• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判    L4
管理番号 1358689 
審判番号 無効2019-880001
総通号数 242 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2020-02-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2019-01-30 
確定日 2019-12-23 
意匠に係る物品 雪止め金具 
事件の表示 上記当事者間の意匠登録第1619587号「雪止め金具」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。
理由
第1 事案の概要

本件は,請求人が,被請求人が意匠権者である意匠登録第1619587号の意匠(以下「本件登録意匠」という。)についての登録を無効とすることを求める事案である。
本件登録意匠は,平成30年(2018年)6月18日に意匠登録出願(意願2018-13331)されたものであって,審査を経て平成30年11月9日に意匠権の設定の登録がなされ,平成30年12月3日に意匠公報が発行されたものであって,その後,当審において,以下の手続を経たものである。
平成31年 1月30日付け:審判請求書の提出
平成31年 3月29日付け:審判事件答弁書の提出
令和 1年 5月 9日付け:審判事件弁駁書の提出
令和 1年 5月22日付け:審理事項通知書の送付
令和 1年 8月 6日付け:口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
令和 1年 8月22日付け:口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
令和 1年 9月 5日 :口頭審理

第2 請求人の主張の概要

1 審判請求書
請求人は,平成31年1月30日付け審判請求書を提出し,「登録第1619587号意匠の登録を無効とする,審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求める。」と申し立て,その理由として以下のように主張するとともに,その主張事実を立証するため,証拠方法として甲第1号証から甲第5号証の書証を提出した。
(1)手続の経緯
出 願 日 平成30年 6月18日
登 録 日 平成30年11月 9日
意匠公報発行日 平成30年12月 3日

(2)意匠登録無効の理由の要点
本件登録意匠は,甲第1号証に係る意匠に類似するものであるから,意匠法第3条第1項第3号の規定により,意匠登録を受取ることができないものであり,同法第48条第1項第1号により,登録無効とすべきである。

(3)本件意匠登録を無効とすべき理由
ア 本件登録意匠の要旨
意匠法は「意匠とは,物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美感を起こさせるものをいう。」(法2条1項)と定義しているから,本件登録意匠は「雪止め金具の形状及び模様との結合」から成る意匠であると認定することができる。
また,願書における【意匠に係る物品の説明】の項を見ると,「本物品は,一枚の金属板を加工することによって,屋根のハゼ部に挟持固定する挟持部と,屋根の雪をせき止める羽根板部とが,一体連設状態に設けられている一枚板構造の雪止め金具である。」との記載があり,また【意匠の説明】を見ると,「各図にあらわされた細線は,立体表面の形状をあらわす稜線である。」との記載がある。
そこで,本件登録意匠の構成態様を,願書に添付された図面に記載された形態に基づいて説明すると,次のとおりである。
(ア)左右方向に開設した2枚の羽根板が少許間隔をおいて隣接し,この羽根板の底部には前方向に巾狭の直角曲折部を設ける。
(イ)前記両羽根板の中央面部分には表裏の凹凸面部を形成する。
(ウ)前記両羽根板の隣接し合う中央部は相互に後方向に直角に曲折し,それぞれ前記両羽根板の上端部と同高さの挟持部を設けるが,両挟持部の上端部は一体に連設形成されている。
(エ)前記左右両挟持部間の前後2か所には螺子を各架設し,本具の取付け時には2本の各螺子を緊締する。(図面上,緊締間隔は任意)
(オ)前記左右両挟持部の底面部には,それぞれ波形状の凹凸部を形成する。この左右両挟持部の底面部を竪平葺屋根面(ハゼ部)に挟持しかつ螺子を緊締すれば,【使用状態を示す参考図】に示した状態のように取り付けられる。
(カ)前記左右両挟持部の一方の中間部には縦形凹溝部を設ける。(左側面図参照)
(キ)この意匠に係る物品は,竪平葺屋根に取り付けることを目的に創作された雪止め具である。

イ 出願前公知の意匠(意匠法第3条第1項の適用)
本件登録意匠に係る前記構成態様(形態)から成る雪止め金具は,その出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された意匠に類似する意匠である。そして,これらの刊行物については,本件登録意匠に係る意匠公報の4頁最後の【参考文献】の項に例示されている。
(ア)意匠登録第1297078号意匠公報(2007年2月23日登録)(甲第1号証)
(イ)特開2007-309009号公報→特許第4838632号特許公報(2011年10月7日登録)(甲第2号証)

(ア)意匠登録第1297078号意匠公報に係る意匠について(甲1)
この意匠は本件審判請求人会社の出願に係るものであり,平成18年(2006年)5月15日に出願し,平成19年(2007年)2月23日に設定登録された意匠であり,「意匠に係る物品の説明」の項に記載しているとおり,「主として竪平葺屋根における雪止め具である。」
a 左右方向に開設した2枚の羽根板が少許間隔をおいて隣接し,この羽根板の底部には前方向に巾狭の直角曲折部を設ける。
b 前記左右両羽根板の中央面部には表裏に凹凸面部を形成する。
c 前記左右両羽根板の隣接し合う中央部は相互に後方向に直角に曲折しそれぞれ前両記羽根板(当審注:「前記両羽根板」の誤記と認められる。)の上端部と同高さの挟持部を設けるが,両挟持部の上端部はそれぞれ開放され,両把持部の上端部には間隙部がある。
d 前記左右両挟持部間の前後2か所には螺子を各架設し,本具の取付時には2本の各螺子を緊締する。
e 前記左右両挟持部の底面部には,それぞれ波形状の凹凸部を形成する。この左右両挟持部の底面部を竪平屋根面に挟持しかつ螺子を緊締した状態図は,甲2の特許公報における図6,図7,図9,図11に示されている。
f 前記左右両挟持部の中間部上方には縦形凹溝部を設ける。
g この意匠に係る物品は,竪平葺屋根に取付けることを目的に創作された雪止め具である。
そこで,甲1に係る公知意匠の各図と本件登録意匠の各図とを対比した図面を甲第3号証として提出する。
(イ)特許第4838632号特許公報に係る図面について(甲2)
この特許発明の目的は,竪平屋根面に取付けられる雪止め具は,従来の特開2000-199311号公報,特許第334527号(当審注:「特許第3345278号」の誤記と認められる。)公報に見られるように,一定形状の羽根板材とこの羽根板材の後背面部中央に一体に固着して後側方に延設される左右の取付け板材の3部品で構成されているものであるため,部品製造のコスト高と組立て工程の複雑による時間がかかったことの欠点を解消するために,従来の雪止め具の製造法を根本的に改良した画期的な雪止め具を提供することを目的としたのである。そして,甲2に係る特許発明の特許出願日は2006年5月19日であるのに対し,甲1に係る意匠の出願日は2006年5月15日である。また,両者の構成,作用及び効果等については,同一当業者による視点が異なるだけであり,それぞれの創作上の特徴は図面において表現し記載されているのである。
そこで,甲2に係る発明が目的を達成するために構成した手段は,「特許請求の範囲」の項に説明しているとおりである。
a 1枚の板材全体を,左右対称に直角形状に弯曲折してそれぞれ半羽根部及び半把持部を形成する。
b 両半把持部間を接合し得るようにするとともに両半羽根部を前面左右両側方に展開する。
c 半羽根部の横中央部には半把持部に及んで凸凹面を形成する。
d 両半把持部の底辺部には内側方向にそれぞれ波形部を形成する。
e 屋根用雪止め具。
このような製法により構成した雪止め具のデザイン効果としては,比較的地味な屋根面において,弯曲した多数の羽根板が,あたかも蝶が舞っているような美観を呈したかたちとなって表現されている。
したがって,甲1に係る意匠にあっては,甲2に係る発明と相侯って,当業界において大きな経済的効果を挙げているのである。
(ウ)本件登録意匠と甲1意匠の形態の共通点と差異点
a 共通点
本件登録意匠の創作の目的は,その意匠についての特許出願の内容がまだ公開されていないから不明であるが,【意匠に係る物品部説明】(当審注:「【意匠に係る物品の説明】」の誤記と認められる。)から推察するに,従来,特開2005-264668号公報(2005年9月29日公開・特許4290591号)(甲5)などに見られるような雪止め具の構造を改良した一枚板構造の雪止め金具を提供することを目的としていることは,両者ほぼ共通しているといえる。
したがって,本件登録意匠と甲1意匠との構成態様が共通している点といえば,前面羽根板とその中間部後方に連設する挟持部材とを,従来は別部材として製作構成していたのを,一体の一部材として構成している点である。
b 差異点
他方,差異点としては,本件登録意匠が前面部の左右羽根板と中間部後方部の挟持部とが一体に連設して成るのに対し,甲1の雪止め具はその左右各羽根板は,後方に取付く各挟持部とそれぞれ一体に成形して成るものであるも,相互に相対する別材である点で相異する態様になる。
c 評価
そこで,本件登録意匠と甲1意匠との異同を対比して評価すると,意匠創作の目的と効果の点においては両者とも共通しているから,具体的な製造法の違いは,本件物品の意匠としての構成態様とその外観が発揮している美的効果には影響を及ぼしていない。即ち,意匠法の目的は,視覚を通じて美感を起こさせる意匠の創作を保護することにある以上,製造法や組み立て工程が異なっても,組み立てられた物品全体の形態が酷似するといえる以上,意匠全体としては類似するものと判断することができるのである。
そもそも新しい物品の創作とは,その目的と機能の発揮とを達成するために存在する物品の現実の構成態様の改良にあるところ,改良によって完成された全体の形態において,インダストリアルデザインとしての美性と理性とが発揮されていることが,新しい特徴となっていなければならないものである。
しかしながら,本件登録意匠にあっては,甲1に係る公知意匠と対比しても,その全体から格別な特徴となるものを感受することができない共通性の強いものである。
d 判断
そうすると,本件登録意匠と甲1に係る意匠とはその創作的思想は同一であり,その全体の形態は共通する構成態様から成るものといえるから,その差異点を捨象しても,その共通点は両意匠全体の創作的形態に支配的なものであると評価できるならば,本件登録意匠は甲1及び甲2に係る意匠に類似する意匠と判断することができるのである。
以上の理由によって,物品及び形態の共通点と差異点とについて評価すれば,本件登録意匠は甲1に係る意匠と類似するものといえるのである。
(エ)出願前の公知の意匠との対比(意匠法3条1項3号の適用)
なお,本件登録意匠と甲1に係る公知意匠1との各図を対比すると,次の表のようになる。(甲3)









(4)結論
以上の理由により,本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第3号の規定によって甲1に係る公知意匠に類似する意匠といえるものであるから,その登録は無効とされるべきである。

(5)証拠方法
・甲第1号証 意匠登録第1297078号意匠公報
・甲第2号証 特許第4838632号特許公報
・甲第3号証 甲第1号証と本件登録意匠の各図を対比した図面表
・甲第4号証 甲1,甲2に係る意匠についてのパンフレット(会社HPから)
・甲第5号証 特開2005-264668号公報

2 審判事件弁駁書
請求人は,被請求人の平成31年3月29日付け答弁書に対し,令和1年5月9日付けで審判事件弁駁書(以下「弁駁書」という。)を提出し,要旨以下のように反論を行っている。
(1)被請求人は,本件登録意匠は甲1意匠とは非類似であるから,意匠法3条1項3号には該当せず,法48条1項1号に該当しないと主張するが,誤りである。以下,その理由を申述する。

(2)被請求人は,まず概論として,登録意匠と公知意匠(引用意匠)(当審注:以下「引用意匠」を「甲1意匠」として記載する。)との類否判断は,意匠の特徴(要部)を考慮した上で,全体観察により創作同一性の範囲にあるか否か,出所混同を生じるおそれがあるか否かをもって判断されるべきであると主張する。しかし,このような主張は誤りである。
けだし,意匠法は特許法・実用新案法と同じく創作保護法に属する法律であることは,同法第1条の規定から明らかであり,商標法とはその存在目的は異なるものであるからである。
学説の中には,意匠の類否判断を商品出所の混同と説く者もいるが,これは意匠創作の本質を知らない謬説であり,不競法や商標法の存在意義と混同している考え方である。
創作された意匠の中には,結果的に市場において,他人の登録意匠と混同するようなものがあるかも知れないが,そのような出願意匠に対しては,意匠法は第5条2号において拒絶の対象としているだけの話であり,拒絶の根拠は全く異なるのである。
次に,被請求人は,雪止め金具においては,屋根への取付部となる挟着部は,屋根タイプに応じて様々なタイプの挟持部や止着部が設計される部分であるのに対し,屋根の雪をせき止める羽根板部は屋根の軒先から見える正面部分で,様々にデザイン化される部分であるから,この羽根板部のデザインが意匠の主要部とされ,このデザインの相違(外形状の相違)が,全体観察における意匠の類否判断に比較的大きな影響を与えることとなると主張し,本件登録意匠の羽根板部と甲1の羽根板部とを比較すると,その外形状は互いに大きく異なっているし,羽根板部の正面側に折曲される設置片部(底部の直角曲折部)の形状も,正面の表面リブ(凹凸面部)の形状も互いに全く異なっていると主張する。
しかしながら,両者の羽根板部の形状デザインが,本件物品における主要部のデザインであるとするならば,本件登録意匠の羽根板部と甲1意匠の羽根板部とは,左右方向に相互に直角に曲折して雪止め作用をする部材としての形状に成ることには変わらないから,被請求人の主張には矛盾があり,同意することができない。
被請求人はまた,正面視左右方向に直角に曲折分岐した羽根板部の比較の外に,1)羽根板部の正面側に折曲される設置片部の形状が異なることを指摘するが,この部分は羽根板部を屋根面上に支持設置する作用をするだけのもので,長短の違いが見られるだけであり,全く異なっているなどといえるものでは全くないし,2)正面の表面リブ(凹凸面部)の形状が異なることも指摘するが,具体的にどう違っているのかについての指摘がないことは,凹凸面に多少の違いがあるだけのことであり,目立つものではないということである。したがって,被請求人によるこれらの部分の指摘は正鵠を得ていないといわねばならない。
また,被請求人は,本件登録意匠の羽根板部は甲1意匠のそれと同様に左右板部を中央で後方に折り返した構成をしているが,中央部分に大きな間隔が形成されている形状である点で甲1の意匠とは異なる形状であると主張する。
しかしながら,この見解は誤りである。けだし,前記各羽根板部と一体に成る左右挟着部分の間隔は,両者の正面図等に表現されているように,左右挟着部間に懸架している螺子の調整によって自由に変化するのであるから,静止状態に表現されている図面だけを見ていては正解は出て来ないのである。

(3)被請求人は,さらに具体的にと称して,本件登録意匠と甲1意匠とを対比して主張するので,これに対して以下反論する。
ア まず本件登録意匠の羽根板部は,その上縁形状がその中央部は中央から夫々左右に少し上がり傾斜し,途中から逆に左右に下がり傾斜した形状で,また下縁形状は上方に大きく弯曲した部分はなく,ほぼ水平で袴形状ではない。
これに対して,甲1意匠は,羽根板部の上縁形状は,中央水平縁から左右に下がり傾斜した形状であり,また下縁形状は中央部が大きく上方に弯曲した形状であり,また左右両端部のみが設置する袴タイプ形であるという。
しかしながら,被請求人のいずれの反論も正鵠を得ていないのである。
甲1に係る請求人登録意匠は,平成18年(2006年)5月15日に出願し,平成19年(2007年)2月23日に設定登録されたものであるのに対し,本件登録意匠の出願は平成30年(2018年)6月18日という12年以上後になされているものであり,この間には他社からの出願はなかった新分野の製品として一世を風靡したデザインであったのであるところ,これを見た同業者の被請求人が模倣しようとしたのが本件登録意匠の存在であったであろう。
したがって,被請求人による前記説明は意匠公報を見ても,換言すれば,視覚を通じて図面を見ても,よく理解することができない説明であるから,本件審判において提出している甲1意匠の創作体との相違をアピールできる反論にはなっていないのである。
しかしながら,あえて被請求人の反論に対して反論するとすれば,そのような相異点は微差であり,デザインの創作としては同一の創作体から生まれた意匠であるというしかないのである。

イ 被請求人は,甲1意匠の底部前方へ直角に折曲突出している設置片部は袴状とあいまって,左右両端部のみ平面視三角形状に突出した形状であるのに対し,本件登録意匠は左右ともほぼ中央まで突出した形状で,この設置片部の形状も互いに大きくなっていると主張するが,設置片部の設けは当該物品の取引者・需要者にとっては存否の確認さえあれば十分な部分である。

ウ 被請求人は,羽根板部における表面リブの形状が異なっていると主張するが,両意匠とも羽根板部の外形状に合わせるような形状にリブを形成している点では同じであるから,形態の類否に影響を与えるものではない。

エ 被請求人は,左右の羽根板部について,本件登録意匠は左右板がそれぞれ中央部で後方にほぼ直角に折り返された構成であるのに対し,甲1に係る意匠は,中央部で後方への折り返し部が突き合っていて,正面の前記羽根板部はほぼ面一で正面視一枚板に見える形状であるのに対し,本件登録意匠は中央部での折り返し部は突き合っていなく大きな間隔(対向間隔)が設けられて,羽根板部の中央部に間隔が形成され,正面視でも左右板が別板に見える形状となっているから,この相違は目立つもので美感を大きく異ならせていると主張するが,不明確な主張であり,全体の物品形態の構成態様を見れば,雪止め用羽根板部と取付挟持部とが器体の左右両側部に対向して構成され,前記羽根板部間を2本の螺子により連結挟持するように成るものであることは,両者共通の態様である。左右の羽根板部の中間部の間隔には,例えば立葺屋根面の立葺部分が係合して取付くようになるから,甲1意匠による場合と同じ機能を果たすものである。
したがって,この相違は目立つから両意匠の美感を大きく異ならせている,という被請求人の主張は誤りである。けだし,当該物品における構成態様部分の美感は両者共通しているからである。

オ 以上を総合して両意匠の全体を対比して判断すると,両意匠はデザインの創作体において同一の美的思想に基づいている形態から成るものであるから,類似する意匠と断ずることができるのである。したがって,被請求人の主張は誤りである。

カ 被請求人はまた,非類似としての審査登録例を挙げているが,これらはいずれも過去において類似する分野における登録例であって,本件登録意匠や甲1意匠に係る分野の同一物品に係る登録例ではないから,参考にはならないというべきである。

(4)被請求人は,最後に,本件ケースは,羽根板部が異なるだけでなく,屋根への取付部たる挟持部のデザインが全く異なるデザインとして両意匠の各図を対比しているが,ここには正面図の対比はないし,同一方向からの斜視図の対比をしていないのはおかしい。(両意匠の対比図は審判請求書7?9頁を参照されたい。)
この対比図から被請求人は,屋根への取付部たる挟持部のデザインの違いをアピールしており,本件登録意匠の挟持部が1枚の板材で形成され,左右が上部でつながっているデザインであるから,2枚背合わせの甲1意匠とは異なる形状であると主張し,羽根板部の異なることに併せて,美感が共通し(当審注:「共通せず」の誤記と認められる。),創作同一性の範囲にないから,非類似の意匠であると主張するが,誤りである。
けだし,本件登録意匠をめぐる類否判断は,具体的に表現されている物品における構成態様の創作的思想がどこにあるかを的確に把握しなければならないからである。
そうすると,本件登録意匠と甲1に係る登録意匠とは,その全体を対比すると,正面部に左右両側方に開く羽根板部とその中央部後側方に一体に構成した取付挟持部との全体的構成態様を対比すれば,美感が共通し,同一の創作体を有する意匠であるといえるから,全体として類似する意匠であると判断することができるのである。

(5)審判請求人が主張する真意は,本件登録意匠と甲1意匠とを対比してその全体の形態を視覚を通して見ると,左右に開示する羽根板部とこれと一体に中央部後方において左右両側に立設する取付挟持部とから成る物品全体の形態には,明らかに共通性が認められるから,この共通性から看者は同一の美感を感受することができるのである。
したがって,被請求人が羽根板部も挟持部も全く異なる形状であるから,両意匠は非類似であると主張していることは誤りである。

3 口頭審理陳述要領書
請求人は,口頭審理の審理事項通知に対し,被請求人の口頭審理陳述要領書送付後の令和1年8月22日付けで口頭審理陳述要領書を提出した。陳述の要領は要旨以下のとおりである。
(1)被請求人は,「単に羽根板部が中央で後方に折り返されて,その合わせ部分を挟着部とする構成が共通しているだけで,羽根板部に施されている外形状等のデザインも,挟着部に施されている外形状等のデザインも,互いに全く異なっている。」と主張し,主要部の羽根板部の外形状や挟着部は,互いに類似しないと審査判断されたことに瑕疵はないと主張するが,その理由を何ら具体的に説明していないし,誤りである。
両意匠の対比は,甲3に示した対比表によって明らかであるところ,左右に開示した羽根板部と羽根板部の中央部から直角に後方に曲折した挟持部から成る全体の構成態様は酷似しているといえるのである。
また,羽根板部の設置片部の形状を対比して見ると,両者の構成態様は全く異なっているなどといえるものでは全くないし,その正面部に見える表面リブの構成態様は,その外形状に合わせた態様から成るものであるから,羽根板部のデザインは酷似しているといえるものである。
また,被請求人は,羽根板部についてのデザイン対比において,設置片部の形状も互いに大きく異なり,この相違はその類否判断に影響を与えると主張するだけで,具体的にその構成態様の相違点については何も説明してないのである。

(2)羽根板部の中央部における「間隔」について,被請求人は,「少なくとも」と称して「流通する製品においては,甲1意匠と異なり,中央部には大きな間隔が見えているデザインで,この相違はさほどでないとする請求人の主張は誤りである。」(被請求人の口頭審理陳述要領書3頁8行?10行)と主張する。しかしながら,本件登録意匠についてこのような図面を表現していることは,甲1意匠に係る図面を意識して,これとの相違をあえてアピールしようとして作成した図面であるといえるのである。
当該部分における本件登録意匠と甲1意匠との対比表(甲3)の正面図において,甲1意匠にあっては,2個の螺子によって両羽根板部と両挟持部間隔の閉口した状態図を正面図,平面図としているのに対し,本件登録意匠にあっては2個の螺子をかなり弛緩開口した状態において正面図と平面図を描示しているのである。
これは,新製品として市場で流通する場合の当該物品の構成態様を説明しているのだろうが,取引者,需要者にあっては,取付け施工される屋根の現場における製品の構成態様を図面化するのが普通であることを考慮すれば,被請求人のアピールは意匠の類否判断をする場合には役に立たないのである。
また,被請求人は,弁駁書における請求人の反論において,甲1意匠に係る図面について,羽根板部の左右両端部のみが設置する袴タイプ形であると称したのは被請求人自身であって,請求人はそのような形容句は述べていないから,被請求人が本件登録意匠の羽根板部について,「また下縁形状は上方に大きく弯曲した部分はなく,ほぼ水平で袴形状ではない。」(同口頭審理陳述要領書3頁15行?16行)とか,「また下縁形状は中央部が大きく上方に弯曲した形状であり,また左右両側端部のみが設置する袴タイプ形であるという。」(同口頭審理陳述要領書3頁18行?19行)の主張は,請求人にとっては不知である。
したがって,「しかしながら,被請求人のいずれの反論も正鵠を得ない」(同口頭審理陳述要領書3頁20行)との主張は全く矛盾があり,正鵠を得ていないものである。

(3)被請求人は,本願意匠(当審注:「本件登録意匠」の誤記と認められる。)の出願は,請求人が引用している甲1意匠に係る意匠権が発生してから12年後になされた事実について,請求人の憶測とみているが,燕3条地域という狭い地場産地における同業者であってみれば,それは100%事実と言われても仕方ないのである。
請求人の主張の要点は,意匠創作の目的,効果を共通にする立平屋根用の雪止め金具における構成態様の全体を視覚を通して観察したときに,本件登録意匠と甲1意匠とは同一の美感を起こさせるものであるから,当業界においては,両者は類似する意匠である,と取引者も需要者も判断することができるのである。

(4)以上の理由により,被請求人により出願登録された本件登録意匠が,甲1意匠と非類似であるとの主張は誤りであり,請求人による両意匠の類似との主張の理由は妥当である。

第3 被請求人の答弁及び理由

1 審判事件答弁書
被請求人は,平成31年3月29日付けで審判事件答弁書(以下「答弁書」という。)を提出し,結論同旨の審決を求めると答弁し,その主張事実を立証するため,証拠方法として乙第1号証の1から乙第5号証の3の書証を提出し,その理由として以下のとおり主張した。
(1)答弁の理由
ア 本件登録意匠は,請求人が提出し類似すると主張する甲第1号証に係る意匠とは非類似であり,意匠法第3条第1項第3号に該当せず,同法第48条第1項第1号に該当しない。したがって,何ら無効理由を有していない。
ゆえに,本件無効審判の却下を希求するものである。

イ 意匠登録の登録要件である新規性(意匠法第3条第1項第3号)における公知意匠(甲第1号証に係る意匠)との類否判断は,意匠の特徴(要部)を考慮した上で,あくまで全体観察をもって創作同一性の範囲にあるか否か出所混同を生じるおそれがあるか否かをもって判断されるべきものである。
本物品の雪止め金具においては,屋根への取付部となる挟着部は,屋根タイプに応じてすでに従来から様々なタイプの挟持部や止着部が設計されこれが適宜採用される部分であるのに対し,屋根の雪をせき止める羽根板部は,屋根に設置したときに軒先から見える正面部分であり様々にデザイン化される部分であることから,どちらかといえばこの羽根板部のデザインが意匠の主要部とされ,このデザインの相違(外形状の相違)が全体観察における意匠の類似判断に比較的大きな影響を与えることとなる。
したがって,先ずは,本件登録意匠の羽根板部と甲第1号証の羽根板部とを比較すると,その外形状は互いに大きく異なっている。そして羽根板部の正面側に折曲される設置片部(底部の直角曲折部)の形状も,正面の表面リブ(凹凸面部)の形状も互いに全く異なっている。
また本件登録意匠の羽根板部は,甲第1号証に係る意匠と同様に左右板部を中央で後方へ折り返した構成ではあるが,この甲第1号証に係る意匠と異なり本件登録意匠の羽根板部は,中央部に大きな間隔が形成されている特徴的な形状である。この点においても甲第1号証に係る意匠とは全く異なる形状である。

ウ さらに具体的に以下の比較図を参照しつつ説明すれば,

(ア)上記左掲の甲第1号証に係る意匠は,その羽根板部の上縁形状は中央水平縁から左右に夫々下がり傾斜した形状である。また下縁形状は中央部が大きく上方に湾曲した形状である。また左右両端部のみが設置する言わば袴タイプ形の羽根板部である。
これに対して上記右掲の本件登録意匠の羽根板部の上縁形状は,その中央部は水平縁でなく中央から夫々左右に少し上がり傾斜し途中から逆に左右に下がり傾斜した形状で,また下縁形状は上方に大きく湾曲した部分はなく,ほぼ水平で袴形状ではない。
(イ)また,甲第1号証に係る意匠の底部前方へ直角に折曲突出している設置片部は,袴状であることとあいまって左右両端部のみ平面視三角形状に折曲突出した形状であるが,本件登録意匠は,左右ともほぼ中央まで突出した形状で,この設置片部の形状も互いに大きく異なっている。
(ウ)また,羽根板部の正面の表面リブの形状も互いに全く異なっている。
(エ)そして,前述したとおり双方の意匠とも,その羽根板部は,左右板が夫々中央で後方にほぼ直角に折り返された構成であるが,甲第1号証に係る意匠は,中央部でその後方への折り返し部が突き合っていて正面の前記羽根板部はほぼ面一で正面視一枚板に見える形状であるのに対して,本件登録意匠は中央部での折り返し部は突き合ってはいなく大きな間隔(対向間隔)が設けられていて,羽根板部の中央部に間隔が形成され正面視でも明らかに左右板が別板に見える形状となっている。
この相違は非常に目立つもので,両意匠の美感を大きく異ならせている。
(オ)以上の点を総合して鑑みれば,請求人も各図で対比したとおり,羽根板部のデザインは互いに全く異なるデザインである。
この羽根板部の相違点だけでも本件登録意匠と甲第1号証に係る意匠とは,互いに異なる美感を呈し,互いに創作同一性の範囲にはなく,全体観察において非類似意匠である。したがって,登録査定された審査判断に瑕疵はない。
また,過去の雪止め金具の審査登録例を見ても,これほど羽根板部の形状が異なる意匠が類似と判断された例はない。
(カ)また,以下のように互いに非類似として意匠登録された審査登録例を見ても,本件登録意匠が甲第1号証に係る意匠と非類似と審査判断された登録査定に瑕疵はない。





上掲の各登録意匠はいずれも互いに非類似と審査判断されている。

また,下掲の3つの登録意匠は羽根板部が全く同一でも挟持部が異なればやはりいずれも互いに非類似と審査判断されている。



エ また本件ケースは,下掲のように,羽根板部が前述のように互いに異なるだけでなく,屋根への取付部たる挟持部のデザインも全く異なるデザインである。


すなわち,本件登録意匠の挟持部は,一枚の板材で形成されており,逆U字状となっていて,左右が上部でつながっているデザインである。2枚背合せの甲第1号証に係る意匠とは全く異なる形状である。
また,この挟持部の側面から見た形状も,側面のリブの形状も互いに異なっている。
以上より挟持部のデザインまでも互いに異なっているケースである。
このように挟持部の形状が共通してはいないケースであって,羽根板部が前述のようにこれほど異なるケースにおいて,美感が共通し(当審注:「共通せず」の誤記と認められる。)創作同一性の範囲にないことは明らかであり,互いに非類似意匠である。

オ 請求人は,3部材構成であった従来品に対し,2枚の板材で形成する目的が共通していると主張するが,本件登録意匠は1枚の板材で形成しているもので,目的も異なっている。
すなわち,請求人は,「本件登録意匠と甲1意匠との異同を対比して評価すると,意匠創作の目的と効果の点においては両者とも共通しているから,具体的な製造法の違いは,本件物品の意匠としての構成態様とその外観が発揮している美的効果には影響を及ぼしていない。即ち,意匠法の目的は,視覚を通じて美感を起こさせる意匠の創作を保護することにある以上,製造法や組み立て工程が異なっても,組み立てられた物品全体の形態が酷似するといえる以上,意匠全体としては類似するものと判断することができるのである。」(審判請求書6頁7行?13行)と主張するが,前述したとおり意匠創作の目的と効果の点においても共通してはいなく,羽根板部も挟持部も全く異なる形状であるから,明らかに物品全体の形態が酷似するケースではなく,非類似意匠である。

カ 以上のとおり,本件登録意匠は,甲第1号証に係る意匠とは非類似であり,何ら無効理由を有していない。
ゆえに,本件無効審判の却下を希求するものである。

(2)証拠方法
・乙第1号証の1 意匠登録第1062822号公報
・乙第1号証の2 意匠登録第1062823号公報
・乙第2号証の1 意匠登録第1543257号公報
・乙第2号証の2 意匠登録第1605886号公報
・乙第3号証の1 意匠登録第1372410号公報
・乙第3号証の2 意匠登録第1383735号公報
・乙第4号証の1 意匠登録第1324986号公報
・乙第4号証の2 意匠登録第1328365号公報及び訂正公報
・乙第5号証の1 意匠登録第1543265号公報
・乙第5号証の2 意匠登録第1563213号公報
・乙第5号証の3 意匠登録第1563214号公報

2 口頭審理陳述要領書
被請求人は,口頭審理の審理事項通知に対し,令和1年8月6日付けで口頭審理陳述要領書を提出した。陳述の要領は要旨以下のとおりである。
被請求人が,主要部である本件登録意匠の羽根板部と甲1の羽根板部とを比較すると,その外形状は互いに大きく異なっているし,羽根板部の正面側に折曲される設置片部(底部の直角曲折部)の形状も,正面の表面リブ(凹凸面部)の形状も互いに全く異なっていると主張したのに対して,請求人は,「しかしながら,両者の羽根板部の形状デザインが,本件物品における主要部のデザインであるとするならば,本件登録意匠の羽根板部と甲1意匠の羽根板部とは,左右方向に相互に直角に曲折して雪止め作用をする部材としての形状に成ることには変わらないから,被請求人の主張には矛盾があり,同意することができない。」と主張するが(令和1年5月9日付弁駁書3頁4行?8行),誤りである。
単に羽根板部が中央で後方に折り返されてその合せ部分を挟着部とする構成が共通しているだけで,羽根板部に施されている外形状等のデザインも挟着部に施されている外形状等のデザインも互いに全く異なっている。
特に主要部である羽根板部の外形状がこれほど異なるケースであって,挟着部も全く異なる本ケースにおいて互いに類似しないと審査判断されたことに何ら瑕疵はない。
また,請求人はさらに,羽根板部の設置片部の形状の相違は,全く異なっているなどといえるものでは全くないし,正面の表面リブも多少の違いがあるだけのことであり,目立つものではないと主張するが(同弁駁書3頁9行?15行),誤りである。
羽根板部のデザイン対比において,設置片部の形状も互いに大きく異なりこの相違は,その類否判断に十分に影響を与えるし,正面リブ形状の相違も同様である。特に正面リブ形状は互いの羽根板部の外形状に沿っているリブ形状でもあり,正面リブ形状自体が互いに全く異なるだけでなく,このリブ形状の相違は羽根板部の外形状の相違を一層際立たせている。
したがって,互いに羽根板部のデザインは大きく異なっている。
また,請求人はさらに,羽根板部の中央部の間隔は挟着部の締め付け調整により変化すると主張するが(同弁駁書3頁17行?23行),たとえ立葺屋根の縦に延びるハゼ部に締め付け挟着した使用状態においてもこの中央部の間隔は甲1意匠に比べてかなり残る構成である。またこの中央部の間隔は使用時の締め付けにより広狭するが,少なくとも流通する製品においては甲1意匠と異なり中央部には大きな間隔が見えているデザインで,この相違はさほどでないとする請求人の主張は誤りである。
また,請求人は,「(3)被請求人は,さらに具体的にと称して,本件登録意匠と甲1意匠とを対比して主張するので,これに対して以下反論する。」(同弁駁書3頁下から4行?下から3行)とし,さらに請求人は,「(a)(当審注:本審決においてはア)まず本件登録意匠の羽根板部は,その上縁形状がその中央部は中央から夫々左右に少し上がり傾斜し,途中から逆に左右に下がり傾斜した形状で,また下縁形状は上方に大きく弯曲した部分はなく,ほぼ水平で袴形状ではない。
これに対して,甲1意匠は,羽根板部の上縁形状は,中央水平縁から左右に下がり傾斜した形状であり,また下縁形状は中央部が大きく上方に弯曲した形状であり,また左右両端部のみが設置する袴タイプ形であるという。
しかしながら,被請求人のいずれの反論も正鵠を得ていないのである。
甲1に係る請求人登録意匠は,平成18年(2006年)5月15日に出願し,平成19年(2007年)2月23日に設定登録されたものであるのに対し,本件登録意匠の出願は平成30年(2018年)6月18日という12年以上後になされているものであり,この間には他社からの出願はなかった新分野の製品として一世を風靡したデザインであったのであるところ,これを見た同業者の被請求人が模倣しようとしたのが本件登録意匠の存在であったであろう。」(同弁駁書3頁下から2行?4頁12行)と主張するが,請求人の憶測にすぎない主張であり,誤りである。
また請求人は,さらに被請求人の羽根板部の相違についての具体的主張について,それら相違は微差であり,また両者共通の構成態様があり,同じ機能を果たす旨主張するが(同弁駁書第4頁下から12行?5頁12行),誤りである。
本件登録意匠も雪止め金具の機能を果たすための共通の構成点とその他共通の構成点だけを都合良くピックアップした主張であり,共通性の主張をもって類似と主張しているだけのことにすぎない。
そして,請求人は,「けだし,本件登録意匠をめぐる類否判断は,具体的に表現されている物品における構成態様の創作的思想がどこにあるかを的確に把握しなければならないからである。
そうすると,本件登録意匠と甲1に係る登録意匠とは,その全体を対比すると,正面部に左右両側方に開く羽根板部とその中央部後側方に一体に構成した取付挟持部との全体的構成態様を対比すれば,美感が共通し,同一の創作体を有する意匠であるといえるから,全体として類似する意匠であると判断することができるのである。」(同弁駁書6頁6行?13行)と主張するが,誤りである。
共通の態様だけが意匠の創作点てあるかのような都合の良い解釈に基づく主張であり,すでに被請求人が答弁書で述べたとおり,両者に施されているデザインは全く異なり,両社(当審注:「両者」の誤記と認められる。)は互いに非類似である。
本件登録意匠と甲1意匠とを比較しても,「共通性」があると主張できるにすぎないケースであって,羽根板部のデザインも挟着部のデザインも全く異なる本ケースにおいて,全体観察すれば互いに非類似であることは明らかであり,審査官が非類似と審査判断し意匠登録査定としたことに何ら瑕疵はない。

第4 口頭審理

当審は,本件審判について,令和1年9月5日に口頭審理を行った(令和1年9月5日付け「第1回口頭審理調書」)。

1 請求人
請求人は,請求の趣旨及び理由について,審判請求書,審判事件弁駁書,及び口頭審理陳述要領書のとおり陳述し,被請求人の提出した乙第1号証の1ないし乙第5号証の3の成立を認めた。

2 被請求人
被請求人は,答弁の趣旨及び理由について,答弁書,口頭審理陳述要領書のとおり陳述し,請求人の提出した甲第1号証ないし甲第5号証の成立を認めた。

3 審判長
審判長は,この口頭審理において,甲第1号証ないし甲第5号証,及び乙第1号証の1ないし乙第5号証の3について取り調べ,請求人及び被請求人に対して,本件無効審判事件の審理終結を告知した。

第5 当審の判断

1 本件登録意匠
本件登録意匠は,願書及び願書に添付された図面の記載によれば,意匠に係る物品を「雪止め金具」とし,その形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下「形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合」を「形態」という。)を,願書及び願書に添付した図面に表されたとおりとしたものであって,本件登録意匠は,以下のとおりのものである(別紙第1参照)。
(1)本件登録意匠の意匠に係る物品
本件登録意匠の意匠に係る物品は,屋根のハゼ部に挟持固定して使用され,屋根の雪をせき止めるために用いられる「雪止め金具」である。

(2)本件登録意匠の形態
当審では,本件登録意匠の具体的な形態を以下のように認定した。
ア 全体は,1枚の板体を背面視細幅な略横コの字状になるように折曲した,上面部及び対向する左右側面部の板体からなる,屋根のハゼ部に挟持固定するための部分(以下「挟持部」という。)と,挟持部の正面側に連なる板体を外側に向かって直角に展開した,左右対称形の2つの板体からなる,雪をせき止めるための部分(以下「羽根板部」という。)を一体的に構成したものであって,
イ 挟持部は,対向する左右側面部の板体の下方部分を内側に向かって鈍角に折曲し,その下端部に内側に向かって突出した鈍角状の小さな折曲部を,対向する折曲部が交互になるような配置で左側に2つ,右側に4つ形成し,右側面部の板体には羽根板部のリブと連続する側面視略凹状のリブを1つ形成し,左側面部の板体にはその左右中央部分に直線状の切り欠き部を縦方向に1条形成し,この切り欠き部で2分割された左側の部分に側面視略四角台状のリブを1つ形成し,右側の部分に羽根板部のリブと連続する側面視略横凸状のリブを1つ形成し,この各リブの上方の上面部の板体との角部には略長方形状の切り欠き部を1つ形成し,対向する左右側面部の板体をトラス頭のネジ及び六角ナットで緊締可能に構成したものであり,
ウ ネジを緊締した状態の甲1意匠との対比のため,【使用状態を示す参考図】を参考に,ネジを緊締した状態を想定して羽根板部の形態を認定すると,羽根板部は,正面視略変形六角形状の左右板体を合わせて,羽根板部全体を正面視略変形九角形状とし,その略水平な上辺及び上辺に連なる上部傾斜辺の部分を背面側に直角に折曲して上部突出片を形成し,その略水平な下辺及び水平な下辺に連なる下部傾斜辺の部分を正面側に直角に折曲して,水平な下辺部分には平面視略五角形状の下部突出片を,水平な下辺に連なる下部傾斜辺の部分には平面視略直角台形状の下部突出片を一体的に形成し,羽根板部の左右板体中央部分に,羽根板部全面より一回り小さな背面側に断面視略三角形状に突出するリブを形成し,左右板体の外側下端部付近に小円孔を1つ形成したものであり,
エ 挟持部と羽根板部を接合する部分(以下「接合部」という。)は,上辺及び下辺部分を切り欠いた挟持部より上下方向の短い左右2つの板体を,挟持部の前縁部分から内側に向かって折曲した部分及び左右の間隔を狭めて平行に配置した部分を設け,平面視が直角となるように折曲し,左右側面視が下方に向かって正面側に傾斜するような配置態様となるように挟持部と羽根板部を接合したものである。

2 請求人が主張する無効の理由
請求人が,審判請求書で主張する意匠登録無効事由は,「本件登録意匠は,甲第1号証に係る意匠に類似するものであるから,意匠法第3条第1項第3号の規定により,意匠登録を受取ることができないものであり,同法第48条第1項第1号により,登録無効とすべき」である。

3 甲第1号証の意匠
甲第1号証は,公報発行日を平成19年(2007年)3月26日とする意匠登録第1297078号意匠公報の写しであって,当該公報の記載によれば,甲第1号証の意匠(以下「甲1意匠」という。)は,以下のとおりのものである(別紙第2参照)。
(1)甲1意匠の意匠に係る物品
甲1意匠の意匠に係る物品は,主として堅平葺屋根部に挟持固定して使用され,屋根の雪を止めるために用いられる「屋根用雪止具」である。

(2)甲1意匠の形態
当審では,甲1意匠の具体的な形態を以下のように認定した。
ア 全体は,略L字状に折曲した2枚の板体を平面視略倒T字状になるように配設し,対向する左右側面部の板体からなる,屋根のハゼ部に挟持固定するための挟持部と,挟持部の正面側に連なる板体を外側に向かって直角に展開した,左右対称形の2つの板体からなる,雪をせき止めるための羽根板部を一体的に構成したものであって,
イ 挟持部は,対向する左右側面部の板体の上辺部分を外側に直角に折曲して挟持部突出片を形成し,板体の左右略中央部分に板体のほぼ半分の深さの側面視略細幅U字状の切り欠き部を形成し,板体の上端部を除くほぼ全面部分に,羽根板部のリブと連続する側面視略柄杓状のリブを1つ形成し,このリブの下端部を底面視波線状に形成したものであり,対向する左右側面部の板体を,下端部の対向する左右の波線状の部分が交互に噛み合うように配置して,トラス頭のネジ及び六角ナットで緊締可能に構成したものであり,
ウ 羽根板部は,正面視略変形六角形状の左右板体を合わせて,羽根板部全体を正面視略変形九角形状とし,その略水平な上辺及び上辺に連なる上部傾斜辺の部分を背面側に直角に折曲して挟持部突出片と連続する上部突出片を形成し,その略水平な下辺部分を正面側に直角に折曲して平面視略直角三角形状の下部突出片を形成し,羽根板部の左右板体中央部分に,羽根板部全面より一回り小さな背面側に断面視略三角形状に突出するリブを形成したものであり,
エ 挟持部と羽根板部の接合部は,下辺部分を切り欠いた挟持部より上下方向の短い左右2つの板体を,平面視が直角となるように折曲し,左右側面視が垂直な配置態様となるように挟持部と羽根板部を接合したものである。

4 無効理由の検討
請求人の無効理由についての主張は,本件登録意匠は,甲1意匠と類似する意匠であり,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないというものである。
よって,請求人及び被請求人の主張を踏まえ,本件登録意匠と甲1意匠(以下「両意匠」という。)の類否判断を行い,両意匠が類似するか否かについて,以下検討する。
(1)両意匠の対比
ア 意匠に係る物品の対比
本件登録意匠の意匠に係る物品は,「雪止め金具」であり,甲1意匠の意匠に係る物品は,「屋根用雪止具」であるが,いずれも屋根のハゼ部に挟持固定して使用され,屋根の雪を止めるために用いられる屋根用の雪止め具であるから,両意匠の意匠に係る物品は,その用途及び機能が共通する。

イ 両意匠の形態の対比
本件登録意匠と甲1意匠を対比する(以下,対比のため,甲1意匠を本件登録意匠の図面の向きに合わせることとする。)と,両意匠の形態については,主に以下の共通点及び相違点がある。
(ア)形態の共通点
(共通点1)両意匠は,全体の基本的な構成が,屋根のハゼ部に挟持固定するための挟持部と,挟持部の正面側に連なる板体を外側に向かって直角に展開した,左右対称形の2つの羽根板部からなるものである点で共通する。
(共通点2)両意匠は,挟持部に設けたネジの部分の形態が,対向する左右側面部の板体を,トラス頭のネジ及び六角ナットで緊締可能に構成したものである点で共通する。
(共通点3)両意匠は,羽根板部の形態が,正面視略変形六角形状の左右板体を合わせて,羽根板部全体を正面視略変形九角形状とし,その略水平な上辺及び上辺に連なる上部傾斜辺の部分を背面側に直角に折曲して挟持部突出片と連続する上部突出片を形成し,羽根板部の左右板体中央部分に,羽根板部全面より一回り小さな背面側に断面視略三角形状に突出するリブを形成したものである点で共通する。
(イ)形態の相違点
(相違点1)本件登録意匠の全体の具体的な構成態様が,1枚の板体を背面視細幅な略横コの字状になるように折曲した,上面部及び対向する左右側面部の板体からなる挟持部と,挟持部の正面側に連なる板体を外側に向かって直角に展開した羽根板部を一体的に形成したものであるのに対し,甲1意匠の全体の構成態様は,略L字状に折曲した2枚の板体を平面視略倒T字状になるように配設し,対向する左右側面部の板体からなる挟持部と,挟持部の正面側に連なる板体を外側に向かって直角に展開した羽根板部を一体的に構成したものである点で,両意匠は相違する。
(相違点2)本件登録意匠の挟持部の形態が,対向する左右側面部の板体の下方部分を内側に向かって鈍角に折曲し,その下端部に内側に向かって突出した鈍角状の小さな折曲部を,対向する折曲部が交互になるような配置で左側に2つ,右側に4つ形成し,右側面部の板体には羽根板部のリブと連続する側面視略凹状のリブを1つ形成し,左側面部の板体にはその左右中央部分に直線状の切り欠き部を縦方向に1条形成し,この切り欠き部で2分割された左側の部分に側面視略四角台状のリブを1つ形成し,右側の部分に羽根板部のリブと連続する側面視略横凸状のリブを1つ形成し,この各リブの上方の上面部の板体との角部には略長方形状の切り欠き部を1つ形成したものであるのに対し,甲1意匠の挟持部の形態は,対向する左右側面部の板体の上辺部分を外側に直角に折曲して挟持部突出片を形成し,板体の左右略中央部分に板体のほぼ半分の深さの側面視略細幅U字状の切り欠き部を形成し,板体の上端部を除くほぼ全面部分に,羽根板部のリブと連続する側面視略柄杓状のリブを1つ形成し,このリブの下端部を底面視波線状に形成したものであり,対向する左右側面部の板体を,下端部の対向する左右の波線状の部分が交互に噛み合うように配設したものである点で,両意匠は相違する。
(相違点3)本件登録意匠の羽根板部に形成された下部突出片の形態が,その略水平な下辺及び水平な下辺に連なる下部傾斜辺の部分を正面側に直角に折曲して,水平な下辺部分には平面視略五角形状の下部突出片を,水平な下辺に連なる下部傾斜辺の部分には平面視略直角台形状の下部突出片を一体的に形成したものであるのに対し,甲1意匠の羽根板部に形成された下部突出片の形態は,その略水平な下辺部分を正面側に直角に折曲して平面視略直角三角形状の下部突出片を形成したものである点で,両意匠は相違する。
(相違点4)本件登録意匠の挟持部と羽根板部の接合部の形態が,上辺及び下辺部分を切り欠いた挟持部より上下方向の短い左右2つの板体を,挟持部の前縁部分から内側に向かって折曲した部分及び左右の間隔を狭めて平行に配置した部分を設け,平面視が直角となるように折曲し,左右側面視が下方に向かって正面側に傾斜するような配置態様となるように形成したものであるのに対し,甲1意匠の挟持部と羽根板部の接合部の形態は,下辺部分を切り欠いた挟持部より上下方向の短い左右2つの板体を,平面視が直角となるように折曲し,左右側面視が垂直な配置態様となるように形成したものである点で,両意匠は相違する。

(2)両意匠の類否判断
ア 意匠に係る物品について
両意匠の意匠に係る物品は,その用途及び機能が共通するから類似するものである。

イ 形態について
本件登録意匠の意匠に係る物品である「雪止め金具」もしくは甲1意匠の意匠に係る物品である「屋根用雪止具」の需要者は,物品の使用方法及び使用状態を考慮すれば,屋根のハゼ部に挟持固定するための部分である挟持部の底面部分の形態,及び屋根の雪を止めるための部分である羽根板部の具体的な形態を注視して観察するといえる。
(ア)共通点の評価
(共通点1)は,両意匠の全体の形態を概括的に捉えた場合の共通点にすぎないものであり,意匠全体の美感に与える影響は小さい。
(共通点2)は,挟持部の設けた対向する板体を緊締するためのネジの部分の形態に係るものであるが,ごく普通に見られるネジ及びナットからなるものであるから,この(共通点2)が意匠全体の美感に与える影響は小さい。
(共通点3)は,羽根板部の形態に係るものであって,羽根板部全体を正面視略変形九角形状とした形態は,この種物品において既に見られるものではあるが,左右対称形の2つの板体を平面視略倒T字状になるように配設した構成は,特徴的なものであるから,(共通点3)は意匠全体の美感に一定程度の影響を及ぼすといえる。
(イ)相違点の評価
(相違点1)は,全体の具体的な構成態様に係るものであって,本件登録意匠が,1枚の板体から挟持部と羽根板部を形成したシンプルで分離できないものであるとの印象を与えるのに対し,甲1意匠は,挟持部と羽根板部からなる板体を2枚組み合わせて形成した分離可能なものとの印象を与えるから,両意匠は全体の具体的な構成態様の美感に大きな差異がある。
(相違点2)は,挟持部の形態に係るものであって,需要者が注視して観察する挟持部の底面部分の形態において,本件登録意匠の略直線状に形成した挟持部分では噛み合う力が弱いとの印象を与えるのに対し,甲1意匠の波線状に形成した挟持部分は確実に噛み合うことができるとの印象を与えるから,左右側面部の板体に形成したリブの形態や,側面視略細幅U字状の切り欠き部及び挟持部突出片の有無の相違も含め,両意匠は挟持部の美感に大きな差異がある。
(相違点3)は,羽根板部に形成された下部突出片の形態に係るものであって,その使用状態において屋根と接する水平な下辺部分に形成した下部突出片が重視して観察される部位であるところ,本件登録意匠の形態が,平面視を長方形に近似した略五角形状に形成したとの印象を与えるのに対し,甲1意匠は,平面視を略直角三角形状に形成したとの印象を与えるから,水平な下辺に連なる下部傾斜辺の部分の突出片の有無も含めて,両意匠は羽根板部に形成された下部突出片の美感に一定の差異がある。
(相違点4)は,挟持部と羽根板部の接合部の形態に係るものであって,本件登録意匠が,傾斜した屋根に取り付けた際に,羽根板部が垂直になるように,左右側面視が下方に向かって正面側に傾斜するような配置態様で挟持部と羽根板部を接合したとの印象を与えるのに対し,甲1意匠は,左右側面視が垂直な加工のしやすい配置態様で挟持部と羽根板部を接合したとの印象を与えるから,接合部の平面視が直角である本件登録意匠と,ラッパ状に拡がって折曲している甲1意匠の与える印象の違いも含め,両意匠は挟持部と羽根板部の接合部の美感に大きな差異がある。
(ウ)両意匠の形態の類否判断
両意匠の形態における共通点及び相違点の評価に基づき,意匠全体として総合的に観察した場合,両意匠は,上記(2)イの前文のとおり,屋根のハゼ部に挟持固定するための部分である挟持部の底面部分の形態,及び屋根の雪を止めるための部分である羽根板部の具体的な形態を注視して観察するといえ,該部位の具体的な形態が,需要者の注意を強く惹く部分であるといえるところ,両意匠には上記イの(イ)のとおり,全体の具体的な構成態様,需要者の注意を強く惹く挟持部の形態,羽根板部に形成された下部突出片の形態,及び需要者の注意を強く惹く挟持部と羽根板部の接合部の形態といった部分が与える美感に大きな差異がある。
そうすると,両意匠は,全体の基本的な構成,挟持部に設けたネジの部分の形態,羽根板部の形態が共通することを考慮しても,意匠全体として見た場合には,相違点が相まって生じる視覚的効果は,共通点のそれを凌駕して看者に別異の印象を与え,両意匠に異なる美感を起こさせるものであるから,両意匠はその形態において類似しないものである。

ウ 小括
上記アのとおり,両意匠は,意匠に係る物品が類似するが,上記イ(ウ)のとおり,その形態において類似しないものであるから,本件登録意匠は,甲1意匠と類似する意匠ではなく,意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠には該当しないものである。

第6 むすび

以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,上記無効理由には理由はなく,本件登録意匠は,意匠法第3条第1項第3号の規定に違反して登録されたものとはいうことはできないから,同法第48条第1項第1号の規定によりその意匠登録を無効とすることはできない。

審判に関する費用については,意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項でさらに準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
別掲

審決日 2019-11-14 
出願番号 意願2018-13331(D2018-13331) 
審決分類 D 1 113・ 113- Y (L4)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 住 康平 
特許庁審判長 内藤 弘樹
特許庁審判官 江塚 尚弘
渡邉 久美
登録日 2018-11-09 
登録番号 意匠登録第1619587号(D1619587) 
代理人 吉井 剛 
代理人 牛木 理一 
代理人 吉井 雅栄 

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ