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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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不服201310702 | 審決 | 意匠 |
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審決分類 |
審判 F2 審判 F2 |
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管理番号 | 1287490 |
審判番号 | 無効2012-880005 |
総通号数 | 174 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 意匠審決公報 |
発行日 | 2014-06-27 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2012-03-19 |
確定日 | 2014-04-21 |
意匠に係る物品 | 事務用クリップ収納ケース |
事件の表示 | 上記当事者間の登録第1406548号「事務用クリップ収納ケース」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 |
結論 | 登録第1406548号の登録を無効とする。 審判費用は被請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 本件登録意匠 本件意匠登録第1406548号の意匠(以下,「本件登録意匠」という。)は,平成22年(2010年)4月2日に意匠登録出願され,平成23年(2011年)1月7日に設定の登録がなされたものであって,本件登録意匠は,願書の記載によれば,意匠に係る物品を「事務用クリップ収納ケース」とし,その形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下,「形態」という。)を願書の記載及び願書に添付した図面に記載されたとおりとしたものである。(別紙第1参照) 第2 当事者の主張 1 請求人の主張 請求人は,「意匠登録第1406548号の意匠登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求める。」と申し立て,その理由として,概略以下の主張をし,証拠方法として,甲第1号証ないし甲第30号証を提出した。(平成24年3月19日付け審判請求書,平成24年11月29日付け審判事件弁駁書,平成25年8月9日付け第1回口頭審理陳述要領書,第1回口頭審理調書,平成25年12月12日付け第2回口頭審理陳述要領書,第2回口頭審理及び証拠調べ調書) (1)意匠登録無効の理由の要点 本件登録意匠は,出願前に公然知られた引用意匠1(当審注:以下,「甲1意匠」という。(別紙第2参照))に類似し,本件登録意匠は,本件意匠の出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠に類似する意匠であり,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものであるとして,本件登録意匠は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。(当審注:以下,「無効理由1」という。) また,本件登録意匠は,出願前に公然知られた甲1意匠の意匠の長手方向両側面部の外枠体の形状を当業者にとってありふれた手法により他の公然知られた意匠である引用意匠2(当審注:以下,「甲2意匠」という。(別紙第3参照))の意匠の長手方向両側面部の外枠体の形状に置き換えて構成したに過ぎない意匠である。よって,本件登録意匠は,本件意匠の出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者(当審注:以下,「当業者」という。)が日本国内又は外国において公然知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合の基づいて容易に意匠の創作をすることができた意匠であり,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるとして,本件登録意匠は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである。(当審注:以下,「無効理由2」という。) (2)証拠方法 甲第1号証:エスエス製薬株式会社の宣伝,販促に使用したピョンちゃんクリップケース(引用意匠1) 甲第2号証:大韓民国意匠公報,1525巻,(1997-5-9),21頁,195465(引用意匠2) 甲第3号証:株式会社デザインフィルが2009年3月に発行したカタログ,「MIDORI PRODUCTS CATALOG 2009」第126頁から127頁に掲載の意匠(商品番号「43147006」「43148006」「43149006」「43150006」「43151006」「43152006」「43153006」「43154006」)。(周辺意匠1) 甲第3号証の2:株式会社デザインフィルが2009年3月に発行したカタログ,「MIDORI PRODUCTS CATALOG 2009」第126頁の「43148006」のクリップケースの写真 甲第4号証:意匠登録第1256476号(周辺意匠2) 甲第5号証:意匠登録第1256946号(周辺意匠3) 甲第6号証:意匠登録第1256947号(周辺意匠4) 甲第7号証:意匠登録第1256948号(周辺意匠5) 甲第8号証:意匠登録第1256949号(周辺意匠6) 甲第9号証:意匠登録第1256950号(周辺意匠7) 甲第10号証:意匠登録第1256951号(周辺意匠8) 甲第11号証:意匠登録第1256952号(周辺意匠9) 甲第12号証の1:平成22年1月27日付電子メール 甲第12号証の2:平成22年1月27日付電子メールに添付された本件ケースの製作工程表 甲第13号証の1:平成22年1月28日付電子メール 甲第13号証の2?7:平成22年1月28日付電子メールに添付された本件ケースのCG画像 甲第14号証の1:平成22年1月28日付電子メール 甲第14号証の2,3:平成22年1月28日付電子メールに添付された本件ケースの図面 甲第15号証の1:平成22年1月28日付電子メール 甲第15号証の2,3:平成22年1月28日付電子メールに添付された本件ケースのCG画像 甲第16号証の1:平成22年1月28日付電子メール 甲第16号証の2,3:平成22年1月28日付電子メールに添付された本件ケースの図面 甲第17号証の1:平成22年3月3日付電子メール 甲第17号証の2?5:平成22年3月3日付電子メールに添付された本件ケースの写真 甲第18号証:輸入同意書 甲第19号証:INVOICE 甲第20号証:INVOICE 甲第21号証:PACKING/WEIGHT/LIST 甲第22号証:送り状 甲第23号証:平成22年3月8日付電子メール 甲第24号証:請求書 甲第25号証:納品書 甲第26号証:請求書 甲第27号証の1,2:納品指示書 甲第28号証:陳述書 甲第29号証:陳述書 甲第30号証:平成21年6月3日付電子メール (3)無効理由1について ア 本件登録意匠について 【本件登録意匠の意匠の要旨】 本件登録意匠は事務用クリップ収納ケースに係る意匠である。 【本件登録意匠の形態】 基本的構成態様として, (I)比較的厚みが薄い隅丸直方体であって,収容部と外枠体とからなり,収容部が外枠体に出し入れ可能となっている。 (II)収容部は,上部が開口した略直方体である。 (III)外枠体は,収容部の上部を覆う略矩形の板体と,その板体の3辺の下面に下方に向けて略矩形の壁板が設けられ,収容部の上部,長手方向の両側面,及び短手方向の片側面を囲っている。 具体的構成態様として (i)左側面図視,クリップ収納ケースの短手方向側面部は略矩形であり,外枠体の中央に台形状の切り欠き部がある。 (ii)背面図視,収容部の取出側の短手方向側面部の裏側に2個のL字状突起が形成されている。 (iii)クリップ収納ケースの長手方向側面部は,底面図視,外枠体と収容部の境界線が「厂」(がんだれ)状になっている。平面図視では線対称になっている。 (iv)外枠体の上部には,クリップ収納ケースの外回りよりも,一回り小さい矩形状の,わずかな段差を有する突出部が形成されている。 (v)収容部の底部は,取出側に向けてせり上がるカーブ状のスロープを形成しており,取出側端から長手方向の略3分の1に相当する位置まで,スロープが形成されている。 (vi)クリップ収納ケースの両側面部は,収容部,外枠体共に平坦な面状である。 イ 甲1意匠について 【甲1意匠の要旨】 甲1意匠は,本件登録意匠の出願前である平成22年3月16日に,請求人から、株式会社アイズファクトリーと株式会社ベストプロジェクトを介してエスエス製薬株式会社に納品した「クリップ収納ケース」に係る意匠である。 【甲1意匠の形態】 基本的構成態様 (I)比較的厚みが薄い隅丸直方体であって,収容部と外枠体とからなり,収容部が外枠体に出し入れ可能となっている。 (II)収容部は,上部が開口した略直方体である。 (III)外枠体は,収容部の上部を覆う略矩形の板体と,その板体の3辺の仮面に下方に向けて略矩形の壁板が設けられ,収容部の上部,長手方向の両側面,及び短手方向の片側面を囲っている。 具体的構成態様 (i)左側面図視,クリップ収納ケースの短手方向側面部は略矩形であり,外枠体の中央に台形状の切り欠き部がある。 (ii)背面図視,収容部の取り出し側の短手方向側面部の裏側に2個のL字状突起が形成されている。 (iii)クリップ収納ケースの長手方向側面部は,底面図視,外枠体と収容部の境界線が「厂」(がんだれ)状になっている。平面図視では線対称になっている。 (iv)外枠体の上部には,クリップ収納ケースの外回りよりも,一回り小さい矩形状の,わずかな段差を有する突出部が形成されている。 (v)収容部の底部は,取り出し側に向けてせり上がるカーブ状のスロープを形成しており,取り出し側端から長手方向の略3分の1に相当する位置まで,スロープが形成されている。 (vi)クリップ収納ケースの長手方向両側面部の,収容部は平坦な面状であり,外枠体はリブが設けられており,そのリブの形状は,上下方向に延びる複数の凸条を長手方向に等間隔で配置したものである。 ウ 甲2意匠について 【甲2意匠の要旨】 甲2意匠は,本件登録意匠の出願前である1997年5月9日に頒布された大韓民国意匠公報,1525巻,(1997-5-9),21頁,195465に記載のとおり,意匠に係る物品を「ガムケース」としたものである。 【甲2意匠の形態】 基本的構成態様 (I)比較的厚みが薄い隅丸直方体であって,収容部と外枠体とからなり,収容部が外枠体に出し入れ可能となっている。 (II)収容部は,上部が開口した略直方体である。 (III)外枠体は,収容部の上部を覆う略矩形の板体と,その板体の3辺の下面に下方に向けて略矩形の壁板が設けられ,収容部の上部,長手方向の両側面,及び短手方向の片側面を囲っている。 具体的構成態様 (i)左側面図視,ガムケースの短手方向側面部は略矩形であり,外枠体の中央に台形状の切り欠き部がある。 (ii)背面図視,収容部の取出側の短手方向側面部の裏側は平坦面である。 (iii)ガムケースの長手方向側面部は,底面図視,外枠体と収容部の境界線が「厂」(がんだれ)状になっている。平面図視では線対称になっている。 (iv)収容部の底部は,平坦な面である。 (v)ガムケースの両側面部は,収容部,外枠体共に平坦な面状である。 エ 先行周辺意匠の摘示 本件登録意匠に係る物品と共通する「クリップ収納ケース」又は「収納ケース」の意匠について,以下のような公知意匠(周辺意匠)が存在し,本願意匠の出願前から公然知られている。 周辺意匠1ないし周辺意匠9(甲第3号証ないし甲第9号証) オ 甲1意匠が本件登録意匠の出願前に公知であったことの事情説明 甲1意匠は,請求人がアイズ社に販売し,その後アイズ社からベスト社を介して,最終的には,エスエス製薬に販売され,エスエス製薬の宣伝,販促に使用された「ピョンちゃんゼムクリップおよびその収納ケース」のノベルティグッズのうちの「クリップ収納ケース」に係る意匠である。 甲1意匠は,エスエス製薬のノベルティグッズのデザイン開発のため,平成21年12月頃,請求人の従業者である大原雄樹氏が,中国の馬●成社(馬●は「馬」辺に「華」,以下同じ)の工場内にて創作したものである。 大原氏は,「ピョンちゃん」というキャラクターのゼムクリップと,同ゼムクリップを収納した本件ケースの販売をアイズ社に打診したところ,アイズ社からベスト社を介してエスエス製薬に納品することが決定され,平成22年1月27日には,請求人からアイズ社に対して,具体的な納期が提示されるに至った(甲12の1,2)。これと同時に,請求人は,本件ケースの製造を馬●成社に依頼したところ,同月28日には,馬●成社から請求人に対して本件ケースの図面が提示されるに至った(甲13の1?7,甲14の1?3)。そこで,請求人は,同日,同図面を直ちにアイズ社に提示した(甲15の1?3,甲16の1?3)。 その後,本件ケースにつき磁石を挟持する突起部の位置,形状に若干の変更が加えられるなどの作業が進められた(甲17の1?5)。そして,請求人は同年3月11日付エスエス製薬の輸入許可(甲18)の下に,馬●成社から,本件ケースを1万200個輸入し(甲19?22),そのうち2個を各種検査のために株式会社エコエンジェルに送付し(甲23,24),同月16日に1万個をエスエス製薬の東日本物流センターに納品した。この点,請求人はアイズ社との間で本件ケースの売買契約を締結したため,請求人作成の納品書(甲25)及び請求書(甲26)の宛先はアイズ社になっているが,実際には,納品指示書(甲27の1,2)のとおり,エスエス製薬の東日本物流センターに納品されたものである。 以上のとおり,甲1意匠は,本件登録意匠の出願日である平成22年4月2日よりも前である,平成22年3月16日に本件ケースが納品された時点に公知となったものである。 カ 本件登録意匠と甲1意匠との対比 【両意匠の物品について】 本件登録意匠に係る物品は「事務用クリップ収納ケース」に関するものであり,甲1意匠に係る物品も「クリップ収納ケース」であり,一致する。 【両意匠の形態について】 [共通点] 両意匠は,基本的構成態様において,以下の点が共通する。 (A)クリップ収納ケースは,比較的厚みが薄い隅丸直方体であって,収容部と外枠体とからなり,収容部が外枠体に出し入れ可能となっている点。 (B)収容部は,上部が開口した略直方体である点。 (C)外枠体は,収容部の上部を覆う略矩形の板体と,その板体の3辺の下面に下方に向けて略矩形の壁板が設けられ,収容部の上部,長手方向の両側面,及び短手方向の片側面を囲っている点。 両意匠は,具体的構成態様において,以下の点が共通する。 (D)左側面図視,クリップ収納ケースの短手方向側面部は略矩形であり,外枠体の中央に台形状の切り欠き部がある点。 (E)背面図視,収容部の取り出し側の短手方向側面部の裏側に2個のL字状突起が形成されている点。 (F)クリップ収納ケースの長手方向側面部は,底面図視,外枠体と収容部の境界線が「厂」(がんだれ)状になっている。平面図視では線対称になっている点。 (G)外枠体の上部には,クリップ収納ケースの外回りよりも,一回り小さい矩形状の,わずかな段差を有する突出部が形成されている点。 (H)収容部の底部は,取り出し側に向けてせり上がるカーブ状のスロープを形成しており,取り出し側端から長手方向の略3分の1に相当する位置まで,スロープが形成されている点。 [相違点] 両意匠は,以下の点が相違している。 (a)本件登録意匠の具体的構成態様(VI)の,クリップ収納ケースの両側面部は,収容部,外枠体共に平坦な面状であるのに対して,甲1意匠の具体的構成態様(vi)の,クリップ収納ケースの長手方向側面部の,収容部は平坦な面であり,外枠体はリブが設けられており,そのリブの形状は,上下方向に延びる複数の凸条を長手方向に等間隔で配置したものである点。 [類否] 本件登録意匠と甲1意匠を対比すると,ともにクリップを入れるケースに係る意匠であるから,両意匠の意匠に係る物品は共通する。 両意匠の共通点の(A)(B)(C)は意匠の骨格的形態であり,意匠の基本的構成態様が共通している。しかし,この種のケースにおいては周辺意匠1から周辺意匠9に見られるように,極めて一般的に採用されている形状であるから,看者の注意を一定程度惹くものであるが,両意匠の特徴となり得るほどの共通点とはいえない。 また,共通点(F)は,主要部と外枠体との境界線であるため,両意匠の特徴といえるものではない。 また,共通点(D)は,切り欠き部が存在することで,収容部を外枠体から出す際に,収容部を指で押すことが可能であるという機能的意味とデザイン性を有する形態であり,甲2意匠及び周辺意匠からもわかるように,従来から存在する形態である。 また,共通点(G)もクリップ収納ケースの外回りよりも,一回り小さい矩形状の段差の突出部が形成されていることで,クリップ収納ケースを積み重ね易いという機能的意味を有する形態であるが,周辺意匠1にも表れる形態である。 よって,共通点(D)(G)も,看者の注意を一定程度惹くものであるが,両意匠の特徴となり得るほどの共通点とはいえない しかし,共通点(E)(H)の態様については,先行周辺意匠にも存在せず,本件登録意匠と甲1意匠にのみ共通する新規な意匠である。また,従来の意匠とは異なる斬新な形態であり需要者等の注意を惹くところである。 共通点(H)は,収容部に入ったクリップを,一つずつ,指で押さえ,取出側に向けてせり上がるカーブ状のスロープに沿わせながら,クリップを容易に取り出すことが可能であるという機能的意味を持つ形態であり,この機能は,クリップ収納ケースの底面の形態を見れば,需要者及び取引者に容易に想定できるものであり,本願登録意匠の基本的構成態様が一般的に採用される形状であることから,需要者等が格別に注目する部分である。 共通点(E)は,収容部の取り出し口側の短手方向側面部の裏側に設けられた2個のL字状突起に,板状の磁石を挟持させることが可能となっており,上記共通点(H)の収容部の底部に設けられた,カーブ状のスロープに沿わせたクリップが,取り出し口付近で,磁石により止まり,さらに,クリップを取り出し易くなる機能的意味を有する形態であり,この共通点(E)は共通点(H)と相まって,需要者等の注目する部分であり,両意匠の共通感をより強める。 ところで,共通点(E)(H)は共に,ケースの底面の形態であるが,本件登録意匠に係る物品のクリップを収納するケースの意匠の場合,購入の際にも使用時にも実際に手に持って視覚観察されるものであり,意匠全体を同じ比重で観察すべきものである。 さらに,本件登録意匠の「意匠に係る物品の説明」の欄には「本物品は,事務用クリップを収納するためのケースであり,ケースの底面が取出側に向けて,スロープ状に形成されているとともに,取出側の下側裏面に磁石を取り付けているため,事務用クリップを底面に沿って滑らせることができ,また,磁石の磁力によって事務用クリップが落下しないため,事務用クリップの取出作業を容易に行うことができる。」と記載されていること,また,スロープの状態が理解できるように「開いた状態の斜視図」等を添付していることからも,権利者が出願時点で,共通点(E)(H)こそが本件登録意匠の要部であることを認識し,出願していることが伺える。 したがって,基本的構成態様を同じくし,共通点(E)の態様を中心とする,両意匠の共通する態様の相俟って奏する視覚的効果は,意匠全体として,両意匠に強い共通した美感を起こさせるものである。 一方,両意匠の差異点は,微弱であり,両意匠の共通する美感を変更するものではない。 すなわち,(a)の差異は,この種ケースの分野において,普通に見られる範囲の僅かな相違に過ぎず,需要者,取引者の注意を惹くものではない。収容部が外枠体に出し入れ可能となっている本願登録意匠のようなケースの長手方向両側面部に,滑り止め等の為のリブを形成するか否かは,この分野において常套的なことであり,格別特徴があるとも認められず,類否判断に及ぼす影響は僅かに過ぎない。 このことは,例えば,先行周辺意匠に挙げている,登録意匠第1256476号(周辺意匠2)を本意匠として,登録意匠第1256951号(周辺意匠8)がその関連意匠として登録されていることからもわかる。 この両意匠の差異は,まさに,本件で問題となっている,ケースの長手方向両側面部にリブを設けているか否かのみであり,このような差異は類否判断に及ぼす影響が僅かであることから,両意匠は類似する意匠であるとされている。 したがって,本件登録意匠と甲1意匠のように,ケースの長手方向側面部にリブが設けられているか否かのみの差異は僅かな相違に過ぎず,(a)の態様の差異は需要者等の注意を惹くものではなく,両意匠に共通する美感を変更するものではない。 以上のとおり,両意匠は,意匠に係る物品が共通し,形態についても,共通点が差異点を凌駕しており,意匠全体として美感が共通し,甲1意匠は,本件登録意匠に類似するものである。 (4)無効理由2について 本件登録意匠と甲1意匠とを比較してみると,本件登録意匠と甲1意匠の差異点は,クリップ収納ケースの長手方向両側面部の外枠体の形状のみである。 そして,本件登録意匠は,甲1意匠の構成要素の一部であるクリップケースの長手方向両側面部の外枠体の形状を,他の公知意匠である,甲2意匠のガムケースの長手方向両側面部の外枠体の形状に置き換えて構成したにすぎない意匠である。 また,本件登録意匠に属する分野において,ケース長手方向両側面部の,収容部や外枠体に,リブを設けるか,リブを設けないか平坦な面にするのか,若しくはリブの形状,範囲を変更することは,当業者にとってありふれた手法である。 また,そもそも,本件登録意匠のようなケースの分野において,側面部に何らのデザインも施さず,平坦な面としているものは,広く知られた形状であり,証拠を示すまでもなく当業者にとって常套手段である。 以上より,本件登録意匠は,甲1意匠のクリップ収納ケースの長手方向両側面部の外枠体の形状を,甲2意匠のガムケースの長手方向両側面部の外枠体の形状に,当業者にとってありふれた手法により単に置き換えた意匠にすぎず,公知である甲1意匠及び2に基づいて容易に創作できたものであり,意匠法第3条第2項の無効理由を有する。 (5)むすび 上記の通り,本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第3号及び意匠法第3条第2項の規定に該当し,同法第48条第1項第1号の規定により,本件登録意匠の登録は無効とされるべきである。 2 被請求人の主張 被請求人は,「本件登録意匠第1406548号の無効審判の請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とする,との審決を求める。」と答弁し,その理由として,概略以下の主張をし,証拠方法として,乙第1号証ないし乙第30号証を提出した。(平成24年5月28日付け審判事件答弁書,平成25年8月23日付け第1回口頭審理陳述要領書,第1回口頭審理調書,平成25年9月19日付け上申書,平成25年10月3日付け証人尋問申出書及び尋問事項書,平成25年10月9日付け証人尋問取り下げ書,平成26年1月10日付け第2回口頭審理陳述要領書,第2回口頭審理及び証拠調べ調書) (1)証拠方法 乙第 1号証:錦豪社に発注したフラップ型クリップケース(スロープ及び磁石有り)のサンプル写真 乙第 2号証:錦豪社に発注したフラップ型クリップケース(スロープ及び磁石有り)のサンプル写真 乙第 3号証:錦豪社に発注したフラップ型クリップケース(スロープ及び磁石有り)のサンプル写真 乙第 4号証:錦豪社に発注したフラップ型クリップケース(スロープ及び磁石有り)のサンプル写真 乙第 5号証:錦豪社に発注したフラップ型クリップケース(スロープ及び磁石有り)のサンプル写真 乙第 6号証:エイジ化成に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第 7号証:錦豪社に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第 8号証:錦豪社に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第 9号証:錦豪社に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第10号証:エイジ化成に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第11号証:エイジ化成に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第12号証:エイジ化成に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第13号証:エイジ化成に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第14号証:エイジ化成に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第15号証:エイジ化成に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第16号証:エイジ化成に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第17号証:エイジ化成に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第18号証:エイジ化成に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第19号証:エイジ化成に発注したマッチ箱型クリップケース(スロープ及び磁石無し)のサンプル写真 乙第20号証:エイジ化成の模倣品の写真 乙第21号証:乙18号証に係るメッセ社サンプルと乙20号証に係るエイジ化成の模倣品との対比写真 乙第22号証:中外製薬株式会社が2008年2月29日付けで発表したニュースリリース 乙第23号証:陳述書 乙第24号証:納品書 乙第25号証:売上伝票 乙第26号証:パスポートの記録 乙第27号証:出張旅費精算書 乙第28号証:乙第1?5号証を作成する際に検討した試作品 乙第29号証:ネオジム磁石を用いたマグネット 乙第30号証:乙第29号証の納品書 (2)請求人の主張に対する反論 ア はじめに 本件登録意匠は意匠法第4条第1項の規定の適用を受けることができるものである。 従って,請求人が主張する無効理由1の根拠である甲1意匠によっても,本件登録意匠のいわゆる新規性は喪失されない。また,当該甲1意匠は請求人が主張する無効理由2の主要な根拠であるところ,無効理由2において請求人の主張する前提が成り立たない。しかも,甲2意匠のみから本件登録意匠の創作をすることができないことは,論ずるまでもなく明らかである。 このように,本件登録意匠は意匠法第4条第1項の規定の適用を受けることができるものであり,甲1意匠が引用意匠であることを前提としている請求人が主張する無効理由1及び2に理由がないことは明らかである。 イ 本件登録意匠が意匠法第4条第1項の規定の適用を受けることができるものであること (a)甲1意匠は,被請求人が単独で創作したものであることについて 請求人は,「甲1意匠は,エスエス製薬のノベルティグッズのデザイン開発のため,平成21年12月頃,請求人の従業者である大原雄樹氏が,中国の馬●成社の工場内にて創作したものである。」「本件ケースは,上記大原雄樹氏が,収納したクリップを取り出し易くするために,収納部の底部に取出側に向けてカーブ状のスロープを形成し,さらに,取出側の付近に磁石を設ければ,さらにクリップが取り出し易くなると考え,創作したものである。」と主張する。 しかしながら,被請求人の創作した製品及びその製造販売実績や被請求人とエイジ化成との関係からすれば,甲1意匠は,辰巳邦明氏が実質的に創作したものであって,大原雄樹氏の方こそが,辰巳邦明氏の創作を冒用したものである。 平成21年7月24日に大塚製薬株式会社の製品名「ムコスタ」の販売促進用として納品したマッチ箱型クリップケースに関して,新規なデザインを提案する必要が生じたため,その開発において,依頼元の担当者とクリップケースの構造を打ち合わせつつ,各種のバリエーションの金型を検討する機会を設けた。この検討は,平成21年6月10日に馬●成社において行われ,出席者は,辰巳邦明氏,エイジ化成の西田章一氏,馬●成社の担当者であったが,結局のところ,辰巳邦明氏だけが,様々なバリエーションを提案し,その場で,マッチ箱型クリップケースに,スロープと磁石とを設けるデザインを提案していたのである。このデザインは,最終的には,依頼元の意向により採用されることはなく,乙第11号証に示すデザインとなったが,その場に同席した,エイジ化成の西田章一氏及び馬●成社の担当者が知ることとなったのである。 このような状況があったことからすると,前記の検討された平成21年6月10日には,辰巳邦明氏は,マッチ箱型クリップケースに,スロープと磁石を設けるデザインを単独で創作していたものと認められる。そして,このデザインをエイジ化成の西田章一氏及び馬●成社の担当者は,当然知ることができたものであるから,平成21年6月10日よりも後の平成21年12月に馬●成社に赴いたとされる大原雄樹氏が西田章一氏又は馬●成社の担当者から情報を得て,当該情報に基づいて,辰巳邦明氏が実質的に創作したスロープと磁石とを備えるマッチ箱型クリップケースを,エイジ化成が実質的にそのまま製品化したものである。 (b)甲1意匠が,被請求人の意に反して公知となったことについて 請求人は,「本ケースの納品後,請求人は,新たな販路開拓のため,本ケースと同一形態を備えるクリップ収納ケースのサンプル品をもって,以前から取引関係を有する被請求人に同ケースのサンプルを開示し,同サンプルを被請求人に手渡した。」と主張する。 当該主張からすると,甲1意匠は,エスエス製薬株式会社に納品後に,被請求人に開示されていることになる。しかし,辰巳邦明氏は,エイジ化成がエスエス製薬に納品していることは,全く承知していないことである。 辰巳邦明氏がサンプルを見たことは事実であるが,甲1意匠は,そもそも,辰巳邦明氏が実質的に創作したものであることは上述の通りであり,開示を受けた時には既にエスエス製薬に納品済みであったというのであるから,納品の事実を知らない辰巳邦明氏からすれば,自身に対するサンプルの開示の事実は,秘密保持義務のあるエイジ化成が試作したサンプルの創作者である辰巳邦明氏にサンプルを製作した事実の報告として単に提示されたということに過ぎず,本件登録意匠に対する意匠法第4条第1項の規定の適用に対して,何の影響もないことである。 以上の通り,被請求人である辰巳邦明氏が,自身の意匠登録出願前には,甲1意匠を秘密にしようとしていたにもかかわらず,請求人が,被請求人の承諾を得ることもなく,勝手に,第三者に納品したものである。 従って,甲1意匠は,被請求人の意に反して公知となったことは明らかである。 被請求人は,平成25年8月23日付けの口頭審理陳述要領書において,甲1意匠が本件登録意匠に類似することを認め,また,本件登録意匠は甲1意匠と甲2意匠に基づいて容易に創作することができたことは認めると陳述していたが,平成25年8月23日の第1回口頭審理において,甲1意匠には磁石がついていないという請求人の主張に従い,再度,上申書を提出して前言を撤回し,甲1意匠が本件登録意匠に類似しないこと,また,本件登録意匠は甲1意匠と甲2意匠に基づいて容易に創作することができたものではないことを主張した。 (3)無効理由1について (ア)本件登録意匠の構成態様 a 基本的構成態様 (I)収容部と外枠体とからなる事務用クリップ収納ケースであり,収容部が外枠体に出し入れ可能となっており,収容部が外枠体に収められている時に隅丸直方体の形態を有する。 (II)収容部は,比較的厚みが薄い板状の底面部及び側壁部を備え,上部が開口する略直方体の形態を有する。 (III)外枠体は,比較的厚みが薄い板状の板体及び壁板を備え,板体は,収容部の開口する上部全体を覆う略矩形を有し,壁板は,収容部の長手方向両側面及び短手方向の片側面を囲むように,板体の3辺の下面に下方に向けて設けられた略矩形を有する。 b 具体的構成態様 (i)収容部の底面部は,取出側に向けてせり上がり,短手方向側壁部上端に至るカーブ状のスロープを形成し,スロープは,取出側端から長手方向の略3分の1の位置まで形成されている。 (ii)事務用クリップ収納ケースの背面図視,収容部の取出側の短手方向側壁部の裏側には,板状の磁石が配置されており,磁石の両端部を挟み固定するように2つのL字状の突起が形成されている。 (iii)事務用クリップ収納ケースの背面図視,収容部の長手方向の側壁部の下側端部には,長手方向の所定範囲に亘り短手方向断面図が階段状の凹部が形成されるとともに,この凹部のうち取出側に半円柱状の凸部が,外枠体の壁板側に向かうように突設されている。 (iv)収容部は不透明である。 (v)事務用クリップ収納ケースの左側面図視,収容部の取出側とは反対側に設けられた,外枠体の短手方向側壁部には,その中央部に台形状の切り欠き部が形成されている。 (vi)事務用クリップ収納ケースの底面図視,外枠体と収容部との境界線が「厂」(がんだれ)状になるように,取出側において,外枠体の両壁板が切り欠き状になり,収容部の長手方向両側壁の幅が広くなっている。 (vii)外枠体の上部には,事務用クリップ収納ケースの外周よりも一回り小さい矩形状の僅かな段差を有する突出部が形成されている。 (viii)外枠体の壁板の表面は平滑に形成されている。 (イ)甲1意匠の構成態様 a 基本的構成態様 本件登録意匠と同じく,上記(I)から(III)の態様を有する。 b 具体的構成態様 本件登録意匠の具体的構成態様のうち,上記(i),(iii),(v)?(vii)の態様を有するとともに,以下の態様を有する。 (ii')収容部の取出側の短手方向側壁部の裏側には,単に2つのL字状の突起だけが形成されている。 (iv')収容部は透明である。 (viii')外枠体の長手方向の壁板の表面全体に亘り,上下方向に伸びる複数の凸条を長手方向に等間隔で配置したリブが設けられている。 (ウ)本件登録意匠と甲1意匠の共通点及び差異点について A 意匠に係る物品について 本件登録意匠の意匠に係る物品は,「事務用クリップ収納ケース」であり,甲1意匠と同一物品である。 B 形態の共通点について 本件登録意匠と甲1意匠とは,いずれも,上記基本的構成態様(I)?(III)及び具体的構成態様(i),(iii),(v)?(vii)を有する。 C 形態の差異点について 本件登録意匠と甲1意匠とは以下の差異点を有する。 本件登録意匠は,上記具体的構成態様(ii),(iv),(viii)を有する。 一方,甲1意匠は,上記具体的構成態様(ii'),(iv'),(viii')を有する。 D 形態の共通点及び差異点の個別評価について (A) 共通点について 上記共通点のうち基本的構成態様(I)?(III)は甲第3号証の2?甲第11号証に示される周辺意匠のように,この種のケースでは一般的な形態であるため需要者に対して大きな影響を与えるものでない。 上記共通点のうち具体的構成態様(iii)は,甲第4号証?甲第11号証や乙第9号証等に示される意匠,同(v)は甲第2号証,甲第3号証の2,乙第9号証等に示される意匠,同(vi)は乙第9号証等に示される意匠,同(vii)は甲第3号証の2,乙第9号証等に示される意匠のように,この種のケースでは一般的な形態であると認められ,需要者に対して大きな影響を与えるものではない。 上記共通点のうち具体的構成態様(i)は,確かに甲第2?11号証に示す意匠にはない形態である。しかしながら,事務用クリップ収納ケースの使用状態,即ち,クリップを収容した状態では,外観上あまり表れないものであり,需要者に対して大きな影響を与えるものでない。 (B)具体的構成態様(viii)と同(viii')の差異について 本件登録意匠は,甲1意匠とは異なり,外枠体の長手方向の壁板の表面が平滑に形成されている。これにより事務用クリップ収納ケースの全体がスッキリとした印象を需要者に与えるものとなっている。これに対して甲1意匠は,外枠体の長手方向の両壁板の表面には,上下方向に伸びる複数の凸条を長手方向全体に亘り等間隔で配置したリブが設けられている。そして,このようなリブが形成されていることより,武骨なイメージを需要者に与えるものとなっている。また,外枠体の長手方向の壁板の表面は,事務用クリップ収納ケースの外観に大きく表れており,需要者に与える影響は大きいといえる。 甲1意匠のこのリブについて,請求人は,甲第4号証及び甲第10号証に示す本意匠及び関連意匠を例示して,ケースの長手方向両側面に滑り止め等のためにリブを形成するか否かはこの分野において常套的なことであり類否判断に及ぼす影響は僅かに過ぎないと主張する。 この点に関し,甲第10号証に示す意匠が甲第4号証に示す本意匠の関連意匠として認められたのは,甲第4号証に示す本意匠のリブが収容部の側壁部のうち,事務用クリップ収納ケースの外観に現れる僅かな部分にしか設けられておらず,当該部分のリブの有無が需要者に与える影響が小さいことが要因であったと考えられる。 したがって,甲第10号証に示す意匠が甲第4号証に示す本意匠の関連意匠として認められているからといって,外枠体の長手方向の両壁板の表面の略全体にリブを形成するか否かということまでも常套的であるとはいえず,また,事務用クリップ収納ケースの外観に大きく表れている外枠体の長手方向の両壁板の表面の形態が需要者に与える影響は大きいといえ,請求人の上記主張は失当である。 (C)具体的構成態様(ii)と同(ii')の差異について 本件登録意匠は,甲1意匠とは異なり,収容部の取出側の短手方向側壁部の裏側には,板状の磁石が配置されており,磁石の両端部を挟み固定するように2つのL字状の突起が形成されている。これにより,クリップが傾斜部近傍で保持されるため,クリップを必要とする数量だけ容易に取り出すことができる。そして,このことが事務用クリップ収納ケースの裏側の外観から容易に認識することができる。このため,本件登録意匠は使用勝手の良いイメージを与えるともに,通常の使用状態においては,クリップが磁石により保持されている状態を常に呈していることから,磁石によって奏される機能美をも強く印象付けるものとなっている。 これに対して,甲1意匠は,単に2つのL字状の突起だけが形成されているだけで,磁石を設けていないため,当然に本件登録意匠のこのようなイメージを与えるものではない。むしろ,磁石がないことで,収容部と外枠体とを相対的に摺動させて事務用クリップ収納ケースを開いた時やクリップを取り出す時にクリップが収容部から脱落する可能性が高く,使い勝手の悪いイメージを与えるものとなっている。 このように,収容部において底面部のスロープの裏側で,収容部の取出側の短手方向側壁部の裏側に設置された磁石は,本件登録意匠の機能的な重要な要素である使用勝手の良さを需要者に強く印象付ける要因となるものであるから,外観から認識可能な磁石の有無が需要者に与える影響は大きいといえる。 一方,本件登録意匠における磁石を固定するL字状の突起は磁石に付随する存在でしかなく,L字状の突起が需要者に与える影響は小さいといえる。また,甲1意匠では,磁石を設けていないため,事務用クリップ収納ケースの裏側に設けられた単なるL字状の突起に敢えて着目する理由がなく,需要者に与える影響は小さいといえる。外観から視認されると,むしろ,無意味な構造物として違和感すら与えるものである。 請求人は,開発段階で磁石を設けることを予定していたことをもって,甲1意匠のL字状の突起があたかも磁石を保持しているかのごとく主張し,磁石が配置されていない甲1意匠の単なるL字状の突起と,磁石が配置された本件登録意匠のL字状の突起は,ともに需要者の注目する部分である等と主張する。 しかしながら,意匠の類否は,具体的に表された意匠同士を対比するものであり,主観的な視点を排して,需要者が観察した場合の客観的な印象を持って判断されるべきであるから、磁石を配置していない甲1意匠におけるL字状の突起は単なるL字状の突起でしかないことは明らかである。また,乙第1号証に示す意匠は存在するものの,甲第3号証の2等のような形態の事務用クリップ収納ケースにおいて磁石を配置することが広く行われていた事情もない。したがって,磁石の配置されていない甲1意匠のL字状の突起をみれば、磁石が存在するものであると需要者が認識するはずもない。また,実際に存在しない磁石が存在するものとして認定し,それを前提として磁石が存在する意匠とそれが存在しない意匠を対比し,それら意匠の類否を判断することなどできるはずもない。 したがって,実際には存在しない磁石が存在することを前提とした請求人の前記主張は失当である。 (D)具体的構成態様(iv)と同(iv')の差異について 本件登録意匠は,甲1意匠とは異なり,収容部が不透明である。これにより,収容部の形状の把握が容易であり,需要者がスロープを視認しやすくなっている。これにより,通常の使用状態ではクリップにより外観上にあまり表れないものであっても,スロープの存在を認識しやすくなっている。そのため,スロープに沿ってクリップを滑らせて取り出せることを容易に認識させることができる。 また,収容部が不透明であることによって,通常の使用状態においては上記の磁石の存在がわかりにくいものとなっている。ところが,これにより,収容部と外枠体とを相対的に摺動させて事務用クリップ収納ケースを開いた時やクリップを取り出す時に磁石によってクリップが保持され収容部から脱落することが防止される等の機能を,需要者がクリップを取り出す時に驚きをもって認識することになる。 このため,本件登録意匠は使い勝手の良いイメージを与えるとともに機能美を印象付けるのみならず,使用感の楽しいイメージをも与えるものとなっている。 また,上記のような機能を実現させている理由を探るべく,通常は殆ど需要者の注目しない事務用クリップ収納ケースの裏側を確認し,磁石の存在を視認させる動機づけを需要者に与えることになる。 これに対し,甲1意匠は収容部が透明である。これにより,収容部の形状を把握しにくくなっており,通常の使用状態ではクリップにより外観上にあまり表れないものであることと相俟って,需要者がスロープの存在を認識しにくくなっている。このため,スロープのないものと見誤り,収容部と外枠体とを相対的に摺動させて事務用クリップ収納ケースを開いた時やクリップを取り出す時にスロープから勢い余ってクリップが脱落する可能性が高くなる。 このため,甲1意匠は使い勝手の良くないイメージを与えるものとなっている。 以上のように,収容部が透明か不透明か否かは,本件登録意匠の機能的に重要な要素である使用勝手の良さを需要者に強く印象付ける要因となるものであり,また,外観上も大きく異なることから,収容部が透明か否かは需要者に与える影響は大きいといえる。 E 意匠全体としての類否判断 上記共通点である基本的構成態様(I)?(III)及び具体的構成態様(iii),(v)?(vii)は,出願時から一般的にありふれた形状であり,また,具体的構成態様(i)は,クリップを収容した使用状態では,外観上あまり表れないものであり,需要者に対して大きな影響を与えるものではない。 一方,本件登録意匠と甲1意匠とでは,前記Cで述べたように複数の差異点を有する。 先ず,具体的構成態様(viii)と同(viii')との差異は,外枠体の長手方向の壁板の表面の全体に表れ,事務用クリップ収納ケースの外観に大きく表れており,需要者に与える影響は大きいといえる。 また,具体的構成態様(ii)と(ii')の差異と同(iv)と(iv')の差異については,本件登録意匠のように具体的構成態様(ii)と(iv)を有することで,これらの具体的構成態様が互いに相俟って全体として本件登録意匠は使い勝手の良いイメージを与えるとともに機能美を印象付けるのみならず,使用感の楽しいイメージを与えることができ,収容部の取出側の短手方向側壁部の裏側に配置された磁石が需要者の注意を一層引くことになる。 そして,本件登録意匠では,具体的構成態様(ii),(iv),(viii)を有することで,これらが互いに相俟って,使って楽しく且つ機能的に優れたスマートなイメージを需要者に強く印象付けることが可能になっている。 これに対して,甲1意匠では,具体的構成態様(ii')と(iv')を有するが,本件登録意匠のようなイメージを与えることはできない。むしろ,使い勝手の悪いイメージのみならず,無意味な構造物による不快感すら与えるだけであり,収容部の取出側の短手方向側壁部の裏側に配置された単なるL字状の突起が需要者の注意を引くこともない。 そして,甲1意匠では,具体的構成態様(ii'),(iv'),(viii')を有することで,雑然として機能の悪いイメージを需要者に印象付けるものとなっている。 F 結論 本件登録意匠と甲1意匠の形態については,共通点が類否判断を左右するほどのものと言えないのに対して,差異点は,両意匠の類否判断に重要な影響を及ぼすものと認められるため,差異点が共通点を凌駕しており,両意匠が互いに非類似であることは明白である。 (4)無効理由2について 本件登録意匠と甲1意匠とは,本件登録意匠が具体的構成態様(ii),(iv),(viii)を有するのに対して,甲1意匠は具体的構成態様(ii'),(iv'),(viii')を有する点で相違する。 したがって,請求人の「本件登録意匠と甲1意匠との差異点は,クリップ収納ケースの長手方向両側面部の外枠体の形状のみである。」との主張は失当である。 また,具体的構成態様(viii)と同(viii')の相違は外観上大きく表れるものであり,外観上需要者に与える影響が大きいといえる。また,例えば滑り止めのためのリブの形状は甲1意匠に示されたものに限らず種々のものがあり得るところ,それにより外観も大きく異なるものである。また,滑り止めのために設けたリブをなくせば,滑り止めの機能がなくなることによって開閉の容易性に影響する可能性があり,機能的な観点からもリブの有無はデザイン設計上重要な意味を有することは明らかである。したがって,甲1意匠において,リブを全くなくして平坦な面にすることが,当業者にとってありふれた手法であるとはいえない。 よって,請求人の「本件登録意匠の属する分野において,ケースの長手方向両側面部の,収容部や外枠体に,リブを設けるか,リブを設けない平坦な面にするのか,若しくはリブの形状,範囲を変更することは,当業者にとってありふれた手法である。」との主張は失当である。 また,甲1意匠において,その外枠体を甲2意匠の外枠体にそのまま置き換えたとしても,具体的構成態様(ii)と(ii'),同(iv)と(iv')の点で相違し,本件登録意匠にはならない。 したがって,本件登録意匠は,甲1意匠が公然知られた意匠であったとしても甲1意匠及び甲2意匠に基づいて容易に創作することができたとはいえず,意匠法第3条第2項の規定に該当せず,意匠法第48条第1項第1号にも該当しない。 第3 当審の判断 1 無効理由1について 請求人が主張する無効理由1,すなわち本件登録意匠が甲1意匠と類似するか否かについて検討,判断する。 1-1 本件登録意匠 本件登録意匠は,第1で述べたとおり,意匠に係る物品を「事務用クリップ収納ケース」とし,その形態を以下のとおりとしたものである。 本件登録意匠の形態は, (ア)基本的構成態様として, 全体を縦,横,高さの比率を約4:7:1とした扁平な隅丸直方体形状で,外枠体と収容部とからなり,収容部が外枠体に出し入れ可能となっている。 外枠体は,収容部の上部を覆う隅丸長方形の板体と,その板体の3辺の下面に下方に向けて略矩形の壁板が設けられ,収容部の上部,長手方向の両側面,及び短手方向の左片側面を囲っている。 収容部は上部が開口した略直方体である。 (イ)具体的構成態様として, (A)外枠体について (A-1)正面視において,外形を隅丸横長長方形状とし,外形よりも一回り小さい隅丸横長長方形状の,わずかな段差を有する突出部が形成されている。 (A-2)左側面視において,外枠体の中央に台形状の切り欠き部がある。 (A-3)底面視において,右側上辺(平面側においては右側下辺)に全体の約1/9の長さの庇部を設け,右側下辺角部(平面側においては右側上辺角部)を僅かに丸めたものである。 (A-4)外枠体の表面は平坦面としている。 (B)収容部について (B-1)収容部の底部は,取り出し側端(右側)から長手方向約1/3の長さに相当する位置まで,スロープが形成されている。 (B-2)底面視において,収容部の右側(平面側においては右側)に外枠体の庇部切り欠きに嵌合するように,上下に段差が設けられている。 (B-3)背面視において,右側短手方向側面部の裏側に2個のL字状突起が向かい合うように形成されている。 (B-4)右側短手方向側面部の裏側L字状突起に,薄い板状の磁石が嵌め込まれている。 (B-5)収容部は,不透明体である。 1-2 甲1意匠 成立に争いのない甲第1号証によれば,甲1意匠は,意匠に係る物品を「クリップ収納ケース」とし,その形態を以下のとおりとしたものである。 甲1意匠の形態は, (ア)基本的構成態様として, 全体を縦,横,高さの比率を約4:7:1とした扁平な隅丸直方体形状で,外枠体と収容部とからなり,収容部が外枠体に出し入れ可能となっている。 外枠体は,収容部の上部を覆う隅丸長方形の板体と,その板体の3辺の下面に下方に向けて略矩形の壁板が設けられ,収容部の上部,長手方向の両側面,及び短手方向の左片側面を囲っている。 収容部は上部が開口した略直方体である。 (イ)具体的構成態様として, (A)外枠体について (A-1)正面視において,外形を隅丸横長長方形状とし,外形よりも一回り小さい隅丸横長長方形状の,わずかな段差を有する突出部が形成されている。 (A-2)左側面視において,外枠体の中央に台形状の切り欠き部がある。 (A-3)底面視において,右側上辺(平面側においては右側下辺)に全体の約1/9の長さの庇部を設け,右側下辺角部(平面側においては右側上辺角部)を僅かに丸めたものである。 (A-4)外枠体の長手方向両側面部にはリブが設けられており,そのリブの形状は,平面視上下方向に延びる複数の凸条を長手方向に等間隔で配置したものである。 (A-5)外枠体正面には,全面に模様が付されている。 (B)収容部について (B-1)収容部の底部は,取出側端(右側)から長手方向約1/3の長さに相当する位置まで,スロープが形成されている。 (B-2)底面視において,収容部の右側(平面側においては右側)に外枠体の庇部切り欠きに嵌合するように,上下に段差が設けられている。 (B-3)背面視において,右側短手方向側面部の裏側に2個のL字状突起が向かい合うように形成されている。 (B-4)収容部は,透光性を有する材質である。 1-3 本件登録意匠と甲1意匠の対比 (1)両意匠の意匠に係る物品について 本件登録意匠及び甲1意匠の意匠に係る物品は,ともに「クリップ収納ケース」であって,両意匠の意匠に係る物品は,一致する。 (2)形態について (あ)共通点 (ア)基本的構成態様として, 両意匠は,全体を縦,横,高さの比率を約4:7:1とした扁平な隅丸直方体形状で,外枠体と収容部とからなり,収容部が外枠体に出し入れ可能としている点, 外枠体は,収容部の上部を覆う隅丸長方形の板体と,その板体の3辺の下面に下方に向けて略矩形の壁板が設けられ,収容部の上部,長手方向の両側面,及び短手方向の左片側面を囲っている点, 収容部は上部が開口した略直方体である点, において共通する。 (イ)具体的構成態様として (A)外枠体について (A-1)正面視において,外形を隅丸横長長方形状とし,外形よりも一回り小さい隅丸横長長方形状の,わずかな段差を有する突出部が形成されている点, (A-2)左側面視において,外枠体の中央に台形状の切り欠き部がある点, (A-3)底面視において,右側上辺(平面側においては右側下辺)に全体の約1/9の長さの庇部を設け,右側下辺角部(平面側においては右側上辺角部)を僅かに丸めたものである点, (B)収容部について (B-1)収容部の底部は,取出側端(右側)から長手方向約1/3の長さに相当する位置まで,スロープが形成されている点, (B-2)底面視において,収容部の右側(平面側においては右側)に外枠体の庇部切り欠きに嵌合するように,段差が設けられている点, (B-3)背面視において,右側短手方向側面部の裏側に2個のL字状突起が向かい合うように形成されている点, において共通する。 (い)相違点 一方,両意匠は,具体的構成態様として, (a)本件登録意匠は,外枠体の表面を平坦面としているのに対して,甲1意匠は,外枠体の長手方向両側面部にリブを設けており,そのリブの形状は平面視上下方向に延びる複数の凸条を長手方向に等間隔で配置したものである点, (b)本件登録意匠は,無模様であるのに対して,甲1意匠は,外枠体正面全面に模様を付している点, (c)本件登録意匠は,右側短手方向側面部の裏側L字状突起に,薄い板状の磁石を嵌め込んでいるのに対して,甲1意匠は,磁石を嵌め込んでいない点, (d)本件登録意匠の収容部は,不透明体であるであるのに対して,甲1意匠の収容部は,透光性を有する材質である点, において相違する。 1-4 本件登録意匠と甲1意匠の類否判断 以上の本件登録意匠と甲1意匠の共通点及び相違点が両意匠の類否判断に及ぼす影響を評価して,両意匠の類否を意匠全体として総合的に検討,判断する。 (1)共通点の評価 本件登録意匠と甲1意匠の基本的構成態様の共通点は,両意匠の形態にのみ見られる新規な特徴とはいえず,この種クリップ収納ケースにおいてごく一般的に見られる特徴である。 具体的構成態様における共通点(A)及び(B-2)については,この種クリップ収納ケースに見られる一般的な形態であって,特徴とはなり得ず,両意匠の類否判断に与える影響はほとんどない。 具体的構成態様の共通点(B-1)の収容部の底部は,取出側端(右側)から長手方向約1/3の長さに相当する位置まで,スロープが形成されている点については,本件登録意匠及び甲1意匠のようなマッチ箱型クリップケースの収容部にスロープを設けた態様は両意匠の出願日及び公知日以前には見当たらないものの,収容部にスロープを設けた態様は,乙第1号証ないし乙第5号証等に見られるように,フリップ型収納ケースにおいては既にごく普通に見られる態様であり,共通点(B-1)が,両意匠の類否判断に与える影響は一定程度にとどまるものである。 具体的構成態様の共通点(B-3)の背面視において,右側短手方向側面部の裏側に2個のL字状突起が向かい合うように形成されている点については,他の先行公知意匠には見られない特徴であるが,クリップ収納ケースの通常の使用状態において,あまり需要者が注意を向けない背面部の限られた部分に設けられたごく小さなL字状突起であって,さほど目立つものではなく,類否判断に与える影響は小さい。 以上の両意匠の共通点を総合すると,いずれもこの種クリップ収納ケースに見られる特徴のないものであって,共通点を総合しても類否判断に与える影響は小さいといえる。 (2)相違点の評価 相違点(a)について, 本件登録意匠の外枠体の表面を平坦面とする態様は,この種マッチ箱型クリップケースにおいて,ごく普通に見られる態様であって,特徴がないものであるのに対し,甲1意匠の外枠体の長手方向両側面部全面に平面視上下方向に延びる複数の凸条のリブを長手方向に等間隔で配置した態様は,極めて新規な態様であり,甲1意匠の公知日以前には見られないものであって,かつ,外枠体の長手方向両側面部は,この種マッチ箱型クリップケースにおいて需要者が使用時に指を添える部分であって特に注目をする部位であり,リブを設けることによる滑り止め効果や視覚効果に大きな影響を与えるものである。 請求人は,当該部位にリブを設けた意匠を本意匠とし,平坦な意匠がその関連意匠として登録されている事実より,リブの有無は類否判断に影響を与えないものであると主張するが,当該事例は,設けられたリブが収容部側面のごく限られた小さな範囲に施されたものであって,他の共通する特徴に比べて,その相違がごく小さいことより本意匠,関連意匠として登録されたものであり,甲1意匠のように外枠体の長手方向両側面部全面にリブが設けられ,需要者の注意を大きく惹くものとは,その判断の根拠を異にするものである。 したがって,相違点(a)は,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすものといえる。 相違点(b)について, 本件登録意匠は無模様であるのに対して,甲1意匠の外枠体正面には,全面に模様が付されているとしても,甲1意匠に付された模様は,ノベルティグッズとして納品先の要望に応じて,無模様のケースに種々の模様等が後から加えられるものであり,模様の有無が両意匠の類否判断に与える影響はごく小さいものといえる。 相違点(c)について, 本件登録意匠には,右側短手方向側面部の裏側L字状突起に,薄い板状の磁石が嵌め込まれているのに対して,甲1意匠には,磁石が嵌め込まれていない点については,クリップ収納ケース使用時に,クリップを保持したり取り出し易くする効果において相違が表れるとしても,通常使用時にはあまり需要者が注視しない収容部背面の短手方向側面部裏側の目立たない部位における相違であることより,意匠的観点からは大きく評価することはできず,相違点(c)が類否判断に与える影響は小さいといえる。 相違点(d)について, 本件登録意匠の収容部は,不透明体であるであるのに対して,甲1意匠の収容部は,透光性を有する材質である点についても,この種クリップ収納ケースのような,プラスチックで成形をする小物収納用具において,収納する中身が見えるように透光材質を使用したり,逆に中身が見えないように不透明な材質にすることは,ごく普通に行われていることであって,材質の違いが需要者に与える美感に大きな影響を及ぼすものではなく,その相違が類否判断に与える影響は小さいといえる。 以上の両意匠の相違点を総合すると,相違点(b)ないし相違点(d)については,類否判断に与える影響は小さいと言えるものの,相違点(a)は,甲1意匠の他には見られない極めて新規な特徴点であるといえ,両意匠の類否判断に大きな影響を与えるものといえる。 1-5 無効理由1の小括 そうすると,両意匠の意匠に係る物品は,一致するが,本件登録意匠と甲1意匠の形態において,相違点が共通点を凌駕し,意匠全体として需要者に異なる美感を起こさせるものであるから,本件登録意匠は,甲1意匠に類似するものということはできない。 したがって,本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第3号に掲げる意匠には該当せず,請求人の主張する無効理由1には,理由がない。 2 無効理由2について 次に,請求人が主張する無効理由2,すなわち本件登録意匠が甲1意匠及び甲2意匠に基づいて容易に創作できたものであるか否かについて検討,判断する。 2-1 本件登録意匠 本件登録意匠の形態については,「1-1 本件登録意匠」に記載のとおりである。 2-2 甲1意匠 甲1意匠の形態については,「1-2 甲1意匠」に記載のとおりである。 2-3 甲2意匠 成立に争いのない甲第2号証によれば,甲2意匠は,意匠に係る物品を「ガムケース」とし,その形態を以下のとおりとしたものである。 甲2意匠の形態は, (ア)基本的構成態様として, 全体を縦,横,高さの比率を約4:7:1とした扁平な隅丸直方体形状で,外枠体と収容部とからなり,収容部が外枠体に出し入れ可能となっている。 外枠体は,収容部の上部を覆う隅丸長方形の板体と,その板体の3辺の下面に下方に向けて略矩形の壁板が設けられ,収容部の上部,長手方向の両側面,及び短手方向の左片側面を囲っている。 収容部は上部が開口した略直方体である。 (イ)具体的構成態様として, (A)外枠体について (A-1)正面視において,外形を隅丸横長長方形状としている。 (A-2)左側面視において,外枠体の中央に台形状の切り欠き部がある。 (A-3)底面視において,左側上辺(平面側においては左側下辺)に全体の約1/9の長さの庇部を設けたものである。 (A-4)外枠体の表面は平坦面としている。 (B)収容部について (B-1)収容部の底部は,平坦に形成されている。 (B-2)底面視において,収容部の左側(平面側においては左側)に外枠体の庇部切り欠きに嵌合するように,段差が設けられている。 (B-3)収容部は,不透明体である。 2-4 本件登録意匠は甲1意匠及び甲2意匠に基づいて容易に創作できたものであるか (1)本件登録意匠の収容部にスロープを設けることについて クリップ収納ケースの収容部にスロープを設けた態様は,本件登録意匠の出願前に公然知られたものとなっていた甲1意匠のクリップ収納ケース収容部に現されていたものであって,甲1意匠の収納部のスロープの態様をそのまま本件登録意匠の収納部に表したまでのものであり,当業者にとって容易に想到できたものといえる。 (2)本件登録意匠の収容部を不透明とすることについて この種クリップ収納ケースのような,プラスチックで成形をする小物収納用具において,収納する中身が見えるように透光材質を使用したり,逆に中身が見えないように不透明な材質にすることは,ごく普通に行われていることであって,本件登録意匠の収容部を不透明な材質とすることに,格別な困難があったとはいえない。 (3)本件登録意匠の収容部に磁石を設けることについて 甲1意匠及び甲2意匠には収容部に磁石が設けられていないとしても,本件登録意匠の出願前に既にクリップ収納ケースに磁石を設け,クリップを保持あるいは取り出し易くする工夫を施したものは,乙第1号証ないし乙第5号証等に見られるように,公然知られたものであるところ,収容部にスロープを設けた本件登録意匠に磁石を設けるということも当然に思いつく範囲であり,本件登録意匠に磁石を設ける場合には,当然,取出側短手方向側面部の裏側に磁石を配置する以外にはなく,また,本件登録意匠の出願前に公然知られたものとなっていた甲1意匠のL字状突起と同様な構造を設け,当該L字状突起部に薄い板状の磁石を嵌め込むようにすることも,容易に想到することができたものといえる。 さらに付け加えるならば,甲1意匠が公知となる以前に被請求人がマッチ箱型クリップケースに磁石を設けることを提示していたとしても,その具体的な態様まで図示していたとは認められず,請求人が甲1意匠の試作品のサンプルとして,無模様,不透明な材質で,リブ付きの外枠体を有し,当該L字状突起部に薄い板状の磁石を嵌め込んだものを本件登録意匠の出願前に被請求人に示していた事実からも,本件登録意匠のL字状突起に磁石を嵌め込んだ態様について,取り立てて被請求人独自の創作があったとは認められない。 (4)本件登録意匠の外枠体長手方向両側面部を平坦面にすることについて クリップ収納ケースにおいては,甲1意匠のように外枠体長手方向両側面部の全面に平面視上下方向に延びる複数の凸条を長手方向に等間隔で配置することの方が今までに見られない新規な特徴であって,本件登録意匠や甲2意匠に見られるように平坦面とする方がごく普通の態様といえる。 したがって,本件登録意匠は,甲1意匠のリブ付きの外枠体の代わりに,甲2意匠に見られる長手方向両側面部にリブのない平坦面とした外枠体に置き換えたまでのものであって,容易に想到できたものといえる。 2-5 無効理由2の小括 そうすると,本件登録意匠は,収納部にスロープを設けたマッチ箱型クリップケースである甲1意匠を基礎とし,その外枠体を平坦で無模様の甲2意匠のものに置き換え,この種物品においてごく普通に行われている手法により,収容部の材質を不透明なものとし,さらにありふれた手法に基づいて,取出側短手方向側面部の裏側のL字状突起に磁石を嵌め込んだまでのものであって,当業者において容易に創作できたものと認められる。 したがって,本件登録意匠は,意匠法第3条第2項の規定に該当し,請求人の主張する無効理由2には,理由がある。 3 甲1意匠が,被請求人の意に反して公知となったものかについて 被請求人は,甲1意匠は被請求人自らが創作したものであって,被請求人の意に反して公知となったものであるから,本件登録意匠は意匠法第4条第1項の規定に該当し,甲1意匠が引用意匠であることを前提としている請求人が主張する無効理由1及び無効理由2に理由がないと主張するので,この点について検討,判断をする。 被請求人は,「この検討は,平成21年6月10日に馬●成社において行われ,出席者は,辰巳邦明氏,エイジ化成の西田章一氏,馬●成社の担当者であったが,結局のところ,辰巳邦明氏だけが,様々なバリエーションを提案し,その場で,マッチ箱型クリップケースに,スロープと磁石とを設けるデザインを提案していたのである。このデザインは,最終的には,依頼元の意向により採用されることはなく,乙第11号証に示すデザインとなったが,その場に同席した,エイジ化成の西田章一氏及び馬●成社の担当者が知ることとなったのである。 このような状況があったことからすると,前記の検討された平成21年6月10日には,辰巳邦明氏は,マッチ箱型クリップケースに,スロープと磁石を設けるデザインを単独で創作していたものと認められる。そして,このデザインをエイジ化成の西田章一氏及び馬●成社の担当者は,当然に知ることができたものであるから,平成21年6月10日よりも後の平成21年12月に馬●成社に赴いたとされる大原雄樹氏が西田章一氏又は馬●成社の担当者から情報を得て,当該情報に基づいて,辰巳邦明氏が実質的に創作したスロープと磁石とを備えるマッチ箱型クリップケースを,エイジ化成が実質的にそのまま製品化したものである。」及び「被請求人である辰巳邦明氏が,自身の意匠登録出願前には,甲1意匠を秘密にしようとしていたにもかかわらず,請求人が,被請求人の承諾を得ることもなく,勝手に,第三者に納品したものである。 従って,甲1意匠は,被請求人の意に反して公知となったことは明らかである。」と主張する。 被請求人が主張する意匠法第4条第1項は,「意匠登録受ける権利を有する者の意に反して第3条第1項第1号又は第二号に該当するに至った意匠は,その該当するに至った日から六月以内にその者がした意匠登録出願に係る意匠についての同条第一項及び第二項の規定の適用については,同条第一項第一号又は第二号に該当するに至らなかったものとみなす。」と規定し,本人の意に反して公知となった意匠については,6か月以内に本人がした意匠登録出願に対して,意匠法第3条第1項及び第2項の規定の適用において,判断の根拠とはしないとするものである。 しかしながら,「第3 当審の判断 1 無効理由1について」で述べたように,甲1意匠は本件登録意匠とは類似せず,甲1意匠と本件登録意匠とはそれぞれ別々に創作された意匠であると認められる。 また,甲1意匠は,請求人が被請求人の提案したマッチ箱型クリップケースにスロープと磁石を設けたデザインに基づいて創作したとものであるということも,請求人及び被請求人から提出された資料や証拠調べから確認することはできないし,被請求人が,マッチ箱型クリップケースにスロープと磁石を設けたデザインを提案したという事実があったとしても,甲1意匠に見られる外枠体の長手方向両側面部全面にリブを設けることまで,被請求人が創作したものとは認められないことから,甲1意匠は,請求人が独自に創作したものと認められる。 そして,甲1意匠は,請求人が独自に創作したものであって,請求人と被請求人との間に甲1意匠の製造,公開等に関して契約関係があったとは確認できない以上,甲1意匠は被請求人の意に反して公知となったものともいうこともできない。 したがって,甲1意匠は,被請求人自らが創作したものとはいえず,また,甲1意匠は,被請求人の意に反して公知となったものということもいえないことより,「本件登録意匠は意匠法第4条第1項の規定に該当し,甲1意匠が引用意匠であることを前提としている請求人が主張する無効理由1及び無効理由2に理由がない」という被請求人の主張は,採用することができない。 第5 むすび 以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,無効理由1には理由がないものの,無効理由2には理由がある。 また,本件登録意匠は,被請求人が主張する意匠法第4条第1項の規定に該当するものでもない。 したがって,本件登録意匠は,意匠法第3条第2項の規定に違反して意匠登録を受けたものであり,同法第48条第1項第1号に該当することより,本件登録意匠は無効とすべきものである。 審判に関する費用については,意匠法第52条の規定で準用する特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,被請求人が負担すべきものとする。 よって,結論のとおり審決する。 |
別掲 |
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審理終結日 | 2014-02-20 |
結審通知日 | 2014-02-25 |
審決日 | 2014-03-11 |
出願番号 | 意願2010-8446(D2010-8446) |
審決分類 |
D
1
113・
121-
Z
(F2)
D 1 113・ 113- Z (F2) |
最終処分 | 成立 |
前審関与審査官 | 神谷 由紀、重坂 舞 |
特許庁審判長 |
原田 雅美 |
特許庁審判官 |
富永 亘 斉藤 孝恵 |
登録日 | 2011-01-07 |
登録番号 | 意匠登録第1406548号(D1406548) |
代理人 | 辻本 一義 |
代理人 | 柳野 隆生 |
代理人 | 金澤 美奈子 |
代理人 | 中川 正人 |
代理人 | 辻本 希世士 |
代理人 | 関口 久由 |
代理人 | 森岡 則夫 |
代理人 | 柳野 嘉秀 |
代理人 | 宇佐美 貴史 |
代理人 | 丸山 英之 |