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審決分類 |
審判 J7 審判 J7 |
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管理番号 | 1381705 |
総通号数 | 2 |
発行国 | JP |
公報種別 | 意匠審決公報 |
発行日 | 2022-02-25 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2021-03-26 |
確定日 | 2021-12-27 |
意匠に係る物品 | 美容装置用ローラヘッド |
事件の表示 | 上記当事者間の意匠登録第1586553号「美容装置用ローラヘッド」の意匠登録無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件意匠登録第1586553号の意匠(以下「本件登録意匠」という。)は、平成29年(2017年)4月26日に意匠登録出願(意願2017−9002)されたものであって、同年8月9日付けで登録査定がなされ、同年9月1日に意匠権の設定の登録がされた後、同年9月25日に意匠公報が発行され、その後、当審において、概要、以下の手続を経たものである。 令和3年 3月26日付け 審判請求書の提出 同年 6月14日付け 審判事件答弁書の提出 同年 7月26日付け 審判事件弁駁書の提出 同年 8月18日付け 審理事項通知書の送付 同年 9月21日付け 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人) 同年10月 5日付け 口頭審理陳述要領書の提出(請求人) 同年10月19日 口頭審理 第2 請求の趣旨及び理由 請求人は、令和3年(2021年)3月26日付けで審判請求書を提出し、「意匠登録第1586553号の登録はこれを無効とする 審判費用は被請求人の負担とする との審決を求める。」と請求し、その理由として、要旨以下のとおり主張し、その主張事実を立証するため、甲第1号証乃至甲第12号証を提出した。 1 請求の理由 (1)意匠登録第1586553号の手続の経緯 出願(出願日) 平成29年 4月26日 (意願2017−009002) 登録査定 平成29年 8月15日(当審注:発送日) 登録日 平成29年 9月 1日 公報発行日 平成29年 9月25日 (2)意匠登録無効の要点 意匠登録第1586553号の意匠(甲第1号証。以下、「本件登録意匠」という。)は、当該意匠登録出願の日より前の平成28年3月15日に請求人がホームページ上で公開し、平成28年4月14日に出荷を開始した「ReFa LUXE」との製品名の美顔ローラ(甲第2号証。以下、「先行製品」という。)のローラヘッドの意匠(甲第3号証。以下、「引用意匠」という。)と類似するものであるから、本件登録意匠は、意匠法第3条第1項第3号違反の無効理由を有する。 また、本件登録意匠は、引用意匠に基づき、当業者が容易に創作できた意匠であるから、本件登録意匠は意匠法第3条第2項違反の無効理由を有する。 したがって、意匠法第48条第1項第1号の規定により、本件登録意匠の登録は無効とされるべきである。 以下、本件請求に至った経緯について説明した上で、意匠法第3条第1項第3号違反及び意匠法第3条第2項違反となる理由について詳述する。 (3)本件請求に至った経緯について 樹脂に金属メッキを施した美顔ローラを製造販売していた請求人は、平成28年5月、新製品として炭素素材を使用した美顔ローラを開発すべく、炭素素材を取り扱っていた被請求人に、炭素素材の美顔ローラのローラヘッドの試作を依頼した。 新しい美顔ローラのローラヘッドの形状の決定過程については、双方認識が異なるものの、最終的には、先行製品と同様の形状で開発を進めることとなり、請求人は、平成28年6月7日に、被請求人に対し、引用意匠を含む先行製品の図面を提供した(甲第4号証の1及び2)。 その後、試作を繰り返しながら溝の数、形、幅の修正を経て、本件登録意匠の形態のローラヘッドが完成するに至ったが、被請求人は、平成29年4月、自らが創作者であるとして単独で本件登録意匠の意匠出願を行った。 なお、被請求人は、後述する意匠権侵害訴訟において、本件登録意匠の創作者について、当初は、甲第1号証の【創作者】の欄に記載の者が創作者であると主張していたが、訴訟提起から2年以上経過した令和2年7月に、唐突に、実は下請企業の従業員が創作者であった旨主張を変遷させている(甲第5号証参照)。 請求人と被請求人との間で締結されていた取引基本契約においては、開発が進められていた炭素素材のローラヘッドに関して意匠の創作がなされた場合には、速やかに相手方にその内容を通知し、請求人と被請求人の協議で権利の帰属を決定することとされていたが(甲第6号証・第11条)、被請求人は、これを無視して、通知等は一切しないまま無断で上記意匠出願を行ったため、請求人は、本件登録意匠が意匠出願されたことを知らず、平成29年9月に本件登録意匠の形態の美顔ローラの販売を開始した。 平成30年6月、被請求人は、請求人に対し、本件登録意匠権に基づき、上記美顔ローラの製造販売の差止め及び損害賠償を求めて、大阪地方裁判所に訴訟を提起した(大阪地裁平成30年(ワ)第5232号。以下、「別件訴訟」という。)。 これに対し、請求人は、上記別件訴訟において、本件登録意匠の無効理由の1つとして冒認・共同出願違反について主張したため、被請求人の代表及び従業員の本人・証人尋問が行われ、その結果、本件登録意匠の創作過程が初めて明らかになった。そこで、かかる創作過程も踏まえた本件登録意匠の新規性及び創作非容易性ついて、改めて貴庁に判断を仰ぐべく、本件請求をするに至った。 (4)意匠法第3条第1項第3号違反に基づき本件登録意匠を無効にすべき理由 ア 本件登録意匠の要旨 本件登録意匠は、美容装置用ローラヘッドに係る意匠である。本件登録意匠に係る物品は、肌をマッサージする美容装置に装着され、肌に接触させる部分のパーツとして使用される。以下、その形態について特定する。 (ア)基本的構成 略真球状の球の底面部を平面とし、該底面から球の頭頂部にかけて複数の細溝が密に設けられた美容装置用ローラヘッドであって、当該複数の各溝は前記頭頂部の手前で先細るように終端し、該頭頂部は無装飾である。 (イ)具体的構成 A 美容装置用ローラヘッドの溝数は58本である。 B 前記細溝は、全て等間隔同形の、平面視において先端が平坦となった凸部の間に、同じく平面視においてRが設けられた凹部が、凸部と凹部が互いに隣接して位置する態様により構成されている。 C 上記凹部の幅(凸部から落ち込む段差と隣接する段差間の距離)と前記凸部の幅の比は約3対1であり、概ねこの比を保ちながら前記底面から中央部を介して前記頭頂終端部に至っている。 D 前記頭頂部終端部は正面視高さ方向約30分の1に位置する。 E 平面となっている前記底面部は前記球に対し正面視高さ方向約15分の1の部分である。 イ 引用意匠の形態 引用意匠は、被告が平成28年3月15日に被告ホームページで公開し、平成28年4月14日に出荷を開始した被告先行製品のローラヘッドの意匠であるが、その構成は以下のように特定できる。なお、上述のとおり、引用意匠を含む先行製品の図面については、平成28年6月7日に、被請求人に提供している。 (ア)基本的構成 略真球状の球の底面部を平面とし、該底面から球の頭頂部にかけて複数の細溝が密に設けられた美容装置用ローラヘッドであって、当該複数の各溝は前記頭頂部の手前で先細るように終端し、該頭頂部は無装飾である。 (イ)具体的構成 A 美容装置用ローラヘッドの溝数は88本である。 B 前記細溝は、全て等間隔同形の、平面視において先端が平坦となった凸部の間に、同じく平面視において角で凹部が略角にて形成されており、凸部と凹部が互いに隣接して位置する態様により構成されている。 C 上記凹部の幅(凸部から落ち込む段差と隣接する段差間の距離)と前記凸部の幅の比は約1.5対1であり、概ねこの比を保ちながら前記底面から中央部を介して前記頭頂終端部に至っている。 D 前記頭頂部終端部は正面視高さ方向約30分の1に位置する。 E 平面となっている前記底面部は前記球に対し正面視高さ方向約15分の1の部分である。 ウ 本件登録意匠と引用意匠との対比 (ア)共通点 本件登録意匠と引用意匠とは、以下の共通点A乃至Dにおいて共通する。 A 略真球状の球の底面部を平面とし、該底面から球の頭頂部にかけて複数の細溝が密に設けられた美容装置用ローラヘッドであって、当該複数の各溝は前記頭頂部の手前で先細るように終端し、該頭頂部は無装飾であるという基本的構成。 B 前記細溝は、全て等間隔同形の、平面視において先端が平坦となった凸部の間に凹部が、凸部と凹部が互いに隣接して位置する態様により構成されている点。 C 前記頭頂部終端部は正面視高さ方向約30分の1に位置する点。 D 平面となっている前記底面部は前記球に対し正面視高さ方向約15分の1の部分である点。 (イ)差異点 本件登録意匠と引用意匠とは、以下の差異点A乃至Cにおいて相違する。 A 本件登録意匠は溝数が58本であるのに対して、引用意匠は溝数が88本である点。 B 本件登録意匠は凹部がR状であるのに対して、引用意匠は凹部が角である点。 C 本件登録意匠は、上記凹部の幅(凸部から落ち込む段差と隣接する段差間の距離)と前記凸部の幅の比が約3対1であり、概ねこの比を保ちながら前記底面から中央部を介して前記頭頂終端部に至っているのに対して、引用意匠はその比が約1.5対1である点。 エ 本件登録意匠と引用意匠の類否 (ア)共通点の評価 美容装置用ローラヘッドの分野では、略球状で表面に複数の溝が設けられたものは従来から存在しているが(甲第7号証乃至乙第10号証)、一つ一つの凸部と凹部が大きく形成されたものが一般的であり、本件登録意匠の出願前に、本件登録意匠と引用意匠のように、細かな細溝が設けられたものは他に見当たらず、共通点Aにおける複数の細溝が、しかも密に設けられた態様は、両意匠にのみ見られる新規な意匠的特徴であるといえる。 また、共通点Aにおける複数の細溝が密に設けられた態様は、使用した際の肌触りが従来よりも密で滑らかな美容装置用ローラヘッドであるとの共通した印象を需要者に与えるものである。 特に、マッサージをすることにより美容効果を高めるという美容ローラの機能を重視する需要者からすれば、凹部及び凸部の具体的形状よりも、密に複数の凹凸があることが需要者にプラスのイメージ(「体感がよさそう」、「高い美容効果が得られそう」等といったイメージ)を想起させるものである。 さらに、共通点Aは基本的構成態様に係る部分であって、意匠全体の骨格であるため、需要者の注意を強く惹き付ける部分である。 そのため、両意匠の共通点Aは、両意匠の意匠的特徴を表す部分であって、需要者の注意を強く惹き付ける部分であるため、意匠全体の美感に与える影響が大きいものである。 また、共通点Bは、美容装置用ローラヘッドが顔や体の肌に直接当てて使用することを踏まえると、凸部の先端が平坦に形成されていて、凹凸が交互に形成されている表面の形状の共通性は、需要者である女性に対して共通した使用感及び美感を与えるものである。 さらに、共通点C及びDについては、両意匠にのみ見られる特徴ではないものの、需要者が視認しやすい部分であるため、共通点Aと組み合わされて、両意匠の共通した印象をより強調するものである。 以上の点に鑑みると、両意匠の共通点A乃至Dは両意匠の美感を左右する要部にかかる共通点であるといえ、かかる共通点A乃至Dにより、両意匠は同様の美感を有するものである。 (イ)差異点の評価 上記の通り、両意匠は、溝数が58本か88本かとの点で相違するが(差異点A)、両意匠の溝数は従来の美容装置用ローラヘッドの溝数よりも倍以上多く、手に持った状態であっても需要者が一見してその数を把握することができない程度のものである点では共通する。特に、両意匠のローラヘッドの実物は、直径4センチメートルにも満たない球であり、拡大した平面の図面で見る場合と異なり、需要者は、その小さな球に設けられた溝数を正確に認識できるものではない。そのため、両意匠を目にした需要者は、細かい細溝が密に多数設けられているとの共通した印象を受けるに留まり、別異の印象を与えるものではないため、差異点Aが意匠の類否判断に与える影響は小さい。 また、凹部がRであるか略角であるかは、美容装置の使用感に大きな影響を与えるものではなく、仮に製品の形状から使用感を想起することがあるとすれば、それは需要者(使用者)の肌に直接触れるローラヘッドの表面部分である凸部の上端角であるから、凹部がRであるか略角であるかという相違は、需要者(使用者)から見れば些細なものにすぎないし、そもそも、凹部がRか略角であるかは、直径4センチメートルにも満たない球において、需要者(使用者)が目視で明確に確認できるものではない。 さらに、凸部と凹部の幅の比については、意匠全体において僅かな相違に過ぎず、想起させる使用感についても上記共通点に埋没する程度のものであるため、意匠全体の美感を左右するものとは言えない。 また、意匠の類否の判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うべきものであるが(意匠法第24条第2項)、意匠法も創作保護法である以上、創作的価値のない(又は薄い)特徴点は、意匠の類否判断においても重要視すべきものではない。 請求人・被請求人間で行われている上記別件訴訟(大阪地裁平成30年(ワ)第5232号事件)において行われた本件登録意匠の創作の経緯に関する被請求人代表者の本人尋問の供述内容(甲第11号証)及び被請求人の従業員の証人尋問の証言内容(甲第12号証)によれば、本件登録意匠は、引用意匠をベースにして開発されたものであるが、最初に被請求人の下請け企業である請求外レイホー製作所によってなされた88本の溝数の試作品の製作の際にB及Cの差異点の形状が作出され、その後、58本の溝数の試作品の製作の際にAの差異点の形状が作出されたものであるが、かかるA、B、Cの差異点の形態には何ら創作的価値はない(詳細は、創作非容易性(意匠法第3条第2項)に関する(4)のウの項で詳述する)。 また、被請求人代表者が、B及びCの差異点の形状が作出されている88本の溝数の試作品に関し、「88本で製造してほしいという依頼を受け、弊社はこれと全く同じものを作りました。」と供述していたことからも分かる通り(甲第11号証・3頁)、B及びCの形状は外観上の印象がほとんどない特徴であるといえる。請求外レイホー製作所が製作した88本の溝数のサンプルに関し、B及びCの形状変更がなされていたことは、被請求人の社内でも全く意識されてすらいなかった特徴点であるから、かかる形状の変更点が両意匠の美感に及ぼす影響は、軽微なものであると言わざるを得ない。 オ 小括 以上の通り、本件登録意匠と引用意匠とは、意匠全体の大部分を占める基本的構成態様が共通するものであり、具体的構成態様における相違は、部分的かつ軽微な相違に過ぎず、需要者の注意を惹き付けるものではなく、両意匠の差異点は、両意匠の共通点を凌駕するものではないから、需要者に異なる印象を与えるものではない。 したがって、本件登録意匠が、引用意匠に類似するものであることは明らかである。 (5)意匠法第3条第2項違反に基づき本件登録意匠を無効にすべき理由 上述のとおり、本件登録意匠は引用意匠と類似しているが、仮に両意匠を非類似と考えたとしても、本件登録意匠は、引用意匠に基づき容易に創作をできる意匠であるから、以下に述べる通り、意匠法第3条第2項違反に基づく無効理由を有する。 ア 創作非容易性の判断基準 意匠法第3条第2項は、出願意匠が、その意匠の属する分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に創作をすることができる場合は、意匠登録を認めない旨を規定しているが、かかる規定が設けられた趣旨は、当業者が容易に創作をすることができる意匠に排他的な権利を与えると、産業の発展に役立たず、かえってその妨げとなるためである。 同項が定める「容易に創作することができた」意匠にあたるか否かの判断に関し、意匠審査基準(第III部 第2章 第2節 創作非容易性)は、「出願された意匠が、出願前に公知となった構成要素や具体的態様を基礎とし、例えばこれらの単なる寄せ集めや置き換えといった、当該分野におけるありふれた手法などにより創作されたにすぎないものである場合は、創作容易な意匠であると判断する。」との基準を示し、「ありふれた手法」の例として、置き換え、寄せ集め、一部の構成の単なる削除、配置の変更、構成比率の変更、連続する単位の増減が挙げられているが、これらは「ありふれた手法」の例示にすぎない。 また、「出願された意匠において、出願前に公知となった構成要素や具体的態様がほとんどそのままあらわされている場合に加えて、改変が加えられている場合であっても、当該改変が、その意匠の属する分野における軽微な改変にすぎない場合は、なおも創作容易な意匠であると判断する」との基準を示し、「軽微な改変」の例として、角部及び縁部の単純な隅丸化又は面取り、模様等の単純な削除、色彩の単純な変更、区画ごとの単純な彩色、要求機能に基づく標準的な彩色、素材の単純な変更によって生じる形状等の変更が挙げられているが、これらは「軽微な改変」の例示にすぎない。 なお、通常の意匠出願の審査においては、出願意匠の創作の過程の具体的な事情、出願意匠に係る物品の加工方法等の事情は、審査官が知り得ない情報であるため、創作非容易性を判断する際の判断材料にはなり得ないが、本件においては、上記別件訴訟において行われた被請求人の従業員である証人宮島の証人尋問等によって、これらの事情もある程度明らかになっているため、本件登録意匠の創作非容易性を検討する上では、本件登録意匠の形態を作出する具体的な過程において、具体的にいかなる創意工夫がなされたのかを検討する必要がある。 イ 本件登録意匠と引用意匠の差異点 本件登録意匠と引用意匠の差異点は、上記の通り、以下の(あ)乃至(う)のように整理することができるが、被請求人の代表者及び従業員宮島の証人尋問の証言内容等に鑑みると、かかる差異点の形状は、ローラヘッドの素材に炭素素材を使用すること及び被請求人が保有する加工機械の機能上の限界、及び、コストの問題から必然的に決まった形状に過ぎず、意匠として何ら創作的価値が存在しない形状というほかない。 [両意匠の差異点] (あ)本件登録意匠は溝数が58本であるのに対して、引用意匠は溝数が88本である点。 (い)本件登録意匠は凹部がR状であるのに対して、引用意匠は凹部が角である点。 (う)本件登録意匠は、上記凹部の幅(凸部から落ち込む段差と隣接する段差間の距離)と前記凸部の幅の比が約3対1であり、概ねこの比を保ちながら前記底面から中央部を介して前記頭頂終端部に至っているのに対して、引用意匠はその比が約1.5対1である点。 ウ 本件登録意匠が引用意匠から容易に創作できたものであること (ア)本件登録意匠の凹部の形状に創作的な価値がないこと 本件登録意匠は、引用意匠をベースに創作された意匠であるが、被請求人代表や及び被請求人の従業員宮島の証言によると、以下に述べる通り、凹部をR状にする形状変更((い)の差異点の形態の作出)、及び、凹部の幅を凸部の幅よりも幅広にする形状変更((う)の差異点の形態の作出)は、請求外レイホー製作所が88本の溝数の試作品を製作した際に偶々できあがった形状であることが分かる。 証人宮島の証言によると、本件登録意匠に係るローラヘッドの創作は、被請求人から下請の請求外レイホー製作所に対し、被請求人が請求人から受領した引用意匠の図面を渡して、88本の溝数の試作品の製作を依頼したことが発端となっているが(甲第12号証・1〜2頁、12頁、甲第11号証・3頁、14頁)、請求外レイホー製作所が製作した試作品の溝は、引用意匠と異なって溝がR状(U字型)になっていたようである。 また、当該試作品の溝がV字ではなくR状(U字型)になっているのは、請求外レイホー製作所が、U字型の刃物しか保有していなかった(甲第12号証・13頁)というだけの理由によるものである。 黒鉛の素材を用いて、溝のある球状の物体を製作する場合、球状のボールに刃物で溝を入れる加工を行う必要があるが、引用意匠のようなV字型の溝を施すためには、特殊な工具が必要になる(甲第12号証・14頁)。請求外レイホー製作所が製作した試作品の溝の形状がR状(U字型)になっていたのは、素材を黒鉛に変更したこと、及び、請求外レイホー製作所がU字型の刃物しか保有しておらず、V字型の溝を掘ることができなかったことに伴う不可避的な設計変更にすぎない。 また、この88本の溝の試作品に関し、被請求人代表者は、「88本で製造してほしいという依頼を受け、弊社はこれと全く同じものを作りました。」と供述しており(甲第11号証・3頁)、被請求人の社内においても、当該試作品の凹部がR状(U字型)になっていることが意識すらされていなかったことが分かる。また、被請求人代表者は、「炭素はV字は不可能です、削ること自体が。」とも供述しており(甲第11号証・21頁)、この供述からも、本件登録意匠の凹部がR状(U字型)になっていることが、素材を炭素素材に変更したことに伴う不可避的な形状変更であったことが分かる。 さらに言えば、上述した意匠審査基準では、「軽微な改変」の例として、「角部及び縁部の単純な隅丸化又は面取り」を挙げているが、凹部をV字型からU字型に変更した点は、単に、鋭利な溝の形をなだらかにしたにすぎず、「角部及び縁部の単純な隅丸化又は面取り」に類するものといえ、審査基準が述べる「軽微な改変」によるデザイン変更にすぎない。 以上の点に鑑みると、本件登録意匠の凹部がR状(U字型)になっている点((い)の差異点の形態の作出)に関しては、何らデザインとしての創作的価値はないというべきであり、かかる形態の変更を根拠に、本件登録意匠の創作が容易でなかったなどということはできない。 (イ)本件登録意匠の凹部の幅に創作的な価値がないこと 上記の通り、請求外レイホー製作所が88本の溝数の試作品を製作した際、凹部の幅を凸部の幅よりも幅広に変更されているが、かかる溝幅の変更((う)の差異点の形態の作出)に関しても、請求外レイホー製作所が、被請求人から何ら具体的な指示を受けることなく製作した試作品において偶々作出された形態にすぎず、何らデザインとしての創作性はない。 請求外レイホー製作所が引用意匠の図面をもとに試作品を製作したにもかかわらず、実際に完成した試作品の凹部の幅が凸部の幅よりも幅広になったのは、請求外レイホー製作所が保有していた加工機械及び刃物、並びに、ローラの大きさ(直径4センチメートル)の技術的制約により、それ以外の形態の試作品を製作できなかったためであり、かかる形態の作出にあたって、デザイン創作活動がなされたとは到底言えない。 実際に、88本の溝数の試作品については、試作品の製作時に改めて図面を作ることなく(甲第11号証・14頁)、また、特に打合せも行われることなく、製作に取り掛かられたのであり(甲第12号証・12頁)、溝の幅等について特に考えることもなく、請求外レイホー製作所が、自身が保有していた加工機械及び刃物を用いて黒鉛の球に88本の溝を削ったことによる偶然の結果に過ぎない。 また、上述した意匠審査基準では、「当該分野におけるありふれた手法などにより創作されたにすぎないもの」の例として、「構成比率の変更」を挙げているが、凹部の幅を凸部の幅よりも幅広に変更した点は、凹部と凸部の「構成比率の変更」にすぎないものであり、審査基準が述べる「ありふれた手法」に基づくデザイン変更にすぎない。 なお、被請求人代表者は、請求外レイホー製作所が製作した88本の溝の試作品に関し、「88本で製造してほしいという依頼を受け、弊社はこれと全く同じものを作りました。」と供述しており(甲第11号証・3頁)、原告の社内においても、当該試作品の溝幅が変更されていることが意識すらされていなかったことが分かる。また、被請求人代表者は、裁判官からの「例えば溝と今回の山の部分の比率が問題になっていますけど、これらの比率を変えたようなものの幾つか試作があったということですね。」との質問に対し、「はい、そうです。それはあります。」と供述しているが(甲第11号証・28頁)、実際にはそのような複数のパターンの試作や比較検討がなされた事実は存在しない。仮に、被請求人代表者の供述のように、複数の溝幅のパターンの試作や比較検討を被請求人が行っていたというのであれば、そこに一定の創作活動を見いだす余地も考えられるが、実際には、このような活動が行われていない以上、本件登録意匠の凹部の凸部の幅の創作に関しても、何ら保護に値する創作的価値はないというべきである。 以上の点に鑑みると、本件登録意匠の凹部の幅が凸部の幅よりも幅広になっている点((う)の差異点の形態の作出)に関しても、何らデザインとしての創作的価値はないというべきであり、かかる形態の変更を根拠に、本件登録意匠の創作が容易でなかったなどということはできない。 (ウ)本件登録意匠の溝の数に創作的な価値がないこと 本件登録意匠と引用意匠は、溝の数(本件登録意匠は溝数が58本であるのに対して、引用意匠は溝数が88本である点)でも相違しているが、溝数の減少は、加工コストを下げるという被告の要望を達するための不可避的な変更にすぎず、溝数を減らしたことに関しても、デザインとしての創作的活動がなされたとは到底言えないものである。この点、被請求人代表者は、請求人代理人からの「溝を入れた状態で作ろうと思うと、溝の本数を減らすしかなということですね。」との質問に対し、「そうですね。やっぱり溝が増えると時間が掛かりますから、その分、コストが掛かるということですから、減らすと早くできるということで、コストも下がるということです。」と供述しており(甲第11号証・21頁)、溝数を減少させたことが、コスト削減のための不可避的な形状変更であることは、被請求人代表者自身も認めている。 また、溝数を58本に決定する前の検討段階で出ていた44本と58本という案に関しても、請求外レイホー製作所が所有する刃物は2種類あり、その2種類の刃物でなるべく溝を広くとるようにすると、計算上、44本と58本という候補が出てきた(甲第12号証・16頁・5頁)ことから、必然的に決まった本数にすぎず、かかる本数の選択に関しても、何ら創作的行為が介在しているとは言えない。 さらに言えば、上述した意匠審査基準では、「当該分野におけるありふれた手法などにより創作されたにすぎないもの」の例として、「連続する単位の増減」を挙げているが、溝の数を88本から58本に減らした点は、まさに「連続する単位の増減」にすぎないものであり、審査基準が述べる「ありふれた手法」に基づくデザイン変更にすぎない。 以上の点に鑑みると、本件登録意匠の溝数が58本になっている点((あ)の差異点の形態の作出)に関しても、何らデザインとしての創作的価値はないというべきであり、かかる形態の変更を根拠に、本件登録意匠の創作が容易でなかったなどということはできない。 エ 小括 以上の通り、本件登録意匠と引用意匠の差異点(あ)、(い)、(う)に係る本件登録意匠の形態については何ら創作性を有さない形態に過ぎず、本件登録意匠は、引用意匠に基づき、当業者であれば、容易に創作できた意匠にあたる。 よって、本件登録意匠は、意匠法第3条第2項違反に基づく無効理由を有する。 (6)結語 上述の通り、本件登録意匠は、本件登録意匠の出願前の平成28年3月15日に公然知られていた引用意匠に類似するものあるから、本件登録意匠に係る意匠登録は、新規性欠如の無効理由(意匠法第3条第1項第3号、意匠法第48条第1項第1号)を有し、本件登録意匠の登録は無効とされるべきである。 また、本件登録意匠は、引用意匠に基づき、当業者ならば有している技術によって容易に創作できた意匠であり、創作非容易性の欠如の無効理由(意匠法第3条第2項第、意匠法第48条第1項第1号)を有し、本件登録意匠の登録は無効とされるべきである。 2 証拠方法 (3)は原本で、その他はすべて写しである。 (1)甲第1号証 意匠登録第1586553号(本件登録意匠)意匠公報 (2)甲第2号証 請求人のHPにおける「MTG News」のウェブページ (3)甲第3号証 写真撮影報告書 (4)甲第4号証の1 請求人から被請求人に対して先行製品の図面を送付した際のメール (5)甲第4号証の2 甲4の1に添付されていた先行製品の図面 (6)甲第5号証 確認書 (7)甲第6号証 取引本契約書 (8)甲第7号証 意匠登録第1468047号意匠公報 (9)甲第8号証 意匠登録第1484428号意匠公報 (10)甲第9号証 意匠登録第1532987号意匠公報 (11)甲第10号証 意匠登録第1549387号意匠公報 (12)甲第11号証 被請求人代表者の本人尋問調書 (13)甲第12号証 被請求人の従業員宮島の証人尋問調書 第3 答弁の趣旨及び理由 被請求人は、令和3年6月14日付けで、審判事件答弁書(以下「答弁書」という。)を提出し、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、要旨以下のとおり主張し、証拠として乙第号証及び乙第1号証乃至乙第13号証の2を提出した。 1 答弁の理由 1−1 緒言 本件意匠は、請求人が類似すると主張する甲第2号証乃至甲第3号証に係る意匠(以下、「引用意匠」という。)とは非類似の意匠であり、意匠法第3条第1項第3号に該当しない。また、意匠法第3条第2項にも該当しないから、意匠法第48条第1項第1号に係る無効理由を有さない。 以下、理由を述べる。 1−2 前提事実 (1)請求人は、審判請求書冒頭(1(3))で、本件請求に至った経緯について説明し、これに関連した証拠も提出している。そもそも、本件無効審判において無効理由として主張されている新規性・創作非容易性に関し、当該意匠の実際の創作過程や創作経緯は考慮の対象外である。創作者が悩みながら創作したか、いとも簡単に創作したかによって、新規性・創作非容易性の要件を具備したり、具備しなかったりすることはない。したがって、本来、本件無効審判事件において、請求人が縷々主張するような、本件意匠の創作に関連する請求人・被請求人間の関連事実は意味を持たない。 (2)しかし、請求人独自の観点からなされる経緯の説明には、対立当事者として看過しがたい部分があり、被請求人としても、まず、最低限の範囲で、請求人・被請求人間の関連事実について説明する。なお、被請求人を原告、請求人を被告とする大阪地裁平成30年(ワ)第5232号意匠権侵害差止等請求事件(以下、「別件訴訟」という。)は、すでに侵害論も終了し、損害論も最終盤となっている。令和3年7月26日が次回期日であるが、当該期日で損害論に関する双方の主張もほぼ出尽くす見通しとなっている。したがって、別件訴訟の判決が比較的近い時期に出されることは確実であることから、もし、貴合議体が請求人・被請求人間の関連事実経過に関心を有された場合は、裁判所という第三者の事実認定が明らかとなった当該判決を参照頂くのが便宜と思われる。 (3)以上を前提として、請求人・被請求人間の関連事実が客観的証拠とともに詳細に説明されたものとして、別件訴訟でも提出された被請求人従業員の陳述書を提出する(乙第1号証)。また、請求人が触れている契約関連の経緯についても、説明を補足するため2016年9月頃に請求人、被請求人間で送受信されたメール4通(乙第2号証乃至乙第5号証)及び被告第6準備書面(乙第6号証)を提出する。あわせて、開発段階終盤において請求人、被請求人間で送受信されたメール(乙第7号証及び乙第8号証)を提出する。 (4)請求人が触れていない点についての経緯の概略は以下のとおりである。 すなわち、本件意匠の創作に至る取り組みは、炭素関連製品の開発を専門とする被請求人に興味をもった請求人から、複数の炭素製品開発について協力要請があったことにより始まったものであり(乙第1号証の2頁12〜15行及び添付資料1)、本件意匠の開発は、その複数の取り組みのうちの一つであった(乙第1号証の3頁8〜13行及び添付資料3)。請求人は「新製品として炭素素材を使用した美顔ローラを開発すべく」(審判請求書3頁9行)と述べているが、炭素素材を使用した美顔ローラを開発すること自体、請求人と被請求人との協議の中で発案されたものである。 請求人が、被請求人に対し、開発後の美顔ローラの製造を独占的に委託するという話を提示したことから、被請求人は開発にかかる報酬を要求せずに、開発要請に応じた。 しかし、開発がある程度進み、あとは「本商品・・・に関する企画、開発、製造業務の委託は、甲(注:請求人)は乙(注:被請求人)に対してのみ行う」旨が記載された取引基本契約書(甲第6号証。第17条第2項参照)に捺印するだけとなった段階で、請求人は複数社購買の話を持ち出した。被請求人は、複数社購買にされると、請求人に開示した開発、製造に関するノウハウが他の請求人の製造委託先等に流出することになり、被請求人に甚大な被害を及ぼす恐れが生じたため、複数社購買となるのであれば開発協力には応じられない旨を伝え、炭素製品開発協力の白紙撤回を申し出た(乙第2号証及び乙第3号証)。 この申し出にあわてふためいた請求人は、被請求人に対し、独占委託を約束し、これに被請求人が納得することで、再び開発が進められることになり、謝罪に訪れた請求人従業員らにサンプルを渡した(乙第1号証の12頁下から4〜3行及び乙第4及び第5号証)。その際に提示したサンプルは、本件意匠の形状を備えたものであった(乙第1の12頁9〜14行)。なお、取引基本契約書(甲第6号証)の日付はこれより前の2016年7月28日となっているものの、実際の締結日は、請求人が被請求人に対し独占委託を約束することにより翻意を得た後である2016年9月27日であり、そのことは請求人も別件訴訟で認めている(乙第6号証)。 被請求人は、さらに、公差の調整、最終図面の提出、製造に必要となる設備・機械の開示、塗装工程等の情報開示等、量産に移すための準備もほぼ終えた。そして、設備導入をすれば製品製造が可能となった最終段階になって、再び、請求人から被請求人へ複数社購買の話が持ち出された。被請求人がその話には応じられない旨を伝えたところ(乙第7号証)、請求人から被請求人に対し、一方的に契約の終了が通知された(乙第8号証)。被請求人(当審注:「請求人」の誤記と思われる。)は、請求人・被請求人間の機密保持契約に違反し、被請求人が開発した美顔ローラに関する情報を中国の加工業者に無断で開示し、中国の加工業者から美顔ローラの仕入れを行うこととした(当該機密保持契約違反等については、被請求人から請求人に対し、大津地方裁判所平成30年(ワ)第303号損害賠償請求事件として提訴済みであり、同訴訟においても請求人の契約違反の心証が裁判所から示されている。)。 本件意匠の創作には請求人は関与していないところ、開発終盤になって、製造に必要な技術情報を聞き出すばかりで設備投入の話になると回答がないという請求人の違和感のある態度に不信感を覚えた被請求人が、第三者への創作成果の流出を危惧し、防御手段として出願されたものである(甲第11号証の11頁23〜最終行、12頁の1行)。なお、甲第6号証の第11条は、意匠の創作を行った場合は相手方にその内容を通知する旨規定されているが、被請求人は、請求人に対し本件意匠の内容を創作後速やかに開示しており、同条項の規定は履行されている。請求人の上記のような背信行為があったために協議が成立する見込みが明らかにないため、帰属の協議はなされていないが、協議が成立して意匠を受ける権利が請求人に譲渡されない限りは、意匠を受ける権利は請求人に移動しない。意匠を受ける権利を有する被請求人が本件意匠を出願したことについて、何ら請求人から批判される点はない。 別件訴訟においては、請求人からは、本件無効審判と同様の引用意匠を理由とした新規性・創作非容易性の無効理由に該当するとの主張、さらには、冒認出願に該当するとの主張及び共同出願要件に違反するとの主張がなされた。しかし、別件訴訟の受訴裁判所は、本件意匠についてはいずれの無効理由も成立せず、請求人は、被請求人の意匠権を侵害するとの心証開示がなされている。 (5)以上、請求人・被請求人間の経緯の概略を説明したが、貴合議体が興味・関心をお持ちの場合は、別件訴訟で提出された訴訟記録及び上記大津地方裁判所の訴訟で提出された訴訟記録など、関連証拠を全て提示することも可能である。必要に応じてご指示頂ければ、請求人が被請求人に対してどのようなことをしてきたのかを詳細かつ正確に把握頂けるかと思われる。 1−3 意匠法第3条第1項第3号違反について (1)本件意匠及び引用意匠の構成 本件意匠及び引用意匠の構成は以下の通りである。 ア 本件意匠の構成 (ア)基本的構成 略真球状の球の底面部を平面とし、該底面から球の頭頂部にかけて複数の細溝が設けられた美容装置用ローラヘッドであって、当該複数の各溝は前記頭頂部の手前で先細るように終端し、該頭頂部は無装飾である。 (イ)具体的構成 A 美容装置用ローラヘッドの溝数は58本である。 B 前記細溝は、全て等間隔同形の、平面視において先端が平坦となった凸部の間に、同じく平面視においてRが設けられた凹部が、凸部と凹部が互いに隣接して位置する態様により構成されている。 C 前記凹部の幅(凸部から落ち込む段差と隣接する段差間の距離)と前記凸部の幅の比は約3対1であり、前記凹部及び凸部は概ねこの比を保ちながら前記底面から中央部を介して前記頭頂部の終端部に至っている。 D 前記細溝の終端部は、略ヘアピンカーブ状になっている。 E 前記細溝の終端部は正面視高さ方向上方から約30分の1に位置する。また、前記細溝の各終端部は、平面視において、ローラヘッド中央部に略円状に位置し、当該円の直径はローラヘッドの外周の略円の直径の約3分の1である。 F 平面となっている前記底面部は前記球に対し正面視高さ方向下方から約15分の1の部分である。 イ 引用意匠の構成 (ア)基本的構成 略真球状の球の底面部を平面とし、該底面から球の頭頂部にかけて複数の細溝が設けられた美容装置用ローラヘッドであって、当該複数の各溝は前記頭頂部の手前で先細るように終端し、該頭頂部は無装飾である。 (イ)具体的構成 A 美容装置用ローラヘッドの溝数は88本である。 B 前記細溝は、全て等間隔同形の、平面視において先端が平坦となった凸部の間に、同じく平面視において角で凹部が略角にて形成されており、凸部と凹部が互いに隣接して位置する態様により構成されている。 C 前記凹部の幅(凸部から落ち込む段差と隣接する段差間の距離)と前記凸部の幅の比は約1対1.5であり、前記凹部及び凸部は概ねこの比を保ちながら前記底面から中央部を介して前記頭頂部の終端部に至っている。 D 前記細溝の終端部は、略直線状になっている。 E 前記細溝の終端部は、おおよそ正面視高さ方向上方から約11分の1に位置する。また、平面視において、前記細溝の終端部の位置は判然としない。 F 平面となっている前記底面部は前記球に対し正面視高さ方向下方から約15分の1の部分である。 (2)本件意匠及び引用意匠の形態の認定に関する請求人主張との違い ア 基本的構成態様の細溝が「密に」設けられたか否か 請求人は、本件意匠及び引用意匠の基本的構成態様について、細溝が「密に設けられた」と表現するが、どのようなものが「密」であり、どのようなものが「密でない」かは不明確であり、各意匠の形態の表現として不適当であることから、当該表現を削除した。 イ 引用意匠の細溝を形成する凹部及び凸部 請求人は、引用意匠の具体的構成について「C 上記凹部の幅・・・と前記凸部の幅の比は約1.5対1であり」(審判請求書5頁下から8〜6行)と認定するが、「写真撮影報告書(甲第3号証)」3頁の溝部分の平面視拡大写真によれば、凸部の幅の方が広い。凹部の幅と凸部の幅の比は約1対1.5ないし約1対2となる(上記認定では約1対1.5を採用)。 ウ 細溝の終端部の形状 本件意匠の細溝の終端部はヘアピンカーブ状になっているのに対し、引用意匠の細溝の終端部は、略直線状になっており、この点を認定に追加している。 また、引用意匠の細溝が非常に細かい(または、浅い)ためか、終端部の位置が判然としない。この点を正しい形態認定に改めた。 (当審注:図省略) (3)本件意匠と引用意匠の共通点、差異点 本登意匠と引用意匠の共通点及び差異点は以下の通りである。なお、下線部分は、審判請求書5〜6頁に記載された請求人主張の共通点及び差異点と異なる点である。 ア 共通点 (ア)略真球状の球の底面部を平面とし、該底面から球の頭頂部にかけて複数の細溝が設けられた美容装置用ローラヘッドであって、当該複数の各溝は前記頭頂部の手前で先細るように終端し、該頭頂部は無装飾であるという基本的構成。 (イ)前記細溝は、全て等間隔同形の、平面視において先端が平坦となった凸部の間に凹部が、凸部と凹部が互いに隣接して位置する態様により構成されている点。 (ウ)平面となっている前記底面部は前記球に対し正面視高さ方向下方から約15分の1の部分である点。 イ 差異点 (ア)本件意匠は溝数が58本であるのに対して、引用意匠は溝数が88本である点。 (イ)本件意匠は凹部がR状であるのに対して、引用意匠は凹部がV字状である点。 (ウ)本件意匠は、前記凹部の幅(凸部から落ち込む段差と隣接する段差間の距離)と前記凸部の幅の比が約3対1であり、前記凹部及び凸部は概ねこの比を保ちながら前記底面から中央部を介して前記頭頂終端部に至っているのに対して、引用意匠はその比が約1対1.5である点。 (エ)本件意匠は、前記細溝の終端部がヘアピンカーブ状となっているのに対し、引用意匠は前記細溝の終端部が略直線状となっている点。 (オ)本件意匠は、前記細溝の終端部は正面視高さ方向上方から約30分の1に位置し、また、前記細溝の各終端部は、平面視において、ローラヘッド中央部に略円状に位置し、当該円の直径はローラヘッドの外周の略円の直径の約3分の1であるのに対し、引用意匠は、前記細溝の終端部は、おおよそ正面視高さ方向上方から約11分の1に位置し、また、平面視において、前記細溝の終端部の位置は判然としない点。 ウ 共通点及び差異点の認定について (ア)細溝を形成する凹部及び凸部の比 前記(1)イ(イ)で述べたように、引用意匠の細溝を形成する凹部及び凸部の幅の比は約1対1.5であるので、この点を訂正した。 本件意匠の細溝を形成する凹部及び凸部の幅の比は約3対1と、凹部が幅広で、凸部は細い。一方で、引用意匠の細溝は、凹部と凸部の幅の広狭関係が逆転しており、凸部が幅広で、凹部が狭い。 (イ)細溝の終端部の位置 請求人は、「前記頭頂部終端部は正面視高さ方向約30分の1に位置する点」を共通点として認定する。 しかし、引用意匠は、溝の本数が88本と多く、なおかつ、凸部を幅広にし、凹部を細くしているため、細溝の幅は非常に細い。とりわけ、先細りとなっている細溝の終端部の幅は極めて細い(または浅い)。このため、前記(1)イの(イ)及び同(2)ウで述べたように、引用意匠の細溝の終端部の位置は明確には分からない。したがって、請求人主張の上記共通点を認めることはできず、この点は、むしろ差異点として認定すべきである。 (ウ)細溝の終端部の形状 また、本件意匠の細溝は比較的幅広で、終端部に向かって一気に先細りとなるため、終端部の形状はヘアピンカーブ状になっている。これに対し、引用意匠の細溝は中央部分においても細く、終端部においてはほとんど直線状となっている(ヘアピンカーブ状になるだけの幅広さを有しない)。この点は、差異点として認定されるべきものである。 (4)本件意匠において需要者の注目を惹く構成の認定 ア 需要者の関心 (ア)本件意匠にかかる物品は美容装置用ローラヘッドであるが、美容装置用ローラヘッドそのものが消費者に一般販売されることは少なく、第一次的な需要者は美容用ローラを製造、販売する取引者である。また、美容装置を使用する消費者、すなわち、美容に関心のある(主として)女性層が第二次的な需要者である。 一般論として、単なる鑑賞用でなく機能を発揮する物品については、当該機能を発揮する部分が重要であり、美容装置用ローラヘッドについてもこれが当てはまる。すなわち、美容に関心のある消費者は美容効果を得るための機能を最も重視する。また、美容用ローラを製造、販売する取引者は、上記消費者と同様に美容効果を得るための機能を重視し、かつ、ローラヘッドを高品質かつ低コストで製造できることも重視する。 上記需要者の関心の観点に鑑みれば、美容装置用ローラヘッドの意匠において最も重視されるのは、肌をマッサージする感触、効果に大きく影響する接触面の具体的な凹部及び凸部の形状といえる。また、ローラヘッドを高品質かつ低コストで製造できるという取引者の関心に鑑みても、ローラヘッド表面の具体的な凹部及び凸部の形状がローラヘッドの品質及びコストに影響するため、この点が重要と言える。 よって、需要者の関心という観点に鑑みれば、接触面の凹部及び凸部の具体的な形状にかかわる構成、すなわち、本件意匠の具体的構成のA乃至Cが本件意匠で最も重要な点と言える。 (イ)また、本件意匠にかかる物品は需要者が手に持って繰り返し使用する美容器具に用いられるローラヘッドであることからすれば、本件意匠は需要者によって近接した距離で詳細に観察される。したがって、接触面の凹部及び凸部の具体的な形状にかかわる構成にも需要者の関心が十分に強く向けられる。意匠にかかる物品の使用態様に基づく需要者の関心という観点に鑑みても、接触面の凹部及び凸部の具体的な形状にかかわる構成、すなわち、本件意匠の具体的構成のA乃至Cが本件意匠の重要な点と言える。 (ウ)さらに、本件意匠にかかる物品が使用される美容器具(美容ローラ)は、体の様々な部位に使用され得るものであるが、中でも美顔目的、すなわち顔への使用が主たる用途の一つである。美容に関心のある需要者にとって、自らの顔に触れさせ、繰り返し顔面上を往復、回転させる物体の形状については、並々ならぬ関心を持つのが通常と考えられる。意匠にかかる物品の使用用途に基づく需要者の関心という観点に鑑みても、接触面の凹部及び凸部の具体的な形状にかかわる構成、すなわち、本件意匠の具体的構成のA乃至Cが本件意匠の重要な点と言える。 (エ)また、需要者が手に持った際に否応なく注目するローラヘッドの頭頂部分の形状、装飾は需要者の注目、関心を集める部分である。 頭頂部付近の細溝の終端部の形状及び位置関係にかかわる構成、すなわち、本件意匠の具体的構成のD乃至Fも、上記(ア)(イ)(ウ)で述べた溝部形状に次いで注目される点と言える。 (オ)実際、請求人は、美容ローラの製造・販売を行う会社であり、本件意匠の需要者にあたるところ、被請求人から請求人に本件意匠の形状を備えた(凸部が狭く、凹部が広いタイプの)サンプルを示した際、請求人は、凹部凸部の具体的な溝形状について問い合わせをするメールを送り(乙第1号証の13頁及び添付資料21)、凸部の幅をどこまで増加させることが可能であるかを問い合わせている。以上のことからも、具体的な凹部と凸部の幅の比が、請求人が述べるような「意匠全体において僅かな相違に過ぎ」ないと言えるようなものでないことが明らかである。 なお、請求人が、本件意匠と同様の溝数58本のもので、本件意匠と凹部凸部の幅の比が逆となったタイプのサンプルの提供を要求したため、被請求人は、それを作成し請求人に提供した。その後、請求人によって、凹部凸部の幅の比の異なる2種類の体感テストが行われ、結局、被請求人が創作した本件意匠の形状を備えたサンプルの方が体感が良かったとのことで、本件意匠の形状が採用されたという経緯がある(乙第1号証の14頁14〜21行、資料23、24)。請求人は、幅の比は「意匠全体において僅かな相違に過ぎ」ないと主張しているが、体感に影響を与える重要な要素であることがこのことからもわかる。また、このとき提出した凸部(山部)が幅広で、凹部(溝部)が狭いサンプルの形状は、二次的な需要者層である主に女性層が見てもわかるほど、美感に影響を与えていることが分かる(乙第1号証資料24参照) つまり、本件意匠は幅広に設けられた凹部の中に細い凸部が形成されていて、肌の接触部分である凸部が強調され、より肌に刺激を与えそうな印象を需要者に与える。一方、引用意匠は幅広に設けられた平面形状の凸部の中に細い凹部が形成されていて、肌の接触部分である凸部の平坦さが強調され、肌に滑らかに接触する印象を需要者に与える。このことからも、幅の比は「意匠全体において僅かな相違に過ぎ」ないとは言えないことが明らかである。 イ 意匠全体に占める割合 (ア)意匠全体の中でローラヘッド表面の細溝が占める割合は圧倒的であり、細溝に関する視覚情報が本件意匠の特徴的な美感を生じさせている。したがって、意匠に占める割合の点からもローラヘッド表面の細溝の具体的な形状が重要と言える。 したがって、意匠全体に占める割合という観点に鑑みれば、細溝の具体的な形状にかかわる構成、すなわち、本件登録意匠の具体的構成のA乃至Cが本件登録意匠において重要である。 (イ)また、意匠全体の中で細溝の終端部が集まるローラヘッドの頭頂部付近は、ローラヘッド表面の一定部分を占めている。そして、ローラヘッド表面の中で唯一無装飾の部分であり、需要者の装飾的な関心が向きやすい部分である。したがって、細溝の終端部が集まるローラヘッドの頭頂部付近の意匠も無視しえない要素であると言える。 したがって、意匠全体に占める割合という観点に鑑みれば、頭頂部付近の細溝の終端部の形状及び位置関係にかかわる構成、すなわち、本件意匠の具体的構成のD乃至Eも、上記(ア)で述べた点に次いで重要と言える。 ウ 先行意匠との関係 (ア)先行意匠 美容装置用ローラヘッドの先行意匠としては乙第9号証 [意匠登録第1562348号] や、乙第10号証[意匠登録第1498326号公報](本件登録意匠の参考文献として挙げられている意匠)の公知意匠があり、また、意匠法3条の2の関係にある先願意匠として乙第11号証[意匠登録第1575454号]がある。 (当審注:図省略) (イ)先行意匠の形態 A 上記各図に示すとおり、先行意匠のいずれにも開示されている美容装置用ローラヘッドは、「略真球状の球の底面部を平面とし、該底面から球の頭頂部にかけて複数の細溝が設けられた美容装置用ローラヘッドであって、当該複数の各溝は前記頭頂部の手前で先細るように終端し、該頭頂部は無装飾である。」という本件意匠の基本的構成を有している。 B 乙第10、第11号証に記載されているローラヘッドの溝数は本件意匠の58本より少ないが、十分に溝は細く、基本的構成として把握する範囲では「細溝」が設けられていることに違いはない。また、乙第9号証に記載されているローラヘッドの溝数は本件意匠の58本より多いが、溝の存在は明確に看取され、基本的構成として把握する範囲では「細溝」が設けられていることに違いはない。 C 一方で、先行意匠はいずれも、少なくとも本件意匠の具体的構成A乃至Dの形態を備えない。 (A)乙第10、第11号証に記載されているローラヘッドの細溝は本件意匠の細溝より少なく、また、乙第9号証に記載されているローラヘッドの細溝は本件意匠の細溝より多い。したがって、先行意匠は本件意匠の具体的構成A(溝数58本)を備えない。 (B)乙第10、第11号証に記載されているローラヘッドの細溝は全て等間隔同形であり、凸部と凹部が互いに隣接して位置するが、細溝の形状はV字状である。また、乙9に記載されているローラヘッドの細溝も全て等間隔同形であり、凸部と凹部が互いに隣接して位置するが、細溝の形状は明確には分からない。いずれも、本件意匠のように「平面視において先端が平坦となった凸部の間に、同じく平面視においてRが設けられた凹部」(具体的構成B)を備えない。 (C)また、乙第9乃至第11号証のいずれも、凸部と凹部の具体的な幅は不明であり、いずれも、本件意匠の具体的構成C(凹部の幅と凸部の幅の比が約3対1)の態様を備えない。 (D)乙11や乙10に記載されているローラヘッドの細溝は終端部に向けてやや先細りになっているものの、一定の幅の溝形状を維持しており、本件意匠の細溝の終端部のように一点に向けて収束してヘアピンカーブ状となるものではない。したがって、先行意匠は本件意匠の具体的構成D(ヘアピンカーブ状の細溝の終端部)を備えない。 (E)乙第9乃至第11号証のいずれも、ローラヘッドを正面視及び平面視した図がなく、ローラヘッドの細溝の終端部の位置関係は不明であり、本件意匠の具体的構成E(終端部が正面視高さ方向上方から約30分の1に位置し、また、各終端部が平面視において、ローラヘッド中央部に略円状に位置し、当該円の直径はローラヘッドの外周の略円の直径の約3分の1)の態様を備えない。 D 上記のような先行意匠の形態に鑑みれば、本件意匠の基本的構成は美容装置用のローラヘッドとして新規なものとは言えず、需要者の注意を強く惹く構成ではない。 一方で、本件意匠の具体的構A成乃至Cのような凹部及び凸部の細溝形状は先行意匠にも見られない新規なものであり、本件意匠の独特の美感を基礎付け、需要者の注意を強く引きつける点と言える。 また、本件意匠の具体的構成D乃至Eのような頭頂部付近の細溝の終端部の形状及び位置関係にかかわる構成も、先行意匠から認められない構成であり、上記細溝の具体的な形状に次ぐ重要な構成と言える。 エ 本件意匠において注目される構成 以上の通り、本件意匠に係る物品が美容装置用のローラヘッドであることに鑑み、需要者の関心や各形態の意匠全体に占める割合、先行意匠に見られる新規な形態か否かという観点をいずれも考慮すれば、本件意匠の最も需要者に注目される点は本件意匠の具体的構成のA乃至C(細溝の具体的形状)であり、次いで重要な注目される点は本件意匠の具体的構成のD乃至E(頭頂部付近の細溝の終端部の形状及び位置関係)である。 本件意匠の基本的構成は、本件意匠の細溝を形成する基礎となる構成ではあるが、先行意匠が既に備える形態であることから、本件意匠の特徴的な美感を生じさせる点とまでは言い難い。 オ 本件登録意匠の基本的構成が需要者の注意を強く惹きつけるとの請求人の主張について (ア)請求人は、甲第7乃至第10号証を挙げた上で「一つ一つの凸部と凹部が大きく形成されたものが一般的であり、本件登録意匠の出願前に、本件登録意匠と引用意匠のように、細かな細溝が密に設けられたものは他に見当たらず、共通点(ア)における複数の細溝が密に設けられた態様は、両意匠にのみ見られる新規な意匠的特徴であるといえる」(審判請求書6頁下から〜5行)と主張し、本件意匠の基本的構成が重要であると主張する。また、請求人は、特に、「複数の細溝が密に設けられた」などと「密に」という点を強調する。 (イ)「密に」という不明確な表現が基本的構成の把握として適切ではないことは前記(2)アで述べたが、仮にこの点を請求人主張の通りと理解したとしても、「複数の細溝が密に設けられた態様」が新規な意匠的特徴であるとの請求人主張は妥当ではない。すなわち、乙第9乃至第11号証等の先行意匠に接した需要者は、一見すれば、細溝が多数設けられているという印象を受けるのみで、具体的に溝が何本あるということを把握することはできない。 したがって、請求人基準によっても上記先行意匠には細溝が「密に」設けられた構成が備えられており、「複数の細溝が密に設けられた態様は、両意匠にのみ見られる新規な意匠的特徴」とは言えない。請求人の主張は乙第9乃至第11号証等の先行意匠を考慮していない点で妥当ではない。 したがって、本件意匠の基本的構成に特徴があるとの請求人の主張及び認定は、先行意匠の把握に偏りがあり、かつ、自らが摘示する先行意匠の内容把握も不適切であって、妥当とは言えない。 (ウ)実際、例えば、甲第8号証や乙第11号証のローラヘッド、本件意匠、引用意匠を並べると、需要者は、順に細溝の数が増えていき、溝の幅がより細くなっているという変化は理解できるが、いずれかの溝数や溝幅で美感が切り替わり、グループ分けができるというものでもない。各ローラヘッドはそれぞれ個別の美感を呈しており、本件意匠と引用意匠だけが別グループであると需要者が感じるとの請求人の主張は首肯しがたい。 (当審注:図省略) (5) 類否判断 ア 本件意匠と引用意匠の共通点の評価 (ア)前記(4)でも述べた通り、共通点(ア)(基本的構成)、共通点(イ)(細溝は、全て等間隔同形の、平面視において先端が平坦となった凸部の間に凹部が、凸部と凹部が互いに隣接して位置する態様により構成されている点)、共通点(ウ)(底面部の構成)は、いずれも、乙第9乃至第11号証等の先行意匠にも見られる形態であり、需要者の注目を惹く構成とは言えない。 (イ)請求人は、この点に関して、「共通点(ア)における複数の細溝が密に設けられた態様は、使用した際の肌触りが従来よりも密で滑らかな美容装置用ローラヘッドであるとの共通した印象を需要者に与えるものである」、「特に、マッサージをすることにより美容効果を高めるという美容ローラの機能を重視する需要者からすれば、凹部及び凸部の具体的形状よりも、密に複数の凹凸があることがプラスのイメージ(「体感がよさそう」「高い美容効果が得られそう」等といったイメージ)を想起させるものである(審判請求書7頁2〜8行)と主張する。 「肌触りが・・・密で」との感覚は一般的なものではないためその意味するところが不明であるが(乙第13号証[「肌触りが密」、「密な肌触り」のグーグル検索結果])、肌触りが滑らかであるか否かの感覚には、細溝の具体的形状(凸部と凹部の幅、細溝の形状、深さ等)の視覚情報が大きく影響を与える。 イ 本件意匠と引用意匠の差異点の評価 (ア)細溝の形状(差異点(ア)乃至(ウ)) 差異点(ア)(細溝の本数)、差異点(イ)(細溝の凹部の形状)、差異点(ウ)(細溝の凹部と凸部の幅の比)はいずれも、細溝を形成する凹部及び凸部の具体的形状に関する構成であり、需要者の注目を惹く構成である。 そして、本件意匠と引用意匠を比較すると、本件意匠は溝数が58本と引用意匠と比較して30本も溝数が少なく(差異点(ア))、本件意匠は細溝を形成する凹部と凸部の比が約3対1と凸部が狭いのに対して、引用意匠は凹部と凸部の比が約1対1.5と逆に凹部が狭い形態となっており(差異点(ウ))、また、本件意匠は凹部がR状であるのに対し、引用意匠は凹部がV字状である(差異点(イ))。 これらの差異点により、本件登録意匠は幅広に設けられた凹部の中に細い凸部が形成されていて、肌の接触部分である凸部が強調され、より肌に刺激を与えそうな印象を需要者に与える。一方、引用意匠は幅広に設けられた平面形状の凸部の中に細い凹部が形成されていて、肌の接触部分である凸部の平坦さが強調され、肌に滑らかに接触する印象を需要者に与える。このように、本件意匠と引用意匠は、差異点によって、需要者に対し大きく異なる美感を与えるものである。 (当審注:図省略) (イ)細溝の終端部の形状及び位置(差異点(エ)及び(オ)) 差異点(エ)(細溝の終端部の形状)、差異点(オ)(細溝の終端部の位置)はいずれも、美容ローラを手に持って使用する需要者の関心が向きやすい装飾的な形態であり、差異点(ア)乃至(ウ)に準ずる重要な構成である。 差異点(ア)乃至(ウ)とも関連するが、本件意匠の溝数は58本と引用意匠より30本も少なく、凹部と凸部の比を約3対1と凹部を幅広に形成することにより、細溝の終端部はヘアピンカーブ状となっている。これに対し、引用意匠は溝数が88本と多く、凹部と凸部の比を約1対1.5と凸部を幅広に形成していることから、細溝の幅が極狭く、終端部は略直線状となっている。また、引用意匠は細溝の凹部が極狭い(または凹部が浅い)ために、細溝の終端部が明確ではなく、無装飾の頭頂部の範囲が広い。本件意匠は上記構成によって、平面視、二重の同心円のような特徴ある形態を有するのに対し、引用意匠は単なる一重円のような形態を有する。このように、両意匠は装飾的な印象が大きく異なる。 このような細溝の終端部の形状及び位置(無装飾の頭頂部の範囲)は、上記(4)で述べた通り、美容ローラを手に持って使用する需要者の関心が向きやすい装飾的な形態であり、また、細溝の終端部の形状及び位置をどのように構成するかは自由度が大きい部分であって、創作者によって美感を想定して工夫を施す余地の大きい部分であるから、類否判断においては十分に考慮されるべき要素となる。 (ウ)前記(4)ア(オ)でも述べたが、請求人は、美容ローラの製造・販売を行う会社であり、本件登録意匠の需要者にあたるところ、被請求人が本件意匠の特徴を備えたサンプルを請求人に送付した際、請求人は、被請求人に対し、溝形状についての問い合わせを送っている(乙第1号証13頁8〜12行及び添付資料21)。そして、請求人は、被請求人に対し、「肌への接触面積を考慮するために模様の形状をどこまで変更可能か把握するため細かなことまで確認させて頂いてます」(乙第12号証)とも述べている。その後、請求人の要望を受けて、本件意匠とは、逆の凸部が広く、凹部が狭いバージョンのサンプルも送付したものの、請求人において、体感テストをしたところ、被請求人創作の本件意匠の方が使用感が良く、本件意匠が採用されるにいたった。本件意匠の需要者である請求人による上記評価からも明らかな通り、需要者は、具体的な溝形状を重要視しており、また、実際に溝形状によって体感に違いも生まれているところ、美容装置用ローラヘッドにおいては、やはり凹部と凸部の比率、凹部の形状等の具体的な溝形状が注目される箇所となる。 ウ 類否についてのまとめ 以上の通り、本件意匠と引用意匠の共通点は先行意匠にも見られる構成であり、一方で、本件意匠と引用意匠の差異点である具体的な細溝の形状は使用感や美観に重要な影響を与える。また細溝の終端部の形状及び位置も美観に与える影響は無視できない。 そうすると、差異点が両意匠の美感に与える影響は大きく、両意匠は類似しない。 (6)結論 よって、本件意匠は、引用意匠とは非類似の意匠であり、意匠法第3条第1項第3号に該当しないから、本件意匠登録は意匠法第48条第1項第1号に係る無効理由を有さない。 1−4 本件登録意匠が創作容易ではないこと (1)請求人の主張 請求人は、「本件登録意匠と引用意匠の差異点は、・・・ローラヘッドの素材に炭素素材を使用すること及び被請求人が保有する加工機械の機能上の限界、及び、コストの問題から必然的に決まった形状に過ぎず、意匠として何ら創作的価値が存在しない形状というほかない。」(審判請求書10頁文末〜11頁1〜5行)と主張する。 (2)反論 ア 創作容易とは 意匠法第3条第2項はその意匠の属する分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に創作できる場合は、意匠登録を認めない旨を規定している。 これを受けて、意匠審査基準においては、出願の意匠に係る分野において、容易に創作できる意匠に該当するありふれた手法とみられる改変例として「置き換え」、「寄せ集め」、「一部の構成の単なる削除」、「配置の変更」、「構成比率の変更匠」、「連続する単位の数の増減匠」、「物品等の枠を超えた構成の利用・転用」が挙げられている。また、軽微な改変とみられる改変例として「角部及び縁部の単純な隅丸化又は面取り」、「模様等の単純な削除」、「色彩の単純な変更、区画ごとの単純な彩色、要求機能に基づく標準的な彩色」、「素材の単純な変更によって生じる形状等の変更」等を例示列挙している。 イ 本件意匠がいずれの改変例にもあたらないこと 本件意匠と引用意匠の差異点は、前記1−3(3)イで述べた(ア)溝数、(イ)溝の形状、(ウ)凹部と凸部の比、(エ)溝の終端部の形状、(オ)溝終端部の位置であるが、これらの差異点にかかる本件意匠の構成を備えた先行意匠は存在しないから、「置き換え」、「寄せ集め」、「一部の構成の単なる削除」、「配置の変更」、「物品等の枠を超えた構成の利用・転用」等に該当しない。また、本件意匠と引用意匠は、溝の形状そのものが異なっており、単に構成比率や単位を増減させることで引用意匠を本件意匠のように変更できるものでもない。また溝数、凹凸の比が異なっており、「角部及び縁部の単純な隅丸化又は面取り」等をすることで、引用意匠を本件意匠のように変更できるものでもない。したがって、本件意匠は意匠法第3条第2項の創作容易に該当しない。 (3)請求人の主張に対する反論 ア 凹部の形状に創作的価値がないとの主張について 請求人は、ローラヘッドの加工方法等について縷々主張している。請求人が主張するポイントは、(i)本件意匠の形状は偶々できあがった、(ii)サンプル製造業者が保有していた刃物がU字であった、(iii)素材が黒鉛であった、という三点である。 しかし、意匠の創作が容易であるか否かは、創作者が緻密に計算して作り上げたか、偶々生まれたものかによって影響されず、請求人主張の上記(i)の点はそもそも失当である。 また、創作容易か否かの判断は、当業者にとって当該意匠が容易に創作できるものであるか否かにより判断されるところ、美容装置用ローラヘッドを炭素(黒鉛)を用いて製造することが一般的であるという事実もなく、また、サンプル製造業者が保有している刃物を用いて美容装置用ローラヘッドを製造することが一般的であるという事実もない。請求人の主張の前提自体が誤っている。 なお、素材が黒鉛であり、加工刃物がV字であることを前提としても、様々な溝本数、溝形状のローラヘッドを製造できることは自明であり(乙第1号証資料24のローラヘッドも、同一の素材、同一の刃物で加工され、製造されている)、素材と加工具が同一であれば、当業者は誰でも本件意匠の形状が創作できるという請求人の主張は何の根拠もない。 イ 本件登録意匠の凹部の幅に創作的な価値がないとの主張について 請求人は、「実際に完成した試作品の凹部の幅が凸部の幅よりも幅広になったのは、請求外レイホー製作所が保有していた加工機械及び刃物、並びに、ローラの大きさ(直径4センチ)の技術的制約により、それ以外の形態の試作品を製作できなかったためであり、かかる形態の作出にあたって、デザイン創作活動がなされたとは到底言えない。」との主張をしている(審判請求書13頁8〜12行)。 しかし、(ア)でも述べた通り、請求人の主張は、実際の本件意匠を創作する際に使用された原料、加工具を使用することが前提となっている点でそもそも失当である。美容装置用ローラヘッドを製造する際に、本件意匠を創作する際に使用された原料、加工器具を使用することが一般的であるという事情はない。 また、原料は加工器具を同一にしたらかと言って本件意匠の具体的構成A乃至Eにかかる細溝の具体的形状は必然のものでもない。 別件訴訟における被請求人従業員の証言や、乙第1号証の陳述書の陳述からもわかる通り、同一の刃物、同一の加工機械を使用したとしても、刃物の当て方、球(ローラ)と刃物をセットする位置により、溝形状は種々変化する(甲第12号証の7頁最終行〜8頁8行及び乙第1号証の12頁4〜8行。乙第1号証資料24も参照)。 ウ 本件登録意匠の溝の数に創作的な価値がないとの主張について 請求人は、「溝数を58本に決定する前の検討段階で出ていた44本と58本という案に関しても、請求外レイホー製作所が所有する刃物は2種類あり、その2種類の刃物でなるべく溝を広くとるようにすると、計算上、44本と58本という候補が出てきた(甲第12号証・16頁・5頁)ことから、必然的に決まった本数にすぎず、かかる本数の選択に関しても、何ら創作的行為が介在しているとは言えない。」と主張している(審判請求書14頁下から3行〜15頁3行)。 この点についても、請求人の主張は、実際の本件意匠を創作する際に使用された原料、加工具を使用することが前提となっている点でそもそも失当である。美容装置用ローラヘッドを製造する際に、本件意匠を創作する際に使用された原料、加工器具を使用することが一般的であるという事情はない。素材も加工器具も違えば、溝数の決定アプローチも異なるのであり、当業者が本件意匠を創作する際に使用された原料、加工具を使用しないで、本件意匠の溝数が容易に創作できたような事情はない。 また、そもそも同じ原料、同じ刃物を使用しても、溝数は自由に設定できるのであり、同じ原料、同じ刃物を使用すれば58本という溝数が容易に創作できるという点でも請求人の主張は失当である。 (4)まとめ 以上の通り、本件意匠と引用意匠の差異点は、上記1−3(3)イで述べた(ア)乃至(オ)であるが、これらの変更は、意匠審査基準で例示列挙されているありふれた改変例、軽微な改変例のいずれにも該当するものではない。 また、これらの変更は、請求人の主張するような「本件登録意匠と引用意匠の差異点は、・・・ローラヘッドの素材に炭素素材を使用すること及び被請求人が保有する加工機械の機能上の限界、及び、コストの問題から必然的に決まった形状」ではなく、溝数、凹部と凸部の幅、形状等は様々変更することが可能である中で本件意匠の創作がなされた。 以上のことから、請求人の主張はいずれも当を得ず、本件意匠は、意匠法第3条第2項にも該当しない。 よって、本件意匠登録に意匠法第48条第1項第1号に係る無効理由を有さない。 2 証拠方法 (1)から(14)はすべて写しである。 (1)乙第1号証 被請求人従業員陳述書 (2)乙第2号証 被請求人から請求人への2016年9月12日付メール (3)乙第3号証 被請求人から請求人への2016年9月15日付メール (4)乙第4号証 請求人から被請求人への2016年9月20日付メール (5)乙第5号証 請求人から被請求人への2016年9月21日付メール (6)乙第6号証 別件訴訟被告第6準備書面 (7)乙第7号証 請求人から被請求人への2017年5月1日付メール (8)乙第8号証 請求人から被請求人への2017年5月30日付メール (9)乙第9号証 意匠登録第1562348号 (10)乙第10号証 意匠登録第1498326号 (11)乙第11号証 意匠登録第1575454号 (12)乙第12号証 請求人から被請求人への2016年10月28日付メール (13)乙第13号証の1 肌触りが密のGoogle検索結果 (14)乙第13号証の2 肌触りが密のGoogle検索結果 第4 弁駁の趣旨及び理由 請求人は、令和3年7月26日付けで、被請求人の答弁に対し審判事件弁駁書(以下「弁駁書」という。)を提出し、要旨以下のとおり主張をし、その主張事実を立証するため、甲第13号証及び甲第14号証を提出した。 1 答弁書に対する弁駁 被請求人は、令和3年6月14日付け審判事件答弁書において、本件登録意匠は、意匠法第3条第1項第3号及び同法第3条第2項に該当しないと主張しているが、被請求人の主張は妥当でない。 以下、その理由を詳述する。 1−1 本件意匠と引用意匠との類否 (1)本件意匠と引用意匠の形態の認定に関する主張の違いについて ア 基本的構成態様の細溝が「密」に設けられたか否かについて 被請求人は、答弁書の1−3(2)アの項において、本件意匠及び引用意匠の基本的構成態様について、請求人が、細溝が「密に設けられた」と表現したことについて、どのようなものが「密」であり、どのようなものが「密でない」かは不明確であり、各意匠の形態の表現として不適当であることから、当該表現を削除したと述べている。 しかしながら、肌に直接触れる美顔用ローラヘッドという需要者がローラヘッドの形態について着目する物品において、直径4cmにも満たない小さな球に細溝が50本以上も設けられているという構成を、まだら(当審注:「まばら」の誤記と思われる。)にしか溝がない構成(例えば、5本程度)も含む「複数」という広範で抽象的な文言で特定するのは妥当でなく、細溝がぎっしりと詰まっていることを表現するために「密」との文言での特定がより適切である。 したがって、本件意匠及び引用意匠の基本的構成態様について、被請求人のように細溝が抽象的に「複数」設けられたと表現するのは不適当であり、ぎっしり細溝が詰まっていることを具体的に表現するために「密に」設けられたとするのが適当である。 イ 引用意匠の細溝を形成する凹部及び凸部について 被請求人は、引用意匠の具体的構成Cについて、「上記凹部の幅・・・と前記凸部の幅の比は約1対1.5」と認定すべきであると主張する。 しかしながら、溝の幅は一定ではなく、上記凹部と凸部の幅の比率は、球の中での位置によって異なるところ、需要者が最も着目しやすいローラヘッドの中心部(赤道付近)では、引用意匠の凹部の幅と凸部の幅の比は、約1.5対1となっている。被請求人の測定位置は、本件意匠と引用意匠の差異点が出るように恣意的にずらされたものであり、審判請求書における請求人の主張のとおり、引用意匠の凹部の幅と凸部の幅の比は、約1.5対1と特定すべきである。 ウ 細溝の終端部の形状について 被請求人は、本件意匠及び引用意匠の具体的構成態様Dに関し、本件意匠の細溝の終端部はヘアピンカーブ状になっており、引用意匠の細溝の終端部は、略直線状になっていると特定すべきとの主張をしている。 しかしながら、本件意匠の細溝の終端部は、単に略ヘアピンカーブ状とするのは抽象性が高く妥当ではない。より正確に、「中央から終端に向けで幅狭となり、端部で略V字状で閉じている」と特定すべきである。 また、引用意匠の細溝は、終端部に向かって細くなっていく以上、終端部が略直線状となることはあり得ず、本件意匠の細溝の終端と同様、「中央から終端に向けで幅狭となり、端部で略V字状で閉じている」と特定すべきである。 エ 本件意匠及び引用意匠の細溝の終端部の位置について 被請求人は、本件意匠の具体的構成態様Eにおける、本件意匠の細溝の終端部の位置について、「また、前記細溝の各終端部は、平面視において、ローラヘッド中央部に略円状に位置し、当該円の直径はローラヘッドの外周の直径の約3分の1である」と特定する旨の主張をしているが、かかる形態は「前記頭頂部終端部は正面視高さ方向約30分の1に位置する点」との特定で十分であり、原告の追加した表現は、単に別図面から特定し直しただけであり形態特定が無意味に冗長になるため不要である。 また、被請求人は、引用意匠の具体的構成態様Eにおける、引用意匠の細溝の終端部の位置について、引用意匠の細溝が非常に細かい(または、浅い)ためか、終端部の位置が判然としないと言いながら、「おおよそ正面視高さ方向上方から約11分の1に位置する。」と特定しているが、引用意匠の図面からも明らかであるとおり、引用意匠の細溝の終端部もおおよそ正面視高さ方向約30分の1に位置しており(甲第13号証)、原告は、判然としないことを理由に本件意匠と引用意匠の差異点を作出しているに過ぎない。また、「また、平面視において、前記細溝の終端部の位置は判然としない」との認定を追加しているが、終端部の位置はおおよそ特定できている以上、判然としないという特定は不要である。 (2)本件意匠と引用意匠の共通点と差異点の認定について 以上の主張を踏まえると、本件意匠と引用意匠の共通点、差異点は、以下の通りに整理できる。 共通点 〔1〕略真球状の球の底面部を平面とし、該底面から球の頭頂部にかけて複数の細溝が密に設けられた美容装置用ローラヘッドであって、当該密に設けられた複数の各溝は前記頭頂部の手前で先細るように終端し、該頭頂部は無装飾であるという基本的構成。 〔2〕前記細溝は、全て等間隔同形の、平面視において先端が平坦となった凸部の間に凹部が、凸部と凹部が互いに隣接して位置する態様により構成されている点。 〔3〕前期細溝の終端部は、中央から終端に向けで幅狭となり、端部で略V字状で閉じている点。 〔4〕前記頭頂部終端部は正面視高さ方向約30分の1に位置する点。 〔5〕平面となっている前記底面部は前記球に対し正面視高さ方向約15分の1の部分である点。 差異点 〔1〕本件意匠は溝数が58本であるのに対して、引用意匠は溝数が88本である点。 〔2〕本件意匠は凹部がR状であるのに対して、引用意匠は凹部が角である点。 〔3〕本件本願意匠は、上記凹部の幅(凸部から落ち込む段差と隣接する段差間の距離)と前記凸部の幅の比が約3対1であり、概ねこの比を保ちながら前記底面から中央部を介して前記頭頂終端部に至っているのに対して、引用意匠はその比が約1.5対1である点。 なお、被請求人は、差異点〔2〕につき、本件意匠は凹部がR状であるのに対して、引用意匠は凹部がV字状である点で相違していると主張しているが、V字は「角」を言い換えたものに過ぎず、両意匠の差異点の認定としては、請求人、被請求人間で隔たりはないといえる。 (3)本件意匠において需要者の注目を惹く構成の認定について ア 本件で問題にすべきは引用意匠の要部であること 被請求人は、答弁書の1−3(4)の項において、需要者の関心、意匠全体に占める割合、先行意匠との関係との観点から、本件意匠において需要者の注目を惹く構成について論じている。しかしながら、本件意匠の新規性の有無を考える上では、本件意匠が、引用意匠の類似範囲に入るものであるのか否かが問題となるのであり、そこで問題にすべきは、引用意匠の類似範囲、すなわち、引用意匠の要部がどこにあるかである。 そして、引用意匠の要部認定は、引用意匠の出願前の公知意匠を認定した上で、引用意匠が公知意匠にない新規な形態を有するのであればそれはどこかを客観的に特定する必要があるが、引用意匠は「表面全体に縦溝が細かく(具体的には50本以上)一定幅で刻まれている点」が従来の意匠には存在しない特徴であって、かかる構成が引用意匠の要部であるというべきである。 被請求人は、本件意匠の出願日以前の先行意匠との関係性に基づき、本件意匠において需要者の注目を惹く構成に関して縷々述べるが、本件意匠の新規性を考える上で、かかる判断手法はそもそも妥当でない。 なお、本件意匠において需要者の注目を惹く構成の認定の主張のうち、需要者の関心及び意匠全体に占める割合に関する主張は、引用意匠の要部認定にもかかわる主張であるため、以下では、かかる被請求人の主張に対し、必要な範囲で反論を述べる。 イ 需要者の関心 被請求人は、答弁書の1−3(4)ア(ア)の項において、「一般論として、単なる観賞用でなく機能を発揮する物品については、当該機能を発揮する部分が重要であり、美容装置用ローラヘッドについてもこれが当てはまる」として、美容に関心のある消費者は美容効果を得るための機能を最も重視するのであり、このような需要者の関心という観点に鑑みれば、接触面の凹部及び凸部の具体的な形状にかかわる構成、すなわち、本件意匠の具体的構成のA乃至Cが本件意匠で最も重要な点であると主張している。 しかしながら、登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行われるものであって、機能で決するものではない。すなわち、その部分が意匠に係る物品の特性から見て、視覚的印象に大きな影響を及ぼす部分かが重要なのであり、仮に、機能の観点から接触面の凹部及び凸部の具体的形状が重要であるとしても、それを理由に要部となることはなく、機能を考慮した需要者が、従来とは異なる新規な形態として認識すれば、そこから意匠全体の美感の基礎となる視覚的印象を受けるため、当該部分が意匠の要部になる。 そうであれば、少なくとも両意匠の類否判断において、需要者の視覚を通じて美感を起こさせる範囲で要部を検討すれば十分であり、本件意匠及び引用意匠においては、肌への接触面であるローラヘッドの表面に複数の細溝が密に設けられていることにより、以下のような「和菓子の練り切りの手毬」との美的印象を需要者に与えるものである以上、それ以上に凹部及び凸部の具体的形状まで重視して比べる必要はない。 よって、需要者の関心という点を鑑みても、ローラヘッドの表面に、複数の細溝が密に設けられていること、すなわち基本的構成が意匠の要部になるというべきである。 [和菓子の練り切りの手毬](当審注:図省略) ウ 美容ローラの使用方法 被請求人は、答弁書の1−3(4)ア(イ)の項において、「本件意匠にかかる物品は需要者が手に持って繰り返し使用する美容器具に用いられるローラヘッドであることからすれば、本件意匠は需要者によって近接した距離で詳細に観察される」から、接触面の凹部及び凸部の具体的な形状にかかわる構成にも需要者の関心が十分に強く向けられ、これらの構成にかかわる本件意匠の具体的構成のA乃至Cが本件意匠の重要な点であると主張している。 しかしながら、マッサージをすることにより美容効果を得るという美容ローラの機能を重視する需要者からすれば、凹部及び凸部の具体的形状よりも、密に複数の凹凸があることが需要者にプラスのイメージ(「体感が良さそう」「高い美容効果が得られそう」等といったイメージ)を想起させる。需要者にこれらのイメージを抱かせる点を考慮すれば、ローラヘッドの表面に複数の細溝が密に設けられていることが意匠の要部になると言うべきである。 したがって、需要者の関心を考慮した場合には、凹部及び凸部の具体的形状よりもローラヘッドの表面に、複数の細溝が密に設けられていること、すなわち、本件意匠及び引用意匠の基本的構成態様が両意匠の要部になるというべきである。 また、被請求人は、答弁書の1−3(4)ア(オ)の項において、請求人がメールで凸部の幅をどこまで増加させることができるかを問い合わせたことから、「具体的な凹部と凸部の幅の比が、請求人が述べるような意匠全体において僅かな相違に過ぎないと言えるようなものでない」と主張している。 しかしながら、請求人は、開発者の立場から、品質管理、製造コスト、使用感や機能の観点から凹凸(幅比)の違いに注目していたに過ぎず、かかる点は意匠の要部認定とは無関係な事実である。意匠の類否判断は、需要者が観察した場合の客観的な印象をもって判断すべきものであり、上記メール内容のような創作者としてのこだわりがあったとしても、その点を根拠に、本件意匠の注目箇所が溝形状であるとは到底言えるものではない。 エ 意匠全体に占める割合 被請求人は、答弁書の1−3(4)イ(ア)の項において、意匠全体の中でローラヘッドの表面の細溝が占める割合は圧倒的であり、細溝に関する視覚情報が本件意匠の特徴的な美感を生じさせているから、ローラヘッド表面の細溝の具体的な形状が重要であると主張している。 しかしながら、上述したとおり、需要者に本件意匠の特徴的な美感を生じさせるのは、ローラヘッドの表面に複数の細溝が密に設けられている点、すなわち両意匠の基本的構成態様であり、細溝の具体的形状は意匠の要部とはならない。 また、被請求人は、答弁書の1−3(4)イ(イ)の項において、意匠全体の中で細溝の終端部が集まるローラヘッドの頭頂部付近は、ローラヘッド表面の一定部分を占めており、ローラヘッド表面の中で唯一無装飾の部分であることからも、需要者の装飾的な関心が向きやすい部分であるとして、頭頂部付近の細溝の終端部の形状及び位置にかかわる構成も要部であると主張している。 しかしながら、意匠全体に占める割合を考慮した場合、ローラヘッドの頭頂部にある無装飾の部分が存在することについては、その大きさもある程度大きいことから需要者の注意を引き、要部となるとしても、頭頂部付近の細溝の終端部の形状及び位置については、原告も主張するように判然しないものであり、需要者としてもはっきりと認識するものではなく、また、非常に細かい些細な箇所なので、需要者の注目を引かない。 よって、頭頂部付近の細溝の終端部の形状及び位置関係にかかわる構成は、意匠の要部とはなり得ず、頭頂部付近に関しては、頭頂部が無装飾であることのみが要部となる。 オ 先行意匠との関係 (ア)本件における類否判断で考慮可能な先行意匠 被請求人は、答弁書1−3(4)ウ(ア)の項において、「美容装置用ローラヘッドの先行意匠としては乙第9号証[意匠登録第1562348号]や、乙第10号証[意匠登録第1498326号公報](本件意匠の参考文献として挙げられている意匠)の公知意匠があり、また、意匠法3条の2の関係にある先行意匠として乙第11号証がある」と主張し、これらの先行意匠はいずれも本件意匠の基本的構成を有している一方で、本件意匠の具体的構成A乃至Cの形態を備えていないため、本件意匠において最も需要者に注目される点は具体的構成A乃至Cであり、次いで重要な注目される点は本件意匠の具体的構成のD乃至Eであるとの主張をしている。 しかしながら、被請求人が指摘する先行意匠のうち、乙9意匠及び乙11意匠は、引用意匠が公知になった平成28年3月15日よりも後に公知になったものであり、引用意匠の類似範囲を限定解釈するものではない。 上述した通り、本件意匠の新規性の有無を考える上では、本件意匠が、引用意匠の類似範囲に入るものであるのか否かが争点となるところ、引用意匠の類似範囲を考える際に考慮対象となり得る先行意匠は、引用意匠の公開前に公知になっていた意匠のみであり、乙9意匠及び乙11意匠は、引用意匠の類似範囲を検討する際に考慮すべき先行意匠には当たらない。 仮に、引用意匠の出願後の公知意匠を参酌して、引用意匠の類似範囲を定めることができるとすると、引用意匠の出願後にこれに類似する形態の意匠が公開されればされるほど引用意匠の類似範囲が狭まっていき、引用意匠の後願排除効が日を追うにつれて弱まっていくことになってしまうが(例えば、本件意匠を乙11意匠の公開前に出願した場合には引用意匠に類似するが、乙11意匠の公開後に出願した場合には引用意匠と非類似になるというような不合理な結果が生じ得る。)、このような帰結が妥当でないことは明らかである。 なお、令和2年5月15日発行の日本工業所有権法学会年報「意匠法改正の検討」に掲載の「意匠の類否判断の課題」(梅澤修)との論説(甲第14号証)の中でも、上記の被告の主張と同様の以下の考え方が述べられている。 「意匠の類否判断の課題」(梅澤修)(当審注:省略) 本件では、引用意匠の公開後、本件意匠の出願前の公知意匠として、乙11意匠の意匠公報が提出されているが、これらの公知意匠は、引用意匠の公開後の意匠であるため、上記論説に記載の考え方によると、引用意匠の要部を狭める方向でこれらの公知意匠を利用することは妥当でない。 一方、上記論説に記載の考え方によると、これらの公知意匠を本件意匠の創作性を考える上で採用することは許容されることになるが、本件意匠の出願前公知意匠である乙11意匠には、V字状の凹部及び凸部がそれぞれ15個ずつ形成された形態が開示されているため、溝数を減らす方向のデザイン変更には、本件意匠に特有の新規な創作性はないことが分かる。 (イ)乙10意匠 被請求人が主張する先行意匠のうち、引用意匠の公開前に公知になっていた意匠は、乙10意匠のみであるが、乙10号証のローラヘッドは表面を山型にジグザグ状にカットした形状からなり、凹部及び凸部は共にV字状の形状になっている(このことは、背面・底面・左側面側からの斜視図の右から2番目のローラヘッドの表現方法から明らかである)。 すなわち、乙10意匠のローラヘッドは、本件意匠及び引用意匠とはローラヘッド表面の構成が大きく相違しているものであり、引用意匠の類似範囲を限定解釈する根拠になるものではない。 [背面・底面・左側面側からの斜視図] カ 引用意匠の要部の認定 引用意匠の要部認定は、引用意匠の出願前の公知意匠を認定した上で、引用意匠が公知意匠にない新規な形態を有するのであればそれはどこかを客観的に特定する必要があるが、引用意匠は「表面全体に縦溝が細かく(具体的には50本以上)一定幅で刻まれている点」及び「頭頂部が無装飾である点」からなる構成態様が従来の意匠には存在しない特徴であって、かかる構成が引用意匠の要部であるというべきである。 その縦溝が具体的に何本かその凹部の形状が具体的にどのようなものかについては、その物品の使用状況やサイズも含めて需要者の視点で検討されるべきである。この種の物品分野の需要者(美容に興味がある主に女性)は、引用意匠には、今までにない多数の縦溝が彫られていることからその効き目を予想するといえるが、その縦溝の具体的本数や縦溝の終焉の形状にまで十分に注意して製品を使用するものではない。 よって、引用意匠においては、前記の通り、表面全体に縦溝が細かく(具体的には50本以上)刻まれている点が従来の意匠には存在しない特徴であって、要部と捉えられるべきである。 そして、本件意匠も、この要部に係る形態を有していている一方で、両意匠の細部に係る形態は需要者がほとんど認識しない程度の形態であるので、両意匠は共通の美感を生じるものである。 これに対し、被請求人は、答弁書の1−3(4)オの項において、「複数の細溝が密に設けられた態様」が新規な意匠的特徴であるとの被告の主張は妥当でないと主張し、その理由として、乙9意匠、乙10意匠、乙11意匠等の先行意匠に接した需要者は、一見すれば、細溝が多数設けられているという印象を受けるのみで、具体的に何本あるということを把握することはできないことを挙げている。 しかしながら、上述した通り、引用意匠の類似範囲を考える際に考慮対象となり得る先行意匠は、引用意匠の公開前に公知になっていた意匠のみであり、乙9意匠及び乙11意匠は、引用意匠の類似範囲を検討する際に考慮すべき先行意匠には当たらない。 また、乙10意匠は、ローラヘッドは表面を山型にジグザグ状にカットした形状からなり、凹部及び凸部は共にV字状の形状になっており、凸部に平らな面が形成された引用意匠及び本件意匠とは形態が大きく異なるものである。加えて、乙10意匠の溝の数は15本のみであり、溝が「密」に設けられているとは言えない。 よって、被請求人の主張はいずれも理由がなく、引用意匠は、複数の細溝が密に設けられた態様が新規な意匠的特徴であり、基本的構成態様が意匠の要部であることは明らかである。 (4)類否判断 ア 本件意匠と引用意匠の共通点の評価 これまで主張してきた通り、本件意匠と引用意匠においては、これらの要部である基本的構成に加え、複数の具体的構成態様が共通しており、両意匠は類似しているといえる。 イ 本件意匠と引用意匠の差異点の評価 両意匠の間では(ア)本件意匠は溝数が58本であるのに対して、引用意匠は溝数が88本である点、(イ)本件意匠は凹部がR状であるのに対して、引用意匠は凹部が角である点、(ウ)本件本願意匠は、上記凹部の幅(凸部から落ち込む段差と隣接する段差間の距離)と前記凸部の幅の比が約3対1であり、概ねこの比を保ちながら前記底面から中央部を介して前記頭頂終端部に至っているのに対して、引用意匠はその比が約1.5対1である点が異なっている。 しかしながら、これらについては、審判請求書において述べたとおり、いずれの差異点も意匠全体の美観を左右するものではなく、かかる差異点の存在によって、両意匠が非類似になるとはいえない。 また、被請求人は、答弁書の1−3(5)イの項において、本件意匠と引用意匠の差異点の評価について述べているが、仮に、被請求人が主張する差異点が存在することを前提としたとしても、原告が主張する差異点は、以下に述べる通り、意匠全体の美感を左右するものではなく、かかる差異点の存在によって、両意匠が非類似になるとはいえない。 〔1〕縦溝の数 本件意匠の縦溝の本数が58本であるのに対して、引用意匠の縦溝の本数は88本であるが、両意匠の溝数は従来の美容装置用ローラヘッドの溝数よりも倍以上多く、手に持った状態であっても需要者が一見してその数を把握することができない程度のものである点では共通している。 また、需要者に与える印象においても、細かい縦溝が「密」に多数設けられているとの印象で共通するものである。 この点、被請求人は、乙10意匠、乙11意匠のような明らかに溝数が少ないものについても、「需要者は、一見すれば、細溝が多数設けられているという印象を受けるのみで、具体的に何本あるということを把握することはできない」(答弁書・16頁)と主張しており、そうであれば、小さな球に溝が58本ある本件意匠と溝が88本ある引用意匠においては、なおさら、一見して溝数を把握することができないといえ、本件意匠と引用意匠の溝数の差によって、需要者に与える美感に違いはないといえる。 したがって、両意匠の縦溝の数の差異は、両意匠の美感を別個のものとするものではない。 〔2〕縦溝の形状 本件意匠の凹部は幅広の緩やかなR状であるのに対し、引用意匠の凹部は幅狭かつ角をなしている点で相違するが、需要者が美容の観点から着目するのは複数の細溝が密に設けられていることであり、凹部の子細な具体的形態には注目しない。また、本件意匠は、直径4cmにも満たないローラヘッドであり、このような小さな球に50本以上も施された縦溝は非常に細かいものであるため、小売店等での商品購入の際における一般人の注意力において、凹部の子細な具体的形態が需要者の目にとまったり、使用感を想起させるものではない。 また、仮に美容装置の需要者が製品の形状から使用感を想起することがあるとしても、需要者が注目するのは、あくまで肌に直接触れるようなローラヘッドの表面部分(凸部の上端角の部分)であるといえ、凹部の子細な具体的形態に注目するとは考えにくい。 本件意匠と引用意匠は、凸部の先端が平坦に形成されていて、複数の凹凸が交互に密に形成されているという表面の形状が共通している以上、想起される使用感は共通しており、凹部の子細な具体的形態の差異によって想起させる使用感の違いはないか、あったとしても僅かなものに過ぎない。 〔3〕凹部と凸部の幅 被請求人は、本件意匠の凹部と凸部の幅の比は3対1であるのに対し、引用意匠の凹部と凸部の幅の比は1対1.5である点で相違すると主張するが、被請求人は、引用意匠の凹部と凸部の幅の比について溝が細くなっている終端部において計測しているようである。しかし、需要者が最も着目しやすいローラヘッドの赤道部分においては、引用意匠の凹部と凸部の幅の比は1.5対1であり、本件意匠と僅かな差があるに過ぎない。 また、仮に、細溝の終端部で凹部と凸部の幅の比を比較した場合の比率(答弁書の19頁に掲載されている図を参照)が、被請求人が述べるように本件意匠は3対1であるのに対し、引用意匠は1対1.5であったとしても、需要者の肌に最も触れる球の中央部に比べ、細溝の終端部は、需要者の注目を引く部分ではないし、需要者がこのような比率を一見して把握できるものでもない。 したがって、このような差異は、需要者に対して意匠の美感に影響を与えるものではない。 なお、被請求人は、答弁書の1−3(5)イ(ウ)の項において、請求人がメールで「肌への接触面積を考慮するために模様の形状をどこまで変更可能か把握するため細かなとこまで確認させて頂いてます」と述べていたこと(乙12)をもって、美容装置用ローラヘッドにおいては、やはり凹部と凸部の比率、凹部の形状等の具体的な溝形状が注目される箇所となると主張しているが、請求人は、製品の開発者である以上、製品の細かな部分についても、注目するのは当然のことであり、また、注目箇所は溝形状だけでなく、より良い製品を作るため、修正が可能な部分、形状についてはありとあらゆるものを注目している。実際に、上記メールについても、開発者の立場から、品質管理、製造コスト、使用感や機能の観点から凹凸(幅比)の違いに注目していたに過ぎず、かかる点は意匠の要部認定とは無関係な事実である。意匠の類否判断は、需要者が観察した場合の客観的な印象をもって判断すべきものであり、上記メール内容のような創作者としてのこだわりがあったとしても、その点を根拠に、本件意匠の注目箇所が溝形状であるとは到底言えるものではない。 〔4〕細溝の終端部の形状及び〔5〕細溝の終端部の位置 これまで述べてきた通り、需要者の注目を引く部分ではない。さらに、細溝の終端部は、ローラヘッドの中央部に比べ、溝が細く、かつ、浅くなっているため、溝の形状(ヘアピンカーブ状か略直線状か)は、需要者にとって判別が著しく困難である。 また、細溝の終端部の位置については、仮に、被請求人が述べるように、本件意匠の細溝の終端部は、おおよそ正面視高さ方向上方から約30分の1に位置するのに対し、引用意匠の細溝の終端部は、おおよそ正面視高さ方向約11分の1に位置するとしたとしても、直径4cmにも満たない球においては、その差は僅か数ミリしかなく、このような差異は、需要者に対して意匠の美感に影響を与えるものではない。 (5)小括 以上のとおり、差異点の認定について、仮に被請求人の主張によったとしても、これらの差異は、需要者に対して意匠の美感に影響を与えるものではなく、ほぼ共通していると言えるから両意匠は類似するといえる。 よって、本件意匠と引用意匠の類否に関する被請求人の主張はいずれも失当であり、本件意匠が、引用意匠に類似するものであることは明らかである。 1−2 本件意匠は創作容易であること (1)本件意匠がいずれの改変例にも当たらないという主張について 請求人が主張する両意匠の差異点の形状は、ローラヘッドの素材に炭素素材を使用すること及び被請求人が保有する加工機械の機能上の限界、及び、コストの問題から必然的に決まった形状に過ぎず、意匠として何ら創作的価値が存在しないことについては、審判請求書において述べた通りである。 これに対し、被請求人は、答弁書の1−4(2)イの項において、本件意匠が意匠審査基準のいずれの改変例にも当たらないと主張している。 しかしながら、被請求人が主張する両意匠の差異点の認定(〔1〕溝数、〔2〕溝の形状、〔3〕凹部と凸部の比、〔4〕溝の終端部の形状、〔5〕溝終端部の位置)を前提にしても、以下に述べる通り、これらの差異点の形状は、容易に創作できるものであり、結論は変わらない。 〔1〕溝の数の相違について 意匠審査基準では、「当該分野におけるありふれた手法などにより創作されたにすぎないもの」の例として、「連続する単位の増減」を挙げているが、溝の数を88本から58本に減らした点は、まさに「連続する単位の増減」にすぎないものであり、審査基準が述べる「ありふれた手法」に基づくデザイン変更にすぎない。 〔2〕溝の形状の相違について 意匠審査基準では、「軽微な改変」の例として、「角部及び縁部の単純な隅丸化又は面取り」を挙げているが、凹部をV字型からU字型に変更した点は、単に、鋭利な溝の形をなだらかにしたにすぎず、「角部及び縁部の単純な隅丸化又は面取り」に類するものといえ、審査基準が述べる「軽微な改変」によるデザイン変更にすぎない。 〔3〕凹部と凸部の比の相違について 意匠審査基準では、「当該分野におけるありふれた手法などにより創作されたにすぎないもの」の例として、「構成比率の変更」を挙げているが、凹部の幅を凸部の幅よりも幅広に変更した点は、凹部と凸部の「構成比率の変更」にすぎないものであり、審査基準が述べる「ありふれた手法」に基づくデザイン変更にすぎない。 〔4〕溝の終端部の形状の相違について 意匠審査基準では、「軽微な改変」の例として、「角部及び縁部の単純な隅丸化又は面取り」を挙げているが、細溝の終端部の形状を略直線状からヘアピンカーブ状に凹部に変更した点は、単に、細溝の終端の縁部について丸みを持たせたに過ぎず、「角部及び縁部の単純な隅丸化又は面取り」に類するものといえ、審査基準が述べる「軽微な改変」によるデザイン変更にすぎない。 〔5〕溝終端部の位置の相違について 意匠審査基準では、「当該分野におけるありふれた手法などにより創作されたにすぎないもの」の例として、「構成比率の変更」を挙げているが、細溝の終端部の位置を上方から約11分の1から約30分の1の場所に変更した点は、ローラヘッドにおける細溝が施された胴体部分と無装飾の頭頂部分の「構成比率の変更」にすぎないものであり、審査基準が述べる「ありふれた手法」に基づくデザイン変更にすぎない。 以上のとおり、被請求人が主張する差異点〔1〕乃至〔5〕の点に関しては、いずれも容易に創作できるものというべきであり、かかる形態の変更を根拠に、本件登録意匠の創作が容易でなかったなどということはできない。 (2)本件登録意匠が引用意匠から容易に創作できたものであること ア 本件意匠の凹部の形状に創作的な価値がないことについて 被請求人は、答弁書の1−4(3)アの項において、「創作容易か否かの判断は、当業者にとって当該意匠が容易に創作できるものであるか否かにより判断されるところ、美容装置用ローラヘッドを炭素(黒鉛)を用いて製造することが一般的であるという事実もなく、また、サンプル製造業者が保有している刃物を用いて美容装置用ローラヘッドを製造することが一般的であるという事実もない」として、請求人の主張の前提自体が誤っていると主張している。 しかしながら、素材の選択や加工具の選択は、創作性の判断要素となるものではなく、本件においては、炭素素材で、サンプル製造業者が保有している刃物を用いた場合にできた美容装置用ローラヘッドの形状に創作的な価値があるか否かが問題である。 よって、被請求人の上記主張は失当である。 また、被請求人は、「素材と加工具が同一であれば、当業者は誰でも本件意匠の形状が創作できるという請求人の主張は何の根拠もない」と主張している。 しかしながら、本件意匠の創作者でもある被請求人代表者自身が、「炭素はV字は不可能です、削ること自体が。」と供述しており(甲第11号証・21頁)、この供述からも、本件登録意匠の凹部がR状(U字型)になっていることが、素材を炭素素材に変更したことに伴う不可避的な形状変更であったというほかない。 よって、本件登録意匠の凹部がR状(U字型)になっている点に関しては、何らデザインとしての創作的価値はない。 イ 本件登録意匠の凹部の幅に創作的な価値がないことについて 被請求人は、答弁書の1−4(3)イの項において、「美容装置用ローラヘッドを製造する際に、本件意匠を創作する際に使用された原料、加工器具を使用することが一般的であるという事情はない」と主張しているが、素材の選択や加工具の選択は、創作性の判断要素となるものではない。 また、被請求人は、「同一の刃物、同一の加工機械を使用したとしても、刃物の当て方、球(ローラ)と刃物をセットする位置により、溝形状は種々変化する」として「原料や加工器具を同一にしたからと言って本件意匠の具体的構成A乃至Eにかかる細溝の具体的形状は必然のものではない」と主張している。 しかしながら、実際にはそのような複数のパターンの試作や比較検討がなされた事実は存在せず、本件意匠の凹部の凸部の幅の創作に関しては、溝の幅等について特に考えることもなく、サンプル製造業者が、自身が保有していた加工機械及び刃物を用いて黒鉛の球に88本の溝を削ったことによる偶然の結果に過ぎない。 したがって、かかる形態の作出にあたって、デザイン創作活動がなされたとは到底言えないのであり、本件登録意匠の凹部の幅が凸部の幅よりも幅広になっている点も、何らデザインとしての創作的価値はないというほかない。 ウ 本件登録意匠の溝の数に創作的な価値がないことについて 被請求人は、答弁書の1−4(3)ウの項において、「素材も加工器具も違えば、溝数の決定アプローチも異なるのであり、当業者が本件意匠を創作する際に使用された原料、加工具を使用しないので、本件意匠の溝数が容易に創作できたような事情はない」と主張しているが、素材の選択や加工具の選択は、創作性の判断要素となるものではない。 また、被請求人は、「そもそも同じ原料、同じ刃物を使用しても、溝数は自由に設定できるのであり、同じ原料、同じ刃物を使用すれば58本という溝数が容易に創作できるという点でも請求人の主張は失当である」と主張している。 しかしながら、審判請求書において述べた通り、本件意匠の創作者でもある被請求人代表者自身が、溝数を減少させたことが、コスト削減のための不可避的な形状変更であることを認めているのである(甲第11号証・21頁参照)。 また、サンプル製造業者が所有する2種類の刃物でなるべく溝を広くとるようにすると、計算上、44本と58本という候補が出てきた(甲第12号証・16頁・5頁)以上、溝数について選択の幅はほとんどなく、溝数は自由に設定できるとは到底言えるものではない。 よって、本件意匠の溝数が58本になっている点に関しても、何らデザインとしての創作的価値はない。 (3)小括 以上の通り、本件意匠と引用意匠の相違点に係る本件登録意匠の形態については何ら創作性を有さない形態に過ぎず、本件登録意匠は、引用意匠に基づき、当業者であれば、容易に創作できた意匠にあたる。 1−3 結語 以上の通り、答弁書における被請求人の主張は妥当でなく、本件意匠に係る意匠登録は、新規性欠如の無効理由(意匠法第3条第1項第3号、意匠法第48条第1項第1号)を有し、本件登録意匠の登録は無効とされるべきである。 また、本件意匠は、創作非容易性の欠如の無効理由(意匠法第3条第2項第、意匠法第48条第1項第1号)を有し、本件登録意匠の登録は無効とされるべきである。 2 証拠方法 (1)及び(2)は写しである。 (1)甲第13号証 引用意匠の図面 (2)甲第14号証 「意匠の類否判断の課題」と題する論説 第5 口頭審理 本件審判について、当審は、令和3年8月18日付けで審理事項通知書を通知し、これに対して、被請求人は、同年9月21日に口頭審理陳述要領書(以下「請求人陳述要領書」という。)を提出し、請求人は、同年10月5日に口頭審理陳述要領書(以下「被請求人陳述要領書」という。)を提出し、同年10月19日に口頭審理を行った(令和3年10月19日付け「第1回口頭審理調書」)。 1 被請求人の主張 被請求人は、被請求人陳述要領書に基づき、要旨、以下のとおり意見を述べ、その主張事実を立証するため、乙第14号証乃至乙第17号証を提出した。 (1)本件意匠と引用意匠の非類似(新規性) (1−1)意匠の形態に関する認定 ア 細溝が「密」に設けられたか否かについて (ア)請求人は、弁駁書3頁9〜14行において「肌に直接触れる美顔用ローラヘッドという需要者がローラヘッドの形態について着目する物品において、直径4cmにも満たない小さな球に細溝が50本以上も設けられているという構成を、まだら(被請求人注:「疎ら(まばら)」の誤記と思われる)にしか溝がない構成(例えば、5本程度)も含む『複数』という広範で抽象的な文言で特定するのは妥当でなく、細溝がぎっしりと詰まっていることを表現するために『密』との文言での特定がより適切である。」と主張する。 (イ)しかし、溝が何本以上なら「密」で何本未満なら「密ではない」などという基準を設けることはできない。令和3年6月14日付け審判事件答弁書(以下、「答弁書」という。)14頁3〜6行において述べた通り、甲第8号証や乙第11号証のローラヘッドについて、いずれかの溝数や溝幅で美感が切り替わり、グループ分けができるというものでもないのと同様に、溝が何本以上なら「密」であるとのグループ分けができるものではない。したがって、「密に」という主観的要素を多分に含む表現を意匠の構成態様の認定に用いるのは妥当ではなく、「複数」と特定するのが妥当である。 イ 溝の幅比(引用意匠の具体的構成C) (ア)請求人は、弁駁書3頁下から7〜末行において「溝の幅は一定ではなく、上記凹部と凸部の幅の比率は、球の中での位置によって異なるところ、需要者が最も着目しやすいローラヘッドの中心部(赤道付近)では、引用意匠の凹部の幅と凸部の幅の比は、約1.5対1となっている。被請求人の測定位置は、本件意匠と引用意匠の差異点が出るように恣意的にずらされたものであり、審判請求書における請求人の主張のとおり、引用意匠の凹部の幅と凸部の幅の比は、約1.5対1と特定すべきである。」と主張する。 (イ)しかし、請求人は「需要者が最も着目しやすいローラヘッドの中心部(赤道付近)」の幅の比で特定すべきと主張するが、ローラヘッドの上端から下端に至る縱溝の垂直方向のごく一部(赤道付近)のみに需要者が「着目しやすい」とする根拠は薄弱である。むしろ、使用時は、ローラヘッドの広範囲にわたる部分が肌と接触するのであるから、需要者の視線は広範囲に注がれるものと考えるのが自然である。そして、答弁書6頁下から3〜末行及び7頁の画像に示す通り、引用意匠の凹部と凸部の幅の比はローラヘッドの広い範囲にわたって1対1.5以上の比率で凸部の方が広くなっている。なお、請求人は、「被請求人の測定位置は、本件意匠と引用意匠の差異点が出るように恣意的にずらされたもの」と主張するが、答弁書7頁の画像から明らかな通り、測定位置が恣意的にずらされたような事実はない。 ウ 溝の終端部の形状(具体的構成態様D) (ア)請求人は、弁駁書4頁5〜11行において「本件意匠の細溝の終端部は、単に略ヘアピンカーブ状とするのは抽象性が高く妥当ではない。より正確に、『中央から終端に向けて幅狭となり、端部で略V字状で閉じている』と特定すべきである。また、引用意匠の細溝は、終端部に向かって細くなっていく以上、終端部が略直線状となることはあり得ず、本件意匠の細溝の終端と同様、『中央から終端に向けで幅狭となり、端部で略V字状で閉じている』と特定すべきである。」と主張する。 (イ)しかし、請求人が主張する本件意匠の溝の終端部の形状では、中央から終端に向けて幅狭となる程度が全く表現されていない。本件意匠の溝は、一定の幅から端部に向かって急激に狭くなっており、かかる形状を表現するためには「略ヘアピンカーブ状」とするのが適当である。また、引用意匠の溝の終端部の形状を、「略V字状」と表現することも妥当でない。答弁書8頁において、請求人提出にかかる「写真撮影報告書(甲第3号証)」の正面図及び平面図にて示したとおり、引用意匠の溝は全体に幅が狭く、終端は略直線状となっており、「略V字状」には到底見えないことは客観的に明らかである。 エ 細溝の終端部の位置(具体的構成態様E) (ア)請求人は、弁駁書4頁17行〜5頁2行において、「『前記頭頂部終端部は正面視高さ方向約30分の1に位置する点』との特定で十分であり・・・『平面視において、前記細溝の終端部の位置は判然としない』との認定を追加しているが、終端部の位置はおおよそ特定できている以上、判然としないという特定は不要である。」と主張している。 (イ)しかし、本件意匠は、平面視において、細溝によって形成される略円の直径がローラヘッドの外周の直径の約3分の1であることが明らかであるのに対し、引用意匠は細溝が略直線を描きながら頭頂部に溶け込んでいるため終端位置が判然としないことは、甲第3号証から明らかである。 引用意匠の溝の終端は、溝が狭く、浅いために溝の終端部が頭頂部に溶け込むように消えており、その終端位置は「判然としない」のであるから、その通り引用意匠の構成態様として認定されるべきものである。 (ウ)また、請求人は、甲第13号証を摘示しつつ、「引用意匠の細溝の終端部もおおよそ正面視高さ方向約30分の1に位置しており」と述べる(答弁書4頁下から4〜3行)。しかし、引用意匠は先行製品のローラヘッドの意匠(甲第3号証)である。引用意匠は先行製品の現物そのものの外観から認定されるべきもので、その製造図面である甲第13号証は引用意匠ではない。 また、上記で引用した答弁書8頁の本件意匠と引用意匠の比較から明らかな通り、溝の高さ方向の上端の位置は本件意匠と引用意匠で明らかに異なっている。 (1−2)本件意匠と引用意匠の共通点と差異点 (1−1)にて述べた通り、請求人の認定は妥当性を欠くものであり、被請求人が答弁書8頁下から3行〜9頁24行にて摘示した本件意匠と引用意匠の共通点と差異点の認定を修正すべき理由はない。 (1−3)本件意匠において需要者の注目を惹く構成の認定について ア 「問題にすべきは引用意匠の要部」との主張について (ア)請求人は、弁駁書6頁9〜17行において、「本件意匠の新規性の有無を考える上では、本件意匠が、引用意匠の類似範囲に入るものであるのか否かが問題となるのであり、そこで問題にすべきは、引用意匠の類似範囲、すなわち、引用意匠の要部がどこにあるかである。」との理解を前提とした上で、「引用意匠の要部認定は、引用意匠の出願前の公知意匠を認定した上で、・・・引用意匠は『表面全体に縦溝が細かく(具体的には50本以上)一定幅で刻まれている点』が従来の意匠には存在しない特徴であって、かかる構成が引用意匠の要部であるというべきである)。」と主張する。 (イ)そもそも、答弁書10〜13頁で述べた通り、本件意匠に係る物品である美容装置用ローラヘッドにおいては、マッサージする感触、効果、品質、コスト等の商品性等が需要者に重視され、ローラヘッドの具体的な溝形状に需要者の注目が向けられるものであるから、引用意匠において需要者の注目を惹く構成(要部)は請求人が主張するような「表面全体に縦溝が細かく(具体的には50本以上)一定幅で刻まれている点」というような抽象的な内容にとどまるものではない。したがって、問題にすべきが本件意匠なのか引用意匠なのかは、本件意匠と引用意匠の類否判断に関して特段の差異をもたらすものではない。しかし、請求人が主張する類否の判断手法自体そもそも妥当ではないのでこの点について念のため反論しておく。 すなわち、意匠法第3条第1項第1号、第2号に関しては、出願時を基準に公知公用の有無を判断することは明らかであり(条文の文言上「意匠登録出願前に」と規定されている)、同条項第3号についてのみ判断基準時を引用意匠出願時へと異ならせるのは不合理である。したがって、意匠法第3条第1項第3号の判断においても、需要者・取引者が、出願時を基準に、本件意匠と先行意匠と類似の美感を生じるか否かによって新規性が判断される。そうすると、当該需要者、取引者が本件意匠や先行意匠のどの形態に注意を惹かれるかについても、あくまでも出願時を基準として検討しなければならない。本願意匠と引用意匠との類否判断に当たり考慮されるべき先行意匠群は、かかる先行意匠群に含まれる構成が本願意匠出願当時公知ないし周知であることを理由として本願意匠の要部から除かれるという文脈中で考慮されるものである。したがって、本願意匠の新規性を判断するうえで考慮の対象となる先行意匠群は、本件意匠出願時の公知、周知意匠、先願意匠である。 (ウ)本件意匠の類似性を検討するにあたって、「本件意匠が、引用意匠の類似範囲に入るものであるのか否かが問題となる」という請求人の考え方が到底採り得ないものであることは、以下の点からも明らかである。すなわち、引用意匠が登録意匠でもなく、単なる公知の意匠にすぎない場合は、当該意匠は類似する意匠を排除する何らの独占権も有さないのであるから、引用意匠に類似した意匠を備えた後続製品(物品)が市場に流通することは、不正競争防止法違反等に該当しない範囲で当然予定され、許容されている。そうすると、引用意匠にかかる物品が発売された当時は新規な形態であったとしても、何年か経つと、もはや混同防止のメルクマールとならない陳腐な形態となることも当然あり得る。混同防止を主たる目的とする意匠法第3条第1項第3号の解釈において、混同防止のメルクマールにならない引用意匠の形態(しかも登録意匠ですらない)を永久不変に重視し、陳腐化する前の時点を基準に判断するといった、歪(いびつ)な類否判断を行う必然性はどこにもない。 また 、意匠法第3条第1項第3号が意匠の創作性を重視していると解する立場から見ても、出願意匠の創作性を判断するに当たって、出願時を基準として、その時点での先行意匠を全て考慮した上で独自の新規な美感を有するかという判断を行うことにこそ十分な合理性がある。出願時点で陳腐な構成となっていた部分は重視されず、それ以外の点で新規な美感を提供するのであれば創作性が認められ、意匠として登録することに何の差し支えもない。それをあえて、引用意匠の出願時(公開時)を基準として要部を認定して出願意匠の類否を判断するというのは、出願意匠の創作性を評価する枠組みとしても歪と言わざるを得ない。 仮に引用意匠が10年前に販売された物品Xに基づく公知意匠であり、10年前には当該意匠の一部の構成(仮に構成xとする)が他に例のないものであったとする。しかし、それから10年経った現在においては構成xを備える多数の同種製品(物品)が流通しているとする。この場合、本件意匠の出願時において、構成xの形態を備える製品は多数あり、混同防止には役立たないのであるから、本件意匠の新規性を考えるに当たって構成xは需要者・取引者の注意を惹く形態とは言い難い。このような状況で、あえて、需要者・取引者が注意を惹かれる形態はどこかについて、引用意匠にかかる製品が販売された10年前を基準として判断するという請求人の主張は、採用しがたい。 したがって、意匠審査基準においても、引用意匠において需要者の注目を惹く構成が主として検討されるというような判断方法は取られておらず、出願時当時に存する全ての先行意匠群を前提に本件意匠において需要者の注目を惹く構成が主として検討されるという判断方法が採用されている。また、裁判例においても、本件意匠の要部(需要者の注目を惹く構成)を中心として引用意匠との類否を検討するという判断方法が取られている(例えば、知財高判平成29年9月27日(平成29年(行ケ)第10048号)(乙第14号証)。 (エ)したがって、本件意匠において需要者の注目を惹く構成の認定は、本件意匠の出願日を基準に、全ての先行意匠を前提に行われるべきものである。そして、乙第9乃至第11号証等の意匠はいずれも「表面全体に縦溝が細かく一定幅で刻まれ」ていると評価されるものであり、そのような公知ないし周知の意匠的構成のみをもって需要者の注目を惹くということはできない。 (オ)また、仮に、請求人が主張するように乙第9号証や乙第11号証の先行意匠を考慮しないとしても、「細かく一定幅で刻まれ」などという曖昧な表現で需要者の注目を惹く構成を認定することは適当でなく、請求人がいう「具体的には50本以上」という特定も、唐突且つ恣意的なものである。また、肌上を転動して用いる美容装置用のローラヘッドであるにも関わらず、肌に接触するローラヘッド表面の溝形状を無視して需要者の注目を惹く構成を認定する点には説得力もない。請求人の主張は引用意匠において需要者の注目を惹く構成(要部)の認定としても不十分と言える。 イ 「需要者の関心」について (ア)機能を発揮する製品における需要者の注目を惹く構成 A 請求人は、弁駁書7頁8〜15行において、「登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行われるものであって、機能で決するものではない。」、「仮に、機能の観点から接触面の凹部及び凸部の具体的形状が重要であるとしても、それを理由に要部となることはなく、機能を考慮した需要者が、従来とは異なる新規な形態として認識すれば、そこから意匠全体の美感の基礎となる視覚的印象を受けるため、当該部分が意匠の要部になる。」と主張し、本件意匠及び引用意匠は、「『和菓子の練り切りの手毬』との美的印象を需要者に与えるものである以上、それ以上に凹部及び凸部の具体的形状まで重視して比べる必要はない。」(弁駁書7頁下から6〜4行)と述べる。 B しかし、請求人は需要者の注目を惹く構成を認定するにあたり、物品の特性に基づき観察されやすい部分を検討する際に本件意匠にかかる物品の機能を考慮したものである。物品の機能をこのように考慮する手法は、意匠審査基準2.2.2.6(1)(c)にも沿ったものであり、請求人がいうように「機能で決する」ような認定手法はとっていない。 C また、答弁書10〜13頁において、機能、使用状態、使用目的から検討を加えた通り、本件意匠に係る物品である美容装置用ローラヘッドにおいては、肌をマッサージする感触、効果、品質、コスト等の商品性を左右するローラヘッド表面の凹凸形状が重要視されることは明らかである。請求人のように溝形状を無視して一様に「『和菓子の練り切りの手毬』との美的印象を需要者に与えるものである以上、それ以上に凹部及び凸部の具体的形状まで重視して比べる必要はない。」との主張は、和菓子の練り切りの手毬といっても、形状はさまざまで、請求人掲載の画像の形状に限定されるものでもない上、凹部及び凸部の具体的形状を無視し、あまりに抽象化して形状をとらえたおおざっぱなものであって、本件意匠に係る物品が肌に直接当てて使用する美容装置用ローラヘッドであることに鑑みると、妥当性を欠く。 (イ)本件意匠に係る物品の需要者について A 請求人は、弁駁書8頁9〜13行において、「機能を重視する需要者からすれば、凹部及び凸部の具体的形状よりも、密に複数の凹凸があることが需要者にプラスのイメージ(「体感が良さそう」「高い美容効果が得られそう」等といったイメージ)を想起させる。需要者にこれらのイメージを抱かせる点を考慮すれば、ローラヘッドの表面に複数の細溝が密に設けられていることが意匠の要部になると言うべきである。」と主張する。 B しかし、答弁書10頁16〜18行で述べたとおり、美容装置用ローラヘッドの第一次的需要者(美容用ローラの製造、販売業者)にとって、当該ローラヘッドがどのような使用感を生じるかは最大の関心事であり、細溝の数並びに凹部及び凸部の形状が相違することで、異なる使用感を想起させるのであるから、かかる使用感の想起の相違を引き起こす凹部及び凸部の形状は無視しえない。 本件意匠と引用意匠を凹部及び凸部の形状を比較すると、本件意匠は溝数が58本と引用意匠と比較して30本も溝数が少なく、本件意匠は細溝を形成する凹部と凸部の比が約3対1と凸部が狭いのに対して、引用意匠は凹部と凸部の比が約1対1.5と逆に凹部が狭い形態となっており、また、本件意匠は凹部がR状であるのに対し、引用意匠は凹部がV字状である。これらの差異点により、本件登録意匠は幅広に設けられた凹部の中に細い凸部が形成されていて、肌の接触部分である凸部が強調され、より肌に刺激を与えそうな印象を需要者に与える。一方、引用意匠は幅広に設けられた平面形状の凸部の中に細い凹部が形成されていて、肌の接触部分である凸部の平坦さが強調され、肌に滑らかに接触する印象を需要者に与える。このように、本件意匠と引用意匠から想起される美容装置用ローラヘッドの使用感の印象は明らかに異なる。 この点は、答弁書11頁22行〜12頁11行において主張した通り、本件意匠に係る物品の需要者である請求人自身が溝の凹部と凸部の幅の比に注目して商品採用を行っているという事実からも明らかである。これに対し、請求人は、「開発者の立場から、品質管理、製造コスト、使用感や機能の観点から凹凸(幅比)の違いに注目していたに過ぎず、かかる点は意匠の要部認定とは無関係な事実である。」(弁駁書9頁4〜6行)と主張する。しかし、乙1号証資料21、乙第12号証は、使用感に直結する具体的な溝形状こそが請求人のような本件意匠に係る物品の需要者の関心、注意する形態であることを半ば自白したものであって、請求人の弁解は苦しい。 C また、答弁書10頁18〜20行で述べたように、美容装置用ローラヘッドの二次的需要者は美容に関心のある美容装置を使用する消費者であるが、これを前提としても、需要者・取引者とは「意匠に係る物品をたまたま市場で見かけて購買しようとする大衆層の需要者が想定されているのではなく、・・・先行意匠にもある程度の予備知識のある取引者を含めた需要者が想定されている」と考えるのが妥当である。なぜなら、意匠の類否を判断するためには、先行意匠、公知意匠等を適切に比較できるだけの知識が必要となるからである。 したがって、本件意匠の二次的需要者が消費者であるとしても、当該需要者は先行意匠にもある程度の予備知識のあるような取引者を含めた需要者であり、単に「体感が良さそう」「高い美容効果が得られそう」程度の抽象的且つ曖昧な構成程度にしか関心を向けないような素人的な消費者は意匠法において需要者として想定されていない。 D 以上の通り、「体感が良さそう」「高い美容効果が得られそう」程度の抽象的且つ曖昧な構成が本件意匠及び引用意匠に対し向けられる関心事項であるとする請求人の主張は、本件意匠及び引用意匠の要部を極端に抽象化することにより両者は類似との結論を導こうとする後付けの説明でしかなく、本件意匠に係る物品の需要者を正しく認識しないものと言うしかない。 (ウ)意匠全体に占める割合について A 請求人は、「需要者に本件意匠の特徴的な美感を生じさせるのは、ローラヘッドの表面に複数の細溝が密に設けられている点」であることを前提に、「細溝の具体的形状は意匠の要部とはならない。」(弁駁書9頁15〜17行)と主張するが、上記のとおり、需要者は本件意匠の具体的溝形状から美感を感じるものであり、その前提が誤っている。 実際、本件意匠においてローラヘッド表面の細溝が占める割合は圧倒的であり、本件意匠において需要者の注目を惹く構成を認定するにあたり、これを無視するという請求人の主張は妥当でない。 B また、請求人は「頭頂部付近の細溝の終端部の形状及び位置については、原告(被請求人注:被請求人)も主張するように判然としないものであり、需要者としてもはっきりと認識するものではなく、また、非常に細かい些細な箇所なので需要者の注目を引かない。」(弁駁書9頁25〜28行)などと主張する。 しかし、本件意匠の正面図及び平面図から明らかな通り、本件意匠において、頭頂部付近の細溝の終端部の形状及び位置は明瞭であり、「判然としない」という請求人主張の前提自体誤っている。したがって、答弁書でも述べたとおり、ローラヘッド表面の中で唯一無装飾の部分であり、需要者の装飾的な関心が向きやすい部分であることも合わせると、当該部分は需要者の注目を惹く構成と言える。 一方、本書(1−1)ウで述べ、また、請求人も認める通り引用意匠の頭頂部付近の細溝の終端部の形状及び位置は判然としていない。両意匠は需要者の装飾的な関心が向きやすい細溝の終端部が集まるローラヘッドの頭頂部付近において、明確に異なる構成を有していることが明らかと言える。 (エ)先行意匠との関係 A 本件意匠における類否判断で考慮可能な意匠 (A)請求人は、弁駁書10頁18〜21行において、「本件意匠の新規性の有無を考える上では、本件意匠が、引用意匠の類似範囲に入るものであるのか否かが争点となるところ、引用意匠の類似範囲を考える際に考慮対象となり得る先行意匠は、引用意匠の公開前に公知になっていた意匠のみで」であるとして縷々述べるがこのような請求人の主張が採用できないものであることは本書(1−1)ウで説明した通りである。 (B)請求人はこれに関し、「仮に、引用意匠の出願後の公知意匠を参酌して、引用意匠の類似範囲を定めることができるとすると、引用意匠の出願後にこれに類似する形態の意匠が公開されればされるほど引用意匠の類似範囲が狭まっていき、引用意匠の後願排除効が日を追うにつれて弱まっていくことになってしまうが(例えば、本件意匠を乙11意匠の公開前に出願した場合には引用意匠に類似するが、乙11意匠の公開後に出願した場合には引用意匠と非類似になるというような不合理な結果が生じ得る。)、このような帰結が妥当でないことは明らかである。」(弁駁書10頁下から6行〜11頁1行)と述べる。 しかし、引用意匠が登録意匠であるとすれば、引用意匠の出願後にこれと類似の形態の意匠を備える物品が公開されれば、当該物品は意匠権侵害であるとして、排除が可能である。当該物品が排除されないとすれば、当該製品は引用意匠にかかる物品とは別に流通が認められる意匠(引用意匠とは類似しない意匠)であるという帰結となる。請求人が「引用意匠の後願排除効が日を追うにつれて弱まっていく」と述べる点は、単に、引用意匠の権利範囲の外延が日を追うにつれて明らかになっていくという事実経過を情緒的に捉えているにすぎず失当である。ましてや、引用意匠が登録意匠でもなく、単なる公知の意匠にすぎない場合は、当該意匠は類似する意匠を排除する何らの独占権も有さないのであるから、引用意匠の後願排除効を理由として意匠の類似の基準時を前倒ししようとする請求人の主張が誤りであることはおよそ明らかである。 B 甲第14号証について 請求人は自身の主張の根拠として甲第14号証の論説をあげている。しかし、甲第14号証は当該論説の筆者の個人的見解が述べられているものであり、本書(1−3)アで述べた請求人主張の問題点と同様の問題点を有している。すなわち、混同防止のメルクマールにならない引用意匠の形態(しかも登録意匠ですらない場合を含む)を永久不変に重視し、当該構成が陳腐化する前の時点を基準に判断することの問題点や、出願時陳腐な構成が重視されすぎ、それ以外の点で新規な美感を提供する意匠が不当に拒絶される(無効とされる)問題点が何ら考慮されていない。 C 乙10意匠 (A)請求人は、乙10意匠は「表面を山形にジグザク状にカットした形状からなり、凹部と凸部は共にV字状になっている」として、本件意匠と引用意匠の類否判断に影響を及ぼし得ないと主張する(弁駁書12頁13〜19行)。 (B)しかし、乙10意匠も「略真球状の球の底面部を平面とし、該底面から球の頭頂部にかけて複数の細溝が設けられた美容装置用ローラヘッドであって、当該複数の各溝は前記頭頂部の手前で先細るように終端し、該頭頂部は無装飾である。」という本件意匠及び引用意匠に共通する基本的構成態様を備えているのであるから類否判断において無視できない。 (C)たしかに、乙10意匠は本件意匠や引用意匠と凹部及び凸部の具体的な形状は異なっているが、凹部及び凸部の形状の違いは本件意匠と引用意匠の間にも明確に存在する(本件意匠に係る美容装置用ローラヘッドにおいては具体的な凹部及び凸部の形状にこそ特徴があることの証左である)。乙10意匠という引用意匠より前から存在する公知意匠の存在は、本件意匠や引用意匠の共通点、差異点の評価において考慮する必要がある。 ウ 請求人主張の「引用意匠の要部の認定」について (ア)上記の通り、本件意匠と引用意匠の類否を判断するに際しては、本件意匠において需要者の注目を惹く構成がどこかを認定すべきものであり、引用意匠の要部(需要者の注目を惹く構成)を認定すべきものではない。 しかし、仮に、引用意匠の要部を認定するとしても、請求人の主張は失当である。 (イ)すなわち、請求人は、弁駁書13頁4〜7行、10〜13行において「引用意匠は『表面全体に縦溝が細かく(具体的には50本以上)一定幅で刻まれている点』及び『頭頂部が無装飾である点』からなる構成態様が従来の意匠には存在しない特徴であって、かかる構成が引用意匠の要部であるというべきである。」「この種の物品分野の需要者(美容に興味がある主に女性)は、引用意匠には、今までにない多数の縦溝が彫られていることからその効き目を予想するといえるが、その縦溝の具体的本数や縦溝の終焉の形状にまで十分に注意して製品を使用するものではない。」と主張する。 しかし、請求人の主張する引用意匠において需要者の注目を惹く構成(要部)の認定が不十分であることは既に述べたところであるが、繰り返すと、肌上を転動して用いる美容装置用のローラヘッドであるにも関わらず、肌に接触するローラヘッド表面の溝形状を一切無視して『表面全体に縦溝が細かく(具体的には50本以上)一定幅で刻まれている点』というような程度にしか要部(需要者の注目を惹く構成)を認めないとの請求人主張は妥当ではない。また、請求人がいう「具体的には50本以上」という特定も、唐突且つ恣意的なものである。そして、頭頂部が無装飾である点は、被請求人が主張する先行意匠(乙9意匠、乙10意匠、乙11意匠)の他、甲9意匠、甲10意匠にもみられる公知ないし周知の構成にすぎず、これをもって需要者の注目を惹く構成とするのは無理がある。 エ 本件意匠において需要者の注目を惹く構成のまとめ 以上の通り、本件意匠に係る物品が美容装置用ローラヘッドという機能を発揮する物品であるから、その機能・効果が需要者の最大の関心事であり、次いでコストや品質が需要者の強い関心事となることからすれば、本件意匠において需要者に注目されるのは具体的な溝形状であり、意匠全体に占める割合を考慮しても、圧倒的割合を占める溝の具体的な形状が重要であり、さらには、先行意匠との関係を考慮してもこの点は変わらない。したがって、本件意匠において最も需要者の注目を惹く構成は、第一に具体的な溝形状(本件意匠の具体的構成A乃至C)である。 また、細溝の終端部の形状及び位置(本件意匠の具体的構成D及びE)は需要者が使用する際に否応なく注目、関心を集める構成であり、意匠全体に占める割合も一定以上であるから、本件意匠の具体的構成A乃至Cに次いで需要者の注目を惹く構成であると言える。 (1−4)類否判断 ア これまで述べた通り請求人の認定は妥当性を欠くものであるから、被請求人が答弁書17頁末行〜20頁で述べた類否判断を修正すべき理由はない。請求人は、被請求人が答弁書で述べた各差異点は美感を左右するものではないと述べているが、以下の通り、その主張は妥当でない。 イ 請求人は、縦溝の数、縦溝の形状、凹部と凸部の幅とそれぞれ個別に美感に与える影響を検討している(弁駁書15〜17頁)。しかし、本件意匠においても、引用意匠においても、各意匠がもたらす美感は縦溝の数、縦溝の形状、凹部と凸部の幅という全ての構成が合わさった具体的な溝形状によってもたらされている。例えば、本件意匠で言えば、本件意匠の溝形状は、「前記細溝は、全て等間隔同形の、平面視において先端が平坦となった凸部の間に、同じく平面視においてRが設けられた凹部が、凸部と凹部が互いに隣接して位置する態様により構成」(具体的構成態様B)されており、「前記凹部の幅(凸部から落ち込む段差と隣接する段差間の距離)と前記凸部の幅の比は約3対1であり、前記凹部及び凸部は概ねこの比を保ちながら前記底面から中央部を介して前記頭頂部の終端部に至っている」(具体的構成態様C)という構成を備えているが、本件意匠の独特の美感は溝数が58本(具体的構成態様A)である構成と合わさってもたらされる。仮に、溝数が10本であったり、逆に100本であったりすると、具体的構成態様Bや具体的構成態様Cを備えていても、需要者に本件意匠とは全く異なる別の美感を与えることは自明である。 請求人が行うような検討手法、すなわち、溝形状を構成する各要素をバラバラに分解して個別に検討するという手法(例えば、各意匠の縦溝の形状や凹部と凸部の幅を無視して縦溝の数が58本と88本とではどのように美感に影響を与えるかを考慮する手法)は、もはや本件意匠や引用意匠ではない別の抽象的な意匠を比較していることに他ならない。このような検討手法は美容装置用ローラヘッドの意匠の類否を判断するに当たって極めて不当というしかない。 ウ 本件意匠と引用意匠の類否は、答弁書18頁19行〜19頁2行で述べたように、差異点(ア)乃至(ウ)を総合して判断するべきものである(言い換えると、具体的構成態様A乃至Cの溝形状を全て備える本件意匠と引用意匠を比較する必要があるのである)。 エ そうすると、答弁書18頁19行〜19頁2行で述べたように、差異点(ア)乃至(ウ)により、本件意匠は幅広に設けられた凹部の中に細い凸部が形成されていて、肌の接触部分である凸部が強調され、より肌に刺激を与えそうな印象を需要者に与える一方、引用意匠は幅広に設けられた平面形状の凸部の中に細い凹部が形成されていて、肌の接触部分である凸部の平坦さが強調され、肌に滑らかに接触する印象を需要者に与えるのであり、両者の美感は大きく異なっている。 オ なお、請求人の個別の主張に対して、念のため、必要な範囲で反論を行う。 (ア)請求人は、縦溝の形状に関して「小さな球に50本以上も施された縦溝は非常に細かいものであるため、小売店等での商品購入の際における一般人の注意力において、凹部の子細な具体的形態が需要者の目にとまったり、使用感を想起させるものではない。・・・需要者が注目するのは、あくまで肌に直接触れるようなローラヘッドの表面部分(凸部の上端角の部分)であるといえ、凹部の子細な具体的形態に注目するとは考えにくい。」(弁駁書16頁6〜13行)と述べる。 しかし、まずもって、本件意匠に係る物品の需要者を小売店等での商品購入の際における一般人としている点で請求人の主張は誤っているが(本書(1−3)イ(イ)参照)、それを措くとしても、引用意匠のような88本も縦溝があり、凹部の幅が狭い意匠であれば別段、本件意匠においては、縦溝の本数が引用意匠ほど多くなく、凹部の幅が広いことと相まって、凹部がR状であることにより、細い凸部が強調され、需要者により肌に刺激を与えそうな印象を与えている。縦溝の凹部の形状が引用意匠を含め従来の意匠にない本件意匠の独特の美感に寄与していることは明らかである。 (イ)また、請求人は、凹部と凸部の幅に関して、「需要者が最も着目しやすいローラヘッドの赤道部分においては、引用意匠の凹部と凸部の幅の比は1.5対1であり、本件意匠と僅かな差があるに過ぎない。」(弁駁書16頁21から23行)、「需要者の肌に最も触れる球の中央部に比べ、細溝の終端部は、需要者の注目を引く部分ではない」(同頁下から3から1行)と述べる。 しかし、凹部と凸部の幅の認定に関する本書(1−1)イでも述べたが、ローラヘッドの上端から下端に至る縱溝の垂直方向のごく一部(赤道付近)のみに需要者が「着目しやすい」とする請求人の根拠は薄弱で理由がない。 (1−5)結論 以上の通り、細溝の形状(溝数、凹部の形状、凹部と凸部の幅の比)の差異(差異点(ア)乃至(ウ))並びに、細溝の終端部の形状及び位置(無装飾の頭頂部の範囲)の差異(差異点(エ)及び(オ))が需要者にもたらす美感の違いは大きく、本件意匠は、引用意匠とは非類似の意匠であり、意匠法第3条第1項第3号に該当しないから、本件意匠登録は意匠法第48条第1項第1号に係る無効理由を有さない。 (2)本件意匠が創作容易ではないこと (2−1)「ありふれた手法」にも、「軽微な改変例」にあたらないこと ア 請求人は、弁駁書18頁15行〜19頁22行において、各差異点が、その意匠の分野における当業者が容易に創作できたか否かの判断基準として意匠審査基準で例示されている「ありふれた手法」と「軽微な改変例」に該当する旨主張している。 イ しかし、本件意匠の溝形状は各差異点の構成全てが合わさって形成されるものであり、溝形状を形成する各要素をバラバラにして、それぞれが「ありふれた手法」や「軽微な改変例」であるかどうかを検討すること自体誤っている。新規なデザインも個別の要素に分解すれば、「ありふれた手法」や「軽微な改変」に落とし込むことは可能であり、請求人のような判断手法をとればどのようなデザインも創作容易となってしまう懸念がある。 ウ また、例えば、溝数の相違が「ありふれた手法」や「軽微な改変例」にあたるか否かを検討するにあたって、本件意匠と同一の溝形状(凹部の形状、凹部と凸部の幅の比)が従来存在し、当該意匠の溝形状を増減するのがありふれているか、軽微であるかを検討するのが本来の創作容易性の判断である。 しかし、請求人は、本件意匠と同一の溝形状(凹部の形状、凹部と凸部の幅の比)が従来存在することを立証せず、単に溝形状を増減することが「ありふれた手法」であると主張するのみであって、創作容易性を検討する前提を欠いている。 エ 創作容易性で問題となるのは、本件意匠のような溝形状(溝数、凹部の形状、凹部と凸部の幅の比)とすることが「ありふれた手法」や「軽微な改変」と言えるか否かであるが、本件意匠のような溝形状がありふれていることを示すような証拠は一切提出されていない。 オ したがって、請求人の主張は失当というしかない。 (2−2)創作的価値がないとの主張について ア 請求人は、「素材の選択や加工具の選択は、創作性の判断要素となるものではなく、本件においては、炭素素材で、サンプル製造業者が保有している刃物を用いた場合にできた美容装置用ローラヘッドの形状に創作的価値があるか否かが問題である」(弁駁書20頁11〜13行)」と述べ「凹部がR状(U字型)になっている点に関しては何らデザインして創作的価値はない」(同頁24〜25行)と述べる。 また、請求人は、凹部の幅に関し、「本件意匠の凹部の凸部の幅の創作に関しては、溝の幅等について特に考えることもなく、サンプル製造業者が、自身が保有していた加工機械及び刃物を用いて黒鉛の玉に88本の溝を削ったことによる偶然の結果にすぎない。したがって・・・何ら創作的価値はないというほかない」(弁駁書21頁10から16行)と述べる。 イ これらの主張については、答弁書1−4(3)で述べた通り、創作容易か否かの判断は、当業者にとって当該意匠が容易に創作できるものであるか否かにより判断されるところ、本件意匠が実際に創作された際の関連事実(炭素素材であることや、サンプル製造業者が保有している刃物を用いること)が所与の前提となっている理由は全く不明である。創作容易性の判断をする際に、何らの根拠なくこのような仮定を設定すること自体不当であり、請求人の主張は失当である。 また、請求人が本件意匠の創作が「特に考えることもなく」「偶然の結果」等主張するについては特段の根拠がなく、このような意見の表明は、不当に被請求人らの開発・創作活動を貶めるものと言うしかない。 ウ 以上の通り、請求人の主張はいずれも当を得ず、本件意匠は、意匠法第3条第2項にも該当しない。よって、本件意匠登録に意匠法第48条第1項第1号に係る無効理由を有さない。 (3)証拠方法 アないしウはすべて写しである。 ア 乙第14号証 知財高裁平成29年(行ケ)第10048号判決 イ 乙第15号証 「意匠法の諸問題」ジュリスト1326号84−93頁 ウ 乙第16号証 「最近の意匠権侵害訴訟における意匠の類否について」(「現代知的財産法 実務と課題 飯村敏明先生退官記念論文集」) エ 乙第17号証 「17 意匠の類否」(「知的財産権訴訟I」) 2 請求人の主張 請求人は、請求人陳述要領書に基づき、要旨、以下のとおり意見を述べた。 (1)被請求人の令和3年9月21日付け口頭審理陳述要領書の主張に対する反論を行う。 (1−1)本件意匠と引用意匠との類否 ア 意匠の形態に関する認定について (ア)引用意匠の細溝を形成する凹部及び凸部について 被請求人は、被請求人口頭審理陳述要領書の(1)の(1−1)イ(イ)の項において、「請求人は『需要者が最も着目しやすいローラヘッドの中心部(赤道付近)』の幅の比で特定すべきと主張するが、ローラヘッドの上端から下端に至る縦溝の垂直方向のごく一部(赤道付近)のみに需要者が『着目しやすい』とする根拠は薄弱である。」と主張している。 しかしながら、美容装置用ローラヘッドにおいて、需要者が最も着目する部分は肌と接する部分であることは明らかであり、そうであれば、需要者は、肌と接する溝がよく見える赤道付近に真っ先に目が行き、その後、視野を広げて上下に溝が伸びていることを認識するものである。 したがって、需要者は、ローラヘッドの赤道付近を着目しやすいといえ、その部分において凹部の幅と凸部の幅の比を特定すべきである。 (イ)基本的構成態様の細溝が「密」に設けられたか否かについて 上述のとおり、需要者は、ローラヘッドの赤道付近を真っ先に着目し、その後、視野を広げて上下に溝が伸びていることを認識するところ、ローラヘッド上の溝については、わざわざ一本一本の溝に着目することはなく、一定の範囲で、多数の溝が規則正しく密集している形状を一時に視認するのである。 よって、需要者の実際の視点を考慮すれば、需要者は、本件意匠及び引用意匠における細溝は、「密」に設けられていると把握するのであり、いずれも「複数の細溝が『密に』設けられた」と特定するのが妥当である。 (ウ)本件意匠及び引用意匠の細溝の終端部の位置について 被請求人は、被請求人口頭審理陳述要領書の(1)の(1−1)エ(イ)の項において、「引用意匠は細溝が略直線を描きながら頭頂部に溶け込んでいるため終端位置が判然としないことは、甲第3号証から明らかである」と主張しているが、引用意匠のローラヘッドは鏡面加工が施されているため、写真撮影においては、写り込みや光の反射が避けられず、これにより、細溝の終端位置が判然としないように見えてしまっているに過ぎない。 イ 本件意匠に係る物品の需要者について 被請求人は、被請求人口頭審理陳述要領書の(1)の(1−3)イ(イ)Cの項において、「単に『体感が良さそう』『高い美容効果が得られそう』程度の抽象的且つ曖昧な構成程度にしか関心を向けないような素人的な消費者は意匠法において需要者として想定されない」と主張している。 しかしながら、「需要者」とは、物品の取引、流通の実態に応じた適切な者を指し、したがって、当然、美容器具を使用する消費者も「需要者」に含まれる。そして、このような消費者は、通常、被請求人の言う「素人的な消費者」がほとんどであり、このような者を排除してしまうことは物品の取引、流通の実態上適切でなく、また、排除する基準等も存在しない。 したがって、被請求人の上記主張は妥当でない。 (1−2)本件登録意匠が引用意匠から容易に創作できたものであることについて 被請求人は、被請求人口頭審理陳述要領書の(2)の(2−2)イの項において、「本件意匠が実際に創作された際の関連事実(炭素素材であることや、サンプル製造業者が保有している刃物を用いること)が所与の前提となっている理由は全く不明である。創作容易性の判断をする際に、何らの根拠なくこのような仮定を設定すること自体が不当であり、請求人の主張は失当である」と主張している。 しかしながら、創作非容易性の判断について、意匠審査基準4.2.2によれば、「出願前に公知となった・・・構成要素や具体的態様に改変が加えられた上であらわされている場合は、当該改変が、その意匠の属する分野における『軽微な改変』にすぎないものであるか否かを検討する」とされており、その例として、「(a)角部及び縁部の単純な隅丸化又は面取り」、「(d)素材の単純な変更によって生じる形状等の変更」が挙げられた上で、「出願された意匠について、当該意匠の属する分野の創作の実態に照らして検討を行う。」とされている。 この軽微な改変に関する基準を本件に当てはめると、引用意匠に対して、使用者の肌への接触感を良くするために、サンプル製造業者が所有している半円状の切削刃を用いて、炭素素材との関係で出来る限り密に凹部を多数形成した結果が本件登録意匠の形状となったに過ぎず、すなわち、これは半円状の切削刃を用いて技術上の限界を試したのみであって、その結果できたのがローラヘッドの表面に密に現れるR状の凹部であり、デザイン上または美観上の工夫が施された結果としての形状ではない。よって、これは前記(a)の例に近い「凹部の単純な密形成化」と言えるものである。 また、炭素素材を使用することにより、半円状の切削刃を使用して削り出すことができる凹部溝数が限られることとなる以上、溝数の減少は、前記(d)の例に近い「素材を単純に炭素に変更することによって生じる形状の変更」とも言えるものである。 このように、本件登録意匠の創作容易性を判断するにあたっては、「炭素素材であることや、サンプル製造業者が保有している刃物を用いること」を考慮することは当然であって、この点に関する上記被請求人の主張は失当というほかない。 3 審判長 審判長は、この口頭審理において甲第1号証乃至甲第14号証並びに乙第1号証乃至乙第17号証について取り調べ、本件審理を終結した。(令和3年10月19日付け「第1回口頭審理調書」) 第6 当審の判断 1 本件登録意匠 本件登録意匠(意匠登録第1586553号、甲第1号証)は、願書及び願書に添付された図面の記載によれば、意匠に係る物品を「美容装置用ローラヘッド」とし、その形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下、「形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合」を「形態」という。)を、願書及び願書に添付した図面に表されたとおりとしたものであり、具体的な形態は、以下のとおりである。(別紙第1参照) (1)基本的構成態様 全体は、表面に浅い縦溝を等間隔に多数密接して形成し、底面の一部を水平に切り欠いた略球形状で、底面の切り欠きの内側に周縁に沿って略円形の凹陥(以下「凹陥部」という。)を形成している。 (2)各部の態様 ア 縦溝は、略さじ面状で、上面中央よりやや下がった位置から底面の水平面周縁まで、合計58本形成し、正面視中央において縦溝と隣接する突条の横幅の長さの比率は、約3:1である。 イ 上面中央の平滑面の外形は、上面視略円形で、その面積は上面全体の約14%である。 ウ 底面の切り欠きの面積は底面全体の約22%である。 エ 凹陥部は、周縁をごく僅かに面取りし、終端の内縁をテーパー状に形成している。 凹陥部の径は、切り欠き全体の9割程度で、直径と奥行きの長さの比率は、約1:1.8である。 2 無効理由の要点 請求人が主張する無効理由の要旨は、以下のとおりである。 (1)無効理由1 本件登録意匠は、その出願前に公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠である甲第3号証に記載された意匠に類似する意匠であり、意匠法第3条第1項第3号により意匠登録を受けることができないものであるから、同法第48条第1項第1号に基づき、その登録を無効とすべきである。 (2)無効理由2 本件登録意匠は、甲第3号証の意匠に基づいて、当業者が容易に創作できた意匠であり、意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであるので、同法第48条第1項第1号に基づき、その登録を無効とすべきである。 3 無効理由の判断 (1)無効理由1 請求人は、前記第2の1(4)に示すとおり、本件登録意匠は、「当該意匠登録出願の日より前の平成28年3月15日に請求人がホームページ上で公開し、平成28年4月14日に出荷を開始した「ReFa LUXE」との製品名の美顔ローラ(甲第2号証)のローラヘッドの意匠(甲第3号証)と類似するものであるから、本件登録意匠は、意匠法第3条第1項第3号違反の無効理由を有する。したがって、意匠法第48条第1項第1号の規定により、本件登録意匠の登録は無効とされるべきである。」と主張しているから、以下、本件登録意匠が、甲第3号証の意匠(以下「甲3意匠」という。別紙第2参照)と類似する意匠であるか否かについて検討する。 ア 証拠の説明 甲3意匠は、甲第2号証の第6頁の赤枠内に記載の美容ローラの意匠(別紙第3参照)の「ローラヘッド」の意匠である。 (ア)意匠に係る物品 甲3意匠の意匠に係る物品は、身体に押し付けて転がすことにより美容効果を得る目的で使用する美容ローラの先端に取り付ける「ローラヘッド」である。 (イ)形態 A 基本的構成態様 全体は、表面に浅い縦溝を等間隔に多数密接して形成し、底面の一部を水平に切り欠いた略球形状で、底面の切り欠きの内側に周縁に沿って略円形の凹陥部を形成している。 B 各部の態様 (A)縦溝は、略V字状で、上面中央よりやや下がった位置から底面の水平面周縁まで、合計88本形成し、正面視中央において縦溝と隣接する突条の横幅の長さの比率は、約1:2である。 (B)上面中央の平滑面の外形は、上面視不定形な略雲形模様状で、その面積は上面全体の約44%である。 (C)底面の切り欠きの面積は底面全体の約24%である。 イ 本件登録意匠と甲3意匠(以下「両意匠」ともいう。)の形態の対比 (ア)意匠に係る物品 両意匠は、いずれも美容ローラの先端に取り付ける「ローラヘッド」であるから、両意匠の意匠に係る物品は、一致する。 (イ)両意匠の形態 両意匠の形態を対比すると、主として、以下の共通点と差異点がある。 A 共通点 (A)基本的構成態様 両意匠は、全体を、表面に浅い縦溝を等間隔に多数密接して形成し、底面の一部を水平に切り欠いた略球形状とし、底面の切り欠きの内側に周縁に沿って略円形の凹陥部を形成している点。 (B)各部の態様 縦溝は、上面中央よりやや下がった位置から底面の水平面周縁まで形成している点。 B 差異点 (A)縦溝について、本件登録意匠は、略さじ面状で、合計58本形成しているのに対し、甲3意匠は、略V字状で、合計88本形成している点。 また、正面視中央における縦溝と隣接する突条の横幅の長さの比率は、本件登録意匠は、約3:1であるのに対し、甲3意匠は、約1:2である点。 (B)上面中央の平滑面について、本件登録意匠は、外形を上面視略円形とし、その面積は上面全体の約14%であるのに対し、甲3意匠は、外形を上面視不定形な略雲形模様状とし、その面積は上面全体の約44%である点。 (C)底面の切り欠きについて、本件登録意匠は、その面積は底面全体の約22%であるのに対し、甲3意匠は、底面全体の約24%である点。 (D)凹陥部について、本件登録意匠は、径を切り欠き全体の9割程度とし、直径と奥行きの長さの比率を約1:1.8としているのに対し、甲3意匠は、底面側の図や断面図の開示がないため径の割合は不明であり、また、本件登録意匠は、周縁をごく僅かに面取りし終端の内縁をテーパー状に形成しているのに対し、甲3意匠は、同じく、底面側の図や断面図の開示がないため不明である点。 ウ 両意匠の類否判断 (ア)両意匠の意匠に係る物品 両意匠の意匠に係る物品は、共に、身体に押し付けて転がして使用する美容ローラの部品であって、美容ローラの先端に取り付けて使用する「ローラヘッド」であるから、同一である。 (イ)形態の共通点及び差異点の評価 両意匠は、美容ローラの部品であるから、需要者は、主に美容ローラの販売業者及び取引業者であり、これに加え、美容ローラの購入者やエステティックサロン等の美容関連施設に従事する者が含まれる。 したがって、まず、直接肌に触れるローラヘッド表面における態様について評価し、かつそれ以外の形態も併せて、各部を総合して意匠全体として形態を評価することとする。 A 共通点の評価 まず、共通点(A)の基本的構成態様について、すなわち、全体を、表面に浅い縦溝を等間隔に多数密接して形成し、底面の一部を水平に切り欠いた略球形状とし、底面の切り欠きの内側に周縁に沿って略円形の凹陥部を形成した態様は、この種物品において、両意匠以外にも見られる態様のものであるから(例えば、甲第10号証の意匠。別紙第5参照)、需要者が特に注意を惹くものとはいえず、両意匠の類否判断に与える影響は小さい。 次に、共通点(B)の各部の態様について、両意匠のように、縦溝を上面中央よりやや下がった位置から底面の水平面周縁まで形成しているものは、当該物品の分野において、ごく普通に見られる態様であることから(例えば、甲第9号証(別紙第4参照)及び甲第10号証の意匠。)、需要者が特に注意を惹くものとはいえず、両意匠の類否判断に与える影響は小さい。 B 差異点の評価 まず、差異点(A)の縦溝について、溝の形状は、本件登録意匠のように略さじ面状としたものも、甲3意匠のように略V字状としたものも、どちらも両意匠以外にも普通に見られるものであるが、本件登録意匠は、縦溝が隣接する突条の約3倍幅広であるうえ、甲3意匠の縦溝より30本少ないため、全体としてみると各縦溝のさじ面が大ぶりで非常に目立ち、各突条が間隔を空けて盛り上がっている印象をもたらしているのに対し、甲3意匠は、縦溝の横幅が突条の半分程度しかないため、逆に縦溝より突条の方が目立っており、また逆に、甲3意匠は、本件登録意匠より縦溝が30本多いため、全体としてみると球形状の表面を三角刀で線彫りしたような筋状の細溝を近接して多数形成したような印象をもたらしており、需要者に異なる美感を強く与えているといえるから、両意匠の類否判断に与える影響は極めて大きい。 つぎに、差異点(B)の上面中央の平滑面について、外形が上面視略円形で、面積が上面全体の約14%の本件登録意匠と、外形が上面視不定形な略雲形模様状で、面積が上面全体の約44%の甲3意匠は、一見して異なっており、差異点(A)の縦溝の態様と相まって、需要者に異なる美感を与えており、ローラヘッドの頭頂部で目につきやすい点も踏まえると、両意匠の類否判断に与える影響は大きい。 一方、差異点(C)及び差異点(D)の底面側の態様については、美容ローラのハンドル側の付け根で、ほとんど目立たないことから、底面の切り欠きの内側に周縁に沿って略円形の凹陥部を形成した共通する態様(共通点(A))における微弱な差異であり、需要者が特に注意を惹くものとはいえず、両意匠の類否判断に与える影響は小さい。 C 共通点及び差異点の評価 したがって、両意匠は、共通点(A)及び共通点(B)が、両意匠の類否判断に与える影響は小さいのに対して、差異点(C)及び差異点(D)は、両意匠の類否判断に与える影響が小さいものの、差異点(A)及び差異点(B)が、両意匠の類否判断に与える影響は大きく、とりわけ、差異点(A)が、両意匠の類否判断に与える影響は極めて大きいことから、意匠全体としてみた場合には、差異点が相まって生じる視覚的効果は、共通点のそれを凌駕して需要者に別異の印象を与え、両意匠に異なる美感を起こさせるものである。 エ 小括 上記のとおり、本件登録意匠と甲3意匠は、意匠に係る物品が同一であるが、形態においては、共通点が両意匠の類否判断に与える影響は小さいのに対し、差異点については、両意匠の類否判断に与える影響は大きいものであるから、差異点が共通点を凌駕し、本件登録意匠は、甲3意匠に類似しているとはいえない。 したがって、請求人が主張する本件意匠登録の無効理由1には、理由がない。 (2)無効理由2 請求人は、前記第2の1(2)に示すとおり、本件登録意匠は、「本件登録意匠は、引用意匠(当審注:甲3意匠のこと。)に基づき、当業者が容易に創作できた意匠であるから、本件登録意匠は意匠法第3条第2項違反の無効理由を有する。したがって、意匠法第48条第1項第1号の規定により、本件登録意匠の登録は無効とされるべきである。」と主張している。 具体的には、両意匠の差異点、すなわち、前記第2の1(5)イに挙げた差異点(あ)ないし差異点(う)のうち、差異点(あ)本件登録意匠は溝数が58本であるのに対して、甲3意匠は溝数が88本である点、差異点(い)本件登録意匠は凹部がR状であるのに対して、甲3意匠は凹部が角である点、差異点(う)本件登録意匠は、上記凹部の幅(凸部から落ち込む段差と隣接する段差間の距離)と前記凸部の幅の比が約3対1であり、概ねこの比を保ちながら前記底面から中央部を介して前記頭頂終端部に至っているのに対して、甲3意匠はその比が約1.5対1である点に係る本件登録意匠の形態は、何ら創作性を有さない形態に過ぎず、本件登録意匠は、甲3意匠に基づき、当業者であれば、容易に創作できた意匠に該当するというものである。 ア 証拠の説明 [甲3意匠] 甲3意匠は、前記(1)アにおいて認定したとおりである。 イ 創作性の判断 本件登録意匠が、甲3意匠に基づいて、当業者にとって容易に創作できたものであるか否かについて、請求人の主張(前記第2の1(5)イの差異点(あ)乃至差異点(う))に則して、検討し判断する。 (ア)縦溝の数について 本件登録意匠の縦溝の数は、甲3意匠の溝数より30本少ないものであるところ、これによって生じる両意匠の縦溝の横幅及び隣接する突条の横幅における相違は、ローラヘッドの使用感の違いとして表れるものであり、ひいては、美容効果にも影響を与え得るものであるから、創作者はこうした点を考慮してローラヘッド表面の創作をするものといえ、そうすると、(ア)は、単純に縦溝の数を増減しただけのものとはいえず、当業者であれば、容易に意匠の創作をすることができたということはできない。 (イ)縦溝の形状について 請求人は、審判請求書(12頁7行目から11行目)のなかで、本件登録意匠の縦溝が、略V字状ではなく略さじ面状としているのは、V字状に掘るための特殊な工具を保有していなかったためで、軽微な改変によるデザイン変更にすぎない旨主張する。しかしながら、前記(1)イ(イ)B(A)で認定したとおり、両意匠の縦溝の形状は、造形上明らかに異なっており、上記(ア)と同様、ローラヘッドの使用感の違いの表れとともに、美容効果にも大きな影響を与え得るから、軽微な改変とはいえず、異なる創作といわざるを得ない。そうすると、(イ)は、当業者であれば、容易に意匠の創作をすることができたということはできない。 (ウ)縦溝の横幅及び隣接する突条の横幅の比率について 両意匠の縦溝の横幅及び隣接する突条の横幅の比率における相違は、上記(ア)の縦溝の数の相違及び(イ)の縦溝の形状の相違による相乗作用の結果というべきものであるから、(ウ)に、創作性があるとする積極的な理由は見当たらないが、(ア)及び(イ)と相まって、一定程度の創作があるものといえ、当業者であれば、容易に意匠の創作をすることができたということはできない。 ウ 小括 上記のとおり、本件登録意匠の態様は、この種物品分野において独自の着想によって創出したものであり、当業者が公然知られた形態に基づいて容易に意匠の創作をすることができたということはできない。 したがって、請求人が主張する本件意匠登録の無効理由2には、理由がない。 第7 むすび 以上のとおりであるから、請求人の主張する無効理由1及び無効理由2に係る理由及び証拠方法によっては、本件登録意匠の登録は無効とすることはできない。 審判に関する費用については、意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
(行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。 |
審決日 | 2021-11-16 |
出願番号 | 2017009002 |
審決分類 |
D
1
113・
121-
Y
(J7)
D 1 113・ 113- Y (J7) |
最終処分 | 02 不成立 |
特許庁審判長 |
小林 裕和 |
特許庁審判官 |
渡邉 久美 内藤 弘樹 |
登録日 | 2017-09-01 |
登録番号 | 1586553 |
代理人 | 柴田 和彦 |
代理人 | 岩坪 哲 |
代理人 | 石田 知里 |
代理人 | 松井 宏記 |
代理人 | 鈴木 行大 |
代理人 | 山田 威一郎 |
代理人 | 速見 禎祥 |
代理人 | 溝内 伸治郎 |