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審判番号(事件番号) データベース 権利
判定2017600025 審決 意匠

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審決分類 審判 判定  同一・類似 属さない(申立不成立) B5
管理番号 1341150 
判定請求番号 判定2017-600034
総通号数 223 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠判定公報 
発行日 2018-07-27 
種別 判定 
判定請求日 2017-08-28 
確定日 2018-06-04 
意匠に係る物品 ブーツ 
事件の表示 上記当事者間の登録第1383163号の判定請求事件について、次のとおり判定する。 
結論 イ号意匠の図面及びその説明により示された「レインブーツ」の意匠は,登録第1383163号意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属しない。
理由 第1 手続の経緯

平成21年10月23日 意匠登録出願(意願2009-24870)
平成22年 2月19日 意匠権の設定の登録(意匠登録第1383163号)
平成29年 8月28日 判定請求書提出(本件判定請求人)
平成29年11月13日 判定請求答弁書提出(本件判定被請求人)
平成30年 2月21日 判定請求弁駁書提出(本件判定請求人)

第2 請求の趣旨及び理由

1 請求の趣旨
本件判定請求人は,イ号意匠及びその説明書(甲第3号証)に示す意匠は,登録第1383163号意匠(以下「本件登録意匠」という。)及びこれに類似する意匠の範囲に属する,との判定を求め,要旨以下のとおり主張し,証拠方法として,甲第1号証ないし甲第20号証を提出した。

2 請求の理由
(1)判定請求の必要性
本件判定請求人(奈良県履物協同組合連合会)に所属する株式会社ニシベケミカル(奈良県御所市大字元町375番地)は,平成24(2012)年7月に判定被請求人(ヒラキ株式会社)に対して,自社製品「ブーツ」及び「短靴」と外観形状が酷似する商品名「レディースレイン」及び「レディースレインパンプス」(イ号意匠とは異なる製品)の販売行為について,不正競争防止法に基づく通告書を2回送付して警告したが,判定被請求人(ヒラキ株式会社)より誠意ある回答を得ることができなかった。
一方,株式会社ニシベケミカルの西辺俊彦氏(創作者)が平成21(2009)年に独自に研究開発して改良を施した「ブーツ」について,製品No.710(甲第5号証)として発表した後,取引先との商談を経て顧客の要望に応えるべく,平成22(2010)年には製品No.711(甲第6号証)として改良し,更に平成23(2011)年には製品No.712(甲第7号証)として改良して販売を継続した結果(甲第8号証?甲第13号証),平成27(2015)年には年間10万足を突破するヒット商品となり,製品No.712の売り始めからの売上総足数は41万足以上となっている(甲第14号証)。
このような状況下,履物業界ではかねてよりヒット商品を模倣して製造販売する傾向が強く,特に中国製品が台頭する昨今の経済情勢と業界情勢も厳しい折,販売実績のあるヒット商品は製造販売リスクが軽減され,模倣の傾向が悪質化していると言わざるを得ない。
今回,判定被請求人(ヒラキ株式会社)が上記のようにヒット商品となっている状況を知って平成29(2017)年から販売開始している「レインブーツ」(甲第3号証及び甲第4号証)は,判定請求人(奈良県履物協同組合連合会)が意匠権を所有する本件登録意匠に係る「ブーツ」(甲第1号証及び甲第2号証)の全体形態を模倣しており細部仕様において相違するように意匠的加工を施していることが認められる。
そこで,判定請求人は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲の解釈についての見解の相違に起因するあらゆる紛争を未然に防止するため,高度な専門技術的知識を有する特許庁による,厳正中立的な立場からの判定を求めた。

(2)本件登録意匠の手続の経緯
出願:平成21年10月23日(意願2009-24870号)
登録:平成22年 2月19日(登録第1383163号)

(3)本件登録意匠の説明
本件登録意匠は,意匠登録第1383163号の意匠公報に記載の通り,意匠に係る物品を「ブーツ」とし,基本的構成態様が以下の通りである。
(ア)足首付近から下の足を収容する靴本体部と,靴本体部の上方に略垂直に延設され履き口を有する筒部と,靴本体部の下部に配置した靴底部とから構成される。
(イ)靴本体部は,足の甲から爪先に向かって側面視滑らかな曲面状に形成されている。また,爪先は平面視オブリーク・ラウンドトゥの形状に形成されている。更に,踵の上端は幅が狭く設定され,そこから踵の下端にかけて漸次幅が広がる形状に形成されている。
(ウ)筒部は,靴本体部との間を仕切る全周切替しラインの上方に側面視略垂直に延設されている。また,上端部の履きロが平面視横長楕円形状に形成されている。
(エ)靴底部は,踵部分が側面視厚くなるように形成されている。

そして,各部の具体的構成態様は,以下の通りである。
(オ)靴本体部の上部と筒部の下部は,足の甲から踵の後部まで全周切替しラインにより仕切られており,この全周切替しラインの甲側と踵側の位置が側面視略同じ高さに設定され,そこから両側部(内側,外側)にかけて全周切替しラインが下向曲線状に配置されている。また,全周切替しラインに沿って1本のステッチが施されている。更に,全周切替しラインの両側部(内側,外側)の略垂直方向に1本のステッチが施されている。
(カ)筒部の履き口の開口部には,周縁に沿って帯状模様が施されている。
(キ)靴底部の縁部には,周縁に沿ってアウトステッチが施されている。また,靴底部の側面部には,凹凸感を呈する模様が施されている。更に,靴底部の底面には,踵には渦状の模様が施され,中央部から爪先にかけて横方向に連続する模様が施されている。

(4)イ号意匠の説明
イ号意匠は,以下の説明に示すとおり,本件登録意匠に則して記載すると,意匠に係る物品を「レインブーツ」とし,基本的構成態様が以下の通りである。
(あ)足首付近から下の足を収容する靴本体部と,靴本体部の上方に略垂直に延設され履きロを有する筒部と,靴本体部の下部に配置した靴底部とから構成される。
(い)靴本体部は,足の甲から爪先に向かって側面視滑らかな曲面伏に形成されている。また,爪先は平面視オブリーク・ラウンドトゥの形状に形成されている。更に,踵の上端は幅が狭く設定され,そこから踵の下端にかけて漸次幅が広がる形状に形成されている。
(う)筒部は,靴本体部との間を仕切る全周切替しラインの上方に側面視略垂直に延設されている。また,上端部の履き口が平面視横長楕円形状に形成されている。
(え)靴底部は,踵部分が側面視厚くなるように形成されている。

そして,各部の具体的構成態様は,以下の通りである。
(お)靴本体部の上部と筒部の下部は,足の甲から踵の後部まで全周切替しラインにより仕切られており,この全周切替しラインの甲側と踵側の位置が側面視略同じ高さに設定され,そこから両側部(内側,外側)にかけて全周切替しラインが下向曲線状に配置されている。また,全周切替しラインに沿って1本のステッチが施され,そのステッチ下部に2本の帯状装飾が施されている。
(か)筒部の履きロの開口部には,周縁に沿って帯状模様が施されている。また,全周切替しラインの両側部(内側,外側)の略垂直方向に2本のステッチが施され,そのステッチの踵側に1本の帯状装飾が施されている。更に,全周切替しラインの背部の略垂直方向に間隔を置いて2本のステッチが施されている。また,踵側の上端部に突出片(チョボ)が設けられている。
(き)靴底部の縁部には,周縁に沿ってアウトステッチが施されている。また,靴底部の側面部には,凹凸感を呈する模様が施されている。更に,靴底部の底面には,爪先から踵の方向に連続する直線状模様が施されている。

(5)本件登録意匠とイ号意匠の比較説明
本件登録意匠とイ号意匠を対比すると,両意匠は,意匠に係る物品が共通し,形態について,以下の共通点と差異点が認められる。
両意匠は,基本的構成態様において,(A)?(D)が共通する。
(A)足首付近から下の足を収容する靴本体部と,靴本体部の上方に略垂直に延設され履きロを有する筒部と,靴本体部の下部に配置した靴底部とから構成される点,
(B)靴本体部は,足の甲から爪先に向かって側面視滑らかな曲面状に形成され,靴本体部の爪先は平面視オブリーク・ラウンドトゥの形状に形成され,靴本体部の踵の上端は幅が狭く設定され,そこから踵の下端にかけて漸次幅が広がる形状に形成されている点,
(C)筒部は,靴本体部との間を仕切る全周切替しラインの上方に側面視略垂直に延設され,筒部の上端部の履きロが平面視横長楕円形状に形成されている点,
(D)靴底部は,踵部分が側面視厚くなるように形成されている点。

また,両意匠は,各部の具体的構成態様において,(E)?(F)が共通する。
(E)靴本体部の上部と筒部の下部は,足の甲から踵の後部まで全周切替しラインにより仕切られており,この全周切替しラインの甲側と踵側の位置が側面視略同じ高さに設定され,そこから両側部(内側,外側)にかけて全周切替しラインが下向曲線状に配置され,全周切替しラインに沿ってステッチが施されている点,
(F)靴底部の縁部には,周縁に沿ってアウトステッチが施され,靴底部の側面部には,凹凸感を呈する模様が施されている点。

一方,両意匠は,各部の具体的構成態様において,(a)?(g)に差異がある。
(a)靴本体部の上部と筒部の下部を仕切る全周切替しラインに沿って施されているステッチが,本件登録意匠は1本であるのに対して,イ号意匠は2本であり,そのステッチ下部に2本の帯状装飾が施されている点,
(b)靴本体部の両側部について,本件登録意匠は,全周切替しラインの両側部(内側,外側)の略垂直方向に1本のステッチが施されているのに対して,イ号意匠はステッチが存在しない点,
(c)筒部の両側部について,本件登録意匠は,ステッチ及び帯状模様が存在しないのに対して,イ号意匠は,全周切替しラインの両側部(内側,外側)の略垂直方向に2本のステッチが施され,そのステッチの踵側に1本の帯状装飾が施されている点,
(d)筒部の背部について,本件登録意匠は,ステッチが存在しないのに対して,イ号意匠は,全周切替しラインの背部の略垂直方向に間隔を置いて2本のステッチが施されている点,
(e)筒部の履き口の開口部に施されている帯状模様が,本件登録意匠は,靴本体部及び筒部と異なる色彩で表され且つやや太い形状であるのに対して,イ号意匠は靴本体部及び筒部と同系色の色彩で表され且つやや細い形状である点,
(f)筒部の踵側の上端部について,本件登録意匠は,何も設けられていないのに対して,イ号意匠は突出片(チョボ)が設けられている点,
(g)靴底部の底面について,本件登録意匠とイ号意匠の模様が異なる点。

(6)イ号意匠が本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属する理由の説明
1)本件登録意匠に関する先行周辺意匠
公知資料1 意匠登録第1081861号の意匠公報(甲第15号証)
公知資料2 意匠登録第1081868号の意匠公報(甲第16号証)
公知資料3 意匠登録第1257468号の意匠公報(甲第17号証)
公知資料4 書籍名「[改定13版]靴の商品知識」
発行所:有限会社ぜんしん 昭和62年3月 第13版発行
59頁,63頁,71頁(甲第18号証)
公知資料5 刊行物名「フットウェア・プレス 2009年12月号」
発行所:エフ ワークス株式会社 平成21年12月1日発行
10頁,14頁(甲第19号証)
公知資料6 刊行物名「フットウェア・プレス 2010年2月号」
発行所:エフ ワークス株式会社 平成22年2月1日発行
40頁(甲第20号証)

2)本件登録意匠の要部
本件登録意匠に係る物品は,女性用のブーツであり,需要者である女性としては,服装との組合せなどを考慮し,当該ブーツの外観全体の形状や質感を重視して商品を選定するものと考えられる。
上記先行周辺意匠をもとに,本件登録意匠の要部について述べると,靴本体部の形状(シルエット),筒部の形状(シルエット),靴底部の形状(シルエットからなる全体の基本的な構成態様は,足に着用した際にも周囲の目に付くところであり,需要者である女性が関心を持って観察すると考えられる。また,足の甲から踵の後部まで全周切替しラインにより仕切られている態様及び靴底部の縁部には周縁に沿ってアウトステッチが施され,靴底部の側面部には凹凸感を呈する模様が施されている態様と相俟って,需要者である女性の注意を強く惹きつけると考えられ,かかる構成態様をもって,本件登録意匠の要部と認めるのが相当である。
また,上述したように,本件登録意匠に係る製品No.712(甲第7号証?甲第13号証)は,平成27(2015)年には年間10万足を突破するヒット商品となり,製品No.712の売り始めからの売上総足数は41万足以上となっており(甲第14号証),本件登録意匠の構成態様(要部)は,需要者の間で周知になっている。

3)本件登録意匠とイ号意匠との類否の考察
本件登録意匠とイ号意匠の共通点と差異点を比較検討する。
先ず,共通点(A)?(F)は,靴本体部の形状(シルエット),筒部の形状(シルエット),靴底部の形状(シルエット),からなる全体の基本的な構成態様と,これを構成する各部の具体的な態様とを端的に表すものであって,一体となって「ブーツ」としての全体の形態的まとまりを形成し,両意匠に極めて強い共通感をもたらしている。また,同時に本件登録意匠の形態上の特徴を最もよく表すところを形成している。従って,両意匠の共通点は,両意匠の類否判断に極めて大きな影響を及ぼすものである。
即ち,共通点(A)?(D)は,両意匠において,全体の骨格的なところを構成し,その他の共通点(E)?(F)も加わり,組み合わさり一体となって,全体形態の共通性を看者に強く印象付け,両意匠に強い共通感をもたらすところとなっている。
そして,共通点(E)は,靴本体部の上部と筒部の下部を仕切る全周切替しラインの具体的な態様に係るもので,足の甲から踵の後部まで全周切替しラインにより仕切られており,この全周切替しラインの甲側と踵側の位置が側面視略同じ高さに設定され,そこから両側部(内側,外側)にかけて全周切替しラインが下向曲線状に配置され,全周切替しラインに沿ってステッチが施されている態様は,その位置及びバランスの共通性から,需要者の注意を惹く部分といえ,両意匠に強い共通感をもたらすものである。また,共通点(F)は,靴底部の具体的な態様に係るもので,靴底部の縁部には周縁に沿ってアウトステッチが施され,靴底部の側面部には凹凸感を呈する模様が施されている態様は,需要者の注意を惹く部分といえ,それらの美感の共通性から,両意匠に強い共通感をもたらすものである。
以上の通り,共通点(A)?(F)は,一体となって,全体の形態的まとまりを形成し,同時にその形態のまとまりが,本件登録意匠の特徴を最もよく表すものであり,且つ上述したように本件登録意匠の構成態様(要部)は,需要者の間で周知になっている。従って,両意匠の共通点は,類否判断に極めて大きな影響を及ぼすものである。

これに対して,両意匠の差異点が類否判断に及ぼす影響は,何れも軽微なものに止まる。
即ち,差異点(a)は,「両意匠共に,足の甲から踵の後部まで全周切替しラインにより仕切られており,この全周切替しラインの甲側と踵側の位置が側面視略同じ高さに設定され,そこから両側部(内側,外側)にかけて全周切替しラインが下向曲線状に配置され,全周切替しラインに沿ってステッチが施されている」という共通する構成態様の中でみられる差異であり,全周切替しラインに沿って施されているステッチが,本件登録意匠は1本であるのに対して,イ号意匠は2本であり,そのステッチ下部に2本の帯状装飾が施されているにしても,全周切替しラインの位置及びバランスの共通性を強調する印象を与えるものであり,類否判断に及ぼす影響は微弱である。
また,差異点(b)?(d)は,各ステッチの配置及び有無についての差異であるが,略垂直方向に施されたステッチはいずれもありふれた態様といえるものであり(公知資料1,4?6参照),形態全体としては,靴本体部の形状(シルエット),筒部の形状(シルエット),靴底部の形状(シルエット)からなる全体形態の共通性の中でみられる差異であり,しかも略垂直方向のデザイン処理は素材使用面積の効率化やシート状の素材を成型する物理的面からも容易に行われる改変であることから,類否判断に及ぼす影響は微弱である。
また,差異点(e)は,筒部の履きロの開口部に施されている帯状模様の色彩及び太さについての差異であるが,靴本体部及び筒部と同系色の色彩で表され且つやや細い形状を採用することは普通にみられる態様(公知資料3参照)であることを考慮すると,共通点(A)?(F)が形成する全体の形態的まとまりを変更するほどのものとはいえないため,類否判断に及ぼす影響は微弱である。
また,差異点(f)は,筒部踵側の上端部の突出片(チョボ)の有無についての差異であるが,突出片(チョボ)を設けることは普通にみられる態様といえるものであり(公知資料1?3参照),形態全体としては,靴本体部の形状(シルエット),筒部の形状(シルエット),靴底部の形状(シルエット)からなる全体形態の共通性の中でみられる差異であり,容易に行われる改変であることから,類否判断に及ぼす影響は微弱である。
また,差異点(g)は,靴底部の底面模様についての差異であるが,底面模様は甲被部の態様に比較すれば印象が薄い部分であり,形態全体としては,靴本体部の形状(シルエット),筒部の形状(シルエット),靴底部の形状(シルエット)からなる全体形態の共通性の中でみられる差異であり,容易に行われる改変であることから,類否判断に及ぼす影響は微弱である。
以上より,両意匠の差異が類否判断に及ぼす影響は,いずれも軽微,或いは微弱なものというほかなく,その関連する視覚効果を考慮しても,共通点が形成する形態全体のまとまりを覆すには到底至らず,両意匠においては,共通点が類否判断に極めて大きな影響を及ぼし,差異点を凌駕するので,意匠全体として類似するものである。

(7)むすび
イ号意匠及びその説明書に示す意匠は,登録第1383163号意匠(以下,「本件登録意匠」という。)及びこれに類似する意匠の範囲に属するので,請求の趣旨どおりの判定を求める。

3 証拠方法
甲第1号証 本件登録意匠及び説明書
甲第2号証 本件登録意匠の意匠登録原簿の写し
甲第3号証 イ号意匠及び説明書
甲第4号証 ヒラキ株式会社の「品番63519」のインターネット広告の写し
甲第5号証 株式会社ニシベケミカルの2009年製品カタログ「製品No.710」の写し
甲第6号証 株式会社ニシベケミカルの2010年製品カタログ「製品No.711」の写し
甲第7号証 株式会社ニシベケミカルの2011年製品カタログ「製品No.712」の写し
甲第8号証 株式会社ニシベケミカルの2012年製品カタログ「製品No.712」の写し
甲第9号証 株式会社ニシベケミカルの2013年製品カタログ「製品No.712」の写し
甲第10号証 株式会社ニシベケミカルの2014年製品カタログ「製品No.712」の写し
甲第11号証 株式会社ニシベケミカルの2015年製品カタログ「製品No.712」の写し
甲第12号証 株式会社ニシベケミカルの2016年製品カタログ「製品No.712」の写し
甲第13号証 株式会社ニシベケミカルの2017年製品カタログ「製品No.712」の写し
甲第14号証 株式会社ニシベケミカルの「製品No.712」の売上総足数の写し
甲第15号証 意匠登録第1081861号の意匠公報の写し
甲第16号証 意匠登録第1081868号の意匠公報の写し
甲第17号証 意匠登録第1257468号の意匠公報の写し
甲第18号証 書籍名「[改定13版]靴の商品知識」/発行所:有限会社ぜんしん/昭和62年3月/第13版発行/59頁,63頁,71頁の写し
甲第19号証 刊行物名「フットウェア・プレス 2009年12月号」/発行所:エフ ワークス株式会社/平成21年12月1日発行/10頁,14頁の写し
甲第20号証 刊行物名「フットウェア・プレス 2010年2月号」/発行所:エフ ワークス株式会社/平成22年2月1日発行/40頁の写し

第3 被請求人の答弁

1 答弁の趣旨
本件判定被請求人は,イ号意匠及びその説明書に示す意匠は,意匠登録第1383163号意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属しない,との判定を求め,要旨以下のとおり主張し,証拠方法として,乙第1号証ないし乙第11号証を提出した。

2 答弁の理由
まず,本件意匠の要部について検討し,その上で,イ号意匠が本件意匠に類似しないことを述べ,最後に本件意匠の審査経過と請求人の主張が矛盾することを述べる。なお,以下では,説明の便宜のため,本件意匠及びイ号意匠の態様については,判定請求書において請求人が用いた文言を用いることとする。

(1)本件登録意匠の要部
本件登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものである(意匠法24条2項)。そして,「意匠の類否判断に当たっては,意匠全体の観察を要するものの,意匠に係る物品の各部位における構成に対する判断の比重がすべて等しいというわけではなく,取引者・需要者の注意を最も惹きやすい部分を意匠の要部として把握し,両意匠が要部において構成態様を共通にするか否かを中心に観察して,両意匠が全体として美感を共通にするか否かを判断すべきものである。そして,この場合に,意匠の要部は,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様等を考慮するほか,その意匠の各部が公然知られた意匠に係るものと同一の意匠に係る部位であるか,新規な創作の意匠に係る部位であるか等を斟酌して,認定すべきものである」(平成18年(ネ)第10084号)。
そこで,まず,本件登録意匠の要部について検討する。
なお,請求人が主張する本件意匠の態様(ア)?(キ)の概要は,以下のとおりであると解釈される。
(ア)筒部を備える全体的な態様
(イ)靴本体部の爪先及び踵の形状
(ウ)筒部形状(靴本体部から垂直に延びる形状,横長楕円の履き口形状)
(エ)靴底部の踵部分が厚い
(オ)縫製線(全周切替しライン,靴本体部の側面の上下方向のステッチ)
(力)履き口の周縁形状
(キ)靴底部の態様(アウトステッチ,側面及び靴底の模様)

ア ブーツの性質,用途,使用状態等
本件意匠の意匠に係る物品は「ブーツ」であり,その需要者は,服飾品を取り扱う卸売業者及び小売業者,並びに使用者(最終消費者)である。ブーツは,くるぶしまでの足,または足より上の脚を覆う靴であり,ファッション性が高い服飾品である。ブーツの意匠は,通常,周知の様式の組み合わせによって構成され,本件意匠もそのように構成されているといえる(詳細は後述する)。このような周知の様式の組み合わせによって構成される服飾品の意匠においては,全体の意匠的まとまりに注目される。
なお,本件意匠は,筒部が太いその形態からレインブーツであると理解される。レインブーツは,ズボンの裾を筒部の中に収容するなどして筒部全体が外側に露出するように履くものであるため,筒部の態様は使用時においても注目される態様であり,全体の意匠的まとまりに強く影響を与える部位である。
更に,レインブーツは,濡れて滑りやすい路面に適した形態であるかが考慮されるため,需要者は靴底の形態にも注目するといえる。
以上の通り,ブーツ,中でも特にレインブーツを観察,選択することからすれば,全体の意匠的まとまりが最も強く需要者の注意を惹く部分であるということができる。

イ 本件登録意匠に関する先行公知意匠
請求人の提出に係る意匠の他に,本件意匠に関連する先行公知意匠として以下の意匠の存在が認められる。

先行公知意匠1(乙1)
ヒラキ株式会社が発行したカタログ「ひらきっず 2008」の46頁右上に掲載された「キッズレインブーツ」の意匠 発行日:2008年6月1日
先行公知意匠2(乙1)
ヒラキ株式会社が発行したカタログ「ひらきっず 2008」の46頁左上に掲載された「キッズレインブーツ」の意匠 発行日:2008年6月1日
先行公知意匠3(乙1)
ヒラキ株式会社が発行したカタログ「ひらきっず 2008」の45頁最上段に掲載された「キッズレインブーツ」の意匠 発行日:2008年6月1日
先行公知意匠4(乙2)
Amazon.comのウェブサイトで公開された「UGG Women’s Mini Bailey Button」の意匠 公知日:2005年10月4日(ウェブページに記載されたDate first available at Amazon.comに記載された日付)
先行公知意匠5(乙3)
Amazon.co.jpのウェブサイトで公開された「TATAMI Tunis BM874001 Mocca」の意匠 公知日:2009年10月7日(ウェブページに記載されたAmazon.co.jpでの取り扱い開始日に記載された日付)
先行公知意匠6(乙4)
Amazon.co.jpのウェブサイトで公開された「クラークスメンズデザートブーツ」の意匠 公知日:2009年9月2日(ウェブページに記載されたAmazon.co.jpでの取り扱い開始日に記載された日付)
先行公知意匠7(乙5)
意匠登録第1077684号に係る意匠 発行日:2000年7月4日
先行公知意匠8(乙6)
意匠登録第1173752号に係る意匠 発行日:2003年5月19日
先行公知意匠9(乙7)
意匠登録第1143955号に係る意匠 発行日:2002年6月17日

ウ 検討
本件意匠の(カ)の態様に関し,本件意匠は,履き口を縁取る太い帯状部に網目模様が付されている。この網目模様は,単一色で構成されたその他の部分と対照的であり,帯状部が太く形成されている点と相撲って需要者の注意を強く惹く。
一方,本件意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様のうち,靴底及び履き口の態様を除く態様は,公知ないし周知の態様であったり,物品の機能を確保するために不可欠な形状である。詳細は以下の通りである。
本件意匠の出願時において,先行公知意匠1は,本件意匠の(ア)?(工)の態様,及び(力)の態様のうち履き口の周縁に太い帯状部が設けられた態様が組み合わされた態様を開示しており,当該態様は公知のありふれた態様である。先行公知意匠2,3,9も本件意匠(ア)?(工)の態様が組み合わされた態様を開示している。なお,オブリーク・ラウンドトゥ(頂が親指側に寄っている丸い爪先形状)は,先行公知意匠5にも表れているようにブーツにおいて極めて周知のありふれた様式である。また,本件意匠の(イ)の態様のうち,踵の上端から下端にかけて漸次幅が広がる形状は,靴本体部の踵側の部分を使用者の踵に係合させることによって歩行時にレインブーツが脱げるのを防止するための形状であって,靴の脱落防止機能を確保するために不可欠な形状である。また,極めてありふれた周知の形態である。
本件意匠の(オ)の縫製線の態様のうち,全周切替しラインの態様は,先行公知意匠4,7,8に示すように公知のありふれた態様であり,また,靴本体部及び筒部の全体的な色(黒色)と同色で表され,看者の注意を惹く度合いは低い。
本件意匠の(キ)の態様のうち,アウトステッチの態様は,先行公知意匠4,6に示すようにブーツにおいて公知のありふれた態様である。また,意匠全体からみて細部の態様であり,更に,靴底部と靴本体部との間に段差等によって両者の境界を表す装飾を施すことが一般的であることも鑑みると(先行公知意匠1?9の全てにおいて両者の境界が表れている),本件意匠のアウトステッチ周辺の態様が看者の注意を惹く度合いは低い。
同様に,本件意匠の(キ)の態様のうち,靴底部の側面は,斜視図に表れているように,靴本体部によって隠れて視認されにくい部位であり,また意匠全体からみて細部の態様である。また,靴底部の凹凸は,例えば古くから用いられている天然ゴム素材の靴底にみられる極めてありふれた形態であり,本件意匠の靴底部の側面の態様が看者の注意を惹く度合いは低い。
以上より,本件意匠のうち,需要者の注意を最も惹きやすい態様は,(力)の履き口の周縁部の態様において網目模様を付した太い帯状部を設けた点を核とした全体の意匠的まとまりにあるといえる。

(2)共通点・差異点
請求人の主張する共通点,差異点を整理すると,以下のとおりであると解釈される。
(共通点)
(A)筒部を備える全体的な態様
(B)靴本体部の爪先及び踵の形状
(C)筒部形状(靴本体部から垂直に延びる形状,横長楕円の履き口形状)
(D)靴底の踵部分が厚い
(E)全周切替しラインの大まかな形状
(F)靴底部のアウトステッチ及び側面の模様
(差異点)
(a)全周切替しラインの具体的な形状
(b)靴本体部の側面の上下方向のステッチライン(縫い目及び継ぎ目の段差)の有無
(c)筒部の側面の上下方向のステッチライン(縫い目及び継ぎ目の段差)の有無
(d)筒部の背面の上下方向のステッチライン(縫い目及び継ぎ目の段差)の有無
(e)履き口の周縁の態様
(f)履き口の突出片(チョボ)の有無
(g)靴底の模様

(3)類否判断
まず,要部についてみると,本件意匠は,履き口に周縁を縁取る網目模様が付された太い帯状部を有するのに対し,イ号意匠は,他の部位と同系統の色の細い帯状部を有しており,上記差異点(e)の通り,両意匠は要部において差異を有する。
この差異点によって,本件意匠は,全体として装飾的な美観を与えているのに対し,イ号意匠は,シンプルな美観を与えている。更に,上記差異点(f)の通り,本件意匠は,履き口の踵側に突出片(チョボ)が設けられていないのに対し,イ号意匠は,履き口の踵側に突出片(チョボ)が設けられ,両意匠の差異を一層際立たせている。
また,他の差異点(a)?(d),及び(g)が本件意匠とイ号意匠との差異を一層際立たせている。特に,需要者が注目する差異点(g)の靴底の態様の差異は,本件意匠とイ号意匠とが異なるとの印象を強く与えている。また,差異点(a)?(d)は,差異点(e)との意匠的まとまりによって,本件意匠とイ号意匠とが異なるとの印象を強く与えている。また,本件意匠の差異点(a)(b)の縫い目及び継ぎ目の段差の態様は,本件意匠が実際に布地を縫い合わせて製造された印象を与えているのに対し,イ号意匠の差異点(a)(c)(d)の装飾線,縫い目及び継ぎ目の段差の態様は,イ号意匠が一体成形によって製造された印象を与えており,本件意匠とイ号意匠とが異なるとの印象を強く与えている。
一方,共通点についてみると,共通点(A)?(D)が組み合わされた態様は,公知のありふれた態様であり,全体の美感に与える影響は小さい。
また,共通点(E)に係る全周切替しラインは,上述の通り,靴本体部及び筒部の全体的な色(黒色)と同色で表され,視認しにくく,全体の美感に与える美感は小さい。また,共通点(E)に係る全周切替しラインは,差異点(a)に係る装飾線,差異点(b)のステッチライン,及び差異点(c)のステッチラインと一体的に視認され,その結果,両意匠は異なるとの印象を与えている。換言すると,共通点(E)に係る全周切替しラインの態様が単独で意匠の美感に与える影響はわずかである。
更に,共通点(F)は,上述の通り看者の注意を惹く度合いは低く,全体の美感に与える影響は小さい。
したがって,本件意匠とイ号意匠との差異点が意匠全体の美感に与える影響は,本件意匠とイ号意匠との共通点に係る態様が意匠全体の美感に与える影響を凌駕し,需要者に対して,イ号意匠は,本件意匠と異なる美感を与えている。

(4)出願経過について
請求人は,「共通点(A)?(F)は,一体となって,全体の形態的まとまりを形成し,同時にその形態のまとまりが,本件登録意匠の特徴を最もよく表す」と主張し,「両意匠の共通点は,類否判断に極めて大きな影響を及ぼす」と主張する。
ところで,本件意匠は,乙8に示す意匠(以下,別件意匠という)を本意匠とする関連意匠として出願された意匠である(乙9)。本件意匠と別件意匠は,共通点(A)?(F)に係る態様を共に備え,実質的に履き口の態様(判定請求書の差異点(e)の本件登録意匠の態様)のみが相違する。
そして,本件意匠は,審査において,別件意匠と類似せず,意匠法第10条第1項の規定に該当しないとして,拒絶理由の通知を受けた(乙10)。これに対し,本件意匠の出願人は,審査官の認定に反論せずに審査官の認定を受け入れ,本意匠の表示を削除する手続補正を行った(乙11)。その結果,本件意匠は登録査定を受けた。
したがって,共通点(A)?(F)のまとまりが本件登録意匠の特徴を最もよく表すという主張は,出願経過に矛盾するものであり,包袋禁反言の原則に反し,許されない。

(5)結び
以上の通り,本件意匠とイ号意匠との差異点が意匠全体の美感に与える影響は,本件意匠とイ号意匠との共通点に係る態様が意匠全体の美感に与える影響を凌駕し,需要者に対して,イ号意匠は,本件意匠と異なる美感を与えている。よって,イ号意匠及びその説明書に示す意匠は,本件意匠に類似しないとの判定を求める。

3 証拠方法
乙第1号証 ヒラキ株式会社が発行したカタログの写し
乙第2号証 Amazon.comの商品販売ページの写し
乙第3号証 Amazon.co.jpの商品販売ページの写し
乙第4号証 Amazon.co.jpの商品販売ページの写し
乙第5号証 意匠登録第1077684号公報の写し
乙第6号証 意匠登録第1173752号公報の写し
乙第7号証 意匠登録第1143955号公報の写し
乙第8号証 意匠登録第1381727号公報の写し
乙第9号証 本件意匠の意匠登録願の写し
乙第10号証 本件意匠の審査経過に係る拒絶埋由通知書の写し
乙第11号証 本件意匠の審査経過に係る手続補正書の写し

第4 請求人の弁駁

1 弁駁の趣旨
本件判定請求人は,請求の趣旨どおりの判定を求め,本件判定被請求人の答弁に対し,要旨以下のとおり主張し,証拠方法として,甲第21号証を提出した。

2 答弁書に対する弁駁
(1)答弁の理由(4)への弁駁
判定請求書において,請求人が本件登録意匠にかかる製品の開発並びに改良の経緯について述べているように,製品No.710(甲第5号証),製品No.711(甲第6号証),製品No.712(甲第7号証?甲第13号証)の3タイプが存在する。

製品No.710(甲第5号証)
2009年製品カタログに「2009Autumn & Winter」と記載されているように,秋冬の季節限定製品として位置づけられる。そのため,履きロを雪模様やファーの仕様にしてブーツが使用される冬場の季節感を演出した製品として発表を行った。
製品No.711(甲第6号証)
上記製品No.710のようにファッションに特化した季節限定製品ではなく,一般大衆の需要者向けのオールシーズン対応製品とするため,より軽装な履き口の仕様に変更した。
製品No.712(甲第7号証?甲第13号証)
上記製品No.711のオールシーズン対応製品の改良版として,取引先との商談を経て顧客の要望に応えるべく,履き口をシンプルな仕様に改良した。履きロをより一般的な仕様にすることにより,後述するように本件登録意匠の特徴と共通する態様が一層強調される。また,製品No.712の意匠とイ号意匠は酷似している。

請求人は,本件登録意匠(意願2009-24870号)の出願経過において,出願当初に本意匠としていた意匠出願(意願2009-24866号/意匠登録第1381727号,乙第8号証)と類似しないとの拒絶理由通知を受けて,本意匠の表示を削除する手続補正書を提出して,登録に至った経緯がある。
オールシーズン対応製品の本件登録意匠と秋冬季節限定製品の乙第8号証意匠は,確かに履き口の態様を除く意匠の構成態様は共通する。しかし,オールシーズン対応製品と秋冬季節限定製品と比べると,履き口の仕様が大きく異なることから,独立の意匠として登録を受けた次第である。そのため,軽装な履きロの仕様に変更した本件登録意匠については,履きロの態様に需要者の注意が惹かれるのではなく,判定請求書において「共通点(A)?(F)のまとまりが本件登録意匠の特徴を最もよく表す」という請求人の主張は,出願経過に矛盾するものではないといえる。
以上,答弁書の答弁の理由(4)には理由がない。

(2)答弁の理由(1)への弁駁
被請求人は,本件登録意匠の要部について,「本件意匠のうち,需要者の注意を最も惹きやすい態様は,(カ)の履き口の周縁部の態様において網目模様を付した太い帯状部を設けた点を核とした全体の意匠的まとまりにあるといえる。」と主張している。
しかしながら,意匠に係る物品「ブーツ」の特に「レインブーツ」は,防水のために使用する履物であることから,防水構造が最も重視されるため,靴本体部の形状(シルエット),筒部の形状(シルエット),靴底部の形状(シルエット)からなる全体の基本的な構成態様が需要者の最も注意を惹く態様であるといえる。
このことは,履き口を一般的でシンプルな仕様(製品No.712)に改良することにより,本件登録意匠の特徴と共通する態様が需要者に注目され,甲第14号証に示すように平成27(2015)年には年間10万足を突破するヒット商品となった事実から証明できるものと考える。
即ち,一般大衆の需要者向けのオールシーズン対応型レインブーツについて,靴本体部の形状(シルエット)筒が部の形状(シルエット),靴底部の形状(シルエット)が取引者・需要者の注意を最も惹きやすい部分であるといえることから,これが本件登録意匠の要部として把握できる。
以上,答弁書の答弁の理由(1)には理由がない。

(3)答弁の理由(3)への弁駁
被請求人は,類否判断における要部について,「本件意匠は履き口に周縁を縁取る網目模様が付された太い帯状部を有するのに対して,イ号意匠は,他の部位と同系統の色の細い帯状部を有しており,上記差異点(e)の通り,両意匠は要部において差異を有する。」と主張している。
しかしながら,本件登録意匠の履きロの周縁の態様について,上述したようにオールシーズン対応の意匠とするため,軽装な履きロの態様に変更している。一方,イ号意匠の履きロの周縁の態様及び履きロの突出片(チョボ)について,他の部位と同系色の細い帯状部を有するとともに,履き口の腫側に突出片(チョボ)を設けることは公知のありふれた態様である(甲第15?17号証,甲第21号証)。
また,イ号意匠の履きロの周縁の態様及び履き口の突出片(チョボ)の態様は,請求人にかかる製品No.712の態様(履き口をより一般的な仕様にする)と共通する。従って,差異点(e)は,両意匠の要部における差異とは認められないため,類否判断に及ぼす影響は微弱である。
従って,判定請求書において,請求人が述べているように,両意匠の差異が類否判断に及ぼす影響は,いずれも軽微,或いは微弱なものというほかなく,その関連する視覚効果を考慮しても,共通点が形成する形態全体のまとまりを覆すには到底至らず,両意匠においては,共通点が類否判断に極めて大きな影響を及ぼし,差異点を凌駕するので,意匠全体として類似するものである。
以上,答弁書の答弁の理由(3)には理由がない。

(4)むすび
イ号意匠及びその説明書に示す意匠は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属するので,請求の趣旨どおりの判定を求める。

3 証拠方法
請求人は,公知意匠を補足するために,下記物件を追加提出した。
甲第21号証 森川ゴム工業所の2011年インジェクション製品シリーズ総合カタログの写し

第5 当審の判断

1 本件登録意匠
本件登録意匠は,意匠に係る物品を「ブーツ」とし,その形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下「形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合」を「形態」という。)を,願書の記載及び願書に添付した図面に記載されたとおりとしたものである(別紙第1参照)。
本件登録意匠の形態は,具体的には以下のとおりである。
(1)全体を,履き口となる上部を開口した筒部,足の甲から踵を覆う靴本体部,及び靴底部により構成し,正面視における筒部の横幅と靴本体部の横幅の比率を約1:2とし,筒部の高さと全体の高さの比率を約1:2としたものであり,筒部の形態は,平面視横長の略楕円形で,下方に向かい漸次僅かに窄まる態様とし,靴本体部の形態は,筒部の下端から滑らかに連続して足型に広がる湾曲面状で,平面視親指側にやや膨らんだ態様とし,靴底部の形態は,靴本体部下端より周方向に僅かに広がって段差を形成し,側面視中央付近から踵部にかけて緩やかに厚みが増す態様としたものである。
(2)筒部上部の開口端部には,やや幅広の帯状縁部が形成され,その表面全体には整列した細かい略ドット状の模様が付されている。
(3)筒部と靴本体部の境界付近には,周囲に亘って浅い段差部が形成され,その段差部は踵側と甲側の位置が高く,そこから両側部に向かい緩やかに下降する曲線状とし,当該段差部のすぐ下に段差部に沿って1本の縫合線状凹凸が形成されている。
(4)靴本体部両側部には,筒部下端にある段差部の正面視及び背面視略中央から靴本体部下端まで略垂直状の浅い段差部が形成され,その長さを靴全体の高さの約4分の1とし,当該段差部のすぐ横の踵側に段差部に沿って1本の縫合線状凹凸が形成されている。
(5)靴底部の側面及び底面全体には,不規則な細かい凹凸が形成され,底面には,さらに踵側に略渦巻き状の凹条と中央付近からつま先側にかけて複数の略波線状の凹状とが形成され,また,靴本体部下端外周に沿って1本の縫合線状凹凸が形成されている。

2 イ号意匠
本件判定請求の対象であるイ号意匠は,判定請求書と同時に提出されたイ号意匠及び説明書(甲第3号証)により示されたものであって,ヒラキ株式会社の「品番63519」のインターネット広告(甲第4号証)によれば,意匠に係る物品は「レインブーツ」と認められ,その形態を,イ号意匠及び説明書(甲第3号証)により表されたとおりとしたものである(別紙第2参照)。
イ号意匠の形態は,具体的には以下のとおりである。
(1)全体を,履き口となる上部を開口した筒部,足の甲から踵を覆う靴本体部,及び靴底部により構成し,正面視における筒部の横幅と靴本体部の横幅の比率を約1:2とし,筒部の高さと全体の高さの比率を約1:2としたものであり,筒部の形状は,平面視横長の略楕円形で,下方に向かい漸次僅かに窄まる態様とし,靴本体部の形状は,筒部の下端から滑らかに連続して足型に広がる湾曲面状で,平面視親指側にやや膨らんだ態様とし,靴底部の形状は,靴本体部下端より周方向に僅かに広がって段差を形成し,側面視中央付近から踵部にかけて緩やかに厚みが増す態様としたものである。
(2)筒部上部の開口端部には,細い縁部が形成され,当該縁部の踵側に帯体をループ状にした突出片が形成されている。
(3)筒部と靴本体部の境界付近には,周囲に亘って浅い段差部が形成され,その段差部は踵側と甲側の位置が高く,そこから両側部に向かい緩やかに下降する曲線状とし,当該段差部のすぐ下に段差部に沿って1本の縫合線状凹凸が形成され,さらにその縫合線状凹凸のすぐ下に縫合線状凹凸に沿って畝状に盛り上がった2本の凸条が形成されている。
(4)筒部両側部には,筒部下端にある段差部の正面視及び背面視略中央から筒部上部の縁部まで略垂直状の浅い段差部が形成され,その長さを靴全体の高さの約2分の1とし,当該段差部のすぐ横の踵側に段差部に沿って2本の縫合線状凹凸が形成され,さらにその縫合線状凹凸のすぐ横の踵側に縫合線状凹凸に沿って畝状に盛り上がった1本の凸条が形成されている。
(5)靴底部の側面及び底面外縁部には,不規則な細かい凹凸が形成され,底面の内側部には,多数の小さな略山状突起が整列して形成され,また,靴本体部下端外周に沿って1本の縫合線状凹凸が形成されている。
(6)筒部の踵側には,上下方向に延びる帯状段差部を形成し,その帯状段差部左右両端に縫合線状凹凸が形成されている。

3 対比
(1)意匠に係る物品の対比
本件登録意匠の意匠に係る物品は「ブーツ」であり,イ号意匠の意匠に係る物品は「レインブーツ」であるから,いずれも踝以上に及んで脚部を覆う靴であって,本件登録意匠とイ号意匠(以下「両意匠」という。)の意匠に係る物品は,用途及び機能が共通する。

(2)形態の対比
ア 形態の共通点
(共通点1)両意匠は,筒部,靴本体部及び靴底部による基本構成と,筒部,靴本体部及び靴底部の各部の外形状において共通する。
(共通点2)両意匠は,筒部と靴本体部の境界付近に周囲に亘って曲線状に形成された浅い段差部と,段差部に沿って形成された1本の縫合線状凹凸を有する点において共通する。
(共通点3)両意匠は,靴底部の側面に不規則な細かい凹凸が形成され,靴本体部下端外周に沿って1本の縫合線状凹凸が形成されている点において共通する。

イ 形態の相違点
(相違点1)本件登録意匠の筒部上部の開口端部には,やや幅広の帯状縁部が形成され,その表面全体には整列した細かい略ドット状の模様が付されているのに対し,イ号意匠の筒部上部の開口端部には細い縁部が形成され,当該縁部の踵側に帯体をループ状にした突出片が形成されている点において,両意匠は相違する。
(相違点2)イ号意匠は,筒部と靴本体部の境界付近に形成された縫合線状凹凸の下に畝状に盛り上がった2本の凸条が形成されているのに対し,本件登録意匠には凸条が形成されていない点において,両意匠は相違する。
(相違点3)両側部の略垂直状の浅い段差部及び縫合線状凹凸について,本件登録意匠は靴本体部に形成されているのに対して,イ号意匠は筒部に形成され,その位置及び長さが異なるものとなっており,さらに,縫合線状凹凸の数は,本件登録意匠が1本であるのに対して,イ号意匠は2本であり,イ号意匠には縫合線状凹凸の横に畝状に盛り上がった1本の凸条が形成されているのに対して,本件登録意匠には凸条が形成されていない点において,両意匠は相違する。
(相違点4)本件登録意匠は,靴底部の底面に略渦巻き状及び略波線状の凹条が形成されているのに対し,イ号意匠の靴底部底面には,多数の小さな略山状突起が形成されている点において,両意匠は相違する。
(相違点5)イ号意匠は,筒部踵側の上下方向に,縫合線状凹凸を左右端部に有する帯状段差部が形成されているのに対して,本件登録意匠には帯状段差部が形成されていない点において,両意匠は相違する。

4 判断
(1)意匠に係る物品の類否判断
両意匠の意匠に係る物品は,用途及び機能が共通するから,類似する。

(2)形態の共通点及び相違点の評価
ア 共通点の評価
共通点1は,筒部,靴本体部及び靴底部による基本構成と,筒部,靴本体部及び靴底部の各部の外形状に関する共通点であるが,両意匠の基本構成及び各部の形状は,この種物品分野において,本件登録意匠出願前に先行意匠が存在しており(例えば,意匠登録第1109877号の長靴の意匠(参考意匠1:別紙第3参照),及び意匠登録第1143955号の長靴の意匠(参考意匠2(被請求人提出の乙第7号証):別紙第4参照)),特徴的なものとはいえないから,需要者の注意をさほど惹くものではなく,共通点1が意匠全体の美感に与える影響は小さい。
共通点2は,筒部と靴本体部の境界付近に周囲に亘って曲線状に形成された浅い段差部と縫合線状凹凸の共通点であるが,両意匠の当該態様は,この種物品分野において,本件登録意匠出願前に先行意匠が存在しており(例えば,意匠登録第1077677号の深靴の意匠(参考意匠3:別紙第5参照),及び意匠登録第1173752号の深靴の意匠(参考意匠4(被請求人提出の乙第6号証):別紙第6参照)),特徴的なものとはいえないから,需要者の注意をさほど惹くものではなく,共通点2が意匠全体の美感に与える影響は小さい。
共通点3について,靴底部の側面に不規則な細かい凹凸を形成することは,この種物品分野において,本件登録意匠出願前に先行意匠が存在しており(例えば,意匠登録第1360016号の長靴の意匠(参考意匠5:別紙第7参照)),特徴的なものとはいえないから,需要者の注意をさほど惹くものではなく,また,靴本体部下端外周に沿って縫合線を形成することも,この種物品分野において,本件登録意匠出願前に先行意匠が存在しており(例えば,意匠登録第1098646号の深靴の意匠(参考意匠6:別紙第8参照)),特徴的なものとはいえないから,需要者の注意をさほど惹くものではなく,したがって,共通点3が意匠全体の美感に与える影響は小さい。

イ 相違点の評価
相違点1について,本件登録意匠の筒部上端の帯状縁部の態様は,表面に略ドット状模様が付されていることも考慮すれば,この種物品分野の先行意匠に照らしてありふれた態様とはいえず,また,目につきやすい部分でもあるから,需要者の注意を惹く部分であって,イ号意匠の筒部上端の細い縁部及びループ状の突出片の態様は,この種物品分野において,本件登録意匠出願前に先行意匠が存在しており(例えば,意匠登録第1257468号の深靴の意匠(参考意匠7(請求人提出の甲第17号証):別紙第9参照)),特徴的なものではなく,縁部が細く模様のない,さほど目立たないものであるのに対し,本件登録意匠の縁部は,模様を付して幅広の帯状とした目立つものであって,視覚的印象が大きく異なるから,両意匠は,筒部上部の美感に大きな差異があるといえる。
相違点2について,イ号意匠が,筒部と靴本体部の境界付近に,曲線状の段差部及び縫合線状凹凸に加えて畝状に盛り上がった2本の凸条を形成している態様は,この種物品分野の先行意匠に照らしてありふれた態様とはいえず,また,目につきやすい部分でもあるから,需要者の注意を惹く部分であって,本件登録意匠が浅い段差と細かい縫合線状凹凸のみによるすっきりとした印象であるのに対し,イ号意匠は2本の凸条が加わって幅広帯状の装飾的凹凸面が形成されている印象であって,視覚的印象が大きく異なるから,両意匠は,筒部下部の美感に大きな差異があるといえる。
相違点3について,イ号意匠が,筒部両側部に略垂直状の段差部及び縫合線状凹凸に加えて畝状に盛り上がった1本の凸条を形成している態様は,この種物品分野の先行意匠に照らしてありふれた態様とはいえず,また,目につきやすい部分でもあるから,需要者の注意を惹く部分であって,本件登録意匠の靴本体部両側部の態様が浅い段差と細かい縫合線状凹凸のみによるすっきりとした印象であるのに対し,イ号意匠は縫合線状凹凸を2本とし,さらに1本の凸条が加わって幅広帯状の装飾的凹凸面が形成されている印象であって,靴本体部両側部か筒部両側部かという位置の相違,及び,靴全体の高さの約4分の1か約2分の1かという長さの相違も併せて視覚的印象が大きく異なるから,両意匠は靴本体部及び筒部の両側部の美感に大きな差異があるといえる。
相違点4について,靴底の底面は目につきにくい部分であり,需要者の注意をさほど惹く部分ではないから,相違点4が意匠全体の美感に与える影響は小さい。
相違点5について,イ号意匠が,縫合線状凹凸を左右端部に有する帯状段差部を筒部踵側の上下方向にのみ形成している態様は,この帯状段差部を上端部と靴底部を除く靴の後面全体に亘って形成した意匠が,この種物品分野において,本件登録意匠出願前に存在しており(例えば,意匠登録第1081861号の雨靴の意匠(参考意匠8(請求人提出の甲第15号証):別紙第10参照)),イ号意匠の当該帯状段差部の態様は,その形成する範囲についてまで先行意匠に見られるものとはいえないものの,特徴的という程ではないから,需要者の注意をさほど惹くものではなく,相違点5が意匠全体の美感に与える影響は小さい。

類否判断
両意匠の形態における共通点及び相違点の評価に基づき,意匠全体として総合的に観察した場合,両意匠は,上記相違点1ないし3の評価のとおり,需要者の注意を惹く筒部上部及び下部,並びに,筒部両側部及び靴本体部両側部において美感に大きな差異があり,筒部,靴本体部及び靴底部による基本構成や各部の外形状等が共通することを考慮しても,意匠全体として観察した際に異なる美感を起こさせるものといえる。
したがって,両意匠は,意匠に係る物品は類似するが,その形態において,需要者に異なる美感を起こさせるものであるから,両意匠は類似しない。

5 むすび
以上のとおりであるから,イ号意匠は,本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属しない。
よって,結論のとおり判定する。
別掲
判定日 2018-05-25 
出願番号 意願2009-24870(D2009-24870) 
審決分類 D 1 2・ 1- ZB (B5)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 神谷 由紀 
特許庁審判長 木本 直美
特許庁審判官 竹下 寛
江塚 尚弘
登録日 2010-02-19 
登録番号 意匠登録第1383163号(D1383163) 
代理人 足立 彰 
代理人 特許業務法人 有古特許事務所 

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