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審決分類 審判    G2
管理番号 1337121 
審判番号 無効2017-880001
総通号数 219 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 意匠審決公報 
発行日 2018-03-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2017-02-27 
確定日 2018-01-17 
意匠に係る物品 運搬台車 
事件の表示 上記当事者間の意匠登録第1561591号「運搬台車」の意匠登録無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。
理由 第1 請求人の申立及びその理由

請求人は,平成29年2月27日付け審判請求書を提出し,「登録第1561591号意匠の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする,との審決を求める。」と申し立て,その理由として以下のように主張するとともに,証拠方法として甲第1号証から甲第9号証(枝番号を含む。)の書証を提出している。

1.請求の理由
(1)手続の経緯
・出願 平成28年3月2日(意願2016-4641)
・登録 平成28年9月23日
・意匠公報発行 平成28年10月24日(意匠登録第1561591号公報)

(2)意匠登録無効の理由の要点
本件登録意匠は,本件登録意匠の出願前に公知の甲第1号証に記載された意匠の形状,または甲第1号証及び甲第3?8号証に記載された意匠の形状からその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が容易に意匠の創作をすることができたものであるから,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録できないものである。
従って,本件意匠登録は,意匠法第48条第1項第1号に該当し,無効とされるべきである。

(3)本件意匠登録を無効とすべき理由
ア.本件登録意匠の要旨
本件登録意匠は,意匠登録第1561591号の意匠公報に記載のとおり,意匠に係る物品を「運搬台車」とし,その基本的構成態様および具体的態様は,次のとおりである。
【基本的構成態様】
A.台車本体が平面視で略長方形状である。
B.台車本体の物品載置部の四隅と長辺の中間部に,6つの四角形状の大きな凹部が形成されている。
C.台車本体の四隅に,手押し棒挿入孔が設けられている。
D.台車本体の裏面に6つの車輪が取り付けられている。
【具体的態様】
E.6つの四角形状の凹部は,互いに隣接することなく物品載置部に配置されており,凹部の1つは,物品載置部の略1/(5×3)の面積を占める大きさを有し,6つの凹部の合計面積は,物品載置部の略6/15の大きさを占めている。物品載置部の四隅の凹部は略正方形状であり,中央部の凹部はそれより少し小さい長方形状である。
F.凹部内において,凹部の底部は台車本体の裏面に取付けられる車輪取付板により構成され,各車輪は,車輪取付板の裏面に4本のボルトで取付けられている。車輪取付板の上面には,2本の凹条溝とこの2本の凹条溝間の隙間とを有し,凹条溝内にボルトがそれぞれ2つずつ配置されている。また,台車本体の四隅の凹部内には,車輪取付板と台車本体の外枠との間に,矩形の穴が設けられており,中央の凹部内にはそのような矩形の穴は設けられていない。
G.物品載置部の天板は,1枚の板材で十字を2つ組み合わせた形に成形され,台車本体の外枠の外周に取付けられている。
H.台車本体の裏面には,短辺方向に3つの車輪取付板が掛け渡され,この車輪取付板は,台車本体の外枠と,その外枠間に長手方向に配置された桟にねじ止めされている。3つの車輪取付板は,それぞれ凹条部と凸条部を有する2つの型材から構成され,その2つの型材の間には僅かな隙間がある。
I.台車本体の裏面には,台車本体の外枠間の長手方向に2本の桟が設けられている。
J.手押し棒挿入孔内には,手押し棒の抜け落ち防止用のボルトが径方向に取付けられている。
K.手押し棒挿入孔の外周には,緩衝用のバンパーが取付けられている。

イ.甲第1号証の説明
甲第1号証(意匠登録第1509778号)は,本件登録意匠の出願前に公知の意匠(意匠公報発行日:平成26年10月27日)であり,意匠に係る物品を「運搬台車」とし,その基本的構成態様および具体的態様は,次のとおりである。
【基本的構成態様】
A.台車本体が平面視で略長方形状である。
B.台車本体の物品載置部の四隅と長辺の中間部に,6つの四角形状の大きな凹部が形成されている。
C.台車本体の四隅に,手押し棒挿入孔が設けられている。
D.台車本体の裏面に6つの車輪が取り付けられている。
【具体的態様】
E.6つの四角形状の凹部は,互いに隣接することなく物品載置部に配置されており,凹部の1つは,物品載置部の略1/(5×3)の面積を占める大きさを有し,6つの凹部の合計面積は,物品載置部の略6/15の大きさを占めている。物品載置部の四隅の凹部は略正方形状であり,中央部の凹部はそれより少し小さい長方形状である。
F.凹部内において,凹部の底部は台車本体の裏面に取付けられる車輪取付板により構成され,各車輪は,車輪取付板の裏面に4本のボルトで取付けられている。車輪取付板の上面には,2本の凹条溝を有し,この凹条溝内にボルトがそれぞれ2つずつ配置されている。また,台車本体の四隅の凹部内には,車輪取付板と台車本体の外枠との間及びその反対側に,矩形の穴が設けられており,中央の凹部内にはそのような矩形の穴は設けられていない。
G.物品載置部の天板は,外枠の段部内に配置された長手方向に1枚,短辺方向に各2枚ずつの計5枚の板材を組み合わせることにより,全体として十字を2つ組み合わせた形に構成されており,その表面には,凹凸からなる筋目模様が形成されている(【意匠に係る物品の説明】参照)。
H.台車本体の裏面には,車輪取付板が取付けられている。中央の車輪取付板は台車本体の短辺方向に掛け渡され,台車本体の外枠の段部と桟にねじ止めされ,2つの車輪が取り付けられている。左右両側の車輪取付板は,中央の車輪取付板の中間部が省略されて2つに分けられた構成で,台車本体の外枠の段部と桟にねじ止めされてそれぞれに車輪が1つ取り付けられている。これらの車輪取付板は,凹条部と凸条部を有する型材から構成されている。
I.台車本体の裏面には,台車本体の外枠間の長手方向に3本の桟が設けられている
J.手押し棒挿入孔内には,手押し棒の抜け落ち防止用のボルトが径方向に取付けられている。
K.手押し棒挿入孔の外周には,緩衝用のバンパーが取付けられている。

ウ.本件登録意匠と甲第1号証の意匠との対比
(ア)本件登録意匠と甲第1号証の意匠の意匠に係る物品の対比
本件登録意匠と甲第1号証の意匠は共に,「運搬台車」に係るものであり,意匠に係る物品が共通している。
(イ)本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形状との関連性
【共通点及び差異点の摘示】
本件登録意匠と甲第1号証の意匠の形状の共通点及び差異点につき,甲第2号証の1及び2を参照しながら説明する。
本件登録意匠の基本的構成態様をなすA?Dの構成は,甲第1号証の意匠の基本的構成態様A?Dの構成とすべて一致している。
具体的態様においても,本件登録意匠のE,J,Kの構成は,甲第1号証の意匠のE,J,Kの構成と一致している。
また,Fの凹部内の構成において,凹部の底部を車輪取付板で構成し,その上面に2本の凹条溝を設けて,その凹条溝内にボルトを2本ずつ配置する構成が両意匠で共通している。そして,台車本体の四隅の凹部内では,車輪取付板と台車本体の外枠との間に矩形の穴を設け,中央の凹部内にはそのような矩形の穴を設けていない点まで両意匠の構成は共通している。ただ,2本の凹条溝の間に,本件登録意匠の場合には隙間があるのに対して,甲第1号証の意匠の場合には隙間がない点で異なる。また,台車本体の四隅の凹部内において,甲第1号証では,外枠との間に設けられた矩形の穴の反対側にも矩形の穴が設けられている点で異なる。
Gの物品載置部の天板において,両意匠とも,天板の全体形状が,十字を2つ組み合わせた形になされている点で共通する。ただ,本件登録意匠の場合には,1枚の板材で天板が形成されているのに対して,甲第1号証の意匠では,長手方向に1枚,短辺方向に各2枚ずつの計5枚の板材を組み合わせることにより天板が形成されている点で異なる。
Hの台車本体の裏面に取り付けられている車輪取付板において,本件登録意匠の3つの車輪取付板と,甲第1号証の意匠の中央の車輪取付板は,凹条部と凸条部を有する型材からなり,台車本体の短辺方向に掛け渡されて台車本体にねじ止めされている点で共通する(甲第2号証の2参照)。ただ,本件登録意匠の各車輪取付板は,両者間に僅かな隙間を開けた2つの部材からなっているのに対して,本件登録意匠の中央の車輪取付板は,1つの部材で構成されている点で異なる。また,本件登録意匠の場合は,車輪取付板は3つとも台車本体の短辺方向に掛け渡されて台車本体にねじ止めされているが,甲第1号証の意匠の左右両側の車輪取付板は,中央に配置されている車輪取付板の中間部が省略されて2つに分けられた形で台車本体にねじ止めされ,車輪が1つずつ取付けられている点で異なる。
Iの桟において,両意匠とも台車本体の裏面の外枠間に長手方向に設けられている点で共通するが,本件登録意匠ではこれが2本であるのに対して,甲第1号証の意匠ではこれが3本である点において相違する。
Jの手押し棒挿入孔において,両意匠の手押し棒挿入孔は,手押し棒挿入孔内に,ボルトを径方向に取り付けて,手押し棒の抜け落ち防止を図っている点まで共通している。
Kの緩衝用のバンパーについても,両意匠ともバンパーが手押し棒挿入孔の外周に沿って取り付けられている点で共通している。

【共通点及び差異点の評価】
本件登録意匠の基本的構成態様をなすA?Dは,甲第1号証の意匠の基本的構成態様A?Dとすべて一致している。両意匠の基本的骨格をなす基本的構成態様が一致することは,本件登録意匠が甲第1号証の意匠の形状から容易に創作できたことの大きな根拠となるものである。
そして,両意匠の運搬台車は,物品を運搬するという機能・用途を有することから,看者の最も注意を引く部分は物品載置部であるが,両意匠は,その物品載置部において特徴的な,大きな面積を占める凹部の大きさ,形状,配置等のBの構成がすべて一致している。また,これも特徴的なCの台車本体の四隅への手押し棒挿入孔の配置の構成も一致している。
具体的態様においても,本件登録意匠と甲第1号証の意匠とは,E,J,Kの構成が完全に一致し,F,G,H,Iについても微細な相違を除き基本的な構成は一致している。
特に,看者の最も注意を引く物品載置部における,凹部の物品載置部に対する面積比,凹部の大小や形状やその配置等のEの構成が一致し,またGの天板の全体形状も,十字を2つ組み合わせた形状をしている点で一致している。
なお,Gの構成において,十字を2つ組み合わせた形の天板を,本件登録意匠では1枚の板材で構成し,天板を台車本体の外枠の外周に取付ける構成であるのに対して,甲第1号証では,長手方向に1枚,短辺方向に各2枚ずつの計5枚の板材を,台車本体の外枠の内側に設けた段部内に配置して取付けるように構成している点で相違する。
しかしながら,両者は,天板の全体形状が十字を2つ組み合わせた形である点において変わりがなく,また,甲第1号証の天板を,本件登録意匠のように一枚の板材で構成し,内側に段差を有しない外枠の外周に取付ける構成は,甲第3号証,甲第4号証に開示された公知の構成である。すなわち,甲第3号証,甲第4号証の運搬台車の天板は,本件登録意匠の運搬台車の天板と同様に,1枚の板材で十字を2つ組み合わせた形に成形され,この天板を台車本体の外枠の外周に取付けるように構成されている。従って,甲第1号証の天板を,ありふれた手法により甲第3号証,甲第4号証の運搬台車の天板に置き換えることにより,本件登録意匠の運搬台車の天板の構成は容易に得られるものであり,創作容易であることは明らかである。
なお,本件登録意匠の天板には,甲第1号証の天板の表面にある筋目模様はないが,本件登録意匠は単に甲第1号証の筋目模様をとって天板の表面を平らにしただけであり,単に筋目模様をとることに意匠上の創作性はない。そして,天板を本件登録意匠のように表面を無模様で平らに仕上げることは,甲第3号証,甲第4号証に示すように公知の創作手法に過ぎない。また,そもそもこの筋目模様は,【意匠に係る物品の説明】の欄に,凹凸で形成される筋目模様であるとの説明があるから,意匠図面に示すような極端な黒い模様となっては表われないはずである。意匠上は,表面をよく見ると凹凸があるという程度のものと認識すべきである。

また,Fの凹部内の構成においても,凹部の底部を,台車本体の裏面に取り付けられる車輪取付板で構成し,その上面に2本の凹条溝を設けてその凹条溝内にボルトを2つずつ配置する構成も両意匠で共通している。その上,台車本体の四隅の凹部内には,車輪取付板と台車本体の外枠との間に矩形の穴が設けられ,中央に配置された凹部内にはそのような矩形の穴が設けられていない構成まで両意匠で一致している(甲第2号証の1参照)。
ただ,本件登録意匠の場合には,車輪取付板の2本の凹条溝間に僅かな隙間がある点で甲第1号証と異なるが,この隙間は,車輪取付板を2つの部材で構成したことに伴い生じた隙間であり,これが公知意匠のありふれた手法による変形に相当する創作容易な構成にすぎないことは後述するとおりである。また,台車本体の四隅の凹部内において,甲第1号証では,外枠との間に設けられた矩形の穴の反対側にも矩形の穴が設けられている点で相違するが,本件登録意匠では,その反対側の矩形の穴と同じ位置にその矩形の穴と同形状の領域が存在し,従ってこの相違点は,その領域を単に矩形の穴にしなかっただけとの評価がなされるべきであり,特に意匠上の創作性はない。
物品載置部以外の部分では,Jの手押し棒挿入孔内の抜け落ち防止用のボルトの構成,Kの緩衝用のバンパーの構成が両意匠で一致している。

次に,一般に看者の注意が払われない運搬台車の裏面に存在するHの車輪取付板とIの桟につき,甲第2号証の2を参照しながら検討する。
Hの車輪取付板につき,本件登録意匠の台車本体の裏面に配置された3つの車輪取付板は,台車本体の短辺方向に掛け渡されて1つの車輪取付板に2つの車輪が取り付けられるように構成されているが,甲第1号証では,中央の車輪取付板がこのような構成になっている。ただ,左右両側の車輪取付板は,短辺方向に2つに分けられてそれぞれに1つの車輪が取り付けられる構成になっている。
本件登録意匠の車輪取付板は,そのすべての車輪取付板を,甲第1号証の意匠の中央の車輪取付板と同様な構成にしたものであり,しかも本件登録意匠の3つの車輪取付板も甲第1号証の中央の車輪取付板も共に凹条部と凸条部を有する型材からなっている点で共通し,形状も近似している。従って,本件登録意匠の車輪取付板の構成は,甲第1号証の中央の車輪取付板の構成を採用したに過ぎず,この点に格別の意匠上の創作性はない。
なお,本件登録意匠の車輪取付板は,それぞれ2つの部材から構成されているが,これは1つの部材から構成されている甲第1号証の中央の車輪取付板を真ん中から2つに分けたに過ぎない構成である。また,このように車輪取付板を2つの部材により構成することは,甲第5号証に開示されているように,ありふれた手法に過ぎない。すなわち,甲第5号証の図8には,車輪8を取り付ける車輪取付板30Aを2つの部材3で構成する構成が開示されている。そして2つの部材3の間には隙間が形成されるようになっている。また,車輪取付板の真ん中に短辺方向に延びる隙間を設けることは,甲第6号証の図4,甲第7号証の【底面図】に開示があり,物品載置部から車輪のベース板の一部が見える構成も甲第8号証に開示があるありふれた構成に過ぎない。
なお,1つの車輪取付板に2つの車輪を取り付ける構成と,車輪取付板ごとに車輪を1つずつ取り付ける構成は,両方とも甲第7号証の1つの台車中で採用されており(底面図参照),いずれもありふれた手法による構成であることは明らかである。従って,車輪取付板に車輪を1つずつ取り付ける甲第1号証の左右両側の車輪取付板の構成を,甲第1号証の中央の車輪取付板のように,台車本体の短辺方向に掛け渡した1つの車輪取付板に2つの車輪を取り付ける構成として本件登録意匠の左右両側の車輪取付板の構成を得ることに,意匠上の創作性がないことは明らかである。
なお,この車輪取付板の2つの部材間の隙間は,凹部の底部にその一部が表われている(F)。

次に,Iの桟についてであるが,甲第1号証では台車本体の裏面の長手方向に設けられた桟が3本であるのに対して,本件登録意匠ではこれが2本であって甲第1号証より1本少ない。これは,甲第1号証の3本の桟のうちの真ん中の桟を省いて2本にしただけであり,桟の本数を減らすことに特別な意匠上の創作性はなく,また桟を2本にすることは,甲第3号証,甲第4号証にも開示されたありふれた意匠の構成に過ぎない。

【評価に基づく創作容易性の結論】
以上のように,本件登録意匠は,甲第1号証の意匠と基本的構成態様A?Dがすべて一致している。
そして,両者は共に運搬台車に係るものであり,物品を運搬するという機能・用途から看者の注意を最も引く物品載置部において,最も特徴的な凹部の構成(B,E)が一致し,また,天板の全体形状(G)も一致している。さらに台車本体の四隅に手押し棒挿入孔を配置する構成(C)まで一致している。
凹部内の構成(F)においても,凹部の底部を台車本体の裏面に取り付けられる車輪取付板で構成する構成も一致している。
このように,本件登録意匠と甲第1号証とは,その基本的構成態様及び看者が最も注意を引く物品載置部における特徴的な構成が一致していることから,本件登録意匠が甲第1号証から容易に創作できたことは明らかである。

そして,Fの凹部内の隙間や,外枠とは反対側の矩形の穴の有無は,凹部の底の目立たない部分における微細な相違であって,これらが意匠全体として異なる美感を生じさせるような相違でないことは明らかであり,また,これらの相違は,公知意匠のありふれた手法による軽微な変形に過ぎないことも上述したとおりである。また,Gの天板を1枚の板材で構成するか複数の板材で構成するかの差異や天板の表面の筋目模様の有無の相違も,公知意匠(甲第3号証,甲第4号証)による単なる置き換えに過ぎない差異である。従って,これらの差異は,創作容易でないとの理由とはなし得ない。

また,台車本体の裏面においても,裏面はそもそも看者の注意を引かない部分であるが,そこでも車輪取付板の構成(H)が,本件登録意匠の3つの車輪取付板と甲第1号証の中央の車輪取付板とで構成が一致している。そして,1つの車輪取付板を2つの部材で構成することや,左右両側の車輪取付板も中央の車輪取付板と同様に台車本体の短辺方向に掛け渡す構成とすることは,ありふれた手法(甲第5号証?甲第7号証)による変形に過ぎないことは,上述のとおりである。
さらに,Iの桟の本数が2本か3本かの相違も,単なる本数の変更にすぎず,意匠の創作性を左右する差異ではない。
なお,本件登録意匠と甲第1号証は,台車本体の外枠部分において,Jの手押し棒挿入孔内の抜け落ち防止用のボルトの配置構成,及び,Kのバンパーの構成においても一致している。

以上の理由から,本件登録意匠が,甲第1号証,または,甲第1号証及び甲第3号証?甲第8号証の意匠の形状から当業者が容易に創作できた意匠であることは明らかである。

(4)むすび
以上のように,本件登録意匠は,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録を受けることができないものであり,その意匠登録は意匠法第48条第1項第1号の規定に該当し,無効にされるべきである。

2.証拠方法
・甲第1号証 意匠登録第1509778号公報の写し
・甲第2号証の1 本件登録意匠と甲第1号証の対比図(平面)
・甲第2号証の2 本件登録意匠と甲第1号証の対比図(底面)
・甲第3号証 意匠登録第1399969号公報の写し
・甲第4号証 意匠登録第1372945号公報の写し
・甲第5号証 特開2008-49926号公報の写し
・甲第6号証 特開平9-207785号公報の写し
・甲第7号証 意匠登録第1504165号公報の写し
・甲第8号証 意匠登録第1385754号公報の写し
・甲第9号証 意匠登録第1561591号公報(本件登録意匠)の写し

第2 被請求人の答弁及び理由

被請求人は,結論同旨の審決を求める旨答弁し,証拠方法として乙第1号証の1から乙第10号証(枝番号を含む。)の書証を提出し,その理由として以下のとおり主張した。

1.理由
(1)はじめに
ア.請求人は,審判請求書において,運搬台車の機能・用途から,看者の注意を引く部分は物品の載置部であり,運搬台車の骨格や車輪の取り付け態様を表す台車本体の裏面については看者が注意を払わない旨主張するが(審判請求書9頁4行目,10頁17行?18行,23行,11頁5行),かかる主張は,運搬台車の現実の需要者・取引者を無視するもので失当である。
すなわち,この種の運搬台車は,建設現場といった過酷な環境下において使用されるものであり,その骨格(フレーム)には強靭性が求められ,運搬機能の主要部材である車輪及びその取付部分には耐久性が求められるともに消耗部品として整備や交換容易性が求められ,これらが運搬台車の選択において極めて重要な要素となっている。
このような運搬台車の特性や用途等に照らすと,運搬台車においては,その骨格や車輪およびその取付部の構造が,需要者(看者)の最も着目するところといえる。
殊に,裏面から視認される運搬台車の骨格構成は,この種物品の意匠の形態およびその創作の全体を基礎付けものであるから軽視すべきではない。

イ.請求人が特定する本件登録意匠及び甲第1号証の意匠の要旨は,現実に存在する両者の形態及びその相違点を意図的に都合良く捨象したもので,本件登録意匠の創作性を検討するには不十分な上に,誤りもあり妥当ではない。
また,請求人は,甲第1号証の意匠および各引用例の何れにも存在しない,本件登録意匠にのみ存在する態様について,当該部分の態様とすることや,その態様を含む本件登録意匠全体について具体的な証拠をもって容易に創作できたとの説明を十分しておらず,その主張は,形態ないし構成を極めて抽象的に捉え,ありふれた手法であるなどと飛躍した,あるいは短絡的な論理に終始しているにすぎない。
従って,本件登録意匠が,甲第1号証の意匠または甲第1号証の意匠および甲第3?8号証に記載された意匠の形状からその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が容易に創作をすることができたものであり,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録できないものであるとの請求人の主張は失当である。

(2)本件登録意匠
本件登録意匠は,平成28年(2016年)3月2日に出願され(意願2016-4641),同年9月23日に意匠権の設定の登録がなされた,意匠登録第1561591号の意匠であって,意匠に係る物品を「運搬台車」とし,その形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下「形態」ともいう)は,願書の記載及び願書に添付した図面代用写真に現された次のとおりとしたものである(甲第9号証)。
ア.基本的構成態様
(A)台車本体は,平面視で縦横比約5:3の略長方形状である。
(B)台車本体下面の四隅部と長辺方向中央部には,合計6つの車輪が配置されている。
(C)台車本体の上面には,四隅に手押し棒等の挿入ボスが設けられている。

イ.具体的構成態様
(D)台車本体は,4本の角パイプを四隅のコーナー部材で連結した額縁状の外枠と,長辺方向に架設された2本の角パイプからなる桟とで構成される骨格を有する。
(E)6つの車輪は,全て旋回自在なキャスター輪である。
(F)各車輪は,2輪ずつ1組で,外枠短辺と略同じ長さの車輪取付体を介して台車本体下面に取り付けられており,車輪取付体は合計3組存在する。
(G)車輪取付体は,底壁と立上り壁とを有する断面略L字型の押出型材2本をレール状に向かい合わせにしたもので(詳しくは乙第3号証の1に示すように,各凹部の周囲の一部や,後述する角孔との隔壁を構成する立上り壁を有するほか,乙第3号証の2に示すように,キャスターフランジ端をスライド挟持する横溝を有する。),台車本体下面の短辺両端側と中央部の3カ所に外枠と桟を直交方向に横断するように跨設されている。
(H1)台車本体上面には,車輪の対応位置に6つの凹部が設けられ,その凹部の部分を切欠いたノッペリした無模様の1枚の薄板で覆われており,この薄板は,外枠の上縁と2本の桟の上縁に担持されて物品載置部が形作られている。
(H2)凹部のうち四隅のものは,骨格の外枠を構成する長辺と短辺の各内側壁と,桟の外側壁,および車輪取付体の立上り壁の対向内面とによって囲まれ,車輪取付体の上面が車輪受部を構成し,凹部のうち中央部のものは,骨格の外枠を構成する長辺の内側壁と,桟の外側壁,および車輪取付体の立上り壁の対向内面とによって囲まれ,車輪取付体の上面が車輪受部を構成している。
(H3)四隅の4つの凹部は同じ大きさの略正方形であり,中央部の2つの凹部はそれらより狭い長方形である。
(H4)各凹部内には,車輪取付体の上面が平行状の凹凸条線として現れ,車輪取付体を構成する2本の押出型材同士の間に細長い長方形のスリット状の1本の透孔が形成され,透孔からは平面視で,台車本体下面に取り付けられたキャスターの取付フランジ及び回転軸が視認される。
(H5)四隅の4つの凹部には,外枠を構成する角パイプとの間に長方形の角孔が形成され,この角孔は凹部内で車輪取付体の立上り壁が隔壁となって区画されており,中央部の2つ凹部にはかかる長方形の角孔は存在しない。
(I)四隅の手押し棒等挿入ボスは,コーナー部材に設けられた略円形の孔内にボルト軸部が現れる。
(J)コーナー部材は,平面視で外面が角張った鈎形で正面視・側面視では略台形であり,その角部には,外面に角張った黒色のバンパーが付設されている。

(3)甲第1号証の意匠
甲第1号証の意匠(意匠登録第1509778号)は,意匠に係る物品を「運搬台車」とし,本件登録意匠の出願前の平成26年(2014年)10月27日に発行された意匠公報に現された次の意匠である。
ア.基本的構成態様
(a)台車本体は,平面視で縦横比約5:3の略長方形状である。
(b)台車本体下面の四隅部と長辺方向中央部には,合計6つの車輪が配置されている。
(c)台車本体の上面には,四隅に手押し棒等の挿入ボスが設けられている。

イ.具体的構成態様
(d)台車本体は,4本の棒材を四隅のコーナー部材で連結した額縁状の外枠と,長辺方向に架設された2本の桟とで構成される骨格を有する。外枠を構成する棒材は,断面凸型で,その凸部分が全て外枠の内側に向いており,外枠内に内枠状の段部を形成している(詳しくは乙第2号証参照)。
なお,底面視では,長手方向に敷設された長床材下部の断面逆T型のバックボーンが1本の桟のように現れ,長辺方向に桟が3本存在するように視認される。
(e)6つの車輪は,四隅の4輪が旋回自在なキャスター輪であり,中央の2輪は旋回不能な固定輪である。
(f)各車輪は,四隅の4輪が外枠短辺の寸法の約1/3の長さが短い個別の車輪取付体を介し,中央の2輪が外枠短辺と略同じ長さの1本の車輪取付体を介して台車本体下面に取り付けられており,車輪取付体は合計5個存在する。
(g)車輪取付体は,四隅の4つが略正方形であり,中央の1つは略長方形でかつ中央部分に小判型の模様が存在する特徴的な形態であり,外枠の短辺方向に跨設されている。
(h1)台車本体上面には,車輪の対応位置に6つの凹部が設けられ,コの字曲げされた縞模様(筋目模様)の長床材が長辺方向に1本,外方突出状のフランジ部を有するハット曲げされた縞模様(筋目模様)の短床材4個が長床材の両脇に,6ヵ所の凹部を形成すべく外枠内に収納配置されて物品載置部が形作られている(甲第1号証の【平面図】,【参考図1】,【参考図2】参照)。
長床材は,下部に断面逆T型のバックボーンが中央に1本走っており,コの字曲げされた両側壁が2本の桟の間に跨がるように担持され,ボルト固定されている(甲第1号証の【A-A拡大断面図】,詳しくは乙第2号証参照)。
4個の短床材は,下部に断面I型のリブが中央に1本有り,ハット曲げされたフランジ部が桟の上面と,外枠長辺の段部上に跨がるように担持され,ボルト固定されている(甲第1号証の【平面図】,【底面図】,【B-B拡大断面図】,詳しくは乙第2号証参照)。
なお,各短床材に対応して,外枠長辺にはブラケットが付随する。
(h2)凹部のうち四隅のものは,外枠の段部上の内側壁と,長床材の外側壁と,短床材の外側壁とで囲まれ,車輪取付体の上面が車輪受部を構成し,
中央部の2つ凹部は,外枠長辺の段部上の内側壁1辺と,長床材の外側壁と,短床材の外側壁対向2壁とで囲まれ,車輪取付体の上面が車輪受部を構成している。
(h3)四隅の4つの凹部は同じ大きさの略正方形であり,中央部の2つの凹部はそれらより狭い長方形である。
(h4)各凹部内には,車輪取付体の上面が平行状の凹凸条線として現れる。
(h5)四隅の4つの凹部には,車輪取付体と外枠短辺との間と,その反対側に長方形の角孔が2つ形成され,中央部の2つ凹部にはかかる長方形の角孔は存在しない。
(h6)四隅の凹部内には,外枠の段部2辺と,桟の上面の一部及び短床材のフランジが,凹部内の周囲を縁取るように現れる。
(h7)中央部の凹部内には,外枠の段部と,桟の上面の一部及び短床材のフランジ2辺が,凹部内の周囲を縁取るように現れる。
(i)四隅の手押し棒等挿入ボスは,コーナー部材に設けられた略菱形の孔内にボルト軸部が現れる。
(j)コーナー部材は,平面視で略菱形の筒体で側面視では略長方形であり,その角部には,外枠に及ぶ延長翼片を有するバンパーが付設されている。

(4)本件登録意匠と甲第1号証の意匠の対比
ア.共通点
(ア)両意匠は,「運搬台車」に係る意匠で物品が共通する。
(イ)両意匠は,台車本体が,平面視で縦横比約5:3の略長方形状であり,台車本体下面の四隅部と長辺方向中央には合計6つの車輪が配置され,台車本体の上面には,各車輪対応位置に四角形の凹部と,四隅に手押し棒等の挿入ボスが設けられている点で共通する。
(ウ)両意匠は,台車本体の骨格が,4本の棒材を四隅のコーナー部材で連結した額縁状の外枠と,長辺方向に架設された2本の桟とで構成される点で共通する。

イ.相違点
本件登録意匠と甲第1号証の意匠の相違点については,乙第1号証の1および同2の「本件登録意匠・甲第1号証意匠の対比表」を参考とされたい。
なお,以下の相違点ごとに付した「)付き数字」は,対比の整理の為に付したもので,相違点の数を正確に表したものではない(相違点はこの数以上に存在する)。また,乙第1号証の2において,図中に示す「○付き数字」は,この整理の為に付した「)付き数字」の番号と対応させたものである。

【骨格および底面形態】
(相違点1))(D:d1)
本件登録意匠は,額縁状の外枠が角パイプで構成されるのに対し,甲第1号証の意匠は,断面形状が凸型の型材で構成され,その凸部分か全て外枠の内側に向いており,外枠内に内枠状の段部が形成されている点で異なる。
(相違点2))(D:d2,d3)
本件登録意匠は,底面視で長手方向に2本の桟が視認されるが,甲第1号証の意匠は,底面視では,長手方向に敷設された長床材下部のバックボーンが1本の桟のように現れ,長辺方向に桟が3本存在するように視認される点で異なる。
(相違点3))(E:e)
本件登録意匠は,6つの車輪が全て旋回自在なキャスター輪であるのに対し,甲第1号証の意匠は,四隅の4輪は旋回自在なキャスター輪であるが,中央の2輪は旋回不能な固定輪である点で異なる。
(相違点4))(F:f)
本件登録意匠は,各車輪は,2輪ずつ1組で,外枠短辺と略同じ長さの車輪取付体を介して台車本体下面に取り付けられており,車輪取付体は合計3組であるのに対し,甲第1号証の意匠は,四隅の4輪が,外枠短辺の寸法の約1/3の長さの短い,個別の車輪取付体を介し,中央の2輪が外枠短辺と略同じ長さの1本の長い車輪取付体を介して台車本体下面に取り付けられており,車輪取付体は合計5個存在する点で異なる。
(相違点5))(G:g)
本件登録意匠は,車輪取付体が,底壁と立上り壁とを有する断面略L字型の押出型材2本をレール状に向かい合わせにして1組とされ,3組全てが外枠と縦桟を直交方向に横断状するように跨設されているのに対し,甲第1号証の意匠は,車輪取付体が,四隅の4つが略正方形であり,中央の1つのみが略長方形で骨格の短辺方向に跨設されている点で異なる。
しかも,本件登録意匠の車輪取付体は,各凹部の周囲の一部や角孔との隔壁となる独特の立上り壁を有するのに対し,甲第1号証の意匠には,そのような立上り壁は存在しない。
そして,本件登録意匠の車輪取付体の3組とも同形であるのに対し,甲第1号証の意匠の車輪取付体は,同形の略正方形のものが4個と略長方形の長い1本とされる点で両者は大きく異なる。
(相違点6))(H1:h1)
本件登録意匠は,台車本体上面には,車輪の対応位置に6つの凹部が設けられ,その凹部の部分を切欠いたノッペリした無模様の1枚の薄板の天板で覆われており,この薄板の天板は,外枠の上縁と2本の桟の上縁に担持されて物品載置部が形作られている。
これに対して,甲第1号証の意匠は,台車本体上面には,車輪の対応位置に6つの凹部が設けられ,コの字曲げされた縞模様の長床材が長辺方向に1本,外方突出状のフランジ部を有するハット曲げされた縞模様の短床材4個が長床材の両脇に,6ヵ所の凹部を形成すべく外枠内に収納配置されて物品載置部が形作られている点で異なる。
また,甲第1号証の意匠は,長床材の下部に断面逆T型のバックボーンが中央に1本走っており,コの字曲げされた両側壁が2本の桟の間に跨がるように担持され,ボルト固定されている点でも,本件登録意匠と異なる。
さらに,甲第1号証の意匠は,4個の短床材の下部に断面I型のリブが中央に1本有り,ハット曲げされたフランジ部が桟の上面と,外枠長辺の段部上に跨がるように担持され,ボルト固定されている点でも,本件登録意匠と異なる。
このように,物品載置部を構成するものが,本件登録意匠では,1枚の薄い天板にすぎないのに対し,甲第1号証の意匠では,バックボーンやリブで補強された強固な足場板のような,それ自体で強度のある立体的な長床材や短床材で構成されている点で両者は大きく異なる。
また,各短床材に対応して,外枠長辺にはブラケットが付随する点でも,本件登録意匠と異なる。
(相違点7))(H2:h2)
本件登録意匠は,凹部のうち四隅のものが,骨格の外枠を構成する長辺と短辺の各内面と,桟,および車輪取付体の立上り壁の対向内面とによって区画される車輪受部を有し,凹部のうち中央部のものが,台車本体骨格の外枠を構成する長辺の内面と,桟,および車輪取付体の立上り壁の対向内面とによって区画される車輪受部を有する。
これに対し,甲第1号証の意匠は,凹部のうち四隅のものは,外枠の段部上の内面と,長床材の側壁と,短床材の側壁とで区画される車輪受部を有し,中央部の2つ凹部は,外枠長辺の段部上の内壁1辺と,長床材の側壁と,短床材の側壁対向2壁とで区画される車輪受部を有している点で,本件登録意匠と異なる。
(相違点8))(H4:h4)
本件登録意匠は,各凹部内に,車輪取付体を構成する2本の押出型材同士の間に細長い長方形のスリット状の1本の透孔が形成され,透孔からは平面視で,台車本体下面に取り付けられたキャスターの取付フランジ及び回転軸が視認されるのに対し,甲第1号証の意匠には,かかるスリットは存在せず,台車本体下面に取り付けられたキャスターの取付フランジ及び回転軸が視認できない点で異なる。
(相違点9))(H5:h5)
本件登録意匠は,四隅の4つの凹部に,外枠を構成する角パイプとの間に長方形の角孔が1つずつ形成されるのに対し,甲第1号証の意匠は,車輪取付体と外枠短辺との間と,その反対側に長方形の角孔が2つずつ形成される点で異なる。
(相違点10))(I:i)
本件登録意匠は,四隅の手押し棒等挿入ボスが,コーナー部材に設けられた略円形の孔であるのに対し,甲第1号証の意匠は,菱形の孔である点で異なる。
(相違点11))(J:j)
本件登録意匠のコーナー部材は,平面視で外面が角張った鈎形で正面視・側面視では略台形であり,その角部には外面に角張った黒色のバンパーが付設されているのに対し,甲第1号証の意匠のコーナー部材は,平面視で略菱形の筒体で側面視では略長方形であり,外枠に及ぶ延長翼片を有するバンパーが付設されている点で異なる。

(5)その他の甲号証の検討
ア.甲第3号証および甲第4号証
甲第3号証および甲第4号証の運搬台車は,概略以下の形態である。
(ア)台車本体は,4本の角パイプをコーナー部材で連結した額縁状の外枠と,外枠内に配置された縦横桟とで5×3方眼の井桁格子状の骨格が形成されている。
(イ)6つの車輪は,台車本体下面の四隅と長辺各中央部の升目に,プレート状の車輪取付体を介して車輪取付体ごとに1輪ずつ取付けられている。
(ウ)車輪取付体は,扁平六角形の薄板材で,6枚の車輪取付体が骨格の5×3方眼の升目内で縦横桟に斜交い状に添設されている。
(エ)台車本体上面には,車輪が配置された5×3方眼の升目に(車輪受部を作る)6つの凹部が設けられ,その凹部の部分を切欠いた天板が敷設されている。(なお,請求人は天板を「十字を二つ重ねた形状」と表現している。)
(オ)凹部は,骨格の外枠と縦横桟によって5×3方眼の升目として区画され,全て同じ大きさの略正方形である。凹部内には,車輪取付体の上面が斜交状かつ扁平六角形として現れ,升目の対向する2つの角には大小2つの三角形状の透孔が形成されている。

イ.甲第5号証
甲第5号証は,車輪取付体が2つの部材により構成された公知例であるとして,請求人が引用した証拠である。
図8を見ると,キャスタ固定板30A,30B(車輪取付体)を構成する接続片3の間には,接続片3に形成された切欠き部で構成される隙間が存在する。
しかしながら,接続片3およびこれらで構成されるキャスタ固定板30A,30B(車輪取付体)の形態は,本件登録意匠の車輪取付体とは全く異なる形態であることは明らかである。
しかも,当該「隙間」は,車輪の取付け位置には存在しないし,そもそも凹部自体存在せず,「隙間」の上部は床板1Aで覆われているから,本件登録意匠のように,平面側および底面側の何れからも視認できる凹部内に現れる上下貫通状のスリット状の透孔でもない。当然ながら,凹部内に溜まった砂塵等を排出するといった本件登録意匠の凹部内のスリット状の透孔のような機能もない。

ウ.甲第6号証
甲第6号証は,車輪取付体の真ん中に短辺方向に伸びる「隙間」を設けた公知例であるとして,請求人が引用した証拠である。
図4を見ると,車輪取付け板8(車輪取付体)の中央には長方形の穴が存在する。
しかしながら,当該「隙間」(長方形の穴)を有する車輪取付け板8(車輪取付体)の形態は,本件登録意匠の車輪取付体とは全く異なる形態であることは明らかである。
しかも,当該「隙間」は,荷崩れ防止凹部15相当位置まで及ぶか否かは明らかでないし,「隙間」の上部は台板13で覆われているから,本件登録意匠のように,平面側および底面側の何れからも視認できる凹部内に現れる上下貫通状のスリット状の透孔ともいえない。当然ながら,凹部内に溜まった砂塵等を排出するといった本件登録意匠の凹部内のスリット状の透孔のような機能もない。

エ.甲第7号証
甲第7号証は,車輪取付体の真ん中に短辺方向に伸びる「隙間」を設けた公知例,および1つの車輪取付体に2つの車輪を取り付ける構成と,車輪取付体ごとに車輪を1つずつ取り付ける構成の公知例であるとして,請求人が引用した証拠である。
しかし,まず,前側(左側面側)の部材は,車軸の取付体であって,車輪は左右側方に張り出して床板領域から外方にはみ出しており,車体の裏面に車輪を取り付ける車輪取付体ではない。
また,この部材は,底面図を見ると前側の車輪取付体の中央には長方形の穴が見て取れるものの,本件登録意匠の車輪取付体とは全く異なる形態であることは明らかである。
さらに,床板には,上下方向に貫通する多数の穴が存在するものの,凹部が存在しないから,本件登録意匠のような凹部内に現れる上下貫通状のスリット状の透孔とはいえないし,「隙間」は車輪の取付け位置には存在しない。
次に,後側(右側面側)の2つの車輪は,それぞれ個別に床板に取付けられているが,当該車輪は,床板の下面に直接取り付けられており,車輪取付体を介して取付けられたものではなく,底面図で四角に見えるのはキャスターのフランジである。すなわち,車輪取付体ではない。

オ.甲第8号証
甲第8号証は,平面側から車輪の一部や車輪取付体が見える構成の公知例であるとして,請求人が引用した証拠である。平面図を見ると,確かに車輪の一部と車輪取付体およびキャスターが視認し得る。
しかしながら,甲第8号証は,そもそも床板のないスケルトン構造であるから,平面側から車輪取付体等が見えるのは当然であり,本件登録意匠とは全く形状が異なるものである。

(6)被請求人の主張
ア.基本的構成態様と創作容易
請求人は,「本件登録意匠の基本的構成態様をなすA?Dは,甲第1号証の意匠の基本的構成態様A?Dとすべて一致している。両意匠の基本的骨格をなす基本的構成態様が一致することは,本件登録意匠が甲第1号の意匠の形状から容易に創作できたことの大きな根拠となるものである。」と主張する(審判請求書7頁第4行?7行目)。
しかし,そもそも基本的構成態様が一致したとしても具体的構成態様が容易に創作できないものであれば全体として容易に創作できないのであり,請求人の主張は主張自体失当である。
また,本件において基本的構成態様は運搬台車の一般的なありふれた構成態様にすぎず,本件登録意匠の特徴は具体的構成態様にあるのであり,基本的構成態様が一致することが創作容易性の根拠になるなどということは到底できない。
すなわち,本件登録意匠のように運搬台車の台車本体の下面に合計6輪の車輪を等間隔で規則的に配置することは,30年以上前から存在する日本工業規格(「JIS規格(B8920-1981)」)(乙第4号証)の「5.2車輪配置」の表4の6輪の場合と基本的に同じであり,ありふれたものにすぎない。
また,「平面視で縦横比略5:3の略長方形状」の台車本体も,JIS規格の「7.1」の表5で推奨する積載面の長さ及び幅の値にほぼ一致し規格に沿ったものにすぎない。
さらに,運搬台車を積み重ねて保管・輸送することや積み重ねる際の車輪の保持を目的として物品載置部に車輪の配置に応じた凹部,開口部,滑り止め設置部などの車輪保持部を設けることは古くから行われてきたことである。(例えば,乙第5号証の図1・図2及び乙第8号証の1833頁上段。また,6輪のものとしても,例えば,乙第6号証参照。)
以上に照らすと,基本的構成態様は(請求人の主張する基本的構成態様も含め),運搬台車の一般的な構成態様であって,これらが共通するからといって,本件登録意匠が創作容易であることの大きな根拠とはなり得ることはない。

イ.看者の注意を引く部分
(ア)請求人は,「運搬台車は,物品を運搬するという機能・用途を有することから,看者の最も注一意を引く部分は物品載置部である」と主張し(審判請求書7頁8行?9行等),運搬台車の裏面はそもそも看者の注意を引かない部分である旨を繰り返し主張する。
しかし,かかる主張は,運搬台車の現実の需要者や取引状況等を無視したもので妥当ではない。
すなわち,本件登録意匠および甲第1号証の意匠に係る運搬台車は,主に建設資材や機材等を載せて運搬等するために建設現場等で使用されるものである。
運搬台車は,建設会社や建設資材のリース会社などが製造元より直接又は卸売業者を通じて間接的に購入するものであり,これら建設会社,リース会社,取引を行う卸売業者が需要者というべきである。また,これら需要者は,運搬台車の形状について,たんなる美的な観点ではなく,機能的な観点において着目し選択している。
運搬台車は,建設現場といった過酷な環境下においても使用されるものであり,運搬台車の骨格(フレーム)には強靭性が求められ,運搬機能の主要部材であるキャスター及びその取付部には耐久性が求められるともに消耗部品として整備や交換の容易性が求められ,これらが運搬台車の選択において極めて重要な要素となっている。
このような運搬台車の特性や用途等に照らすと,運搬台車においては,その骨格やキャスターとその取付部の構造が,需要者の最も着目するところといえる。また,運搬台車の裏面(底面)は,かかる構造が最もよく現れ,需要者に最も着目される部分といえる。(請求人のカタログの「ヘラクレスcube」の紹介頁(乙第9号証の35?37頁)においても運搬台車の裏面(底面)の図が多数掲載されている。)

(イ)この点,本件無効審判とは異なるが,本件登録意匠の実施品に対して,請求人の保有する登録第1399969号意匠権(甲第3号証)に基づき,請求人が提起した,東京地方裁判所・平成28年(ワ)第13870号意匠権侵害差止等請求事件判決おいて,「原告が要部であると主張する物品載置部の天板の形状等だけでなく,凹部上方から視認される車輪取付板の形状及び底面視における車輪の取付態様や台車の骨格等も,これに接した者の注意を引くと認められる。」と認定されている(乙第10号証)。

ウ.創作者の観点
(ア)意匠上,看者の注意を引く部分は,当該物品の性質・目的・用途・使用態様や周知・公知意匠との関係によりに求められるところ,本件登録意匠や甲第1号証の意匠のような「運搬台車」の分野においては,その特性や用途,使用態様等からみて,台車本体の骨格や車輪ないしその取付部たる車輪取付体を含む裏面(底面形態)の構造が,物品載置部となる表面(平面形態)と同等か,寧ろそれよりも注目される部分といえることは,上に述べたとおりである。

(イ)このことは,「底面視における車輪の取付態様や台車本体の骨格等」が,看者の注意を引く部分であることに留まらず,意匠を創作する側,すなわち,意匠の創作容易性の判断基準となるべき創作者が最もその創作にあたり心血を注ぐ部分といえる。
よって,本件登録意匠の創作容易性の判断において,かかる運搬台車の車輪の取付態様や台車本体の骨格の違いが運搬台車の意匠全体に及ぼす影響が考慮されなければならない。

エ.本件登録意匠の創作容易性の判断
(ア)はじめに
本件登録意匠と甲第1号証の意匠との間には,「第4 本件登録意匠と甲第1号証の意匠の対比」中,「イ.相違点」で摘示した多数の相違点が存在する。
これら相違点は請求人が挙げる公知意匠にはない独自の形状を有するものである。
また,これらは甲第1号証の意匠に当業者であれば加えるであろう程度にすぎない変形ではなく,その意匠の属する分野において常套的な変更によるものでもない。
本件登録意匠が甲第1号証の意匠等に基づいて容易に創作できないことは明らかである。

(イ)本件登録意匠特有の主な創意工夫
本件登録意匠は,甲第1号証の意匠等公知意匠にはない独自の新たな創作を有するものである。たとえば,以下の点をみただけでも,本件登録意匠が甲第1号証の意匠等に基づいて容易に創作できないことは明らかといえる。
a.車輪取付体
本件登録意匠の車輪取付体は,相違点4)及び相違点5)に指摘したとおり甲第1号証の意匠と大きく異なるのみならず,公知意匠にない形状であり,当業者であってもおよそ容易に創作することができないことは明らかといえる。
請求人は,「本件登録意匠の場合には,車輪取付板の2本の凹状溝の間に僅かな隙間がある点で甲第1号証とは異なるが,この隙間は,車輪取付板を2つの部材で構成したことに伴い生じた隅間であり,これが公知意匠のありふれた手法による変形に相当する創作容易な構成にすぎない」とし(審判請求書8頁20行?23行),その根拠として,甲第5号証ないし7号証を挙げる(同9頁17行?10頁3行)。
しかし,「(5)その他の甲号証の検討」のイ?ウで検討したとおり,甲第5号証ないし7号証の車輪取付体の形態は,そもそも本件登録意匠の形態とでは大きく異なることは誰が見ても明らかである。
また,甲第5号証は,せいぜい車輪取付体を2つの部材で構成したというだけにすぎず,本件登録意匠とは大きく形状が異なり,本件登録意匠の極めて特殊な車輪取付体の構成がありふれた手法による変形であるとの主張に理由がないことは明らかである。
さらに,甲第5号証および6号証の車輪取付体の「隙間」は,いずれも車輪の領域まで至っていないし,その上部は物品載置部で覆われていて本件登録意匠のように凹部内に表裏貫通するスリット状の透孔も構成しておらず,仮に甲第5号証を参照したとしても本件登録意匠に至ることはない。
次に,甲第7号証は,後方(右側面側)にはたんにキャスターのフランジがあるのみで車輪取付体がなく,また,前方(左側面側)の部材は台車の裏面に配置される車輪を取り付ける部材(車輪取付体)ではないから,甲第1号証の意匠の車輪取付体に甲第7号証を参酌することができない。さらに,甲第7号証の床板に上下方向に貫通する多数の穴が存在するものの,凹部が存在せず,また,凹部に対応する位置に車輪も配置されていないから,やはり本件登録意匠のような凹部内に現れる上下貫通状のスリット状の透孔ではなく,また,透孔からキャスターのフランジや回転軸が視認されることもなく,仮に甲第7号証を参照したとしても本件登録意匠に至ることはない。
したがって,これらの証拠は,本件登録意匠と甲第1号証の意匠の相違点を埋める公知の形態にはおよそなり得ない。

b.凹部内のスリット状の透孔
本件登録意匠の凹部内のスリット状の透孔の形状は,相違点8)に指摘したとおり甲第1号証の意匠と大きく異なるのみならず,前記のとおり公知意匠のいずれにもない形状であり,当業者であってもおよそ容易に創作することができないことは明らかといえる。
本件登録意匠では,凹部内に搬台車の表裏を貫通するスリットが存在し,このスリット状の透孔からは,平面視で,台車本体下面に取り付けられたキャスターの取付フランジ及び回転軸が視認されるというきわめて特徴的な構成を有する。
また,この透孔は,凹部内に蓄積された砂塵等を排出する重要な機能もあるが,かかるスリットで構成される透孔は,公知意匠の何れにも存在しない。したがって,本件登録意匠が甲第1号証の意匠等に基づいて容易に創作できないことは明らかである。

c.凹部内の角孔
本件登録意匠の凹部内の角孔の形状は,相違点7)及び相違点9)に指摘したとおり甲第1号証の意匠と異なるのみならず,前記のとおり公知意匠のいずれにもない形状であり,当業者であってもおよそ容易に創作することができないことは明らかといえる。
本件登録意匠では,(上記スリットの他に)四隅の4つの凹部内には,外枠を構成する角パイプとの間に長方形の角孔が存在する。
甲第1号証の意匠の凹部内にも,一見すると同じような角孔が,四隅の4つの凹部内に2つずつ存在する。
しかしながら,甲第1号証の意匠のものは,たんに車輪取付体の両側に存在するというだけのものであり,本件登録意匠のように,車輪取付体から立ち上がった立上り壁が隔壁となって,車輪受部としての車輪取付体の上面も明確に区画される構成ではなく,かかる構成は,甲第1号証の意匠から多少変更する等のありふれた改変ではないから,本件登録意匠が甲第1号証の意匠から容易に創作できるものということもできない。

d.小括
以上のように,本件登録意匠は,車輪取付体や凹部内の構成一つをとらえても,甲第1号証の意匠やその他の甲号証を組み合わせても成立し得ない構成を有するものである。そして,かかる凹部内の構成は,請求人の言葉を借りれば,「看者の最も注意を引く物品載置部における」,「大きな凹部」の形態であるから,本件登録意匠の全体のまとまりに照らせば,各甲号証の組み合わせ等により,本件登録意匠が容易に創作できたものでないことは明らかといえる。
なお,請求人が容易に想到し得ると主張する他の相違点も他の箇所で述べるように容易に創作し得ないものである。

(ウ)本件登録意匠と甲第1号証の意匠の骨格
本件登録意匠の骨格と物品載置部は,相違点1)及び相違点6)等に指摘したとおり甲第1号証の意匠と大きく異なるものであり,当業者であってもおよそ容易に創作することができないことは明らかといえる。
本件登録意匠と甲第1号証の意匠は,ともに4本の棒材を四隅のコーナー部材で連結した額縁状の外枠と,長辺方向に架設された2本の桟とで構成される基本骨格を有する。
すなわち,甲第1号証の意匠は,外枠を構成する棒材が断面凸型の型材で,外枠内に内枠状の段部を有し,立体的に曲げ成形された長床材1本と立体的に曲げ成形された短床材4個が,外枠内の段部や桟に載るようにしてボルト固定されており,長床材と短床材の5つの部材,及びこれらで構成される物品載置部が,骨格の強度を確保する台車本体の重要な強度メンバーを構成している。
これに対し,本件登録意匠は,2本の型材を,隙間を空けて向かい合わせに配置して1組とされた3組の車輪取付体が骨格の短辺方向に跨設されて骨格の強度を確保する台車本体の重要な強度メンバーを構成しており,物品載置部となるノッペリした無模様の1枚の薄板は,たんに外枠上の凹部以外を覆うに過ぎず,骨格の強度とは殆ど関係がない。
このように,甲第1号証の意匠と本件登録意匠とでは,意匠の創作の基本となる台車本体の骨格形態が意匠全体,あるいは請求人が主張する物品載置部の形態に大きな影響を及ぼしており,彼此意匠の創作性も骨格構成の違いを抜きには語れない。

(エ)物品載置部の置き換えの妥当性
a.本件登録意匠の物品載置部の形状は,相違点6)に指摘したとおり甲第1号証の意匠と大きく異なるものであり,当業者であってもおよそ容易に創作することができないことは明らかといえる。
請求人は,物品載置部に関し,「本件登録意匠では1枚の板材で構成し,天板を台車本体の外枠外周に取付ける構成であるのに対して,甲第1号証では長手方向に1枚,短辺方向に各2枚ずつの計5枚の板材を,台車本体の外枠の内側に設け九段部内に配置して取付けるように構成している点で相違する。」
と,両者の相違点を認める。
その一方,「両者は天板全体形状が十字を2つ組み合わせた形である点において変わりがなく,」とし,「甲第1号証の天板を,ありふれた手法により甲第3号証,甲第4号証の運搬台車の天板に置き換えることにより,本件登録意匠の運搬台車の天板の構成は容易に得られるものであり,創作容易であることは明らかである。」と結論づける(審判請求書7頁20行?8頁5行)。
しかしながら,かかる主張は,請求人のいう「天板」(物品載置部)の構成態様について,現実の具体的な構成態様から離れて,恣意的に構成を抽象し,概括的に捉えたもので到底許されない。
先にも述べたように,甲第1号証の意匠の長床材と短床材の5つの部材,及びこれらで構成される物品載置部は,甲第1号証の意匠の運搬台車において,その骨格の強度を確保する台車本体の重要な強度メンバーを構成しており,内側に段部を有する外枠と相侯って,全体の意匠形態に密接に関わる構造・形状である。
かかる構造・形状の相違を無視して,甲第1号証の意匠の物品載置部を甲第3号証等の「天板」に置換することなどあり得ない。甲第3号証等は,「一枚の天板」を「内側に段差を有しない外枠の外周に取付ける構成」であることは,請求人も認めるところであり(審判請求書7頁下から2行目),そもそも「内側に段差のある外枠の外周に取付ける構成」である甲第1号証の意匠の骨格の一部ともなる長床材や短床材を,甲第3号証の薄っぺらな「天板」に置き換えようとしても,形状として物品載置部が構成できないのみならず,運搬台車としては用をなさない物となる。
つまり,置き換えられた「天板」の周囲が外枠の外周で支承されても,甲第1号証の意匠の外枠内には「天板」の下面全体を支えるものが一切存在しないのであるから,かかる「天板」の上には重量物を載せることができないし,凹部の周囲を構成する壁も全く存在しなくなるからである。

b.一方,請求人は,「本件登録意匠の天板には,甲第1号証の天板の表面にある筋目模様はないが,本件登録意匠は単に甲第1号証の筋目模様をとって天板の表面を平らにしただけであり,単に筋目模様をとることに意匠上の創作性はない。そして,天板を本件登録意匠のように表面を無模様で平らに仕上げることは,甲第3号証,甲第4号証に示すように公知の創作手法に過ぎない。」とする(審判請求書8頁6行?10行)。
しかしながら,甲第3号証等の天板は,そもそも1枚の薄い板にすぎないから,筋目模様のある5枚で構成される立体的な長床材と短床材を無模様で平らに仕上げることが公知の創作手法であることの証拠たり得ない。
また,仮に甲第1号証の意匠の天板を無模様かつ平らにすることが公知の創作手法であったと仮定してみたとしても,甲第1号証の意匠から本件登録意匠の形態とするためには,まず,甲第1号証の意匠の物品載置部から滑り止め効果のある筋目模様を排除し,さらに大小5個の部材で構成された物品載置部を一枚板の天板に変更し,さらに,甲第1号証の意匠の外枠を段部の無いものに変更し,凹部の周囲を何らかの形で形成した上で,さらに,大小5個の車輪取付板を2つの部材からなる3組の車輪取付体へと変更しなければならない。加えて,明らかに形状の異なるコーナー部材やその外面を保護するバンパーの形状も変更する必要がある。
以上のような複数の改変は,意匠全体を踏まえた高度な応用の過程を要するものであって,意匠の創作容易性の判断において,ありふれた手法によって改変が容易に行えるなどとは到底いうことはできない。

(オ)その他の相違点
本件登録意匠と甲第1号証の意匠との間には,前記のとおり,「(4)本件登録意匠と甲第1号証の意匠の対比」中,「イ.相違点」で摘示した多数の相違点が存在する。
請求人は,本件登録意匠と甲第1号証の意匠の相違点の一部しか取り上げておらず,しかもその相違点は前記のとおり容易に創作することができないものである上に,その他の相違点も甲第1号証の意匠に当業者であれば加えるであろう程度にすぎない変形ではなく,その意匠の属する分野において常套的な変更によるものでもなく,本件登録意匠が甲第1号証の意匠等に基づいて容易に創作できないことは明らかである。

(7)むすび
以上のとおり,本件登録意匠が,甲第1号証の意匠または甲第1号証および甲第3?8号証に記載された意匠の形状からその意匠の分野における通常の知識を有する者が容易に創作をすることができたものであるから,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録できないものであるとする請求人の主張は失当である。
したがって,本件意匠登録には,意匠法第48条第1項第1号の登録無効理由は存在しない。
よって,本件審判請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とする,との審決を求める。

2.証拠方法
・乙第1号証の1 本件登録意匠と甲第1号証意匠の対照表
・乙第1号証の2 乙第1号証の1に名称等を付記した対照表
・乙第2号証 甲第1号証「A-A拡大断面図」及び「B-B拡大断面図」の断面を着色した図面
・乙第3号証の1 本件登録意匠の車輪取付体の形態の写真
・乙第3号証の2 本件登録意匠の「車輪」取外し(取替)操作の説明写真
・乙第4号証 JISハンドブック物流・包装1984(昭和59年4月12日発行)日本規格協会表裏表紙,奥付および837頁?841頁の写し
・乙第5号証 実願昭47-125596号(実開昭49-79943号)のマイクロフィルムの写し
・乙第6号証 意匠登録第775758号公報の写し
・乙第7号証 乙第6号証の意匠の願書添付の写真の写し
・乙第8号証 「2001GENERALCATALOG産業機器・物流・住設総合カタログ」の抜粋(表紙,1833頁)の写し
・乙第9号証 請求人のカタログの「ヘラクレスcube」の紹介頁(35?37頁)の写し
・乙第10号証 東京地方裁判所・平成28年(ワ)第13870号意匠権侵害差止等請求事件判決(平成29年1月31日判決言渡)の写し

第3 弁駁書の内容
請求人は,被請求人の平成29年4月25日付け答弁書に対し,平成29年6月16日付けで弁駁書を提出し,反論を行っている。

1.弁駁の理由
(1)被請求人の主張に対する反論
ア.被請求人は,平成29年4月25日付け答弁書17頁において,本件登録意匠の特徴は具体的態様にあるので,甲第1号証と基本的構成態様が一致したとしても創作容易とはいえない。そして,本件において両意匠の基本的構成態様は運搬台車の一般的なありふれた態様に過ぎない,と主張している。
しかしながら,請求人の主張は,本件登録意匠と甲第1号証の意匠は,基本的構成態様A?Dがすべて一致しているのみならず,具体的態様E?Kもすべて一致しているので創作容易であると主張しているのである。そして,具体的態様において僅かに異なる構成も,公知意匠の単なる置き換え,ないしありふれた手法による軽微な変形に過ぎないので,本件登録意匠は甲第1号証の意匠から創作容易であることは明らかであると主張しているのである。
なお,被請求人は,基本的構成態様Bの凹部の構成については,古くから行われていた一般的な構成であると主張しているが(答弁書18頁),この主張は誤りである。被請求人が指摘する乙第5号証,乙第8号証,乙第6号証には,基本的構成態様Bに相当する「6つの四角形状の大きな凹部」は開示されていない。すなわち,乙第5号証のものは,車輪が縦にようやく納まる細長い凹部であり,しかもこの凹部は4つである。また,乙第8号証のものも,車輪の先端のみがかろうじて入る小さな凹部であり,これも凹部は4つである。乙第6号証に至っては,凹部すら設けられていない。従って,これらの証拠からは,基本的構成態様Bの凹部の構成が一般的などとは決していえない。

イ.被請求人が,甲第1号証と相違する本件登録意匠特有の創意工夫点として答弁書で挙げ得たのは,(ア)車輪取付板とそこに設けられたスリット状の透孔,(イ)凹部内の角孔,の2点のみである(答弁書21頁?23頁)。
(ア)車輪取付板とそこに設けられたスリット状の透孔について
車輪取付板につき,被請求人は,甲第1号証を飛び越していきなり甲第5?7号証との形状の対比を始めているが,車輪取付板については,まず甲第1号証との形状の近似性を認識すべきである。すなわち,甲第2号証の2の底面の比較図を参照すれば明らかなように,本件登録意匠の車輪取付板は,甲第1号証の中央の車輪取付板と同様,凹条部と凸条部を有する型材からなっており,形状も近似している(審判請求書9頁10?15行目参照)。
そして,この甲第1号証の中央の車輪取付板を真ん中から2つに分けて,そこにスリット状の透孔(隙間)を設けて本件登録意匠の車輪取付板の構成とすることは,甲第5号証?甲第7号証に示すようにありふれた手法に過ぎないから,創作容易であると主張しているのである(審判請求書9頁16行目?同10頁5行目参照)。
従って,甲第5?7号証と本件登録意匠の車輪取付板との形状の相違を並べ立てること(答弁書15?16,21?22頁)に意味はない。
なお,甲第7号証には,前輪を取付けるスリット状の透孔を有する車輪取付板が開示され(底面図),同号証第4頁の上の平面図を参照すれば明らかなように,スリット状の透孔からは,平面視でキャスターのフランジの一部が見えている。従って,甲第7号証には,車輪取付板や,キャスターのフランジが見えるスリット状の透孔が開示されていないとの被請求人の主張(答弁書22頁)は妥当でない。また,甲第5号証,甲第6号証の車輪取付板のスリット状の透孔(隙間)の長さをどうするか(車輪のフランジの部分まで透孔を延ばすか)は,単なる設計ないしは寸法上の選択事項にすぎず,その点に意匠の創作性はない。
念のため付言すると,甲第1号証の中央の車輪取付板に,少し長めの甲第5?7号証のようなスリット状の透孔(隙間)を設ければ,凹部内に位置する車輪取付板の透孔(隙間)から,平面視で下面に取付けられたキャスターのフランジや回転軸が視認できるようになる。

(イ)凹部内の角孔について
甲第2号証の1の平面の比較図を参照すれば,凹部内の角孔(矩形の穴)が,本件登録意匠と甲第1号証で形状が同一で,設けられている位置(外枠との間)も同じであることが明らかである。この点は被請求人も認めている(答弁書23頁)。
しかしながら被請求人は,甲第1号証の車輪取付板は,本件登録意匠の車輪取付板のような立上り壁を有さないから甲第1号証から創作容易でないと主張をしているが,物品の外観上この立上り壁の存在は一見して認識されにくく,この存在をもって異なる美感を生じさせるとはいえない。そして,車輪取付板にこのような立上り壁を設けることは,甲第5号証に明確に開示されている。すなわち,甲第5号証の図6及び【0018】からも明らかなように,甲第5号証の車輪取付板30Bは,2つの接続片3を向い合わせにして1組とされ,各接続片3は,底壁33と立上り壁32を有している。従って,被請求人が主張するこの相違点は,単なる公知意匠の置き換えにより得られる創作容易な構成に過ぎない。
なお,答弁書24?27頁の「(C)本件登録意匠と甲第1号証の意匠の骨格」,「(D)物品載置部の置き換えの妥当性」における被請求人の主張については,物品の美的外観である意匠の本質からかけ離れた構造上の話であるから,特に反論を要しないものと思われる。なお,外観に表われる天板,車輪取付板についての被請求人の主張の誤りについては,下記の「(相違点1))について」,「(相違点6))について」の項で指摘する。

ウ.看者の注意を引く部分
被請求人は,運搬台車においては,その骨格やキャスターとその取付部の構造が需要者の最も着目するところであると主張し,その理由として運搬台車の需要者は建設会社,リース会社,卸売業者であり,これらの需要者は,美的観点ではなく機能的観点に着目して選択するとしている(答弁書18?19頁)。
しかしながらこの主張は妥当でない。運搬台車の需要者には,建設業で35%を占める個人事業主が含まれ,これらの需要者は作業現場で見た運搬台車の記憶を頼りにインターネット等で商品を購入するのであり,その際には運搬台車の上面の物品載置面に着目することはあっても,台車の裏面は作業現場での通常の使用時には見えないから,その裏面まで注意を払うことはない。また,そもそもインターネット取引では,台車の裏面の構造の詳細など画面で確認のしようがない。
従って,「運搬台車は,物品を運搬するという機能・用途を有することから,看者の最も注意を引く部分は物品載置部である」(審判請求書7頁8?9行目)との請求人の主張に誤りはない。

(2)その他の相違点の主張について
被請求人は,答弁書10?14頁において,本件登録意匠と甲第1号証の意匠との相違について種々述べているが,その相違はいずれも本件登録意匠の創作容易性を否定する根拠にならない。以下説明する。
(相違点1))について
外枠の内側に段部が形成されているか否かの相違は,外観上特に注意を引く相違ではなく,外枠を本件登録意匠のように内側に段部を有しない角パイプで構成することは,甲第3号証,甲第4号証に開示された公知の構成で置き換えることにより容易に得られる構成である(審判請求書7頁下から8行目?8頁5行目参照)。
(相違点2))について
本件登録意匠も甲第1号証の意匠も,2本の桟を有することに変わりがなく,甲第1号証の真ん中の桟(被請求人は,バックボーンと称している)を省いて本件登録意匠のように2本の桟を構成することに意匠上の創作性がないことは明らかである(審判請求書10頁6?10行目参照)。
(相違点3))について
車輪が,旋回自在か否かは,意匠上大きな要素ではなく,甲第1号証の中央の2つの固定輪を四隅のような旋回自在な車輪に置き換えて本件登録意匠のように構成することは,同一の意匠内の置き換えであるので極めて容易である。
(相違点4)),(相違点5))について
甲第1号証の左右両側の短辺方向に2つに分けられた車輪取付板を,中央の車輪取付板のように1つの車輪取付板に2つの車輪を取り付ける構成として,本件登録意匠の3つの車輪取付板のように構成することは,甲第1号証の同一意匠内での置き換えであるので極めて容易である。
なお,被請求人は,本件登録意匠の車輪取付板は,底壁と立上り壁とを有する部材を2本向い合わせにして1組としている点を甲第1号証との相違点としているが,このような構成の車輪取付板は甲第5号証に明確に開示されている。すなわち甲第5号証の図6及び【0018】からも明らかなように,甲第5号証の車輪取付板30Bは,2つの接続片3を向い合わせにして1組とされ,各接続片3は,底壁33と立上り壁32を有している。従って,被請求人が主張するこの相違点は,単なる公知意匠の置き換え,ないしありふれた手法による変形により得られる創作容易な構成に過ぎない。
(相違点6))について
本件登録意匠と甲第1号証の天板は,1枚の板材で構成されているか複数の板材で構成されているかの相違があるとしても,両者の天板の全体形状は,十字を2つ組み合わせた形であることに相違はない。そして,本件登録意匠の天板の構成は,甲第3号証,甲第4号証に開示された構成そのものであることから,本件登録意匠の天板は,甲第1号証の天板を甲第3号証,甲第4号証に開示された公知の構成で置き換えることにより容易に得られるものであるから,そこに意匠の創作性がないことは明らかである(審判請求書7頁下から8行目?8頁5行目参照)。
従って,被請求人は,審判事件答弁書12頁10?24行目において,甲第1号証の天板の取り付け構造を詳細に述べているが,その主張に意味がないことは明らかである。
(相違点7))について
被請求人は,凹部の内周につき相違点を述べているが,いずれも凹部の内周がどのように成り立っているかの説明であって,意匠上は凹部の内周が壁で囲まれていることに両意匠で変わりはなく,外観上の差異とはならない。
(相違点8))について
本件登録意匠では,車輪取付板の2本の凹条溝間に僅かな隙間がある点で甲第1号証と相違することは請求人も認めるところであり,この構成が,公知意匠(甲第5号証,甲第6号証,甲第7号証)のありふれた手法による変形に相当する創作容易な構成に過ぎないことは,審判請求書8頁下から8?5行目,同9頁16?24行目において詳述した。
(相違点9))について
被請求人は,本件登録意匠と甲第1号証の意匠は,台車本体の四隅の凹部内の矩形の穴(角孔)が,1つか2つかの相違があると述べている。しかしながら,両者は,外枠との間に設けられた矩形の穴(角孔)である点で共通しており,本件登録意匠では,その反対側の矩形の穴(角孔)の位置に同形状の領域を残したまま,単にそこに矩形の穴(角孔)を設けなかっただけである。従って,その点に意匠上の創作性がないことは明らかである(審判請求書8頁下から5?末行参照)。
(相違点10))について
被請求人は,両意匠では,手押し棒挿入孔の平面形状が相違すると述べている。しかしながら,甲第2号証の1の両意匠の平面図を見比べても,手押し棒挿入孔の平面形状の差異は微細なもので,美感の相違を生じさせるような相違ではない。
(相違点11))について
被請求人は,両意匠のコーナー部材が,側面視で略台形か略長方形かの相違を有すると述べているが,これは目立たない部分の微細な形状の相違に過ぎず,また,本件登録意匠と同形状の側面視で略台形のコーナー部材は,甲第3号証,甲第4号証に開示されているありふれた形状のコーナー部材である。従って,コーナー部材の形状の相違は,公知意匠の単なる置き換え,ないしありふれた手法による変形に相当する相違に過ぎない。
またバンパーについても,両者の差はサイズ(長さ)に過ぎず,黒色という色は意匠の創作性とは関係がない。

以上のように,被請求人が主張する相違点1)?11)は,いずれも本件登録意匠の創作容易性を否定する根拠にはなり得ない。

(3)まとめ
以上のように,答弁書における被請求人の主張にはいずれも理由がない。

第3 口頭審理

本件審判について,当審は,平成29年10月20日に口頭審理を行った。(平成29年10月20日付け第1回口頭審理調書)

1.請求人
(1)陳述の要領
【審理事項】1.(1)無効理由の確認
審判請求人は,平成29年2月27日付け審判請求書3?7頁において,本件登録意匠の構成を,基本的構成態様A?Dと具体的態様E?Kに分けて,甲第1号証の基本的構成態様A?Dと具体的態様E?Kとの対比を行った。
その結果,同書10?11頁の【評価に基づく創作容易性の結論】で述べたように,本件登録意匠と甲第1号証とは,その基本的構成態様A?Dがすべて一致し,具体的態様においてもE,J,Kの構成が完全に一致し,F,G,H,Iについても微細な相違があるにすぎないから,本件登録意匠が甲第1号証から容易に創作できたことは明らかであると結論付けた。
すなわち,両者は,基本的構成態様A?Dがすべて一致している上に,物品を運搬するという運搬台車の機能・用途から考えて最も看者の注意を引く物品載置部において,意匠的に特徴のある凹部の構成(B,E),天板の全体形状(G),台車本体の四隅の手押し棒挿入孔の構成(C)が一致している。そして,H,Iにおける車輪取付板の構成や桟の本数の相違は,いずれも看者の注意を引かない台車本体の裏面における相違であり,Fにおける凹部内の僅かな隙間や矩形の穴の有無は,やはり看者の注意を引かない凹部の底の目立だない部分における微細な相違であり,Gの天板を1枚の板材で構成するか複数の板材で構成するかの相違も天板の全体形状の同一性に影響を与えるものではない微細な相違である。従って,これらの相違は,意匠全体として異なる美感を生じさせるような意匠的特徴でないことは明らかであるから,これらの相違は本件登録意匠が甲第1号証から創作容易でないとの理由にはならない。そこで,審判請求人は,本件登録意匠は甲第1号証から創作容易であるとの主張を行った。
そして,創作容易の認定に際し,上記微細な相違点につき,公知意匠のありふれた手法による軽微な変形に過ぎない,ないし公知の構成による単なる置き換えに過ぎない,との評価が必要になった場合の根拠として,甲第3号証?甲第8号証を提出した。そこで,本件登録意匠は,甲第1号証及び甲第3?8号証に記載された意匠の形状から創作容易であるとの主張も行った。
しかしながら,甲第1号証及び甲第3?8号証に記載された意匠の形状から創作容易であるとの無効理由に対する判断には,甲第1号証に基づく創作容易性の判断も含まれるものであるから,審判官がご指摘のように,審判請求人の主張する無効理由は,「本件登録意匠は,本件登録意匠の出願前に公知の甲第1号証及び甲第3?8号証に記載された意匠の形状からその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が容易に意匠の創作をすることができたものであるから,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録できないものである。従って,本件意匠登録は,意匠法第48条第1項第1号に該当し,無効とされるべきである。」と考えて差し支えない。

【審理事項】1.(2)被請求人の主張に対して
審判被請求人が,平成29年4月25日付け審判事件答弁書5頁第18?20行において主張している,本件登録意匠の車輪取付体は「乙第3号証の2で示すように,キャスターフランジ端をスライド挟持する横溝を有する。」との構成は,本件意匠登録第1561591号意匠公報(甲第9号証)の写真からは,認識することができない。
すなわち,同公報の【底面図】を参照してもそのような横溝の存在やその形状,構造,さらにはキャスターフランジ端のスライド挟持構造は明確に認識し得ず,この横溝の存在や構造を示す断面図や参考図もついていないため,同公報の写真からこの横溝の存在やその形状,構造,さらにはキャスターフランジ端のスライド挟持構造を主張することはできない。
仮に,同公報から横溝の存在を認識できたとしても,車輪取付体にキャスターフランジ端を挟持する横溝を設ける構成は,参考資料1?5に開示があるありふれた構成に過ぎない。
すなわち,参考資料1(特開平7-205606号公報)の図1?3及び【0011】,【0012】には,車輪取付体10にストッパ15,16で横溝を形成し,その横溝内にキャスター11のフランジ端22を差し込んでスライド挟持する構成が開示されている。
参考資料2(特開2007-261466号公報の図1?5及び【0012】?【0015】には,車輪取付体5に横溝29を形成し,その横溝29内にキャスター3のフランジ端19をスライド挿入して挟持する構成が開示されている。
参考資料3(実願平4-15154号のマイクロフィルム(実開平5-74905号公報))の図5及び【0003】には,車輪取付体dに横溝を設け,その横溝にキャスターフランジ端bを挿入してスライド挟持する構成が開示されている。
参考資料4(実用新案登録第3000134号公報)の図2及び【0013】には,車輪取付体8に横溝8aを設け,その横溝8aにキャスター2のフランジ端10を挿入してスライド挟持する構成が開示されている。
参考資料5(特開2008-56127号公報)の図14,15及び【0051】?【0057】には,車輪取付体3にフック部7により横溝を形成し,その横溝にキャスター10のフランジ端13をスライド挿入して挟持する構成が開示されている。
参考資料6(特開平9-86416号公報)の図1?3及び【0012】には,キャスター2が2つずつ取付けられる車輪取付体8に横溝9,10を設け,その横溝9,10にキャスター2のフランジ13に挿通されたボルト7の頭7aをスライド挿入して挟持する構成が開示されている。
参考資料7(特開2017-71336号公報)の図2,図4及び【0022】,【0030】には,台車本体10の短辺方向に掛け渡される車輪取付体8bに横溝(断面C字状の開口)を設け,その横溝にキャスター13のフランジ端16をスライド挿入して挟持する構成が開示されている。この参考資料7に開示された横溝は,乙第3号証の2で示された車輪取付体の横溝と全く同じ構成で,キャスターのフランジ端をその横溝に挿入して挟持する構成も同じである。
ただ,この参考資料7の公開日は,本件意匠登録の出願日(平成28年3月2日)より後の日(平成29年4月13日)であるが,出願日は平成27年10月8日で本件意匠登録の出願日(平成28年3月2日)より前であるから,この参考資料7の存在は,本件登録意匠の出願時点において,台車本体の車輪取付体に横溝を設け,その横溝にキャスターのフランジ端をスライド挿入して挟持する構成は,創作容易であったことの一証左にはなり得るものと考える。
以上のように,本件登録意匠の車輪取付体が乙第3号証の2に示すような構成になっていることは,本件意匠公報(甲第9号証)からは読み取れない。従って,審判被請求人の乙第3号証の2に基づく主張は根拠のない主張であり容認されるべきでない。
また,乙第3号証の2に示された台車本体の車輪取付体の横溝にキャスターのフランジ端をスライド挟持させる構成は,参考資料1?5に示すように,周知のありふれた構成である。従って,甲第1号証の車輪取付体に横溝を設けてその横溝にキャスターのフランジ端を挟持させる構成とすることは,当業者にとって参考資料1?5に開示があるようなありふれた手法による変形に過ぎず,創作容易な構成であることは明らかである。

2.被請求人
(1)陳述の要領
ア.はじめに
請求人は,弁駁書2頁12行?14行において,「本件登録意匠と甲第1号証の意匠は,基本的構成態様A?Dがすべて一致しているのみならず,具体的態様E?Kもすべて一致しているので(本件登録意匠は)創作容易であると主張しているのである。」と主張する(( )内は被請求人にて追記)。
しかしながら,本件登録意匠は,答弁書で主張したとおり,甲第1号証の構成と近似するものではない。そもそも甲第1号証の構成を甲第2号証?8号証の何れかの構成に置き換えることは常套的な改変等ではないことは明らかな上に,仮に甲第1号証の構成を甲第2号証?8号証の何れかの構成に置き換えたとしても,本件登録意匠と甲第1号証ないし甲第8号証を対比すれば明らかなように本件登録意匠には至ることはなく,本件登録意匠のような一つのまとまりのある意匠が,容易に創作し得えないものであることは明らかといえる。

イ.本件登録意匠の創作非容易性について
(ア)看者の注意を引く部分
意匠上,看者の注意を引く部分は,当該物品の性質・目的・用途・使用態様や周知・公知意匠との関係によりに求められるところ,本件登録意匠や甲第1号証の意匠のような「運搬台車」は,建設現場等の過酷な使用状況下において使用されるという用途,使用態様等からみて,荷物の重量を支える台車本体の骨格の強固性や,足回りとなる消耗品である車輪及びその取付部たる車輪取付体の強固性・交換の容易性等に需要者の強い関心が寄せられるものであり,これらの構造が最もよく表れる底面から視認される形態が,物品載置部となる表面(平面形態)と同等か,寧ろそれよりも注目される部分といえる。
このことは,請求人自身のカタログ(乙第9号証)で底面形態の構成が強調記載されていることからみても明らかである。
請求人は,運搬台車の需要者には建設業で35%を占める個人事業主も含まれ,これらの者はインターネット等で商品を購入するから運搬台車の裏面には着目しない旨主張する(弁駁書4頁19行?5頁5行)。
しかし,運搬台車は,強固性・耐久性・部材の交換性等が重視される商品であり,価格も高額なものであるから,主に専門のリース業者や卸業者によって流通しており,インターネット通販による小売販売は少量なものにすぎず,ましてや個人が購入することはほとんどなく,インターネットで購入する個人を念頭において需要者を考えるべきものではない。また,仮に建設業者のうち35%が個人事業主であるとしても,(個人事業主が小規模事業主であるとは限らない上に,)個人事業主が運搬台車の需要者になることとはまったく無関係な事実にすぎない。さらに,仮に,個人がインターネットで台車を購入する場合についてみたとしても,請求人のHPには請求人製品の裏面の図が説明とともに多数掲載されて需要者の注意を惹くものとなっており,「裏面を仔細に見ることはない」などといえないことは明らかである。
このように「運搬台車」の特性等を考慮するとき,「底面視における車輪の取付態様や台車本体の骨格等」が,看者の注意を引く部分であるに留まらず,意匠を創作する側,すなわち,意匠の創作容易性の判断基準となるべき創作者が最もその創作にあたり注力する部分である。
よって,本件登録意匠の創作容易性の判断においては,かかる運搬台車の車輪の取付態様や台車本体の骨格の違いが,物品載置部を含む運搬台車の意匠全体に及ぼす影響が考慮されなければならない。

(イ)甲第1号証の意匠等から本件登録意匠が容易に創作できないこと
請求人は,「(2)その他の相違点について」(弁駁書5頁以下)において,被請求人が本件登録意匠と甲第1号証の意匠の相違点として答弁書で例示した相違点1)?9)に関し,この構成はどこそこにある構成を置き換えただけであり,その構成はありふれた手法による変形であり,あの構成は設けなかっただけであるなどと逐一説明している。
しかし,そもそもかかる説明を要しなければならないこと自体,却って甲第1号証の意匠に対して非常に多くの置き換えや変形,構成の省略といった複数の改変を経なければ本件登録意匠に到達し得ないことを物語るものに他ならない。
そして,甲第1号証の意匠は,このような複数の改変によっても尚,本件登録意匠のような一つのまとまりのある意匠と同一の意匠とは成り得ないのであるから,本件登録意匠の創作が容易であるということはできない。

(ウ)具体的検討
以下,請求人が弁駁書5頁以下で指摘する「(2)その他の相違点について」への反論を交えて検討する。
a.物品載置部と台車本体の骨格構成
甲第1号証の意匠の縞模様(筋目模様)のある物品載置部は,立体的な長床材1本と,4個の立体的な短床材の5つの部材で構成され,これら各床材は,骨格を形成する外枠内に嵌め込まれる形で外枠内の段部と当該段部と同じ高さレベルの2本の桟の上面に固定されて,骨格と共に運搬台車全体の強度を高める構成である。
これに対し,本件登録意匠におけるノッペリした無模様の物品載置部は,1枚の平板な薄板が,骨格を形成する外枠と2本の桟の上面に固定される構成であり,物品載置部は運搬台車の強度とは殆ど無関係にあり,甲第1号証の意匠と本件登録意匠とは大きく異なることは明らかである。
請求人は,弁駁書5頁以下で被請求人の指摘する相違点1)に関して甲第1号証の意匠の外枠を甲第3,第4号証の構成により段部の有しない角パイプに置き換えることは容易であり,相違点2)に関し,甲第1号証の意匠の真ん中の桟を省略する旨の主張をする。
しかし,仮に外枠を段部の有しない角パイプに置き換えようとすると,当該角パイプ上に立体的な長床材1と短床材を固定することとなり,困難である。また,強度のために設けられている真ん中の桟を省くという変形も常套的な改変ではない。
さらに,請求人は,被請求人の指摘する相違点6)について,甲第1号証の意匠の物品載置部を甲第3,第4号証の構成で置き換えることにより容易に得られる旨主張する。
しかしながら,甲第1号証の意匠の物品載置部を甲第3,第4号証の一枚の天板に置き換えた場合,かかる天板は薄板で強度が期待できないものであるから,重量物を載置する為にはこれを支える構成として,少なくとも甲第1号証の2本の桟の高さレベルを外枠と同じ高さレベルものに変更する等の手当てが必要となる。
さらに,凹部の周壁を何らかの形で設ける必要もある。
そもそも,甲第1号証の意匠と本件登録意匠は,甲第1号証の意匠が外枠内に立体的な長床材1本と4個の立体的な短床材の5つの部材を固定して物品載置部を構成するものであるのに対し,本件登録意匠は外枠内に2本の桟を設けてその上面に載せた1枚の平板な薄板で物品載置部を構成するものであり,基本的な構造を異にしており,甲第1号証の意匠の構成を公知意匠の一部分に置き換えて本件登録意匠に至ることは容易に創作し得るものではない。
なお,請求人は,以上のような改変は構造上の問題であり,物品の美的外観である意匠とは無関係である旨主張するが(相違点7)に対する反論等),意匠法で保護される意匠の創作は,単なる想像でなり成り立つものではなく,工業上利用できる意匠の創作であり,現実の工業製品として利用される意匠として成立するものであるから,意匠の創作性については,物品の性質や現実の構造も踏まえた上で判断されるべきであることはいうまでもなく,請求人の主張はおよそ理由がない。

b.車輪取付体と底面構成
甲第1号証の意匠は中央の1本の長い車輪取付体と四隅の短い車輪取付体の合計5個の車輪取付体を有するのに対し,本件登録意匠はL字型の型材2本を向かい合わせにしてなる3組の車輪取付体を有する点で,両者の底面形態の美観は大きく異なる。
請求人の主張によれば,甲第1号証の意匠の中央の車輪取付体を3本並べれば,本件登録意匠の底面形態と同じになるというもののようである。
しかし,甲第1号証の意匠の四隅の短い車輪取付体を一体化して一本の長い車輪取付体に改変し,3本の車輪取付体を並列させることは,甲第1号証の意匠において1本の長い車輪取付体と四隅の短い車輪取付体とによって,ある意味でバランス良く纏められた一つの意匠の美観を著しく変容させるものであり,かかる改変は直ちに容易であるとはいうことができない。これは,本件登録意匠をみた後であるからこそ請求人がいえる主張であり,いわゆる後知恵に相当する考え方である。
また,請求人は,「車輪取付板については,まず甲第1号証との形状の近似性を認識すべきである。」とし,本件登録意匠の車輪取付体も甲第1号証の意匠の中央の車輪取付体と同様,凹条部と凸条部を有する型材であるから,甲第1号証の意匠の当該車輪取付体を真ん中から2つに分けて,分割された2つの部材間に隙間を設ければ本件登録意匠の車輪取付体を構成する旨主張する(弁駁書3頁6行?14行)(第5の改変)。
しかし,甲第1号証の意匠の車輪取付体を2分割する等という主張自体,本件登録意匠の車輪取付体が甲第1号証の意匠等から公知でないことの証左である。
甲第5?甲第7号証は,請求人の主張するような,甲第1号証の意匠の「車輪取付体を2つに分ける」というような突飛な発想を根拠付けるものではないし,かかる手法が当業者にとってありふれたものであるということを証明するものでもない。
また,甲第5号証において,請求人が指摘する「スリット」は,2つの部材の中央部だけに形成したにすぎず,予め2つの部材に形成された切欠きを組み合わせることにより構成される
略長方形上の空間であり,2本の部材をレール状に向かい合わせて部材同士の間に細長い長方形のスリット状の1本の透孔を形成したものではない。
甲第5号証において2つの部材を向かい合わせにする手法がみられるとしても,かかる手法は,せいぜい2つの部材を突き合わせて箱状に形成する程度であり,本件登録意匠のような車輪取付体を構成する2つの部材を向かい合わせに間隔を開けて配置することでスリットを形成するという創作手法を何ら示唆するものではない。さらに,甲第5号証においては,そもそも凹陥部は存在せず,「空間」の上部は床板1Aで覆われており(さらには前記「空間」は車輪の取付位置には配置されてもいないから,)本件登録意匠のように,平面側及び底面側の何れからも視認できる凹陥部内に現れる上下貫通状のスリット状の透孔を有するものではない。
なお,本件登録意匠の車輪取付体が2つの部材を向かい合わせに間隔を開けて配置することは,後述するように,たんに凹部内に蓄積された砂塵等を排出するような機能を構成する透孔を形成したり,キャスター車輪の旋回軸が透孔を通して視認されるという意匠上の効果の他に,下面に形成された横溝間でキャスターのフランジをスライド挟持するという機能形態を実現する仕様であり,かかる形状的な特徴も公知の意匠には存在しないものである。
また,甲第6号証の図4を見ると,車輪取付け板8の中央には長方形の穴が存在するが,当該長方形の穴を有する車輪取付け板8の形態は,本件登録意匠の車輪取付体とは全く異なる形態であることは明らかである。
しかも,当該長方形の穴は,荷崩れ防止凹部15相当位置まで及ぶか否かは明らかでないし,長方形の穴の上部は台板13で覆われているから,本件登録意匠のように,平面側および底面側の何れからも視認できる凹部内に現れる上下貫通状のスリット状の透孔ともいえないし,凹部内に溜まった砂塵等を排出するといった本件登録意匠のスリット状の透孔のような機能もない。
また,甲第7号証は,前側(左側面側)の部材は,車軸の取付体であって,車輪は左右側方に張り出して床板領域から外方にはみ出しており,車体の裏面に車輪を取り付ける車輪取付体ではない。この部材は,底面図を見ると前側の車輪取付体の中央には長方形の穴が見て取れるものの,本件登録意匠の車輪取付体とは全く異なる形態であることは明らかである。
さらに,床板には,上下方向に貫通する多数の穴が存在するものの,凹部が存在しないから,本件登録意匠のような凹部内に現れる上下貫通状のスリット状の透孔とはいえないし,「隙間」は車輪の取付け位置には存在しない。
次に,後側(右側面側)の2つの車輪は,それぞれ個別に床板に取付けられているが,当該車輪は,床板の下面に直接取り付けられており,車輪取付体を介して取付けられたものではなく,底面図で四角に見えるのはキャスターのフランジである。すなわち,車輪取付体ではない。
以上のように,本件登録意匠の車輪取付体は,立上り壁やキャスターフランジ端を挟持する横溝が存在していて引用意匠と異なる点を措いたとしても,甲第1号証の意匠等の引用意匠からは公知ではないし,本件登録意匠は,これらの引用意匠から当業者が容易に創作できたものとはいえない。

c.凹部内の構成について
凹部内の構成については,請求人の主張によれば,「看者の最も注意を引く物品載置部における」,「大きな凹部」の形態である(当審注:「る」を追加)ところ,以下のように,甲第1号証の意匠の凹部と本件登録意匠の凹部とではその内部形態が相当異なる。

1)凹部内の角孔について
請求人は,甲第1号証の意匠の凹部内の角孔のうち外枠との間の角孔が,本件登録意匠と甲第1号証の意匠では形状も位置も同じであることは明らかであり,この点を被請求人も認めている旨主張する(弁駁書4頁1行?4行)。
しかしながら,被請求人はこれを認めた訳ではないことは答弁書23頁の記載のとおりであり,乙第1号証の1の平面図や斜視図をみれば,凹部内の角孔の構成が本件登録意匠と甲第1号証の意匠とでは全く異なることは明らかである。
甲第1号証の意匠の四隅の各凹部には,それぞれ2つの角孔があり,外枠との間の他にも車輪取付体の上面である車輪受部を挟んで反対側にもう1つ存在する上に,それらは本件登録意匠の角孔のように凹部内にて車輪取付体から立ち上がった立上り壁で明確に区画された構成ではない。
この点,請求人は,当該立上り壁の存在は一見して認識されにくい旨主張するが(弁駁書4頁7行),本件登録意匠の平面図や斜視図を見れば,当該立上り壁が車輪取付体から凹部内において外枠と同じ高さまで侵出し,当該上り壁が凹部内を車輪受部と角孔部分の領域に区画するものとして存在することは明らかである。
請求人は,甲第5号証の図6および【0018】に記載の「垂下片部32」と「下片部33」を,本件登録意匠の立上り壁と車輪取付体の底面と同一視しているようであるが,「垂下片部32」は,本件登録意匠のように凹部内に侵入して隔壁を構成するものではないし,「垂下片部32」と「下片部33」を備える「接続片3」の形状は,凹条部や凸条部も無く,そもそも本件登録意匠の車輪取付体とは著しく形状が異なるから,これを本件登録意匠の車輪取付体と置き換えても本件登録意匠とはならず,本件登録意匠が単なる公知意匠(乙第5号証)の置き換えで創作容易な意匠などと到底いえるものではない。

2)凹部内のスリット状の透孔
本件登録意匠の凹部内のスリット状の透孔の形状は,答弁書における相違点8)に指摘したとおり甲第1号証の意匠と大きく異なるのみならず,前記のとおり公知意匠のいずれにもない形状であり,当業者であってもおよそ容易に創作することができないことは明らかといえる。
本件登録意匠では,凹部内に運搬台車の表裏を貫通するスリットが平面視においても底面視においても明瞭に視認される。平面視においては,このスリット状の透孔から,台車本体下面に取り付けられたキャスターの取付フランジ及び回転軸が視認されるというきわめて特徴的な形状を呈しているし,底面視においても2本のレール状部材を分かつ上下にわたる長いスリットは特徴的な形状を呈している。
また,この透孔は,凹部内に蓄積された砂塵等を排出する重要な機能もあるが,かかるスリットで構成される透孔は,公知意匠の何れにも存在しない。
したがって,本件登録意匠が甲第1号証の意匠等に基づいて容易に創作できないことは明らかである。

3)凹部内の概観形態
甲第1号証の意匠の参考図1,2(斜視図)と本件登録意匠の斜視図とを比べれば明らかなとおり,甲第1号証の意匠とは異なり本件登録意匠の凹部内が,スリット状の透孔と平行状の凹凸条線が織り成すハーモニーによって,ガラリのようにも見える点でも特種な美観を呈しており公知意匠等にはない形態である。

d.その他の相違点について
請求人は,相違点9)に対する反論として,本件登録意匠のコーナー部材は,目立たない部分の微細な形状の相違に過ぎず,甲第3,第4号証に開示されたありふれた形状であり,パンパーについてもサイズや色の違いに過ぎない旨主張する。
しかしながら,請求人は,別件裁判において「台車は斜め上方から観察されるのが通常であり,…台車に関するカタログやウェブサイトでも主に台車の斜視図が掲載されている」などと主張し(乙第10号証の判決4頁8行?9行),運搬台車は斜視図が重視されるとする。もし,そうであるならば,斜視図で最も前面中央に現れるコーナー部材は,決して目立たない部分とはいえない。
そして,本件登録意匠のコーナー部材は,黒色の縦長のバンパーと相侯って,甲第1,甲第3,甲第4号証と比較しても全く異なる形状であるから,甲第3,甲第4号証と置き換えても本件登録意匠は成立し得ない。

(エ)結語
以上のとおり,本件登録意匠は,本件登録意匠の出願前に公知の甲第1号証及び甲第3?8号証に記載された意匠の形状から当業者が容易に創作できたものでないことは明らかである。
よって,本件審判請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。
との審決を求める。

3.審判長
審判長は,この口頭審理において,甲第1号証ないし甲第9号証(枝番号を含む。),及び乙第1号証の1ないし乙第10号証(枝番号を含む。)について取り調べ,請求人及び被請求人に対して,本件無効審判事件の審理終結を告知した。

第4 当審の判断

1.本件登録意匠
本件登録意匠は,平成28年(2016年)3月2日に意匠登録出願(意願2016-4641号)され,平成28年9月23日に登録の設定(意匠登録第1561591号)がなされ,平成28年10月24日に意匠公報が発行されたものであって,願書及び願書に添付された図面代用写真の記載によれば,意匠に係る物品を「運搬台車」とし,その形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下「形態」という。)を,願書及び願書に添付した図面代用写真に現されたとおりとしたものである。(別紙第1参照)
その具体的な形態は,
(1)全体は,平面視略横長長方形枠状の台車本体(以下「台車本体部」という。)の上面に天板(以下「天板部」という。)を配し,台車本体部下面の底面視左右端部及び中央部に,一対のキャスター取り付け用の部材(以下「キャスター取付部」という。)を短辺方向に配設し,この一対のキャスター取付部の両端部付近にキャスター(以下「キャスター部」という。)を取り付けたものであって,
(2)台車本体部は,略中空八角柱状の部材(以下「コーナー部材」という。)を四隅に配し,これらコーナー部材を断面視略長方形枠状の角パイプで接合して外枠を構成し,外枠の左右短辺枠間に略長方形状の角パイプ2本をほぼ等間隔になるように架設して横桟を形成し,
(3)コーナー部材は,その中央部分に略円筒状の手押し棒挿入ボスを形成し,そのボス内下方部分に,手押し棒の抜け落ち防止用ボルトを設け,その部材のコーナー外周部分には緩衝部材を被着し,
(4)天板部は,平面視を十字が2つ並列したような略横キの字状の薄板状とし,その6つの先端部分を直角に折曲したものであって,その6つの折曲部分を台車本体部外枠外側面部分に固定し,
(5)キャスター取付部は,正面視略L字状の型材(以下「L形キャスター取付材」という。)を対向させ,隙間を設けて並設し,その両端部を台車本体部外枠底面部分に固定したものであって,L形キャスター取付材底面部には正面視略L字状の扁平な突条部(以下「L形突状部」という。)を設け,正面視略コの字状のスリット(以下「コの字状スリット部」という。)を形成し,
(6)キャスター部は,略長方形板状のフランジ(以下「キャスターフランジ部」という。)の底面中央部分に二股のキャスター軸受け部を旋回可能に取り付け,その軸受け部下端部分に車軸部を挟持して車輪を取り付けたものであって,キャスターフランジ部をキャスター取付部の左右コの字状スリット部に嵌入して固定したものであって,台車本体部四隅のキャスター取付部に配設された4つの車輪にのみストッパーレバーを配し,
(7)台車本体部の天板部で覆われていない6つの開口部側面部分は,外枠側面部,横桟側面部,及びL形キャスター取付材の立上り壁面部により囲まれているものである。
なお,上記の形態は,願書添付図面代用写真から認定可能なものである。

2.請求人が主張する無効の理由
請求人が,審判請求書で主張する意匠登録無効事由は,「本件登録意匠は,本件登録意匠の出願前に公知の甲第1号証に記載された意匠の形状,または甲第1号証及び甲第3号証ないし第8号証に記載された意匠の形状からその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が容易に意匠の創作をすることができたものであるから,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録できないものである。よって,意匠法第48条第1項第1号により,その登録は無効とされるべきものである。」であるが,甲第1号証及び甲第3号証ないし第8号証に記載された意匠の形状から創作容易であるとの無効理由に対する判断には,甲第1号証に記載された意匠の形状のみに基づく創作容易性の判断も含まれるものであるから,これらを重複して審理せず,審判請求人の主張する無効理由を,「本件登録意匠は,本件登録意匠の出願前に公知の甲第1号証及び甲第3号証ないし第8号証に記載された意匠の形状からその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が容易に意匠の創作をすることができたものであるから,意匠法第3条第2項の規定により意匠登録できないものである。従って,本件意匠登録は,意匠法第48条第1項第1号に該当し,無効とされるべきである。」として以下審理する。

3.引用意匠
(1)甲第1号証の意匠
甲第1号証は,公報発行日を平成26年(2014年)10月27日とする意匠登録第1509778号公報の写しであって,当該公報の記載によれば,意匠に係る物品を「運搬台車」とし,その形態を同公報に記載されたとおりとしたものである。(別紙第2参照)
その具体的な形態は,
(1-1)全体は,平面視略横長長方形枠状の台車本体部の上面に天板部を配し,台車本体部下面の四隅付近にキャスター取付部を配設し,このキャスター取付部にキャスター部を1つずつ取り付け,台車本体部下面中央部に固定車輪取付け用の部材(以下「車輪取付部」という。)を配設し,この車輪取付部の上下端部付近に固定された車輪(以下「固定車輪部」という。)を取り付けたものであって,
(1-2)台車本体部は,対向する一対の角部のみを隅丸とした略中空立方体状のコーナー部材を四隅に配し,これらコーナー部材を内側に凸部を向けた断面視略横凸状のパイプで接合して外枠を構成し,外枠の左右短辺枠凸部側面部の間に略長方形状の角パイプ2本をほぼ等間隔になるように架設して横桟を形成し,
(1-3)コーナー部材は,その中央部分に,対向する一対の角部のみを隅丸とした平面視略正方形枠状の手押し棒挿入ボスを形成し,そのボス内部下方部分に,手押し棒の抜け落ち防止用ボルトを設け,その部材のコーナーだけでなく台車本体部の角部も覆う緩衝部材を被着し,
(1-4)天板部は,2本の横桟上面部に,その底面中央部分に略倒T字状のリブを1条形成した断面視略横コの字状の板材(以下「コの字状天板」という。)を載設し,横桟上面部と台車本体部外枠の長辺枠凸部上面部の間に,その底面中央部分に略倒T字状のリブを1条形成したハット曲げされた板材(以下「ハット状天板」を4つ,コの字状天板部とともに平面視を十字が2つ並列した略横キの字状の態様となるように配設したものであって,これら各天板の表面部には,5列一組の筋目模様を斜め格子状の配列で形成し,
(1-5)キャスター取付部及び車輪取付部は,その底面中央部分に略倒T字状のリブを形成した中央の幅広な凸部の左右を凹部とし,その外側にさらに凸部を形成した凹凸状の型材(以下「凹凸キャスター取付材」という。)からなるものであり,キャスター取付部は,外枠短辺枠の約1/3の長さの凹凸キャスター取付材を,外枠長辺枠の台車本体部四隅付近の凸部下面部と横桟下面部との間に架設し,車輪取付部は,外枠短辺枠の長さの凹凸キャスター取付材を,外枠長辺枠中央部の凸部下面部間に架設したものであって,その車輪取付部の中央の幅広な凸部の中央付近には,長円形状の開口部を4つ形成し,
(1-6)キャスター部は,各キャスター取付部底面のほぼ中央部分に略長方形板状のキャスターフランジ部を固定し,このフランジ部の底面中央部分に二股のキャスター軸受け部を旋回可能に取り付け,その軸受け部下端部分に車軸部を挟持して車輪を取り付け,ストッパーレバーを設けたものであり,固定車輪部は,車輪取付部の両端部付近に略長方形板状の固定車輪フランジ部を固定し,このフランジ部の底面中央部分に二股の固定車輪軸受け部を取り付け,その軸受け部下端部分に車軸部を挟持して車輪を取り付けたものであり,
(1-7)台車本体部の天板部で覆われていない6つの開口部側面部分は,外枠の凸部上面及び凸部上面より上方の内側側面部,横桟上面及びコの字状天板側面部,及びハット状天板の立上り壁面部により囲まれているものである。

(2)甲第3号証の意匠
甲第3号証は,公報発行日を平成22年(2010年)10月25日とする意匠登録第1399969号公報の写しであって,当該公報の記載によれば,意匠に係る物品を「運搬台車」とし,その形態を同公報に現されたとおりとしたものである。(別紙第3参照)
その具体的な形態は,
(2-1)全体は,平面視略横長長方形枠状の台車本体部の上面に天板部を配し,台車本体部下面の四隅付近及び底面視中央上下端部付近に6つのキャスター取付部を配設し,このキャスター取付部にキャスター部を1つずつ取り付けたものであって,
(2-2)台車本体部は,平面視略四半円状のパイプ状のコーナー部材を四隅に配し,これらコーナー部材を断面視略長方形枠状の角パイプで接合して外枠を構成し,外枠の左右短辺枠間に略長方形状の角パイプ2本をほぼ等間隔になるように架設して横桟を形成し,外枠の上下長辺枠と2つの横桟の間に略長方形状の角パイプをほぼ等間隔に縦に4列となるように配設して縦桟を形成し,全体を格子状に構成したものであって,
(2-3)コーナー部材は,その中央部分に円筒状の手押し棒挿入ボスを形成し,そのボス内下方部分に,手押し棒の抜け落ち防止用の板体を設け,各ボスに丸パイプを挿入し,
(2-4)天板部は,平面視を十字が2つ並列した略横「キ」の字状の薄板状とし,6つの各先端部分を直角に折曲したものであって,その折曲部分を台車本体部外枠外側面部分に固定し,
(2-5)キャスター取付部は,変形六角形状の板状(以下「六角キャスター取付材」という。)からなるものであり,台車本体部四隅及び中央上下端部の開口した下面部分に六角キャスター取付材を対角線上に配設し,
(2-6)キャスター部は,各六角キャスター取付材の底面中央部分に略正方形板状のキャスターフランジ部を固定し,このフランジ部の底面中央部分に二股のキャスター軸受け部を旋回可能に取り付け,その軸受け部下端部分に車軸部を挟持して車輪を取り付けたものであって,台車本体部四隅のキャスター取付部に配設された4つの車輪にのみストッパーレバーを配し,
(2-7)台車本体部の天板部で覆われていない6つの開口部側面部分は,外枠側面部,横桟側面部,及び縦桟側面部により囲まれているものである。

(3)甲第4号証の意匠
甲第4号証は,公報発行日を平成21年(2009年)11月2日とする意匠登録第1372945号公報の写しであって,当該公報の記載によれば,意匠に係る物品を「運搬台車」とし,その形態を同公報に現されたとおりとしたものである。(別紙第4参照)
その具体的な形態は,
(3-1)全体は,平面視略横長長方形枠状の台車本体部の上面に天板部を配し,台車本体部下面の四隅付近及び底面視中央上下端部付近に6つのキャスター取付部を配設し,このキャスター取付部にキャスター部を1つずつ取り付けたものであって,
(3-2)台車本体部は,平面視略四半円状のパイプ状のコーナー部材を四隅に配し,これらコーナー部材を断面視略長方形枠状の角パイプで接合して外枠を構成し,外枠の左右短辺枠間に略長方形状の角パイプ2本をほぼ等間隔になるように架設して横桟を形成し,外枠の上下長辺枠と2つの横桟の間に略長方形状の角パイプをほぼ等間隔に縦に4列となるように配設して縦桟を形成し,全体を格子状に構成したものであって,
(3-3)コーナー部材は,その中央部分に円筒状の手押し棒挿入ボスを形成し,そのボス内下方部分に,手押し棒の抜け落ち防止用の板体を設け,各ボスに丸パイプを挿入し,
(3-4)天板部は,平面視を十字が2つ並列した略横「キ」の字状の薄板状とし,6つの各先端部分を直角に折曲したものであって,その折曲部分を台車本体部外枠外側面部分に固定し,
(3-5)キャスター取付部は,変形六角形状の板状(以下「六角キャスター取付材」という。)からなるものであり,台車本体部四隅及び中央上下端部の開口した下面部分に,六角キャスター取付材を対角線上に配設し,
(3-6)キャスター部は,各六角キャスター取付材の底面中央部分に略正方形板状のキャスターフランジ部を固定し,このフランジ部の底面中央部分に二股のキャスター軸受け部を旋回可能に取り付け,その軸受け部下端部分に車軸部を挟持して車輪を取り付けたものであって,台車本体部四隅のキャスター取付部に配設された4つの車輪にのみストッパーレバーを配し,
(3-7)台車本体部の天板部で覆われていない6つの開口部側面部分は,外枠側面部,横桟側面部,及び縦桟側面部により囲まれているものである。

(4)甲第5号証の意匠
甲第5号証は,公開日を平成20年(2006年)3月6日とする特開2008-49926号公報(【発明の名称】組立式台板)の写しであって,当該公報の【0024】及び【図8】の旋回自在キャスタ8を固定するキャスタ固定板30Aの意匠が表されているものである。(別紙第5参照)
この形態から,キャスター取付部の真ん中に短辺方向に延びる隙間を設けることは,公然知られたものであること,及び,左右両側のキャスター取付部も中央のキャスター取付部と同様に台車本体の短辺方向に掛け渡す構成とすることは,ありふれた手法による変形にすぎないことを示すものである。

(5)甲第6号証の意匠
甲第6号証は,公開日を平成9年(1997年)8月12日とする特開平9-207785号公報(【発明の名称】ストックカート)の写しであって,当該公報の【図4】の固定車輪9を固定する2枚の車輪取付板8の意匠が表されているものである。(別紙第6参照)
この形態から,キャスター取付部の真ん中に短辺方向に延びる隙間を設けること,及び,左右両側のキャスター取付部も中央のキャスター取付部と同様に台車本体の短辺方向に掛け渡す構成とすることは,ありふれた手法による変形にすぎないことを示すものである。

(6)甲第7号証の意匠
甲第7号証は,公報発行日を平成26年(2014年)8月4日とする意匠登録第1504165号公報の写しであって,当該公報の記載によれば,意匠に係る物品を「運搬用台車」とし,その形態を同公報に現されたとおりとしたものである。(別紙第7参照)
この形態から,キャスター取付部とは異なる形態である車輪取付板の真ん中に短辺方向に延びる隙間を設けることは,公然知られたものであることを示すものである。

(7)甲第8号証の意匠
甲第8号証は,公報発行日を平成22年(2010年)4月19日とする意匠登録第1385754号公報の写しであって,当該公報の記載によれば,意匠に係る物品を「台車」とし,その形態を同公報に記載されたとおりとしたものである。(別紙第8参照)
この形態から,台車本体部の物品載置部からキャスターフランジ部の一部が見える構成がありふれた構成にすぎないものであることを示すものである。

4.無効理由の検討
請求人の無効理由についての主張は,この運搬台車の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が,甲第1号証及び甲第3号証ないし第8号証に記載された意匠の形状に基づいて本件登録意匠を容易に創作することができたというものである。
請求人の主張を踏まえ,甲第1号証及び甲第3号証ないし第8号証に記載された意匠に基づき,またはありふれた手法により改変することによって,本件登録意匠が当業者により容易に創作をすることできたか否かについて,以下検討する。

まず,本願意匠は,意匠に係る物品を「運搬台車」とするものであり,この運搬台車の分野において,四隅にコーナー部材を配した平面視略横長長方形枠状の台車本体部上部に天板部を設け,台車本体部下面の底面視左右端部及び中央部に,キャスター取付部を台車本体部の短辺方向に配設し,このキャスター取付部の両端部付近にキャスター部を取り付けた本件登録意匠の形態は,甲第1号証の意匠,及び甲第3号証ないし第5号証の意匠において既に見られるものであって,これらの形態に僅かな改変を施して創作したものにすぎない。
次に,本件登録意匠における台車本体部の態様について検討すると,コーナー部材を四隅に配し,これらコーナー部材を断面視略長方形枠状の角パイプで接合して平面視略横長長方形枠状の外枠を構成し,この外枠の左右短辺枠間に略長方形状の角パイプ2本をほぼ等間隔になるように架設して横桟を形成した形態は,甲第3号証の意匠及び甲第4号証の意匠において極普通に見られるものであり,本件登録意匠における平面視略中空八角柱状のコーナー部材の形態も,甲第1号証の意匠,甲第3号証の意匠及び甲第4号証の意匠のコーナー部材の形態から部材の角部を増やす等のありふれた手法により改変することで創作可能であるので,本件登録意匠の台車本体部の態様についても,特段特徴のない緩衝部材の形態も含め,既に見られるものを僅かに改変して創作したものにすぎない。
また,本件登録意匠における天板部の態様も,平面視を十字が2つ並列したような略横キの字状の薄板状とし,その6つの先端部分を直角に折曲し,その6つの折曲部分を台車本体部外枠外側面部分に固定した形態は,甲第3号証の意匠及び甲第4号証の意匠において極普通に見られるものにすぎない。
そして,本件登録意匠におけるキャスター部の態様についても,略長方形板状のキャスターフランジ部の底面中央部分に二股のキャスター軸受け部を旋回可能に取り付け,その軸受け部下端部分に車軸部を挟持して車輪を配し,四隅にある4つの車輪にのみストッパーレバーを設けた態様は,甲第3号証の意匠及び甲第4号証の意匠において極普通に見られるものにすぎない。
しかしながら,本件登録意匠におけるキャスター取付部の形態については,L形キャスター取付材の底面部に,正面視略L字状の扁平なL形突状部を設けた本件登録意匠の出願前には見られない形態であるから,本件登録意匠のみがもつ独創的な着想によるものであり,2本のL形キャスター取付材を,一方を180°回転させて対向させて並設することで,向かい合う2つのL形突起部によってコの字状スリット部が左右に構成され,この左右一対のスリット部に略長方形板状のキャスターフランジ部を嵌入して固定することができるという態様は本件登録意匠の出願前に見ることはできず,本件登録意匠によってはじめて創出されたものであるといえるから,2本のL形キャスター取付材を,ゴミ等を排出するために隙間を設けて配設した態様も含め,本件登録意匠のキャスター取付部の態様については当業者が容易に想到することができたものということはできない。
さらに,このL形キャスター取付材の立上り壁面部は,天板部を支える短辺方向の縦桟を兼ねており,この態様についても本件登録意匠の独創的な着想によるものというべきものである。
したがって,本件登録意匠は,甲第1号証及び甲第3号証ないし第8号証に記載された意匠に基づき,またはありふれた手法により改変することによって容易に創作をすることできたものではない。

なお,請求人は,甲第5号証の意匠により,2本のL形キャスター取付材を対向させて並設し,これに車輪を取り付けた形態を示し,また,甲第6号証の意匠により,L形ではないキャスター取付材2本を,隙間をあけて並設した形態を示すことで,本件登録意匠におけるキャスター取付部の形態は容易に創作されるものであると主張し,向かい合うL形突起部によるコの字状スリット部に略長方形板状のキャスターフランジ部を嵌入して固定する方法についてもありふれた構成である旨主張しているが,この提示された証拠からでは,L形キャスター取付材の底面部にL形突状部を1条設けること,及び,2本のキャスター取付材を並設した結果,はじめて左右一対のコの字状スリット部が表れることについて,ありふれた手法であることを示したことにはならないから,請求人のこの主張を採用することはできない。

5.小括
上記のとおり,本件登録意匠は,本件登録意匠の出願前に公知の甲第1号証に記載された意匠の形状,または甲第1号証及び甲第3号証ないし第8号証に記載された意匠の形状からその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が容易に意匠の創作をすることができたものであるということはできず,意匠法第3条第2項の規定には該当しないものである。

第5 むすび

以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,無効理由には理由はなく,本件登録意匠が,意匠法第3条第2項の規定に違反して登録されたものとはいうことはできないから,同法第48条第1項第1号の規定によりその登録を無効とすることはできない。

審判に関する費用については,意匠法第52条で準用する特許法第169条第2項でさらに準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。

別掲


審決日 2017-12-08 
出願番号 意願2016-4641(D2016-4641) 
審決分類 D 1 113・ 121- Y (G2)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 生亀 照恵 
特許庁審判長 斉藤 孝恵
特許庁審判官 正田 毅
江塚 尚弘
登録日 2016-09-23 
登録番号 意匠登録第1561591号(D1561591) 
代理人 毒島 光志 
代理人 片桐 務 
代理人 國分 孝悦 
代理人 栗川 典幸 
代理人 鎌田 邦彦 
代理人 安田 幹雄 
代理人 佐久間 邦郎 
代理人 南林 薫 
代理人 北井 歩 
代理人 佐々木 智也 
代理人 松永 貴裕 

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