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審決分類 |
審判 K1 |
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管理番号 | 1373821 |
審判番号 | 無効2020-880003 |
総通号数 | 258 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 意匠審決公報 |
発行日 | 2021-06-25 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2020-04-27 |
確定日 | 2021-04-05 |
意匠に係る物品 | 螺子廻し具 |
事件の表示 | 上記当事者間の意匠登録第1460017号「螺子廻し具」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 事案の概要 本件は,請求人が,被請求人が意匠権者である意匠登録第1460017号の意匠(以下「本件登録意匠」という。別紙第1参照)についての登録を無効とすることを求める事案である。 本件登録意匠は,平成24年(2012年)1月10日に意匠登録出願(意願2012-1529)されたものであって,審査を経て同年12月14日に意匠権の設定の登録がなされ,平成25年(2013年)1月21日に意匠公報が発行されたものであって,その後,当審において,以下の手続を経たものである。 令和2年 4月27日付け:審判請求書の提出 令和2年 7月 8日付け:答弁書の提出 令和2年 8月27日付け:審判事件弁駁書の提出 令和2年10月21日付け:書面審理通知書の送付 第2 請求人の主張の概要 1 審判請求書 請求人は,令和2年(2020年)4月27日付けで審判請求書を提出し,「登録第1460017号意匠の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求める。」と申し立て,その理由として以下のように主張するとともに,その主張事実を立証するため,証拠方法として甲第1号証から甲第5号証の書証を提出した。 (1)手続の経緯 出願 平成24年 1月10日 登録 平成24年12月14日 (2)意匠登録無効の理由の要点 本件登録意匠は,登録第1166502号意匠(以下「引用意匠1」という。別紙第2参照)及び登録第1085307号意匠の左側ヘッド部及び当該ヘッド部に形成されたねじ用食付刃部分の意匠(以下「引用意匠2」という。別紙第3参照)並びに登録第1095286号意匠のねじ用食付刃部分の意匠(以下「引用意匠3」という。別紙第4参照)に基づいて容易に創作できたものであるから,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,同法第48条第1項第1号により,無効とすべきである。 (3)本件意匠登録を無効とすべき理由 ア 本件登録意匠の説明 本件登録意匠は,意匠登録第1460017号の意匠公報に記載のとおり,意匠に係る物品を「螺子廻し具」とするものであり,その形態は以下のとおりである。なお,本件登録意匠の意匠公報に記載の右側面図は,正面図を基準とすると,左右反転させたものが正しい図であると解されるため,以下に示す本件登録意匠の右側面図は,左右反転させた図を用いるものとする。 [基本的構成態様] A 略円柱状の軸の両端に十字ねじ用の食付刃が形成されたヘッド部を備えている。 B 一対の六角瘤状部と一つの周溝とからなるシャンク部が各ヘッド部に隣接して形成されている。 C シャンク部間に中間軸部を備えている。 [具体的態様] a 左側ヘッド部が,シャンク部の外側六角瘤状部と一体化した略六角柱状であるのに対し,右側ヘッド部は,シャンク部の外側六角瘤状部よりも小径の略円柱状である。 b 各ヘッド部に形成された十字ねじ用の食付刃は,側面視十字状に4枚の羽根が形成され,各羽根の側壁の片面が平坦面として,他面が軸の周方向に向かって次第に湾曲する凹曲面として形成されている。 c 各シャンク部の周溝は正面視凹弧状で内側六角瘤状部の幅より僅かに細幅である。 d 中間軸部は,右側ヘッド部の径より僅かに小径である。 e 全体の長さに対する各ヘッド部,各シャンク部,中間軸部の占める割合は,それぞれおよそ1/6,1/6,2/6である。 ![]() イ 引用意匠1(登録第1166502号意匠)の説明 引用意匠1は,意匠登録第1166502号(甲第1号証,別紙第2参照)の意匠公報(平成15年3月4日発行)に記載のとおり,意匠に係る物品を「ドライバービット」とするものであり,その形態は以下のとおりである。 [基本的構成態様] A 略円柱状の軸の両端に十字ねじ用の食付刃が形成されたヘッド部を備えている。 B 一対の六角瘤状部と一つの周溝とからなるシャンク部が各ヘッド部に隣接して形成されている。 C シャンク部間に中間軸部を備えている。 [具体的態様] a 各ヘッド部は,シャンク部の外側六角瘤状部よりも小径の略円柱状である。 b 各ヘッド部に形成された十字ねじ用の食付刃は,側面視十字状に4枚の羽根が形成され,各羽根の側壁は,両面ともに軸の周方向に向かって次第に湾曲する凹曲面として形成されている。 c 各シャンク部の周溝は正面視凹弧状で内側六角瘤状部の幅より僅かに細幅である。 d 中間軸部は,各ヘッド部の径より僅かに小径である。 e 全体の長さに対する各ヘッド部,各シャンク部,中間軸部の占める割合は,それぞれおよそ1/6,1/6,2/6である。 ![]() ウ 本件登録意匠と引用意匠1との対比 (ア)意匠に係る物品 本件登録意匠の意匠に係る物品は「螺子廻し具」であり,引用意匠1の意匠に係る物品は「ドライバービット」であるが,何れも,インパクトドライバー,電動ドライバー,エアドライバー等の電動工具に着脱可能に取り付けて,各種ねじの締め付けや取り外し作業に用いられるものであるから,同一又は類似する物品である。 (イ)形態の共通点及び差異点 本件登録意匠と引用意匠1は,上記基本的構成態様AないしC及び上記具体的態様cないしeにおいて共通する一方,上記具体的態様a及びbにおいて差異がある。 エ 本件登録意匠の左側ヘッド部の形態 本件登録意匠の左側ヘッド部の形態,すなわち,左側ヘッド部がシャンク部の外側六角瘤状部と一体化した略六角柱状とし,その先端の十字ねじ用の食付刃を,側面視十字状に4枚の羽根を形成し,各羽根の側壁の片面を平坦面として,他面を軸の周方向に向かって次第に湾曲する凹曲面とした態様(本件登録意匠の具体的態様a及びb)は,意匠登録第1085307号(甲第2号証,別紙第3参照)の意匠公報(平成12年9月18日発行)に掲載された「ドライバービット」に係る意匠の左側ヘッド部及びその先端に形成された十字ねじ用食付刃の形態(引用意匠2)と同一である。 ![]() ![]() ![]() オ 本件登録意匠の右側ヘッド部の十字ねじ用食付刃の形態 本件登録意匠の右側ヘッド部の十字ねじ用食付刃の形態,すなわち,側面視十字状に形成した4枚の羽根の各羽根の側壁の片面を平坦面として,他面を周方向に向かって次第に湾曲する凹曲面とした態様(本件登録意匠の具体的態様b)は,意匠登録第1095286号(甲第3号証,別紙第4参照)の意匠公報(平成13年1月9日発行)に掲載された「ドライバービット」に係る意匠の十字ねじ用食付刃部分(引用意匠3)の食付刃を左右反転させた態様のものである。 ![]() ![]() ![]() カ ヘッド部及び食付刃の形状を変更することはありふれた手法である 「ドライバービット」は,インパクトドライバー等の電動工具に着脱可能に取り付け,先端に形成されたねじ用食付刃をねじの締付駆動部に差し込んで回転させることにより,各種ねじの締め付け作業や取り外し作業を行う物品であるところ,ドライバービットのねじ用食付刃が差し込まれるねじの締付駆動部の形状は,十字穴,マイナス穴,六角穴など多岐に亘ることから,これらに対応すべく,ドライバービットのねじ用食付刃についても,種々の形状のものが本件登録意匠の出願前から提供されており,ねじ用食付刃部分の形状のみが異なるにすぎない態様のもの(ねじ用食付刃部分の形状を変更したもの)が提供されている。また,本件登録意匠のような両頭タイプのドライバービットにおいて,両側のヘッド部を異なる形状に形成すること(甲第4号証),さらには,両側のヘッド部の径を異なる大きさのものとすることも従来より行われている(甲第5号証,別紙第5参照)。 そうすると,「ドライバービット」の分野において,公知の両頭タイプのドライバービットの意匠の一方のヘッド部(ねじ用食付刃を含む)を他の公知のドライバービットのヘッド部(ねじ用食付刃を含む)に変更するとともに,他方のヘッド部のねじ用食付刃を他の公知のドライバービットのねじ用食付刃に変更することは,ありふれた手法であるということができる。なお,ねじ用食付刃の変更に際し,公知のねじ用食付刃を左右反転させて適用することに創作性は認められない。 キ 本件登録意匠の創作容易性 上記のとおり,「ドライバービット」の分野において,公知の両頭タイプのドライバービットの意匠の一方のヘッド部(ねじ用食付刃を含む)を他の公知のドライバービットのヘッド部(ねじ用食付刃を含む)に変更するとともに,他方のヘッド部のねじ用食付刃を他の公知のドライバービットのねじ用食付刃に変更することは,ありふれた手法にすぎないから,引用意匠1のドライバービットの左側ヘッド部(ねじ用食付刃を含む)を引用意匠2のドライバービットの左側ヘッド部(ねじ用食付刃を含む)に変更するともに,右側ヘッド部の十字ねじ用食付刃部分を引用意匠3の十字ねじ用食付刃を左右反転させたものに変更して本件登録意匠を創作することは,極めて容易である。 ![]() (4)むすび 以上のとおり,本件登録意匠は,引用意匠1ないし引用意匠3に基づいて容易に創作できたものであるから,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,同法第48条第1項第1号により,無効とすべきである。 (5)証拠方法 ・甲第1号証 意匠登録第1166502号公報 ・甲第2号証 意匠登録第1085307号公報 ・甲第3号証 意匠登録第1095286号公報 ・甲第4号証 株式会社新亀製作所「サンフラッグ総合カタログ」(2001年4月版)40?41頁 ・甲第5号証 意匠登録第1086132号公報 2 審判事件弁駁書 請求人は,被請求人の令和2年7月8日付け答弁書に対し,令和2年8月27日付けで審判事件弁駁書(以下「弁駁書」という。)を提出し,要旨以下のように反論を行っている。 (1)本件登録意匠および引用意匠1の説明における誤り 被請求人は,審判請求書記載の本件登録意匠ならびに引用意匠1の説明が失当であるとして,答弁書において両意匠の説明を試みている。しかしながら,両意匠は,請求人が審判請求書において説明したとおりの態様のものであり,被請求人による両意匠の説明を受け入れる余地はない。しかも,被請求人による両意匠の説明には,少なくとも以下のとおりの誤りがある。 [本件登録意匠の説明における誤り] ア テーパー狭径部の開始位置(基本的構成態様B) 本件登録意匠の右側保持部におけるテーパー狭径部が,「外側六角瘤状部の軸方向中央付近から」テーパー状に傾斜して狭径する旨の説明がなされている。 しかしながら,被請求人の説明によれば,テーパー狭径部は,「外側六角瘤状部」とは別個の部位として説明されているから,「外側六角瘤状部の軸方向中央付近から」ではなく,「外側六角瘤状部の端縁から」テーパー状に傾斜して狭径しているというべきである。 イ 十字ねじ用食付刃の湾曲面側の先端部位の態様(具体的構成態様a) ヘッド部に形成された十字ねじ用の食付刃の一面が,「軸の周方向に向かって次第に湾曲しつつ先端部位を直線状にした直線-湾曲連続面」となっている旨の説明がなされている。 しかしながら,本件登録意匠の正面図からは,十字ねじ用の食付刃の一面が「軸の周方向に向かって次第に湾曲」していることが看取されるのみであり,本件登録意匠の願書の記載ならびにその他の添付図面にも,湾曲面側の先端部位が直線状であることを理解させる記載は一切ない。そうすると,本件登録意匠の「軸の周方向に向かって次第に湾曲」した食付刃の先端部位が「直線状」であると理解することはできない。 ウ 外側六角瘤状部とテーパー狭径部の一体的な態様(具体的構成態様c) 保持部における外側六角瘤状部とテーパー狭径部について,両者が一体的な横倒した「袋ナット型」である旨の説明がなされている。 しかしながら,「袋ナット」は,六角ナットの片面に半球状のキャップを溶着してなるものであるところ(甲第6号証の1ないし3),一般的な袋ナットのキャップ部は凸弧状の曲面で構成されており,また,六角ナットとキャップとの溶着部分に生じた段差によって六角ナット部とキャップ部との間に連続性を看取することもできないから,本件登録意匠の外側六角瘤状部と外側六角瘤状部の端縁から直線的に傾斜するテーパー狭径部の一体的な態様が「袋ナット型」であると看取されることはない。本件登録意匠の外側六角瘤状部とテーパー狭径部の一体的な態様は,あくまで「外側六角瘤状部の軸方向端縁から軸方向中心に狭径する六角ナット型」のものと看取されるに止まるものである。 [引用意匠1の説明における誤り] ア 外側六角瘤状部と内側六角瘤状部の軸方向長さ(具体的構成態様b) 外側六角瘤状部の軸方向長さが内側六角瘤状部の軸方向長さの約6/5程度であり,内側六角瘤状部よりも長い旨の説明がなされている。 しかしながら,外側六角瘤状部と内側六角瘤状部の軸方向長さは略同一であり,外側六角瘤状部の軸方向長さが内側六角瘤状部の軸方向長さよりも長いものと看取されることはない。 イ 狭径部の軸方向長さ(具体的構成態様c) 狭径部の軸方向長さが外側六角瘤状部の軸方向長さの約1/2である旨の説明がなされている。 しかしながら,狭径部の終点(ヘッド部の径と同じ径となる位置)は,被請求人が指摘する位置よりもヘッド部側にあり,狭径部の軸方向長さは外側六角瘤状部の軸方向長さの約1/1.2である。 ウ 周溝の深さ(具体的構成態様d) 正面視における周溝の湾曲が中間軸部の端縁の延長線上に至るまで凹んでいる旨の説明がなされている。 しかしながら,周溝の湾曲は中間軸部の端縁の延長線上よりも六角瘤状部端縁側の位置までしか凹んでおらず,中間軸部の端縁の延長線上に至るまでは凹んでいない。 ![]() (2)創作非容易性に係る主張に対する反論 被請求人は,(あ)本件登録意匠と引用意匠1の右側保持部における「狭径部」の形状の差異,(い)本件登録意匠と引用意匠2,3のヘッド部における「湾曲面側先端部位」の形状の差異,(う)引用意匠3のヘッド部を左右反転して置き換えることがありふれた手法とはいえないこと,(え)両頭タイプのドライバービットにおいて一方を通常のヘッド部とし他方をスリムビットとすることがありふれた手法とはいえないこと,を理由として,本件登録意匠が引用意匠1ないし3に基づいて容易に創作できたものではないと主張する。 しかしながら,かかる主張には理由がない。 (2-1)本件登録意匠と引用意匠1の右側保持部における狭径部の差異について 本件登録意匠及び引用意匠1の右側保持部における「狭径部」の形状の差異については,被請求人が主張するような大きな差異は存在しない。すなわち,本件登録意匠及び引用意匠1の各右側保持部における「狭径部」は,いずれも外側六角瘤状部とヘッド部との間に介在し,外側六角瘤状部とヘッド部とを傾斜面で連続的に接続する部位であって,かかる傾斜面が,直線状(本件登録意匠)であるか,湾曲状(引用意匠1)であるかという差異があるにすぎない。しかも,両意匠ともに,狭径部と外側六角瘤状部の軸方向長さの比率に大きな差はなく(本件登録意匠は1:1,引用意匠1は1:1.2),傾斜角についても,僅かな幅にすぎない狭径部において,本件登録意匠の狭径部が「緩やか」で,引用意匠1の狭径部が「急激」であると明瞭に看取されるものではない。 そうすると,本件登録意匠と引用意匠1の各右側保持部における狭径部は,いずれも六角瘤状部とヘッド部とを連続的に接続するためのありふれた造形処理と理解されるにすぎないのであって,両意匠の右側保持部における狭径部の形状に上記のような差異があるとしても,かかる差異は軽微な変更にすぎないと評価できるものである。 (2-2)本件登録意匠と引用意匠2,3のヘッド部の湾曲面側先端部位の形状の差異について 被請求人は,本件登録意匠のヘッド部の湾曲面の先端部位は「直線状」であるのに対し,引用意匠2,3のヘッド部の湾曲面は先端部位も含めて全体的に「湾曲」しているなどと主張する。 しかしながら,本件登録意匠のヘッド部における十字ねじ用食付刃の湾曲面側先端部位が「直線状」であることが本件登録意匠の願書の記載および添付図面からは理解できないことは,(1)イにおいて述べたとおりである。仮に,本件登録意匠のヘッド部における十字ねじ用食付刃の湾曲面側先端部位が「直線状」であったとしても,本件登録意匠の左側ヘッド部における十字ねじ用食付刃の形状が引用意匠2のヘッド部における十字ねじ用食付刃の形状と同一であること,ならびに,本件登録意匠の右側ヘッド部における十字ねじ用食付刃の形状が引用意匠3のヘッド部における十字ねじ用食付刃の形状を左右反転させた態様のものと同一であることは,図面上明らかであるから,本件登録意匠のヘッド部における十字ねじ用食付刃の湾曲面側先端部位の形状が「直線状」であるならば,引用意匠2,3のヘッド部における十字ねじ用食付刃の湾曲面側先端部位も「直線状」であるといわなければならない。 なお,被請求人は,請求人が過去に製造販売していた「鬼ビット」の十字ねじ用食付刃の湾曲面側の先端部位が「直線状」ではなかったことから,逆回転のカムアウト低減が実現できず,当該「鬼ビット」に係る意匠権の年金納付を断念し,販売を停止したなどと主張するが,「鬼ビット」(乙第10号証)の仕様確認図(1999年5月12日作成)には,十字ねじ用食付刃の湾曲面側の先端部位が「直線状」であることが明記されており(甲第7号証),「鬼ビット」の十字ねじ用食付刃の湾曲面側の先端部位も,実際には「直線状」であることが確認できる。 いずれにせよ,本件登録意匠の左側ヘッド部と引用意匠2の左側ヘッド部とは,願書の記載ならびに添付図面からは形態上の差異が看取できず,また,本件登録意匠の右側ヘッド部は引用意匠3のヘッド部を正面視において左右反転させた態様のものであるにすぎないのであるから,十字ねじ用食付刃の湾曲面側先端部位が「直線状」であるか否かを主張したところで何ら意味がない。本件登録意匠と引用意匠2,3の願書の記載ならびに添付図面から理解される十字ねじ用食付刃の形状が,引用意匠2にあっては同一であり,引用意匠3にあっては左右反転させた態様のものと同一である,という事実には変わりがないのである。 (2-3)引用意匠3のヘッド部を左右反転することについて 被請求人は,引用意匠3のヘッド部を左右反転させることについて,一般的な両頭ビットの場合には,同一方向に回転させるヘッド部を左右両端に配置することから,左側ヘッド部と右側ヘッド部とでは,上下が逆になった状態で配置されるのが通常である旨説明する。確かに,両頭ビットの左右両端に,同一方向に回転させることを意図して同じ形状のヘッド部を配置する場合には,左右ヘッド部は正面視において左右反転した上で上下が反転した態様となることは請求人も否定しない。 しかしながら,両頭ビットには,同一方向に回転させるヘッド部を左右両端に配置するものだけでなく,互いに逆方向に回転させるヘッド部を左右両端に配置するものも従来から存在する(甲第8号証,別紙第6参照)。そして,正回転時のねじの締め付け作業に適した形状とした一端側のヘッド部を,他端側において逆回転による取り外し作業に適したヘッド部としようとすれば,締め付け作業に適した形状とした一端側のヘッド部を単に左右反転させた態様とすればよいことは,当業者であれば極めて容易に考えられることであって,通常の造形手法に則ったものというより他ない。この点,本件登録意匠の出願日近辺の当業者における創作水準は,例えば,インパクトドライバーと同じく回転電動工具である電動ドリルに用いられるドリルバービットにおいて,両端に形成される螺旋刃を正回転用と逆回転用とで反転させた態様のものが販売されている例があることからも推認することができる(甲第9号証の1,別紙第7参照,及び甲第9号証の2,別紙第8参照)。 また,被請求人は,引用意匠3に係る物品はスリムビットではないから,スリムビットである引用意匠1のヘッド部を引用意匠3のヘッド部に置換することはないなどとも主張するが,引用意匠1,3に係る物品はともに「ドライバービット」であり,そのヘッド部は,ねじ頭部に形成された十字穴等の工具穴に差し込んでねじ等を回転させるという機能及び用途を同じくするものであるから,引用意匠3のヘッド部を引用意匠1のヘッド部と置換することに何ら困難性はない。 (2-4)両頭タイプのドライバービットにおいて一方を通常のヘッド部とし他方をスリムビットとすることについて 被請求人は,両頭タイプのドライバービットにおいて,スリムビット型ではないヘッド部(通常のヘッド部)とスリムビット型であるヘッド部とを併用する形態が従来から行われていることを示す証拠が甲第5号証しかなく,一般的に汎用された形態とは言えないと主張する。 しかしながら,両側のヘッド部が異なる形状に形成された両頭タイプのドライバービットは,甲第4号証で示したものの他にも複数存在し(甲第10号証ないし甲第13号証),さらには,両側のヘッド部の径が異なる大きさに形成された態様のものも,甲第5号証で示したものの他にも複数存在する(甲第14号証,別紙第9参照,及び甲第15号証,別紙第10参照)。 そうすると,通常のヘッド部とスリムビット型のヘッド部とを併用した両頭タイプのドライバービットは,本件登録意匠の出願日前から普通に見られるものであるから,一方を通常のヘッド部とし他方をスリムビットとすることは,ありふれた手法であるといわざるを得ない。 (3)むすび 以上のとおりであるから,無効理由に係る被請求人の答弁には理由がない。本件登録意匠は,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,同法第48条第1項第1号により,無効とすべきである。 (4)証拠方法 ・甲第6号証の1 宇都宮螺子株式会社HPにおける六角袋ナットの説明ページ ・甲第6号証の2 株式会社平井鉄工所HPにおける袋ナットの説明ページ ・甲第6号証の3 株式会社タケネHPにおける袋ナットの説明ページ ・甲第7号証 「鬼ビット」の仕様確認図(近江精機株式会社,1999年5月12日作成) ・甲第8号証 インターネットショッピングサイト「Amazon」における「アネックス(ANEX)なめたネジはずしビット(ANH23)」の紹介ページの抜粋 ・甲第9号証の1 「アイクス・オンラインショップ」における「1/4”ドリルバービット(正転&逆転ドリル)」の紹介ページ ・甲第9号証の2 「アイクス・オンラインショップ」における「1/4”ドリルバービット(正転&逆転ドリル)」の紹介記事に掲載された動画の一部(再生時間6分22秒?24秒付近)のスクリーンショット画像 ・甲第10号証 意匠登録第1269343号公報 ・甲第11号証 意匠登録第1114699号公報 ・甲第12号証 意匠登録第1197044号公報 ・甲第13号証 意匠登録第1183351号公報 ・甲第14号証 インターネットショッピングサイト「Amazon」における「アネックス(ANEX)ハイパービットコンビタイプ(AHPM-1211)」の紹介ページの抜粋 ・甲第15号証 インターネットショッピングサイト「Amazon」における「アネックス(ANEX)ハイパービットコンビタイプ(AHPM-1265)」の紹介ページの抜粋 第3 被請求人の答弁及び理由 被請求人は,令和2年7月8日付けで答弁書を提出し,結論同旨の審決を求めると答弁し,その理由として以下のように主張するとともに,その主張事実を立証するため,証拠方法として乙第1号証から乙第11号証の書証を提出した。 1 理由 (1)無効理由 ア はじめに 被請求人を意匠権者とする登録第1460017号(本件登録意匠)は,登録第1166502号(引用意匠1),登録第1085307号(引用意匠2),登録第1095286号(引用意匠3)に基づいて容易に創作された意匠ではなく,意匠法第3条第2項を理由とする同法第48条第1項第1号の無効理由を有しない。 イ 本件登録意匠の説明 審判請求書記載の本件登録意匠の説明は失当である。引用意匠1との相違点を示すにあたり,以下のとおり本件登録意匠の説明をする。 [基本的構成態様] A 正面視において,略円筒状の中間軸部の両端に保持部を設け,各々の保持部の外方に上側を平坦部分とし,下側を湾曲部分とした正逆カムアウト低減型十字ねじ用の食付刃が形成されたヘッド部を配置している。 B 右側保持部は,中間軸部から軸方向外側に向けて,軸径から広径する広径部,内側六角瘤状部,内側に凸となる湾曲状の周溝,外側六角瘤状部,テーパー狭径部を有し,テーパー狭径部が外側六角瘤状部の軸方向中央付近からテーパー状に傾斜して狭径する。 C 正面視において,両端のヘッド部は,上下部分(平坦部分と湾曲部分)が相違するヘッド部に対し,他方端のヘッド部は一方端のヘッド部の上下部分と同じ上下部分となるヘッド部を備えている。 D 正面視において,右側保持部はスリムヘッド型のテーパー狭径部を有し,左側保持部は内側六角瘤状部と周溝とヘッド部とが一体的な構成としている。 [具体的構成態様] a ヘッド部に形成された十字ねじ用の食付刃は,側面視十字状に4枚の羽根が形成され,正面視において先端部位を直線状にした平坦面と軸の周方向に向かって次第に湾曲しつつ先端部位を直線状にした直線-湾曲連続面が形成されている。 b 保持部を構成する内側六角瘤状部,外側六角瘤状部の軸方向長さは,外側六角瘤状部が内側六角瘤状部の約4/5であり,内側六角瘤状部よりも短い。 c 内側六角瘤状部は軸方向両側縁から広径部と周溝に連続する横倒しした六角ナット型であるのに対し,外側六角瘤状部はテーパー狭径部の傾斜面が外側六角瘤状部の軸方向中央付近のやや外方からヘッド部に至るまで直線状に形成されることで両者が一体的な横倒しした袋ナット型である。テーパー狭径部の軸方向長さは外側六角瘤状部の軸方向長さと略同一である。 d 正面視における保持部の周溝の湾曲は中間軸部と内側六角瘤状部及び外側六角瘤状部との端縁との中間位置に至るまで凹んでいる。 e 軸方向長さに対するヘッド部と保持部の一体型(左側),中央軸部,保持部(右側),ヘッド部(右側)の比率は,2.7対1.7対1.7対1である。 ウ 引用意匠1の説明 審判請求書記載の引用意匠1の説明は失当である。本件登録意匠との相違点を示すにあたり,以下のとおり引用意匠1の説明をする。 [基本的構成態様] A 正面視において,略円筒状の中間軸部の両端に,保持部を設け,各々の保持部の外方に上側及び下側を湾曲部分とした十字ねじ用の食付刃が形成されたヘッド部を配置している。 B 保持部は,中間軸部から軸方向外側に向けて,軸径から広径する広径部,内側六角瘤状部,内側に凸となる湾曲状の周溝,外側六角瘤状部を有し,外側六角瘤状部の軸方向端縁から軸中心方向に湾曲した狭径部を有する。 C 正面視において,両端のヘッド部は,上側及び下側(湾曲部分と湾曲部分)が同じヘッド部であり,他方端のヘッド部は一方端のヘッド部と上下部分を反転させたヘッド部を備えている。 D 正面視において,右側保持部はスリムヘッド型の狭径部を有し,左側保持部も右側保持部と同形状である。 [具体的構成態様] a ヘッド部に形成された十字ねじ用の食付刃は,側面視十字状に4枚の羽根が形成され,正面視において先端部位を含めて先端から互いに軸の周方向に向かって次第に湾曲する2つの湾曲面が形成されている。 b 保持部を構成する内側六角瘤状部,外側六角瘤状部の軸方向長さは,外側六角瘤状部が内側六角瘤状部の約6/5程度であり,内側六角瘤状部より長い。 c 内側六角瘤状部は軸方向両側縁から広径部と周溝に連続する横倒しした六角ナット側であり,外側六角瘤状部も軸方向両側縁から周溝と狭径部に連続する横倒しした六角ナット側である。狭径部の軸方向長さは,外側六角瘤状部の軸方向長さの約1/2である。 d 正面視における右側保持部の周溝の湾曲は中間軸部の端縁の延長線上に至るまで凹んでいる。 e 軸方向長さに対するヘッド部(左側),保持部(左側),中央軸部,保持部(右側),ヘッド部(右側)の比率は,1対1.5対1.5対1.5対1である。 エ 審判請求書記載の基本的構成態様,具体的構成態様に対する主張 請求人が主張する審判請求書記載の構成態様は,いずれも本件登録意匠及び引用意匠を正確に示すものではない。 すなわち,本件登録意匠の右側保持部が外側六角瘤状部からテーパー狭径部への一体的形態を無視し,ヘッド部の形状,左右のヘッド部の上下部分位置関係についても無視したものである。これらの形態の違いは一見して引用意匠1との相違が明らかである。 各部分の名称は,略同一ヵ所を示すものは同じ名称を用いているが,「保持部」と「シャンク部」は特定する範囲を異にするために名称を変更している。すなわち,被請求人は一対の六角瘤状部と広径部とテーパー狭径部とを含めた部分を特徴として説明するため「保持部」とし,請求人が一対の六角瘤状部と周溝のみを「シャンク部」と称している。 オ 参考先行意匠の存在 近年の参考先行意匠の以下の登録例を参照すると,本件物品の各構成における具体的な形態の相違点により登録要件(非類似かつ創作非容易性)が認定されている。 (ア)参考先行意匠1(乙第1号証 意匠登録919526号の類似の1) 参考先行意匠1として,引用意匠1の出願日(2002.1.18)より前の1995年2月17日に公報が発行された登録例を示す(乙1)。乙1・参考先行意匠1は,正面視において,中央軸部の両側に内側六角瘤状部,外側六角瘤状部を有し,その外方にヘッド部を有している。 ![]() 引用意匠1は,参考先行意匠1がありながら審査を経て登録に至ったものである。引用意匠1はヘッド部の具体的構成,外側瘤状部が内側瘤状部より軸方向長さが若干長い等の保持部の具体的形態から,参考先行意匠1とは美観を共通せずに非類似,創作非容易との判断がなされたものである。 (イ)参考先行意匠2(乙第2号証 意匠登録1121307号) 参考先行意匠2として,引用意匠1の出願日(2002.1.18)より前の2001年9月17日に公報が発行されている登録例を示す(乙2)。乙2・参考先行意匠2は,正面視において,引用意匠1のヘッド部と近似した形態を有しているところ,引用意匠1との違いは円筒状の中央軸部ではなく,中央にも六角瘤状部が形成されている点である。乙2と引用意匠1との双方が登録に至っていることからすると,両者は非類似であり,創作非容易性が認められたことに他ならない。 ![]() 引用意匠1と乙2・参考先行意匠2との登録例との関係からすると,中央軸部ではなく,両側の内側瘤状部間にも同様に六角ナット状の中央六角瘤状部の存在,外側瘤状部から急激に湾曲した狭径部を有するスリムビット型にした具体的形態において,両意匠に接した者が異なる美観を受けることを示したものである。 このように,引用意匠1と乙2・参考先行意匠2との関係を考慮すると,より具体的構成により創作容易性の判断がなされていることが明白である。 (ウ)参考先行意匠3,4(乙第3号証 意匠登録第1084684号,及び乙第4号証 意匠登録第1086132号(甲第5号証)) 参考先行意匠3,4として,引用意匠1の出願日(2002.1.18)より前に公報が発行されている登録例を示す(乙3,4)。乙3・参考先行意匠3は2000年9月11日に,乙4・参考先行意匠4は2000年9月25日に公報が発行されている。 ![]() 双方の参考先行意匠3,4とも,六角瘤状部とビット部との間に,スリムビットとなる狭径部を有するものである。これらの狭径部は六角瘤状部のビット側端から急激に傾斜した形態が表れている。なお,このスリムビットと呼ばれるものは両端にヘッド部を有するビットにおいて使用時に刃先やネジ頭(当審注:以下「ねじ頭」に統一して記載する。)を見やすくするために,ヘッド部近くから狭径するものである(乙9)。なお,ヘッド部から相当程度の長さの軸部を有している甲3・引用意匠3はスリムビットではない。 後述する本件登録意匠のテーパー狭径部のような外側六角瘤状部の軸方向中央付近からなだらかに傾斜し,ビット部の食付刃の基端付近にまで至る一体的な袋ナット型の形態に関する先行意匠は存在していない。 (エ)参考先行意匠5,6(乙第5号証 意匠登録第319930号,及び乙第6号証 意匠登録第919526号) 参考先行意匠5,6として乙5,乙6を示す。乙5・参考先行意匠5と乙6・参考先行意匠6は,正面視において中央軸部の両端に六角瘤状部を有し,周溝を経て両側にヘッド部を有する点において共通している。乙5・参考先行意匠5は昭和46年1月13日に意匠公報が発行され,その後に乙6・参考先行意匠6が平成5年7月23日に出願され,登録に至っている。 ![]() 上記からすると,乙5・参考先行意匠5に対し,乙6・参考先行意匠6に係る意匠は非類似であり,創作非容易性が認められたことに他ならない。中央軸部,六角瘤状部,周溝,ヘッド部が両端に配置された基本的形態を共通しているものの,六角瘤状部の軸方向長さの相違,中央軸部の軸径,ヘッド部の具体的形態の相違を鑑みて,両意匠に接した者が異なる美観を受けたことを示すものに他ならない。 ![]() 参考先行意匠7,8に係る意匠権は,いずれも請求人の親会社である株式会社タジマツールが平成11年(1990年)4月14日に出願したものであり,関連意匠ではなく,双方とも独立した意匠権として成立していることから非類似と判断されたものである。 中央に円柱体を配置した中央軸部,六角瘤状部,周溝,ヘッド部が両端に配置された基本的形態を共通しているものの,単に中央軸部の中央円柱体の両側に厚みの薄い円柱体が配置された具体的形態の相違を鑑みて,両意匠に接した者が異なる美観を受けたことを示すものに他ならない。 カ 創作非容易性 [創作非容易性の主張(総論)] 本件登録意匠は,引用意匠1と異なり,少なくとも特徴的な右側保持部の形態を有している。請求人主張の左側ヘッド部及び左側保持部の一部を,引用意匠2に置き換え,右側ヘッド部を引用意匠3のヘッド部に置き換えても,上記特徴的な右側保持部の形態から実質的に同一意匠を創作するものと評価することはできない。 また,両端にヘッド部を有するビットにおいて,一方を通常のヘッド部とし,他方をスリムビットとすることは一般的に汎用されている態様とは言い難い。しかも引用意匠3に係る物品はヘッド部の近傍を狭径するものではなく,スリムビットではない。引用意匠1に引用意匠2,3を置き換えることは,請求人主張の置き換えがありふれた手法ではなく,当業者に容易に創作できたとは言えない。 (ア)形態の共通点及び引用意匠1との差異点 上記のとおり,基本的構成態様AないしD,具体的構成態様aないしeのいずれも相違する。 数多くの相違点が存在するが,特に,以下の相違点について主張する。 [相違点] (i)正面視において,本件登録意匠の右側保持部のみが,テーパー狭径部が外側六角瘤状部の軸方向中央付近からテーパー状に傾斜して狭径することで一体的な袋ナット型であるのに対し,引用意匠1の両側の保持部は外側六角瘤状部の軸方向端縁から軸中心方向に湾曲して狭径する単なる六角ナット型であること,及び,狭径部,周溝,中央軸部と六角瘤状部の外径との凹凸の具体的形態が本件登録意匠は緩やかなものであるに対し,引用意匠1は急激な形態であること(B,D,b,c,d,e) (ii)正面視において,本件登録意匠はヘッド部の上下一方に平坦部分,他方に湾曲部分が形成されているが,引用意匠1は上側及び下側をいずれも湾曲部分とし,カムアウト低減型の先端部位に直線面が形成されていないこと(A,a) (iii)正面視において,本件登録意匠は左側ヘッド部の上側を平坦部分,下側を湾曲部分とし,右側ヘッド部の上側も平坦部分,下側を湾曲部分とするように上下部分を同じくしているが,引用意匠1は単に上側と下側が同一形状のヘッド部を単に右側に配置したこと(C,f) (イ)引用意匠1(及び同2,3)との差異点についての評価 (あ-1)右側保持部の形態の相違(総論・引用意匠1) 本件登録意匠は,右側保持部の外側六角瘤状部の軸方向中央付近からテーパー状に傾斜してなだらかに狭径するテーパー狭径部を形成することで横倒しした袋ナット状の形態をしているが,引用意匠1は外側六角瘤状部の軸方向端縁から軸中心方向に湾曲して狭径した急激な狭径部としているため外側六角瘤状部は内側六角瘤状部と同じく横倒しした六角ナット状の形態である。 また,その他の具体的形態となる周溝の凹みやテーパー狭径部(狭径部)の外側六角瘤状部に対する長さからしても,本件登録意匠と引用意匠1との保持部は異なる美観を需要者に生じさせるものである。 下に本件登録意匠と引用意匠1の正面図を対比する。 ![]() 上記形態の違いは,正面視においても明らかであるが,参考資料として以下の右側保持部とヘッド部のみの拡大図及び当該部分の参考斜視図を示す(破線は稜線を示すものである)。 ![]() (あ-2)本件登録意匠の右側保持部の形態と使用者が受ける美観 本件登録意匠の右側保持部は,正面視において,外側六角瘤状部の軸方向中央付近からテーパー状に傾斜するテーパー狭径部を有する。テーパー傾斜面の上端が外側六角瘤状部の中央付近やや外側から開始され,テーパー傾斜面の下端がヘッド部の食付刃後端の近くに至る。テーパー傾斜面の軸方向長さは外側六角瘤状部の軸方向長さを略同一と比較的長いため傾斜角度も比較的緩やかとなる。さらに外側六角瘤状部よりも内側六角瘤状部の軸方向長さが長く,周溝の凹みが六角瘤状部の外径と中間軸部の外径の中間付近でしかなく比較的浅い。 上記形態を有する本件登録意匠の右側保持部は,六角ナット型の内側六角瘤状部とテーパー狭径部と一体的となる袋ナット型の外側六角瘤状部であり,内側六角瘤状部より外側六角瘤状部の軸方向長さも短く,周溝の凹みが比較的浅い。また,テーパー狭径部のテーパー傾斜面の下端と同径のヘッド部を延出し,同径斜面の下端付近にヘッド部の食付刃の基端が位置するまでに延長され,狭径角度が緩やかである。 そのため,本件登録意匠のテーパー狭径部を含む右側保持部は,本件登録意匠に接する使用者に,ヘッド部に向かうに従って狭径したシャープな印象を生じさせる形態である。 また,本件登録意匠において右側保持部は軸方向長さに対するヘッド部と保持部の一体型(左側),中央軸部,保持部(右側),ヘッド部(右側)の比率は,2.7対1.7対1.7対1であるから,軸方向全体に対して保持部の比率は1.7/7.1と,約1/4となる。 (あ-3)引用意匠1の狭径部の形態と使用者が受ける美観 引用意匠1の右側保持部の狭径部は,内側六角瘤状部と同じ横倒しした六角ナット型の外側六角瘤状部の外側端から急激な曲部を描いて狭径しながら延出したものである。 正面視において,曲部となる狭径部の上端が外側六角瘤状部の外側端から開始され,下端はヘッド部の食付刃後端よりも外側六角瘤状部に近い形状である。狭径部の軸方向長さは外側六角瘤状部の軸方向長さの約1/2と比較的短いため,狭径部の湾曲も急勾配となる。さらに内側六角瘤状部よりも外側六角瘤状部の軸方向長さが長く,周溝の凹みが中間軸部の外径の延長線上に至るまで凹んでいる。 上記形態を有する引用意匠1は,六角ナット型の内側六角瘤状部と外側六角瘤状部とを有し,外側六角瘤状部の外端から湾曲して急激に狭径された狭径部を形成する。外側六角瘤状部は内側六角瘤状部よりも軸方向長さが長く,内側六角瘤状部と外側六角瘤状部との間の周溝の凹みは急激に凹んでいる。 そのため,引用意匠1の狭径部は,外縁が明瞭となった外側及び内側の六角ナット状の六角瘤状部が存在感をもち,狭径部及び周溝の凹みが急激であることから,本件登録意匠に接する使用者に,凹凸が明瞭に表れる朴訥な印象を生じさせる形態である。 なお,引用意匠1において保持部は両側に存在し,ヘッド部(左側),保持部(左側),中央軸部,保持部(右側),ヘッド部(右側)の比率は1対1.5対1.5対1.5対1であるから,軸方向全体に対して右側保持部の比率は1.5/6.5となり,1/4より低い。 (あ-3)(当審注:「(あ-4)」の誤りであると認められる。)本件登録意匠と引用意匠1との右側保持部の評価 上記のとおり,ヘッド部に向かうに従って徐々に狭まれていくシャープな印象を有する本件登録意匠と,六角瘤状部の外縁が明確で凹凸が明瞭に表れる朴訥とした印象を有する引用意匠1とは,使用者にして異なる美観を生じさせるものである。 しかも,本件登録意匠及び引用意匠1において,右側保持部は軸方向全体に占める保持部の割合は概ね1/4であって,意匠全体に生じる美観の多くを形成している。 また,両端ビットにおいてヘッド部を狭径することは“スリムビット”と呼ばれ,刃先・ねじ頭を見やすいようにヘッド部の基端から狭めたもので,需要者に重視されている部位である(乙9)。当該保持部は需要者の視点からすると意匠的に重視される部位である。 よって,保持部の具体的形態からすると,本件登録意匠の右側保持部と,引用意匠1の右側保持部とは使用者に別個の美観を生じさせる特徴的な相違点を有する。 (い-1)ヘッド部の形態の相違(引用意匠1) 本件登録意匠は,正面視において,ヘッド部が平坦面に係る「平坦部分」と湾曲面に係る「湾曲部分」を有するに対し,引用意匠1はヘッド部が湾曲面を上下に配した2つの「湾曲部分」を有するものであって,その具体的形態から美観が共通しない。 本件登録意匠と引用意匠1とのヘッド部の形態の違いは,上記の違いに留まらず,機能的なカムアウト低減型の食付刃となっており,需要者が特に重視する形態であるため(乙9),以下のとおり詳細に説明する。 (い-2)本件登録意匠及び引用意匠2のヘッド部の詳細な形態の説明 本件登録意匠は,ヘッド部が平坦面に係る「平坦部分」と湾曲面に係る「湾曲部分」を有するところ,正面視において,「湾曲部分」の先端部位が直線状となっている。 一般的にネジ(当審注:以下「ねじ」に統一して記載する。)を回転させるときに用いる部分は,正面視において上部分(本件登録意匠では平坦部分)の溝に力がかかり,逆回転において下部分(本件登録意匠では湾曲部分)の溝に力がかかる。本件登録意匠の左側ヘッド部では,上部分である「平坦部分」がヘッド部による正回転を行う場合に,ヘッド部がねじ頭から抜けるカムアウト現象(乙9)が生じないように,平坦面を“閉じる”ように正面視で直線状に形成している。 一方,上部分の「平坦面」に加え下部分も同じく「平坦面」とすると,羽の肉厚が足りず強度不足となる。 そこで,本件登録意匠は「湾曲部分」としつつねじ頭に挿入される先端部位のみを直線状にした“閉じた”状態とすることにより,逆回転のカムアウト現象が生じないようにしている。 一方,引用意匠2のヘッド部は,上側に「平坦部分」,下側に「湾曲部分」を形成しているようにしているが,正確には引用意匠2の「湾曲部分」は先端部位を含んで全体が湾曲した状態であって,本件登録意匠の「湾曲部分」に形成される先端部位の直線-湾曲連続面が形成されていない。 よって,本件登録意匠の左側ヘッド部と引用意匠2のヘッド部とは使用者が重視するカムアウト低減型の食付刃としていないものであって,同一形態ではない。 (い-3)当業者がカムアウト低減型ヘッド部に着目していること 上記に示す「湾曲部分」の先端部位が逆回転カムアウト低減型になっていることは,意匠全体からすると比較的細かな部位である。しかし,乙9に示すように,本物品の需要者,使用者からすると,具体的機能を伴うヘッド部の形態に着目することが多く,需要者の注意を惹き易い部分となる。 また,実際に請求人の親会社であるタジマツール社は,従前カムアウト低減型のヘッド部に着目し,参考先行意匠7,8(乙7,8)・引用意匠2に係る意匠登録出願を行い,「鬼ビット」の名称で製造,販売していた(乙10)。しかし,当該「鬼ビット」は湾曲部分の先端部位が直線状の“閉じた”形態となっておらず,逆回転のカムアウト低減が達成できず,販売を停止し,上記意匠権の年金も納付を継続しなかった。 しかし,被請求人が本件登録意匠による逆回転のカムアウト低減型のヘッド部を開発したところ,請求人は被請求人製品のヘッド部の形態を模倣した「凄先ビット」を販売した(乙11)。本件審判は,被請求人が請求人に模倣行為に関する通知をしたために,請求人が対向処置(当審注:「対抗措置」の誤りであると認められる。)で行ったものである。 ヘッド部の食付刃の先端部位の形態は上記のとおり意匠全体からすると,細かな部位である。しかし,請求人が従前商品の「鬼ビット」から商品名を「凄先ビット」と変更してまで新商品として販売するなど,当業者は当該ヘッド部の食付刃の先端部位の形態に着目している。 この事情を踏まえると,細かな部分であっても当業者が特に注目する部位については意匠的特徴として考慮すべきである。 (う-1)ヘッド部の反転態様の相違(引用意匠3) 正面視において,本件登録意匠は,上下部分の異なるヘッド部が左右に配されている。具体的には,左側ヘッド部の上部分(平坦部分)と右側ヘッド部の上部分(平坦部分)が一致し,左側ヘッドの下部分(湾曲部分)と右側ヘッド部の下部分(湾曲部分)とが一致する。 これは引用意匠2(参考先行意匠7,8)に示すように,両端にヘッド部を有するビットにおいて,両端のヘッド部は一方の回転方向に対応するものとするため,ヘッド部の上下の異なる形態であれば,左右のヘッド部で上下異なる形態となることが一般的である。すなわち,左側ヘッド部において上側に「平坦部分」,下側に「湾曲部分」を有する場合,右側ヘッド部は上側に「湾曲部分」,下側に「平坦部分」となる。本件登録意匠のような上下部分の形態が異なるヘッド部において,「平坦部分」が左右両方のヘッド部の上側に,「湾曲部分」が左右両方のヘッド部の下側に形成されていることは極めて少ない。 請求人は,本件登録意匠に引用意匠3のヘッド部を反転させて置き換えると実質的に同一と主張しているが,本件登録意匠の右側ヘッド部のように上方に平坦部分,下方に湾曲部分となるように反転させることは少なくとも一般的ではなく,置き換えがありふれた手法とは到底言えない。 (う-2)引用意匠3の形態との非同一性 本件登録意匠の右側保持部から右側ヘッド部にかけて“スリムビット”と呼ばれるテーパー狭径部を有する一体的な袋ナット状の形態である。その一方,引用意匠3は単に中間軸部から連続したヘッド部を有するもので当業者において“スリムビット”と呼ばれる形態ではない。 なお,引用意匠3に表れる「湾曲部分」についても先端部位が全体的に湾曲するもので,本件登録意匠の「湾曲部分」の先端部位に表れる直線-湾曲連続面が形成されていない。これは上記引用意匠2で示した内容と同じである。 よって,本件登録意匠と引用意匠3のヘッド部は同一の形態ではない。 (え)引用意匠2のヘッド部と,スリムビット型のヘッド部との併用 請求人は,引用意匠1の左側ヘッド部を引用意匠2に置き換え,右側ヘッド部を引用意匠3のヘッド部を反転して置き換えれば,本件登録意匠と実質的に同じとしている。これに加え,スリムビット型ではないヘッド部とスリムビット型であるヘッド部とを併用する形態が従来から行われていると主張する(審判請求書(3)カ)。 しかし,その証拠としては甲5(乙4・参考先行意匠4)に示すものしかなく,少なくとも両端ビットにおいて一般的に汎用された形態とは到底言えない。 意匠法第3条第2項にかかる当業者が容易に創作できたか否かについては,業界で汎用されていたことを根拠に,置き換えが容易であることを示すことが必要であって,単なる一例をもって置き換えがありふれた手法であると評価することは極めて失当である。 カ(当審注:「キ」の誤りであると認められる。) 創作非容易性の評価 請求人の主張する創作非容易性とするには,引用意匠1に引用意匠2,引用意匠3を置き換えることがありふれた手法であり,ありふれた結果が本件登録意匠と同一の意匠となることが必要である。 しかし,少なくとも本件登録意匠と引用意匠1とは右側保持部の形態がテーパー狭径部と狭径部との明確な違いがある。しかも,本件登録意匠の右側保持部のテーパー狭径部は,六角瘤状部の軸方向中央付近からテーパー傾斜面が形成され,緩やかに傾斜し食付刃の基端付近に至るものであって,参考先行意匠3,4に示すように先行意匠に表れない特徴的な形態である。 よって,引用意匠1に引用意匠2,3を置き換えたとしても,本件登録意匠と同一の意匠を創作することは不可能であり,請求人の主張は失当である。 これに加え,請求人が置き換えと主張する引用意匠2,3のヘッド部の形態は,本件登録意匠のヘッド部と同一ではない。しかも,請求人が主張するような左右反転して置き換えることも一般的な置き換え態様ではなくありふれたものではない。さらに両端ビットにおいて一方をスリムビットとし,他方をスリムビットとしない形態もありふれたものではない。このような参考先行意匠を踏まえた場合,引用意匠1に引用意匠2の左側ヘッド部を置き換え,引用意匠3の左側ヘッド部を反転させて置き換えることはできない。これらの置き換えは,ありふれた手法としての置き換えに該当しない。 なお,請求人の主張を前提としても,引用意匠1の左側ヘッド部の引用意匠2の置き換え,引用意匠3の左側ヘッド部の反転,引用意匠1の右側ヘッド部の引用意匠3の置き換え,と3つのステップを踏まなければならない。このような3つのステップを踏まなければ達成できない状況からしても,引用意匠1ないし3から本件登録意匠を創作容易とすることができないことは明らかである。 2 結論 上記から本件登録意匠は,引用意匠1ないし3により容易に創作することはできない。 したがって,本件登録意匠は意匠法第3条第2項に反するとの無効理由は存在しない。 よって,本件審判は成り立たないと判断されるべきである。 3 証拠方法(証拠説明書参照) ・乙第1号証 意匠登録第919526号の類似1公報 ・乙第2号証 意匠登録第1121307号公報 ・乙第3号証 意匠登録第1084684号公報 ・乙第4号証 意匠登録第1086132号公報 ・乙第5号証 意匠登録第319930号公報 ・乙第6号証 意匠登録第919526号公報 ・乙第7号証 意匠登録第1085307号公報 ・乙第8号証 意匠登録第1092391号公報 ・乙第9号証 「インパクトドライバー用ビットの種類と特徴のまとめ(当審注:「特長まとめ」の誤記と認められる。)」 ・乙第10号証 株式会社タジマツールの製品「鬼ビット」の写真 ・乙第11号証 株式会社タジマツールのホームページ 第4 書面審理 審判長は,令和2年10月21日付けで,請求人及び被請求人に対し,本件審判についての審理は,職権により書面審理によるものとする通知を行った。 第5 当審の判断 1 本件登録意匠 本件登録意匠は,本意匠の意匠登録番号を意匠登録第1459615号とする関連意匠として登録された意匠登録第1460017号の意匠であり,意匠に係る物品を「螺子廻し具」とし,その形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下,「形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合」を「形態」という。)を,意匠登録公報に記載された図面に表されたとおりとしたものであって,具体的には以下のとおりのものである(別紙第1参照)。 (1)本件登録意匠の意匠に係る物品 本件登録意匠の意匠に係る物品は,インパクトドライバー,電動ドライバー,エアドライバー等の電動回転工具に着脱可能に取り付けて,各種ねじの締め付けや取り外し作業に用いられる「螺子廻し具」である。 (2)本件登録意匠の形態 当審では本件登録意匠の形態について,以下のように認定した(以下の「当審作成の本件登録意匠の説明図」参照)。 なお,本件登録意匠の意匠公報に記載の右側面図は,正面図を基準とすると,左右反転させたものが正しい図であると認められるため,本件登録意匠の形態の認定にあたっては,意匠公報に記載の右側面図を左右反転させたものを右側面図であるとして認定を行った。 ![]() ア 全体は,回転工具のワンタッチスリーブ等にドライバービットの差し込む向きを変えることで,1本で2つのドライバーが使用可能な両頭ビットの構成としたものであって, (ア)全体を,正面視において,ビット中央の軸部分(以下「中間軸部」という。)の左側に,シャンク部分(以下「左シャンク部」という。)を設け,この左シャンク部の左側に,その先端部に十字ねじ用の刃(以下「左十字刃部」という。)を形成したヘッド部分(以下「左ヘッド部」という。)を左シャンク部と一体的に形成し,中間軸部の右側に,シャンク部分(以下「右シャンク部」という。)を設け,この右シャンク部の右側に,その先端部に十字ねじ用の刃(以下「右十字刃部」という。)を形成したヘッド部分(以下「右ヘッド部」という。)を配設した形態とし, (イ)左ヘッド部,左シャンク部,中間軸部,右シャンク部及び右ヘッド部の軸方向の長さの比率を,約1:1.5:2:1.2:1.2としたものである。 イ 中間軸部は,軸部分にくびれを設け,ここに捻れを生じさせてドライバービットの使用時に発生する衝撃を吸収し,ヘッド部や螺子頭の破損を防ぐ効果をもつトーションビットの構成としたものであって, (ア)中間軸部の軸部分を,左右のシャンク部より小径の略細長円柱状の形態とし, (イ)中間軸部のシャンク部との接合部分を,シャンク部に向かって略ラッパ状に拡がる形態としたものである。 ウ 左シャンク部は,右十字刃部を使用する際に回転工具に装着する側のシャンクであって, (ア)左シャンク部全体を,その略中央部分に,断面視略凹円弧状の周溝を1条形成した略六角柱状の形態とし, (イ)左シャンク部の左ヘッド部側の部分,周溝の部分及び中間軸部側の部分の,軸方向の長さの比率を,約2:1:1.5としたものである。 エ 左ヘッド部は,左シャンク部と一体的に形成した構成としたものであって, (ア)左ヘッド部の軸部分を,その先端部付近を正面視略<状に形成し,さらにその先端中央部分を正面視略くの字状に形成した,先端側が窄まった略六角柱状の形態とし,その先端側の周側面部分4カ所を正面視略横レの字状に切り欠いて,4つの突条部分(以下「羽根部」という。)からなる左十字刃部を,左側面視略十字状の形態に形成し, (イ)各羽根部を,羽根部の先端からみて左側の側面部分を略垂直な平坦面状に形成し,羽根部の先端からみて右側の側面部分を,先端部分を略垂直な平坦面状とし,そこから中間軸側に向かって外側に漸次湾曲する略凹曲面状に形成して,ねじを締める際にねじ穴からビット先端部が浮き上がるカムアウト現象を抑制することができる構成としたものである。 オ 右シャンク部は,左十字刃部を使用する際に回転工具に装着する側のシャンクであって, (ア)右シャンク部全体を,その略中央部分に,断面視略凹円弧状の周溝を1条形成した略六角柱状の形態とし, (イ)右シャンク部の右ヘッド部側の部分,周溝の部分及び中間軸部側の部分の,軸方向の長さの比率を,約1.3:1:1.4としたものである。 カ 右ヘッド部は,作業時に右十字刃部やねじ頭が見やすいようにヘッド部の径を細く加工したスリムビットの構成としたものであって, (ア)右ヘッド部の軸部分を,その先端部付近を正面視略>状に形成し,さらにその先端中央部分を正面視略逆くの字状に形成した,右シャンク部より小径の先端側が窄まった略細長円柱状の形態とし,その先端側の周側面部分4カ所を正面視略逆横レの字状に切り欠いて,4つの羽根部からなる右十字刃部を右側面視略十字状の形態に形成し, (イ)右ヘッド部の右シャンク部との接合部分を,右シャンク部に向かって略円錐台状に拡がる形態としたものであり,その境界部分には略凸円弧状の線が上下に連続して表れており, (ウ)各羽根部を,羽根部の先端からみて右側の側面部分を略垂直な平坦面状に形成し,羽根部の先端からみて左側の側面部分を,先端部分を略垂直な平坦面状とし,そこから中間軸側に向かって外側に漸次湾曲する略凹曲面状に形成して,ねじを緩める際のカムアウト現象を抑制することができる構成としたものである。 2 請求人が主張する無効の理由 請求人が,審判請求書で主張する意匠登録無効事由について検討すると,以下のとおりとなる。 請求人は,審判請求書の「(2)意匠登録無効の理由の要点」において,無効の理由を「本件登録意匠は,登録第1166502号意匠(以下『引用意匠1』という。別紙第2参照)及び登録第1085307号意匠の左側ヘッド部及び当該ヘッド部に形成されたねじ用食付刃部分の意匠(以下『引用意匠2』という。別紙第3参照)並びに登録第1095286号意匠のねじ用食付刃部分の意匠(以下『引用意匠3』という。別紙第4参照)に基づいて容易に創作できたものであるから,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,同法第48条第1項第1号により,無効とすべきである。」と主張されたが,本件無効審判請求の無効理由は,「(3)本件意匠登録を無効とすべき理由」の記載内容からすると,「本件登録意匠は,引用意匠1(意匠登録第1166502号の意匠),引用意匠2(意匠登録第1085307号の意匠)の左ヘッド部の形態(左十字刃部の形態を含む),及び引用意匠3(意匠登録第1095286号の意匠)のヘッド部の形態(十字刃部の形態を含む)に基づいて容易に創作できたものであるから,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,同法第48条第1項第1号により,無効とすべきである。」と認められるものである。 したがって,引用意匠2を意匠登録第1085307号意匠の左側ヘッド部及び当該ヘッド部に形成されたねじ用食付刃部分の意匠ではなく意匠登録第1085307号の意匠であるとし,引用意匠3を意匠登録第1095286号意匠のねじ用食付刃部分の意匠ではなく意匠登録第1095286号の意匠であるとして,以下記載する。 3 引用意匠1(甲第1号証の意匠) 甲第1号証は,意匠公報発行日を平成15年(2003年)3月4日とする意匠登録第1166502号の意匠公報の写しであって,当該公報に記載された引用意匠1は,具体的には以下のとおりのものである(別紙第2参照)。 (1)引用意匠1の意匠に係る物品 引用意匠1の意匠に係る物品は,電動回転工具に着脱可能に取り付けて,各種ねじの締め付けや取り外し作業に用いられる「ドライバービット」である。 (2)引用意匠1の形態 当審では,引用意匠1の具体的な全体の形態について,以下のように認定した。 ア 全体は,回転工具のワンタッチスリーブ等にドライバービットの差し込む向きを変えることで,1本で2つのドライバーが使用可能な両頭ビットの構成としたものであって, (ア)全体を,正面視において,中間軸部の左側に左シャンク部を設け,この左シャンク部の左側に,その先端部に左十字刃部を形成した左ヘッド部を配設し,中間軸部の右側に右シャンク部を設け,この右シャンク部の右側に,その先端部に右十字刃部を形成した右ヘッド部を配設した形態とし, (イ)左ヘッド部,左シャンク部,中間軸部,右シャンク部及び右ヘッド部の軸方向の長さの比率を,約1:1:1.7:1:1としたものである。 イ 中間軸部は,トーションビットの構成としたものであって, (ア)中間軸部の軸部分を,左右のシャンク部より小径の略細長円柱状の形態とし, (イ)中間軸部のシャンク部との接合部分を,シャンク部に向かって略ラッパ状に拡がる形態としたものである。 ウ 左シャンク部は,右十字刃部を使用する際に回転工具に装着する側のシャンクであって, (ア)左シャンク部全体を,その略中央部分に,断面視略凹円弧状の周溝を1条形成した略六角柱状の形態とし, (イ)左シャンク部の左ヘッド部側の部分,周溝の部分及び中間軸部側の部分の,軸方向の長さの比率を,約1:1:1としたものである。 エ 左ヘッド部は,スリムビットの構成としたものであって, (ア)左ヘッド部の軸部分を,その先端部付近を正面視略<状に形成し,さらにその先端中央部分を正面視略くの字状に形成した,左シャンク部より小径の先端側が漸次窄まった略細長円柱状の形態とし,その先端側の周側面部分4カ所を正面視略横レの字状に切り欠いて,4つの羽根部からなる左十字刃部を,左側面視略十字状の形態に形成し, (イ)左ヘッド部の左シャンク部との接合部分を,シャンク部に向かって略ラッパ状に拡がる形態とし, (ウ)各羽根部を,羽根部の先端からみて左右の側面部分を,先端部分を略垂直な平坦面状とし,そこから中間軸側に向かって外側に漸次湾曲する凹曲面状とした,軸方向に対して上下対称な形態に形成したものである。 オ 右シャンク部は,左十字刃部を使用する際に回転工具に装着する側のシャンクであって,正面視において左シャンク部と左右対称の形態に形成したものである。 カ 右ヘッド部は,スリムビットの構成としたものであって,側面視において左ヘッド部と同一の形態に形成したものである。 4 引用意匠2(甲第2号証)の意匠 甲第2号証は,意匠公報発行日を平成12年(2000年)9月18日とする意匠登録第1085307号意匠公報の写しであって,当該公報に記載された引用意匠2は,具体的には以下のとおりのものである(別紙第3参照)。 (1)引用意匠2の意匠に係る物品 引用意匠2の意匠に係る物品は,電動回転工具に着脱可能に取り付けて,各種ねじの締め付けや取り外し作業に用いられる「ドライバービット」である。 (2)引用意匠2の左シャンク部及び左ヘッド部の形態 当審では,引用意匠2における左シャンク部及び左ヘッド部(ねじ用食付刃の形態を含む)の具体的な形態について,以下のように認定した。 ア 左シャンク部は,右十字刃部を使用する際に回転工具に装着する側のシャンクであって, (ア)左シャンク部全体を,その略中央部分に,断面視略凹円弧状の周溝を1条形成した略六角柱状の形態とし, (イ)左シャンク部の左ヘッド部側の部分,周溝の部分及び中間軸部側の部分の,軸方向の長さの比率を,約2:1:1.1としたものである。 イ 左ヘッド部は,左シャンク部と一体的に形成した構成としたものであって, (ア)左ヘッド部の軸部分を,その先端部付近を正面視略<状に形成し,さらにその先端中央部分を正面視略くの字状に形成した,先端側が窄まった略六角柱状の形態とし,その先端側の周側面部分4カ所を正面視略横レの字状に切り欠いて,4つの羽根部からなる左十字刃部を,左側面視略十字状の形態に形成し, (イ)各羽根部を,羽根部の先端からみて左側の側面部分を略垂直な平坦面状に形成し,羽根部の先端からみて右側の側面部分を,先端部分を略垂直な平坦面状とし,そこから中間軸側に向かって外側に漸次湾曲する略凹曲面状に形成して,ねじを締める際のカムアウト現象を抑制することができる構成としたものである。 5 引用意匠3(甲第3号証)の意匠 甲第3号証は,意匠公報発行日を平成13年(2001年)1月9日とする意匠登録第1095286号意匠公報の写しであって,当該公報に記載された引用意匠3は,具体的には以下のとおりのものである(別紙第4参照)。 (1)引用意匠3の意匠に係る物品 引用意匠3の意匠に係る物品は,電動回転工具に着脱可能に取り付けて,各種ねじの締め付けや取り外し作業に用いられる「ドライバービット」である。 (2)引用意匠3のヘッド部の形態 当審では,引用意匠3におけるヘッド部(十字刃部の形態を含む)の具体的な形態について,以下のように認定した。 ア ヘッド部は,スリムビットの構成としたものであって, (ア)ヘッド部の軸部分を,その先端部付近を正面視略<状に形成し,さらにその先端中央部分を正面視略くの字状に形成した,シャンク部より小径の先端側が漸次窄まった略細長円柱状の形態とし,その先端側の周側面部分4カ所を正面視略横レの字状に切り欠いて,4つの羽根部からなる左十字刃部を,左側面視略十字状の形態に形成し, (イ)ヘッド部のシャンク部との接合部分を,シャンク部に向かって略円錐台状に拡がる形態としたものであり,その境界部分には略凸円弧状の線が上下に連続して表れており, (ウ)各羽根部を,羽根部の先端からみて左側の側面部分を略垂直な平坦面状に形成し,羽根部の先端からみて右側の側面部分を,先端部分を略垂直な平坦面状とし,そこから中間軸側に向かって外側に漸次湾曲する略凹曲面状に形成して,ねじを締める際のカムアウト現象を抑制することができる構成としたものである。 6 無効理由の検討 (1)無効理由について 請求人が主張している本件無効審判請求の無効理由は,本件登録意匠は,引用意匠1,引用意匠2の左ヘッド部の形態,及び引用意匠3のヘッド部の形態に基づいて容易に創作された意匠であり,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないというものである。 まず,意匠法第3条第2項の規定については,その意匠の属する分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が,物品との関係を離れた抽象的なモチーフとして日本国内又は外国において公然知られた形態を基準として,容易に創作することができた意匠でないことを登録要件としたものであって,ある意匠が,当該意匠の当業者にとって公然知られた形態に基づいて,当該意匠の当業者であればありふれた手法により僅かな改変を施す等によって容易に創作をすることができたものであると判断できるのであれば,その意匠は,意匠登録を受けることができないこととなる。 上記を踏まえ,本件登録意匠の意匠法第3条第2項の該当性について,本件登録意匠が,公然知られた形態に基づいて,当業者であれば容易に創作をすることができたか否かについて,以下検討し,判断する。 ア 本件登録意匠の全体の基本的な形態について 本件登録意匠の出願前に,本件登録意匠の「螺子廻し具」の分野において,全体を,正面視において,中間軸部の左側に左シャンク部を設け,この左シャンク部の左側に,その先端部に左十字刃部を形成した左ヘッド部を,左シャンク部と一体的に形成し,中間軸部の右側に右シャンク部を設け,この右シャンク部の右側に,その先端部に右十字刃部を形成した右ヘッド部を配設した両頭ビットの形態としたものは,甲第5号証の意匠(別紙第5参照),甲第14号証の意匠(別紙第9参照)及び甲第15号証の意匠(別紙第10参照)にみられるものであって,本件登録意匠の出願前に公然知られた形態である。 また,本件登録意匠の出願前に,本件登録意匠の物品分野において,左ヘッド部,左シャンク部,中間軸部,右シャンク部及び右ヘッド部の軸方向の長さの比率を,約1:1.5:2:1.2:1.2となるようにして全体を構成した点については,十字刃部の大きさをねじの大きさに合わせて適宜変更したり,シャンク部や中間軸部の大きさを回転工具のワンタッチスリーブ等の仕様に合わせて適宜変更したりして創作を行う本件登録意匠の当業者にとってみれば,各部位を上記比率となるようにして全体の基本的な形態を創作することに,特筆すべき創意は認められず,この全体の基本的な形態は,本件登録意匠の出願前に公然知られた引用意匠1の形態に基づいて,容易に創作をすることができたものである。 そうすると,本件登録意匠の全体の基本的な形態は,本件登録意匠の出願前に公然知られた形態に基づいて,当業者が容易に創作をすることができたものであるといえる。 イ 中間軸部の形態について 本件登録意匠の出願前に,本願登録意匠に係る物品の分野において,両頭ビットの螺子廻し具の中間軸部を,左右のシャンク部より小径の略細長円柱状の形態とし,シャンク部との接合部分を,シャンク部に向かって略ラッパ状に拡がるように形成したトーションビットの形態としたものは,引用意匠1にみられるものであって,本件登録意匠の出願前に公然知られた形態である。 ウ 左シャンク部の形態について 本件登録意匠の出願前に,本願登録意匠の物品分野において,左シャンク部を,その略中央部分に,断面視略凹円弧状の周溝を1条形成した略六角柱状の形態としたものは,引用意匠2にみられるものであって,本件登録意匠の出願前に公然知られた形態である。 また,左シャンク部の左ヘッド部側の部分,周溝の部分及び中間軸部側の部分の,軸方向の長さの比率を,約2:1:1.5となるようにして左シャンク部を構成した点については,シャンク部の大きさを回転工具のワンタッチスリーブ等の仕様に合わせて適宜変更して創作を行う本件登録意匠の当業者にとってみれば,各部位を上記比率となるようにして左シャンク部の形態を創作することに,特筆すべき創意は認められず,この左シャンク部の形態は,公然知られた引用意匠2の形態に基づいて容易に創作ができたものである。 そうすると,本件登録意匠の左シャンク部の形態は,本件登録意匠の出願前に公然知られた形態に基づいて,当業者が容易に創作をすることができたものであるといえる。 エ 左ヘッド部の形態について 本件登録意匠の出願前に,本願登録意匠の物品分野において,左ヘッド部の軸部分を,その先端部付近を正面視略<状に形成し,さらにその先端中央部分を正面視略くの字状に形成した,先端側が窄まった略六角柱状の形態とし,その先端側の周側面部分4カ所を正面視略横レの字状に切り欠いて,4つの羽根部からなる左十字刃部を,左側面視略十字状の形態に形成し,各羽根部を,羽根部の先端からみて左側の側面部分を略垂直な平坦面状に形成し,羽根部の先端からみて右側の側面部分を,先端部分を略垂直な平坦面状とし,そこから中間軸側に向かって外側に漸次湾曲する略凹曲面状に形成したものは,引用意匠2にみられるものであって,本件登録意匠の出願前に公然知られた形態である。 オ 右シャンク部の形態について 本件登録意匠の出願前に,本願登録意匠の物品分野において,右シャンク部を,その略中央部分に,断面視略凹円弧状の周溝を1条形成した略六角柱状の形態としたものは,引用意匠1にみられるものであって,本件登録意匠の出願前に公然知られた形態である。 また,右シャンク部の中間軸部側の部分,周溝の部分及び右ヘッド部側の部分の,軸方向の長さの比率を,約1.4:1:1.3となるようにして右シャンク部を構成した点については,シャンク部の大きさを回転工具のワンタッチスリーブ等の仕様に合わせて適宜変更して創作を行う本件登録意匠の当業者にとってみれば,各部位を上記比率となるようにして右シャンク部の形態を創作することに,特筆すべき創意は認められず,この右シャンク部の形態は,公然知られた引用意匠1の形態に基づいて容易に創作ができたものである。 そうすると,本件登録意匠の右シャンク部の形態は,本件登録意匠の出願前に公然知られた形態に基づいて,当業者が容易に創作をすることができたものであるといえる。 カ 右十字刃部を除く右ヘッド部の形態について 本件登録意匠の出願前に,本願登録意匠の物品分野において,ヘッド部の軸部分を,その先端部付近を正面視略>状に形成し,さらにその先端中央部分を正面視略逆くの字状に形成した,先端側が窄まった略細長円柱状の形態とし,シャンク部との接合部分を,シャンク部に向かって略円錐台状に拡がる形態としたものは,引用意匠3にみられるものであって,本件登録意匠の出願前に公然知られた形態である。 キ 右十字刃部の形態について 本件登録意匠の出願前に,本願登録意匠の物品分野において,右十字刃部を構成する各羽根部を,羽根部の先端からみて右側の側面部分を略垂直な平坦面状に形成し,羽根部の先端からみて左側の側面部分を,先端部分を略垂直な平坦面状とし,そこから中間軸側に向かって外側に漸次湾曲する略凹曲面状に形成したものは,引用意匠1ないし3をはじめとして本件登録意匠の出願前に存在せず,本件登録意匠の出願前に公然知られた形態ではない。 次に,本件登録意匠に係る当業者が,右十字刃部の形態を,本件登録意匠の出願前に公然知られた引用意匠3の十字刃部の形態に基づき,容易に創作をすることができたものか否かを検討する。 上記の「第3 被請求人の答弁及び理由」の1(1)カ(イ)の「(い-2)本件登録意匠及び引用意匠2のヘッド部の詳細な形態の説明」において,「一般的にねじを回転させるときに用いる部分は,正面視において上部分(本件登録意匠では平坦部分)の溝に力がかかり,逆回転において下部分(本件登録意匠では湾曲部分)の溝に力がかかる。本件登録意匠の左側ヘッド部では,上部分である『平坦部分』がヘッド部による正回転を行う場合に,ヘッド部がねじ頭から抜けるカムアウト現象(乙9)が生じないように,平坦面を“閉じる”ように正面視で直線状に形成している。一方,上部分の『平坦面』に加え下部分も同じく『平坦面』とすると,羽の肉厚が足りず強度不足となる。」との記載がされているところから,本件登録意匠の羽根部には,以下の特質があるといえる。 まず,ねじを締める場合は,ねじを木材などの部材に押し込みつつ回転させてねじ込む必要があり,ねじを緩める場合の,既に穴が形成されたねじ穴からねじを回転させて取り外すのに比較して,十字刃部の羽根部にかかる負荷が大きくカムアウト現象が生じやすい。このため,羽根部の強度が不足するとしても,ねじを締める際にねじ頭に形成された溝部と接する部分である,羽根部の先端からみて左側の側面部分全体を,ねじ頭の溝部と広い範囲で密着するように略垂直な平坦面状に形成し,カムアウトを抑制する形態としたものが,本件登録意匠の出願前から既に存在している。 一方,ねじを緩める場合は,ねじを締める場合より,十字刃部の羽根部にかかる負荷が小さくカムアウト現象が生じにくいし,長期間使用されたねじでは,ねじ頭に形成された溝部がつぶれて垂直な面が維持されていないことも多いことから,ねじを緩める際にねじ頭に形成された溝部と接する部分である,羽根部の先端からみて右側の側面部分全体を,あえてねじ頭の溝部と広い範囲で密着するように略垂直な平坦面状に形成することは,上記のような特質を持つ羽根部を創作する本件登録意匠の当業者にとってみれば,強度や効果の面からみて想定しにくいことであって,当業者が引用意匠3で示された形態に接したとしても,ねじを締める際に有効なカムアウト低減ビットの構成をもつ十字刃部の形態から,本件登録意匠のような,ねじを緩めるのに有効なカムアウト低減ビットの十字刃部を作出する契機となり得るものとはいえず,本件登録意匠のこの点の創作については,当業者の創意・工夫を要したものであるといえる。 そうすると,本件登録意匠の右十字刃部の形態は,本件登録意匠の出願前に公然知られたものではなく,本件登録意匠の出願前に公然知られた形態に基づいて,当業者が容易に創作をすることができたものでもない。 なお,請求人は,甲第8号証並びに甲第9号証の1及び2を示して,「両頭ビットには,同一方向に回転させるヘッド部を左右両端に配置するものだけでなく,互いに逆方向に回転させるヘッド部を左右両端に配置するものも従来から存在する」と主張しているが,甲第8号証の意匠に係る物品は,なめたねじをはずすための工具に係る「なめたネジはずしビット」であり,甲第9号証の1及び2の意匠に係る物品は,穴をあけるための工具に係る「ドリルバービット」であるから,本件登録意匠のねじを締めたり緩めたりする工具に係る「螺子廻し具」とはその用途及び機能が大きく異なるものであり,本件登録意匠に係る当業者にとって,これら甲第8号証の意匠並びに甲第9号証の1及び2の意匠に係る形態は,公然知られた形態とはいえず,本件登録意匠の創作容易性の判断の基礎とすることはできないものである。 ク 小括 上記のとおり,本件登録意匠における全体の構成,中間軸部の形態,左右のシャンク部の形態,左ヘッド部の形態,及び右十字刃部を除く右ヘッド部の形態が,本件登録意匠の出願前に公然知られたものであるか,当業者が公然知られた形態に基づいて容易に創作ができたものであるとしても,右ヘッド部の先端部分に形成された右十字刃部の形態は,本件登録意匠の出願前に公然知られたものではなく,また,この種物品分野において創作に当業者の創意・工夫を要したものであるといえるから,当業者が公然知られた形態に基づいて容易に創作をすることができたとはいえないものである。 したがって,本件登録意匠は,引用意匠1ないし3を示しても当業者が公然知られた形態に基づいて容易に本件登録意匠の創作をすることができたものではないから,意匠法第3条第2項の規定に違反して登録されたものではない。 第6 むすび 以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,上記無効理由には理由はなく,本件登録意匠は,意匠法第3条第2項の規定に違反して登録されたものとはいうことはできないから,同法第48条第1項第1号の規定によりその意匠登録を無効とすることはできない。 審判に関する費用については,意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項でさらに準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。 よって,結論のとおり審決する。 |
別掲 |
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審理終結日 | 2020-12-18 |
結審通知日 | 2020-12-23 |
審決日 | 2021-02-19 |
出願番号 | 意願2012-1529(D2012-1529) |
審決分類 |
D
1
113・
121-
Y
(K1)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 柵山 英生 |
特許庁審判長 |
木村 恭子 |
特許庁審判官 |
江塚 尚弘 渡邉 久美 |
登録日 | 2012-12-14 |
登録番号 | 意匠登録第1460017号(D1460017) |
代理人 | 特許業務法人レガート知財事務所 |
代理人 | 藤田 典彦 |
代理人 | 藤田 邦彦 |