述べたように,康成らは平成18年 6月 8日に甲8のJ,Vのレース生地を選択・購入し,章人に渡して甲9に記載した態様で人形襟元に使用するように指示を与えており,少なくともこの時点で本件登録意匠の具体的態様に相当するものが康成らにより決定され,意匠の創作として甲8により特定されている(例えば甲9の4頁左側の人形衣装イラストで指示されたレース飾りによる基本的構成態様に,甲8のJのレース飾りの模様を具体的態様としてそのまま適用すれば,本件登録意匠とほぼ同一の意匠となる)。
甲9の人形衣装イラストにおける手書きの襟元レース飾りと本件登録意匠とは,人形襟元に沿って端縁側に半円を連ねた輪郭のレース飾りを設けるというデザインコンセプトが共通している点で互いに基本的構成態様が共通しており,本件登録意匠とは異質のものであるとする被請求人の主張は誤りであり,少なくとも審判請求時において請求人創作の意匠が甲9,甲8により特定されていることが明らかである。



第11 被請求人の答弁(4回目)の概要
被請求人は,平成21年 6月24日付「審判事件答弁書6」を提出し,概要以下のとおり答弁した。


1.無効理由1
(1)乙6について
平成20年 8月 4日付上申書(答弁書3補充)で主張したように,平成18年 6月 4日,被請求人会社は,章人を含む3人で「カシワヤ」を訪ね,レース生地1及びレース生地2を購入している。
「カシワヤ」開店以来,被請求人会社では現在までに数十回に渡り材料を購入しているが,MOKUBA社製のレースを含むレース生地各種が「カシワヤ」にて販売されていたことは,被請求人会社の制作スタッフ間では周知である。被請求人会社は,「カシワヤ」にて平成18年 6月 4日以前にもMOKUBA社製のレースを含む手芸材料を購入したことがある。
また,被請求人会社が「カシワヤ」にてこれまで購入してきた際に,店主以外の店員が領収書を発行することもあった。このことは,購入歴のある被請求人会社従業員にも確認済みである。
仮に現在カシワヤとMOKUBA社間で売買契約がなされていないとしても,被請求人会社は,平成21年 6月18日現在,「カシワヤ」にてMOKUBA社製のレース生地が販売されていることを確認している。
なお,被請求人会社が「カシワヤ」の店主に確認したところ,店主は,過去に仕入れ及び販売歴のある全てのMOKUBA社製レース生地,現在販売しているMOKUBA社製レース生地の品番や形状を記憶していない。
したがって,平成18年 6月 4日当時既に「カシワヤ」とMOKUBA社との間に取引がなかったとしても,当時レース生地1及びレース生地2を含むMOKUBA社製レース生地は,在庫品として販売されており,それを章人が購入したことは明らかである。
請求人の主張は,その前提を欠き,全く理由がない。

(2)乙7について
これまで主張してきたとおり,甲8を制作したのは章人であり,生地を裁断・貼付したのは章人である。
当然,甲8のJ,Vについても生地を選択し,裁断したのは章人である。
甲20・A-1レースは,レース縫製時にもともと存在する縫いしろ部分とギャザー部分が邪魔になり,襟袖口への均等な縫製が困難であるから,人形胴製作に携わる職人からすると一目で適さないことが明らかである。
したがって,仮に平成18年6月8日に康成らが被請求人会社へA-1レースを持ち込んだとしても,章人がA-1を甲8に貼付することはあり得ない。
章人が甲8のJ,Vに添付したレースは,章人が購入した乙7(品番51-3)である。

(3)請求人は,弁駁書(4)において,甲9に請求人側の意匠なるものが示されるとして,これは「本件登録意匠の基本的構成態様たる基本デザイン」なるものであると主張する。冒認と主張する以上,同一性ある意匠を示す必要があるが,相変わらず請求人は,同一性ある意匠を示さないし,本件登録意匠との同一性についての主張を避ける。請求人の主張は,「基本的構成態様」,「基本的デザイン」といった本件審判において意味のない論議を繰り返すのみである。請求人が,甲9の意匠なるものが本件登録意匠と関係のないことを自認した主張である。
請求人は,甲9の基本デザインなるものに甲8のうちのJのレースの具体的構成態様を適用すれば,本件登録意匠と「ほぼ同一」(「ほぼ」というのであるから,本件登録意匠とは相当程度の相違があるというのであろう)の意匠になると主張する。こうすればこうなる,といった後知恵的な主張を,意匠冒認の主張において行なう意味はない。因みに,本件の審決取消判決は,被告(請求人)の,不鮮明な引用意匠を乙5,甲8によって補えば,審決認定の意匠を特定できるとした主張に対して,「多数存在する既存のレース地から乙5や甲8のレース模様を選択して,その形状を確定することは到底できない」(判決14頁7?11行)として,意匠の認識について多数のものを選択適用する困難性を指摘して,被告の主張を排斥していることを指摘する。
請求人は,「康成・ルミ子」を雛人形の素人であると自認した上,この2名には斬新な発想があるから,これに基づいて該2名が意匠の共同創作を行なったと主張する。請求人が主張すべきは,このような抽象的な場当たり的な用語を用いた詭弁ではなく,「康成・ルミ子」が行なったとする具体的な意匠の提示であるところ,請求人のいうのは,結局,こうすれば,こうなるといった後知恵論議でしかないようである。



第12 口頭審理
当審は,平成22年 5月11日に口頭審理を行った。

その内容は,「第1回口頭審理調書」のとおりであるが,請求人は,「意匠登録第1310310号に係る意匠(本件登録意匠)について,自ら意匠登録出願するに至らなかった理由」について,概要以下のとおり陳述した。


本件登録意匠の形態を含む新作雛人形の製作について,請求人と被請求人との間の製造委託関係が平成18年8月末の時点で破綻するに至り,被請求人が試作品について既に販売を開始する動きもみられていたことから,請求人は自ら創作した新たなデザインの新作雛人形に関し,知的財産を確保することにより保護したいと考え,同年9月初句に請求人代理人を訪問して相談した。
雛人形の袖口と襟元にレース飾りを付けるアイデアについて,請求人代理人は,雛人形の袖口と襟元にレースを付けることはデザインコンセプトの範疇であるため,意匠による保護が適当であると見解を述べた。
請求人は,甲2に記載の不規則な波状に連統して凹凸の輪郭を有したレース(以下「Aレース」という),及び本件登録意匠に係る車輪様の花図形を連ねたレース(以下「Bレース」という)の両者を取り付けるレース飾りの態様の候補として挙げた。
しかし,袖口に付けるレース飾りの部分意匠や襟元に付けるレース飾りの部分意匠で個々に出願しても,Aレース,Bレースともにレース自体の柄・形態は一般に普及しており創作容易性の観点で登録は難しいと考えられたことから(実際に無効2007-880016号の審決で袖口に市販のレースを設けたレース飾りの部分意匠が無効とされている),多少権利範囲が狭くなっても登録可能性を高める観点から,袖口・襟元の両方にレースを付けた態様の人形胴部の部分意匠にて出願することに決定した。
そして,同一の図形が明確に連続していないAレースの態様の方が,同一の花図形(車紋)が明確に連続しているBレースの態様よりも意匠権の効力範囲がやや広くなると考えられ,かつ,Bレースによる態様で製作した甲7?13・甲7-16の試作品とは別に請求人が同年7月にAレースによる態様で製作した試作品(甲21:別紙第10参照)について前記Bレースによる試作品と比べてデザイン性の観点で同等以上の好感触を得ていたことから,襟元及び袖口の両方にAレースを用いる態様を優先することとした。
また,雛人形の襟元又は袖口にレース飾りを付けたデザインの前例がなくその類似範囲は広いことが想定されたため,Aレースを付けた態様で意匠登録されればBレースを含む公知のレースを襟元又は袖口に付ける態様の後願の殆どは拒絶され,Bレースを含む公知のレースを襟元及び袖口の両方に付けた実施の殆どは抑えられると考えられたことから,甲2号証記載の意匠登録のみで足りると判断してその態様の1件のみで出願するに至った。

なお,本件登録意匠の真の創作者は,無効理由1で述べたように康成・ルミ子であり,被請求人は創作者の指示に従って試作品を作成した者に過ぎず,本件登録意匠の創作過程において何ら貢献はなかった。また,請求人は平成18年 8月末の時点で,被請求人が請求人のピジネスパートナーとしては適当ではないと判断していた。したがって,本件登録意匠について被請求人に対し共同出願することを申し出る理由・必要性は全く存在しなかった。



第13 被請求人の上申書(口頭審理後)の概要
被請求人は,平成22年 5月18日付「上申書」及び平成22年 7月 1日付「上申書」提出を提出して,概要次のとおり述べた。また,同年 5月18日付「上申書」に関して記載事実を追加主張するとして平成22年 9月30日付「上申書」を提出した。


1.無効理由1
(1)本件登録意匠の創作者とその創作の経緯
本件登録意匠の創作者は被請求人会社の鈴木章人であるところ,章人は,本件登録意匠の基本構想を平成16年春頃ないしその後に着想し,遅ればせながら,平成18年12月に本件登録意匠を出願した。
乙12は,同人が作成した報告書であり,これに同人は,本件登録意匠の着想,被請求人会社のBELL’S KISSの開発に至る経緯,被請求人との関係等を記載している。
同人は,平成14年 4月から被請求人会社に勤務し,主に被請求人会社の技術開発部に所属して商品開発を担当し,今日に至っている。
入社2年程度が経過した平成16年春頃から,同人はかねて構想として暖めていた現代風の人形開発を具体的に開始し,具体的構想のための多数多種の絵コンテをその後1年程の間に作成した。乙13ないし乙17は,当時プリントアウトした絵コンテをカラーコピーしたものである。
これらの乙号証には飾りのないもの(乙13,14),飾りのないものと飾りのあるものの双方(乙15ないし乙17)の坐り雛が示され,飾りは襟又は襟と袖に半円形多数のものとして示されている。
同人が雛人形にレース地の飾りを付する着想は,平成16年春頃に乙4の試作品の話を聞き,これを実見したことが契機となっているようである。乙4は,被請求人会社の人形職人(人形師)が,どこからかレース地を人形に用いるというヒントを得たようで,平成5年頃に試作した雛人形である。当時の伝統的な高級雛人形の試作品のうちの1体にレース地を糊で接着することによって飾りとしている。乙4は,乙5-1,乙5-2の箱に収納して被請求人会社の倉庫に保管してある。章人は,平成16年春頃にこの試作品を実見しており,この実見によって,同人が将来の構想していた商品企画,すなわち,現代風の雛人形を開発するに際してレース地を使用することを想定したことから,上記絵コンテの作成を行っている。
請求人は,襟に飾りを付したのは,平成18年 6月 8日に鈴木章人に提示した甲9(被請求人はその受領を認めている)によるものであると主張するが,同人は少なくとも平成17年春頃までに,襟,袖にレース地の飾りを付しかつ具体的なレース地まで想定した意匠を創作している。

(2)請求人は平成18年6月に甲6を被請求人に渡したと主張するが,被請求人が受領したのは乙1である。

甲6に作成日が記載される訳ではないし,被請求人の受領を示すものがある訳ではないし,甲6を被請求人に渡したと主張する根拠は,1年半以上後の平成19年12月 3日付,請求人会社の取締役松島康成作成の甲14証明書なるものにそのように記載されているというに過ぎない。如何にも根拠が薄弱である。仮に,手控えのために乙1と甲6の双方を作成して,そのうち片方の乙1を被請求人に提示したと仮定すると,1?3枚目においてすら一部の生地が異なっていることを説明し得ない。
被請求人は,甲6受領事実を否認しているから,請求人がその主張を維持するのであれば,請求人作成に係る甲6と似て非なる乙1を被請求人が保有している事実を踏まえて,甲6を被請求人に渡したとする事実を客観的に立証する責任がある。

(3)本件登録意匠の出願は,平成18年12月24日の,BELL’S KISS頭の被請求人会社ホームページ掲載直前である。被請求人はかつて特許出願を行ったことがあるが,その後は知財の出願を行っていない。しかし,ホームページ掲載に際して,章人が苦心して開発したものであること,請求人との関係も契約を断わられるという結果に終わったこと,請求人が被請求人に他社商品の複製を求めるといった経緯もあったことから,商品発売に際して代理人に相談して本件出願を行うに至ったものである。

(4)平成22年 9月30日付上申書の概要
乙23は,本件審判請求書の副本送達後に,代理人の求めに応じて,本件審判の無効理由1に関して,章人が,請求人と被請求人の接触経過を示した代理人との打合せ用のメモである(乙23は,一部に抽象的で分り難い記載があるが,当時作成のまま提出する)。本件における請求人主張ないし甲14に対する被請求人の認否は,この乙23に基づいている。

平成18年 7月 5日,被請求人としても本件登録意匠の出願を行うことにした。

この当初人形数を他の証拠である甲5と対比すると,甲5は平成18年 5月12日に被請求人が受領した(ただし,上記のとおり「殿かしらイメージ」,「姫かしらイメージ」なるスケッチの添付のないもの)。甲14も同日に「数量,スケジュールの書類を渡す。」と記載しているから,甲5の授受日が接触当初であることについて争いはない。

被請求人受領した甲5には,既に指摘しているとおり,「殿かしらイメージ」と「姫かしらイメージ」なるスケッチは添付されていないことからすると,これら「殿かしらイメージ」と「姫かしらイメージ」なるスケッチは,本件審判請求に際して甲5に追加添付した本件審判請求用の証拠であるということになる(これらスケッチの添付のないことについて,請求人からの反論はない)。
また,被請求人は乙1を受領したが,甲6を受領した事実はない。乙1が各頁に上下2段にして左右3ないし4列に,台紙に生地小片を雑然と貼付した,台紙に文字,罫線等は一切ないものとされるのに対して,甲6は,各頁に上下2段,左右3列に,台紙に生地小片を整然と貼付した,台紙に上記上下2段,左右3列の区画枠を記載し,該区画枠の各上部に「殿(T)」,「姫(H)」,「官女(K)」と記載し,各区画に生地小片を貼付したものである。即ち,乙1は,雛人形の種類との関係なく,単に生地小片を貼付したものであるのに対して,甲6は,雛人形の種類毎に,該雛人形との関係で,該生地小片を使用するという形式を整えたものとされている。したがって,甲6の生地見本も,本件審判請求に際して新規に作成した本件審判請求用の証拠であるということになる。

既に指摘したように,被請求人の鈴木章人が,平成17年頃までに作成した乙13ないし乙17には襟飾りが示されている。したがって,審判請求書4頁表に,平成18年5月末頃までに「康成・ルミ子,意匠のコンテ図面作成(甲9),本件登録意匠の基本的構成態様完成」と記載される甲9より鈴木章人の襟飾りの方が,時期的に早いことが明らかであり,本件登録意匠の創作が鈴木章人によってなされたこと,本件登録意匠の創作について請求人の関与は全くなかったことが既に明らかである。


2.無効理由3
甲7-13の人形写真は,信頼関係にあった(少なくとも被請求人はそのように考えている)からこそ,請求人に提示したものである。換言すれば,請求人と被請求人間には,相互に秘密保持義務を負担するとの黙示の秘密保持契約があったことになるから,これが被請求人の了解なしに請求人によって流出されるといったことを想定していない。然るに,請求人がその無効主張に該甲7-13を用いるならば,自ら秘密保持契約に違反しながら,これを用いて被請求人を非難するものであって到底許されることではない。
請求人の無効審判請求は,審判請求権の濫用であり,当事者間では債務不履行を構成する。したがって,甲7-13はその証拠価値がなく,該甲7-13に基づく事実認定及びこれによる判断は違法である。該甲7-13は,却下されて然るべきである。



第14 請求人の弁駁(5回目?6回目)の概要
請求人は,平成22年 5月28日付「審判事件弁駁書(5)」及び平成22年 6月16日付「審判事件弁駁書(6)」を提出して,概要以下のとおり弁駁した。


1.無効理由1
(1)本件審判につき平成22年 5月11日に口頭審理が行われ,その後被請求人側から上申書及び乙12?乙22が提出されており,請求人は前記上申書における被請求人の主張に対し以下のとおり弁駁する。
被請求人は乙12を提示し,章人が平成16年に乙4の人形を見たことをヒントにして本件登録意匠の基になる現代風雛人形の開発を平成16年春頃から開始して乙13ないし乙17の絵コンテを作成し,平成18年1月頃には現在のBELL’S KISSの頭を完成させており,平成18年 5月に請求人から現代風雰囲気を持つ雛人形の製造依頼を受けたことから,当時開発構想中であった現代風雛人形のデザインを提案したと主張している。しかし,本件登録意匠の創作者は審判請求書で述べた通り請求人側であり,前記主張は事実に反する。
すなわち,冒認の審理において意匠創作の経緯は極めて重要な判断要素となるため,仮に乙12の記載内容が事実であるならば,章人による創作の経緯は主張立証責任の有無に関わらず審理当初から被請求人が主張すべきところ,被請求人は答弁書において主張しないばかりか,口頭審理における求釈明事項として説明を求められてもこれを拒否し,その後口頭審理が終了した後に一転して上申書にて前記主張を行っており,極めて不自然な流れとなっている。

(2)請求人主張と一般的な開発ないし製造委託について
被請求人は,請求人が平成18年5月の被請求人に対するコンタクトの時点で開発成果を委託者に帰属するとの契約を締結すべきであったと主張する。しかし,本件登録意匠を含む今回の商品企画における基本デザインは総て請求人側によるものであり,被請求人による創作は当初から期待していなかった。そのため,前記のような契約は必要性に乏しかった。

(3)甲6と乙1に関して,請求人は甲6の他に乙1を被請求人に渡したかもしれないが,記録は残っておらず不明である。しかし,甲6と乙1に表示されている生地は殆ど共通しており,平成18年5月12日の時点で本件登録意匠に至る商品企画が請求人において充分に練られていたことを推認させる証拠としては乙1も同様であり,どちらが被請求人に渡されたかという議論は意義に乏しいと思料する。

(4)「乙6について」に関して
被請求人は平成18年 6月 4日に「カシワヤ」を訪ねてレース生地1,2を購入し,乙6の領収証を入手したと述べており,平成21年 6月18日に訪ねた際にも「カシワヤ」にてMOKUBA社製レース生地が販売されていることを確認したと述べている。
しかし,弁駁書(3)で述べたように,請求人は平成21年 3月31日に「カシワヤ」に赴き,MOKUBA社製品の在庫が存在しないこと,及びMOKUBA社との間で取引があったのは平成18年 6月 4日よりもはるか以前でありその当時にMOKUBA社製品の在庫がなかったことを確認している。また,同日に請求人は「カシワヤ」にて他社のレース生地を購入して領収証を入手しており(甲19),乙6の領収証の筆跡と異なることも明らかにしている。
また,被請求人は平成21年 6月18日に「カシワヤ」でMOKUBA社製品の在庫の存在を確認したと主張するが,その確認の際に,MOKUBA社製品の在庫の状況を写真で撮影したり現品を購入して領収証の発行を受けたりしておらず,或いは日付の正確なレジスター発行のレシートでさえ示しておらず,入手が容易なはずの証拠を全く提示していない。
すなわち,被請求人が平成21年 6月18日に「カシワヤ」を訪れてMOKUBA社製品の在庫の存在を確認したことについて何ら証明はなく,かつ,被請求人が平成18年 6月 4日に「カシワヤ」を訪ねてレース生地1,2を購入したことも何ら証明されていない。

(5)「乙7について」に関して
被請求人は平成18年 6月 8日以前に51レースを購入したことにつき何ら証明していない。したがって,甲8のJのレース生地はギャザー部分で裁断した50レースであることは疑いようがなく,被請求人の主張は理由がないものである。



第15 当審の判断
当審は,無効理由1ないし3について検討したところ,いずれの無効理由によっても本件登録意匠を無効とすることはできないと判断する。その理由は,以下のとおりである。


1.請求人会社と被請求人会社との間の雛人形の製造依頼に関する経緯
請求人会社と被請求人会社との間で行われた雛人形の製造依頼に関する経緯のうち,本件審判事件に関連する事項を時系列的に整理すると,概ね以下のとおりである。なお,当事者に争いのある点は,その旨(下線部)を記載した。

(i)平成18年(2006年) 5月12日
請求人会社代表・従業員,松島輝男・康成・ルミ子が被請求人会社を訪問(被請求人会社従業員,鈴木章人(以下,「章人」と記す。)が対応。)し,雛人形の製造を依頼した。その際,松島康成・ルミ子(以下,「康成」,「ルミ子」と記す。)は,企画図面である甲5(被請求人は,「殿かしらイメージ」及び「姫かしらイメージ」のスケッチは添付がなく,受け取った事実はないと主張。),及び,生地見本の写しである甲6(請求人主張:別紙第2参照)(被請求人は,受け取ったものは,乙1(別紙第3参照)であると主張。)を章人に渡した。

(ii)平成18年(2006年) 6月 8日
被請求人会社従業員,松島康成・ルミ子が被請求人会社を訪問(章人が対応。)し,甲9(別紙第4参照)を章人に渡した。
甲8については,同日,被請求人会社で作成されたとされるものであるが,請求人は,康成・ルミ子が同日被請求人会社の訪問前に生地を購入して作成したと主張し,被請求人は,被請求人会社従業員が別の日(平成18年(2006年) 6月 4日)に生地を購入して作成したと主張する。

本件審判事件と直接的な関係がある「レース生地1」(甲8のJ及び同V)及び「レース生地2」(甲8のQ)については,それぞれ別紙第5参照。
また,請求人が購入したとするレース生地1(甲10-2)及び被請求人が購入したとするレース生地1(乙7)は,いずれも別紙第6参照。

(iii)平成18年(2006年) 6月16日
章人が康成宛に完成した「ボディサンプル」について添付画像「TM親王.jpg」及び「TM殿1.jpg」付き電子メール(甲7-12)を送信した。(TM親王.jpgの右側の雛人形については,別紙第7参照。)

(iv)平成18年(2006年) 6月17日
章人が康成宛に「TM姫2.jpg」を電子メール(甲7-12)に添付して送信した。(TM姫2.jpgについては,別紙第7参照。)

(v)平成18年(2006年) 8月25日
請求人会社は,被請求人会社に対して,製造の依頼を中止する旨の意思表示をFAXにて行った。

(vi)平成18年(2006年) 9月21日
請求人会社は,康成・ルミ子を創作者とする意匠登録出願(意願2006-25164号,意匠登録第129050号,意匠に係る物品「ひな人形」,部分意匠)を行った。(甲2,無効理由2に係る意匠。)

(vii)平成18年(2006年)12月24日
被請求人会社は,章人を創作者とする本件登録意匠にかかる意匠登録出願を行った。


2.無効理由1
(1)請求人適格
意匠登録無効審判は,意匠法第48条第1項第3号に該当すること(冒認)を理由とするものは,利害関係人に限り請求することができる(意匠法第48条第2項ただし書)とされ,被請求人は,「請求人会社は利害関係を有しない」(審判事件答弁書1)と主張するので,この点について判断する。
請求人会社と被請求人会社は,前項において示したとおり,最終的に契約書を取り交わすまでは至らなかったものの,雛人形の売買契約締結を前提として,雛人形の製造に関する意匠などについてのやり取りを行っていたことは請求人及び被請求人の間において争いのない事実であって,これは,請求人会社が,本件登録意匠に係る物品と同一の物品であるところの「雛人形」に係る意匠の実施(製造,譲渡など。)を計画中であったと認められるのであるから,請求人は,本件意匠登録無効審判事件に係る利害関係を有するということができる。
また,付け加えれば,請求人会社が,本件登録意匠よりも前の出願に係る意匠登録第1298050号(意匠に係る物品,ひな人形)(甲2)など,本件登録意匠に係る物品と同一の物品に関する意匠権を取得していることは,上記の「実施を計画中であった」ことを更に裏付けるものである。

(2)無効理由1に関する請求人及び被請求人の主張骨子

(請求人)
・平成18年 6月 8日以前に作成された甲9に記載の人形衣装の襟元には,半円を連ねた輪郭のレース飾りを設けた本件登録意匠の基本的構成態様が明確に表れている。
・甲7の同年 6月 8日前後のメール内容から被請求人が請求人に甲8の生地の入手を任せていたことが推認できることに加え,甲10-1が存在することにより,本件登録意匠の具体的態様の基になる甲8のJのレース生地1は請求人側が選択・購入したことが明らかである。
・これに対し,被請求人は人形衣装の襟元に半円を連ねた輪郭のレース飾りを設ける本件登録意匠について,平成18年 6月 8日以前に作成したコンテや図面を何ら示さず,甲8のJのレース生地1を同年 6月 8日以前に自ら選択・購入したことにつき,証明力のある証拠を何ら示していない。
したがって,本件登録意匠の真の創作者は請求人会社側であって被請求人会社側ではないことは疑いようがなく,本件意匠登録は冒認出願によることが明らかである。
・乙7について,請求人は,被請求人が甲8のレース生地1であるとする,MOKUBA社製のレース生地(乙7,No.6868,ユザワヤ品番51-3,以下「51レース」という)をユザワヤにて購入し,甲10-2のレース生地(No.6868T,ユザワヤ品番50-3,以下「50レース」という)の比較を行った。これらを並べて対比したのが甲20(別紙第8参照)であり,A-1が50レース,B-1が51レースである。甲8のJ,Vのレース生地1は,ベース生地側を約1cmの幅で切り取った状態であることが分かる。これは,康成らが平成18年 6月 8日にユザワヤにて50レースを選択・購入して被請求人会社に持ち込んだところ,そのギャザーによる立体的な部分は外観的にも不要であるとともに襟に取り付ける際に邪魔になるために,鋏で切り取ってから台紙に貼付したものである。甲8のJ,Vに貼付されているのは乙7の51レースではなく,甲10-2の50レースであることが明らかである。

(被請求人)
・請求人は,甲9に請求人側の意匠なるものが示され,これは「本件登録意匠の基本的構成態様たる基本デザイン」であると主張するが,冒認と主張する以上,本件登録意匠と同一性ある意匠を示す必要があるが,それは示されていない。
・平成 5年頃,被請求人会社の人形職人が,どこからかレース地を人形に用いるというヒントを得て,雛人形を試作した(乙4:別紙第9参照)。被請求人会社の従業員,章人は,この試作品の話を聞き,これを実見したことが契機となって,平成16年春頃に雛人形にレース地の飾りを付する着想を得ていた。(本審決の「第13 被請求人の上申書(口頭審理後)の概要 1.無効理由1 (1)本件登録意匠の創作者とその創作の経緯」参照)
・章人が平成17年頃までに作成した絵コンテである乙13ないし乙17には襟飾りが示されており,審判請求書第4頁表に,平成18年 5月末頃までに「康成・ルミ子,意匠のコンテ図面作成(甲9),本件登録意匠の基本的構成態様完成」との記載より,章人の襟飾りの方が,時期的に早いことが明らかであり,本件登録意匠の創作が鈴木章人によってなされたこと,及び,本件登録意匠の創作について請求人の関与は全くなかったことが明らかである。
・甲8を製作したのは,章人であり,平成18年 6月 4日に請求人会社は,章人を含む3名でレース生地1及びレース生地2を購入した。
・乙7について,甲20・A1-1レースは,レース縫製時にもともと存在する縫いしろ部分とギャザー部分が邪魔になり,襟袖口への均等な縫製が困難であるから,人形胴製作に携わる職人からすると一目で適さないことが明らかである。したがって,仮に平成18年 6月 8日に康成らが被請求人会社へA1-1レースを持ち込んだとしても,章人がA-1を甲8に貼付することはあり得ない。章人が甲8のJ,Vに添付したレースは,章人が購入した乙7(品番51-3)である。

(3)無効理由1に関する争点
無効理由1に関する両当事者間の争点は,前項の「1.請求人会社と被請求人会社との間の雛人形の製造依頼に関する経緯」のうちの「(i)平成18年(2006年) 5月12日」から「(v)平成18年(2006年) 8月25日」の間(以下,「製造依頼進行期間」という。)において,両当事者に係る会社の従業員がやり取りをした間に創作され提示された意匠の中に,本件登録意匠の意匠登録出願に係る意匠が存在し,その意匠は,両当事者のいずれの創作に係るものであるか,であると整理できる。

請求人は,本件登録意匠の意匠登録出願に係る意匠が存在し,その意匠を創作した者は,請求人会社の従業員であると主張する。
これに対して,被請求人は,この製造依頼進行期間において本件登録意匠と同一性のある意匠が存在しない(請求人によって示されていない)のであるから,そもそも冒認出願の問題はないと主張しつつも,製造依頼進行期間における請求人会社と被請求人会社のやり取りの中で,請求人の本件登録意匠が存在するとの主張に対して,本件登録意匠の創作に関連が深いと思われる事実について予備的に争っており,その事実に関する争点は,次のとおりであって,両当事者は,このいずれもが当該当事者に係る会社の従業員であると主張し,種々の証拠を提出しているところである。

(争点1)「雛人形の重襟元の最内側に略細幅帯状のレース地を配して飾り部とすること」を発案したのは,請求人会社の従業員か,被請求人会社の従業員か。
(争点2)上記レース地のサンプルとして,「レース生地1」(甲8のJ,V。乙7)及び「レース生地2」(甲8のQ)を選択・購入したのは,請求人会社の従業員か,被請求人会社の従業員か。

当審は,本件登録意匠が冒認出願に係るものであるか否かを判断するについて,まず,製造依頼進行期間において,本件登録意匠の意匠登録出願に係る意匠,すなわち,本件登録意匠と同一性のある意匠が存在したか否かを判断し,それが存在すると認められた場合,それは,両当事者のいずれの会社従業員によるものであるかを判断することとする。

(4)本件登録意匠と同一性のある意匠が存在したか否かの判断
意匠の同一性は,意匠の類否判断上の問題としては,意匠に係る物品の同一性及び意匠に係る形態の同一性の両方を充足することであるが,本件のように創作経緯を問題とする場合は,本件登録意匠と請求人が自ら創作したと主張する意匠が,「同一の創作意図」及び「同一の創作材料」(「材料」は,具体的な素材のみを意味するものではなく,意匠に係る形態の全部又は一部を直接的に構成する,一般的な意味での形態を有するものすべてを意味している。)に基づいてなされているか否かを判断することが必要であると考えられ,これらは,上記の争点1及び争点2に係る事実に,それぞれ相当していると考えられるので,これらについて検討する。

(同一の創作意図)
「雛人形の重襟元の最内側に略細幅帯状のレース地を配して飾り部とすること」については,両当事者に争いのない事実によれば,甲6又は乙1において,雛人形の衣装に具体的な材料としてレース生地を使用することが示されており,また,甲9において,雛人形の重衿元の最内側にレース生地を配して飾り部とすることが示されており,このいずれもが請求人会社の従業員によるものであるから,この2つの事実を合わせ考えれば,創作意図の観点からは,請求人の主張のとおりであって,本件登録意匠と同一の創作意図が請求人会社の従業員によって示されているという他ない。

一方,被請求人は,乙4及び乙13ないし乙17を提出し,本件登録意匠出願前から,雛人形にレース生地を用いることを着想し,具体的な創作を行っていたと主張するが,乙4は,具体的なレース生地が示されてはいるが,雛人形の袖口にレース生地を使用する創作意図を示したものに過ぎないし,また,乙4及び乙13ないし乙17は,製造依頼進行期間において,被請求人会社から請求人会社に示された事実もなく,外部に公表されてもいないものであるから,両当事者間の争いである本件の判断には関連がない。

(同一の創作材料)
本件登録意匠は,「第2 本件登録意匠」において,本件登録意匠の当該部分の形態として認定したとおりのものであって,このうち,争点2に係るレース生地1及びレース生地2に相当する部分については,次のとおりである。

(なお,対比のため,両者は,帯状のものを横長に配置した状態で観察することとする。また,レース生地1については,甲20に掲げるとおり,甲10-2のレース生地(A-1:レース生地全体がやや湾曲しているもの)であるか,乙7のレース生地(B-1:レース生地全体が真っ直ぐであるもの)であるかについて争いがあるが,これは両当事者会社のいずれがどの店で購入したかを巡る争点であるとともに,レース生地1の下半分を切り落とした態様である甲8のJ,Vの態様においては,形態上の相違としては極めて微弱であるので,ここでは採り上げないこととする。)

(ア)本件登録意匠の当該部分の形態のうち,レース生地1に相当する部分の構成態様(別紙第11参照)
(ア-1)全体が連続する模様を形成した細幅な略帯状体であって,細かい格子状の細幅帯状の「基部」に,同形同大の「円形状模様」を重ねてなるものであって,その円形状模様を,ほぼ間隔を揃えて連続して配して「連続円形状模様部」を形成したものであり,円形状模様は,その半分が突出したように基部に重ねられたものであり,基部の幅と円形状模様部の直径の比は,約2:3であって,
(ア-2-1)円形状模様は,太線の「円形外輪」の内側に同心円状で,その直径を円形外輪の約1/2強とした「中央円形部」を形成し,(ア-2-2)その中央円形部は,中心に中央円形部の直径の約1/2弱の太線の「中心円形部」が,重なったように同心円状に形成され,(ア-2-3)その中心円形部の外縁と円形外輪の間を,一定間隔に18本の太線を放射状に形成したものであり,(ア-2-4)円形状模様全体として「車輪」状の模様としたものであって,
(ア-3)基部は,基部周縁における襟元側の外縁がやや太めの細線で形成され,その余の面部には,襟元の外・内縁に平行又は直行する細線によって,やや扁平に交差した格子模様がほぼ均一に形成されているものである。

(イ)甲8のJ,Vのレース生地1の構成態様(別紙第11参照)
また,争点2に係るレース生地1を甲8のJ,Vから認定すると,次のとおりである。

(イ-1)全体が連続する模様を形成した細幅な略帯状体であって,細かい格子状の略細幅帯状の「基部」を背景として,その上辺に接するように配された「円形状模様」,その下部中央から真下方向に形成された「短い太線模様」,及び,その左右に対称形に配された一対の「葉片」状模様の3つを一つの単位として,それらが左右に密接して連設されたものであって,
(イ-2-1)円形状模様は,太線の「円形外輪」の内側に同心円状で,その直径を円形外輪の約1/2とした「中央円形部」を形成し,(イ-2-2)中央円形部は,略円形状であって,(イ-2-3)中央円形部の外縁と円形外輪の間を,一定間隔に12本の太線を放射状に形成したものであり,(イ-2-4)円形状模様全体として,「車輪」状の模様としたものであり,
(イ-3)基部は,上辺が円形状模様に沿って,凸円弧が連続し,下辺は,やや不規則ではあるが,ほぼ直線状となっているものであって,
(イ-4)円形状模様,短い太線模様及び一対の葉片状模様の3つは,一体となって,ひまわりのような大輪の花を付けた植物をイメージさせているものである。

「本件登録意匠の当該部分の形態のうち,レース生地1に相当する部分」と「甲8のJ,Vのレース生地1」を対比すると,全体が連続する模様を形成した細幅な略帯状体であって,連続する模様の主たる構成要素が円形状模様であり,その円形状模様は,円形外輪,中央円形部及び複数本の放射状の太線により成る点は一致するが,その他は相違し,両者は,形態として同一ということはできず,したがって,両者は,同一の創作材料ということはできない。

また,甲8のQのレース生地2は,レース生地1との比較において,更に一致点が少なく,「本件登録意匠の当該部分の形態のうち,レース生地2に相当する部分」について詳細な検討をするまでもなく,本件登録意匠との関係において同一の創作材料であるということはできない。

(5)小括
以上のとおりであって,検討したところによれば,本件登録意匠と同一の創作意図は存在し,それは,請求人会社の従業員によるものと認められる一方,本件登録意匠と同一の創作材料の存在は認めることはできないから,製造依頼進行期間において,本件登録意匠の意匠登録出願に係る意匠,すなわち,本件登録意匠と同一性のある意匠が存在した事実はなかったという他なく,そうであるとすれば,冒認出願に係る事実のすべてを検討するまでもなく,請求人が主張する無効理由1(本件登録意匠の真の創作者は,請求人会社に所属する松島康成・松島ルミ子であって,本件登録意匠は,冒認出願に係るものであるから,意匠法第48条第1項第3号に該当し,無効とすべきである。)は,理由がない。


3.無効理由2
(1)甲2意匠
無効理由2に係る「甲2意匠」(意匠登録第1298050号の意匠の本件登録意匠に相当する部分の意匠。別紙第12参照)は,願書の記載及び願書に添付した図面によれば,意匠に係る物品を「ひな人形」とし,その形態は,基本的構成態様として,略帯状のレース生地による正面視略「V」字状の飾りを,ひな人形の重襟元の最内側に設けたものであり,具体的構成態様として,襟元から喉に向かって収束するような方向性を持つ不規則な態様の「フリル」状模様を形成したものである。

(2)本件登録意匠と甲2意匠の対比及び類否判断
本件登録意匠と甲2意匠を対比すると,意匠に係る物品は一致し,基本的構成態様も一致するが,具体的構成態様については,本件登録意匠が,帯状レース地は,細かい格子状の細幅帯状の「基部」の襟元内側に,同形同大の「円形状模様」を重ねてなるものであって,その円形状模様を,襟合わせの交差部に1個,そこから左右の襟元内側に沿って,正面視略左右対称にそれぞれ2個,ほぼ間隔を揃えて全部で5個連続して配して「連続円形状模様部」を形成したものであり,左右の襟元内側の4個の円形状模様は,その半分が突出したように基部に重ねられたものであるのに対して,甲2意匠は,襟元から喉に向かって収束するような方向性を持つ不規則な態様の「フリル」状模様を形成したものである点で相違するものであって,この相違点は,それぞれ両意匠の特徴的な態様であるから,両意匠に別異の感を見る者に与えているというべきであって,この相違点が,両意匠の類否判断を決定付けているものである。したがって,両意匠は類似するということはできない。

(3)小括
以上のとおりであって,本件登録意匠は,甲2意匠に類似せず,請求人が主張する無効理由2(本件登録意匠は,その出願の日前の他の意匠登録出願であって当該意匠登録出願後に意匠公報に掲載された意匠の一部と類似し,意匠法第3条の2の規定により意匠登録を受けることができないものであり,その登録は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。)は,理由がない。


4.無効理由3
(1)無効理由3は,「本件登録意匠は,本件出願前に公然知られ,又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠である甲12(別紙第13参照)に現された雛人形の意匠の一部と類似するものであるから,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものであるので,その登録は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである」というものである。

判決(平成20年(行ケ)第10402号)は,行政事件訴訟法第33条第1項の規定により,当審を拘束するものであるから,同判決主文及びその理由に基づき,本件登録意匠は,甲12に現された雛人形の意匠の一部と類似するものとして意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠に該当し,同条同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないものとすることはできず,その登録を同法第48条第1項第1号の規定により無効とすることはできない。

(2)また,請求人は,平成18年 6月27日に章人が請求人会社を訪問した際(甲4,3頁の(3))の請求人が示したサンプルの中に,甲12,3頁の雛人形と衣装の同一のものが含まれている(甲11-4の右から2番目)ため,少なくともその時点で新規性を喪失している旨,及び,甲7-12,甲7-13により新規性を喪失している旨,予備的に主張しているので,この点についても,念のため,検討する。

前記,「2.無効理由1」の項において述べたように,請求人会社と被請求人会社は,最終的には契約書を取り交わすまでは至らなかったものの,雛人形の製品売買に関する契約を前提として雛人形の意匠などに関するやり取りを行っていたのであるから,少なくとも製造依頼進行期間(平成18年(2006年) 5月12日から平成18年 8月25日まで)においては,両者は,当該雛人形の意匠に関して守秘義務関係にあったと見るのが相当であり,この間の前記の事実,及び,この間にやり取りされた甲7-12,甲7-13は公知ということはできないから,これらは,本件登録意匠に係る意匠登録出願の新規性の登録要件の判断材料とすることはできないのであって,これらに基づいて,本件登録意匠が意匠法第3条第1項第1号乃至第3号に掲げる意匠に該当し,同条同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないものとすることはできず,その登録を同法第48条第1項第1号の規定により無効とすることはできない。


5.審理再開申立等について
被請求人は,平成22年 7月 1日付の上申書において,無効理由1について既に認否を行いかつ主張を行っているが,甲5(2枚のスケッチが追加的に添付されている),甲6(被請求人が受領した乙1と異なっている),甲14(被請求人窓口の鈴木章人のいう経過と異なっている)等に問題があり,また,これら甲5,6,14等に基づく無効理由1についても問題があると見られるので,被請求人は,現在これらの検討を行っており,被請求人は,これらの検討後に,その結果を踏まえて,更に主張を行う予定であるから,被請求人に対して,必要な主張を行う機会を与えるように上申し,また,平成22年 7月 7日付の審理終結通知書の発送(平成22年 7月 9日)後も,平成22年 9月30日付で審理再開申立書及び同日付上申書を提出し,審理再開申立の理由として,「平成22年 9月30日付の上申書記載のとおり,本件の請求人主張には,例えば甲5と甲14(及びこれに基づく主張)において,当初,被請求人に製作を依頼したという人形数に大きな矛盾がありかつ該人形数は,被請求人主張と一致していることが判明した。そして,既に指摘しているとおり,被請求人は,甲5に添付されている「殿かしらイメージ」と「姫かしらイメージ」なるスケッチを受領した事実はないし,乙1を受領するも,甲6を受領した事実はない。この甲14と甲5の人形数の矛盾は,請求人提出の甲号証に現れている矛盾であるから,事実関係を明らかにする上で,被請求人は,審理再開の決定あり次第,証人尋問を申請する所存である」と主張したが,当審の判断において述べたとおり,無効理由1については,被請求人と請求人のやり取りについて,双方の主張に相違する点があったとしても,本件登録意匠は,甲8のJ,V(レース生地1)及び甲8のQ(レース生地2)あるいは乙7によってでは,その意匠が決定されたものとはいうことができないから,前記被請求人の主張する事実関係を明らかにしても,無効理由1に関する当審の判断に影響を与えるものとは認められず,また,審理再開申立書をもって請求する証人尋問の申請に係る立証の趣旨は,これまで被請求人が主張してきた内容と重複するものであって,審理再開の必要性は,認められない。


6.むすび
以上のとおりであるから,無効理由1ないし3は,いずれも理由が無く,請求人に主張する理由及び提出した証拠方法によっては,本件意匠登録を無効とすることはできない。

また,審判に関する費用については,意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項で更に準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり,審決する。
別掲
審理終結日 2008-09-12 
結審通知日 2010-07-09 
審決日 2008-10-01 
出願番号 意願2006-36523(D2006-36523) 
審決分類 D 1 113・ 113- Y (C2)
D 1 113・ 15- Y (C2)
D 1 113・ 16- Y (C2)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 早川 治子 
特許庁審判長 瓜本 忠夫
特許庁審判官 太田 茂雄
斉藤 孝恵
杉山 太一
遠藤 行久
登録日 2007-08-17 
登録番号 意匠登録第1310310号(D1310310) 
代理人 山内 淳三 
代理人 ▲高▼木 薫 
代理人 五百蔵 洋一 
代理人 橋本 克彦 
代理人 田村 公總 
代理人 松下 浩二郎 

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